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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻37号)』(転載)

二木立

発行日2007年09月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

1.拙論「認知症ケアのビジネスモデルを考える-『コムスン処分』の意味にも触れながら」を『月刊/保険診療』2007年9月号(同年9月10日発行)に掲載します。これは、本年7月28日の日本認知症ケア学会特別重点課題講座「新しい時代の認知症ケアビジネス」で行った「基調講演」の一部に加筆したものです。本「ニューズレター」38号(10月1日配信予定)に転載しますが、早めに読みたい方は雑誌掲載論文をお読み下さい。

2.拙新著『医療改革の経済・政策学-危機から希望へ』(勁草書房)を本年11月に出版します。これは、2004年4月に出版した『医療改革と病院-幻想の「抜本改革」から着実な部分改革へ』(勁草書房)以降3年半に発表した主要論文をまとめたもので、章立ては以下の通りです。本「ニューズレター」38号または39号に、詳細目次と「はしがき」と「あとがき」を掲載します。


1.拙論:日本の医療費水準は主要先進国中最下位なことが確定

(「二木教授の医療時評(その46)」『文化連情報』2007年9月号(355号):32-33頁)

私は2年前の本誌(2005年10月号)に発表した「医療時評(その17)」で「日本の医療費水準は2004年に主要先進国中最下位となった」と推計しました。このことが、7月18日に発表されたOECD「ヘルスデータ2007」により確定しました。

それによると、イギリスの総医療費の対GDP比は、2003年の7.8%から8.1%へと0.3%ポイントも増加したのとは逆に、日本では8.1%から8.0%に0.1%ポイント低下したため、主要先進国(G7)中最下位に転落したのです。ちなみに、2年前に行った私の2004年値の「粗い推計」は、イギリス8.3%、日本8.0~8.1%でした。

しかもイギリスでは少なくとも2007年まで医療費拡大政策が続くのに対して、日本では逆に医療制度改革関連法により厳しい医療費抑制政策が継続することを考えると、今後「日英格差」は拡大し、日本の医療費水準が長期間にわたってG7中最低(しかも「外れ値」と言える低さ)にとどまるのは確実です。ちなみに、イギリスの2005年の医療費水準は2004年よりもさらに0.2%ポイント上昇し、8.3%になっています。

なお、2004年の最高値はもちろんアメリカで15.2%であり、日本のほぼ2倍(1.90倍)の高さです。日本を除くG6の単純平均は10.6%で、日本より2.6%ポイントも高くなっています(フランス11.0%、ドイツ10.6%、カナダ9.8%、イタリア8.7%)。

前稿では、医療費水準の指標として総医療費の対GDP比のみを取り上げましたが、もう1つの指標として、購買力平価(PPP)換算の1人当たり医療費(ドル表示)もあります。そして、意外なことにこの指標を用いると、日本はすでに2002年時点で、イギリスを下回っていたのです(日本2138ドル、イギリス2228ドル)。これは、イギリスでは、ブレア政権が2000年以降医療費拡大政策に転じたことに加えて、着実な経済成長が続き1人当たりGDPが急速に増加したためと思います。なお、私の知る限り、2002年に日本の1人当たり医療費がイギリスを下回ったことを日本で最初に指摘したのは、権丈善一氏です(『医療年金問題の考え方』慶應義塾大学出版会、2006、421頁)。

「ヘルスデータ2007」には、初めて高齢者・非高齢者別の1人当たり医療費の一覧表も掲載されました。ただし、データが掲載されているのは8か国のみで、G7に限定するとカナダ、フランス、アメリカの3か国にすぎず、なぜか日本のデータは未掲載です。この表から、1人当たり医療費の「老若比率(65歳以上÷65歳未満)」を計算すると、カナダ5.3倍(2004年)、アメリカ4.0倍(1999)、フランス2.8倍(2005年)の順になります。ちなみにお隣の韓国は3.2倍です(2004年)。「平成16年(2004年)国民医療費」によると、日本の1人当たり国民医療費の老若比率は4.3倍です。

私は、以前、日本の1人当たり医療費の老若比率は諸外国に比べて飛び抜けて高いとする厚生労働省サイドの主張が事実誤認であることを指摘したことがあります(拙著『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房、2001、185頁)。「ヘルスデータ2007」により、このことが確認できたと言えます。

日本の「実質患者負担割合」は主要先進国中最高

なお、OECD「ヘルスデータ」をいち早く報じた「日本経済新聞」(7月19日朝刊)は、「医療費の負担内訳で日本は国などの公的部門の割合が82%と英国に次いで高く、患者の自己負担や民間保険の割合が低かった」と解説していますが、これは不正確です(あるいは「日経」お得意の、読者に予断を与えるための誘導的表現かもしれません)。

日本では民間保険というと個人がすべて保険料を負担する個人保険を連想しがちですが、アメリカやヨーロッパ諸国の民間医療保険には企業・雇用主が保険料をすべてまたは大半負担するものが少なくなくありませんし、アメリカではむしろそれが主流です。そのために、民間保険負担分全体を患者の自己負担(窓口負担)と同列に扱うことはできません。ちなみに、医療費の財源構成で「家計負担」という場合には、保険料負担のうち被保険者負担分と患者自己負担分を合計したものを指し、これはそれなりに意味のある指標です。しかし、「ヘルスデータ2007」にはそのデータは載っていません。

そこで患者負担割合(対総医療費。2004年)に限定すると、日本は17.3%で、G7中イタリアの21.1%に次ぐ2番目の高さです。やや意外なことに、アメリカは13.3%で日本よりも低くなっています。

しかも、日本の患者負担には、差額ベッド代等の非公式の患者負担がほとんど含まれていないため、これを含めた「実質患者負担割合」がこれより相当高くなるのは確実です。少し古い研究ですが、日本とアメリカの総医療費を同じ基準で比較した「1998年度日米の国内総医療費支出」(医療経済研究機構、2001、14頁)によると、1998年時点で、日本の患者負担割合は21.7%であり、アメリカの16.8%を4.9%ポイントも上回っていました。
1998~2004年の6年間に、イタリアの患者負担割合が26.7%から21.1%へと5.6%ポイントも低下したのとは逆に、日本の患者負担割合は17.1%から17.3%へと微増しています(ただし、日本の国民医療費ベースの患者負担割合は14.1%から15.3%へと1.2%ポイントも上昇)。このことを考慮すると、日本の2004年の「実質患者負担割合」はイタリアの21.1%よりも相当高く、G7中最高になっていると考えるのが妥当と思います。

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2.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その9):7冊

※書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○『応用[計量]医療経済学』(Jones AM, et al: Applied Health Economics. Routledge, 2007,335 pages)[上級教科書]

「ルートリッジ社経済学と財政学の進歩テキスト」シリーズの1冊です。最新のコンピュータ・ソフトウェアを用いて、イギリス・EU・WHO等の大規模医療調査(主として健康の自己評価と医療利用に関するもの)の計量経済学的分析を行う手法について詳細に解説した「実践ガイド」です。一般理論よりも、事例研究の紹介が中心です。

全4部・11章で、その構成は以下の通りです。第1部データの記述(1 データと調査デザイン、2 健康のダイナミックスの叙述、3 医療利用の不平等と健康の自己評価)、第2部量的データ(4 自己評価データのバイアス、5 健康とライフスタイル)、第3部生存者データ(6 喫煙と死亡率、7 健康と退職)、第4部パネルデータ(8 健康と賃金、9 健康のダイナミックスのモデル化、10 無回答と脱落によるバイアス、11 医療利用のモデル)。

4人の著者のうち最初の2人はイギリス・ヨーク大学の医療経済学者で、残り2人はオランダとカナダの大学の研究者です。そのためか、アメリカの(計量)医療経済学で定番となっている医療の需要・供給の計量分析は含まれておらず、アメリカ的に言えば「医療サービス研究」と言えます。

計量医療経済学あるいは医療疫学を本格的に学ぶ場合の必読書と言えるかもしれません。ただし、読者対象としてコンピュータ・プログラムに習熟している人を想定しており、本文にも多数のプログラム式が掲載されているため、コンピュータ・オタクでないと歯が立たないと思います。

○『効率、公正、および医療-医療における稀少性の哲学的考察』(Denier Y: Efficiency, Justice and Care: Philosophical Reflections on Scarcity in Health Care. Springer, 2007, 301 pages)[研究書(哲学)]

「倫理、法、及び新しい医療の国際叢書」の1冊です。一般に、医療においては、効率と公正と良質な医療の3基準のうち2つは両立しうるが、3つすべては両立しないと言われています。本書は、公正理論に医療を組み込む課題に挑戦し、公正を中心とした3者の受け入れ可能なバランスを達成することを試みています。

全3部・6章で、その構成は以下の通りです:第1部公正な医療:前提と目的(第1章 公正な医療:中核的事項、第2章 稀少性、有限性、および健康の規範的価値)、第2部分配的正義と医療(第3章 公正としての正義:ジョン・ロールズ、第4章 ヌスバウムの方法:非契約派による医療の説明、第5章 限界の設定:ドーキンの提案)、第3部医療と人間生存の限界(第6章 公正な医療:基礎と展望)。

規範医療経済学の必読書と言えますが、叙述はかなり難解で「歯ごたえ」のある本です。ただし、私は、効率・効果・公正の3者が原理的には両立しないとの主張は、効率と医療費抑制を混同しており、誤っていると思います。なぜなら、原理的には効率=算出÷投入(output / input)の最大化であり、効率化による医療費増加もありうることを考慮すると、効率・効果・公正の3つをすべて満たすことは可能だからです。ただし私も、医療費抑制と効果および公正の3者を同時に満たすことはできないと思います。

○『メディケア定額払いとアメリカ医療の形成』(Mayes R, Berenson RA: Medicare Prospective Payment and the Shaping of U.S. Health Care. The Johns Hopkins University Press, 2006, 246 pages)[研究書(歴史研究)]

アメリカのメディケアの支払い方式の革新である定額払い方式(入院医療対象のDRGと医師診療対象のRBRVSの両方)が、いかにして医療における力関係を供給者優位から保険者優位に変えたか、および供給者側が専門職と財政の自律性への侵害に対してどのように対応したかについて、65人もの主要医療政策形成者へのインタビューを基にして、歴史的に詳細に検討しています。その上で、著者は医療政策担当者がメディケア支払い方式を用いてアメリカの医療制度を改善するための処方箋を示しています。著者の1人(Berenson)は医療財務省(HCFA)でメディケア支払い方式の担当者だったこともある医師です。

アメリカでは(日本でも)、一般には、マネジドケアが1990年代の医療改革を主導したと理解されていますが、著者は、マネジドケアを含めて私的部門は医療政策の主要な革新者ではなく、メディケアの定額払い方式への移行がアメリカの医療制度の経済的再構築を始め、かつなんども強化したと主張しています。

序章と結論を除き、全7章です。アメリカ的基準では薄手ですが、メディケアの定額払い方式の歴史研究の「決定版」(the definitive work)と言えるようです。なお、Health Affairs 誌のCunninghamによる本書の書評「定額払い:メディケアの隠れた成功物語」も一読に値します(26(3):896897,2007)。実は私もこの書評を読んで、本書に注目しました。それの冒頭の名言は、本「ニューズレター」の名言・警句コーナーで紹介しました。

○『アメリカの医療規制-複雑さ、対決、及び妥協』(Field RI: Health Care Regulation in America: Complexity, Confrontation, and Compromise. Oxford University Press, 2007, 336 pages)[研究書]

日本では、アメリカ医療は市場原理に基づいていると理解されていますが、アメリカでは医療は全産業中規制がもっとも厳しい産業という理解が一般的であり、規制がアメリカの断片的医療産業のすべての側面を形成しているとも言われています。しかも、その規制は迷路のように複雑です。本書は、このようなアメリカの医療規制の全体像を包括的に示すことを目的にしており、医師と他の医療専門職、病院と他の医療施設、医療財政、医薬品と医療機器、公衆衛生、医療ビジネス関係、研究の7分野の規制の歴史と現状、目標と対立を詳細に描写しています(全9章)。規制という「窓」からみた、アメリカ医療制度論とも言えます。なお、裏表紙には、池上直己氏の短いが鋭い推薦文も載っています:「規制は医療供給者にとって決定的に重要であるが、研究者[新古典派経済学研究者?-二木]はこのことを無視して、規制を個別に検討することなく、その欠点ばかりを批判している」。

○『アメリカの医療政策入門-アメリカの医療の組織、財政、提供[制度] 第2版』(Barr DA: Introduction to U.S. Health Policy: The Organization, Financing, and Delivery of Health Care in America. The Johns Hopkins University Press, 2007, 303 pages)[初級教科書]

アメリカの医療制度には「世界最高かつ先進国中最低というパラドックス・ジレンマがある」、および「医療はその国の文化的価値と制度の反映である」という視点から、アメリカの医療政策と医療制度を包括的に紹介しています(全13章)。著者は、医師出身の社会学者(スタンフォード大学)であり、叙述は非常にバランスが取れています。

○『[イギリスの]医療政策を理解する』(Baggott R: Understanding Health Policy. The Policy Press, 2007, 276 pages)[研究書要素もある教科書]

「福祉を理解する」シリーズの1冊(全11章)で、イギリスのNHSにおける政策形成・実施プロセスと制度を包括的に検討しています。本書の特徴は、医療政策関係者(actors)への詳細なインタビュー等の独自調査に基づいて、以下の3点を明らかにしていることだそうです。(1)医療政策の形成と実施におけるさまざまな制度・組織(institutions)の果たす役割。(2)医寮政策に対する地方分権(devolution)の影響とEUや国際組織の役割。(3)事例研究を示しての、近年の医療政策の形成・発展過程。

私にとって一番興味深かったのは、「医療政策」という言葉そのものが論争の対象になっていることです(第1章 医療政策を分析する)。

○『[医療]パフォーマンスの測定-改善の加速』(Institute of Medicine: Performance Measurement :Accelerating Improvement. The National Academiies Press, 2006, 357 pages)[報告書]

日本の医療界でも『人は誰でも間違える』(2000。日本語訳は日本評論社)で有名な、アメリカの医学研究所が2004年に設置した、医療保険パフォーマンス尺度、支払いおよびパフォーマンス改善プログラムの再設計委員会の3年間の成果をまとめた報告書です。

入手可能な評価尺度を包括的に検討した上で、医療制度の6つの目標(医療は安全で、効果的で、患者中心で、タイムリーで、効率的で、平等であるべき)を評価する諸尺度を検討するための新しい分析枠組みを提案しています。

本文は128頁(冒頭16頁の「要旨」を含む)と比較的短く、次の5章構成です。1 序章、2 現在および将来のパフォーマンス尺度・報告、3 パフォーマンス尺度・報告のための全国的システムの実現、4 前へ向かって:何が測定されるべきか?、5 研究の課題。

11の付録(付属文書)も充実しており、アメリカにおける医療パフォーマンスの評価研究(政策)の動向と今後の方向を知る上では便利な本と思います。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算26回.2007年分その5:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

「ニューズレター」36号の英語論文紹介中の訂正

○メディケア医療費の[高額医療費患者への]集中の長期トレンド(Riley GF: Long-term trends in the concentration of Medicare spending. Health Affairs 26(3):808-816,2007)[量的研究]

アメリカのメディケア医療費は少数の高額医療費患者に集中しており、それがしばしば医療費抑制のための介入のターゲットになっている。そこでメディケアの30年間の医療費データを検討したところ、医療費の集中は徐々に弱まっていた。上位5%の高額医療費患者の総医療費に対する割合は1975年の54.2%から2004年には43.0%へと、29年間で11.2%ポイントも低下していた。上位1%の高額医療費患者についても、同じ期間に20.4%から15.5%に低下していた。高額医療費患者の中では慢性疾患の割合が高まっており、このことは医療費抑制のための介入を慢性疾患マネジメントに焦点化することを支持している。ただし、医療費集中の低下がそのような介入による医療費抑制効果を弱める可能性もある。

二木コメント-日本の同種調査としては、池上直己氏等が、「政府管掌健康保険の医療費動向に関する調査研究」(医療経済研究機構,1996)」の一環として、「医療費のレセプト点数順位別構成割合」(データは1993年度)を明らかにされたのが、公式調査としては最初で最後と思います。それによると、レセプト点数上位1%未満が総点数の26%を占めていました(『ベーシック医療問題』日本経済新聞社,1998,110頁。同書第3版,2006,107頁)

○将来の医療[費]を逆計算する:死亡までの期間モデルを用いて死亡前有病率の変化と人口高齢化が医療費に与える影響を明らかにする
(Payne G, et al: Counting backward to health care's future: Using time-to-death modeling to idenfity changes in end-of-life morbidity and the impact of aging on health care expenditures. The Milbank Quarterly 85(2):213-257,2007)[文献レビュー]

大半の先進国では、人口の最大コホートが65歳に近づくにつれて、人口高齢化が医療費に与える影響に対する関心が高まっている。本論文では、高齢者の障害と死亡前有病率のトレンド、死亡前費用の推計、および年齢と死亡までの期間を関数とする医療費モデルについての理論研究と実証研究の文献レビューを行い、先進国では高齢者の死亡率と有病率が大幅に改善したことを明らかにする。死亡率の低下と死亡前医療費の伸び率低下により従来の将来医療費予測は下方修正されうる。ただし、死亡とは直接関係ない医療費や病院外医療費(社会サービス費用や薬剤費等)の急増が医療制度に対して新たな経済的圧力を生むことも考えられる。

二木コメント-45頁もの長大かつ大変バランスの取れた文献レビューです。特に死亡前医療費(cost-of-dying)の文献レビュー(15論文)には、アメリカだけでなく、オランダ、デンマーク、カナダ、ドイツの調査研究も含まれており、便利です。これは、著者(4人)全員がカナダ・トロント大学所属のためかもしれません。

○メディケアとメディケイド重複受給者の死亡前1年間のナーシングホーム利用 (Liu K, et al: Nursing home use by dual-eligible beneficiaries in the last year of life. Inquiry 44(1):88-103,2007)[量的研究]

アメリカでは、死亡前1年間の医療費についての研究はメディケアの急性期医療に集中しており、ナーシングホーム利用についての情報は少ない。特に、メディケアとメディケイドを重複受給している低所得高齢者についての情報はほとんどない。そこで、メディケアとメディケイドの全国データ・ファイルの個票(13万6205人分)を用いて、ロジスティック回帰分析等により、重複受給者のナーシングホーム利用、死亡場所(病院、ナーシングホーム、地域)、死亡場所別の費用を調査した。

死亡場所はナーシングホームが一番多く37.6%、地域(大半が自宅)が32.3%、病院が30.2%であった。対象の75%が死亡前1年間(のいずれかの時期)にナーシングホームに入院していた。ナーシングホームでの死亡確率は年齢が高くなるほど線形に上昇した(65歳は15%~95歳以上では50%超)。死亡場所別の1年間の総費用(メディケア分とメディケイド分の合計)は病院でもっとも高く47,711ドルであり、ナーシングホームは38,110ドル(病院の79.9%)、地域は32,817ドル(同68.8%)であった。死亡前1カ月間の総費用は、病院が14,384ドルで、ナーシングホーム5442ドル、地域4660ドルの約3倍であった。

二木コメント-日本でも、死亡前費用を検討する場合には、医療費だけでなく、介護費用も含めるべきと思います。この点についての先駆的研究が、7月21日に開かれた医療経済学会第2回研究大会で発表され、論文化が待たれます(堀口裕正・橋本英樹・松田晋哉「65歳以上高齢者の死亡前1年間の医療・介護給付費のミクロデータ分析」。当日の発表者は橋本氏)。

○[スウェーデンにおける]終末期[(死亡前3カ月間)]の医療サービス利用(Jakobsson E, et al: Utilization of health-care services at the end-of-life. Health Policy 82(3):276-287,2007)[量的研究]

終末期医療(費)についての実証研究は少なくないが、終末期の医療サービス利用の包括的研究はほとんどない。本研究では、スウェーデンの1自治体の死亡者で死亡前3か月間になんらかの医療サービスを利用した者からランダムに229人を選んで、サービス利用とそれに関連する要因を調査した。

医療サービスを5種類に分けると、もっとも利用率が高かったは入院医療の62.9%であり、以下、一般医サービス59.4%、病院の外来・救急医療58.5%、入所施設(residential care facilities)53.7%、私的ホーム29.3%の順であった。死亡者の90.4%は2つ以上のサービスを利用しており、50.7%は3種類以上のサービスを利用していた。フィッシャーの並べかえ検定、ロジスティック回帰分析等により、各サービスの利用確率は死亡者の年齢、疾病・障害、および社会的要因と強い相関があることが分かった。本調査では、死亡者が利用した入院医療が極めて多様であることも明らかになった。

二木コメント-終末期を死亡前3カ月間に限定して、死亡者が死亡前に多様な医療サービスを利用していることを定量的に示した貴重な研究です。標本数が229と少ないこと、および費用データがないのが難点と思います。

○モラルハザードと消費者主導医療:根本的に誤った概念(Geyman JP: Moral hazard and consumer-driven health care: A fundamentally flawed concept. International Journal of Health Services 37(2):333-351,2007)[評論]

過去30年以上、アメリカの大半の医療経済学者はモラルハザード概念を基礎とする伝統的医療保険理論を受け入れてきた。それは、医療保険に加入すると人は医療サービスを過剰消費するとするものである。最近流行している「消費者主導医療(CDHC)」の支持者もこの理論を支持しており、患者の自己負担や免責額を増やしたり他の制限を加えることにより、患者が自己の医療選択にもっと財政的に責任を負うようにすれば、患者の無分別な選択は予防できると考えている。

本論文では、モラルハザードの存在を前提にした「消費者主導医療」が民間保険と公的保険でどのような役割を果たしているかを明らかにした上で、この概念が市民の利益に反するだけでなく、医療費のコントロールにも失敗している7つの理由を示す。無保険者や給付水準の低い保険加入者には今や中産階級も含まれるようになっており、彼らは有病率や予防可能な入院率、死亡率が高くなっている。最後に著者は、モラルハザードを医療利用の基準として用いることを拒否する理由を示し、代替的アプローチを提案する。

二木コメント-左派研究者(ワシントン大学医学部家庭医学講座所属の医師)による、消費者主導医療と主流派「医療経済学への批判」です。なお、日本では、モラルハザードは「道徳的危険」と訳されることもありますが、少なくとも医療保険分野では、保険加入により患者にとっての医療価格が低下した場合、患者(消費者)が医療消費を増やすのは、 需要曲線に従った経済的に合理的な行動であり、道徳的問題はないことは、アメリカの大半の主流派(新古典派)医療経済学教科書にも明記されています。

○ナーシングホーム利用におけるモラルハザード[は存在しない](Grabowski DC, et al: Moral hazard in nursing home use. Journal of Health Economics 26(1):560-577,2007)[量的研究]

アメリカではナーシングホーム費用の国民保健費用に占める割合が急増している。ナーシングホーム費用の相当部分は州政府が管掌するメディケイドが負担しており、州政府がメディケイドのナーシングホーム受給条件を緩和すると、ナーシングホームの過剰利用というモラルハザードが生じるとされているが、この点についての実証研究はほとんどない。そこで、過去5回行われた「全国長期ケア調査」データを用いて、重回帰分析により、州政府によるナーシングホーム受給条件(規則)の6種類の変更とナーシングホーム利用との関係を検討したところ、前者は後者にまったく影響していないことが分かった。このことは、ナーシングホーム需要が州政府のナーシングホーム受給条件の変化には非弾力的であることを示唆している。

二木コメント-新古典派の牙城と言えるJournal of Health Economicsに、新古典派医療経済学の鍵概念の1つと言えるモラルハザードの存在を否定する研究が載るのは異例です。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その33)-最近知った名言・警句等

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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