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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻46号)』(転載)

二木立

発行日2008年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


1.論文:医療費適正化計画の二本柱は開始時から死に体-「基本的な方針」のもう1つの読み方

(「二木教授の医療時評(その54)」『文化連情報』2008年6月号(363号):22-25頁)

厚生労働省は、3月31日「医療費適正化に関する施策についての基本的な方針」(以下、「基本的な方針」)を告示しました。これは医療制度改革関連法(正確にはその中の高齢者の医療の確保に関する法律)により義務づけられた都道府県医療費適正化計画を作成する指針とされ、生活習慣病の予防対策と入院期間の短縮対策を二本柱とする「第一期医療費適正化計画」(平成20~24年度。2008~2012年度)策定のための、さまざまな数値目標や基本的事項が盛り込まれています。「基本的な方針」の「全般的な事項」には、「医療費適正化のための具体的な取組は、結果として老人医療費の伸び率を中長期にわたって徐々に下げていくものでなければならない」と明記されており、これに沿って医療費抑制政策が一段と強化されると、日本の医療危機が一気に加速する危険があります。

他面、「基本的な方針」をよく読むと、従来の厚生労働省の方針・認識の軌道修正を意味する重要な記述がさらりと挿入されていることに気づきます。主なものは2つあり、1つは生活習慣病対策の医療費抑制効果が当面5年間はないことを公式に認めたこと、もう1つは医療療養病床を15万床に削減する目標を公式に取り下げただけでなく、医療療養病床の削減自体を事実上棚上げしたことです。このことは医療費適正化計画の二本柱が開始時から「死に体」であることを意味しています。

小論では、私がこのように判断する根拠を、医療費適正化計画の二本柱が最初に提起された厚生労働省「医療制度構造改革試案」(2005年10月)」・医療制度改革関連法の解説文書(2006年)と「基本的な方針」の記述を比較しながら、説明します。

生活習慣病対策に医療費抑制効果はない

まず「基本的な方針」の「生活習慣病対策による効果」の項には、次のように書かれています。「対策の効果としては、初めに特定保健指導によりメタボリックシンドロームの該当者及び予備軍が減少し、その後、生活習慣病の発生率により患者が減少し医療費が減少するという経過をたどると考えられる。/以上から、生活習慣病対策の効果が医療費に現れてくるのは第二期医療費適正化計画の時期(平成25年度)からとすることとする」。

お役所文書特有の回りくどい表現ですが、これは、厚生労働省が、生活習慣病対策の医療費抑制効果は2008~2012年度の5年間はないことを初めて公式に認めたことを意味します。

「基本的な方針」はこれに続けて、「平成27年度には外来医療費は▲1.0%程度、入院医療費は▲0.5%程度の削減効果があるものと見込まれている」と書いていますが、これの根拠は書かれていません。私は、これらの数字は、厚生労働省「医療制度構造改革試案」の「医療費適正化方策」には、中長期的方策(生活習慣病対策、平均在院日数の短縮)により、平成27年度には2.0兆円の医療給付費の抑制が可能と書かれていたため、それと整合性を保つために苦し紛れにひねり出した数字だと判断しています。厚生労働省の保健事業の理論的支柱である岡本明氏が明快に述べているように、「短期間で効果のない保健事業が長期的に見て効果が出るはずがありません」(1)。

厚生労働省「医療制度構造改革試案」が生活習慣病の健診・保健指導の強化によって医療費の伸び率を抑制する方針を打ち出したとき、私だけでなく、池上直己氏、西村周三氏等、多くの医療経済学研究者が異口同音にそれに疑問を呈しました(2)。さらに大櫛陽一氏は、詳細なシミュレーションにより、健診・保健指導によって受診勧奨者・患者数が激増し、医療費は逆に5~6兆円も膨れあがると警告しました(3)。その後、マスコミも、健診・保健指導が医療費を抑制する根拠はないことを相次いで報道するようになりました。

そのためか、医療費適正計画の生みの親とされている辻哲夫前厚生労働省事務次官も、遅まきながら、このことを昨年11月のシンポジウムで次のように認めました。「特定健診・保健指導を始めた当初は、医療費は増えるだろう。しかし、その段階でひるんではならない。少なくとも10年間はやりぬかねばならない」(4)(私はこれを読んだとき、旧日本陸軍の進軍ラッパを連想しました)。同氏は、最近も、「生活習慣病の一次予防を徹底すれば、高齢者の医療費は落ちるはずだと私は確信している」と信念表明を繰り返す一方、健診・保健指導を「最初は網羅的にやると、ハイリスクの人がたくさん見つかるので、医療費が増える可能性は十分にある」ことは認めています(5)。「基本的な方針」での軌道修正は、このような流れの延長にあると思います。

実は厚生労働省は、2005年の介護保険法改正で「新予防給付(介護予防)」を導入した際には、それの「効果は国内外の論文で既に証明されており、広く認められている」(中村秀一老健局長・当時)と豪語し、その根拠として、「介護予防の有効性に関する文献概要」(114論文の概要集)等を公開しました(ただし、私がそれらを再検討したところ、医療・介護費の抑制効果を厳密に証明した論文は世界的に皆無でした(6))。

それに対して、厚生労働省は、現在まで、生活習慣病対策の医療費抑制効果の根拠となる「文献概要」はもちろん、個別の論文もまったく示していません。逆に、昨年相次いで発表された2つの厳密なシミュレーション研究(フィンランドの糖尿病予防対策とドイツの無治療高血圧患者対策)では、長期的に見ても、生活習慣病対策により総費用(医療費プラス介入費用)が増加する可能性が大きい(少なくとも費用抑制効果はない)ことが明らかにされました(7,8)。これより先に、1997年には禁煙の医療費抑制効果のシミュレーション研究も行われ、長期的には禁煙により累積医療費は増加することが示されていました(9)。

医療療養病床はほとんど削減されない

「基本的な方針」でもう1つ注目すべきことは、医療療養病床の削減目標が消失しただけでなく、医療療養病床の削減自体が事実上棚上げされたことです。これにより医療療養病床は実質的にほとんど削減されないことが確定したと言えます。

厚生労働省は2005年12月に突如発表した「療養病床の将来像について」で、2011年度末までに、当時13万床あった介護療養病床を老人保健施設等への転換により全廃すると共に、当時25万床あった医療療養病床を15万床に削減する方針を打ち出しました。しかも、この時点では、医療療養病床には回復期リハビリテーション病棟も含まれるとされていました。この計画は、当時この計画策定にも関わった村上正恭氏が最近告発したように、小泉首相が強権的に指示した医療費抑制目標を達成するため急きょ策定されたものであり、しかも直接の担当者が、今後の高齢化によって介護の需要はさらに増加することは見込んでいないと明言した、きわめて杜撰なものでした(10,11)。

その後、2006年に成立した医療制度改革関連法により、介護療養病床の廃止は確定しましたが、医療療養病床の削減は法定化されず、厚生労働省の目標・願望にとどまっていました。しかも、厚生労働省は、昨年4月に発表した「医療費適正化に関する施策についての基本的な方針(案)」で、削減する医療療養病床から「回復期リハビリテーション病棟を除く」ことを初めて明示しました。さらに、昨年9月に発表された『平成19年版厚生労働白書』の「療養病床の再編成」の項(119頁)では医療療養病床の削減目標自体が消失しました。

さらに、今回の「基本的な方針」では、「療養病床の病床数に関する数値目標」は、「計画期間中の後期高齢人口の伸び率、(中略)等を総合的に勘案し、それぞれにおける実情を加味して設定する」こととされました。これに先だって、「朝日新聞」は本年1月5日朝刊の1面トップ記事で、厚生労働省が医療療養病床を当初の計画の15万床から「5万床上乗せした20万床程度を存続させる方針を固めた」と報じました。舛添厚生労働大臣は2月27日の衆議院予算委員会で、この記事を指して「20万床は正確に決めたわけではない」とした上で、都道府県の積み上げた目標値によって国の療養病床数のビジョンを示すとし、さらなる上乗せもありうることを示唆しました。

実際、『日本医事新報』の調査によると、2012年度末の療養病床の目標値は、未公表の3県分を除く44都道府県だけで21.3万床になり、これに未公表県分を合わせた合計は約22万床になり、厚生労働省が当初示していた15万床を7万床も上回ることになります(12)。さらに、今回目標値から除外されることになった回復期リハビリテーション病棟は現在約2万床ですが、今後急増することが確実で、倍増の可能性もあります。その結果、2012年度末の医療療養病床数の合計は24~26万床となり、現在の水準がほぼ維持されることになるのです。

しかも、本年3月の社会保障審議会介護給付分科会で、介護療養病床から転換する「介護療養型老人保健施設」の基本施設サービス料は約33.4万円と、現行老人保健施設の30.8万円より、2.6万円高く設定されました(ただし、現行介護療養病床よりは8.1万円減)。これらのため、私が2年前に指摘したように、厚生労働省が当初見込んでいた、療養病床の再編・削減による医療費の純減3000億円(医療保険給付費減4000億円マイナス介護保険給付費増1000億円)は、まったくの絵に描いた餅であることが確定しました(13)。

なお、厚生労働省「医療構造改革試案」や医療制度改革関連法の解説文書では、入院期間の短縮対策として、療養病床削減と並んで、急性期病床の平均在院日数の短縮があげられていましたが、「基本的な方針」では、それは次のように棚上げされました。「第一期医療費適正化計画の計画期間に置いては慢性期段階に着目し、療養病床のうち医療の必要性の低い高齢者が介護保険施設に転換することを中心に据えて、医療機関における入院期間の短縮を図る」。しかも、「基本的な方針」では、厚生労働省の公式文書としては初めて、「平均在院日数が短くなるとともに1日当たり医療費は増加する」ことも明記されました。このことは、厚生労働省も、遅まきながら、急性期病床の在院日数短縮で医療費を抑制することはできないことに気づいたことを示しており、一歩前進と言えます。

以上から、医療費適正化計画の二本柱(生活習慣病対策と入院期間の短縮のための療養病床削減)は、開始時から「死に体」であると言えます。この計画は「法の施行状況その他の事情を勘案して必要な見直しを行うものとする」とされています。私は、この計画は、5年後を待たずに「見直し」あるいは廃止される可能性があるし、医療団体・医療関係者は、医療費抑制政策の転換要求の一環として、それを積極的に求めていくべきだと思っています。

文献

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2.講演録:日本の医療・介護保険制度改革と保健・医療・福祉複合体

(2008年5月16日 第3回日韓定期シンポジウム・報告)

はじめに-本日の報告内容の限定

私は、まず日本の最近の医療・介護保険制度改革の概略を述べ、次にそれが保健・医療・福祉複合体(以下、複合体と略す)に与える影響について述べます。最後に韓国で本年7月から開始される介護保険制度(正式名称は「老人長期療養保険」。以下同じ)と韓国の医療機関・複合体への期待を述べます。

本題に入る前に、本日の講演内容の限定について述べます。本日は、2005~2008年に行われた日本の医療・介護保険制度改革とそれが複合体に与える影響に限定して、最新の情報と研究に基づいたお話しをします。日本の介護保険制度と複合体の大枠については、次の私の2つの韓国語訳文献をお読み下さい。

1つは延世大学の丁炯先教授に翻訳していただいた、私の著書『日本の介護保険制度と複合体』(青年医師,2006)です。これには、私が1998~2004年に出版した4冊の日本語著書の主要論文を収録しています。もう1つは、大韓リハビリテーション医学会2005年秋季学術大会での講演をまとめた私の論文「日本の介護保険制度と病院経営-保健・医療・福祉複合体を中心に」で、これは本シンポジウム報告集に「参考文献」として収録しています[略。拙著『介護保険制度の総合的研究』勁草書房,2007,補章2]。

1.2005~2008年の医療・介護保険制度改革

まず、2005~2008年に連続的に行われた医療・介護保険制度改革の概略をお話しします。このための法改正は、2001年4月から2006年9月まで5年半も続いた小泉政権の後期に行われました。具体的には、2005年6月に介護保険法改正が成立し、その1年後の2006年6月に医療制度改革関連法が成立しました。2006年9月に小泉政権を引き継いで成立した安倍政権、および2007年7月の参議院議員選挙での自由民主党の惨敗と安倍政権の崩壊を受けて2007年9月に成立した福田政権も、小泉政権による改革の大枠は踏襲していますが、ともに改革の行き過ぎを軌道修正しています。

(1) 医療制度改革関連法(2006年成立、2006~2008年実施)

まず、医療制度改革関連法について説明します。これは、2006年6月に成立し、2006年から2008年にかけて順次実施されています。

この法律の最大の目的は、医療費(正確には公的医療費の伸び率)を抑制し、制度の持続可能性を保つこと、とされています。ただし、日本の医療費水準(対GDP比)は、日本と1人当たりGDPがほぼ同水準の主要先進7か国(G7)中最低であるため、医師会・医療団体はこれを批判し、逆に公的医療費の総枠拡大を求めています。私も同じ意見です。

医療制度改革関連法による改革の範囲は極めて広く、健康保険法、老人保健法、医療法の改正等、医療制度関連のほとんどすべての法改正を含んでいます。そのために、厚生労働省等はこの改革を「抜本改革」と自画自賛していますが、私は、個々の制度改革は従来の政策の延長上にあるため、「包括的改革」ではあるが、「抜本改革」とは呼べないと判断しています。

私がこう判断する最大の理由は、医療制度改革関連法には、小泉政権が当初目指していた医療分野への市場原理導入(新自由主義的改革)がごく限定的にしか含まれないからです。逆に、この法改正により、日本医療の2つの柱(国民皆保険制度と民間非営利医療機関主体の医療提供制度)の大枠は今後も維持されることが確定したと言えます。そして、民間非営利医療機関の主役が医療法人と複合体なのです。

改革の手法は規制強化だが1つ例外

改革の手法も、新自由主義的改革派が目指していた規制緩和ではなく、規制強化です。その具体的手法は次の3つです。第1は、医療保険制度と医療提供制度の両面で、規制強化をさらに強めること。第2は、国による規制強化に加えて、地方自治体(都道府県)による規制強化を新たに加えること。第3は、医療費抑制計画(公式には「医療費適正化計画」)に、PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを新たに組み込むことです。

ただし、規制強化には1つ例外があります。それは、医療機関(医療法人)が直接開設できる介護施設が大幅拡大されたことです。具体的には、2007年に、医療法人による有料老人ホームと高齢者専用賃貸住宅の開設が解禁されました。さらに、今後は、医療法人による特別養護老人ホームの開設も解禁される可能性があります。

医療費抑制の2つの柱-実効性は疑問

医療制度改革関連法による医療費抑制には2つの柱があります。1つは生活習慣病(メタボリック・シンドローム)対策です。ただし、これの医療費抑制効果は世界的にも証明されておらず、「社会的実験」と言えます。そもそも日本の肥満率は韓国と並んで、OECD加盟国中もっとも低いため、日本では生活習慣病対策の効果はごくごく限られていると思います。OECD『図表で見る保健医療2007』(Health at a Glance 2007)によると、日本の肥満率(BMI30以上)は3.0%、韓国は3.5%で、OECD加盟国30か国平均の14.6%の五分の一、肥満率がもっとも高いアメリカの32.2%のわずか10分の1に過ぎません。そのためもあり、私を含めた日本の医療経済学研究者の大半は、メタボリック・シンドローム対策による医療費抑制効果には懐疑的です。

医療費抑制のもう1つの柱は、病院の平均在院日数の短縮で、その中心は「介護療養病床」(介護保険適用)の廃止と「医療療養病床」(医療保険適用)の削減です。ただし、私はこれの全面実施は困難と判断しています。なぜなら、現在療養病床に入院している患者が追い出されて、「医療難民」や「介護難民」とならないような予防対策が不可欠だからです。そのために、私は、介護療養病床の廃止・削減による医療費削減効果はごくわずかにとどまると予測しています。

医療制度改革関連法で最後に強調したいことは、この療養病床の廃止・削減に限らず、医療保険の給付範囲を急性期、亜急性期医療に限定する方向が明確に打ち出されたことです。この方向は、2006年と2008年の診療報酬改定で鮮明になっています。

(2) 介護保険法改正(2005年成立、2005~2006年実施)

次に介護保険法改正について述べます。先程述べましたように、この法改正は医療制度改革関連法よりも1年早く2005年に成立し、2005~2006年に実施されました。

この法改正の最大の目的は、急増する介護保険給付費を抑制し、制度の持続可能性を保つこと、とされています。ここで見落としてならないことは、目指されているのは介護給付費絶対額の抑制ではなく、「伸び率」の抑制であり、政府が想定している今後の介護保険給付費の伸び率は、医療費の伸び率よりもかなり高いことです。そのため、私は、介護は医療以上の「永遠の安定成長産業」だと考えています。ただし、2006年度は、介護報酬の大幅引き下げにより、介護給付費総額は2000年に介護保険制度が始まって以来初めて減少しました。

介護給付費の2つの抑制策-長期的抑制策の実効性は疑問

介護保険給付費の抑制策には、短期的抑制策と長期的抑制策の2つがあります。短期的抑制策は保険給付の範囲と水準の縮小であり、その中心は、介護施設の食費と居住費を保険給付から除外し、全額利用者負担とすることです。これは、利用者には「夢も希望もない」改革であり、特に低所得者の施設入所はますます困難になっています。いわゆる「軽度者」の介護サービス給付も制限され、次に述べる「新介護予防給付」へ移行されました。さらに、介護報酬の大幅引き下げで、介護サービス提供事業者も大幅減益になっています。

介護給付費の長期的抑制策は、介護予防の推進により、介護費用の急増を抑制することです。具体的には、「軽度者」には「新介護予防給付」(筋力向上トレーニング、口腔機能ケア、栄養改善)を優先して実施し、要介護者の出現率を低下させ介護費用の抑制をめざすことになりました。ただし、介護予防の長期的健康増進効果や費用(医療費・介護費)抑制効果を厳密に実証した研究は世界的にもほとんどありません。

介護保険が目指すケアの場所の転換-「自宅」から「在宅」へ

介護保険法改正で強調したいことは、介護保険が目指すケアの場所が転換したことです。具体的には、従来の「在宅ケア(自宅でのケア)」偏重から、「居住系サービス」整備への転換です。ここで、居住系サービスとは、自宅と従来型施設の中間、「自宅以外の多様な居住の場」を意味し、具体的には、ケアハウス、有料老人ホーム、グループホーム等の地域密着型サービス、高齢者専用賃貸住宅等が含まれます。これらの大半は、実態的には小規模施設と言えます。

ここで注意していただきたいことは、厚生労働省は「在宅」に自宅だけでなく、小規模施設と言える「居住系サービス(居住系施設)」も含んでいることです。これは、在宅=自宅という日本語の日常的用法とは異なり、一般国民はもちろん、医療・福祉関係者やジャーナリストにも混乱を生んでいます。さらに厚生労働省は、2008年の診療報酬改定で、医療保険上の「在宅」・「居住系施設」の範囲をさらに広げ、なんと特別養護老人ホーム(代表的な社会福祉施設)まで含むことにしました!?この新しい定義によると、「在宅」に含まれないのは、医療施設と老人保健施設だけになります。

居住系サービス(居住系施設)は、大規模施設に比べて、建設費・介護給付費ともかなり安いのは事実です。ただし、意外なことに、自宅介護の費用(保険給付費)は、居住系サービスよりも高いのです。具体的には、自宅介護の1月当たり介護保険給付は最大36万円ですが、居住系サービスのそれは30万円未満です。

2006年の介護保険法改正には、もう1つ、いわば隠れた狙いとして、介護保険事業者(特に大手営利企業)に対する規制強化が含まれていました。この点については、後で述べます。

2.医療・介護保険制度改革が保健・医療・福祉複合体に与える影響

(1)保健・医療・福祉複合体とは?

次に、報告の2番目の柱「医療・介護保険制度改革が複合体に与える影響」を述べます。

まず、複合体について簡単に説明します。複合体とは、医療機関(病院・診療所)の開設者が、同一法人または関連・系列法人とともに、各種の保健・福祉施設のうちのいくつかを開設し、保健・医療・福祉サービスを一体的(自己完結的)に提供するグループを意味します。私は1996年に複合体の定義を提唱し、1996年から1998年の3年間、それの全国調査を実施しました。手前味噌ですが、現在では、複合体という用語は厚生労働省や医療・福祉関係者が日常的に用いる一般名詞になっています。

この定義に基づけば、複合体には公立病院や公立診療所を母体とするものも含まれますが、大半は民間中小病院・診療所が母体で、その主役は医療法人です。複合体のうち、医療機関と在宅・通所ケア施設のみを有する比較的小規模な複合体を私は、「ミニ複合体」と読んでいます。

複合体は、1980年代後半から出現しましたが、急増したのは、旧厚生省が介護保険制度の構想を明らかにした1990年代後半以降です。そして、2000年の介護保険制度開始後、複合体は民間医療機関の主流になりました。

(2) 2005~2006年の医療・介護保険制度改革は複合体への「第2の追い風」になる

次に、2005~2006年の医療・介護保険制度改革が複合体への「第2の追い風」になることを説明します。「第1の追い風」とは2000年の介護保険制度創設です。この点については、冒頭に紹介した私の2つの韓国語訳文献をお読み下さい。

保健・医療・福祉サービスの連携と統合の推進

医療・介護保険制度改革が複合体への「第2の追い風」になる理由は2つあります。第1の理由は、医療保険と介護保険との役割分担により医療保険給付範囲が縮小される反面、保健・医療・福祉サービスの連携と統合が推進されることです。

理論的には、サービスの連携と統合には2つの形態があります。1つは単独サービスを提供する施設・事業者のネットワーク、もう1つは保健・医療・福祉サービスを一体的に提供する複合体です。両者には一長一短がありますが、現実的・制度的に、複合体の方が圧倒的に有利です。ただし、ネットワークと複合体は対立物ではなく、大半の地域で、競争的に共存しています。ごく一部の地域では、大規模複合体が利用者の「囲い込み」を行っていることが問題となっていますが、逆に、地域の保健・医療・福祉サービスのネットワークの中心になっている複合体も少なくありません。

厚生労働省が営利企業育成策から抑制策に転換

医療・介護保険制度改革が複合体への「第2の追い風」になる第2の理由は、厚生労働省が、営利企業育成策から抑制策へと方針転換したことです。実は厚生労働省は2000年の介護保険制度創設時には、在宅介護については、営利企業の参入を自由化しただけでなく、それを奨励しました。これによって、在宅介護サービスの総量が急増しました。

他面、介護保険制度開始後、大手営利企業が利益獲得優先の行動に走る弊害も明らかになってきました。例えば、日本医師会総合研究機構の調査によれば、営利企業の不正請求等による処分率は、非営利事業者の10倍にも達しています。

営利企業の処分で最大のものは、2007年6月に、在宅介護で第2位の企業コムスン(事業所1000以上、利用者8万人)が、特別に悪質な不正行為を続けてきたとして、厚生労働省から全事業所対象の厳しい処分を受けたことです。これによりコムスンは解体され、大きな社会問題になりました。この処分を通して、2005年の介護保険法改正の隠れた狙いが営利企業に対する規制強化だったことが明らかになりました。

その結果、今後は、医療だけでなく、介護でも、サービス提供組織の主役は非営利組織であることが明確になりました。そして、その中核が複合体なのです。

ただし、介護保険制度開始時の「第1の追い風」時とは2つの違いがあります。1つは、介護保険制度創設時には介護事業は高い利益率を享受できたのと異なり、その後2回の介護報酬引き下げにより、介護事業の高い利益率はもはや望めないことです。もう1つは、新しい複合体のサービス提供形態は相当変わることです。具体的には、今までの入所施設中心から、「居住系サービス」中心への転換です。

以上2つの変化のため、今後、複合体経営者には高いマネジメント能力が求められるようになる、と言えます。

おわりに-韓国の介護保険制度と複合体への期待

最後に、2008年7月から始まる韓国の介護保険制度と韓国の医療機関・複合体への期待を述べ、私の報告を終わります。

韓国の介護保険制度は日本より25年も早い

まず私が強調したいことは、韓国の介護保険制度の開始は日本より実質的に25年も早いことです。なぜなら、韓国の2005年の高齢化率(9.1%)は日本の1980年=25年前の水準だからです。当時の日本では、介護保険制度の必要は誰も考えていませんでした。

私は、韓国の人口高齢化が、日本や欧米諸国に比べてまだかなり低い段階で、いち早く介護保険制度を導入できた理由は2つあると思っています。1つは、韓国が大統領制であり、2002年の大統領選挙時の公約で、介護保険制度の導入を掲げたノムヒョン前大統領が、トップダウンかつ超高速で政策立案・決定ができたことです。もう1つ、これは延世大学の丁炯先教授が私の著書の韓国語訳の序文で書かれていることですが、韓国のお隣の日本が、介護保険制度を先に実施し、韓国に「数百、数千億ウオンの研究費を費やしても求めることができない重要な情報を提供」したからです。

韓国の介護保険制度の困難

他面、私は、韓国の介護保険制度は開始後、日本に比べて大きな困難に直面する可能性が大きいとも懸念しています。その理由は2つあります。

1つは財源面の制約であり、韓国の国民の所得水準は日本に比べてまだ低く(1人当たりGDPは日本の約半分)、老齢年金制度も未成熟(受給者は1割強)であるため、保険料をきわめて低く設定せざるをえないことです。具体的には日本円で1人1月当たり約300円であり、これは日本の介護保険制度開始時の約3000円の10分の1にすぎません。

もう1つはサービス面の制約であり、介護サービスのインフラ整備がまだ大幅に遅れているからです。このような2つの制約のため、韓国の介護保険は、日本に比べて、利用者負担率は高く(日本の1割に対して韓国は2割です)、保険給付の範囲と水準は低く、増大する国民の介護ニーズに十分に答えられない可能性があります。

介護保険成功のため韓国の医療機関・複合体の果たすべき役割

それだけに韓国で介護保険を成功させるためには、韓国の医療機関・複合体の果たす役割は非常に大きい、と私は考えています。その理由は2つあります。

まず、入所施設の新設を厳しく抑制している現在の日本と異なり、韓国ではまだ入所施設が絶対的に不足しているため、当面、入所施設の増加策が採られることです。韓国の介護保険制度設計に大きな影響力を持っている延世大学の丁炯先教授も、2007年6月に名古屋市で開催した日本福祉大学・延世大学共催の「第2回定期シンポジウム」で、韓国では「伝統的入所施設を増やすことが課題である」と明言されました。

次に、医療法人が直接特別養護老人ホームを開設することがまだ禁止されている現在の日本と異なり、韓国では2007年の医療法改正により、日本より一足早く医療法人が特別養護老人ホームを直接開設できるようになり、それと病院との一体的運用ができるからです。

この規制緩和に象徴されるように、韓国の保健福祉部は、介護保険開始前から、医療機関の介護サービス分野への進出、つまり複合体化を大いに奨励しています。それに対して、日本の厚生労働省は介護保険制度設計時は、複合体の存在にまだ気づいておらず、独立した事業者間のネットワークでサービス提供を行うことを想定していました。厚生労働省幹部が複合体の積極的役割に初めて言及したのは、介護保険制度開始直前の2000年1月でした。

そのために、私は、韓国の介護保険成功の鍵の1つは、医療機関・複合体が介護サービス分野(介護施設と在宅介護の両方)に積極的に参入することであると思っています。そしてこの動きはすでに始まっています。鄭丞媛さんの日本福祉大学2007年度学位取得論文「医療・福祉施設の複合化による経営効果・効率に関する研究-日韓における高齢者医療福祉複合施設(複合体)を中心に」によると、介護保険開始1年前の2007年の時点で、韓国の老人専門病院の約9%がすでに医療サービスと福祉サービスを統合して複合体化しており、さらに「今後、医療サービスと福祉サービスを一緒に提供する計画がある」と回答した施設も36%にのぼっていました。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算35回.2008年分その3:8論文+参考1冊)※2論文は2007年発表

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○予防医療は費用を削減するか?医療経済学と大統領選挙候補者たち(Cohen JT, et al: Does preventive care save money? Health economics and the presidential candidates? New England Journal of Medicine 358(7):661-663,2008)[評論]

アメリカの大統領選挙の候補者選びでは医療問題が再び中心的争点となっており、有力立候補予定者はみな予防医療を重視し、それにより医療費を節減できると訴えている。確かに一部の予防的介入は費用を節減することが証明されているが、逆に費用を増加させるものもある。例えば、罹患率が非常に低く、しかも予防手段が確立していない疾患では、スクーリング費用が治療費の節減を上回る。

この点を包括的に検討するために、「タフト・ニューイングランド医療センターの費用効果分析登録」に含まれる2000~2005年に発表された介入研究599論文を対象にして、予防と治療の費用対効果(QALY1年延長当たり費用)を比較したところ、予防と治療(既存疾患の治療)の費用対効果の分布はきわめて類似していた。費用を節減した介入は、予防20%弱、治療18%強にすぎず、もっとも多いのはQALY1年延長当たり費用が10,000~50,000ドルの介入であり、予防36%弱、治療34%強であった(論文では分布図のみ掲載)。この結果は、予防的介入のうち医療費を節減できるものはごく一部にすぎないことを示している。

二木コメント-医療経済学的には、「予防は治療に勝る」とは必ずしも言えないことを(再)実証した論文です。政治家や官僚が予防により医療費を節約できると空約束をする一方、医療経済学研究者がそのような主張には根拠がないと批判するのは、日米共通のようです。

○予防による医療費増加率抑制の可能性(Russell LB, et al: Prevention's potential for slowing the growth of Medical spending. National Coalition on Health Care, October 2007:http://www.nchc.org/nchc_report.pdf)[文献レビュー]

予防は医療費増加率を抑制する切り札とされることが多い。しかし、予防は単一の手段ではなく、それの経済効果は、(1)ワクチン、(2)重篤な疾病予防の薬物療法、(3)疾病の早期発見、(4)ライフスタイルの変化に分けて、個別に検討しなければならない。一般にワクチンはもっとも費用対効果が良い(健康な余命1年延長当たり費用が少ない。以下同じ)が、個々のワクチンの費用対効果は、疾病の発生率、ワクチンの効果と価格に依存しており、常に医療費を抑制するわけではない。重篤な疾病予防の薬物療法(降圧剤の服用等)の費用対効果も薬物の効果と価格に依存し、薬物の価格が高い場合には医療費が増加する。疾病の早期発見は、それが疾患の治癒につながる場合にのみ費用効果的である。最後にライフスタイルの変化(糖尿病予防、禁煙等)では、それの効果そのものが問題となり、多くの国民は不健康な習慣を続けることが多い。しかも、患者の時間価値を経済計算に含むと、ライフスタイルの変化による見かけ上の費用削減は、実際には医療部門側から患者側へのコストシフティングにすぎないかもしれない。最後に、各種予防手段の費用対効果研究の結果を一覧表にしてみると、費用対効果は非常にバラツキが大きく、予防が常に医療費を抑制するとはとても言えない。大半の予防手段は、医療費の増加と健康状態の改善の両方をもたらす。

二木コメント-上記Cohen等論文で紹介されていた、Russell女史の最新かつ簡明な文献レビューです。この論文のポイントは、費用対効果に優れた(この意味で効率的な)予防手段の大半が医療費増加を招くことです。なお、Russell女史の著作『予防は治療に勝るか?』("Is Prevention Better Than Cure?" The Brookings Institution,1986,134pages)は予防の経済分析の古典であり、しかも現在でもAmazon等から簡単に購入できます。御参考までに、私が1986年=12年前に『病院』誌「海外医療情報」欄用に書いた紹介は以下の通りです(ただし、なぜか不掲載)。

○参考:『予防は治療に勝るか?』(Russell LB: Is Prevention Btter Than Cure ?, The Brookings Institution, 1986)[概説書]

一般に予防は明らかな効果があるだけではなく、治療に比べて費用が安くてすむと言われている。しかし、著者はこのような単純な見方を排して、代表的予防手段の効果、リスク、費用を分析的に検討し、その結果、疾病の予防は効果と共に多少のリスクをも持っていること、および予防手段の費用(単価)は一見少額に見える場合も、総費用は治療費の節減額より大きくなること-予防は一般的に医療費を増加させること-を明らかにしている。この結果に基づいて、著者は医療における投資の選択は、予防か治療かの二者択一ではなく、予防と治療の最適ミックスを探すことであると結論づけている。

全体は5章から構成されている。

まず第1章では、各予防手段の評価(費用効果分析)のために、以下の5つのチェックリストが示されている:(1)対象とする集団と予防手段実施の頻度、(2)リスクの規模(疾病に罹患するリスクと予防手段実施に伴うリスク)、(3)リスクの不確実性、(4)個々人の価値観(選好)、(5)予防手段が実施され効果が現れるまでの期間(「懐妊期間」)。

続く第2~4章では、3つの領域の代表的予防手段-(1)ワクチン(種痘と麻疹ワクチン)、(2)スクリーニング(高血圧の早期発見・早期治療と子宮癌検診)、(3)ライフスタイルの変化(運動)-についての歴史と論争、主要な臨床・疫学的調査研究の結果が丹念にフォローされるとともに、費用効果分析の視点から問題点が整理されている。

特に、従来ライフスタイルの変化(運動)のための費用がほとんど無視されてきたのに対して、第4章で、国民がこの予防手段を実行するように啓蒙するためには膨大な費用がかかること、および各人が運動を実行する場合には少額の貨幣費用以外に相当の時間費用(機会費用)がかかることが指摘されていることは興味深い。ただし、このライフスタイルの変化の費用効果分析はまだ欧米でも実施されていないとのことである。

最後に第5章では、今後費用効果分析を標準化するために必要なポイントとして、以下の6点があげられている(1)研究の視角(費用を誰が支払うかにかかわりなくすべての費用と効果を明示する)、(2)同一の割引率を使用(予防の効果は費用が使われてから長期間後にしか現れないため、割引率の問題は特別に重要。5%が妥当)、(3)予防手段の結果延命された年限に消費される医療費は除外する、(4)施設収容の費用としては施設収容費と在宅生活費との差額のみ計算する、(5)予防手段の効果はQOLの変化を反映した「健康な余命の延長」、「質を調整した余命の延長」で測定する、(6)余命の延長の結果得られる勤労所得を予防費用から差し引くのは重複計算になるため、不適切である。

本書は研究書ではなく概説書であるが、それだけに従来の諸研究の問題点が鳥瞰できる。今後、慢性・変性疾患の予防・早期治療の経済分析をする上での必読書と言えよう。

○専門的緩和ケアの効果-体系的文献レビュー(Zimmermann C, et al: Effectiveness of specialized palliative care A systematic review. JAMA 299(14):1698-1709,2008)[文献レビュー]

世界的に、癌や他の疾患の終末期患者に対して、専門的緩和ケアチームがケアを提供する機会が増えているが、それがQOL、ケア満足度および経済的費用に与える影響を、研究の質を同一基準で評価しつつ体系的に検討した研究はなされていない。そこで専門的緩和ケアと通常ケア等のアウトカムをランダム化比較試験により比較し、しかもアウトカム指標としてQOL、ケア満足度または経済的費用のいずれかを用いていた22論文を対象にして、体系的文献レビューを行った。これら論文は1992~2007年に発表され、16論文がアメリカの、6論文がイギリスの研究であった。家族のケア満足度は10論文中7論文で確認されていた。他面、患者のQOLを評価した13論文中4論文、および患者の症状を評価した14論文中1論文でしか、有意の効果は認められなかった。専門的緩和ケアの費用抑制効果を検討した7論文中1論文でしか有意の抑制は示されていなかった。レビューした全論文に研究方法論上の欠陥が認められた。以上の結果に基づいて著者は、専門的緩和ケアの便益の証明はまだ乏しいと結論づけている。

二木コメント-とりあえず「専門的緩和ケア」と訳しましたが、日本流の「緩和ケア」そのもののようです。日本より緩和ケアがはるかに普及しているアメリカやイギリスで、その効果を証明した研究が乏しいという結果は意外・重大と思います。なお、日本では、ホスピス(緩和ケア病棟)の1日当たり入院料は3万7800円(×30日=月113万4000円)で、一般病棟で「通常ケア」を受ける大半の終末期がん患者の入院医療費より相当高額であるため、緩和ケアの費用抑制効果が主張されることはありません。

○ホスピス[利用]がナーシングホーム居住者の公費に与える影響(Gozalo PL, et al: Hospice effect on government expenditures among nursing home residents. Health Services Research 43(1):134-153,2009)[量的研究]

アメリカのメディケア(老人医療保険)のホスピス給付が、メディケア・メディケイド(医療扶助)の重複給付を受けてナーシングホームに居住している高齢者の総費用(以下、公費)に与える影響を検討した。フロリダ州のナーシングホーム居住者で1999年7~12月に死亡した5774人を対象にして、後方視的コホート調査を行った。MDS評価に基づいて居住者の重症度を調整した。ナーシングホーム短期居住者(90日以内)ではホスピス利用により、公費は22%も節減でき、長期居住者(90日超)のうち、がん患者でも公費は8%節減できた。しかし、認知症患者ではホスピス利用は費用中立的であり、ガンや認知症以外の患者では逆に公費は10%増加した。

二木コメント-ホスピス利用と総費用との関係は疾患により異なり、ホスピス利用が必ずしも総費用の削減をもたらさないことを示した興味深い研究です。

○[アメリカの]医療連携-医療システムの至る所にある危険な旅(Bodenheimer T: Coordinating care - A perilous journey through the health care system. New England Journal of Medicine 358(10):1064-1071,2008)[総説]

アメリカでは医療連携は「患者の診療に関わる2つ以上の主体間の活動を慎重に統合して、医療サービスの適切な提供を促進すること」と定義されている。しかし、最近の研究は医療連携は多くの場合失敗していることを示唆している。切れ目のない連携のバリアとしては、プライマリケア医の不足と過重労働、電子カルテの相互運用の欠如、連携活動を正当に評価しない支払い方式の不備、診療統合システムの欠如があげられる。一部地域で取り組まれている連携を改善するモデルとしては、以下のものがあるが、その効果はまだ厳密には評価されていない。プライマリケア医と専門医間の連携(電子メールを用いた紹介、公式の紹介契約)、病院退院後の治療継続(病院主導のプロジェクト、治療移行プログラム、小規模チームモデル)。医療連携を促進するためには、これらの先駆的試みに加えて、医療サービスの全体的組織も検討する必要がある。

二木コメント-アメリカの医療連携の問題点と先進的取り組みを鳥瞰できる好論文です。アメリカでは、日本以上に医療連携が遅れている反面、医療連携の不備についての膨大な実証研究が行われていることが分かります。なお、著者のBodenheimerは、カナダ型国民皆保険制度の導入を目指して精力的に言論・実践活動を行っている高名な医師で、その著作は日本語に翻訳されています(下村健・他訳『アメリカ医療の夢と現実-アメリカ医療を臨床面からみる』社会保険研究所,2000(原著1999))。

○統合ケアが[オランダの]ナーシングホームの直接ケアに与えた影響(Paulus ATG, et al: The impact of integrated care on direct nursing home care. Health Policy 85(1):45-59,2008)[量的研究]

多くの国のナーシングホームでは、伝統的ケアが統合ケア(統合介護)に置き換えられつつある。ここで統合ケアとは、一連のケア提供機関とケア提供者(インフォーマルケアの提供者も含む)が連携して、個々の利用者に対して、計画的かつきちんとマネジメントされた諸サービスを切れ目なく提供することであり、「需要側主導のサービス提供」と言える。オランダの3つのナーシングホーム居住者の1999~2003年データを用いて、伝統的ケア、統合ケア、中間的ケア別に、14種類の直接ケアの頻度と時間を比較した。その結果、統合ケアでは他の2つのケアに比べて、直接ケア全体の提供頻度と提供時間が高かった(長かった)が、その差は大きくはなかった。その理由は、直接ケアの相当部分がルーチン化されたものであるためであった。この結果に基づいて、著者は統合ケアに過度の期待を持つべきではないと主張している。

二木コメント-ケア(介護)の方式の革新に「過度な期待を持つべきではない」との著者の主張は妥当と思います。

○[アメリカの]ナーシングホーム居住者の入院の予測因子-文献レビュー
(Grabowski DC, et al: Predictors of nursing home hospitalization A review of the literature. Medical Care Research and Review 65(1):3-39,2008)[文献レビュー]

ナーシングホーム居住者の病院への入院は費用がかさみ、しかも医原病や心理的問題を生む可能性もある。そこで、入院決定と、居住者の厚生と選好、ナーシングホーム側の態度、入院のもたらす費用的意味合いとの関係を検討した65論文(1983~2007年発表)を批判的にレビューした。大半の研究は調査計画に欠陥があり、その結果選択バイアスが存在する可能性があった。それにもかかわらず、先行研究により、ナーシングホーム居住者の入院はしばしば生じているが、かなり予防可能なこと、および入院とナーシングホームの運営、各州のメディケイド政策との間に関連があることが確認できた。

二木コメント-おそらくこのテーマでは最初の詳細な文献レビューであり、アメリカのナーシングホーム研究者の必読文献と思います。ただし、アメリカの病院とナーシングホームと、日本の病院と介護保険施設の性格はまったく異なるため、アメリカの知見をそのまま日本に当てはめることはできません。

○入院患者は個室から便益を受けるか?-文献レビュー(van de Glind I, et al: Do patients in hospitals from single rooms? A literature review. Health Policy 84(2-3):153-161,2007)[文献レビュー]

治療環境や根拠に基づいたデザインが注目されるにつれて、多くの病院が個室を提供するようになっている。しかし、それの科学的根拠はまだ明確ではないため、個室が患者に与える便益を検討した25文献(1970~2006年に発表された英語論文)をレビューした。個室のアウトカム指標としては、患者のプライバシーと尊厳の保持、患者の医療満足度、騒音の減少と睡眠の質、院内感染率、回復率(在院日数と合併症併発率)、患者の安全(転倒と投薬ミス)が用いられていた。25文献中ランダム化比較試験を行っていたのは4文献のみであった。個室は患者の医療満足度、騒音の減少と睡眠の質、プライバシーと尊厳の保持には中等度の(moderate)効果があった。しかし、院内感染率についての結果は一致せず、変わらないとする報告と、減少するとする報告があった。個室が回復率や患者の安全を増すとの根拠はなかった。ただし、個室の効果を厳密に評価した文献はほとんどなく、確定的な結果は得られなかった。

二木コメント-個室の効果を総合的に検討した世界初の文献レビューと思いますが、まだ「予備的研究」のレベルです。3人の著者はいずれもオランダの研究者です。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その42)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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