総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻83号)』(転載)

二木立

発行日2011年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ


1.論文:日本の民間病院の「営利性」と活力

(「二木教授の医療時評(その90)」『文化連情報』2011年6月号(399号):20-25頁)

はじめに-日本の病院は「先進諸国の中で最も営利性が強い」!?

少し古い話しで恐縮ですが、昨年末に、「日本の医療提供体制[病院-二木]は先進諸国の中で最も営利性が強い」と主張する著書が出版されました。それは、松山幸弘『医療改革と経済成長』です。氏は同書で、「わが国の医療改革を巡る常識の誤り」を幾つも主張しているのですが、それの一番目にこれをあげ、以下のような三段論法を展開しました[1:21-22頁]

(1)「世界共通の営利性の判断基準は、『利益が最終的に特定の個人に帰属するか否か』」である」。(2)「日本の場合、病院数合計8,708のうち約5,300病院が持ち分あり医療法人である。持分あり医療法人病院の場合、医療法第54条により剰余金配当ができないとしても、当該医療法人の売却もしくは解散によって累積した剰余金を出資者個人が獲得できるため、前述の判断[(1)]によれば営利病院に分類される」。(3)その結果、日本は「先進諸国の中で最も営利性が強い医療提供体制なのである」。

上記(1)・(2)の主張は、小泉政権時代に株式会社の医療機関経営解禁論が盛り上がったときに、総合規制改革会議等が盛んに主張しましたが、(3)の大胆な主張は松山氏が初めてです。この論争は、2006年の医療法第五次改正で、医療法人の非営利性・公益性が強化されてからは医療政策の表舞台からは消えていましたが、民主党政権の行政刷新会議「規制・制度改革に関する分科会」では部分的に再燃しています。

そこで本稿では、松山氏の主張の妥当性の検討を手がかりにして、日本の民間病院(特に医療法人病院)の「非営利性」と活力について考えます。私は、松山氏の主張は、以下の3点から、妥当ではないと思います。(1)そもそも「世界共通の非営利組織の定義」は存在しない。(2)日本の医療法人の設立経緯と法的位置づけ、第5次医療法改正における非営利性の徹底を無視している。(3)営利・非営利の二分法は単純すぎる。以下、順に説明します。

「世界共通の非営利性の判断基準」は存在しない

第一に、非営利性・非営利組織の定義はきわめて多様であり、「世界共通の定義」、「世界標準」は存在しません。このことは、非営利組織の研究書で異口同音に指摘されています[2:25頁,3:29頁]。この点を踏まえて、日本における非営利組織についての最初の研究書(電通総研編『NPO(民間非営利組織)とは何か』)は、非営利組織の「最大公約数的定義」として、「利潤をあげることを目的としない、公益的な活動を行う民間の法人組織」というきわめて緩やかな定義を採用しています[2:24頁]。

アメリカの非営利組織の定義には、サラモンの古典的定義(「6つの固有の特徴」)をはじめ、「利益の非配分」原則が必ず含まれていますが[4:22-23頁]、これは松山氏の「利益が最終的に特定の個人に帰属」しないとの限定的定義とは異なります。そのサラモンも、アメリカの定義は、「アメリカ税法の特異性によるものであるから、アメリカでの経験を他国のそれと比較するうえではあまり役立つとは考えられない」と述べています[4:19-20頁]。

実は私自身も、かつては「利益の非配分」原則が非営利組織の根本と理解していました。しかし、川口清史氏によると、この定義は「きわめてアメリカ的」であり、これを「厳格に適用」すると、「ヨーロッパの理論や現実のなかで大きな位置を占める協同組合や共済組合は、制限はあるがその利潤が出資者に分配されること…から、非営利組織とはみなされないことになる」という矛盾が生じるそうです[5:48-49頁]。

この事情は日本でも同じで、「営利を目的としてその事業を行ってはならない」とされている消費生活協同組合、農業協同組合は、制限付きで「剰余金の割戻し」(消費生活協同組合法第52条)、「剰余金の配当」(農業協同組合法第52条)が認められているため、松山氏の定義に従えば、「営利」組織になってしまいます(ただし、厚生連はすべて、医療生協もほとんど、定款で剰余金の割戻し・配当を禁止しています)。

このような事情を考慮してか、政府の各種公式文書でも、医療法人は、一貫して、非営利・公益の「広義の公益法人」と分類されています(総務省『公益法人白書』各年版、経済企画庁『国民生活白書(平成12年版)』等)。

医療法における非営利原則規定とその強化

松山氏の主張の2番目の問題点は、氏が「世界標準」と誤解している定義を絶対化し、医療と医療法人の非営利性を規定した医療法の本来の趣旨とそれを強化した2006年の第五次医療法改正の意義を無視していることです。

医療法人は1950年の医療法改正で、医療の永続性を可能とするとともに、資金の集積性を容易にするために制度化されましたが、その際「営利性については剰余金の配当を禁止することにより、営利法人たることを否定されており、この点で商法上の会社と区別され」ました(1950年8月2日の厚生事務次官通知)。医療法人の剰余金の配当禁止規定は、医療関係者にとっては当然と思われていますが、堀越芳昭氏による「各種法人における残余財産の処分と分配」の詳細な比較研究によると、「残余財産処分(不分割・類似目的処分)と併せて公益法人の非営利性の根拠(分配の禁止)が法文で明記されているのは、…他の公益的法人には類をみないこと」だそうです[6]。

上述したサラモンの非営利組織の定義では、利益の非配分原則は、「利益は、その組織の創立者たちに配分されるのではなく、組織本来の使命のために再投資されなければならない。これが、民間セクターを構成するもう1つの要素である民間企業と非営利組織との違いである」と説明されていす[4:22-23]。これは、医療法人の法的規定と現実の事業活動の両方に完全に合致します。

もちろん、持分のある医療法人については、松山が指摘するように、「当該医療法人の売却もしくは解散によって累積した剰余金を出資者個人が獲得できる」(可能性がある)ため、非営利性の不徹底があることは事実です。しかし、この点のみを根拠にして、持分のある医療法人を「営利」と断定するのは無理があります。なぜなら、出資者(株主)に対する利益還元(配当)の最大化を目的とする営利法人と、地域での医療事業の継続を使命とする医療法人には根本的違いがありますし、現実的にも、医療法人の解散例のほとんどでは残余財産はほとんどが残っていないからです。

しかも、2006年の第5次医療法改正では、医療法人の非営利性の徹底を図るために、同法施行後に新たに設立される医療法人は、財団である医療法人または社団である医療法人で持分の定めのないものに限られることになりました。私は当時、「この改革は、従来の出資持ち分のある医療法人規定のままでは、医療法人は事実上の営利法人であり、株式会社の医療機関経営の解禁を阻む根拠はないとの規制改革・民間開放推進会議等の主張に論理的に対抗しにくいために行われ」たと評価しました[7:126頁]。

ただし、既存の持分のある医療法人は、「当分の間」、「経過措置型医療法人」として存続が認められたため、「非営利性の徹底」が不十分であったことは事実です。しかし、第5次医療法改正では、第48条の4で「社員は各一個の議決権を有する」と新たに定められ、出資の持ち分によって議決権を有する株式会社との違いが明確にされました。これによって、持分のある医療法人を含めて、非営利性の担保が(従来より)強化されたと評価できます。

医療法人の非営利性を担保しているもう1つの規定に、理事長を原則として医師又は歯科医師に限定している第46条の3があります。これは1985年の第一次医療法改正で新設された規定ですが、その直接の契機は1980年に相次いで社会問題化した埼玉県・富士見産婦人科病院事件と京都府・十全会グループ事件でした。両事件では、医療法人の暴走が医師ではない理事長主導で行われたことが問題視され、この規定の新設により「医学的知識の欠落に起因し問題が惹起されるような事態を未然に防止しようとする」(1986年6月26日健康政策局長通知)とされました。この規定は、理事長である医師に対して、医療倫理と経営の論理(利益の最大化)が対立した場合には、前者を優先させという抑止効果を持っていると言えます。

実は、私は今までこの規定の重要性を充分に理解していませんでした。しかし、経済同友会が本年が3月30日に発表した医療・福祉ビジネスの改革提言[8]で、「[民間]事業者の[医療・福祉ビジネス]参入障壁等の緩和・撤廃」措置として、「株式会社などの多様な主体による医療機関経営への参入を進める」こと等と並んで、「経営者である医療法人の理事長職における資格要件を見直す」こと(つまり、理事長の医師要件の撤廃)あげているのを知り、この規定が医療の非営利性を担保する重要な規定であることを再認識しました。

「営利のみを目的とするのではない」組織という第3の概念

松山氏の主張の第3の問題点は、「営利対非営利」という組織の二分法は単純すぎて現実に合致しないことです。

実は、非営利組織研究の「本場」であるアメリカでも、この二分法が一般的です。しかし、アメリカでは、1970年代から営利企業の医療市場への参入が急速に進み、医療組織(特に病院)間の競争が激化し、非営利病院も営利的な行動を強め、営利病院との境界が不鮮明になりました。その結果、伝統的な「営利対非営利」という二分法では、現実の医療の変化を分析・説明できなくなりました[9:188-189頁]。それに対して、カナダを代表する医療経済学者エヴァンズ氏は、1984年にこの二分法を批判して、「営利のみを目的とするのではない(no-only-for-profit)」組織という、「第3の概念」を提唱しました。氏は、これに含まれる組織として、「開業医診療所、および一部の私的病院、ナーシングホーム、薬局等」をあげ、これらを一般の非営利組織とは区別して分析しました[10:238-239頁](エヴァンズの記述の全訳は[注1])。

この概念は日本ではほとんど知られていませんが、日本の民間病院・診療所(医療法人立や個人立等)の分析を行う上で不可欠な概念です。ただし、エヴァンス氏が想定している病院は中小病院で、大規模な医療法人病院や個人病院は想定していないと思います。

なお、本論から離れますが、アメリカを代表する医療経済学者のフュックス氏は、市場競争か政府規制かという医療コントロール手段についての二分法を排して、「医療専門職規範の再活性化」を「第三の道」として提起しています[11:238-239頁]。医療政策と医療経営という違いはありますが、フュックス氏とエヴァンズ氏の提起には、相通じるものがあると私は思っています(フュックスの記述の全訳は[注2])。

「営利のみを目的とするのではない」組織の光と影-民間活力と営利的行動

私は、「営利のみを目的とするのではない」組織には光と影があると思います。光は、純粋の(所有者がいない)非営利組織よりも、オウナーシップが明確で「民間活力」を発揮しやすいことです。

ここで見落としてならないことは、「活力」(ヴァイタリティ)には、時代の変化に対応して新しい事業・試みに挑戦するという意味での「創造的活力」と危機に際して「生き延びる」という意味での「活力」の2種類があることです。この区別は、アメリカの大学教育の歴史研究により発見されました[12]

「創造的活力」は、1980年代以降の病院チェーンの拡大や1990年代以降の保健・医療・福祉複合体の誕生・拡大の原動力になったと言えます。このような「創造的活力」を持っている民間病院はごく限られていますが、それ以外の「生き延びる」という意味での活力は大半の民間病院が持っています。私は、これが1980年代以降、30年以上も厳しい医療費抑制政策が続けられているにもかかわらず、日本では病院倒産がごく低水準にとどまっている理由の一つだと思っています(もう一つの理由は、医療法第一次改正で制度化された地域医療計画による既存病床の既得権化です)。

他方、「営利のみを目的とするのではない」組織の影は、一部の企業家的医師(entrepreneurial physicians)・病院が営利的行動に走る危険があることです。

私は1990年に、この危険を次のように指摘しました。「わが国でも、今後医療の営利化で問題になるのは、営利企業の参入だけでなく、開業医・私的医療機関の営利性の強化であると考えられる。わが国の医療関係者は、医師・既存の私的医療機関を無条件に『非営利』とみなすことが多いが、その背後で、一部の企業家的医師・私的医療機関が営利的行動を強めていることを見逃してはならない」[13:190-191頁]。

ただし、私は、当時、急速に進行していた病院のチェーン化そのものを営利化・企業化と全否定する意見には与せず、「病院チェーン化そのものと個々の病院チェーンの営利的行動は区別して考えるべき」、「原理的および実践的に病院チェーン化は病院経営効率化の一つの重要な方法であり、問題は経営の効率化により得た利益を、患者サービスの向上に還元するか、経営者の私服を肥やすために使うかだ」とも指摘しました[14:93頁]。保健・医療・福祉複合体の評価においても、「『医療の企業化』のリアルな認識」の必要性を指摘しました[15:40-41頁]。

おわりに-非営利性の強化と活力の両立

以上、日本の病院は「先進諸国の中で最も営利性が強い」との松山氏の主張が妥当ではないこと、および日本の民間病院の大半は「営利のみを目的とするのではない」組織であり、それには光と影があることを示しました。

「はじめに」で述べたように、民主党政権の行政刷新会議「規制・制度改革に関する分科会」では、株式会社の病院経営解禁につながる主張が部分的に再燃しており、今後、小泉政権時代と同じように、持分のある医療法人の非営利性の不徹底がそれの口実に使われる可能性があります。それだけに、私は、少なくとも病院に関しては、持分のある医療法人の多くができるだけ速やかに「基金拠出型医療法人」に移行するのが望ましいと思っています。これは、実態的には第五次医療法改正以前の「出資額限度法人」と同じであり、それにより医療法人は活力を維持したまま非営利性を強めることができます。現実にも、持分なしの社団医療法人数(基金拠出型を含む)は、2007年の424から2010年の2694へとわずか3年間で6.4倍も急増しています(厚生労働省「種類別医療法人数の年次推移」)。

[注1]エヴァンスの「営利のみを目的とするのではない」組織

「専門家が所有または運営する事業所・診療所、おそらく一部の営利病院、ナーシングホーム薬局は、『営利のみを目的とするのではない』とみなすのが妥当である。事業から得られた利益(または損失)はすべて事業の所有者に帰属する。そのために、これらの事業の行動の少なくとも一部は、営利目的であると見なせる。しかし、自営業者である彼らは、専門的労働と(一部の)物的資本の事業所への提供者でもあり、この分は上記利益から割り引かれるべきである。そのため、『営利のみを目的とするのではない』医療事業所の所有者に帰属する総所得中のうち、経済学的に利潤と見なせるものは労働や人的・非人的資本への見返りに比べてはるかに少額である。このような事業所は、部分的には営利目的で運営されるが、それのみを目的とするのではないため、『営利のみを目的とするのではない』と見なすべきなのである。/さらに、専門職の訓練と社会化、専門職団体から課される事業の規制、および国民の期待は、純粋の営利追求行動を抑制し、しかも営利追求を専門職の自己イメージや患者利益の理解に基づいた別の目的で置き換えるか、それを追加することを奨励する」(二木仮訳)。

[注2]フュックスの「医療専門職規範の再活性化」論

「医療における医師の中心的重要性を踏まえると、統合的システム(the integrated systems)は医師または他の医療専門職によって主導されるべきだと私は信じている。最低限、医療専門職はそのシステムのガバナンスで、突出した(prominent)役割を持つべきである。今日の医療政策担当者の最大の誤りの1つは、市場競争または政府規制が医療をコントロールする唯一の手段であるとみなすことである。[しかし]専門職規範(professional norms)の再活性化を第三のコントロール手段とする余地、いや必要がある。医師・患者関係は高度に個別的かつ親密(personal and intimate)であり、多くの面で家族間、あるいは教師と生徒間、あるいは聖職者と信徒間の関係と似ている。この関係は、部分的には、経済学者のケネス・ボールディング(1968)が統合的システム(an integrative system)と命名したものであり、相互承認および権利と責任の受け入れに依存し、市場圧力や政府規制とだけでなく伝統的な規範により強固となる」(二木仮訳。1996年のアメリカ経済学会第108回大会での会長講演)。

[本稿は2月18日の日本医師会第4回医療政策会議での報告の一部に加筆したものです。]

文献

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2.談話:厚生労働省「社会保障制度改革の方向性と具体策」を読んで-総論には注目すべき点もあるが「医療と介護」は給付抑制偏重

(『日本医事新報』2011年5月21日号(4543号):13頁)

総論には、従来の厚労省文書にはない大胆な記述・提案も含まれている。

特に、「改革に取り組む歳の留意点」として、「間違いが生じることも想定したチェック機能、フェイルセーフ機能を考えること(『無謬性』を前提としないこと)」を提起しているのは、遅きに失したとは言え、潔い。厚労省所感の社会保障の枠を超え「教育施策」「住宅政策」にまで「越境」していること、従来の方針を転換して「税と社会保険料を一体徴収する機関として歳入庁の創設などの環境整備」を提唱したことも注目に値する。

小泉政権時代への先祖帰りの面も

しかし、「医療と介護」施策は「給付の重点化・効率化」(=給付の削減)が前面に出ており、小泉政権時代への先祖帰りだと思う。「高度医療や高額かつ長期にわたる医療」に「対応」するのは当然だが、それへの「重点化」のみを強調し、何を削減するかについてはまったく触れていない。これでは、吉川洋氏(東大院経済学研究科教授)らが小泉政権時代に執拗に求め、当時厚労省が拒否して見送られた、「免責制の導入」や「保険給付範囲の縮小=混合診療の拡大」を狙っているとの疑心を生みかねない。

私は、医療・介護の「重点化」のみを提起するのではなく、給付範囲・水準のいくつかの選択肢とそれに必要となる財源試算をワンセットで提起して、国民の選択を求めるのが筋だと思う。

「低所得者を対象とした医療、介護等の自己負担、保険料の総合的軽減策」と(全国民を対象にした?)「制度横断的な利用者負担総合合算制度(仮称)の導入」を新たに提起したことには注目しているが、具体論は示されていない。

「医療イノベーション」の項で、医療・介護が「成長牽引産業」であるとの虚言を弄せず、「医療の産業化」、医療ツーリズム等にも全く触れていないのは見識があり、菅政権内の新自由主義派に対する隠れた抵抗と感じた。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算66回.2011年分その3:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカにおける医療の]質改善の旅は続く:次のステップは高信頼性
(Chassin MR, et al: The ongoing quality improvement journey: Next step, high reliability. Health Affairs 30(4):559-568,2011)[総説]

医療の質改善の歴史は19世紀にまで遡るが、体系的で継続的な改善の歴史はそれほど長くない。過去50年間さまざまな方法が試みられてきたが、成功したのものは限られている。最近では、一部の医療組織が、民間航空産業等、重大な危険を非常にうまく管理している組織について研究した高信頼性科学(high-reliability science)の教訓を応用し始めている。本論文ではアメリカ医療における質改善の発展をレビューし、病院や他の医療組織が信頼性を高めるために用いられる枠組みを提起する。

二木コメント"Health Affairs" 30巻4号の大特集「いまも[医療の]質の谷間を超えつつある」(Still crossing the quality chasm. 29論文)の巻頭論文で、アメリカにおける医療の質改善の歴史と今後の課題をコンパクトに解説しています。この特集は、2001年に発表された医学研究所アメリカ医療の質委員会の有名な報告書『[医療の]質の谷間を越えて:21世紀に向けての新しい医療システム』(Crossing the quality chasm : A new health system for the 21st century) (医学ジャーナリスト協会訳:日本評論社, 2002)後、10年間の発展を多面的に検証しており、医療の質研究者必読と思います。

○[アメリカにおける]入院医療への質に基づく支払いの効果:質改善の教訓
(Werner RM, et al: The effect of pay-for-performance in hospitals: Lessons for quality improvement. Health Affairs 30(4):690-698,2011)[量的研究]

アメリカでは、質に基づく支払いが医療の質の向上を目指して広く採用されているが、それをどう用いるのが最も効果的かについてはほとんど明らかになっていない。そこでメディケア・メディケイドセンターとPremier Inc(全米規模の病院チェーン)が共同実施した「医療の質に基づく支払いモデル事業」(2004~2008会計年度)に参加した260急性期病院(以下、参加病院)とそれに参加しなかった780病院(同、不参加病院)の医療の質得点(急性心筋梗塞、心不全、肺炎の診療パフォーマンスの平均)の変化を比較した。モデル事業開始後3年間は参加病院の平均得点が非参加病院のそれを有意に上回っていた。この期間、参加病院の半数以上で医療の質得点が改善したのに対して、非参加病院でそれが改善したのは三分の一にとどまっていた。しかし、5年目には、両群の平均得点はほとんど同一になった。得点の改善が特に大きかったのは、得点の改善に応じてボーナスが多く得られる病院、財政状態がよい病院、病院間競争が少ない地域にある病院であった。以上の知見は、医療の質に基づくプログラムを個々の病院が置かれている状況に応じて調整することにより質の改善が最大になりうることを示唆している。
二木コメント-質に基づく支払いの医療の質改善効果は長期間持続しないことを実証した初めての研究と思います。しかも、本論文の図1をよくみると、参加病院の医療の質の平均得点は、モデル事業開始前から非参加病院よりやや高く、両群の最初の3年間の得点の差が質に基づく支払いのためであるとは必ずしも言えないと思います。

○[アメリカの]病院はどのくらい費用を転嫁しているか? 文献レビュー
(How much do hospitals cost shift? A review of the evidence. The Milbank Quarterly 89(1):90-130,2011)[文献レビュー]

アメリカでは病院のコストシフティング(公的支払いの不足を民間保険への請求に転嫁すること)は、長年、医療政策の論点の一つとされてきた。これについてはたくさんの理論・実証研究があるが、それらの厳密な文献レビューはMorrisey(1993~1996年)以来行われていない。しかもそれ以降、実証研究の手法も医療政策の基調も大きく変化している。そこで、本研究では1996年以降に発表されたコストシフティングについての理論・実証研究をレビューし、主な所見を合成し、今後の医療費用についての示唆を与える。Google Scholarを用いて、査読付き雑誌に掲載された、病院のコストシフティングについての学術論文を検索し、理論研究10、実証研究11を選んだ。大半の論評はコストシフティングが巨額でしかも広範にみられるとの印象を与えているが、これらの注意深い理論・実証研究はそれが生じうるし、実際に生じてはいるものの、出現率はかなり低いことを示唆している。しかも、コストシフティングの程度は、病院・医療保険市場の変化や費用の変化の影響を強く受けている。医療政策担当者は、病院や医療保険が巨額のコストシフティングを行っているとの主張を批判的に扱うべきである。

二木コメント-41頁の膨大な文献レビューで、コストシフティングの研究者必読と思います。医療の公定価格が存在しないアメリカでさえ、病院のコストシフティングは限定的にしか存在しないことを考慮すると、日本でのそれは、少なくともマクロ経済的には、ごく限定的と思います。

○医薬品の開発費用:体系的文献レビュー
(Morgan S, et al: The cost of drug development: A systematic review. Health Policy 100(1):4-17,2011)[文献レビュー]

7つのデータベースを用いて、1980~2009年に発表された医薬品(新薬)開発費用のオリジナルな推計を含む英語文献を検索し、事前に定めた基準に合致する13論文を収集・検討した。医薬品の開発費用の推計額は、キャッシュコスト(直接費の合計)では9200万米ドルから8億8360万米ドル、資本コストでは1億6100万米ドルから18億米ドルまで、それぞれ9倍、11倍もの幅があった(2009年表示に換算)。このような大きな推計幅は、推計方法、データソース、調査期間の違いによって一部説明できた。多くの研究は透明性が不足しており、13論文のうち10論文では、企業名・医薬品名のすべてまたは一部が秘匿されていた。この結果に基づいて著者は、医薬品の開発費用について研究され始めてから30年になるが、どの推計方法も確実な基準(a gold standard)とは言えないと結論づけている。

二木コメント-医薬品の開発費用についての世界初で、しかも緻密な体系的文献レビューです。ただし、結果は「藪の中」のようです。5人の執筆者は全員カナダの大学所属です。本論文は、"Health Poicy"100巻1号の特集「医薬品と医療機器の焦点」(Focus on pharmaceuticals and medical devices. 6論文)の巻頭論文です。

○イギリスのNHSは論争的でリスクが大きい市場主義的医療改革に乗り出す
(Roland M, et al: English NHS embarks on controversial and risky market-style reforms in health care. The New England Journal of Medicine 364(14):1360-1366,2011.[評論]

イギリスのキャメロン政権が2010年に発表した政策文書(白書)「公平と卓越:NHSを自由化する」は、市場主義に基づくNHS組織の根本的改革を目指している。この改革案では、NHSの以下の特徴は今後も維持される:無料医療・普遍的給付、GPが登録患者に責任を持つこと、専門医受診にはGPの紹介が必要なこと、医療購入者と提供者の分離。他面、以下の3大改革により、NHSの中央集権的構造を市場メカニズムにより依存したものに変えようとしている:(1)支払い改革(全GPが人頭払いを受ける「コンソーシアム」に参加し、それがNHS予算の70%を管理する)。(2)病院改革(全病院が「信託基金」(foundation trust)所属となり、中央政府の統制を受けず、公私の資金を自由に得られる。私的病院もNHS患者にサービスを提供できる)、(3)患者と地域住民の参加。(1)と(2)により、NHSの管理費用は3年間で45%削減できるとされている。しかし、改革の詳細は未定であり、このまま実施されれば大きな混乱を招く危険がある。

二木コメント-2人の執筆者は共にイギリスの研究者・医師で、アメリカ人(医師)にも理解できるように、NHS改革案の概要とリスクを分かりやすく解説しています。なお、「日本経済新聞」2011年5月11日朝刊は、この改革案を「国民だれでも原則無料で診療を受けられる国営医療制度(NHS)を60年ぶりに大きく見直す」と報じていますが、これは不正確で、「原則無料で診療を受けられる」ことなど、NHSの根幹は維持されます。また、"The Economist"はキャメロン政権の諸改革全般には好意的ですが、医療改革案そのものおよびそれの実現可能性については、一貫して極めて懐疑的です(例:The NHS mess: A very big headache" April 9th 2011:p.55)。白書("Equity and Excellence: Liberating the NHS." 全61頁)は2010年7月に発表され、イギリス政府厚生省のHPに全文公開されています。

○カナダの成績表-健康[日本は16か国のトップ]
(The Conference Board of Canada: A report card on Canada - Health. http://conferenceboard.ca/hcp/Details/Health.aspx)

2011年5月に、カナダと他の高所得16か国(アメリカ、ヨーロッパ13か国、オーストラリア、日本)の健康水準(health performance)を比較した。OECD Health Data 2009等を用いて、各国の以下の11の健康指標を調査した。平均余命、健康の自己評価、早期死亡(premature mortality)、癌死亡率、循環器疾患死亡率、呼吸器疾患死亡率、糖尿病死亡率、筋骨格系疾患死亡率、精神疾患死亡率、乳児死亡率、医療事故死亡率。それぞれの指標ごとに、17か国をA~Dの4段階にランク付けした。その上で、欠損値が多かったベルギーを除いた16か国を対象にして、11指標のランク付けを単純集計して「健康成績表」を作成した:1位日本、2位スイス、3位イタリア、4位ノルウェイ(以上Aランク)、5位スウェーデン、6位フランス、7位フィンランド、8位ドイツ、9位オーストラリア、10位カナダ(5~10位がBランク)、11位オランダ、12位オーストリア、13位アイルランド、14位イギリス、15位デンマーク、16位アメリカ(14~16位がDランク)。日本は、10の死亡率関連指標のうち9指標でAランクだったが(呼吸器疾患死亡率のみCランク)、健康の自己評価はDランクであった(Dランクは日本だけ)。

二木コメント-この調査結果は、2011年5月18日の中央社会保険医療協議会に、二号委員が連名で提出した「わが国の医療についての基本資料」の10番目の資料「低い医療費水準のなかでも、世界一の日本の医療」の中で、「WHO Health Report 2000で総合1位となった日本の保健医療は、低い医療費水準が続くなかで、OECD Health Data 2009に基づく国際評価でも1位を獲得している」と紹介されました。Conference Board of Canadaは1954年に設立された超党派の非営利研究組織だそうです。ただ、WHO Health Report 2000が、「保健医療システム」の達成水準を、(1)良好な健康状態、(2)人々への期待への応答性、(3)財政負担の公平性の3側面から総合的に評価しているのに対して、本調査は11の健康指標(しかも健康の自己評価以外は死亡率関連指標)に基づく、16か国の「健康成績表」であり、両者は同列には扱えないと思います。また、相互に強い相関のある死亡率関連指標を用いて「健康成績表」を作成することにも疑問があります。私は、以前から、WHOレポートを根拠にした日本の医療は世界一との主張には疑問を持っており、拙著『医療改革-危機から希望へ』(勁草書房,2007)の「世界の中での日本医療の質の複眼的評価」でも、「日本医療の質の客観的評価は高位」だが「主観的評価は低位」、「デンマークと日本は両極端の国」と書きました(7-10頁)。本調査でも、このことが確認されたと思います。

なお、WHOレポートの分析枠組については、堀真奈美「保健医療システムのパフォーマンス(第1回)」『医療経済研究機構レター(Monthly IHEP)』2006年4月号(No.141)が詳細に解説しています。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その78)-最近知った名言・警句

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