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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年9号(転載)

二木立

発行日2005年05月01日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・
転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです))


1.拙小論:社会保障の在り方に関する懇談会での厚労省の健闘・「反省」
(「二木教授の医療時評(その11)」『文化連情報』2005年5月号(326号):18-20頁)

社会保障の在り方に関する懇談会(以下、懇談会と略す)は、昨年7月30日、細田内閣官房長官の私的懇談会として発足しました。本年2・3月の懇談会では初めて医療制度改革が主要議題になったのですが、内閣府・経済財政諮問会議の求める医療給付費の機械的抑制に対して、厚生労働省が激しく抵抗しているのが注目されます。

医療給付費の伸び率管理制度に正面から反論

第6回懇談会(2月16日)では、内閣府は経済財政諮問会議の民間議員4人(本間正明阪大教授他)の作成した文書「経済規模に見合った社会保障に向けて」を提出しました。これは、社会保障給付費の伸びを管理する指標として「名目GDPの伸び率」を用いることを提案し、そのための仕組みの完成に向けて「5か年計画(2006~2010年度)」を策定し、それを「次期[2006年]の診療報酬及び介護報酬の改定に反映させ」ることを求めました。

この報道を読んで、「老人医療費の伸び率管理制度」の再来と心配した医療関係者も少なくないと思います。これは、厚生労働省が、2001年9月に、経済財政諮問会議「骨太の方針」(同年6月に閣議決定)で示された「医療費総額の伸びの抑制」を具体化するために「医療制度改革試案」で提案したものの、医師会を中心とする医療団体の強い反対で見送られた、機械的な医療費抑制制度です。

しかし、厚生労働省は、経済財政諮問会議の要求に追随した4年前と異なり、第6回懇談会(3月18日)では、「医療制度改革について」と題する33頁に及ぶ資料を提出し、医療費の伸び率管理制度に全面的に反論しました。そのロジックは以下の通りで、なかなか説得力があります。

まず、「我が国の医療費水準について」では、「総医療費(OECDベース)の将来推計(対GDP比)を行い、「2015年度の総医療費の対GDP比は10.5%となり、現在のドイツ(10.8%)と同水準」、「2025年度には総医療費の対GDP比は12.5%となるが、現在のアメリカ(13.9%)よりも低い」として、今後総医療費が急騰して医療保険財政が破綻するとの内閣府・経済財政諮問会議側の主張を否定します。あわせて、「OECD加盟国の医療費の状況(2001年)」により、わが国の総医療費の対GDP比順位は29カ国中17位、主要先進7カ国(G7)中6位にとどまっているとの、医療関係者にはお馴染みの事実も示します。

次に、「抑制すべきは公的医療費であり、医療費全体は伸びてもよい」(そのために混合診療を解禁せよ)との内閣府・経済財政諮問会議側の主張に対して、昨年末の混合診療をめぐる厚生労働大臣と規制改革担当大臣の「基本的合意」では、「『必要かつ適切な医療は基本的に保険診療により確保する』という国民皆保険制度の理念を基本に据え」たことを強調します。

さらに、「公的医療保障制度の対象者を限定し、大部分を民間保険等で対応している」米国では、以下の4つの「問題が生じている」ことを指摘します。「医療費が高く、かつその増大が著しい」、「公的医療保障制度は多額の給付を要する高リスク層を対象としているため、対象が限定されていても、公的医療給付費の増大は避けられない」、「国民の約15%(約4500万人)の無保険者の問題が長年にわたり国民的課題となっている」、「福利厚生の一環として民間団体医療保険を提供する企業の保険料負担増大につながっている」。これらも、医療関係にはお馴染みの事実です。
  厚生労働省提出文書でもっとも注目されるのは、内閣府・経済財政諮問会議の提案しているように「医療給付費の伸び率を名目GDPの伸びに抑制した場合のミクロ的影響」を推計し、「給付費の縮小分を自己負担増のみで賄うとした場合」には、「自己負担率を45%程度とする必要がある」ことを示していることです。これは「現在の3割負担を6~7割負担に、1割負担を4~5割負担に引き上げることに相当」します(高額療養費制度があるため、患者の法定負担率は総医療費の自己負担割合よりも高くなります)。

経済界や一般ジャーナリズムには、医療費・社会保障給付費の伸び管理制度の支持者が多いのは事実です。それに対し、医療費の機械的抑制はこのような極端な患者負担増を招くため、政治的に不可能であることを初めて明らかにしたのは、厚生労働省の作戦勝ちと評価できます。

以上、厚生労働省の主張を肯定的に紹介してきました。しかし実はこれらは、すべて医師会・医療団体や医療関係者が厚生労働省の医療費抑制政策に反対して長年主張し続けてきたことばかりです。厚生労働省がかつての政策(特に老人医療費の伸び率管理制度)を心から「反省」しているのか、それとも内閣府・経済財政諮問会議の圧力をかわすための「方便」にすぎないのかは、現時点では判断しかねます。

厚生労働省の対案は机上の空論

厚生労働省提出資料は、医療費の伸び率管理制度への対案として、「生活習慣病対策の推進」と「平均在院日数の短縮」をあげ、それにより、2025年度には合計7.7兆円(医療費ベースで11%)の医療費抑制効果が期待できるとの「粗い試算」も示しています。しかし、これは典型的な机上の空論です。
  まず、生活習慣病対策によるマクロかつ持続的な医療費抑制効果はまだ証明されていません。しかも、仮に生活習慣病対策に持続的余命延長効果がある場合には、やや逆説的ですが、長期的には累積医療費は逆に増加する可能性が高いのです。

この点については、禁煙と医療費との関係をシミュレートしたアメリカの研究が参考になります。それによると、禁煙プログラムの実施により、喫煙を止めた人々の疾病が減少するため、医療費は短期的には減少しますが、長期的には彼らの余命の延長(加齢)に伴う疾病の増加により医療費も増加するために、禁煙プログラム開始15年後以降は、累積医療費は増加に転じるという結果が得られています(Barendregt JJ, et al:The health care costs of smoking. NEJM 337:1052-1057,1997)。

次に、平均在院日数を短縮するためには、厚生労働省提出資料が正しく指摘しているように「急性期の入院患者に対して、必要な医療資源が集中的に投入されるように」することが不可欠であり、それに伴い1日当たり入院医療費が急増します。しかも、これによる医療費増加は在院日数短縮による医療費削減を上回る可能性が高いため、入院医療費総額も増加するのです。これは医療経済学の常識です。

ただし、この程度のことは厚生労働省の担当者も良く理解しており、内閣府・経済財政諮問会議の非現実的な医療費抑制要求への防戦のための「便法」として、主張していると私は推察します。

素人談義続出で迷走する懇談会

社会保障の在り方に関する懇談会が発足した直後には、医療団体・医療関係者の一部には、これにより社会保障制度「構造改革」が一気に進むと危惧する声も聞かれました。しかし、発足後8カ月間に開かれた7回の議事録を読む限り、経済財政諮問会議や規制改革・民間開放推進会議と異なり、この懇談会は市場原理主義者(新自由主義者)主導で進められてはいません。しかも、その座長は社会保障制度に対して理解があり、彼らとは一線を画している宮島洋早稲田大学教授です。

他面、座長以外の委員に医療・社会保障制度の専門家がいないためか、議論の多くは「素人談義」のレベルを出ていません。例えば、笹森委員(連合会長)は、「山形のある町で、ウオーキングの手法を取り入れたら、昨年までかかっていた町の医療費が10分の1以下に減ったという話」を、第6回と第7回の懇談会で得々と繰り返しています。石弘光委員(税制調査会会長)も、「なぜ経済が伸びると医療費が増えるのかよくわからない」と、超初歩的発言をしています。

そのために、懇談会の議論は内閣府・経済財政諮問会議の期待する方向へは収斂していません。この点は、第5回懇談会(昨年12月8日)で確認された「議論の整理」で、「潜在負担率」を含めて、ほとんどすべての論点に賛否両論(時に4論)が併記されていることからも確認できます。また、第6・7回懇談会では、尾辻厚生労働大臣が「医療給付費の伸び率を機械的に抑制するというのは困難である」と繰り返し主張しただけでなく、笹森委員もそれに反対を表明し、杉田委員(日本経済新聞社長)も「無理」と発言しています。

最後に、今後の医療・社会保障政策を正確に予測するためには、このような政府・体制内の路線の対立・「内部矛盾」の存在に着目した「21世紀初頭の医療・社会保障改革の3つのシナリオ」説が不可欠だと、改めて強調したいと思います(拙著『医療改革と病院』勁草書房、2004、第II章参照)。

なお、社会保障のあり方に関する懇談会の議事要旨と提出資料はすべて「官邸」のホームページから入手できます。

2.日本福祉大学COE推進委員会編『福祉社会開発構築学の構築』の紹介

本書は、私が拠点リーダーを務めている日本福祉大学21世紀COEプログラムの2年間の研究成果をまとめた論文集です(ミネルヴァ書房,2005.3.31,2800円)。以下に、本書の目的と各章のポイントを紹介した「はじめに」(私が執筆)を掲載します。お買いあげいただき、御笑読・御批判いただければ幸いです。

グローバル化とローカル化が同時進行している現代社会では、人口高齢化、貧困と格差拡大、社会的排除などの新しい福祉問題が出現している。これらを解決するためには、地域社会を基盤にした社会福祉と社会開発を融合した新しい「福祉社会開発学」の構築が求められている。これが、日本福祉大学のCOE研究プロジェクト「福祉社会開発の政策科学形成へのアジア拠点」の課題意識である。

そのために、本研究プロジェクトでは、この2年間、日本福祉大学の大学院社会福祉学研究科と大学院国際社会開発研究科がそれぞれ蓄積してきた、先進国の高齢者ケアを中心とする福祉分野の政策科学・評価研究と発展途上国の貧困地域の参加型社会開発研究とを統合・融合して、新しい学問領域である「福祉社会開発学」を創出し、本学を中心にその「アジア拠点」を形成することをめざしてきた。従来この2つの領域の研究は、国内的にも、国際的にも別個に行われており、それの統合・融合は世界初の野心的試みである。

本書には、この2年間、各種シンポジウム・学会や本学COE推進委員会において積み重ねてきた学際的研究の成果を収録している。第1部福祉社会開発学構築の基礎作業、第2部社会福祉からの福祉社会開発学への接近、第3部国際開発からの福祉社会開発学への接近の3部構成で、合計11本の論文を含んでいる(解説と指定発言を含む)。

第1部(第1・2章)は福祉社会開発学構築の基礎作業である。第1章で、新制度派社会開発論の泰斗であるジェームス・ミジレイは、開発研究と社会政策学という2つの源流を持つ社会開発(論)について国際的視野から概観した上で、本学がめざしている福祉社会開発学(福祉社会開発の政策科学)形成への3つの示唆を与えている。それらは、(1)開発研究と社会政策学の視野を調和・統合すること、(2)マクロ的な枠組みだけでなくコミュニティを重視すること、(3)欧米中心主義・近代主義を乗り越えることである。この論文は専門的でやや難かしい箇所もあるため、穂坂光彦がポイントを簡潔に解説している。

第2章で、武川正吾は、福祉社会開発学を構築するための基礎作業として、福祉社会と福祉国家の両概念を再検討し、両者の「再構築」の視点を示すとともに、新しい研究課題として東北アジア(日本・韓国・中国)における福祉社会と福祉国家の関係の検討を提起している。

第2部(第3~6章)は社会福祉の側からの福祉社会開発学への接近である。第3章で平野隆之は、地域福祉研究の視点から福祉社会開発学の構築に挑戦している。そのために、平野はまず第1章でミジレイが示した社会開発の概念と本学COEプロジェクトが構想している福祉社会開発学の概念比較(異同の検討)を行っている。次に、わが国の地域福祉研究が「福祉社会の開発研究」でもあることを示した上で、第7・8章での穂坂光彦、余語トシヒロの問題提起も踏まえて、地域福祉研究と社会開発との融合促進のための3つの接点を示している。それらは、(1)参加型開発における組織化の方法論、(2)支援的な政策環境、(3)「制度のない社会」である。

第4章で近藤克則は、高齢者ケアの政策科学の視点から福祉社会開発学の構築に挑戦している。近藤はまず本研究プロジェクトの高齢者ケアの政策科学分野の研究成果(特に日英比較研究)とこの間の学際的討論の経験を踏まえて、高齢者ケアの政策科学と社会開発研究との3つの共通点を見いだしている。それらは、(1)政策評価の重要性、(2)参加型の政策評価の重要性、(3)マネジメント・サイクルを回すこと全体を支援することの重要性である。近藤はさらに、福祉社会開発学の構成要素を「福祉社会」と「政策科学」の2つに分けて大胆に試論を展開し、福祉社会は「多様な満足解を認める社会」であると規定している。

第5章で野口定久は、グローバル化とローカル化の同時進行という現実を踏まえて、地域福祉と居住福祉の視点から、わが国の中山間地域における地域コミュニティ再生の理論的枠組みを示すともに、東アジア諸国の福祉社会開発の研究課題を検討している。

第6章で牧野忠康は、わが国の中山間地域再生のモデルと言える長野県佐久地域における「健康地域づくり」の事例研究をベースにして、中山間地域・過疎地域を対象にした福祉社会開発学の構築の必要性と可能性を検討している。

第3部(第7~9章)は国際開発・社会開発の側からの福祉社会開発学への接近である。第7章で穂坂光彦は、アジアの社会開発の視点から福祉社会開発学への方法論的考察を行っている。穂坂はまず、開発途上国と先進国(ポスト工業社会)とで共通する課題が「人間の安全保障」であるとした上で、それを実現する福祉社会開発の課題として「支援的な政策環境」の形成を強調している。穂坂はそのためには、従来のブループリント型のアプローチに代わる(学習)プロセス重視のアプローチを採用する必要があることを具体的事例を紹介しながら示し、最後に福祉社会開発研究の新しい方法として「プロセス・ドキュメンテーション」の可能性に触れている。

第8章で余語トシヒロは、国際開発分野での豊富な経験と該博な知識に基づいて、発展途上国における福祉社会形成に焦点をあてて、地域社会と開発の諸相を多面的に検討している。余語が提起している「循環型社会の構成要素」、「主体と場」、「地域社会と中間組織」等の概念は、福祉社会開発学の構築にとっても重要な問題提起と言える。この余語論文(2003年11月の国際開発学会での基調報告)に対して佐藤仁は、社会開発の制度と担い手を中心として、詳細なコメントを行っている。

最後の第9章で毛利良一は、国際経済学の視点から、経済のグローバル化と福祉社会開発について検討している。毛利は、まずグローバル化の光と影を概観した上で、3つの国際機関(IMF、世界銀行、WTO)の性格と最近の動きについて批判的に検討し、最後にグローバリゼーションへの対抗力の可能性を示しつつ、福祉社会開発の課題について問題提起している。

本研究プロジェクトを開始した2年前には、福祉社会開発学はまだアイデア・構想の段階にとどまっていた。しかしこの間の、時には激しい論争を含んだ共同研究を通して、研究プロジェクト参加者間の共通理解は深まった。その結果、本書では福祉社会開発学の基本的特徴を示せたと考えている。具体的には、政策環境として「地域社会」を重視し、地域社会の各主体間の相互作用を重視する「プロセス・アプローチ」と「アウトカム評価」とを統合することである(特に第3・4・7章)。「地域社会」分析枠の手がかりも、第8章で切り開けた。他面、福祉社会開発学の枠組みについては、まだ骨格・試論の域を出ておらず、この意味では、本書は福祉社会開発学構築に向けた「中間報告書」と言える。今後、共同研究を継続し、COEプロジェクト終了(2007年度)直後には、福祉社会開発学の基礎概念・政策研究・実践方法を体系的に記述したわが国初の教科書を出版したい。

最後に、出版事情の厳しい中、本書の出版を引き受けていただいたミネルヴァ書房の方々、特に編集部の堂本誠二氏と戸田隆之氏に、紙上をお借りして感謝申し上げたい。

3.私の好きな名言・警句の紹介(その5)ー研究課題・問いの設定、仮説の修正等

※補足:8号6頁のシラー「青春の夢に忠実であれ」の初出と正確な表現が分かりました。シラーの代表的戯曲「ドン・カルロス」の第4幕21場のポーサ侯爵の次の台詞です。「なにとぞ[カルロス]殿下に、青春の夢を尊ぶ心をお捨て遊ばさぬよう、仰ってくださいませ」(佐藤通次訳、岩波文庫、204頁)。江坂哲也日本福祉大学教授(ドイツ文学)に探していただきました。江坂教授によると、「この言葉はポーサ侯爵が皇太子カルロスに宛てて王妃に託した遺言のようなもの」だが、この言葉は「コンテキストから切り離され、さらに日本語に意訳され、『青春の夢に忠実であれ』と、一般化されすぎている」とのことです。

(1)最近知った名言・警句

(2)研究課題・問の設定

(3)仮説の修正

参考:社会科学研究における仮説の意味・設定法・育て方については、以下の本が参考になります(本全体の特徴は、「ニューズレター8号」掲載の「大学院『入院』生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2005年度版,ver 7)」 を参照して下さい)。

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