市場経済と非営利・協同
-民医連経営観察者からの発信-
公認会計士 坂根利幸
掲載日2002年10月19日
「非営利・協同総合研究所 いのちとくらし」がようやく創立の運びとなった。創立記念の本号に小論文を寄稿することとしたが、本稿では研究所の名称に被せられた「非営利・協同」の意義について、押し寄せる市場経済の荒波を紹介しつつ、主として非営利・協同の意義について論述を試みた。
私は1983年の(社)山梨勤労者医療協会(全日本民医連加盟)の倒産事件(注01)に関与して以来、およそ20年間、民医連経営や消費生協経営、共済事業団体、民主団体、労働組合などの事業活動に関与し、しかもそれらの経営困難な状況との遭遇も多く、その過程で民主的管理運営を目指す経営群の「経営や管理の在り方」を、共に模索し続けてきた。
新世紀となった今日、ますますこの分野すなわち「非営利・協同」の意義論の純化や実践的指針などが必要である、と痛感している。
我が国において「市場経済」が強固に進展する中で、「非営利」組織の活動が、いずれの側からも重要視されている。
働く職員労働者らの権利を無視したトップダウン型の民間企業営利経営の闊歩する対極で、「非営利・協同」と「共生」の声がますます必要かつ重要となりつつある。
ところが、「非営利・協同」の事業に関わっている人々の間でも、あるいは数年前より自らの事業と活動を「非営利・協同」の事業活動であると宣言してきた全日本民医連(注02)の役職員らの間でも、様々な理解が見られる。
もとより学問的或いは理論的解明が済んでいるわけではないので「仕方がない」とも言えるが、共に思考し、議論しまた思考する模索が必要であり、「非営利・協同」の意義自身も本研究所の重要な研究対象課題であるとも言える。
本稿は、全日本民医連らの組織や経営を長年にわたり観察してきた私自身の問題意識であって、「非営利・協同とは何か!」、の答の究極を説明しているわけではない。読者諸氏らの反論や意見を期待している。
1.市場経済の進展と「非営利・協同」
非営利・協同論の展開の上で、現在の弱肉強食の市場経済の進展を直視する必要がある。その進展のために、様々な仕組みの創設や改悪がなされつつあるが、それらを概括的に見ておく必要がある。いわば「利益追求と反協同」の推進者らの意思と、続々と打ち出される仕組みなどを把握しておく必要がある。敵の攻撃を知らねば闘い方もない。
(1)グローバル・スタンダード
ソ連・東欧の崩壊により、それまでの東西陣営の対立という図式が消滅したかに見えるが、一方でアメリカを中心筆頭とする国際資本は旧東陣営を含めて世界を、地球(グローブ)を「一つの市場」として捉えつつ、その単一世界市場戦略の中で、いかに資本の増殖を図りきるか、このグローバル・マーケット戦略は、我が国を含めて各国に対する様々な制度の改定・改悪の要求を行い、或いは各国の自国産業保護政策などの「障壁」の撤廃などを求める動きを強めている。
グローバリズムは、グローバル・キャピタリズムと呼ぶことが至当ではないかと考えるが、この戦略は、金融ビッグバン(注03)だとか会計ビッグバン(注04)などと言われるとおり、我が国の経済・金融・会計・税制など様々な分野で従来の制度の改定・改悪を進展させている。
当然に非営利・協同の分野や事業活動にも様々な影響を及ぼしつつあり、その意義や仕組みなどと共に改定事項等の目指す本質を理解しないまま右往左往していたら、いつの間にか呑み込まれてしまいかねない。
(2)差別化の変革
地球的に同様の法制度や会計・税制度の構築をめざす国際資本等の取組みは、我が国でも様々な形で従来の制度などの変革をもたらしつつある。
一方では、それまでの非営利事業体の活動対象分野などへの民間営利企業の参入促進であり、今一つは当該非営利事業体の側での市場経済化推進制度の導入である。
市場経済の推進者らから見れば、通信、運輸、郵便、医療、福祉、教育、研究らの分野の多くが参入規制され、もしくは算入しがたい「差別された事業分野」であったが、行財政改革と国家・自治体財政破綻の再建という御旗を掲げた政府与党は、民営化、自立、自主、自己責任、国民らの幅広い選択可能制度創設と受益者負担などとして、本来「利益追求」の事業対象には馴染まないはずの諸分野に、株式会社などの営利企業の参入を続々と推進し拡大しつつある。
介護保険制度の創設による民間営利企業の参入は、まさしくその突破口であった。
現在も国立大学を含む独立行政法人制度への移行、営利を目的としてはならない規定を持つ医療法の改定議論、福祉分野などでの社会福祉法人以外の参入拡大議論、道路・郵便事業等での民営化や民間会社算入推進、教育分野での民間出身幹部の登用など、従前には考えられなかった「公的セクター・非営利分野での民間営利化」または「市場競争経済化」の制度の創設と推進が不退転の決意で進められている。
同時に、それまで認められていなかった減価償却制度の導入を含めた社会福祉法人会計基準の改定(注05)、剰余金概念を含む国立大学法人会計基準の創設、措置費の概念から助成金の概念へ変貌を遂げつつある福祉の分野、患者側のアメニティや満足度などを謳い文句とするホテルコストの徴求の推進拡大など、非営利の事業活動分野自身の営利化の促進法制などが目白押しに制定されつつある。
非営利の事業活動分野における「非営利・協同」の意義と理論構築そして実践拡大強化が今こそ強く求められている時代は他にはないと思わされるほど、すさまじい改定であり、改悪とも言える変革の嵐が吹き荒れている。
まごまごしているといつのまにか自分自身が「営利性を帯びた」存在と化しているかもしれない。実践的対応と共に、「原点での思考」が必要である。おそらくや、本研究所はそのバックアップをなすもの確信している。
(3)非営利法人組織の法制
我が国では非営利の活動は歴史的にも古い時代から多々存在していたが、法制としてはヨーロッパやアメリカなどから遅れている。
歴史と文化の成り立ちの相違と、江戸幕府以来の「お上」の存在とその活動・機能の影響が強いと考えるが、我が国の「非営利法人の組織法制」では、民法公益法人制度(注06)、各産業別協同組合法(注07)、社会福祉法人法制などはあるが、NGO法制やNPO法制などは存在しなかったし、スペインの協同労働協同組合(注08)のようなユニークな法制もない。
近年、NPO(特定非営利活動法人)制度(注09)が新設され、続いて中間法人法制(注10)の導入をみた。一方で、民法34条の公益法人制度の廃止による「非営利法人法(仮称)」制定の議論なども水面下で進行しつつある。
我が国の社会の隅々までの市場経済の進展普及と公的財政負担の縮減を目論む政府与党は、非営利分野で活動する人々の要求を巧みに取り入れつつ、非営利の事業活動分野の法制や枠組みの変革を着々と進行中であると観ておかなければならない。
ワーカーズ・コープ(労働者協同組合)法制の創設を目指す取組み(注11)があるものの、非営利の法人組織に関する法制の研究や要求闘争は僅かにしか過ぎない。調査・研究、法学者らとの協力・協同などが必要ではないだろうか。
無数のNPO法人が創設されてはいるが、税制上の支援はほとんどなく(注12)、僅かな収益事業所得(注13)にも課税される始末である。同時に、続々と誕生するNPO法人の大半が「非営利・協同」の事業経営と位置付けられるかどうかは、はなはだ疑問と考えている。NPOと「非営利・協同」の関係をいかなるものとして理解をすべきなのか、後で論述しよう。
(4)非営利・協同と税制
長年の自民党政治のツケは我が国の市場経済をもズタズタに切り裂いてしまった。政府与党の無策、いや愚策の政治経済は、狂乱のバブル経済を経て、不良資産と不良会社の膨大な山を築き上げ、金融機関も大企業も国・自治体も、その財政は破綻し、中小企業はその狭間での多大なしわ寄せでほとんど疲弊しつくしている。
一方で、暴利などは追求せずに、理念(ミッション)を基礎とした事業活動を営々と展開してきた非営利の事業活動体でもまったく一般経済と無縁に過ごすことも不可能となっている。
政府与党は、80年代最後に消費税を導入し、非営利の事業活動体にも大きな衝撃を与えた。利益や損失にかかわらず事業収益という「外形」に課税するこの税金は、非営利組織にとってさえ、納税事務の負担と税金負担そして税務調査の対応という三重苦と遭遇する事態をもたらした。
そして90年代半ばの消費税率アップ(注14)は我が国の経済に大きなマイナス影響を与えると共に、利幅の薄い事業活動を展開している非営利の世界をさらに直撃し、苦しめている。
現在再び、消費税の課税範囲の拡大と税率アップの議論が進行している。3千万円の免税ライン(注15)は1千万円に引き下げられる見通しであり、事務負担軽減の簡易課税選択ライン(注16)は2億円から1億円に引き下げられる見通しである。また、次の消費税税率は7%から10%の間と叫ばれている。単価や利益に容易に転嫁し得ない事業が中心となっている非営利事業体の苦悩はまた一段と厳しくなる予想である。
さらに医療や福祉等の事業収益は消費税ゼロ税率(注17)とすべきであり、その闘いが必要と言える。
一方で、非営利分野での法人税税率優遇措置、たとえば協同組合、公益法人、特定医療法人などへの税率などの優遇制度(注18)、低額無料診療を実施している一定の公益法人医療機関の法人税非課税制度(注19)など、これらの優遇税制は、市場経済推進の前に長期的には削減ないしは廃止の憂き目に遭う可能性が極めて強い。市場経済推進の政府与党の立場からは、民間営利企業と同様の事業を営む場合の「差別」の存在は容認しがたいことと理解されているように映る。
都市銀行への独自の課税を強行した石原東京都知事の新課税の施策は、小泉内閣の税制目玉商品としての「外形標準課税」制度の地方税導入に結びついた。この税制は第二の消費税として、また人件費等の総額に課税するという点でも、非営利・協同の事業体直撃の税制として誕生目前の局面である。
都道府県民税たる事業税の課税対象金額を損益に求めずに、人件費規模などの「外形」に求めるという悪税は、企業の職員構成や労働条件などに少なからぬ影響を及ぼし、アウトソーシングなどの戦略展開を促進するものと予測される。
莫大な資本や財産を有していない非営利・協同の事業体では必然的に労働集約的な事業が多く、または従事する職員労働者らのウェイトは営利企業のそれよりも高いものと推定されるが、この「外形標準課税」の制度は消費税に劣らず危険極まりない税制として、「闘いと対応」が必要である。
さらに、欧米と比較して税率が高いという屁理屈から大資本・大企業などの法人税率を下げる議論の方向は、非営利組織の税率との格差をより一層縮めるものと理解しておかなければならない。
また多数の企業を1グループとして運営する大企業の「連結納税制度(注20)」の創設と引き替えに、職員労働者の退職金の事前準備費用を法人税法上一切認めない改悪(注21)を強行した。大企業では、退職金準備は外部積立(注22)たる年金資産の拠出形成が中心であり、大企業にとってはこの改悪は極端なマイナスではない。むしろ子会社の赤字と相殺できる課税システムの創設の方が好ましい選択肢となっている。
一方、前記の通り、職員労働者のウェイトが相対的に高い非営利の組織の多くでは自己積立の退職金準備であり、その費用準備が税制上認められず課税となることでの影響は甚だしいところがある。この税制改悪が非営利・協同組織での職員労働者の退職金制度などへの影響を及ぼすことが当然に予測され、局面からして退職金条件の改善とは逆の方向の提起となりうる気配であり、この点でも現局面での非営利・協同組織における「労働条件などの在り方」などの研究解明が必要となってきている。このテーマでの本研究所への期待も高いものと推察している。
さて政府与党を先頭とする市場経済進展の施策や制度は着々と具現化しつつあり、民医連をはじめ非営利・協同の事業体の中長期の展望は決して明るくない。しかし真っ暗なわけでもなく、「闘いつつ対応する」、まさしくその真骨頂を発揮する局面でもある。そのためには非営利・協同の組織自身が、その構成員らのすべてが、自身の意義をしっかり確認し、「営利・非協同の民間企業」との差別化を自ら図る取組を旺盛に展開しなければならないと考える。
以下、その意義についての議論と若干の私論を展開する。
2.非営利・協同の意義
事業体なのに非営利とはおかしい、非営利はわかるが協同とは何だ、「非営利協同」と「非営利・協同」とは意義が異なるのか、NPOは非営利・協同なのか、などなど本研究所の名称にかかる意義についても諸説様々と見られる。以下の議論は私の論点整理である。ご批判いただきたい。
(1)営利と非営利
営利と非営利の区分、または民間営利セクターと公的セクターそして第三の非営利セクターという分類もある(注23)。
民間営利法人では、自身の社訓や社是にどう記載されているかどうかは別として、利益追求を法人の目的としており、その究極の姿こそが、飽くなき補食を追求する国際資本・グローバル・カンパニーと言える。
そこでは利益が手段ということではなく、利益追求が、利益の短期・長期の極大化が、目的となり、時として国民や消費者らを欺いてまでも利益の追及を行っている。一昔前の数々の公害事件にしても、近時の様々な食品の偽装事件にしても、原発事故をひた隠しにしてきた電力会社事件にしても、共通する事柄は「法人の利益の確保または擁護のためなら何でもする」に尽きている。営利目的の前では、当たり前のことですら当たり前ではなくなってしまう、まさしく利益追求の存在としての企業の営利性にむしばまれてしまう姿を垣間見るようである。
現在の市場経済推進の施策が、それらの営利追求法人のためにあり、とりわけ社会的存在として無視できない規模となっている大企業らのためにあると言っても過言ではない。
これに対して、医療法人も生活協同組合も、事業協同組合(注24)も、民法34条公益法人も、社会福祉法人も労働組合も、そして近時設立相次ぐNPO法人もみな、その規制する法律で営利目的を否定されている。
これらの事業経営の本質は基本的に「非営利」の法人であると言える。
すなわちこれらの法人の行う事業活動は営利目的ではなく、非営利の目的(注25)であるとされている。もちろん過酷な資本主義社会で生き抜いて活動を発展させるためには、いかなる事業も一定の利益、或いは剰余金が必要である。損失や欠損金では非営利の法人は直ちに破綻瓦解してしまう。したがって主たる事業か従たる事業かは別として、利益の追求は「それなりに」行うのである。利益追求は非営利の法人または活動の目的達成のための「手段」と見ることが出来る。
このため、「非営利」の意義を英語で表現するときに、「Non Profit」というのではなく、「Not For Profit」とされている。「否営利」ではなく「非営利」なのである。この点を誤解されている方が見受けられる。
利益を追求する経営がみな営利企業ということではなく、社会的使命や理念の維持発展のための利益追求かどうかの区別である。
(2)非営利組織の所有と配当
全日本民医連の加盟団体では、個人所有または少数者所有の病院は認めず、民医連綱領を実践する共同所有の医療・介護施設(院所)とされているが、それらの院所が所属する法人の組織形態はまことに様々なのである。
全日本民医連の法人の過半数が生活協同組合法で設立した医療生協であり、次に多いのが医療法の医療法人であり、比較的古い法人が民法34条設立の社団・財団法人である。また周辺に株式会社や有限会社などの薬局法人、社会福祉法人、事業協同組合などを配置している。
いずれの法人形態をも包含して「非営利・協同」の事業と活動と組織、と称しているのである。近時ではさらに周辺にNPO法人なども組成され活動している。
これらの民医連法人に共通している点の一つは、所有という形式がないか(財団形態(注26)または社会福祉法人)、文字通り多数の人々の「非営利の資金」の出資などのように、民間営利企業の所有という概念とは明らかに異なる所有形態をその組織実態としていることである。
出資という形式が無い組織では当然に利益配当はないが、出資という形式がある。例えば医療生協でも「非営利の資金」という意義を議論したことがあるかどうかは不明だが、私はそれを、なるべく少額均等、多数の人々の利益追求目的ではない資金の共同であり原則として配当はしない、と整理している。
それらの意義は非営利の組織であるから当然のことと考えているが、医療法で配当は禁止されているし、医療生協や会社形態の民医連経営でも配当禁止条項を法人定款に盛り込んでいる経営も少なくない。利益追求の市場経済下ではその最たる組織形態である株式会社定款において、独自に配当禁止を規定することは、非営利目的と所有・配当などの意義を首尾一貫したものと捉えていることの宣言に映る。
民医連関係者でも、たまに「出資している薬局会社でどうして配当を認めないのか?」などの質問を受けることがあるが、個人的な出資や営利的な出資の実態の反映であろうか、民医連経営でもまだ不十分な理解と実践があることを教示している。
「消費生協では出資配当しているではないか?」という反論もある。これには「民医連経営でも特定協力借入金(注27)に利息を支払っている!」と答えることとしている。
消費生協の出資金では一口程度の拠出組合員から相当に高額の出資組合員もいる。また消費生協の決算政策議論では、出資配当を維持または捻出するための議論が発生することもあり得る。その点で程度の差はあっても利益配当を期待しての株主の存在を前提とした営利企業の決算政策と変わらない事態と映る消費生協があるかもしれない。
例えば、生協の出資金は低額的定額とし配当はしない取組みとしつつ、組合員のその他の経済的協力は「組合債」として低利の利息を付与する、そのような理屈と実践の在りようなどはありえないのだろうか、などと考えてしまうのである。
出資金と配当、組合債と利息、これらの取組みは、非営利・協同としての生協経営の原点であり、理論探求が今一度必要と思えてならない。他の非営利組織にも通ずる議論である。
(3)「協同」の意義と本質
非営利と協同はセットとは考えていない。もちろん私の議論であるが、もしセットであるとするならば、民法34条法人もNPO法人もすべて非営利協同の事業体だと規定されてしまう。
非営利組織の中には或いはNPO法人の中にも、「協同」を追求している即ち非営利・協同と呼ぶに相応しい組織も少なくはない。しかし、それらのすべてが「協同」を追求している組織であるかどうかは実態によって判断されるべきことと言える。
先に述べた全日本民医連の周辺事業体で、株式会社として存在はしているが集団的、共同的所有(出資)形態でかつ利益配当などはしない、そのような法人でも「協同」と言える即ち非営利・協同の組織と分類可能な取組みが重要なのである。
非営利組織だから非営利・協同である、とは言えない。私の議論では、非営利と協同はセットではなく、「・」が付されることとなる。当然に別の議論もあり得ることから批判を待ちたいが、重要な論点と思っている。
それでは、「協同」を追求する、ということの意義は何かといえば、当該非営利組織の基本的構成員らの間での協力・協同、事業にかかわる役職員・労働組合らの間での協力・協同、当該組織のサポーター(全日本民医連でいうところの友の会などの共同組織)との協力・協同、そして他の非営利・協同組織らとの協力・協同、さらには組織の位置する地域の住民らとの協力・協同、これらの「協同」を積極果敢に追求するという意義であると理解している。
同時にこれらのあまたの協力・協同の中で日常的な重要協同は何かと言えば、実際に日常の事業活動を担っている役職員・労働組合らの「協同」に他ならないとも理解している。
その議論は、本質的には「民主主義」の課題であり、日常的事業活動における民主的管理運営、基本構成員らの法人組織運営上の民主主義、サポーターや他団体との協力連携における民主主義の徹底適用である、と言えるのではないだろうか。
非営利組織がこのあまたの「協同」追及の手をゆるめた場合には、すなわち民主主義の徹底適用が崩れている場合には、非営利組織と言えども営利主義に走ってみたり、或いは本来の目的事業とは相当にかけ離れた事業を展開してみたり、職員とその労働条件を正当な理由なく著しく阻害してみたり、はたまた当該組織にとっても重要な情報の開示に消極的になったり、或いは膨大な累積赤字に目をつぶり、または気付かず経営破綻まで突っ走ってみたり、非営利・協同の組織であれば何の問題もないということではない。
むしろ、本来「非営利・協同」の組織としてあり得ないような事態を招来することもしばしば発生しているのが非営利・協同の現実の一部と言える。原点を忘却する事なかれ!
(4)非営利・協同と管理
経営や会計の論点はまたの機会として、本論稿の最後に管理の課題を簡単に指摘しておきたい。
民間営利企業の組織編成や組織運営の原則は、トップ集中と上意下達の運営原則と言える。
これに対して非営利・協同の組織では、民主主義を貫くべく、民主的管理運営の徹底を追及し、集団的指導部の形成とリーダーシップの発揮、職場を基礎としての民主的即ち自主的、創造的、連帯的管理に徹することとなる。「徹することとなる」という言い方は、実態は必ずしもそうではない非営利・協同組織が存在しうるからである。そのような組織に対しては「協同」的批判や追求がなされなければならない。
なぜならば非営利・協同の組織や事業は、ほとんど単独で長期間存在し続けることは容易ではなく、大半が同業・同種の非営利・協同の仲間と連帯しながら存在することが通例であることから、一つの組織の瓦解は多大な影響を及ぼすことに成りかねないからである。
民主的管理運営は予算編成にしても、予算の執行点検にしても、日常の業務執行にしても、役職員それぞれの協議と多数の合意を前提として実行されることとなるが、その基礎ないしは「支えとなる柱」は「情報の徹底公開」にある。
いわば民主主義の大前提とも言えるが、非営利・協同の分野でもこの基本的命題が不十分な取組と化している組織も少なくないものと観ている。
民主的管理運営の理論の探求とモデルの構築が要請されている所以であるが、富沢賢治聖学院大学教授の言う「ロマンとソロバン」という命題にも通ずることがらである。
営利企業における労働や人権を無視した利益追求のための管理を批判することは至極当然のこととは言えるが、自らの事業活動を科学的に、人間的に、民主的にそして組織や経営の到達点の限界の中でそれらを追求する取組が少しでも不十分となれば、「非営利・協同」と掲げた理念は形骸化し、そこに集った職員労働者達は次第に官僚化し保守化していくことは幾多の事例が教示しているのではないだろうか。
非営利・協同は、民主的管理運営=民主主義を重視する。その民主主義の主人公は誰か、よく吟味することが大切であり、同時に民主主義はその徹底のための手間とコストを要する点を忘れてはならない。
効率化と民主的管理運営は矛盾しないものと理解しているが、現実は必ずしもそうではない。営利・非協同の経営よりも少し余計にコストは掛かるが、そのコストを補って余りあるエネルギーの結集発揮が達成されうるのが「非営利・協同」の事業体である。この点をはき違えると本末転倒となることを付言しておこう。
総研創立記念の小論文としては、苦言を呈し、屁理屈を述べ、大変恐縮ながら、私自身の論点を含めていまだ体系的に整理されていないのが我が「非営利・協同」ワールドなのである。だからこそ、研究所を立ち上げ活動を推進していく意義が明確に存在しているとも言える。
およそ20年間、観察し続けてきた全日本医連は、診療報酬と患者負担の制度改悪の前で、岐路に立たされている。「差別なき医療・介護」の活動を守り発展させてきた全日本民医連の役職員等は、今こそ原点を直視することが要請されている。非営利・協同組織のミッション議論にほかならない。
組織、経営、資金、会計、分配その他の各論について記載する紙数を失ってしまったが、またの機会としたい。
注
- 注01 1983年、県民らから集めた約140億円の資金を無謀な不動産投資等に注ぎ込んで倒産、和議法による15年の再建計画を策定実践し、借入元本100%弁済を完了している。
- 注02 2000年第34回総会で、非営利・協同の実践と学習論議を提起している。
- 注03 金融の自由化、保険・証券との垣根の撤廃、国際的自己資本比率での格付け、ペイオフの導入、結果としての金融再編など。
- 注04 キャッシュフロー会計、税効果会計、退職給付会計、時価会計、減損会計、連結会計など、おおむね国際会計基準に準拠するため会計基準等の改革で従前には殆ど無い取組。
- 注05 新しい社会福祉法人会計基準や授産施設会計基準などを含む。旧基準にはない減価償却概念やキャッシュフロー計算書などを導入。
- 注06 民法34条によって設立されるいわゆる公益法人で、財団法人と社団法人がある。前者は財産を基礎として組成され、後者は賛同する人々を基礎として組成される。
- 注07 農業、漁業、消費生活など我が国では産業別の協同組合法体系である。スペインなどの「一つの協同組合法」での設置運用ではない。法制上も、このことの論点がある。
- 注08 スペインの協同組合法の中には、協同労働協同組合という協同組合形態が認められている。産業分野にこだわらないユニークな協同組合であり、我が国では協同組合法制設置の際、オミットされたと推定している。詳細は石塚秀雄・坂根利幸監修『共生社会と協同労働・同時代社刊』。
- 注09 平成10年3月公布の特定非営利活動促進法。通称、NPO法といわれる。
- 注10 平成14年4月から適用となっている、通称、中間法人法。非公益、非営利の団体に法人格を付与しようというもの。同窓会、PTAなど幅広く適用される。
- 注11 ワーカーズ・コープは、労働者協同組合と同義で活用されているが、例えば消費生活協同組合と比較した場合、相当に異なる仕組みである。前記のスペインの協同労働協同組合などと併せて考えることが必要。
- 注12 当該NPO法人の基本の収益に占める寄付金収益のウェイトなど一定の要件を満たせば、法人税等が非課税となりうるが、そのようなNPOは希であり、優遇税制制度としては機能していないと推定される。
- 注13 公益法人やNPO法人などは法人税法上限定列挙されている「収益事業」を営む場合に申告納税義務を生ずる。規模の大小は問われない。協同組合などは税率が少し優遇されているのみで、すべての事業が課税対象となる。非営利組織に対する我が国の税制は、ヨーロッパ等と比較して重い。
- 注14 1997年の消費税法改悪で、3%の税率が5%にアップされ、バブル破綻経済に消費不況という追い打ちをもたらした。
- 注15 消費税課税対象収益が3千万円以下の経営は、消費税の申告納税が免除されている。その免税ラインが引き下げられようとしており、1千万円まで引き下げられれば相当数の経営・団体等が引っかかることとなる。
- 注16 消費税課税対象収益が2億円以下の経営は、消費税の計算上、支払った消費税実際額の集計をせず、概算率で算定することが出来る。サービス事業の多い非営利の事業体ではおおむね課税収益にかかる消費税の50%を控除して算定納付する。1億円ラインまで下がれば、納税額も事務量なども増加することとなる。
- 注17 課税にかかる消費税率がゼロ税率であれば、経費等に含まれる支払った消費税が全額還付されることとなる。現在は医療と福祉の事業で公的保険等にかかる収益は「非課税」という取扱であり、計算上還付されることはほとんどなく、課題となっている。
- 注18 株式会社の法人税率は原則30%の税率に対し、協同組合・公益法人などは22%とされている。この間の法人税率軽減の過程で、営利企業と非営利企業との税率格差も縮小している。
- 注19 生活保護対象患者を含む低額無料診療規模の割合が10%を超えるなど幾つかの要件を満たすと、法人税法上の医療事業が非課税の取扱となる。ただし公益法人形態の医療機関に限る。全日本民医連は10法人弱が適用されている。
- 注20 赤字の子会社を含めて企業グループ全体で法人税課税所得金額を通算して納税する方法で、大企業にとっては減税と試算されている。非営利企業では一大グループは存在せず減税の恩典は事実上無い。
- 注21 職員の退職金準備は02年度以降、法人税法では一切認めず、既存の無税積立金額も、大企業では4年間で、中小企業・協同組合では10年間で取り崩し課税とされた。掛け金が損金算入となる企業年金への移行等が加速するものと推定される。
- 注22 企業年金は生保または信託会社に年金掛け金を拠出運用させる。02年度より新しい企業年金法が適用され、既存の企業年金加入者を含め、長期展望が必要である。利回りは悪いものの節税観点からの選択が検討されつつある。
- 注23 富沢賢治『非営利・協同入門(同時代社)』では、非営利・協同の事業体の要件を、解放性、自立性、民主制、非営利性の四点を上げている。非営利セクターの事業体の範囲などは見方により相違している。アメリカでは生協は営利セクターとみなされている。
- 注24 中小企業等協同組合法によって設立される事業者の協同組合であり、相互扶助を前提とした協同組合原則が随所に盛り込まれている。近時、非営利の事業体同士で設立が目立ちつつある。
- 注25 多くの非営利組織では、定款、規約、綱領などで、営利を目的としないことを謳い、あわせて事業の目的すなわち社会的使命・ミッションなどを掲げて活動している。
- 注26 財団形態の法人組織としては、民法上の財団法人、医療法の医療法人財団と、持分なき社団がおおむね該当している。いずれも出資または出資持分という概念はない。
- 注27 民医連では、友の会などの共同組織の患者・地域住民から少額多数の浄財を借りており、無利息債と有利息債とで管理されている。近時は、経営参加などを強化することを前提として無利息長期の「地域協同基金」の募集活動を強めており、民医連内部の指標では自己資本としてカウントする取組みを始めている。