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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻29号)』(転載)

二木立

発行日2007年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)


目次


本「ニューズレター」28号(前号)の訂正とお詫び:

拙論1(医療制度改革関連法による医療制度改革の見通し)の文献4)二木立「生活習慣病対策への2つの危惧」の掲載誌は『月刊/保険診療』2006年12月号(印刷中)ではなく、2007年2月号(印刷中)です。私の怠慢で執筆が遅れ、『月刊/保険診療』編集部と読者にご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

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1.拙論:医療満足度の国際比較調査の落とし穴

(『社会保険旬報』No.2302(2007年1月1日号):44-51頁)

はじめに-日本医療の評価の分裂

日本医療の国際的評価は分裂・矛盾している。平均寿命や健康寿命等の客観的的指標は世界最高水準であり、WHO『ワールド・ヘルス・レポート2000』では、「システム達成度」指標で日本が世界一にランクされた。他面、医療満足度等の主観的指標でみると、日本は低位にあると言われている。

この点に着目して、これが日本の「医療システムに潜む課題を提起している」との意見(濃沼信夫氏)や、「日本とデンマークは1人当たり医療費がほとんど同じであるにもかかわらず満足度に2倍の差がある」との主張(大熊由紀子氏、勝村久司氏)も聞かれる。しかし、後述するように、これらは医療満足度の国際比較調査の誤用・誤解である。

このような誤用・誤解が生まれた理由の1つとして、従来の医療満足度調査が欧米の研究者によってのみ行われたためもあり、日本を含んだ医療満足度の国際比較調査の「総説(体系的文献レビュー)」がなかったことがあげられる。しかし、最近では、江口成美氏等や塚原康博氏等により、日本を含んだ高水準の医療(患者)満足度調査も行われるようになっており[1,2]、「総説」をまとめる機は熟したと言える。小論をそれへの第一次接近としたい。

小論では、まず英語または日本語で書かれた医療満足度の国際比較調査13論文(日米比較の1論文を含む)の全体像を説明した上で、医療満足度の指標には医療制度満足度と受けた医療の満足度の2つがあることを示し、日本は両者とも下位にあることを明らかにする。次に、医療満足度と1人当たり医療費、生活満足度との間には強い相関があることを示す。さらに、上記3氏の主張のどこが誤っているのかを具体的に指摘する。最後に、主要先進国(G7)中、最低の医療費水準を引き上げない限り、日本の医療満足度を高めることはできないと主張する。

医療満足度の国際比較調査の全体像

医療満足度の国際比較調査は、江口成美氏の作成した文献リストと後述するブレンドン・グループ(ハーバード大学公衆衛生学大学院。以下、ブレンドン等)の最新論文(2006年発表。以下、「発表」は略す)の文献リスト、およびパブメド(PubMed。世界最大の医学英語文献データベース)等を用いて、検索・収集した。その結果、3カ国以上を調査対象とした医療満足度(患者満足度を含む。以下、同じ)の国際比較調査で、英語または日本語で書かれたものを、表1に示したように、英語論文10本、日本語論文2本(いずれも調査報告書)の合計12本を確認できた[1-12]。

医療満足度の最初の国際比較調査はブレンドン等が1989年に発表したアメリカ・イギリス・カナダの3カ国調査であり、それ以来まだ18年しか経っていない。当然のことながら、12論文の調査対象はすべて先進国(高所得国)である。12論文はいずれも、1国当たりの標本数が500~1000人を超える大規模調査であるが、調査対象は一般市民、高齢者、患者等一定しない(この点については後述する)。

これら論文の著者でもっとも特徴的なことは、実に7論文がブレンドン等なことである。彼らは、ほぼ同一の設問により、主として英語圏5カ国(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)の医療満足度調査を継続している。これら以外に、クラタ等が日米の患者満足度調査を行っていた[13]。

以下、これを含めた13論文を分析対象とする。

これら13論文のうち、10カ国以上を調査対象としているのは4論文だけであり、しかもそのうち2論文はEU(ヨーロッパ連合)加盟国のみを対象とする「地域調査」である[11,12]。現時点で最大規模の国際比較調査は、ブレンドン等(2001年)による欧米17カ国を対象としたものであるが、これはEUの公式世論調査(Eurobarometer。対象は15カ国)と同じ設問の世論調査をアメリカとカナダでも行い、両者を統合したものである[7]。

日本を含めた大規模調査は、17年前(1990年)にブレンドン等が行った10カ国調査だけである[4]。日本を調査対象にした国際比較調査は、これとローランドによる5カ国調査(1992年)、江口等による4カ国調査(2004年)、塚原等による5カ国調査(2006年)の合計4本にすぎない[1,2,10]。ただし、江口等、塚原等の調査は、後述するように、国際的にみて注目すべき知見を含んでいる。

2種類の医療満足度および狭い定義と広い定義

医療満足度の国際比較調査で用いられている指標は、自国の医療制度に対する満足度(以下、医療制度満足度)と受けている医療に対する満足度の2つに大別される。意外なことに、両者を同時に調査しているのは江口等だけである[1]。逆に、ブレンドン等は医療制度満足度のみを調査している。英語論文11本全体で見ても、受けている医療の満足度を調査しているのは、ローランド(1992年)とクラタ等(1994年)の2つだけである[10,13]。それに対して、日本の2論文はともにそれを調査している。

ここで見落としてならないことは、医療制度満足度、受けている医療の満足度とも、狭い定義(「非常に満足」。3段階の設問の最上位)と広い定義(「非常に満足」と「かなり満足」の合計。4段階の設問の上位2つ)があることである。例えば、ブレンドン等が主として用いている医療制度満足度は狭い定義であり、具体的には「全体として医療制度は非常に上手く(pretty well)機能しており、それを改善するために必要なのは少しの改革だけ(only minor changes are necessary)」という選択肢を「医療制度に満足している」と見なしている[3-5,8]。それに対して、モサイアロスとコール等が用いているEUの世論調査での医療制度満足度は、「自国で医療が提供されている方法に非常に満足かかなり満足(very or farily satisfied)」であり、ブレンドン等よりもかなり広い[11,12]。

実は、ブレンドン等も2001年以降は、調査により、この広い定義と従来型の狭い定義を使い分けているが、論文ではそのことを明示しておらず、読者に混乱を与える[6,9]。

ブレンドン等が医療制度満足度の狭い定義(「非常に満足」)と広い定義(「非常に満足」プラス「かなり満足」)を併用したただ1つの論文(2003年。対象は患者)によると、広い定義による医療制度満足度は狭い定義の医療制度満足度の3~4倍であり、両者の差は40%ポイント前後に達する[9]。アメリカを例にとると、広い定義は54%で、狭い定義の18%の3.0倍であり、両者の差は36%ポイントもある。

日本の医療満足度は国際的に低位

先述したように、日本を含んだ医療満足度の国際比較調査は4論文にすぎない。表2に、これらにクラタ等の日米比較調査を加えた5論文の結果を示す[1,2,4,10,13]。表2または5論文から、日本の医療満足度について、以下の3つのことが分かる。

第1は、5つの調査の医療満足度の指標には医療制度満足度と受けている医療の満足度の両方が含まれ、しかもそれぞれ狭い定義と広い定義の調査が混在しているが、それでもすべての調査で日本の医療満足度が低いことである。たとえば、もっとも大規模な調査であるブレンドン等による医療制度満足度調査(1990年)では日本の満足度は29%で、10カ国中7位である(この調査の最下位はアメリカで10%)[4]。

第2は、医療制度満足度と受けている医療の満足度には大きな差があることである。

両者を同時に調査した江口等によれば、日本では受けている医療の満足度(広義)は65.8%とかなり高いのに対して、医療制度満足度(広義)はその半分にも達しない27.1%である。

なお、このような乖離は、アメリカでも確認されている。ブレンドン等の最新論文「医療の費用、アクセス、質についてのアメリカの世論」によれば、アメリカ国民の医療制度満足度(狭義)は2006年で13%と極めて低いのに対して、受けている医療の満足度は45~25%(狭義)、84~78%(広義)とはるかに高い[14]。

第3は、日本は、医療制度満足度、受けている医療の満足度とも、他国と比べて狭い満足度(「非常に満足」)が極めて低いことである。表では省略したが、江口等によると、日本では、「非常に満足」は、医療制度満足度では1.3%、受けている医療の満足度でも3.3%にすぎず、絶対的にも、相対的にも(他国と比べても)、極端に低い。クラタ等の日米比較でも、アメリカ人の患者の44.5%が受けている医療に「非常に満足」と回答しているのに対して、日本人の患者ではそれはわずか11.4%にすぎない。この結果は、後述する生活満足度の調査でも同じである。

英語圏5カ国の医療制度満足度

ブレンドン等は1989年から2003年の14年間に、英語圏5カ国を対象にして医療制度満足度(狭義)調査を5回も行っている[3,5,6,8,9](表3)。その結果をまとめた表3から、以下の2点が分かる。

第1は、各国の一般市民の医療満足度は必ずしも一定しておらず、かなり変化することである(表3の上半分)。特に注目すべきことは、カナダの医療制度満足度が1989年の56%から、10年後の1999年には20%へと激減し、2001年にも21%にとどまり、アメリカ(18%)と同水準に低迷していることである。ブレンドン等は、この原因を、カナダで「1990年代に実施された医療費の対GDP比率の削減の結果」、カナダ国民の間で「財源不足、制度運営、専門医療受診に対する懸念が支配的になった」ためと解釈している[5]。

第2は、一般市民と患者の医療制度満足度はほとんど同水準であるのに対して、高齢者の医療制度満足度は5カ国とも両者よりかなり高いことである。なお、このことは、日本でも江口等の調査により確認されている[1]。具体的には、受けている医療に対する満足度(広義)は、40歳代がもっとも低く59.9%であるのに対して、60歳代は69.7%、70歳代は81.7%である(残念ながら、年齢階層別の医療制度満足度は報告書には掲載されていない)。

医療制度満足度と1人当たり医療費は相関するが例外もある

次に、医療制度満足度と医療費水準との関係を検討する。12の国際比較調査のうち、1人当たり医療費(医療費水準)データが示されているのは表4に示した4調査だけであるが、いずれも調査対象が10カ国以上の大規模調査である[4,7,11,12]。

医療制度満足度と1人当たり医療費との間に関連があることを最初に示したのは、ブレンドン等(1990年)で、次のように控えめに述べていた[4]。「アメリカとスウェーデンを分析から除けば、今回の調査結果は、調査対象国の間では、国民の医療満足度は1人当たり医療費と関連していることを示唆している」。この論文では両者の相関係数は計算されていないので、筆者が計算したところ、アメリカを含めた10カ国では-0.120で相関がなかったが、アメリカを除いた9カ国では0.766と高い相関が見られた(アメリカとスウェーデンを除いた8カ国では相関係数は0.848とさらに高くなる)。

ブレンドン等はこの理由を以下のように考えていた。「医療費が増えるほど、高度医療技術が利用しやすくなり、医師を選びやすくなり、非緊急手術や専門手技を受けるための待ち時間や通院時間が短縮し、医療施設も近代化されるようになる」。

ブレンドン等の1990年調査で見落としてならないことは、日本の医療制度満足度の低さは「外れ値」ではなく、医療費水準の低さに対応していることである。

アメリカを除く先進国では、医療制度満足度と1人当たり医療費との間にかなり高い相関があることは、その後、表4に示した3つの調査(すべて広義の医療制度満足度)でも確認されている[7,11,12]。アメリカを除いた16カ国(ヨーロッパ15カ国プラスカナダ)では相関係数は0.531、ヨーロッパ15カ国では相関係数はさらに高く0.569~0.68である。

なお、ヨーロッパ15カ国の枠内でも、アメリカほどではないが、「外れ値」の国があり、それらはデンマークとイタリアである。モサイアロス(1997年)によると、デンマークの1人当たり医療費はヨーロッパ平均だが、医療制度満足度(広義)はなんと90.0%にも達していた[11]。逆にイタリアの1人当たり医療費はヨーロッパ平均を相当上回るが、医療制度満足度はわずか16.3%にすぎなかった。ちなみに、デンマークとイタリアを除いた13カ国では、医療制度満足度と1人当たり医療費との相関係数は0.783にまで跳ね上がる。デンマークとイタリアが逆方向の例外であることは、その後ブレンドン等(2001年)、コール等(2004年)によっても、再確認されている[7,11]。

なお、コール等は、ヨーロッパ15カ国における医療制度満足度と医療費水準との関係で注目すべきことを指摘している。それは、医療制度満足度と1人当たり医療費(絶対医療費)との間には高い相関がある(相関係数=0.68)が、医療制度満足度と医療費のGDPに対する割合(相対医療費)との間にはまったく相関がないことである(相関係数=0.08)。

医療満足度と生活満足度は強い相関

ここで視点を変えて、各国の医療満足度と生活満足度との関係を検討したい。結論的に言えば、両者の間に非常に強い相関があることが疑問の余地なく示されている(表5)。

このことを最初に指摘したのは、日本を含む5カ国で高齢者の受けている医療の満足度(狭義)を調査したローランド(1992年)である[10]。それによると、5カ国の医療満足度と生活満足度(狭義。カッコ内)は次のように、極めて類似していた。アメリカ45%(61%)、カナダ55%(58%)、西ドイツ29%(40%)、イギリス49%(49%)、日本19%(28%)。相関係数はなんと0.904である。なお、対象が数カ国の時に相関係数を計算するのは、統計学的には不適切であるが、全体的な傾向を見るために、あくまで参考値として計算した。

この点は、日本で最近行われた2つの国際比較調査でも確認されている。特に、塚原等は、この点を踏まえて、「患者満足度を国際比較する際に、生活全般の満足度を用いて、国民的な性格傾向や社会的な満足水準の違いを補正して」おり、注目に値する[2]。具体的には、「個々の回答を『生活全般』に対する満足度で除すことによって補正し、その平均値を比較」した結果、「補正後の平均値を単純に比較すると、[医療]満足度が高い順に、ドイツ、イギリス、日本、アメリカ、フランス」であり、補正前は最下位だった日本が中位となった([ ]は筆者補足。以下同じ)。

なお、ブレンドン等(2001年)の17カ国調査では生活満足度は調査されていないが、電通『世界60カ国価値観データブック』[15]に記載されている17カ国の「生活満足度(10段階の7~10の回答者の割合)」を代用して計算すると、相関係数は0.737とやはり非常に高い(アメリカを除くと0.793)。

ちなみに、電通調査では、日本の生活満足度は51%であり、17カ国のどの国よりも低い。17カ国の最高はオランダの89.0%、最低はスペインの63.2%である。しかも日本は、「満足」(10段階の10)がわずか4.6%で極端に少ない。これは、先述した江口等、クラタ等の調査結果とも類似している。この結果は、日本人は他の高所得国の国民と比べて、断定的な設問は選択しない傾向が強いことを示唆している。

以上の結果は、医療満足度と生活満足度との間には強い相関があり、国際的にみて低い日本の医療満足度は、生活満足度の低さ(または低く回答する国民性)を反映していることを示唆している。統計学的に言えば、相関係数は因果関係を示さないが、日本の医療満足度の低さが生活満足度の低さをもたらしているとは考えにくい。

濃沼氏は医療満足度と健康自己評価を混同

最後に、「はじめに」で触れた、濃沼信夫氏(東北大学)、大熊由紀子氏(国際医療福祉大学)・勝村久司氏(中医協委員)の主張を批判的に検討したい。3氏は医療界・一般市民に大きな影響力を持っているため、誤った主張は率直に指摘する必要があると考えたからである。

まず濃沼氏は、1994年12月の第3回日本医療経営学会シンポジウム「患者の視点に立った医療と経営」で、WHO『ワールド・ヘルス・レポート2000』で日本の「システム達成度」が世界一にランクされたことに対する反証として、OECDによる医療満足度調査で日本は最下位、アメリカがトップと主張した。さらに、2005年6月の医療経済フォーラム・ジャパンでの講演「医療提供体制のゆくえ」で、OECDのデータを用いて、「それぞれの国民に通信簿のように1から5まで5段階の評価をしてもらって4以上の評価をした」ところ、「日本は最下位から2番目の17位である」とし、日本医療に対する「国民の評価は低い」と主張した[16]。ところが、濃沼氏の用いたOECDデータは医療満足度のデータではなく、国民の健康自己評価(perceived health status)のデータであった(この点は濃沼氏に直接確認した)。

その後濃沼氏は、2006年に発表した「国際比較にみる日本の医療システム」では、記述を訂正し、日本人の「健康自己評価は下位」(19カ国中18位)と正しく記載した。それにもかかわらず、同氏は「健康寿命の長さと、健康自己評価の極端な低さとの大きなギャップは、意識や文化の違いだけで説明できず、医療システムに潜む課題を提起している」と主張している。私もこのギャップの原因を明らかにすることは、学問的にも、政策的にも重要だと考えている。しかし、濃沼氏のように、健康自己評価の低さを、国民の医療(制度)評価の低さの現れと解釈するのは論理の飛躍またはすり替えである。

大熊由紀子氏の「医療費と医療満足度」の相関図は二重の誤り

次に、大熊由紀子氏は、1997年に、図(略)に示した「医療費と医療満足度」との相関図を作成した[18]。大熊氏は、「時期も研究者も違った調査を一緒にするのは乱暴ですが、おおよその傾向を見るため」に、モサイアロス(1997年)の作成したヨーロッパ15カ国の「医療満足度と1人当たり医療費」の相関図に、ブレンドン等(1990年)の10カ国調査中のアメリカと日本のデータを「加えてみ」たとのことある。

この図について、大熊氏は、「1人当たりの医療費が高い国ほど満足度が高い傾向が読みとれます」と正しく解釈しつつ、「おおよその傾向を見る」という当初の目的を超えて、「デンマークと日本は医療費水準が同じなのに、[医療]満足度に大きな差がある」、「同じ医療費で、満足度が違うという事態が起きる」ことに注目し、「デンマーク医療の10の秘密」を論じている。大熊氏は、2006年にもまったく同じ主張をくり返しているが、次に述べる勝村氏と異なり、日本の「医療費は少なすぎる」ことは正面から認めている[19]。

それに対して勝村久司氏は、2006年11月5日に開かれた地域医療研究会のシンポジウム「日本の医療が危ない」で、この図を根拠にして、大熊氏と同じく「日本とデンマークは1人当たり医療費がほとんど同じであるにもかかわらず、[医療]満足度に2倍ほどの差がある」と指摘した上で、医療費総額を増やすべきとの医療関係者の主張に疑問を呈し、その前に「単価をどうしていくか、という議論をすべき…。単価を変えていくことをすれば、総額は同じでも患者の満足度はデンマークのように変わる」と主張した。

これは、新種の医療費引き上げ反対論とも言える。しかし、その根拠となっている大熊氏の「医療費と医療満足度」の相関図は、二重に誤っている。第1の誤りは、広義の医療制度満足度(「非常に満足」プラス「かなり満足」)を用いたモサイアロスの図に、狭義の医療制度満足度(「非常に満足」)を用いたブレンドン等の日米データを単純に加えていることである。先述したように、広義の医療制度満足度と狭義の医療制度満足度との間には3~4倍、約40%ポイントの差があるため、これでは、日本とアメリカの満足度が極端に小さく表示されてしまう。この点を補正すると、少なくとも日本の医療満足度は1人当たり医療費に対応したレベルになると思われる。ただし、「時期も研究者も、[設問も]違った調査を一緒にするのは乱暴」であり、しかも先述した勝村氏のような日本医療についての誤解を産むため、すべきではない。

第2に、「デンマークと日本は医療費水準が同じ」というのは、単純な事実誤認である。『OECDヘルス・データ』によれば、モサイアロスの調査で用いられた1993年にも、直近の2003年時点でも、デンマークの1人当たり医療費は日本より2~3割高い。例えば、1993年のデンマークの1人当たり医療費(購買力平価によるドル表示)は1746ドルで、日本の1368ドルの1.28倍である。

しかも、先に述べたように、デンマークはヨーロッパ諸国の枠内でも、「医療費と医療満足度」に関する例外的な国であり、この点を無視して、「日本もデンマークのように進めばいい」(勝村氏)というのは、単純すぎる、あるいはファンタジーである。

ここで見落としてならないことは、デンマークの医療満足度(主観的評価)は非常に高いが、その反面、医療の客観的指標(平均寿命、高齢者の平均余命等)はヨーロッパで最低水準であり、WHO『ワールド・ヘルス・レポート2000』でも、「システム達成度」はヨーロッパ15カ国中最下位にランクされていることである(アメリカよりわずかに高いだけ)。ブレンドン等が指摘しているように、各国の医療制度の評価を行う場合には、「市民の見解[医療満足度]と専門家の見解[客観的指標]の両方を考慮すべき」である[7]。

おわりに-医療満足度の向上には医療費増加が不可欠

以上、医療満足度の国際比較調査を多面的に検討してきた。その結果、日本の医療満足度が、医療制度満足度、受けている医療の満足度の両方で、国際的に下位にあることを確認できた。と同時に、各国の医療満足度は各国の医療費水準(1人当たり医療費)と生活満足度の影響を受けることも明らかになった。

これらの知見を総合すると、日本の医療満足度の低さの原因は、日本の医療費水準が低いこと、および日本人の生活満足度が低い(あるいは低く回答する)ことで、相当部分が説明できると言える。そのために、日本の医療満足度が低いことは、少なくとも国際比較の視点からは、医療費水準が低いこと以外の日本の医療制度の問題点の現れとは言いがたい。

もちろん、筆者も、現在の医療制度にはさまざまな問題があることをよく理解しており、それを改善するための医療者の自己改革についても問題提起している。しかし、現在の厳しい医療費抑制政策を見直して、主要先進国(G7)の中で最低の医療費水準を大幅に引き上げない限り、日本の医療満足度を高めることは不可能だと考える。

引用文献

表1 医療満足度の国際比較調査一覧

調査者(発表年) 調査対象国 調査対象 標本概数 医療満足度の指標
Blendon等(1989) 英語圏3カ国 一般市民 1000 医療制度(狭)
Blendon等(1990) 日本を含む10カ国 一般市民 900 医療制度(狭)
Blendon等(1999) 英語圏5カ国 一般市民 1000 医療制度(狭)
Blendon等(2000) 英語圏5カ国 高齢者 700 医療制度(広)
Blendon等(2001) 欧米17カ国 一般市民 1000 医療制度(広)
Blendon等(2002) 英語圏5カ国 一般市民 1400 医療制度(狭)
Blendon等(2003) 英語圏5カ国 患者 2000 医療制度(広狭)
Rowland(1992) 日本を含む5カ国 高齢者 900 受けている医療(狭)
Mossialos(1997) EU15カ国 一般市民 1000 医療制度(広狭)
Kohl等(2004) EU15カ国 一般市民 1000 医療制度(広)
江口等(2004) 日本を含む4カ国 一般市民 1000 受けている医療(広狭)と医療制度(広狭)
塚原等(2006) 日本を含む5カ国 患者 500 受けている医療(広)
(参)Kurata等(1994) 日米2カ国 患者 800 受けている医療(広)

表2 日本の医療満足度の国際的位置

調査者(発表年) 医療満足度の指標 調査対象国数 医療満足度(%) 日本の順位
平均 日本
Blendon等(1990) 医療制度(狭) 10 28.8 29 7位
Rowland(1992) 受けている医療(狭) 5 39.4 19 5位
江口等(2004) 受けている医療(広) 4 77.8 65.8 3位
医療制度(広) 4 48.7 27.1 4位
塚原等(2006) 受けている医療(広) 5 65.6 50.0 5位
(参)Kurata等(1994) 受けている医療(広) 2(日米) 米88.9 72.4 -

表3 英語圏5カ国の一般市民・高齢者・患者の医療制度満足度

著者(発表年) 調査対象 医療制度に「非常に満足」の割合(%)
アメリカ イギリス カナダ オーストラリア ニュージーランド
Blendon等(1989) 一般市民 10 27 56 34 -
Blendon等(1999) 一般市民 17 25 20 19 9
Blendon等(2001) 一般市民 18 21 21 25 18
Blendon等(2000) 高齢者 25 38 39 34 22
Blendon等(2003) 患者 18 25 21 15 21

表4 医療制度満足度と1人当たり医療費との相関係数

調査者(発表年) 医療制度満足度 調査対象国 相関係数
Blendon等(1990) 日本を含む10カ国 -0.120 (0.766)
Blendon等(2001) 欧米17カ国 0.202 (0.531)
Mossialos(1997) EU15カ国 0.569 (0.783)
Kohl等(2004) EU15カ国 0. 68

表5 国別の医療満足度と生活満足度の相関係数

調査者(発表年) 医療満足度の指標 調査対象国 調査対象 相関係数
Rowland(1992) 受けている医療(狭) 日本を含む5カ国 高齢者 0.904
江口等(2004) 受けている医療(広) 日本を含む4カ国 一般市民 0.897
医療制度(広) 同上 同上 0.805
塚原等(2006) 受けている医療(広) 日本を含む5カ国 患者 0.804
(参)Blendon等(2001) 医療制度(広) 日本を除く17カ国 一般市民 0.737 (0.793)
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2.拙論:拙新著『医療経済・政策学の視点と研究方法』を語る

(「二木教授の医療時評(その36)」『文化連情報』2007年1月号(346号):24-25頁)

新年早々宣伝で恐縮ですが、私は昨年11月に『医療経済・政策学の視点と研究方法』(勁草書房,2400円)を出版しました。本書は、私が過去35年間の勉強と研究を通して身につけた、医療経済・政策学、広くは社会科学研究の視点と方法、技法を集大成したものであり、研究者・大学院生だけでなく、広く医療・福祉関係者(特に役職者)にも読んでいただきたいと思っています。

ここで、医療経済・政策学とは、「政策的意味合いが明確な医療経済学的研究と、経済分析に裏打ちされた医療政策研究との統合・融合をめざし」た学問のことです。この用語は、私と田中滋氏(慶應義塾大学)、西村周三氏(京都大学)、池上直己氏(慶應義塾大学)、遠藤久夫氏(学習院大学)の5人が編集委員となって刊行中の『講座 医療経済・政策学』(勁草書房。全6巻)で初めて用いました。本書は、この講座の「関連書」でもあります。

本書は、第1部「医療経済学の視点と研究方法」(第1~3章)、第2部「私の研究の視点と方法」(第4・5章)の2部・5章構成となっています。以下、各章の概要を紹介します。

第1部医療経済学の視点と研究方法

第1章「医療経済・政策学の特徴と学習方法」は本書全体の導入です。まず私の医療経済学の理解について述べ、特に医療経済学には「国籍」があり、アメリカで主流となっている新古典派医療経済学は日本医療の分析には無力なことを示します。次いで、主として若い研究者のために、医療経済・政策学の幅広く偏りのない勉強をするためには、何が必要かを述べます。コラムでは、英語と日本語で書かれた主な医療経済学の教科書、私が毎号チェックしている医療経済・政策学関連の英語雑誌等を紹介します。

第2章では「医療政策の将来予測の視点と方法」を具体的に紹介します。医療経済・政策学の他の研究者にみられない私の特徴の1つは、現状分析だけでなく、将来予測にも挑戦し続けていることです。

本章では、まず、医療経済学の視点からの医療政策の「客観的」将来予測の有効性を指摘した上で、私の行っている3つの研究・調査に基づいた「客観的」将来予測の枠組みを示します。さらに、政府・厚生労働省の公式文書や閣議決定、政府高官や政策担当者の講演録等の読み方のノウハウを紹介します。最後に、私の過去の将来予測の誤りの原因を分類・検討します。

第3章は、私が2000年以来提供している「21世紀初頭の医療政策の3つのシナリオ」説の最新版です。ここでは3つのシナリオ(新自由主義的改革、医療保障制度の部分的公私2階建て化、公的医療費の総枠拡大)の概略を紹介した上で、この分析枠組みの留意点を指摘します。

その後、小泉政権が5年前に閣議決定した2001年「骨太の方針」中の新自由主義的医療改革の帰結を検討し、それの全面実施がない経済的・政治的理由を明らかにします。最後によりよい医療制度をめざした私の改革提案を示します。本章には8つの注を付け、今まで「3つのシナリオ」説について出された様々な質問や疑問等に答えました。

第2部「私の研究の視点と方法」

第4章では、リハビリテーション医学研究から医療経済・政策学研究へ進んだ、私の35年間の勉強と研究のプロセスをふり返りながら、「私の研究の視点と方法」について出来る限り具体的に述べます。

まず私の職業歴と研究歴を、東京都心の地域病院(代々木病院)での臨床医時代の13年間と日本福祉大学教授になってからの22年間に分けて紹介します。前者では、「修業時代」の5つのキーワードまたは教訓も示します。

次に、私の研究の3つの心構え・スタンスと福祉関係者・若手研究者へ忠告を行った上で、私の研究領域と研究方法の特徴について述べます。前者は医師としての「比較優位」を生かして、主として医療提供制度の研究を行うこと、後者は、日本医療についての神話・通説の誤りを実証研究に基づいて明らかにすることです。後者には2つの手法があり、1つは官庁統計の独自の分析、もう1つは独自の全国調査を行うことです。

ここでは、保健・医療・福祉複合体の全国調査を中心とする私の「3大実証研究」の概略も紹介し、それらが成功した3つの理由を述べます。合わせて医療経済・政策学の実証研究のみでは政策の妥当性は判断できず、価値判断の明示が必要なことを強調します。

最後に(社会人)大学院入学のすすめを行います。

第5章では、研究方法の一環あるいは基礎となる「資料整理の技法」について、私の流儀を紹介します。それらは、論文の整理の技法、本の整理の技法、新聞・雑誌と本の入手とチェックの技法、インターネットを利用した情報検索、「読書メモ」と「読書ノート」の技法、研究関連の手紙整理の技法、年賀状の2つの工夫等です。

ここで私が一番強調したいことは、資料整理・記録と記憶が相補的なことです。さらに本章では、資料整理と密接に関連する、能率手帳小型判とB6判カードを用いた自己管理の技法、さらに私が資料整理の技法に興味を持った動機、私の研究者兼教育者としてのプロ意識と美学についても述べ、最後に資料整理が苦手な社会人や若い研究者へのアドバイスを行います。

コラムでは、私の英語勉強法、私が社会科学研究者の必読雑誌と考えているThe Economistチェックの手順等について紹介します。

付録の「大学院『入院』生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書」は、私が、毎年、日本福祉大学大学院の入学式・オリエンテーションで新入生全員と全教員に「おみやげ」として配布しているものの最新版で、7分野、合計172冊の図書を簡単なコメント付きで紹介しています。私の知る限り、これはこの分野でもっとも包括的な文献リストです。

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3.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その6):10冊

書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○『健康と医療の経済学(第5版)』(Folland S, et al: The Economics of Health and Health Care Fifth Edition. Pearson Education, 2007, 607 pages(実際の出版は2006)[中級教科書]

現在版を重ねているアメリカの医療経済学教科書としては、Feldsteinの本(初版1986年)、Phelpsの本(同1992年)に次いで長い歴史を持つ本(同1993年)の最新版です。新古典派理論に基づいていますが、新古典派ミクロ経済学一点張りのFeldsteinやPhelpsの本と異なり、費用便益分析等の医療の経済評価が重視されていること(第3章経済効率と費用便益分析)、医療技術の分析にも1章が割かれていること(第6章医療の生産、費用と技術)等、アメリカの教科書としては比較的バランスが取れています。そのため、日本でもこれをテキストにして医療経済学の講義を行っている大学院もあると聞いています。

※この紹介文は昨年8月に作成し、『医療経済・政策学の視点と研究方法』(勁草書房)のコラム1(16頁)にも掲載したのですが、本「ニューズレター」には掲載し忘れていました。

○『喫煙の価格』(Sloan FA, et al: The Price of Smoking. The MIT Press, 2004, 313 pages)[研究書]

膨大な実証分析やシミュレーション分析に基づいて、アメリカにおける喫煙の私的・社会的費用(生涯費用)を包括的かつ定量的に推計した、初めての本です。この手法は、著者が自認しているように「他の健康行動の評価にも応用可能」であり、日本での生活習慣病(対策)の経済分析を行う際の必読書と思います。

本書で注目すべきことは、喫煙者は非喫煙者に比べて65歳以前の死亡率が高く、喫煙が早死を通してメディケア費用や年金給付負担を軽減することは「事実である」と明言していることです(262頁)。このことは、禁煙プログラムには健康増進効果はあるが、高齢者の医療費や年金給付の抑制効果はないことを意味します。

私にとって印象的だったことは、筆頭著者のSloan氏が「消費者の選択の自由」を絶対化する新古典派の代表的論客であるにもかかわらず、反喫煙の立場を明確にしていることです。本書表紙の宣伝文にも、本書が「反喫煙キャンペーンの兵器庫に[新たな]武器を加えた」と書かれています。

○『症例数・アウトカム[の因果関係]とそれのアメリカ医療市場へのインパクト』(Seider H: Volume-Outcome and Its Impact on U.S. Health Care Markets. Nomos, 2006, 246 pages)[研究書(博士論文)]

博士論文らしい手堅い研究です。まず症例数・アウトカムの因果関係(causality)についての先行研究をていねいに検討し、次にアメリカ・カリフォルニア州の公式「退院患者データ」を用いた、冠状動脈バイパス術(CABG)についての症例数・アウトカム関係の実証研究を行い、両者の間に因果関係があることを示し、最後にそれの政策的含意を
経済学的に論じています(症例数を増やすための病院の合併は効率性の視点から反トラスト法の適用除外に値する等)。

○『感染症の経済学』(Roberts JA (ed.): The Economics of Infectious Disease. Oxford University Press, 2006, 386 pages)[研究論文集]

2001、2002年にロンドン大学衛生学・熱帯医学大学院が主催した「感染症の経済学についての国際会議」の報告をまとめたもので19論文が収録されています。経済学(正確に言えば医療の経済評価、臨床経済学)が、先進国および発展途上国における各種新旧感染症の管理(management and control)に役立つことを示しているそうです。ただし、論文集のためテーマは多岐にわたり、一書としてのまとまりには欠けます。

○『医療の経済評価のための意志決定モデル』(Briggs A, et al: Decision modelling for health economic evaluation. Oxford University Press, 2006, 237 pages)[初級教科書]

イギリスのオックスフォード大学出版会の「医療の経済評価ハンドブック」シリーズの1冊で、この領域の「実用的ガイドライン」を示しています。

○『医療技術[評価]の[大]問題-現代医療システムのための政策的含意』(Lehoux P: The Problem of Health Technology- Policy Implications for Modern Health Care Systems. Routledge, 2006, 266 pages)[研究書]

従来の政策志向の医療技術評価(HTA)は経済的採用可能性(affordability)にとらわれすぎていたと批判しつつ、最新医療技術とそれの評価の社会的・政治的意味を、2つの新しい学問-HTAと「科学技術研究」(Science and technology studies)-を用いて、包括的に検討している野心的著作です。単著であるためまとまりがあり、HTA研究者には有用と思いますが、やや思弁的です。

私は、「技術はそれ自体の中に価値観を内包している(encapsulate values)」(第3章)という著者の主張、および「技術を社会経済的事業(project)として概念化するための5原則」(第1原則:評価は価値観を明示することを求めるプロセスである、等。第5章169~)に大いに共感しました。なお、日本では川上武先生が10年前の1997年から、第三次医療技術革新(最近の分子生物学の医学への導入にともなう一連の医療技術の進歩)には、「従来の技術とちがい医療技術自体のなかに医の倫理が内蔵されている」と指摘されています(『21世紀への社会保障改革』勁草書房,1997,110頁。それの展開は、『戦後日本病人史』(農文協,2002,611頁)。

○『医療における最新諸技術-挑戦、改革とイノベーション』(Webster A (ed.): New Technologies in Health Care - Challenge, Change and Innovation. Palgrave, 2006, 275 pages)[研究論文集]

イギリス・ヨーク大学「革新的医療技術(IHT)研究プログラム」の5年間の研究成果をまとめた論文集です。遺伝子技術(genetics)、テレメディシン、各種埋め込み術(implants)、全身と脳の画像診断等の最新医療技術について、社会科学的に多面的に検討しています(4部構成16論文)。「この研究のもっとも衝撃的な知見」は、従来型「テレメディシンが消滅しつつある」ことを明らかにしたことだそうです(情報・コミュニケーション技術(ICT)を検討した第2部第6章87頁)。最終章で、「革新的医療技術としての評価技術」(例:QOL尺度)が論じられているのも興味深いと思います。

○『医療におけるイノベーション-リアリティ・チェック』(Casebeer A, et al (ed.):Innovations in Health Care - A Reality Check. Palgrave, 2006, 301 pages)[研究論文集]

本書の「イノベーション」は、一般の医療技術革新ではなく、医療マネジメントの革新です。2年に1回開催されている「医療における組織的行動についての国際会議」で発表された優秀報告を収録した4冊目の論文集です(16論文収録)。そのためにこの分野の最先端の研究について知るためには便利な本と言えますが、テーマは雑多で、しかも大半の論文が「総論専科」です(例:第3部根拠に基づいたマネジメントとは何か?の4論文)。

○『医療の信頼の危機-原因、結果および治療法』(Shore DA (ed.): Trust Crisis in Health Care - Causes, Consequences, and Cures. Oxford University Press, 2007(実際の出版は2006), 209 pages)[概説書]

アメリカで危機に瀕していると言われている医療の信頼について多面的に検討したユニークな論文集で、この種の本はアメリカでも初めてだそうです。以下の4部構成で、19論文が収録されています:第1部信頼と不信頼の全体像、第2部質と安全-信頼の基礎、第3部誰が信頼されうるのか?、第4部医療ビジネスにおける信頼の構築。第4部の表題がアメリカ的であり、本書カバーの宣伝文にも、「改革でおそらくもっとも重要なことは、信頼の構築は良い医療であるだけでなく良いビジネスでもあることである」と書かれています。

○『ニュー・レイバー[ブレア政権]の医療政策-政治経済学、公共政策および国民保健サービス』(Paton C: New Labour's State of Health - Political Economy, Public Policy and the NHS. Ashgate, 2006, 169 pages.[研究書]

労働党政権の1997年以来の医療改革を、政治経済学と政治学の視点から包括的に評価し、現在NHSが抱えている諸問題の原因を探求しており、イギリス医療研究者の必読文献と思います。著者は政治学者でしかもイギリス最大の病院トラストの議長(chair)を5年間も務めたことがあるそうです。ただし、政策全体の流れやパラドックスに焦点が当てられており、政策の個々の要素の「技術評価」はほとんどなされていません。

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4.2006年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その9):5本

※「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○「医療の費用、アクセス、質についてのアメリカの世論」(Blendon RJ, et al: Americans' views of health care costs, access, and quality. Milbank Q 84(4):623657,2006)[世論調査の総説]

過去20年以上にわたって、各種世論調査ではアメリカ人が現在の医療制度に満足していないことが明らかにされてきた。著者等が1982~2006年に同一の設問を用いて繰り返し行ってきた一般成人を対象にする世論調査では、「全体として医療制度は非常に上手く(pretty well)機能しており、それを改善するために必要なのは少しの改革だけ(only minor changes are necessary)」(=「医療制度に満足」と著者は解釈)という選択肢を選んだ回答者は、わずか10~20%にすぎず、しかもこの割合は近年低下している(2002年20%、2004年13%、2006年13%)。

他面、アメリカ国民は自分が受けている医療にはかなり満足している。著者等の2006年調査では、84%が自己の受けている医療を素晴らしいか良いと評価している(素晴らしい=excellent45%、良好=good39%)。2005年のギャラップ調査でも、78%が自分が受けている医療の質を素晴らしいか良いと回答している(素晴らしい29%、良い49%。

このような評価の乖離と、アメリカ人に根強い政府不信のために、医療制度をどのように改革すべきかについての総論と各論についても、世論は大きく分裂している。

二木コメント-医療満足度の調査研究(アメリカ国内および国際比較)のエキスパートであるブレンドン・グループ(ハーバード大学公衆衛生学大学院)の最新論文です。やや意外なことに、彼らが医療制度の満足度(評価)と実際に受けている医療の満足度(評価)の乖離を正面から論じたのは、この論文が初めてです。しかも、彼らの「医療制度に満足」の定義は上述したように、非常に狭いことにも注意すべきです。それに対して、EU(ヨーロッパ連合)の世論調査(Eurobarometer)における「医療制度に満足」の定義は、「自国で医療が提供されている方法に非常に満足かかなり満足(very or farily satisfied)」です。実は、Blendonも、2001年以降、国際比較研究ではこの定義を「借用」していますが、古い基準も用いることもあり、一貫性に欠けます(詳しくは、本「ニューズレター」の拙論1参照)。

○「医療組織の効率性分析の市場」(Hollingsworth B, et al: The market for efficiency analysis of health care organizasion. Health Economics 15(10):1055-1059,2006)[評論]

もし医療市場が完全に競争的であったなら、効率性の測定は不要であるが、医療は不完全市場であり、非効率が存在しているため、効率性を分析・測定するための手法が開発・応用されている。それらの双璧は、DEA(包絡分析法)とSFA(確率変動フロンティア分析)である。本論文では、医療組織の効率性分析の「市場」を供給、需要の両面から検討する。

供給側をみると、研究論文は近年幾何級数的に増加しており、その80%が過去10年間に生産されている。激しい生産(出版)競争により、論文数が急増しているだけでなく、研究方法も精緻化している。しかし、需要側は未発達であり、論文の大半は研究者消費者だけを対象にしており、政策担当者や「意志決定単位(病院やナーシングホームの経営者)」によってはほとんど消費されていない。今後効率性分析の需要を喚起するためには、生産者側には次の2つが求められている。第1は分析結果の信頼性を高めることであり、そのためにはモデル構築にもっと注意を払う必要がある。第2は、分析をもっと明確にする(more specific)ことである。これら2つの課題を実現するためには、研究者は政策担当や「DMU」ともっと協同する必要がある。

二木コメント-「結論」部分中心に抄訳しました。本論文の2人の著者は、それぞれオーストラリア・モナシュ大学とイギリス・ヨーク大学の医療経済学センター所属の研究者です。両国と異なり、日本では、医療組織の効率性分析市場の供給側も未発達ですが、それだけに著者が強調している2つの課題は重要と思います。

○韓国の病院閉鎖の決定因子:階層一般線形モデルの使用(Noh M, et al: Determinants of hospital closure in South Korea: Use of a hierarchical generalized linear model. Social Science & Medicine 63(9):2320-2329,2006.[量的研究]

1996年以前に開設された韓国の全一般病院(805病院)を対象にして、1996~2002年の7年間の生存・閉鎖状況を調査した。本研究では病院閉鎖は病院の永久的な廃止と定義し、病院所有者の変更や病院の移築は「生存」とみなした。病院の診療所化はどちらにも含めなかった。なお、韓国では病院とは30床以上を有する医療施設である。
7年間の203病院(25.2%)が閉鎖し、1年当たりの平均閉鎖率は4.2%に達していた。

診療所化した病院は26(3.2%)であった。階層一般線形モデルを用いて、病院閉鎖の決定因子を検討したところ、病院の所有形態と病床規模が関連しており、私的病院、小規模病院ほど閉鎖率が高かった。都市部の病院閉鎖率は農村部より低かったが、高齢者比率を調整すると、両者の差は消失した。病院間競争の2つの尺度(同一地域内での人口当たり病床数と1-Hirshman-Henfindalh index)は病院閉鎖と正の関連があった。加えて、同一地域内での年間10%以上の病床数増加は病院閉鎖確率を有意に高めていた。それに対して、社会経済的条件(病院所在地域の1人当たり課税所得)と病院閉鎖との間には有意な関連はなかった。なお、病院の財務データは235病院からしか得られず、これを用いた分析は今回は行えなかった。

二木コメント-日本の医療関係者にはアメリカで病院閉鎖が多いことはよく知られていますが、韓国の病院閉鎖はアメリカの3倍にも達しており、おそらく世界一高いことはほとんど知られていません。私が、本学の21世紀COE研究プログラムの一環として、病院・複合体の日韓比較研究を始めて一番驚いたことも、韓国での病院閉鎖率の高さです。

本論文は韓国の全一般病院を対象にして病院閉鎖の決定因子を定量的に検討した初めての研究であり、貴重です。

○「病院はどのくらい遠いのか?病院閉鎖の医療アクセスへの影響」(Buchmueller TC, et al: How far to the hospital? The effect of hospital closure on access to care. Jornal of Health Economics 25(4):740-761)[量的研究]

病院閉鎖が医療へのアクセスやアウトカムにどのような影響を与えるかを、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス郡の病院を対象にして、計量経済学的に検討した。同郡の人口は約1000万人であり、その28.0%が無保険者である。

同郡には1997年に131病院存在したが、その後2003年までの6年間に13病院が閉鎖し、閉鎖率は9.9%(年平均1.7%)であった。病院閉鎖によりもっとも近い病院への距離が増加すると救急疾患(心臓疾患と不慮の事故)の死亡率が増加した。この結果は、さまざまな感受性テストを行っても変わらなかった。医療保険加入者は、もっとも近い病院までの距離が増すと、日常的医療を診療所にシフトする傾向が見られた(著者はこれを医療の効率性改善と解釈している)。住民全体では病院閉鎖は医療アクセスに影響していなかったが、高齢者は病院閉鎖により医療アクセスが低下したと感じていた。

二木コメント-本研究は、病床過剰地域での病院閉鎖は全体としては医療効率を増すが、救急医療の治療成績や高齢者の医療アクセスは低下させることを示していると思います。

○「脳卒中医療の成績を改善するための患者の集中-アメリカ都市部に於ける患者数を基準にした方法の含意」(Votruba ME, et al: Redirecting patients to improve stroke outcomes - Implications of a volume-based approach in one urban market. Medical Care 44(12):1129-1136,2006)[量的研究]

脳卒中患者を症例数の多い脳卒中センターに集中的に入院させると、死亡率の低下や費用の節減が生じると言われているが、それを実証的に検討した研究は今までなかった。そこで、アメリカ・オハイオ州クリーブランド都市圏の29病院を対象にして、1病院当たりの年間脳卒中入院患者数とリスク調整済み入院後30日以内死亡率(以下、死亡率)、入院費用との関係を検討した。併せて、患者宅・病院間の距離(以下、搬送距離)と死亡率との関係も検討した。

1991~1997年の7年間の急性期脳卒中入院患者総数は12,150人、平均死亡率は14.9%、生存退院患者の長期ケア施設への転送率は53.6%であった(平均在院日数は示されていない)。年間入院患者数が多い病院ほど死亡率は有意に低く、患者数が100人増えると死亡率は0.9%ポイント低下した。患者数と入院費用との間に関連はなかった(データは示されていない)。他面、搬送距離が長くなるほど死亡率は高く、それが1マイル増えると死亡率は0.6%ポイント上昇した。この結果に基づいてシミュレーションを行ったところ、脳卒中患者を年間入院患者数250人以上の3病院に集中的に入院させると、搬送距離の延長による死亡率上昇を考慮しても、死亡率を0.4%低下させられるという結果が得られた。ただし、本研究の弱点の1つは、ADLデータが得られなかったため、死亡率のみを指標として用いたことである、と著者は認めている。

二木コメント-この論文の隠れたポイントは脳卒中入院患者数の増加が患者1人当たり費用の低下をもたらさないこと、つまり脳卒中医療については「規模の経済」は存在しないことです。隠れた弱点は、生存患者の約半数が長期ケア施設に転送されているにもかかわらず、アウトカム、費用とも入院医療分に限定されていることです。

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5.私の好きな名言・警句の紹介(その25)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<教育論-スポーツの名監督の選手育成についての「三訓」>

<その他>

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