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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻26号)』(転載)

二木立

発行日2006年10月01日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)


目次


1.拙論1:医療費抑制策 見直しを

(「読売新聞」2006年9月13日朝刊「ポスト小泉を考える-医療改革」)

厚生労働省は8月25日、2004年度の「国民医療費」が史上最高の32兆1000億円に達したと発表し、各紙は「医療費の膨張傾向」に警鐘を鳴らした。しかし、この年に日本の医療費水準、つまり国内総生産(GDP)に対する医療費の割合が、主要先進7カ国中最下位になったことは知られていない。

実は、主要先進国中医療費水準が一番低い国は、長らく日本ではなく、イギリスであった。しかし、小泉政権が厳しい医療費抑制政策を続けたのとは逆に、イギリスのブレア政権は2000年以降医療費増加政策に転じ、国営医療の予算を着実に増加させた結果、2004年には日本が最下位に転落したのである。

その上、小泉政権がこの間行った健康保険本人の3割負担化、高齢患者の1割負担化と「一定以上所得者」の2割負担化等により、医療費中の患者負担割合は急増し、主要先進国中最高になった。

つまり、日本は小泉政権の5年間の医療改革により、医療費水準は主要先進国中最低だが、患者負担割合は最高という、きわめて歪んだ医療保障制度を持つ国になったのである。この間社会問題化した、医療事故の多発、救急医療や産科・小児科医療の荒廃の背景には、このような「世界一」厳しい医療費抑制政策があると私は考えている。

先の通常国会で重要法案中唯一成立し、小泉政権の「置きみやげ」と言える医療制度改革関連法は、健康保険法改正、老人保健法改正、医療法改正、介護保険法改正を含んだ大規模な制度改革である。これにより、公的医療費抑制のために、高齢者を中心とした患者負担のいっそうの増加と医療機関に支払う医療費の抑制がめざされている。

この制度改革では、これ以外にも、医療費抑制の長期的対策として、生活習慣病対策と平均在院日数の短縮の2つが掲げられている。しかし、生活習慣病対策による医療費抑制効果を学問的に証明した研究は世界的にも存在しない。この点は、介護保険制度改革によりめざされている介護予防による介護費用抑制についても同じである。平均在院日数の短縮のために療養病床を6割も減らし、有料老人ホーム等に転換することが目指されているが、これは公費・保険料から患者への長期療養費用の負担のつけ回しにすぎず、しかも退院する患者の受け皿を十分に整えないで療養病床の削減を強行すると、「医療難民」・「介護難民」が大量発生する危険がある。逆にこの対策を十分に行えば、公的医療・福祉費の抑制効果はごく限られる。

そのために、私は、国民皆保険制度を維持しつつ、医療の質を引き上げるためには、「世界一」厳しい医療費抑制政策を見直すことが必要だと考える。その財源としては、所得税の累進制の強化、たばこ税の引き上げ、消費税の引き上げ、および社会保険料の引き上げを適切に組み合わせる必要がある。

ただし、この点に国民の理解と合意を得るためには、個々の医師・医療従事者と医療療機関の自己改革も必要だ。加えて、医療・経営情報公開の制度化、医療の非営利性・公共性を高める医療法人制度改革、専門職団体の自己規律を強化する改革など、制度の改革も不可欠だと考えている。

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2.拙論2:療養病床の再編・削減ー手続き民主主義と医療効率の視点から

(「二木教授の医療時評(その32)」『文化連情報』2006年10月号(343号):28-35頁)

はじめに-私の医療改革の検討の3つのスタンス

本稿では、本年6月に成立した医療制度改革関連法に含まれる介護療養病床の再編・削減方針について、手続き民主主義と医療効率の視点から検討します。

本題に入る前に、私が医療改革を検討する際のスタンスについて3点述べます。

第1は、医療改革の志を保ちつつ、リアリズムとヒューマニズムとの複眼的視点から検討すること。第2は、事実認識と「客観的」将来予測と自己の価値判断に3区分して検討することです。

この2つは以前から明示していたのですが、本稿では、第3のスタンスとして、医療改革の価値判断を行う際、改革の内容の適否と改革の手続きの適否を峻別することを付け加えました。後者については「手続き民主主義」(due process)を重視し、「大事なのは内容(だけ)」、「目的のためには手段を選ばず」という立場はとりません。私は、昨年末から突然浮上した療養病床の再編・削減方針は、この点で重大な問題を含むと考えています。ちなみに私は、「形式第一、内容第二」をモットーとする自称「形式民主主義者」です。

以下、療養病床の再編・削減方針について、私の事実認識、「客観的」将来予測、価値判断の3つの柱を立てて述べます。

1.療養病床の再編・削減についての私の事実認識

まず、第1の柱である私の事実認識を5点述べます。

(1)療養病床の再編・削減案は唐突に出された

第1は、療養病床の再編と介護療養病床の廃止案が唐突に出されたことです。このことは医療関係者にとっては自明のことですが、最近、厚生労働省の担当者(榎本健太郎老健局地域ケア・療養病床転換推進室企画官)が「唐突ではない」と強弁していますので[1]、事実経過を確認します。

厚生労働省は、2000年の介護保険制度創設により介護療養病床を制度化しただけでなく、医療法第4次改正による病床区分の届け出締切(2003年8月)前に、一般病床から療養病床への転換を奨励・誘導しました。同じ時期に厚生労働省が発表した「医療提供体制の改革のビジョン」でも、「病院病床の[介護-二木補足。以下同じ]療養病床、介護老人保健施設への転換を図る医療機関を支援する」と明記されていました。

このような厚生労働省の公式見解と誘導に基づいて、介護療養病床を有する(あるいはそれに転換した)病院の多くは多額の設備投資をして完全型療養病床を整備しました。このような病院は今回の方針転換により、借入金の返済計画の大きな見直しを求められています。

しかも、歴代の保険局医療課長は2004年以降も、医療療養病床の介護療養病床への集約を主張していました。

具体的には、西山正徳医療課長(当時。以下同じ)は、2004年6月の全日病学会講演で、「私どものの考え方では、療養型病床群は一括して介護保険で給付するという哲学を持っている」との爆弾発言をして、医療関係者に衝撃を与えました(『全日病ニュース』2004年7月1日号)。さらに、麦谷眞里医療課長は、昨年10月20日の医療経済フォーラム・ジャパン第4回公開シンポジウムで、「個人の考え」と断りつつ、「患者の状態像が同じなら、医療療養病床21万床はすべて介護保険で払ってもらいたい。(中略)代わりに老人保健施設28万床を医療保険で引き受けることを提案したい」と述べました(『MMPG医療情報レポート』76号,2005,7頁)。

ただし、ここで見落としてならないことは、この2人の医療課長の発言は厚生労働省の公式見解ではなく、介護療養病床の扱いについては保険局と老健局との「局間対立」が長年続いていたことです。具体的には、保険局は老人医療費の抑制のために、医療療養病床の縮小と介護療養病床の拡大を目指していました。しかし、これを一気に行うと、老人医療費の財政負担が軽減する反面、介護保険の財政負担が急増するため、老健局は猛反対していました。しかし、このような局間対立にもかかわらず、両局幹部とも昨年12月に「療養病床の将来像(案)」が発表されるまで、介護療養病床の廃止には一切触れていませんでした。

「幸か不幸か官僚はどんなことにも理屈をつけるという『技術』をもっている」[2]。私は、先に述べた厚生労働省担当者の強弁を読んで、当時国土庁参事官だった八幡和郎氏が述べたこの名言を思い出しました。

(2)療養病床の再編・削減方針についての3つの誤解

私の第2の事実認識は、厚生労働省の療養病床の再編・削減方針について多くの医療関係者・ジャーナリストには3つの誤解(事実誤認)があることです。

第1の誤解は、医療療養病床を現在の25万床から15万床に削減することが決定されたと言うことです。しかし、医療制度改革関連法で決まったのは、介護療養病床(現在13万床)の6年後(2011年度末)の廃止だけであり、医療療養病床を15万床に削減するとの「療養病床の将来像(案)」は厚生労働省の願望にすぎません。この点については、厚生労働省の担当者も、「15万床というのはそれ[医療区分の分類]を今の状況に当てはめた数字」と明言しています[1:4頁]。つまり、今後医療区分2・3の入院患者数が増加すれば、医療療養病床の枠は現在よりも拡大するのです。

第2の誤解は、厚生労働省が「施設から在宅(自宅)への移行」を目指しているとするものです。しかし、厚生労働省が主にめざしているのは、療養病床の老人保健施設と「居住系サービス」への移行であり、「在宅(自宅)への移行」は添え物にすぎません。

ここで「居住系サービス」とは「自宅以外の多様な居住の場」における在宅医療サービスを意味し、具体的には、ケアハウス、有料老人ホーム、グループホーム等の小規模多機能施設、高齢者専用賃貸住宅等が含まれます。これらの大半は、実態的には施設に近いと言えます。

なぜなら、厚生労働省も本音では、重症な慢性期患者の在宅(自宅での)ケアへの移行が困難だと認識しているからです。例えば、福田祐典保険局企画官は、以下のように率直に述べています。「在宅は医療だけじゃなくて介護も必要。そもそも住む家が必要ですし、誰か支えてくれる人がいないことにはしょうがない。現実としては、医療の側面だけで応援しても不十分なんですね」(『Doctor's Magazine』2006年6月号13頁)。

この点は当初必ずしも明確でありませんでしたが、医療制度改革関連法成立後、医療行政の最高責任者である辻哲夫厚生労働省審議官(現・事務次官)は、本年6月22日の札幌市での日本医業経営コンサルタント協会での講演で、療養病床の「老健への転換は保証する」と明言しました。医療行政の方向についていつも明確に解説される田中滋慶應義塾大学教授も、『週刊社会保障』2006年6月12日号(34頁)のインタビューで、「介護療養病床の廃止後も転換施設が引き続き受け皿に。介護療養病床は名称の廃止であって、機能の廃止ではない」と明言しました

第3の誤解は、在宅療養支援診療所の目的は、在宅(自宅での)ケアの支援だというものです。これは完全に誤りとはいえませんが、私は、在宅療養支援診療所の隠れたもう1つの目的は、医療サービスが手薄な居住系サービスに「外付け」で医療サービスを提供して、重症な慢性期患者を支えることだと判断しています。このことは、特定の居住系サービスと「特別な関係」にある診療所も、在宅療養支援診療所の対象とされたことにも現れています。

(3) 療養病床の再編・削減の主目的は公的医療費の抑制

私の第3の事実認識は、療養病床の再編・削減の主目的は「社会的入院の是正」ではなく、公的医療費の抑制なことです。この点も医療関係者には直感的に自明と思いますが、さまざまな医療費抑制策の中でなぜ療養病床の再編・縮小が重視されたのかを、分析的に検討する必要があります。

医療制度改革関連法では、医療費抑制の長期的対策は公式には生活習慣病対策と在院日数の短縮の2本柱とされています。しかし、生活習慣病対策による医療費抑制効果の「根拠」はまったくないこと、逆にそれにより医療費が増加する可能性もあることについては、医療経済学研究者の間で認識が一致しています。さらに、在院日数の短縮のうち、従来主に取り組まれてきた急性期病床の在院日数の短縮のためには、診療密度を高める必要があり、その結果、入院医療費が逆に増加することも医療経済学の常識です。

私は、これら2点については聡明な厚生労働省幹部も理解しており、そのために彼らは、経済財政諮問会議や財務省が昨年来執拗に求めている(公的)医療費抑制の数値目標の導入を回避するための苦肉の策として、療養病床の再編・削減による医療費抑制策を選択したと判断しています。これは私の独断ではなく、辻哲夫厚生労働審議官は先述した講演で、「医療費を適正化しなさいという厳しい指摘を受け、患者負担をこれ以上引き上げられない中で、悩みに悩んで出したのが療養病床の転換だった」と告白しています。

経済学的には、医療療養病床の削減と介護療養病床の廃止は医療の効率化ではなく、医療保険・介護保険から患者への「コストシフティング(負担の転嫁)」と医療資源投入の削減と言えます。

(4)歴史は繰り返す-厚生労働省の政策誘導と情報操作

私の第4の事実認識は、歴史は繰り返す-厚生労働省の政策誘導と情報操作がまた繰り返されたです。この点で、療養病床の再編・縮小方針には、2つの先例があります。

1つは、血液透析施設の診療報酬による誘導です。具体的には、旧厚生省(以下、厚生省)は血液透析の普及期の1970年代にはそれの診療報酬を非常に高く設定しましたが、1980年代以降は一転して連続して引き下げました。

「ダイアライザーができたときに、時の政策担当者はどういうことをしたかというと、まず、きわめて高い点数をつけたんです。…言ってみれば、わざと儲かるように設定したわけです。…そうすると、バーッと世の中に普及する。普及したところで、当方[厚生省]としては、だいたいこれくらい供給があれば、医療として満足できるというレベルに行ったところで、バサッと点数を切ったわけです。バサッと切って、あとは競争させて受療率のいいところだけを残している。実際はそういうことをやっているんです。いいやり方か悪いやり方かは別として、私は極めてうまいやり方だと思っています」[3]。このように明解に証言したかつての若手官僚は、今や次世代の厚生労働省のエースとの呼び声が高い香取照幸氏です。

2006年診療報酬改定による医療療養病床入院基本料の大幅削減はこの手法の再来と言えます。ただし、介護療養病床廃止のような制度の根幹にかかわる荒療治は今回が初めてです。

もう1つの先例は、10年前(1995~1997年)の介護保険論争時に厚生省が行った政策誘導と情報操作です。当時、厚生省は「介護の社会化」を前面に出しつつ、介護保険以外の選択肢を最初から排除して、ジャーナリストや有識者を介護保険支持へと誘導しました。しかも厚生労働省は、意図的な情報操作だけでなく偽りの情報提供も行いました。例えば、厚生労働省は高齢者の「社会的入院医療費」(6カ月以上入院患者の医療費)は年間5兆円~2兆円に達すると主張しましたが、現実にはその半分以下の1兆円前後でした。さらに、厚生省は、「入院期間別年齢構成」から「精神分裂病等の精神障害に罹患している者」を除外したデータを公表し、長期入院患者でもっとも多いのは高齢者ではなく精神障害者であることを隠蔽しました。当時、私は「介護の社会化」には大賛成と明言した上で、「公的介護保険一本槍の議論に異議」を唱えるとともに、厚生省の情報操作を事実に基づいて批判しました[4]。

今回も、厚生労働省は「社会的入院の是正」を前面に出しつつ、介護療養病床廃止以外の選択肢を最初から排除して、ジャーナリストや有識者の支持を獲得しようとしました。しかも、厚生労働省は、中医協「慢性期入院医療実態調査」や医療経済研究機構「療養病床における医療提供体制に関する調査」のマスコミへの発表時に、設問・記述を意図的に変更し、患者の半数が社会的入院であるかのような情報操作を行いました。具体的には、前者については、「医師による指示の見直し」の頻度についての設問を「医師の対応」の必要に変更し、後者については、「医学的管理をさほど必要とせず、容態急変の可能性が低い」を「福祉施設や在宅によって対応できる」=入院不要と変更しました。

残念ながら、10年前と同じく、今回も、厚生労働省の情報操作は現時点では成功していると言えます。

(5)療養病床経営者の側にも療養病床の再編・廃止を誘発した弱点がある

私の第5、最後の事実認識は、療養病床経営者の側にも、療養病床の再編・廃止を誘発した弱点があることです。具体的には、一部の(相当数の?)医療療養病床が医療・介護必要度の低い軽症患者を集中的・選択的に受け入れ、しかも粗診粗療により「超過利潤」を得ていたことです。この点については、日本療養病床協会副会長の武久洋三氏も、率直に問題点を指摘されています[5]。

私は2006年診療報酬改定での医療療養病床入院基本料の大幅引き下げは、この「超過利潤」の是正と、療養病床の再編・削減のショック療法を目的としていたと判断しています。前者については、水田邦雄保険局長が6月9、13日の参議院厚生労働委員会で明言しています。

そして、このような診療報酬のドラスティックな引き下げの構図は、2006年の診療報酬改定で、リハビリテーションが「疾患別リハビリテーション」に再編され、疾患群別に算定日数上限が導入されたことと酷似しています。なぜなら、リハビリテーションでの制限診療導入の根拠としては、「長期間にわたる効果のないリハビリテーションが行われている」こと、および「リハビリテーションとケア[介護保険給付]との境界が不明確である」ことがあげられており、しかもこれが現実の一端だからです。なお、リハビリテーションの算定日数制限についての私の「見解と解決策」は、文献[6]で詳しく述べましたのでお読み下さい。

2.療養病床の再編・削減についての私の「客観的」将来予測

次に第2の柱である、療養病床の再編・削減についての私の「客観的」将来予測を述べます。

(1)改革の細部の「未来はまだ決まっていない」

具体的な将来予測を行う前に私が強調したいことは、療養病床の再編・削減の大枠は決まったが、細部については、「未来はまだ決まっていない」ことです。なぜなら厚生労働省は医療費抑制のみを目的にして、療養病床の再編・削減を一方的に強行できないからです。具体的には、厚生労働省・政府は、医療制度改革関連法案の国会論戦で、「入院患者が追い出されるような事態が生じないようにすることが大前提」と何度も公約したため、医療費抑制と「介護難民」の予防の両方のバランスをとりつつ、療養病床の再編・削減を行わなければならないのです。ここに厚生労働省のジレンマがあるとも言えます。療養病床の再編・削減の過程で、もし「介護難民」・「医療難民」が社会問題になるほど大量に発生すれば、国民皆保険制度への国民の信頼が一挙に失われ、制度自体の「持続可能性」が危機に瀕するのです。

次に具体的な予測を2段階で行います。

(2)医療療養病床の15万床への削減が困難な4つの理由

まず、私は、「療養病床の将来像(案)」に示された医療療養病床の25万床から15万床への削減は困難、ほとんど不可能と予測します。私がこのように考える理由は、以下の4つです。

第1の理由は、今後、急性期病床の在院日数のさらなる短縮により、そこを退院させられる亜急性期・慢性期の重症患者の受け入れ先として、大量の医療療養病床が必要になるからです。逆に、医療療養病床が十分に整備されないと、急性期病床の在院日数のこれ以上の短縮はきわめて困難です。

第2の理由は、慢性期の重症患者の医療を、医療サービスが手薄な現在の老人保健施設で行うことは不可能だからです。この点については、東京の医療法人永生会(安藤高朗理事長)が行った老人保健施設での重症患者受け入れの貴重な「自然実験」があります[7]。永生会は2005年に新宿区に全室個室の老人保健施設を開設し、大学病院や大病院等から医療必要度の高い患者を積極的に受け入れたのですが、医療が手薄なため、急性増悪した患者を受けきれなくなり、不本意ながら元の病院に再入院する患者が相次いだそうです。

第3の理由は、今後、高齢人口が急増し、それに伴い医療・介護ニーズが急増するからです。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成14年1月推計)によると、2006~2012年のわずか6年間に65歳以上人口は12.7%、75歳以上人口は23.6%も増加します。そのために、この期間に高齢者の医療・介護サービス全体の大幅増加が必要となることは明らかです。

第4の理由は、医療療養病床の大幅削減に対しては、患者だけでなく、自治体の反対も強く、政治的に極めて困難だからです。共同通信社等が本年5~6月に実施した全国の市区町村長に対するアンケート調査(回答者1837人)によると、医療療養病床の削減と介護療養病床の全廃について、「反対」が56.9%で、「賛成」の20.6%の3倍に達しました。

(3)医療・介護費の大幅削減が不可能な5つの理由

次に、療養病床の再編・転換による医療・介護費の大幅削減は不可能なことを述べます。

厚生労働省は、2012年度で医療保険給付費が4000億円減るが、介護保険給付費は1000億円増え、差し引き3000億円の給付抑制になると試算しています[1:5頁]。しかし、私はこれは「捕らぬ狸の皮算用」になると判断しています。私がこう考える理由は、以下の5つです。

第1の理由かつ最大の理由は、先に述べたように、「療養病床の将来像(案)」に描かれているような医療療養病床の15万床への削減が極めて困難なことです。驚くべきことに、厚生労働省の担当者は3000億円の給付抑制になるとの試算を行う際、「今後の高齢化によって介護の需要はさらに増加」することは見込んでいないと明言してます[1:6頁]。これだけでも、この厚生労働省の試算はファンタジーと言えます。

しかも、もし厚生労働省が医療費抑制のために医療療養病床の削減を強行すると、慢性疾患が急性増悪したために入院が必要となったが濃厚な医療は必要としない高齢患者の大半が重装備の急性期病床に入院することになります。その結果、急性期医療費が不必要に増加し、医療療養病床削減による医療費削減を上回る可能性があります。これは、医療法第5次改正が目指している、医療の効率化と機能分化の流れに逆行する愚策です。

第2の理由は、今後、本年7月に見切り発車した医療療養病床入院基本料の区分の見直しが行われ、医療区分1の入院患者の相当部分が2・3に移行し、その結果医療療養病床の医療費が増加する可能性が大きいことです。しかも、医療区分の基準そのものがあいまいであり、医療機関の側に相当の裁量余地があるため、今後、病院側が入院患者の医療区分のコーディングに習熟すると、合法的「アップコーディング」が増加する可能性があります。それだけでなく、現在医療療養病床に入院中の医療区分1の患者の多くの病状が今後6年間で悪化し、医療区分2・3に移行する可能性も大きいと言えます。

これらは将来の問題ではなく、すでに現実化しています。つまり、2006年の診療報酬改定後、医療療養病床の入院患者のうち医療区分1の割合が激減し、2・3の割合が急増したと言われています。そのために、中医協の支払い側(保険者)は、「これでは医療費が下がらない」と不満をぶちまけているそうです(『シルバー新報』2006年8月11日号「時評・風評」)。

第3の理由は、療養病床から老人保健施設などへの転換支援事業に相当の費用を投入する必要があり、それが療養病床削減による医療費抑制効果を薄めるからです。水田邦雄保険局長は6月8日の参議院厚生労働委員会で、「年間最大400億円程度にする予定」と答弁しており、単純加算すれば5年間で2000億円になります。

第4の理由は、老人保健施設(特に転換型)が重症患者(ターミナル患者を含む)を大量に受け入れられるようにするためには、医師・看護職・介護職の人員配置を大幅に拡充する制度改革が必要だからです。このような老人保健施設の「第2医療療養病床化」により、老人保健施設の医療・介護費が、厚生労働省の当初見込みより相当増えるのは確実です。

第5の理由は、「居住系サービス」と特別養護老人ホームが重症患者をある程度受け入れるようにするためにはそれらに対する「外付け」の医療サービス提供が不可欠ですし、重症患者を在宅(自宅)で支えるためにも、在宅医療サービスを大幅に増やす必要があるからです。

(4)慢性期医療費抑制の隠れた方策?

療養病床の再編・削減についての将来予測の最後に、慢性期医療費抑制の隠れた方策について、簡単に指摘します。それは、「医療が必要な場合に必要な医療給付を行うという[保険給付の]原則」[1:8頁]を放棄して、重症な慢性期患者に対する手薄な医療給付を制度化することです。その切り札(?)は、広井良典氏等が1997年に提唱し、大論争を巻き起こした、在宅や非医療施設での医療抜きの「福祉のターミナルケア」です[8]。

もしこれが制度化されると、治療可能な疾病・病態により一時的に状態が悪化した慢性期の高齢患者に対する治療を行わない「見なし末期」(横内正利氏)が横行することになります[9]。その結果、日本療養病床協会が介護力強化病院の時代から営々と築いてきた高齢患者に対する「良質な慢性期医療」の提供が根底から崩され、30年前の「悪徳老人病院」が復活する可能性すらあります。

これは杞憂ではなく、厚生労働省が昨年10月に発表した「医療制度構造改革試案」の「新たな高齢者医療制度の創設」の項では「ターミナルケアの在り方」「在宅(等の)看取り」が強調されていました[10]。

ただし、私は、近年国民の求める医療水準が非常に高まっていることを考えると、このようなドラスティックな改革は政治的に困難、ほとんど不可能と判断しています。

3.療養病床の再編・削減についての私の価値判断

最後に、第3の柱である療養病床の再編・削減についての私の価値判断を述べます。

私は、高齢者医療だけでなく、精神医療を含めて、「社会的入院の是正」そのものには大賛成です。患者の医療必要度(看護必要度を含む)と介護必要度の科学的根拠に基づく入院基本料の導入にも賛成です。それに基づいて、医療療養病床を医療・介護必要度の高い患者に限ることにも賛成です。

実は私は21年前(1985年)から、次のように、一部の病院の長期療養施設への転換を主張していました。「欧米諸国に比べて著しく多い病院・有床診療所病床数と極端に不足している特別養護老人ホーム数とのアンバランスの下では、病院の一定部分が『重介護を要する老人の高齢施設』に転換することが必要と考えている。そのためには、特別養護老人ホームに比べて著しく劣る生活の場としての機能と維持的リハビリテーション機能を病院に付加することが不可欠であり、施設整備・要員確保のための公費助成が必要である」[11]。

しかし、私は、今回の療養病床の再編・削減方針(2006年診療報酬改定による療養病床入院基本料の大幅削減を含む)は、「手続き民主主義」に反するだけでなく、厚生労働省自身が2003年4月に発表した「医療提供体制の改革のビジョン」で、医療提供体制の改革は「国の押しつけではなく、医療機関の自主性を最大限に尊重する」という考えを基本としていたことを否定するものであり、とうてい賛成できません。

しかも今回の改革方針を強行しても、今まで述べた理由から、医療・介護費の(大幅)抑制は見込めないだけでなく、医療者・医療機関の厚生労働省に対する信頼を喪失させます。その結果、これまで厳しい医療費抑制政策の下でも日本医療のパフォーマンスの良さを支えてきた医師・医療従事者と医療機関(特に民間中小病院)経営者の活力とモラール(志気)が急速に低下し、現在はまだ小児救急医療や産科医療などに限局している医療危機・医療荒廃が、慢性期医療を含めた医療全体に拡大する危険があると私は恐れています[12]。

このような患者と医療従事者双方にとっての悲劇を防ぐためには、社会保障審議会介護保険部会と医療部会で療養病床の再編・削減方針について再検討すること、および中医協の診療報酬調査専門組織でのデータ解析が不可欠と考えます。

ただし、現在の政治的な力関係および医療制度改革の大きな流れを考えると、介護療養病床廃止の見直しは困難なので、当面、「介護難民」「医療難民」の発生を予防するために、最低限、次の3つの制度的対応が必要と考えます。

第1は、医療療養病床入院基本料の医療区分を実態に即して見直し、医療区分1のうち医療・介護必要度の高い患者を医療区分2に変更することです。

第2は、慢性期の重症患者を受け入れる老人保健施設(特に転換型老人保健施設)の「内付け」の医療サービスを拡充することです。

第3は、特別養護老人ホームと「居住系サービス」に対する「外付け」の医療サービスを拡充することです。

おわりに-医療の荒廃を防ぐためには公的医療費の総枠拡大が不可欠

以上、介護療養病床の再編・削減について、私の事実認識、「客観的」将来予測、価値判断を述べてきました。

実は、小泉政権が5年間継続した厳しい医療費抑制政策の結果、日本は医療費水準(対GDP比)は主要先進国(G7)中最下位だが、患者負担割合(対医療費)は最高という、きわめて歪んだ医療保障制度を有する国になってしまいました。

このような歪みを是正し、国民皆保険制度を維持しつつ、急性期・慢性期両方の医療の質を引き上げる(最低限医療の荒廃を食い止める)ためには、「世界一」厳しい医療費抑制政策を見直すことが不可欠だと私は考えています。その財源としては、所得税の累進制の強化、たばこ税の引き上げ、消費税の引き上げ、および社会保険料の引き上げを適切に組み合わせる必要があります[13]。

ただし、この点についての国民的合意を得るためには、医療団体・医療関係者の自己改革も不可欠であるとも考えてます。自己改革の具体的内容については、拙著『医療改革と病院』[14]に詳しく書きましたので、お読み下さい。

[本稿は、9月8日に京都市で開催された第14回日本療養病床協会全国研究会京都大会のシンポジウムでの同名の報告に加筆したものです]

文献

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3.2006年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その6)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

「選択の制限は社会的厚生を増すことができるか?-高齢者と医療保険」(Hanoch Y, Rice T: Can limiting choice increase social welfare? The Milbank Quarterly 84(1):37-73,2006)[政策研究]

サイモンの「限定合理性」概念を支持する知見は膨大にあるが、医療政策の議論ではほとんど無視されている。このことは、高齢者が認知機能の低下を特徴とすることを考えると重大である。メディケア改革による処方薬給付プログラム導入により、患者負担の選択肢がさらに増えるため、高齢者は意志決定における認知能力をさらに求められることになる。このプログラムでは、処方薬の患者負担には40以上の選択肢があり、高齢者はそれから1つを選ばなければならないからである。他面、最近多くの研究により、情報と選択肢がありすぎることが危険であることが明らかにされつつある。本研究では、意志決定科学、経済学および心理学の研究成果を統合することにより、医療保険での選択拡大政策により高齢者が直面している潜在的危険に注意を喚起するとともに、その危険を緩和し、高齢者の選択肢を減らすための政策を提案する。

二木コメント-「限定合理性」(bounded rationality)とは、複雑系科学の創設者の1人で経営学者でもあったサイモンが提唱した概念で、人間の情報収集・計算能力には限界があるため、新古典派経済学の前提とする完全情報に基づく完全合理性と効用の極大化はありえず、人間は現実には「合理性の限界」の枠内での選択を行っているとするものです(塩沢由典『複雑系経済学入門』生産性出版,1997,207頁. 井庭崇・他『複雑系入門』NTT出版,1998,153頁)。本論文の著者の1人のライス氏(UCLA公衆衛生学大学院教授)はアメリカの制度派医療経済学者の旗手で、本研究は、ブッシュ政権が進めている、新古典派経済学理論を背景とした「個々の患者の選択権と責任を強化する医療政策」に対する根源的批判と言えます。

「症例数と治療結果の関係を推計する時のバイアスを克服する」(Tsai AC, et al: Overcoming bias in estimating the volume-outcome relationship. Health Services Research 41(1):252-264,2006)[量的研究]

うっ血性心不全で入院した患者の30日以内死亡率(治療結果。outocome)に病院の同疾患の症例数が与える影響を、患者を分析単位とする伝統的な線形確率回帰モデルと操作変数推計モデルにより検討した。調査対象はオハイオ州北東部に居住する65歳以上のメディケア加入者で1991~1997年にうっ血性心不全のため入院した21,555人である。患者データは「管理データ(administrative)」と臨床データに二分し、前者には年令、性、人種、心房細動、末梢血管障害、慢性閉塞性肺疾患、透析、癌転移の6項目を、後者には脈拍、収縮期血圧、体温、意識レベル等の12項目を含んだ。

管理データのみをリスク調整に用いた回帰分析では、症例数は治療結果に弱いが有意の影響を与えていた(p=0.029)。しかし、臨床データを加えてリスク調整を行った回帰分析では、このような影響は消失した(p=0.39)。

この結果は、管理データのみを用いて症例数と治療結果の関係を検討すると、誤った結果が導き出されるかもしれないことを示している。この結果に基づいて著者は、うっ血性心疾患患者を症例数の多い病院に集約しても死亡率の低下は生じないかもしれないと示唆している。

二木コメント-この論文は、リスク調整の難しさ、およびリスク調整をきちんと行わなずに症例数・治療結果関係を推計すると結果に「バイアス」が生じることを示しており、貴重です。なお、操作変数推計モデルについての記述は、恥ずかしながら良く理解できなかったので、省略しました。また、この論文の「管理データ」には日本的感覚では臨床データと言えるものも含んでいます。

「医療の質[向上]への支払いの実証的根拠とは何か?」(Rosenthal M, et al: Medical Care Research and Review 63(2):135-157,2006)[文献学的研究]

医療部門におけるベンチマーキングや医療の質についての公的レポート発行の努力にもかかわらず、アメリカでは医療行為は徐々にしか変化していない。そこで多くの公私保険者は、医療の質改善を促進するために、医師と病院に臨床的指標に基く財政的インセンティブを与え始めている(あらかじめ定められた基準を満たした場合にボーナスを支払う)。本研究では、それについての実証研究の文献学的検討を行うとともに、その結果を他部門における介入結果と比較した。

5種類の電子データベースを用いてレフリー付きの雑誌に掲載された実証研究論文を探索したところ、医療の質に基づいたインセンティブ支払い(ボーナス支給)の効果の直接的根拠を検討していた論文は7つあったが、介入前後のデータを比較しているのは6論文であり、そのうち4論文がランダム化比較対照試験に基づく研究であった。これら6論文を詳細に検討した結果、質への支払いの効果を支持する根拠はほとんど認められなかった。この理由としては、ボーナスが少額過ぎたこと、あるいは保険者が医療提供者のうちごく一部しか対象にしていなかったことが考えられる。医療以外の部門でも、成果支払い(pay-for-performance)の効果についての結果は一定していなかった。

二木コメント-著者のRosenthal(ハーバード大学公衆衛生学大学院)はカリフォルニア州における成果支払いの「自然実験」を詳細に検討した別の論文「成果支払いの初期の経験」(JAMA 294(14)1788-1793,2005)でも、「臨床医に一般的・固定的パフォーマンス指標に到達するようボーナス支払いを行っても、費用に見合う効果はほとんど得られないかもしれない」と結論づけています。

「特集 医療の質の改善:成果支払いの根拠が現れつつある」(Improving quality of care: Emerging evidence on pay-for-performance. Medical Care Research and Review 63(1 Supplement),2006)

二木コメント-高水準の文献レビューを掲載するMedical Care Research and Reviewが医療分野における「成果支払い」(略称はP4P)についての臨時増刊号を発行しました。これには、2つの序文と5つの論文(そのうち3つは事例報告)とそれらに対する3つのコメントを掲載されています。事例報告は、ある統合供給ネットワーク(IDN)、全米最大の病院チェーンであるカトリック医療システム、1病院の事例報告です。3報告とも成果支払いの効果があったとしていますが、ランダム化試験ではないためか、この結果は少し割り引く必要があると思います。

「質改善の実施と患者安全指標面での病院のパフォーマンス[との関係]」(Weiner BJ, et al: Medical Care Research and Review 63(1):29-57,2006)[量的研究]

全国のメディケア入院患者データ等を用いて、病院における質改善(QI)実施と病院の患者安全指標との関係を検討した。対象は全米のコミュニティ病院1784で、2段階操作変数モデルに基づく重回帰分析により、4つのQI指標等と4つの患者安全指標との関係を検討した。本研究は、病院での医療の質改善マネジメントの効果を体系的に検討した最初の研究である。

驚くべきことに、事前の仮説とは逆に、QI活動に参加している病院内部門(unit)が多いほど4つの患者安全指標は低く、QIチームに参加している病院スタッフやシニアマネージャーの割合はどの患者安全指標とも統計的に有意な関係はなかった。しかし、QIチームへの医師の参加割合が高いほど2つの患者安全指標は良好であった。

二木コメント-このような「ネガティブ・データ」を隠さずにキチンと発表するのは、アメリカの医療サービス研究の底力と思います。

脳卒中患者の早期自宅退院支援:医療技術評価 (Larsen T, et al: Early home-supported discharge of stroke patients: A health technology assessment. International Journal of Technology Assessment in Health Care 22(3):313-320,2006.)[文献学的研究(メタアナリシス)]

本研究の目的は、多職種が参加して脳卒中患者を脳卒中病棟から早期に自宅に退院させ、退院後も一定期間在宅ケア(訪問理学療法・作業療法)を提供する「早期自宅退院支援」(EHSD)の効果を包括的かつ体系的に評価することである。そのために、PuMed等を用いて2000~2005年に発表されたEHSDについてのランダム化比較試験に基づく実証研究を探索して、厳格な基準に合致する7文献を選択し、それらの知見を統合するメタアナリシスを行った。患者総数は1108人、追跡期間は退院後3~12月であった。対照群はEHSDのない脳卒中病棟からの退院患者である。

施設への転院率はEHSD群で対照群より統計的に有意に低かった。死亡率に有意差はなかった。平均在院日数は有意に減少していたが、再入院率に変化はなかった。フォローアップ時のすべての臨床指標(バーテル指数等)はEHSD群の方が良かったが、有意ではなく、しかも7文献間のバラツキが大きかった。EHSD群の自宅退院後1年間の在宅ケアの平均総費用を一定の基準で試算したところ1人当たり1340米ドルであり、これは脳卒中病棟の在院日数短縮と施設転院の減少により生じた入院・施設費用の節減額1480米ドルを下回っていた。

二木コメント-本論文の費用計算は実測値ではなくモデル計算であり、しかも対照群は在宅ケアをまったく受けないとの(暗黙の)仮定は恣意的です。そのために、家族介護費用を除いた「公式費用」に限定しても、EHSDによる費用節減効果には疑問が残ります。

「退役軍人庁ナーシングホームで死亡した人々の費用決定因子」(Yu W, et al: Determinants of cost among people who died in VA nursing homes. Medical Care Research and Review 63(4):477-498,2006.)[量的研究]

2000年度に全米の111の退役軍人庁ナーシングホームを死亡退院した4897人の高齢患者(65歳以上)を対象にして、死亡退院に至った入院の費用の決定因子を調査した。費用とそれの二大要素である在院日数とケア密度と、主疾患、年令、人種、姓、費用支払い者との関係を、対数連結関数と従属変数のガンマ分布による一般線形モデルを用いて検討した。その結果、費用に主に影響する因子は、年令ではなく疾病であることが明らかになった。6つの主要疾患で標準化すると、年令と費用との関係は消失した。配偶者の有無と人種も費用の有意な予測因子だったが、疾病ほど強くはなかった。この結果に基づいて著者は、ナーシングホームの将来需要を予測するモデルの精度を高めるためには、年令だけでなく、疾病の種類と治療経過を組み込むべきだと主張している。

二木コメント-本研究の意義は、急性期病院だけでなくナーシングホームでも、死亡患者の費用の決定因子としては、年令より疾病の方が重要であることを定量的に明らかにしたことです。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その22)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<話し方・語り方>

<その他>

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