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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻92号)』(転載)二木立

発行日2012年03月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

1.講演録「医療・社会保障改革とリハビリテーション医療・ケアの行方」(2011年10月29日のリハビリテーション・ケア合同研究大会inくまもと)を『地域リハビリテーション』2012年3月号(3月15日発行)に掲載します。そのうち、「介護保険法改正による『地域包括ケアシステム』を複眼的に評価する」の項は本「ニューズレター」93号(4月1日配信)に転載する予定ですが、全文を読みたい方は同誌掲載分をお読み下さい。

2.論文「勤務医の開業志向は本当に生じたのか?」を『日本医事新報』2012年3月10月号に掲載します。本「ニューズレター」93号(2012年3月1日配信)に転載予定ですが、早めに読みたい方は同誌掲載分をお読み下さい。

3.『TPPと医療の産業化-複眼的・批判的視点から』を出版します
『民主党政権の医療政策』(勁草書房,2012年2月)出版以降に発表した論文をまとめた上掲書を、本年4月下旬~5月上旬、勁草書房から出版します。章立ては以下の通りです。


1.論文:東日本大震災・福島原発事故後の医療・社会保障について改めて考える

(「深層を読む・真相を解く(10)」『日本医事新報』2012年1月28日号(4579号):28-29頁)

「中間シナリオ」か「抜本改革」か

東日本大震災・福島第一原発事故が発生して早くも10か月が過ぎました。私は昨年4月の「本連載(2)」で、それが今後の医療・社会保障政策に与える「中長期的影響」について思考実験し、「バラ色シナリオ」と「地獄のシナリオ」の実現可能性は低く、「中間シナリオ」の実施可能性が高いと予測しました。野田内閣が現在最重点課題にしている「社会保障と税の一体改革」(2025年までの改革)はこの「中間シナリオ」そのものと言えます。

ただし、東日本大震災の大きな惨禍を目にして、「抜本改革」が必要・可能と主張される方も少なくありません。例えば、昨年9月に発表された『ランセット』誌の日本特集号「国民皆保険達成から50年」の編集に携わった渋谷健司氏(東京大学教授)は、「震災を契機に本当にやるべきことを今やらないといけない。この1~2年で抜本改革を実行することができれば、日本の印象は大きく変わる」と主張しています(『日本医事新報』4560号:19頁)。特集の他の執筆者も、「東日本大震災を機に日本中の連帯感が高まっている現在なら、[構造改革の障害は]乗り越えることができる」、「漸進的な改革では皆保険制度を維持できない」と主張しています。

そこで今回は視野を広げ、東日本大震災・福島第一原発事故以前に世界で起こった大災害が社会・社会保障の大改革を生んだか否かを考えます。

『災害ユートピア』と『ショック・ドクトリン』

そのための手がかりになる、しかしスタンス・結論はまったく逆の2冊のノンフクション(訳書)があります。レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』(高月園子訳,亜紀書房,2010,原著2009)ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』(幾島幸子・村上由見子訳,岩波書店2011,原著2007)です。

まず、『災害ユートピア』は、1906年のサンフランシスコ地震から2005年のハリケーンカトリーナによる大洪水まで、世界中で起こった12の大災害について詳しく検証し、災害の直後には「無数の利他的な行為」が見られ、「特別の共同体」=「災害ユートピア」が立ち上がることを示しています。このことは、災害社会学者の間では標準的な見解(「向社会性」)になっているそうです。この本を読むと、東日本大震災後に世界から賞賛された被災者の沈着な行動は日本に固有のものではなく、普遍的であることが分かります。 

ただし、多くの場合それは長くは続かず、著者は「束の間の(一時的)ユートピア」と呼んでいます。例外的にこれが長期間継続し、大規模な社会改革・革命につながった例もラテンアメリカにはありますが、「一定の法則性はない」そうです。

次に、『ショック・ドクトリン』は、米国政府とそれに影響・支配された各国の政府・支配層が、大災害(自然災害だけでなく政治的激変も含む)に便乗して、フリードマン流の自由放任資本主義的「ショック療法」を強権的に実施した実例を、1970年のチリの軍事クーデター、サッチャー改革、ロシア・東欧さらにはアメリカ国内でのショック療法に至るまで、生々しく跡づけ批判しています。これは『災害ユートピア』とは逆の結論です。

著者の卓越した筆力もあり、本書を読み進めると、今後の世界と日本に絶望的な気分になります。金子勝氏(慶應義塾大学教授)も、本書に依拠して、TPPを「日本版『ショックドクトリン』」と呼んでいます(『世界』2011年12月号:39頁)。ただし、著者も終章「ショックからの覚醒」では「民衆の手による復興」に触れており、この章に限れば『災害ユートピア』と重なる部分もあります。

この2冊の本は、大災害後の動きの相反する面を描いており、相補的とも言えますが、私は『ショック・ドクトリン』は否定的・一面的にすぎると思います。なぜなら、日本の国民皆保険制度やイギリスのNHS(国民保健サービス)はいずれも、究極の災害と言える戦争(第二次世界大戦)中に準備されたし、米国のメディケア・メディケイドもベトナム戦争の行き詰まりと反戦運動の高まりを背景として導入されたからです。

今後の日本の医療・社会保障改革を考える上で重要なことは「災害ユーピア」は一部の例外を除けば「一時的」で「はかない」現象であり、それに依拠して抜本改革を夢想すべきではないということです。この点については、1995年の阪神淡路大震災直後の動きを冷静に記録した中井久夫氏(当時・神戸大学教授)も、災害後3週間の時点で「『共同体感情』が永続しない」と喝破していました(『災害がほんとうに襲った時』みすず書房,1995)。

大震災後の厚労省と医療者の迅速な対応

医療制度の抜本改革が必要・可能と主張される人々の中には、その根拠として、東日本大震災と福島第一原発事故が日本の医療制度・行政の限界を明らかにしたと主張される方が少なくありません。私も被災地が元々医療過疎地域であったこと、および近年の自治体病院再編等のため、被災地の医療提供体制が弱体化していたことが、その後の復興の重大な障害になっていると思います。

と同時に、私は、東日本大震災後の厚労省と医療者の迅速な対応は特筆に値するとも考えています。厚労省は震災当日から、被災者が被保険者証がなくても受診できる、窓口負担の支払いを猶予・免除する-等の各種事務連絡等を矢継ぎ早に出し、被災者の医療確保を図りました。この迅速な対応には、昨年4月20日の中医協総会で、多くの委員が異口同音に強い感謝の気持ちを表しました。

医療者の支援活動もきわめて迅速・活発で、法定のDMAT(災害派遣医療チーム)に加え、JMAT(日本医師会災害医療チーム)をはじめ、さまざまな医療組織による自発的支援活動が連続的・継続的に行われました。この活動は当時、一般のジャーナリズムでも高く評価されました。日医総研「第4回日本の医療に関する意識調査」(昨年11月実施、「中間報告」)によると、東日本大震災の際に医療支援が行われたことを知っている国民は88.2%、それを評価する国民は97.7%に達しました。

「税と社会保障の一体改革」は、多くの医療者や研究者が望む「抜本改革」とはほど遠いし、連載(9)で述べたように、日本のTPP参加が日本医療の困難を増すのは確実です。しかし、東日本大震災で示された行政・医療者の迅速な対応と、国民のそれに対する高い評価を踏まえれば、日本医療の未来は決して暗くないと私は考えています。

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2.論文:日本の保健・医療・福祉複合体の最新動向と「地域包括ケアシステム」

(「二木教授の医療時評(その101)」『文化連情報』2012年3月号(408号):28-35頁)

はじめに-私の複合体研究

私は、1990年代の中頃に、医療機関の保健・福祉(特に介護)分野への進出に興味を持ち、1996年に「保健・医療・福祉複合体(以下、複合体)」について次の概念を提唱し、1996~1998年に包括的な全国調査を行いました:医療機関(病院・診療所)の開設者が、同一法人または関連・系列法人とともに、各種の保健・福祉施設のうちのいくつかを開設し、保健・医療・福祉サービスのすべてまたは一部を一体的に提供するグループ(1)

調査開始前は、複合体の大半が「病院主導(母体)」であり、入所施設(特別養護老人ホームと老人保健施設)を開設しているものが主流と思っていましたが、調査過程で、診療所を母体とする複合体も少なくないことに気付きました(概ね2~3割)。さらに、2000年の介護保険制度開始前後からは、特に大都市部で、診療所や中小病院が在宅・通所ケア施設(訪問看護ステーション、ホームヘルパー・ステーション、在宅介護支援センター、通所リハビリテーション施設等)のみを開設する複合体が急増したため、それらを「ミニ複合体」と命名しました(2)。そして、2000年に在宅ケア先進診療所を対象にして、「ミニ複合体」のミニ調査を行いました(3)

医療機関の複合体化は、2008年に介護保険制度(正式名称は老人長期療養保険制度)を導入したお隣の韓国でも民間中小病院の生き残り策として注目され、私は2004年以降何度か、韓国の病院・福祉施設関係者や研究者を対象にして、日本の複合体と介護保険制度について講演しました(4)。本稿では、昨年11月に韓国の病院経営者を対象に行った最新の講演をベースにして、日本の複合体と複合体研究の最新動向(概ね最近5年以内)を紹介します。最後に、昨年の介護保険法改正で構築が目指されている「地域包括ケアシステム」が、複合体への新たな追い風になることを指摘します。

日本病院会の全国調査(2010年)

複合体の包括的な全国調査は、私が1996~1998年に全数調査を行って以来、残念ながら行われていません。しかし、日本病院会中小病院委員会が2010年に行った「中小病院の複合事業化戦略に関する調査報告」により、中小病院の複合体化の最新動向が明らかにされました(5)。これは病院団体が行った初めての本格的全国調査(郵送調査)で、調査対象は200床以下の会員病院1220施設であり、そのうち404病院が回答しました(回答率33.1%)。

回答者(「自院グループ」)の事業主体は医療法人がもっとも多く61.6%(249施設)であり、以下社会福祉法人10.1%、財団法人6.2%、公立・公的機関18.6%、株式会社6.4%、個人1.5%、NPO法人0.2%、その他7.7%でした。現在の病床構成は、一般病床のみがもっとも多く47.6%ですが、一般病床と療養病床のケアミックスが 41.2%もあり、療養病床のみは8.0%、その他2.2%でした。平均病床数は127.4床でした(元資料から計算)。

複合事業化戦略の検討・実施の時期をみると、介護保険以前から実施39.2%、介護保険以後実施19.4%(小計58.6%。236施設)、現在検討中7.2%、近い将来検討したい11.7%であり、今後とも志向するつもりはないは18.4%にとどまっていました(その他4.2%)。

現在複合化戦略を実施している施設を対象にして、現在行っている複合事業をみると、特定健診等がもっとも多く84.2%で、以下、訪問看護・訪問介護76.9%、人間ドック等72.6%、訪問リハビリテーション61.5%、通所リハビリテーション55.6%が5割を超えていました(以上、通所・在宅事業)。入所施設の開設率は、老人保健施設47.0%、特別養護老人ホーム18.4%でした(図1)。

回答施設全体(有効回答403)を分母とする実施率を計算したところ、特定健診等48.9%、訪問看護・訪問介護44.7%、人間ドック等42.2%、訪問リハビリテーション35.7%、通所リハビリテーション32.3%、老人保健施設27.3%、特別養護老人ホーム10.7%となりました。

各種事業を実施している病院の全収入に占める各事業収入の割合をみると、当然のことながら、医療事業(病院・診療所)が77.2%でもっとも多いのですが、介護・福祉施設事業(老健、特養)も19.9%を占めており、予防事業・リハ事業(6.9%)を大幅に上回っていました(その他5.8%)。この「リハ事業」には介護保険事業分も含まれると思われ、これを加えると介護保険関連の事業収入割合が2割を超えることは確実です。

この調査と同時に、第3回「中小病院が生き残るための今後の病院経営の課題に関する調査」も行われました(同名の調査は2008,2009年にも行われました)。それによると、「今後の経営戦略の方向性」について「医療と介護・高齢者住居の複合体志向」との回答が、2008年の33.6%から、2009年の34.8%、2010年の41.1%へと着実に増加していました。

この調査結果は、2010年の第60回日本病院学会シンポジム「中小病院は地域を守る~中小病院の複合事業化戦略~」で発表されたのですが、シンポジストは皆「中小病院が生き残るため複合事業化は不可欠」、「生き残っている中小病院はどこも複合事業化を行っている」等と発言しました。

日本リハ病院・施設協会の全国調査と埼玉県での縦断調査

日本リハビリテーション病院・施設協会は毎年「会員施設実態調査」を行っており、それの2010年度調査でも、リハビリテーション病院の複合体化の進展ぶりが分かります(6)。調査対象は、会員病院640施設で、211病院が回答しました(回答率33.0%)。回答施設の開設主体は、医療法人・個人・その他(これの細分なし)が81.0%を占め、残りは公的医療機関15.2%、社会保険関連団体2.8%、国等0.9%でした。回答施設のうち、200床以上が49.2%であり、上記日本病院会調査より、かなり大規模です。

介護保険関連事業の併設率は、居宅介護支援事業所58.3%がもっとも高く、以下、通所リハビリテーション50.7%、訪問看護ステーション41.7%でした(以上、通所・在宅事業)。入所施設の併設は、老人保健施設33.2%、特別養護老人ホーム8.5%でした(図2)。日本病院会調査とは調査項目が一部異なりますが、回答施設全体での実施率はほぼ同水準と言えます。

私の全国調査以降行われた、病院単位の複合体の全国調査はこの2つしかないと思います。対象を限定したユニークな全国調査としては、鍋谷州春氏の「協同組織[JAグループ、生協、民医連等]が開設する医療・福祉事業全国調査」があります(7)

なお、山本克也氏等は、WAMNETの介護サービス事業者情報を用いて「[介護]施設サービスの複合化・多機能化」の全国推計(2006年)を行っています(8)。しかし、各施設・事業の名目上の開設者のみに注目し、母体法人に遡った調査をしていないので、医療法人等が開設している介護施設・事業の割合は相当過小評価になっています。例えば、「特養の場合は社会福祉法人が圧倒的の93.6%」とされていますが、私の全国調査によれば、特別養護老人ホームのうち医療施設を母体とするものが約3割を占めていました(1)。また、「特養、老健のいずれかを3つ以上所有する」社会福祉法人が34示されていますが、それらの相当部分(おそらく大半)は医療機関を母体とする法人(つまり複合体)のはずです。

病院母体の複合体の都道府県レベルの全数調査で注目すべきなのは、大野博氏による埼玉県の1996~2006年の10年間の縦断調査です(9)。氏は「医療・介護複合体」を県内または県境を超えて複数の病院を経営するか、複数の病院・介護施設を経営する事業体と定義して、各病院・施設の母体に遡って全数調査を行いました。その結果、2006年現在、埼玉県内で病院を開設する病院経営主体のうち31.4%が医療・介護複合体であり、そのもとにある病院は全体の43.6%、複合体のもとにある病床は全体の61.2%に達していること、および10年間で複合体のシェアは、病院数で13%ポイント、病床数で11%ポイント拡大したことが明らかになりました。 

複合体経営の実証研究

複合体という用語・概念は私が1998年に『保健・医療・福祉複合体』(1)を出版して以降急速に普及し、現在では医療・介護保険関係者の間で「普通名詞化」していると言えます。今回、本稿を執筆するために、CiNii(国立情報学研究所提供の文献データベース)を用いて「複合(体)」等をキーワードにして検索したところ、100を超える文献がヒットしました。しかし、そのほとんどは複合体の事例報告か解説記事であり、複合体の実証研究(特に経営学的研究)はごく限られていました。

例えば、複合体の経営効果については、上掲拙著を含めたいくつかの調査研究が指摘していますが、ほとんど概念レベルにとどまっており、ある一定数以上の量的データを用いてそれを本格的に検証した研究は鄭丞媛氏等による「医療生協のデータを中心に」した研究しかないと思います(10)。鄭氏等は、医療生協(約106単位生協)の2003、2004、2005年の財務データを用い、「施設[開設]型複合体」、「ミニ複合体」、「医療単独」間の各種経営指標の詳細な比較を行い、事業利益率は「施設型複合体」・「ミニ複合体」の方が「医療単独」よりも高いが、「施設型複合体」と「ミニ複合体」間では統計学的な有意差が見られなかった、複合体の方が「医療単独型」よりも生産性が高い等、複合化の経営効果を示唆する興味ある知見を得ています。鄭氏等はその上で、「複合化の効果として、[診療・介護]報酬改定といった外部的要因によるリスクを分散する効果がある」と指摘しており、これは妥当と思います。

2011年に実施された「第18回医療経済実態調査」と「平成23年介護事業経営実態調査」により、各事業の利益率(収支差率)を比較すると、医療法人立一般病院(全体)の4.8%に対して、介護事業では、介護老人福祉施設9.3%、介護老人保健施設9.9%、介護療養型医療施設9.7%、認知症対応型共同生活介護8.4%、通所介護11.6%と相当高くなっていました。ただし、訪問系の介護事業の利益率は、訪問介護5.1%、訪問看護2.3%、訪問リハビリテーション3.1%にとどまっていました。 

なお、少し古い研究ですが、高橋紘一氏は、2001年に大規模複合体経営の「分析試案」を発表しており、この領域の量的研究の嚆矢と言えます(11)

上述したように複合体の「事例報告」は非常に多いのですが、本格的な「事例研究」はごく限られています。その中で、足立浩氏による兵庫県赤穂市の医療法人伯鳳会[赤穂中央病院]グループの事例研究は、同グループの2005~2007年度の財務データと「経営指針書」等を、「ソシオマネジメント」の視点から詳細に分析しており、複合体事例研究の白眉と言えます(12)。足立氏は、「伯鳳会グループの経営において…最も注目したいのは、内部的には職員を『共闘者』と位置づけて、経営への主体的関与を積極的に促す職員参加型経営のシステムであり、外部的には地域医療への貢献をベースとした『地域密着・包括的事業展開型医療法人』としての社会的役割である」と結論づけています。

複合体の最近の注目すべき動き

次に、複合体の最近の動きについて、注目すべきと思うものを3点紹介します。

第1は、地域の中核的複合体による地域振興、地域経済活性化の取り組みです。複合体が地方、特に人口減少に悩む過疎地域で、かつての公共事業に代わって、雇用の下支えとなっていることは、地方にある複合体の事例報告で異口同音に強調されています(最新の事例報告は、鹿児島県川内市の市日野記念病院グループ(13))。

最近ではそれに加えて、一部の地域で、地域の中核的複合体が過疎地の地域振興、地域経済の活性化に積極的に取り組む動きも生まれています。この点でのフロントランナーは、石川県能登中部医療圏(七尾市等)に位置する社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院グループ(理事長:神野正博医師)です(14,15)。私は、同グループの地域振興活動そのものに加えて、神野医師の「peripheralに軸足を持った」centralへの「発信力」にも注目しています(16)。上述した足立浩氏も、伯鳳会グループと並んで、恵寿総合病院グループを「注目すべき医療経営モデルの1つ」と評価しています(12)。厚生労働省の担当者(鈴木康裕保険局医療課長)も、医療と介護の「先駆的な事例」に注目し、それをモデルとして全国的に普及させるような形にして財政的にも支援することがすごく大事」と発言するようになっています(17)

なお、地方の病院が「町おこし」・「地域再生」の核になることを最初に実践的に示したのは長野県・佐久総合病院(若月俊一院長・故人)で、故川上武氏は1988年に同病院の詳細な事例研究を発表し、「メディコ・ポリス構想」を提唱しました(18)

第2の新しい動きは、地方都市を本拠地とする大規模複合体の首都圏・大都市部への進出です。『日経ヘルスケア』2010年6月号は、首都圏(東京都と横浜市)に進出した4法人(福島県郡山市・南東北病院グループ、鳥取県境港市・こうほうえんグループ、徳島県吉野川市・みまグループ、長崎県大村市・カメリアグループ)の最新動向をレポートしています(19)。これら4法人は、いずれも2006年以降、首都圏に進出しています。上述した兵庫県赤穂市の伯鳳会グループも、2010年以降、「大阪プロジェクト」(大阪の2病院の経営移譲による獲得)を進めています(20)

これらの法人の直接の進出動機はいずれも、地元での実績で自信を持つ一方、人口減少の続く地元でのシェア拡大に限界を感じたことのようです。ただし、特に首都圏は地価・人件費が非常に高いため、人材確保と経営の両面で必ずしも順調とは言えないようです(ただし、私はまだフィールド調査はしていません)。いずれにしろ、この動きはごく一部の大規模複合体に限定され、日本の複合体の大半は今後も地域密着型の「地場産業」であり続けると思います。

第3の動きは、必ずしも新しいとは言えないのですが、巨大民間病院チェーン(グループ)がすべて複合体化していることです。日本の病院グループの最新の包括的な調査研究は、矢野経済研究所『病院グループ徹底分析2011年版』です(21)。本研究では、「病院グループ」を病院2施設以上+介護保険施設2施設以上または病院3施設以上を有する団体と定義して、この条件に該当する224団体を抽出し、それらに属する医療法人等約470法人の決算書を収集して、事業収益、事業利益等別のランキングを作成し、さらに15の巨大病院グループについては詳細な事例分析を行っています。具体的には、以下の15病院グループです:徳洲会グループ、東京・板橋中央総合病院(中央医科)グループ(IMS)、埼玉・戸田中央医科グループ(TMG)、埼玉・上尾中央医科グループ(AMG)、大阪・愛仁会グループ、京都・武田病院グループ、京都・洛和会ヘルスケアシステム、国際医療福祉大学グループ、北海道・渓仁会グループ、大阪・生長会グループ、福島・南東北病院グループ、セコム提携病院グループ、日本赤十字社、恩師財団済生会、全国厚生農業協同組合連合会(JAグループ)。言うまでもなく、最後の3グループは公的病院グループです。

実は日本最大の病院グループである徳洲会グループは、1980年代までは急性期病院のみを開設していました(1988年に開設していた25病院7065床はすべて一般病院・一般病床(22))。しかし1990年代には慢性疾患医療にも進出し始め、さらに2000年の介護保険制度創設前後から、介護保険施設・事業も急速に展開し始め、現在では日本最大の複合体にもなっています(病院67、老人保健施設28、特別養護老人ホーム6、有料老人ホーム・ケアハウス22、グループホーム32等。徳洲会ホームページの「施設情報」(2012年2月5日))。

なお、板橋中央医科グループ、戸田中央医科グループ、上尾中央医科グループは、グループの開設者(初代理事長)が3人兄弟であり、現在でも3グループで「CMS(セントラル・メディカル・システム)」を形成しており、これを1グループと見なすと、徳洲会グループを抜いて、日本最大の病院グループになります(「くたかけ」(IMSグループ広報誌)2011年11月号)。

なお、日本の病院グループの大半は、上述した巨大グループを含めて地域的存在であり、本格的に全国展開しているのは徳洲会グループとIMSだけと言えます。

おわりに-「地域包括ケアシステム」と複合体

以上、日本の複合体と複合体研究の最新動向をスケッチしてきました。最後に、2012年度から制度化される「地域包括ケアシステム」について簡単に述べます。これは今後、複合体への新たな追い風になる可能性があるからです。「新たな」と表現したのは、2000年の介護保険制度創設と2005年の介護保険法改正も複合体への追い風になったからです(4)

2011年6月に成立・公布された改正介護保険法の最重点課題は、2025年を目標年にして、医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスを切れ目なく提供する「地域包括ケアシステム」を、中学校区単位で構築することです。厚生労働省はこれにより、できる限り病院・施設に依存しない「在宅サービス優先」のシステムを形成することを目指しています。しかも、「地域包括ケアシステム」の構築は介護保険制度の枠を超え、政府の「社会保障・税一体改革素案」(2012年1月6日閣議報告・了承)では、「医療サービス提供体制の制度改革」に次いで、「医療・介護等」の改革の第2の柱とされています。

ただし、「地域包括ケアシステム」の実際の範囲は、慢性期医療・在宅医療と介護サービス、生活支援サービス等に限られており、急性期医療は含まれません。しかも厚生労働省はまだ「地域包括システム」の具体的な制度設計を示していません[注]。そのために、地域で保健・医療・福祉サービスを切れ目なく提供するためには、それぞれの地域の条件に応じて、「地域包括ケアシステム」内および、それと急性期の「医療サービス医療提供体制」間での連携を形成することが不可欠です。

連携の方法には、独立した施設・事業者間のネットワーク形成と複合体形成の2つがあり、原理的には両者には一長一短があります。しかし、現実的・制度的には、さまざまな医療・介護・福祉施設が多数存在する一方、土地代と人件費が高く大規模な複合体の展開が困難な大都市部を除いては、複合体の方が圧倒的に有利です。上述した伯鳳会グループの古城資久氏も、厚生労働省が目指している「地域完結型医療」は経営主体の異なる病院が多数存在し、それらが機能分化することを前提としているため、都市型医療圏でしか通用せず、それ以外の地域では「地域包括型医療」(複合体)の方が医療の質、経営の両面で優位にあると主張されています(23)。このロジックは、「地域包括ケアシステム」内、およびそれと急性期医療との連携についても当てはまると思います。

そのために私は「地域包括ケアシステム」は今後、複合体への新しい追い風になると予測しています。特に、医療と介護・福祉の接点にあるリハビリテーション病院を母体とする複合体の役割はさらに大きくなると思います。ただし、複合体が「地域独占」するのはごく一部の地域に限られ、大半の地域では、今後も、複合体と独立した施設・事業者間のネットワークが競争的に共存すると思います(24)

[注]地域包括ケア整備の重点は大都市圏近郊?

「地域包括ケアシステム」を公式に提唱した「地域包括ケア研究会」座長の田中滋氏は、これの「整備が特に急がれる地域」として「東京23区や大阪市、名古屋市といった大都市圏の"近郊"」を挙げています。その理由は、大半の地方や大都市部と異なり、大都市圏近郊の住宅地には高齢者ケアのインフラが整っていないからだそうです(「地域包括ケアシステムの全体像」『MMPG医療情報レポート』105号,2011)。

この発言からも、「地域包括ケアシステム」の整備が全国一律で行われるわけではないことがよく分かります。ただし私は、地方や大都市部でも、インフラが整っている地域はごく限られていると思います。

[本稿は、2011年11月11日に行った韓国延世大学高位者課程修了生日本訪問団への特別講義に加筆したものです]

文献

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その22):10冊

書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○『誰が生きながらえるべきか?医療、経済学と社会的選択[増補第2版]』
(Fuchs VR: Who shall live? -Health, Economics and Social Choice 2nd Expanded Edition, World Scientific, 2011,345 pages)[中級教科書兼研究論文集]

医療経済学の古典(初版は1974年。江見康一訳『生と死の経済学』日本経済新聞社,1977)の2回目の増補版です。初版に6論文を追加した第1回目の増補版(1998年)以来、13年ぶりの増補版で、増補第1版所収の4論文に加えて、以下の5論文が新たに収録されています。「医療経済学の将来」(拙訳『医療経済研究』Vol.8:91-105,2000)」、「『与えよ、与えよ』加齢の経済学」、「健康の社会経済的相関についての考察」、「包括的治療:普遍的医療バウチャー」、「[医療]目的税であるVAT(付加価値税)による解決」。最後の2論文はフュックス教授の最新の包括的医療改革提案です。

新たに書き下ろした24頁に及ぶ長大な序文は、初版出版後40年間の健康、医療とアメリカの医療政策の主要な変化を検証すると共に、フュックス教授自身のこの間の認識の変化も率直に述べており、医療経済学研究者必読と思います。第2版序文で私がもっとも注目したことは、1970年代以降の心・脳血管死亡率の劇的低下の主因は医療の進歩であると認め、国民の健康水準は医療よりも「遺伝学的、環境的要素や個人的行動に関係する」との初版の認識(訳書18頁)を事実上修正していることです。と同時に、フュックス教授は社会経済的要因が一時点での健康格差の主因であるとも強調しています(x-xii頁)。

○『医療経済学ハンドブック 第2版[新版]』
(Pauly MV, McGuire TS, Barros RP (Eds): Handbook of Health Economics Volume Two. Eslvier, 2012,1126 pages)[上級教科書]

2000年に出版された同名書第1巻(Culyer AJ, Newhouse JP編。1A、1Bの2冊。全1910頁+索引、全35章)の新版です。歴史的には、アメリカの医療経済学は市場を重視する一方、ヨーロッパ諸国等の医療経済学は計画・公平を重視していたが、近年は、欧米の医療政策が接近してきたために、この違いは不鮮明になったと判断して、いくつかの章は米・欧の研究者の共同執筆としたそうです。初版にはなかった、発展途上国の医療、健康の決定要因、医療費増加、医療費の地域的変動、費用効果分析・費用比較分析と医療技術・医療政策への応用(2章)が新たに加わったそうです(以上、序文より)。

以下の全16章で構成されています:1.医療費増加、2.医療の地域的変動の原因と結果、3.リスクのある健康行動の経済学、4.発展途上国の健康の改善:ランダム化評価から得られた根拠、5.医療保険需要、6.誰が指示を出すか?医療における治療選択の経済学、7.医療技術の経済的評価に関連した理論問題、8.費用対効果と支払い政策、9.医療市場における競争、10.医療市場、規制者と認証者(certifiers)、11.医療費リスク、医療保険と医療保険への支払い、12.医薬品市場、13.知的財産権、情報技術、生物医学的研究と特許製品のマーケティング、14.医療従事者、15.公私部門の共有領域、16.健康と医療における公平。

医療経済学の最新の大百科事典でもあり、自己の研究・興味と関連するテーマの章を読めば、当該分野の研究の最新の世界的動向を鳥瞰できます(1章平均68頁)。ただし、初版でしか論じられていないテーマも少なくなく、この点では初版と新版は相補的です(例:医療費の国際比較、経済学と精神医療、長期ケア、障害と障害政策の経済学等)。初版、新版とも経済学系・医学系図書館の必置図書と思います。

○『医療経済学入門[第2版]』
(Guinness L, Wiseman V (Eds): Introduction to Health Economics. Open University Press, 2011,275 pages)[初級教科書]

2005年に出版されイギリス英語圏でよく読まれている初級教科書の全面改訂版で、以下の全6章で構成されています:(1)経済学と医療経済学、(2)需要と供給、(3)市場、(4)医療財政、(5)経済的評価、(6)公平。2人の編者はともにロンドン大学衛生熱帯医学大学院所属で、そのためか国際的視点が重視され、しかも新古典派経済学の枠組みを用いつつも、公平や国民皆保険の達成が重視されているのが特徴です。

○『図表でみる[OECD加盟国の]保健医療 2011 OECDインディケーター』
(Health at a Glance 2011 OECD Indicators. OECD, 2011, 199 pages)[概説書]

定評あるOECD『図表でみる保健医療』シリーズ(2年に一回更新)の最新版(第6版)で、以下の8章構成です:(1)健康状態、(2)健康の非医療的決定要因、(3)医療従事者、(4)医療活動、(5)医療の質、(6)医療へのアクセス、(7)医療費と財政、(8)長期ケア。(8)は新しく加えられた章で、長期ケア・介護保険研究者の参考になると思います。(6)には「待ち時間」の項目が付け加えられました。今回は、OECD加盟国(32か国)だけでなく、主なOECD非加盟国(ブラジル、中国、インド等)のデータも一部含まれているそうです。

(7)に含まれる「保健医療サービスの貿易(医療ツーリズム)」(158-159頁)は、第5版から付け加えられました。第5版ではそれの絶対額が示されていましたが、今回は各国の総医療費に対する割合(2009年)が示されています。医療ツーリズムの「輸出」・「輸入」の総医療費に対する割合は、患者の移動が多いヨーロッパの数カ国を除けば、1%未満にとどまっています。韓国政府は近年医療ツーリズムの「輸出」を重視していますが、それの総医療費に対する割合は0.15%にとどまり、しかも「輸入」(0.18%)を下回っています。なお、本書の旧版の翻訳はすべて明石書店から『図表でみる世界の保健医療』として原著出版の翌年に出版されているので、第6版も近々出版されると思います。

『医療上の意志決定-医療経済学入門』
(Felder S, Mayrhofer: Medical Decision Making - A Health Economics Primer. Springer, 2011,200 pages)[上級教科書]

不確実性下の医療上の意志決定の包括的理論の確立を目指した、良く言えば野心的、率直に言えば定義式だらけで極めて難解な教科書です。全10章で構成され、第10章「健康と人生の価値付け」で意志決定理論と医療経済学との接合を試みているそうです。2人の著者はスイスとドイツの研究者です。理論研究志向の方には面白いかもしれません。

○『医療政策入門-アメリカ医療の組織、財政および提供[制度][第3版]』
(Barr DA: Introduction to U.S. Health Policy - The Organization, Financing, and Delivery of Health Care in America. The Johns Hopkins University Press, 2011,355 pages)[初級教科書]

2007年出版の第2版(本「ニューズレター」37号(2007年9月)で紹介)と同じく、アメリカの医療制度には「世界最高かつ先進国中最低というパラドックス・ジレンマがある」という視点から、アメリカの医療政策と医療制度を包括的に紹介しています(全14章)。新しく加えられた第1章「購入可能な医療法[患者保護・医療費負担適正化法]と医療改革の政治学」で、オバマ政権が2010年に成立させた医療保険制度改革前後の論争を鳥瞰しています。著者は小児科医兼社会学者(スタンフォード大学)で、叙述は非常にバランスが取れています。

○『[イギリスNHSのメゾレベルでの]医療の配給-優先順位設定の理論と実際』
(Williams I, Robinson S, Dickinson H: Rationing in Health Care - The Theory and Practice of Priority Setting, The Policy Press, 2012,159 pages)[概説書]

イギリスNHSにおける稀少資源の有効配分のために不可欠な優先順位設定の理論・実際・根拠を説明し、地域(メゾレベル)での医療資源配分の意志決定とマネジメントのための、実際的で根拠に基づいた処方箋を提示しています。全9章で構成されています:(1)優先順位設定序論、(2)優先順位設定の倫理、(3)優先順位設定への市民参加、(4)優先順位設定と経済的評価、(5)多面的な基準に基づく決定分析と優先順位設定プロセス、(6)優先順位設定の政治学、(7)優先順位設定おけるリーダーシップ、(8)優先順位設定のケーススタディとしての投資引き上げ(disinvestment)、(9)結論。

○『[イギリスの]医療政策の形成[過程]-批判的入門書』
(Alaszewski A, Brown P: Making Health Policy - A Critical Introduction. Polity Press,2012,292 pages)[中級教科書兼研究書]

イギリスの特に過去30年間の医療政策と社会政策の実際の形成過程を、政策形成は合理的プロセスであるとの通念に挑戦して、非合理な側面に注目しながら詳細に分析したユニークな研究書です。具体的には、災害への直情的反応、常に有権者を満足させなければならない事情、利益団体の強い影響力、イデオロギーやメディア報道による論争の歪み等を取り上げています。全3部・10章構成です。

○『[イギリスの]医療政策の形成-ケーススタディの方法と分析』
(Exworthy M, Peckham S, Powell M, Hann A (Eds.): Shaping Health Policy - Case Study Method and Analysis. The Policy Press, 2012,348 pages)[研究書]

社会科学研究の有力な研究方法となっているケーススタディを用いて、第二次大戦後~1990年代までのイギリスの医療政策の形成・改革過程を分析したユニークな研究書です。全4部・21章構成で、第1部では医療政策のケーススタディの方法が説明され、第2部では1948-1980年代の、第3部では1980~1990年代の、第4部では1990年代以降の医療政策が多面的に分析され、第5部ではこれらを踏まえて、医療政策におけるケーススタディの意義が示されています。

○『(アメリカの)医療機器と市民の健康-FDAの501(k)条項の認可プロセスの35年』
(Committee on the Public Health Effectiveness of the FDA 510(k) Clearance Process, Board on Population Health and Public Health Practice, Institute of Medicine of the National Academies: Medical Devices and the Public's Health - The FDA 510(k) Clearance Process at 35 years. The National Academy Press, 2011,298 pages)[調査報告書]

アメリカでは、1976年に改正された食品・医薬品・化粧品法の501(k)条項により、医療機器の認可プロセスが大幅に緩和され、1976年以前に市場に出ていた製品またはその後に認可された製品と「実質的に同等」(substantially equivalent)と認められれば、安全性と効果の審査なしに、販売の認可が与えられることになりました。その結果、従来通りの厳しい市販前試験の基準の対象となる新しい医療機器は1%にすぎなくなりました。他面、2000~2009年にFDA(食品医薬品局)によってリコールされた医療機器の大半はこの510(k)条項による認可を受けたものでした。そこで、FDAは米国アカデミー医学研究所に510(k)条項の妥当性の検討を依頼し、その結果2011年7月にまとめられれたのがこの調査報告書(以下、報告書)です。報告書は、現行の510(k)条項に基づく認可プロセスには重大な欠陥があり、新しい規制の枠組みによって置き換える(replace)べきと勧告し、その基準を示しています。

報告書の「結論」と「勧告」の表現は極めて回りくどく、501(k)条項の廃棄には直接言及していないようにも読めますが、これを報じたThe Economist 2011年9月20日号(63-65頁)は、「廃棄」(abandon)を求めたと報道しました(Left to their own devices)。The New England Journal of Medicine 2011年10月20日号(1464-1465頁)掲載論文でも、同様に廃棄(elimination)を勧告したと紹介されました(Suter LG, et al: Medical device innovation - Is "better" good enough?)。

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4.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算75回.2011年分その12:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足

○[ベルギーにおける]社会経済的要因が病院の在院日数に与える影響とそれが1入院当たり[診断群分類別]定額払い方式にもたらす結果
(Perelman J, et al: Impact of socioeconomic factors on in-patient length of stay and their consequences in per case hospital payment systems. Journal of Health Services Research & Policy 16(4):197-202,2011)[量的研究]

近年、1入院当たり診断群分類別定額払い方式を採用する国が増加しつつあるが、それが医療サービスのアクセスの公平に及ぼす結果についての論争が続いている。診断群分類では患者の医療必要度を適切に考慮することができず、患者選択(「良いとこどり」)の恐れがあるとの懸念がある。そこで、在院日数を医療ニーズ・費用の代理変数として用いて、社会経済的要因に関連した同一診断群内での費用の異質性[バラツキ]を検討し、その結果を病院間の資源配分の公正性という視点から評価した。2002-2003年にベルギーの60の急性期病院(全病院は116)を退院した全患者のうち1入院当たり定額払い方式適用の518,993事例を対象として、一般化線形モデルにより、在院日数と社会経済的要因の関連を測定した。平均在院日数は6.1日であった(本文中には示されていかったので、表1から計算)。その結果、患者個人の社会経済的要因(5指標)と病院所在地域の社会経済的要因(6指標)は在院日数に有意の影響を与えており、この影響は詳細診断群と病院特性を標準化しても残った。1入院当たり定額払い方式の下では、低所得患者を多く治療している病院は経済的ペナルティーを受けていた。社会経済的要因は病院の在院日数の予測因子であり、病院間の1入院当たり資源配分において考慮されるべきである。

二木コメント-日本の一般病床の平均在院日数(2010年:18.5日)がベルギーの急性期病院の平均在院日数の約3倍であることを考慮すると、日本では社会経済的要因が在院日数延長のより大きな要因になっている可能性があると思います。なお、本論文は、同じ執筆者による次の論文の「続報」と言えます:[入院患者の]社会経済的状態が在院日数に与える影響を統合した入院医療費支払いのリスク調整式の作成 (Perelman J, et al: Deriving a risk-adjustment formula for hospital financing: Integrating the impact of socio-economic status on length of stay. Social Science & Medicine 66(1):88-98,2008.本「ニューズレター」45号(2008年5月)で紹介)

○[アメリカにおける]心筋梗塞後の予防的薬物療法の全額保険給付
(Choudhry NK, et al: Full Coverage for Preventive Medications after Myocardial Infarction. New England Journal of Medicine 365(22):2088-2097,2011)[量的研究]

心筋梗塞後に処方された薬剤の服薬遵守状況は不良だが、自己負担を無くすことにより、服薬遵守と転帰が向上する可能性がある。そこで、エトナ(民間医療保険)加入者で心筋梗塞後に退院した患者(平均年齢54歳)を登録し、予防的薬物給付(スタチン、β 遮断薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬)について、全額給付群(2,845)と通常給付群(3,010人)にランダムに割り付け、36カ月間追跡調査した。主要転帰は初回の主要血管イベントまたは血行再建、副次的転帰は服薬遵守率、主要血管イベント・血行再建の総発生率、初回の主要血管イベント発生率、医療費(保険給付費、患者自己負担、両者を合わせた総医療費)とした。

その結果、服薬遵守率は通常給付群で 35.9~49.0%であり、全額給付群はそれより 4~6 %ポイント有意に高かった。主要転帰については2群間で有意差は認められなかったが、副次的臨床転帰(主要血管イベント・血行再建の総発生率、初回の主要血管イベント発生率)は全額給付群で有意に低かった。全額給付群の平均総医療費は66,008ドルであり、通常給付群の71,778ドルよりやや低いが、有意ではなかった。保険給付費も全額給付群の方がやや低かったが、有意ではなかった。患者の自己負担額は全額給付群で有意に低かった。心血管系の医療費に限定しても結果は同じだった。以上をまとめると、心筋梗塞後の処方薬の自己負担を無くしても、主要転帰発生率は有意に減少しなかったが、服薬遵守と副次的臨床転帰は改善し、総医療費・保険給付費も増加しなかった。

二木コメント-アメリカの巨大民間保険会社エトナ等がスポンサーとなった研究です。心筋梗塞後の処方薬の自己負担を無くすと、意外なことに総医療費、保険給付費ともやや減少したことがミソだと思います。英文要旨では、全額給付群で総医療費が「増加しなかった」と婉曲に書いているのはスポンサーへの遠慮のためかも知れません。患者負担を減らす(無くす)と「モラルハザード」が生じて、不必要な受診が増え、医療費が増加するとの俗説への反証になっています。

○再入院[率]-質の指標ではまったくない
(Kangovi S, et al: Hospital readmissions - Not just a measure of quality. JAMA 306(16):1796-1797,2011)[評論]

再入院はよくあり、しかも高くつく。(アメリカ)メディケア・メディケイド・サービスセンターは近々、30日以内の再入院の多い病院にペナルティを課す予定である。この前提として、再入院は患者の健康状態と入院医療サービスの質に規定されると理解されている。しかし、再入院は、定義上、医療サービスの質の指標ではなく、医療サービス利用の指標であり、これは患者の医学的・社会的状態に影響される。アクセスと再入院の間にも、(1)低アクセスが高再入院率をもたらす、(2)高アクセスが高再入院率をもたらす、(3)低アクセスが低再入院率をもたらすという、3つのシナリオが考えられる。そこで、再入院はアクセス、健康の社会的決定要因、および医療政策で決定されるという新しい分析枠組みを提起する。再入院削減政策は再入院の根本原因に立ちむかう病院に報奨を与えるべきだが、現在予定されているペナルティは逆に患者のアクセスへの新たなバリアーになる危険がある。

二木コメント- 「再入院は医療サービスの質の指標ではなく、医療サービス利用の指標である」という視点と新しい「再入院の分析枠組み」の提案は、従来の議論の盲点を突いており、新鮮です。

○[オランダにおける]政府の患者組織に対する影響
(Van de Bovenkamp, et al: Government influence on patient organizations. Health Care Analysis 19(4):329-351,2011)[文献研究]

患者組織は西欧諸国での医療の意思決定においてますます重要な役割を果たしつつあり、オランダはこの趨勢がもっとも進んだ国の一つである。先行研究では、医療提供者、保険者あるいは医薬品産業が患者組織を利用している等の問題点が指摘されており、その解決策として政府の財政支援により患者組織の地位を強めることが推奨されている。本研究では、患者組織についてのオランダ政府の政策文書(1981~2008年に発表された21文書)と既存の実証研究(1989~2010年に発表された14論文)を用いて、オランダにおける政府と患者組織との結びつき(ties)を分析する。その結果、政府は患者組織の組織構成、活動、さらには思想(ideology)に対してさえ相当な影響力を発揮していることが分かった。政府による患者組織への財政支援は患者組織に責任を負わせる重要な手段となっている。患者組織と政府との結びつきにより、患者組織は肯定的な役割を果たせるようになるが、政府の市民社会に対する影響はどこまで受け入れられるべきかという問題も提起している。

二木コメント-患者組織・運動の研究者必読と思います。

○[全体的]患者満足度の決定要因:ドイツの39病院の入院患者の調査
(Schoenfelder T, et al: Determinants of patient satisfaction: a study among 39 hospitals in an in-patient setting in Germany. International Journal for Quality in Health Care 23(5):503-509,2011)[量的研究]

患者満足度の決定因子を同定するために、ドイツ・ドレスデン地区にある全39病院の2009年1~9月の退院患者からランダムに選択した31,600人を対象にして郵送によるアンケート調査を行い、8428人から有効回答が得られた。この回答者を対象にして、全体的(global)患者満足度を被説明変数、医学的要因(12項目)、サービス・パフォーマンス(3項目)、患者の期待(12項目)を説明変数とするロジスティック回帰分析を行った結果、10項目が有意な全体的患者満足度決定要因であった。治療結果が一番重要な要因であり、二番目が看護師の親切さであり、以下、(3)医師の親切さ、(4)処置と手術の組織、(5)食事の質、(6)設備、(7)一人一人に応じた医療、(8)退院手続きと説明、(9)医師の知識、(10)入院手続きの効率の順であった。受けている治療についての情報提供を反映した諸項目は患者満足度には有意な影響を与えていなかった。

二木コメント-結果は全体としては常識的です。患者満足度の定量的研究は、もはや英米圏の専売特許ではないことが分かります。

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5.私の好きな名言・警句の紹介(その86)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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