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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年13号(転載)

二木立

発行日2005年09月02日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・
転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです))


1.拙論:複眼で読む「骨太の方針2005」と「平成17年版経済財政白書」
(「二木教授の医療時評(その16)」『文化連情報』2005年9月号(330号):32-35頁)

小泉政権は、6月21日に経済財政諮問会議「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005」(以下「骨太の方針2005」)を閣議決定し、7月15日に「平成17年版経済財政白書」(以下「白書」)を発表しました。ともに小泉政権で5回目のものであり、しかも郵政民営化関連法案の参議院での否決に伴う衆議院解散・総選挙の結果によっては、これが同政権最後の「骨太の方針」・「白書」になる可能性もあります。

しかし、両者を重ね合わせて読んでも、「老人医療費を中心に国民医療費の抑制を図っていく」とのかけ声ばかりが先行し、そのための医療制度改革の方針はまったく見えてきません。

「骨太の方針2005」で見落としてならない3つの変化

よく知られているように、「骨太の方針2005」の原案(6月13日)には、「社会保障給付費の伸びについて目標を掲げた管理を行う」と、「マクロ指標」を用いた医療費の伸び率管理制度の導入が明記されていました。しかし、厚生労働省と日本医師会が強く反対した結果、それは削除され、最終的には「日本の経済規模とその動向に留意し(中略)過大・不必要な伸びを厳しく抑制しなければならない」との玉虫色の表現に変わりました。

さらに、平成18年度医療制度改革についても、原案にあった「食費・ホテルコストの取扱い、薬剤給付の在り方、高齢者の自己負担、軽度・低額医療の取扱いなど幅広く検討を行い、公的医療給付費の抑制を図る」との給付抑制・患者負担拡大のストレートな表現が削除され、「保険給付の内容について、相当性・妥当性などの観点から幅広く検討を行う」との抽象的表現に落ち着きました。その結果、医療費抑制の具体的措置は本年末の予算編成まで先送りされました。これが「骨太の方針」についての大方の評価と言え、私も異存ありません(例えば、『日本医事新報』4235号参照)。

しかし、「骨太の方針2005」や経済財政諮問会議の主張を、小泉政権成立直後の2001年6月に閣議決定された「骨太の方針2001」や当時の経済財政諮問会議の主張と比べると、見落としてならない変化が3つあります。

第1に、「骨太の方針2001」に明記されていた新自由主義的医療制度改革方針が消えました。それらは、(1)株式会社方式による医療機関経営、(2)保険者と医療機関との直接契約(個別契約)、(3)公的保険による診療と保険によらない診療(自由診療)との併用(混合診療)の3つです。しかし、その後の4年間に、閣議決定等により、それらの全面実施は否定され、厚生労働省寄りの妥協が成立したために、消失したと言えます。ちなみに、経済財政諮問会議が「骨太の方針2005」に先立って4月に発表した「基本方針2004の総点検結果」によると、最低ランクの×評価(取り組みがまったく行われていないもの)やC評価(工程表が作成されていないもの)は、医療・社会保障分野に集中していました。

第2に、経済財政諮問会議は、今年に入って、医療費抑制の数値目標について二重に「軟化」しました。4年前には、経済財政諮問会議は数値目標として名目GDPの伸び率をあげ、しかもそれに基づいて単年度ごとに医療費抑制策を実施することを求めていました。しかし、本年には、数値目標を、人口構成の高齢化の影響を多少なりとも加味した「高齢化修正GDP」に変更し、しかも「5、6年に一度、マクロの指標と付き合わせて、上手くいっているかどうかをチェックする」(吉川洋議員)よう主張し、「荒っぽいキャップ制」は否定するようになりました。実は、経済財政諮問会議は、本年2月15日の平成17年度第3回会議までは、4年前と同じく「名目GDPの伸び率が妥当」と主張していましたが、厚生労働省等が強く反対したため、4月27日の第9回会議から「高齢化修正GDP」に変更しました。

第3に、「骨太の方針2001」では、「医療費総額の伸びの抑制」は国民医療費の伸びの抑制を意味していたのに対して、本年に入って経済財政諮問会議はそれを「公的医療保険給付費の伸びの抑制」の意味で用いるようになったことです。この変化を一番明確に主張しているのは、吉川洋議員です。「医療費には国民健康保険などの公的医療保険の給付費と、患者が病院などの窓口で払う自己負担を含んだ国民医療費があり、区別して考えないといけない。問題は、公的給付費をどうするか。/私たちが指標を作って伸びを抑えなければならないと言っているのは、この公的給付費の部分だ。これからは公的給付費と国民医療費が乖離しうることをきちんと認め、公的給付費の範囲を見定めていくべきだと考えている」(「朝日新聞」6月24日朝刊)。

医療費の伸び率管理制度を導入して、公的医療保険の給付費は厳しく抑制しつつ、「自己負担を含んだ国民医療費[正確には総医療費]」の拡大を図るためには、混合診療の大幅拡大が不可欠で、吉川議員も「これが混合診療の問題とも絡む論点である」と明言しています(2月15日第3回会議)。そのために経済財政諮問会議が、今後、昨年末に政治決着した混合診療の部分解禁の対象の大幅拡大を求めてくるのは確実です。それだけに、植松治雄日本医師会長の「混合診療問題はまだ終わっていない」という警鐘は的を射ていると思います(『日経ヘルスケア21』本年3月号)。
なお、私は、別の論文(「混合診療問題の政治決着の評価と医療機関への影響」『月刊/保険診療』本年2月号)で、「特定療養費の再構成=混合診療の部分解禁でも、医療費・病院収益の大幅増加はない」8つの理由・根拠をあげていますので、お読み下さい。

「平成17年版経済財政白書」を複眼的に読む

「経済財政白書」の目的の1つは「骨太の方針」を裏付けることであり、そのためにさまざまな計量分析が行われています。しかし、今年版白書の医療・社会保障の部分(特に第3章第2節1高齢化と医療・介護の課題)の計量分析は浅く、説得力もありません。

私は、医療・社会保障制度改革に興味を持つ医療関係者は、この部分と第2章第1節小さな政府とは、を読めば十分だと思います。後者の「3 政府の大きさに関する国民意識」中の「コンジョイント分析による公共サービスの選好度と潜在的国民負担率の推計」は、方法的には目新しく、「社会保障給付の増加による効用(満足)の増加と国民負担率の上昇による効用低下の程度はほぼ均衡」しているという分析結果も興味深いと思います(コンジョイント分析とは、最近マーケティング・リサーチ等の分野で盛んに用いられている、複数の選択肢についてのアンケート調査に基づいて人々の選好を評価する方法です)。

第2章第1節3には、小泉政権が実現を目指している「小さな政府」が「アメリカ型」であることを暗に認めた次のような記述もあります。「日本が、公共サービスの水準と負担のバランスに関して、米国型の『小さな政府』を目指すのか、欧州型の『大きな政府』を許容するのかは、最終的には国民の選択によるものである」(106頁)。「骨太の方針2005」では、「小さくて効率的な政府」と表現されています。意外なことに、2001~2004年の「白書」と「骨太の方針」の章・節・大見出しには「小さな政府」という表現は一度も使われていませんでした。

「白書」の分析の底の浅さをもっともよく示すのは、第3章第2節2高齢化と医療・介護の課題中の「医療費抑制の課題」です。そこで示されている「供給要因[病床数や高額医療機器等]が老人医療費を押上げ」ているとの計量分析はあまりにお手軽であり、「老人医療費を中心に国民医療費の抑制を図っていくため」に示されている以下の3つの方策も、医療費抑制効果が確認されていないか否定されているものばかりです。「(1)…診断群分類別包括評価(DPC)の影響の検討を進めることや、(2)健康診査の結果を踏まえた保健指導やレセプトのチェックなどの保険者機能を強化していくこと、(3)電子カルテや電子レセプト等医療のIT化の推進等」。このことは、「医療の質の維持に配慮しつつ」医療費抑制を行うことの困難さを逆に浮き彫りにしているとも言えます。

意外なことに、「白書」は、「政府支出の規模ということでは先進国の中でも日本は比較的『小さな政府』である」こと、および「我が国の医療費やサービスの利用状況等を国際比較すると、医療費は国際的にみてまだ低い水準にとどまっている」ことを、率直に認めています(各93・228頁)。ただし、白書は、それに続けて、今後は「老人医療費を中心に今後も医療費の増大が続き、将来世代に負担が重くのしかかる」から、「老人医療費を中心に国民医療費の抑制を図っていく」必要があると主張しています。
しかし、これは、10年前に旧厚生省が唱えたがその後破綻した主張の蒸し返しです。旧厚生省や厚生省関係者は1990年代前半に、わが国の医療費水準(対GDP比)がヨーロッパ諸国と比べて低い事実を認めつつ、それは人口高齢化が進んでいないためであり、今後は急増すると主張・予測していました。

例えば、広井良典氏(当時厚生省勤務。現・千葉大学法経学部教授)は、厚生労働省の「世界一」厳しい医療費抑制政策を見直して、「日本の医療費をヨーロッパ並みの水準へ」引き上げるべきとの私の主張を批判して、「ヨーロッパと日本の高齢化率及びその進展の構造の相違を見ないで日本の医療費を『大幅に引き上げる』政策をとれば、2020年頃の高齢化のピーク時にはわが国の医療費はヨーロッパ諸国をはるかに上回るものになってしまうはずである」と主張していました(『医療の経済学』日本経済新聞社、1994、44頁)。しかし、わが国の高齢化率がヨーロッパ諸国より高くなった現在でも、「白書」が認めるように、わが国の「医療費は国際的にみてまだ低い水準にとどまっ」たままであり、この主張・予測は破綻したと言えます。

実は「白書」にも、このことを視覚的に確認できる図「医療費の将来推計」(226頁)があります。これをみると、人口高齢化が急速に進行する2003~2030年でも、人口要因(人口高齢化も含む)による医療費増加が「1人当たり医療費伸びの要因」に比べてごくわずかであることがよく分かります。そのためもあり、「白書」は「マクロの医療費は高齢化以外の要因で将来も増加する可能性」を指摘し、前述したように「供給誘発要因」による医療費増加を強調しているのです。

2.2005年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その4)

※「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

「集中治療室における無益な治療の費用」(Gilmer T, et al: The costs of nonbeneficial treatment in the intensive care setting. Health Affairs 24(4):961-971,2005)[量的研究]

アメリカでは、医療倫理の専門家によるコンサルテーション(以下、倫理コンサルテーション)が集中治療室(ICU)における「無益な治療(nonbeneficial treatment)」を減らすことができると主張されている。ここで、無益な治療とは、ICUにおいて医療者間または医療者と家族間で、価値観の違いに基づく治療方針についての衝突(value-laden treatment conflict)を生むような救命治療で、しかもそれを行っても結果的に救命できなかった治療と定義されている。本研究では、倫理コンサルテーションの費用抑制効果をランダム化試験で検討した。調査は2000年11月~2002年12月に行い、6病院が参加した。各病院で看護師がICUを定期的に巡回して、上記のような衝突が切迫しているかすでに生じている患者を同定した。調査期間にそのような患者は511人おり、そのうち費用データが得られた499人を対象にして、コンサルテーション実施群と対照群にランダムに分けた。その結果、死亡退院患者(対象全体の60.1%)では、倫理コンサルテーション実施群の在院日数と費用は対照群よりも有意に短かった(低かった)。ただし、生存退院患者では、2群間で、在院日数、費用とも有意差はなかった。著者は、この結果に基づいて、倫理コンサルテーションは、無益な治療を産み出す衝突を解決し、ICUのスタッフがもっと適切で安楽な治療に専念できるようにすると主張している。

二木コメント-日本では、最近厚生労働省が「終末期医療の適正化」を再び主張し始めていますが、少なくとも公式にはこれは慢性期死亡を対象にしています。それに対して、本論文がアメリカの代表的な医療雑誌に掲載されたことは、アメリカでは急性期入院患者の「死亡前医療」までも「無益な医療」として否定する潮流が非常に強いことを示しています。ただし、この論文には2つのコメント(perspective)が付けられており、その1つでは「医師は死亡退院患者に行われたすべての延命治療が『無益だ』と主張する根拠を持っていない」との正当な批判が行われています(Veach RM:976-979)。

○「[フィンランドの]長期ケア[施設]におけるケアの質と技術効率の関連」(Laine J, et al: The association between quality of care and technical efficiency in long term care. International Journal for Quality in Health Care 17(3):259-267,2005)[量的研究]

フィンランドの公立病院と入所施設の長期ケア病棟114を対象にして、長期ケア施設における医療の質と技術効率(生産効率)の間連を検討した。41のケアの質指標(臨床指標38、構造指標3)ごとに、全病棟をランク付けした上で、良質病棟と低質病棟に2分した。臨床指標はMDS2.0を用いて評価した。技術効率は、より少ない投入(看護・介護職員)でより多くの産出(年間平均在院患者延べ数)を得ることと定義し、DEA(data envelopment analysis.「包絡分析法」、ノンパラメトリック法の1つ)を用いて測定した。その結果、ケアの質が低い病棟(例:寝かせきりや身体拘束の頻度の高い病棟)で技術効率が高い傾向が見られた。この結果は、技術効率とケアの質の望ましくない側面とが関連している可能性を示唆している。

○「[アメリカの]ナーシングホームにおける職員の離職率とケアの質[の関連]」 (Castle NG, et al: Staff turnover and quality of care in nursing homes. Medical Care 43(6):616-626,2005)[量的研究(回帰分析)]

本研究の目的は、ナーシングホームにおける看護業務補助者(NA)・准看護師(LPN)と正看護師(RN)の年間離職率とケア指標との関連を定量的に検討することである。対象は離職率データの得られた全米4州の354ナーシングホームである。年間離職率は低(0-20%)、中(21-50%)、高(50%超)に3分した。ケアの質の指標としては、身体抑制、留置カテーテル、関節拘縮、褥創、向精神薬使用等、およびそれらを統合した質指標を用いた。離職率は非常に高く、補助者と准看では平均85.8%、正看でも平均55.4%であった。負の2項分布モデルを用いた回帰分析(negative binomial regression)の結果、質の低下は正看の離職率の上昇(特に低から中への)、および補助者と准看の離職率の上昇(特に中から高への)と関連していた。本研究のような横断面分析では両者の関連を示せても因果関係は示せないが、それでも従来はこの点を検討した実証研究はほとんどなかったと著書は強調している。

補・看護職員水準と入院医療の質との関連についての量的研究(2002~2004)の紹介

上記2論文に限らず、欧米諸国(特にアメリカ)では、2000年前後から、医療サービス研究・医療政策研究の雑誌にも、看護職員水準(nursing staffing)と入院医療の質との関連についての実証研究(量的研究)がしばしば掲載されるようになりました。私が面白いと思った8論文は以下の通りです(最後の論文のみは総説)。ただし、これらは網羅的ではなく、特に看護(学)雑誌に掲載されたものは抜けています。いずれの論文も、看護職員水準(量と質)と医療の質に正の関連があることを統計学的に証明していますが、医療費との関連は検討していません(看護職員の水準を引き上げると看護職員給与も増加するが、総医療費はどれくらい上昇するのか?等)。

なお、アメリカでこの種の研究が急増した直接の契機は、1996年に発表された米国科学アカデミー医学研究所(Institute of Medicine)の報告書『病院とナーシングホームの看護職員水準-それは適切か?』が、看護職員水準が入院医療の質の指標(有害事象や死亡率等)に影響を与えると結論付けるための十分な証拠はないと指摘したことだそうです(最後の総説論文より)。私も、今後日本で看護職員水準を引き上げるためには、同様の実証研究が不可欠だと感じており、8月18日に神戸市で開かれた第9回日本看護管理学会年次大会(大会長:林千冬神戸市立看護大学教授)での招聘講演「21世紀初頭の医療制度改革と看護管理職への期待」でも、「看護管理(研究)者への期待」の1つとして、「医療費抑制政策(特に現行看護基準のままでの在院日数短縮政策)の弊害を『根拠に基づいて』明らかにしてほしい。日本の医療費(対GDP比)は、2004年度から主要先進国(G7)中最低になったため、このままでは、イギリスのように、医療職の燃え尽き症候群・医療の荒廃が進行する」と述べました。

○「質改善組織はメディケア患者の入院医療の質を改善しているか?」(Snyder C, et al: Do quality improvement organizations improve the quality of hospital care for Medicare beneficiaries? JAMA 293(23):2900-2907,2005)[量的研究]

アメリカのメディケア(老人・障害者医療保険)は医療の質改善のために、たくさんの医療の質改善組織(QIOs)と契約し、年間2億ドル(約220億円)を支出しているが、その効果の厳密な評価は今まで行われていない。本研究の目的は、QIOsに自主的に参加ししている病院のメディケア患者の入院医療の質は、参加していない病院よりも改善したか否かを検討することである。たくさんのQIOsのうち5州以上で事業を行っているのは4つにすぎず、本研究ではこれらのQIOsの質改善効果を検討した。5州の入院患者のカルテを用いて、5疾患(心房細動、急性心筋梗塞、心不全、肺炎、脳卒中)の治療・予防に関わる15指標について、基準年(1998年 )と追跡年(2000-2001年)の変化をQIOs参加病院と非参加病院で、後方視的に比較した。これらはQIOsで特に重視されている指標である。その結果、QIOs参加病院は、不参加病院よりも有意に病床数が大きかった。15指標のうち5指標は、基準年で両群間に有意差があった(3指標でQIOs参加病院の方が高かった)。しかし、基準年と追跡年間の変化(改善)をみると、15指標のうち14指標で、両群間に有意差はなかった。この結果に基づいて著者は、QIOsプログラムがメディケアの入院医療の質を改善するとの仮説は支持されないと主張している。

○「患者による医療サービスの質の判断」(Sofaer S, et al: Patient perceptions of the quality of health services. Annual Review of Public Health 2005,26:513-559)[総説(文献学的研究)]

患者中心の医療制度が強調されるようになり、患者による医療の質の判断を定義し測定すること、および何がそのような判断をもたらしているかを理解することがますます重要になっている。本論文では、まずその課題を困難にしている概念的・方法論的事項(例:患者の判断と患者の満足との混同)を検討し、その上で以下の事項について述べる。困難な課題を解明するための概念モデル、患者による質の定義についての質的研究の文献レビュー、医療保険・病院・医師が患者によってどのように見なされているかについての概観、患者の健康状態・人口学的特性と患者による医療の質の判断との関連等。

二木コメント-このテーマについての、最新・最良・最長の論文です(47頁。96論文紹介)。

○「予防は医療費を節減するか?-費用のかかる死亡前1年間を先延ばしすることの考慮」(Gandjour A, et al: Does prevention save costs? Considering deferral of the expensive last year of life. Journal of Health Economics 24(4):715-724,2005)[量的研究]

予防についての従来の費用効果分析は、予防によって先延ばしされる死亡前1年間の費用を明示的にモデルに組み込んでいないため、予防の費用対効果比を過大評価している可能性がある。この過大推計を定量的に示すために、著者はメディケアの生存患者と死亡患者の医療費データを用いた統計的モデル分析を行った。その結果、死亡前1年間の医療費を用いた場合の予防の費用対効果比は、従来の研究のように平均医療費を用いた場合に比べ、ほぼ半減した。死亡前1年間の医療費を用いた場合、質を調整した1年間の延命当たり費用(2004年価格。これが低いほど費用対効果比が良い)は、約8,200~11,000ドルも高くなった。

○医療の給付パッケージ決定の基準と手順-[ドイツ・スイス・イギリスの]比較研究」(Gress S, et al: Criteria and procedures for determining benefit package in health care -A comparative perspective. Health Policy 73(1):78-91,2005)[質的比較研究]

医療の給付パッケージ決定の基準と手順が正当(legitimate)であるためには、意志決定組織に利害関係者が代表として入っていることと、手順の透明性、および給付決定の一貫性が不可欠である。さらに、個々の医療サービス(特に新薬、新しい医療機器や手技)の費用を評価し、それを意志決定基準に組み入れることも、医療制度全体の効率性を増すためには、重要な政策的手段である。本研究では、これらの諸点について、ドイツ、スイス、イギリスを比較した。ドイツの社会保険では、利害関係者の代表権と手順の透明性に改善の余地があり、意志決定の一貫性は特定の利害関係者の拒否権によって妨げられている。個々の医療サービスの給付決定は、それの効果のみに基づいて行われており、費用は考慮されていない。また、ドイツには給付決定の単一組織はなく、外来医療と薬剤、入院医療の給付は別の組織で決定される。スイスの医療保険には、現時点では手順の透明性は事実上存在しないため、意志決定の一貫性を評価することは不可能である。それに対してイギリスのNHS(国民保健サービス)では、個々の医療サービスの費用が、そのサービスを給付対象に加えるか、除外するかかの意志決定に影響を与えている。

○「薬をキチンと服用することの入院リスクと医療費への影響」(Sokol MC, et al: Impact of medication adherence on hospitalization risk and healthcare cost. Medical Care 43(6):521-530,2005)[量的研究]

本研究の目的は、患者が医師から処方された薬をキチンと服用すること(medication adherence.以下「服用率」)が医療利用と医療費に与える影響を、薬剤費が特に多い4慢性疾患(糖尿病、高血圧、高脂血症、うっ血性心不全)について評価することである。対象は、1997年6月~1999年5月の2年間に医療保険と薬剤給付保険に継続的に加入し、上記4疾患の治療を受けていた65歳未満の137,277人で、1年間の各種医療費、入院リスクを後方視的に調査した。服用率(0~19%、…80~100%の5段階)別に、疾病関連医療費(薬剤費以外、薬剤費)全疾患医療費(同)、入院リスクを比較した。その結果、糖尿病と高脂血症では服用率が高いほど疾病関連医療費は有意に低かった。これは、高服用率群では、薬剤費の高さが、薬剤費以外の疾病関連医療費の低さで相殺されたためである。全疾患医療費は、糖尿病、高脂血症、高血圧の高服用率群で有意に低かった。入院リスクは、4疾患とも高服用率群で低かった。著者は、薬剤費のわずかな増加が薬剤費以外の医療費の減少で相殺されるという関係は、ジェネリック薬が普及するとより強くなると主張している。

○「[アメリカの]統合医療組織の財政的パフォーマンス」(Burns LR, et al: The financial performance of integrated health organizations. Journal of Healthcare Management 50(3):191-211,2005)[量的研究]

本研究の目的は、統合戦略が、病院、医師、医療保険の財政的パフォーマンスに経時的に与える影響を検討することである。そのために、全米の36の大規模非営利統合医療組織(IHOs)を対象にして、2000年にCFOへのアンケート調査を行うとともに、公開情報により1990年代の財務データを収集した。この調査結果は、財政的パフォーマンスは統合投資の規模が大きいほど悪いが、投資のタイミングや順序(sequencing)とは必ずしも関係しないことを示唆している。この調査は、特定の統合戦略(医師組織の買収と医師給与制の導入等)は財政的パフォーマンスをより悪化させることも示唆している。最後に、この調査は集権化(centralized)統合戦略は集権化の弱い統合よりも財政的には成功する可能性が大きいことを示している。

「多病院ネットワーク戦略-分析枠組み」(Lega F: Strategies for multi-hospital networks: A framework. Health Services Management Research 18(2):86-99,2005)[総説]

多病院ネットワーク(以下、MHNs)は過去20年間すべての先進国で急成長した。それは、医療費と医療の質の両方を向上させることを求められている病院組織の重要な選択肢になっている。本論文は、そのような便益を達成するためにMHNsが採用可能な戦略の分析枠組みを提示・検討する。そのために、MHNsに期待される利点と欠点(これは過小評価される傾向がある)とを、イギリスとアメリカの実証研究に基づいて、比較考量する。最後に、MHNsは効率と財政的安定性の改善を目指している単独病院の重要な選択肢ではあるが、その前提は統合過程で「適切なマネジメント」がなされることであることを強調する。

二木コメント-本論文の多病院ネットワーク(NHNs)には所有統合(病院チェーン)と機能的統合(組織的連携。alliances, informal agreements of cooperation等)の両方を含む、広い意味です。著者はイタリア・ボッコニ大学所属で、アメリカとヨーロッパ諸国の両方の研究が紹介されています。ただし、日本と韓国のMHNsには触れていません。

○「統合プライマリケア組織-統合はどの程度生じているか、そしてその理由は?」(Simoens S, et al: Integrated primary care organizations: To what extent is integration occuring and why? Health Services Management Research 18(1):25-40,2005) [総説]

統合プライマリケア組織(以下、IPCOs)は1990年代初頭より、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、イギリス、およびアメリカ(HMO)に出現しているが、統合の意味や形態、理論的根拠(rationale)は明確には理解されていない。本研究は、統合の定義と広がり、およびイギリスのIPCOsの文脈での統合促進要因について文献レビューを行う。統合は複雑で多面的であり、広く認められた定義はなく、実証研究も限られている。それでも先行研究により、サービス生産と取り引き費用の程度はIPCOsの規模には関連しておらず、それよりも医療専門職(医師)の態度の方が統合の程度に大きな影響を与えそうなことが分かっている。現時点では、統合を説明・測定する研究の進歩はほとんどない。

二木コメント-本論文の「統合」は所有統合ではなく、機能的統合(cooperation, collaboration, coordination)を意味しています。本研究の筆頭著者はベルギーの研究者です。前論文と本論文から、医療分野の「統合」と「ネットワーク」の定義は、アメリカだけでなくヨーロッパでも確立しておらず、多義的に用いられていることが分かります。

○「改革を通しての継続-ニュージーランドにおける保健医療改革のレトリックと現実」(Ashton T, et al: Continuity through change: The rhetoric and reality of health reform in New Zealand. Social Science & Medicine 61(2):253-262,2005.)[質的研究(事例研究)]

ニュージーランドは、他の多くの先進諸国と同様に、公的財政による医療サービスの組織と提供の最良の方法を求めて苦闘してきた。1980年代までは、病院と関連サービスは地域選出の保健医療理事会(health boards)が計画し、提供してきた。この制度は1993年に擬似マーケット構造に変えられ、サービスの購入と提供はそれぞれ別の組織が行うことになった。しかし2001年にはこれは地域選出理事会制度に変えられ、それは1980年代までの制度と酷似している。擬似市場の導入と廃止はニュージーランドの医療制度が大改革を経験したことを暗示しており、このような政策的Uターンには3つのポイントがあるとされている(協働(cooperation)から競争へ、そしてまた協働へ等)。本研究の目的は、実際の制度改革を詳しく検証し、公表された改革目標と改革期間の現実の制度の継続とのずれの程度を検討することである。結論的に言えば、「市場化、そしてそれの逆転」といった単純なレトリックでは現実を正しく捉えられず、ニュージーランドの医療制度の根幹(key aspects)は改革期間を通しても生き延びており、しかもそれはトップレベルの構造改革よりも重要である。さらに、最近行われたいくつかの部分改革(incremental changes.プライマリケア改革等)の方が、この間の構造改革よりも医療に大きな影響を与える可能性がある。

○「特集:ヨーロッパの医療政策の遺産と[改革]許容度」(Special issue: legacies and latitude in European health policy. Journal of Health Policy, Politics and Law 30(1-2):1-293,2005.)[事例研究・比較研究]

二木解説-有名な「ヨーロッパ医療政策グループ」が行った共同研究の成果で、ヨーロッパ11カ国の過去20~30年間の医療政策を、政策変化についての諸理論(特に政策遺産と経路依存性という概念)を用いて、詳細に検討しています。11カ国とは、デンマーク、イギリス、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、オランダ、ポルトガル、スペイン、スウェーデンです。それぞれの国別レポートは経済学者と政治学者が共同執筆しており、最初と最後にこれらの個別研究を踏まえた総括的論文が掲載されています。

冒頭の編集者序文(Schlesinger M)が指摘するように、詳細な事例研究にもかかわらず、各国の政策変化・選択の明快な説明はなされていません。最初の総説論文(Oliver A, Mossialos E)も結論として「単一の理論は、1つの国の医療政策の展開すら説明できそうにない。ましてや、異なる文化、歴史、制度、利害団体を持ったたくさんの国の医療政策の違いを説明することはできない」と述べています。
編集者は、「高所」からみると各国の相違よりも共通性が目立つが、もっと近くからみると各国の医療政策はそれぞれの国の制度の制約を受けていることが明らかになること、および1人の研究者が各国の医療政策比較を行う場合には、その研究者の好みの分析枠組みが用いられるために、「単純な歴史的物語」が作られてしまうことを指摘しています。これらは、医療政策や社会保障制度の国際比較の「類型論」に対する警告とも言えます。

最後の総括的論文(Evans RV。有名なカナダの医療経済学者)も、進化論における断続平衡説を援用しつつ、可能なのは緩やかな漸進的改革であり、大きな構造改革(major structural reforms)は稀であると結論づけています。手前味噌ですが、前論文とこの特集により、「1980年代以降、主要先進国で、医療(保険)制度の抜本改革を一気に実現した国はない」との私の事実認識(『医療改革と病院』勁草書房,2004,71頁)が改めて確認されたと言えます。

3.私が毎号チェックしている医療経済・政策学関連の洋雑誌の紹介

私は、以下の24の洋雑誌(英語雑誌)を毎号チェックしています。ただし、曲がりなりにも全体に目を通すのはEconomistとHealth Affairsの2誌だけで、他は目次と書評欄のみをチェックし、興味を持った論文をコピーして、要旨中心に拾い読みしています。

最初のEconomistは、医療雑誌ではなく、経済分野を中心とした総合国際雑誌ですが、日本の新聞や雑誌がほとんど報じない、イギリスやアメリカの医療・社会保障改革の内幕記事も、時々掲載されます。この雑誌は、近年「アメリカ一極主義」が著しいTimeやNewsweekと異なり、文字通り全世界の政治・経済の最新の動きを「リベラル」な立場から報道・論評しているので、丁寧に読み続けると、幅広い教養と一歩進んだ英語読解力が身につきます。次の Health Affairsは、アメリカで研究者・実務家にもっともよく読まれている医療経済・政策の総合雑誌です。

私が個人購読している洋雑誌はこの2誌だけで、他のほとんどの雑誌は日本福祉大学図書館で、月に1回づつ、まとめてチェックしています。手前味噌ですが、日本福祉大学図書館は医療経済・政策学関連の洋雑誌を日本でもっともたくさん受け入れている図書館(の1つ)です。私の経験では、他大学の経済学部系図書館は医療系雑誌はほとんど受け入れておらず、逆に医学部系図書館は経済学系雑誌を受け入れていません。日本医師会の図書館は、さすがに医療経済・政策学関連の洋雑誌も幅広く受け入れています。

New England Journal of MedicineとJournal of the American Medical Association(JAMA.「アメリカ医師会雑誌」)は世界最高峰の臨床医学雑誌ですが、医療経済・政策学関連の高水準な実証研究や評論もときどき掲載されます。ただし、なぜか両雑誌とも、最近は、臨床経済学以外の医療経済学の論文はほとんど掲載されなくなりました。

それ以外の雑誌(20誌)は、アルファベット順に掲載しました。ここで「国際雑誌」と書いたのは、毎号、アメリカ以外の研究者の論文が多数掲載される学術誌で、ヨーロッパ諸国・カナダ・豪州およびアジア諸国の医療政策や研究動向を知る上で有用です。それ以外の雑誌は、アメリカの学会誌または専門誌・業界誌で、アメリカ医療の研究・論評がほとんどです。これら以外に、アメリカの広義の医療「産業」の最新の動きを知るためには、Modern Healthcare(週刊)を、イギリスの医療の最近の動きを知るためにはBritish Medical Journal(週刊)もチェックする必要があります。文献検索面での私の弱点は、経済学プロパーの雑誌に時々掲載される医療経済学関連の論文をキチンとフォローできていないことです。

学関連の論文が多い。

医療技術評価・政策の国際雑誌。

4.私の好きな名言・警句の紹介(その9)ー研究者と忙しさ、実務・雑用

(0)最近知った名言・警句

(1)忙しさ

(2)実務・雑用

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