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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻22号)』(転載)

二木立

発行日2006年06月01日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/ )


目次


1.拙論1:医療経済・政策学の視点と方法1.拙論:21世紀初頭の医療改革の3つのシナリオ

-第1回日韓共同シンポジウムでの報告より
(「二木教授の医療時評(その28)」『文化連情報』2006年6月号(339号):24~28頁)

5月19日に韓国・ソウル市で、日本福祉大学・延世大学共催の「第1回日韓共同シンポジウム」が開催されました。今回の共通テーマは医療政策と地域福祉政策で、日韓両国の研究者が相互に報告と討論を行いました。日本からは、私が「日本における21世紀初頭の医療改革の3つのシナリオ」を、平野隆之日本福祉大学教授が「日本における高齢化社会のもとでの地域ケア政策」を、報告しました。

「3つのシナリオ」説は私が2000年以来、わが国の医療政策の分析枠組みとして提唱しているもので、拙著『21世紀初頭の医療と介護』(勁草書房、2001)序章『医療改革と病院』(勁草書房、2004)第II章で詳細に論じています。シンポジウムでは、これら2つの著作をベースにしつつ、提唱後5年間の変化を踏まえて、次の3本柱で報告しました。第1は医療・社会保障制度改革の3つのシナリオ説、第2は3つのシナリオ説の留意点、第3は2001年「骨太の方針」中の新自由主義的医療改革とその帰結、です。最後に、よりよい医療制度をめざした私の改革提案について述べました。

今回は、この報告のうち第1と第3の柱について、特に上記2つの著作で触れていないことを中心に、紹介します。手前味噌ですが、私は3つのシナリオ説は、わが国の複雑な医療改革の流れを総合的に把握し、今後の医療改革の方向を正確に予測するとともに、今後めざすべき「よりよい医療制度」について考える上で、不可欠だと考えていますし、多くの医療・社会保障研究者や厚生労働省関係者から賛同を得ています。

医療改革の3つのシナリオ

私は、1990年代末~20世紀初頭の医療・社会保障改革には、次の3つのシナリオ(選択肢・潮流)があると考えています。

第1のシナリオは、アメリカ型の新自由主義的改革、つまり市場原理を万能視し、医療・社会保障もそれに基づいて改革すべきという主張です。これは、内閣府の経済財政諮問会議(民間議員)や規制改革・民間開放推進会議、財界や経済官庁の一部、および「外圧」=アメリカが押し進めようとしている改革で、「金融ビッグバン」の医療版という意味で、「ビッグバン・アプローチ」と呼ばれることもあります。

これには3つの柱があります。第1は国民皆保険・皆年金制度を究極的には解体し、民間保険中心の制度(マネジドケア。管理医療)に切りかえる。第2は、社会保障費用の総枠を抑制した上で、財源は保険料よりもむしろ消費税主体にして、大企業の負担を大幅に軽減する。第3は、株式会社による医療・福祉施設経営の自由化です。

なお、経済産業省は、当初、新自由主義的医療改革(株式会社の病院経営解禁、混合診療の全面解禁等)を主張していましたが、最近はそれを取り下げています。最強官庁である財務省は、内閣府等と共に公的医療費の抑制を強力に推進していますが、株式会社の病院経営解禁、混合診療の全面解禁には慎重であり、第1のシナリオと第2のシナリオの中間的立場と言えます。

第2のシナリオは、厚生労働省が90年代中葉から21世紀初頭にかけて進めようとしている改革で、第1のシナリオのように現行の医療・社会保障制度の解体ではなく、それを公私2階建て制度に再編成しようとするものです。つまり国民皆保険・皆年金制度の大枠(家に例えれば1階部分)は維持しつつ、公的費用抑制を継続し、公的な1階部分を越える2階部分は全額私費負担(患者負担または民間保険給付)にし、しかもこの2階部分を公認・育成するというシナリオです。ただし、第2のシナリオで目指されているのは、全面的な公私2階建て化ではなく、部分的・限定的な2階建て化です。

第3のシナリオは、公的医療費・社会保障費用の総枠拡大、せめてヨーロッパ並みの医療費水準にするという改革案で、これは、日本医師会を含めた多くの医療団体・医療関係者が主張しています。私自身もこのシナリオを支持し、1994年に出版した『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』(勁草書房)0以来、これを実現するための医療制度改革を提案しています。

日本の現在の医療制度改革の議論では、医療費抑制政策の強化を当然の前提として、高齢者医療制度の改革を中心とした医療保険制度改革に議論が集中しています。しかし、私は、制度改革のみで医療の質を向上させることは不可能であり、重要なのは制度改革ではなく、公的医療費総枠の拡大であると考えています。

この3つのシナリオ説でもっとも強調したいことは、1990年代末以降、政府・体制の医療・社会保障改革のシナリオが2つに分裂していることです。医療関係者や医療団体、研究者の中には、この点を見落として、政府・厚生労働省が一体となって、医療・福祉分野に市場メカニズムを導入する新自由主義的改革を進めようとしていると主張している方が少なくありません。しかし、これは事実誤認であり、厚生労働省は第1のシナリオ(特に株式会社の病院経営解禁や混合診療の全面解禁)には頑強に反対しており、この点に限っては、第3のシナリオとも共通点があります。と同時に、第1のシナリオと第2のシナリオは公的医療費(医療給付費)の抑制という点では大枠で一致していることも見落とすべきではありません。

医療以外の社会保障分野での体制内の対立

この3つのシナリオ説は、日本の現実の医療・社会保障政策の分析に基づいて、いわば帰納法的に導き出したものです。私は今まで3つのシナリオ説を医療改革に即して論じてきましたが、医療制度以外の社会保障制度全般(介護・年金制度、雇用保険・労働衛生、社会福祉・生活保護等)の改革の分析枠組みとしても用いることができると考えています。年金、社会福祉・介護、労働衛生分野での、政府・体制内の第1のシナリオと第2のシナリオの対立の概略は、以下の通りです。

年金制度改革では、長年、新自由主義派(第1のシナリオ)と厚生労働省派(第2のシナリオ)との間で大論争が行われてきました。新自由主義派の主張がストレートに盛り込まれた経済戦略会議「最終答申」(1999)は厚生年金の完全民営化を主張していました。しかし、最終的には、2004年の年金制度改革で厚生労働省派が現実的にも理論的にも勝利し、大半の新自由主義派は、年金の2階部分の民営化という主張を放棄するか、年金制度改革について沈黙するようになっています。

社会福祉基礎構造改革についても、新自由主義派は、当初、社会福祉法人制度の解体を含めて、市場原理の全面的導入を目指しましたが、最終的に挫折し、厚生労働省派が勝利しました。介護に関しても、新自由主義派は、当初、税方式(財源は消費税)と「バウチャー方式の選択制」を主張し、経済戦略本部「最終報告」(1999年)にそれが採用されました。しかし、小泉政権成立後、経済財政諮問会議と規制改革・民間開放推進会議はそのような主張を放棄し、現行の介護保険制度を是認するようになっています。そのため、年金と社会福祉・介護保険の改革に関しては、現在では、政府・体制内での対立は、表面的には鮮明ではなくなっています。

労働衛生に関しても、新自由主義派は労災保険の民営化をめざしていますが、これについては2003年に総合規制改革会議(規制改革・民間開放推進会議の前身)内部で大論争が生じ、同会議内での合意さえ得られませんでした。

2001年「骨太の方針」中の新自由主義的医療改革の帰結

小泉政権が絶頂期だった2001年6月に閣議決定された経済財政諮問会議「骨太の方針」の医療改革の部分には、3つの新自由主義的改革(保険者と医療機関の個別契約、株式会社の医療機関経営の解禁、混合診療の解禁)が含まれていました。それらはその後いずれも部分的に認められましたが、実効性はごく限られています。

まず保険者と医療機関の個別契約は、2003年5月に解禁されましたが、個別契約は現在に至るまでまったくありません。次に株式会社の医療機関経営の解禁については、2004年5月の特区法改正で、「医療特区(政府が承認した限定された地域)」・自由診療(全額患者負担)・「高度な医療」に限定して解禁されましたが、申請は診療所が1件のみです(神奈川県)。しかも、これは現在でも自由診療扱いの美容整形であり、病院の進出の動きはまったくありません。第3に混合診療の解禁については、小泉首相自身が2004年9月に解禁の検討を指示したにもかかわらず、厚生労働省と日本医師会を中心とする全医療団体が頑強に反対した結果、2004年12月の政府内合意で、全面解禁は否定され、現在でも例外的に混合診療を認めている「特定療養費制度の再構成」=部分解禁で決着しました。

なお、2001年の「骨太の方針」に盛り込まれていた「社会保障の個人会計システム」(個人レベルでの社会保障の給付と負担が分かる情報提供を行う仕組み)は、社会保障の所得再分配機能を否定する「学者の作文」であり、現在まで経済財政諮問会議内ですらまともに検討されていません。

医療制度改革関連法案には新自由主義的改革は希薄

逆に、2003年3月の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針」では、「将来にわたり国民皆保険制度を堅持する」ことが改めて確認されるなど、第2のシナリオ寄りの医療制度改革が盛り込まれました。

小泉政権は現在開会中の通常国会に、この閣議決定を具体化した医療制度改革関連法案を提出しており、これは医療保険制度、老人保健制度、医療法、介護保険法の改正を含む相当大規模な改革です。しかも衆議院で与党が三分の二以上の議席を占めるため、成立はほぼ確実と見なされています。

しかし、これらの法案がめざしているのは、伝統的な医療費抑制・患者負担の拡大であり、新自由主義的改革はほとんど含まれていません。ただし、第1のシナリオと第2のシナリオとで共通している公的医療費抑制方針はかつてないほど強まっています。しかも医療制度改革関連改革法案に先だって本年4月に実施された診療報酬改定でも、史上最大の引き下げ(マイナス3.2%)が行われました。

なお、2003年3月の閣議決定で「将来にわたり国民皆保険制度を堅持する」ことが改めて確認されて以降は、かつて国民皆保険解体を提唱した新自由主義派の人々も、表向きは国民皆保険制度を是認する一方、公的医療費(保険給付費)の厳しい抑制と混合診療の全面解禁による医療保障制度の全面的公私2階建て化を目指すように方針転換しています。そのために、当面の医療改革のシナリオは、理念的・全体的には私の定義した3つのシナリオであり続けるが、医療保険制度改革に限定しては、第1のシナリオの目指す全面的2階建て化、第2のシナリオの目指す部分的・限定的2階建て化、および公的医療費の総枠拡大の3つとなっています。

新自由主義的医療改革の全面実施がない2つの理由

今後も、医療制度改革をめぐる政府・体制内の対立が継続することは確実です。その結果、様々な妥協・調整が行われ、それにより医療費抑制政策がさらに強化されるとともに、「特定療養費制度の見直し」(混合診療の部分解禁)等を通して、第2のシナリオ寄りの医療保険制度の部分的公私2階建て化が徐々に進む可能性が大きいと言えます。しかし、長期的にも、新自由主義的改革派が一方的に勝利して、医療分野に市場原理が全面的に導入される事態がおこらないことは確実です。

私がこう判断する理由は、経済的理由と国民意識の壁の2つです。

まず経済的理由は、新自由主義的医療改革を行うと、企業の市場は拡大する反面、医療費(総医療費と公的医療費の両方)が急増し、医療費抑制という「国是」に反するからです。私はこれを「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と呼んでいます。

具体的には、まず保険者機能の強化により医療保険の事務管理費が増加するのは国際的常識です。例えば、事務管理費の総医療費に対する割合は、日本は3%弱ですが、保険者機能の強いドイツ・アメリカでは6%台です。次に、営利病院は非営利病院に比べて総医療費を増加させ、しかも医療の質が低いことは、アメリカでの厳密な実証研究により学問的常識となっています。第3に、混合診療を全面解禁するためには、私的医療保険を普及させることが不可欠ですが、私的医療保険が医療利用を誘発し、公的医療費・総医療費が増加することも国際的常識です。

私は、厚生労働省が新自由主義的医療改革に頑強に反対している最大の理由がこれだと判断しています(財務省が新自由主義的改革に慎重なのも同じ理由)。逆に、新自由主義派の研究者や官僚(内閣府や経済産業省に多い)は、市場メカニズムの導入により医療費(最低限、医療価格)を引き下げることが可能と無邪気に考えているようです。

さらに新自由主義的改革のうち、混合診療の全面解禁には、国民意識の壁もあります。それは、混合診療についてのどんな世論調査でもそれの支持は10~20%にとどまっていることです

よりよい医療制度をめざした私の改革提案

最後に、私の考える「よりよい医療制度」を目指した改革について述べます。それは、日本の医療制度の2つの柱(国民皆保険制度と民間非営利医療機関主体の医療提供制度)を維持しつつ、医療の質と医療の安全を向上させ、あわせて医療情報の公開を進めることです。その際、「社会保障として必要かつ充分な…最適の医療が効率的に提供される」ことが不可欠です。これは私の主観的願望ではなく、2003年3月の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針」に明記された、小泉政権の公約です。

このような改革を進めるためには、公的医療費の総枠拡大が不可欠です。その根拠は、日本は、総医療費水準(対GDP比)が主要先進国(G7)中最下位な反面、総医療費の患者負担割合は主要先進国中もっとも高いという、歪んだ医療保険制度を持つ国になっていることです。逆に、小泉政権のように医療費抑制策をさらに強化すると、現在すでに小児科救急や産婦人科領域で生じている医師・医療従事者の過密労働と志気の低下、および医療の質とアクセスの低下が、医療全体に急速に拡大する危険があります。

私は公的医療費の総枠拡大の主財源は社会保険料の引き上げであり、補助的に、たばこ税、所得税と企業課税、および消費税の適切な引き上げも行うべきと考えています。

実は私は、『21世紀初頭の医療と介護』で、「医療・介護の財源私論」を書いたときには、たばこ税の引き上げ、公共事業費の削減、軍事費の削減、累進課税と企業課税の引き上げという定番メニューを列挙した上で、「消費税の逆進性を改善・緩和した上で、一部を医療・福祉費の財源に充当することは十分検討に値する」と書きましたが、社会保険料の引き上げについてはまったく触れませんでした。

しかし、その後、多くの医療経済学・医療政策研究者や厚生労働省関係者等と率直に意見交換する中で、現在の政治的力関係や財政事情を考慮すると、消費税引き上げの大半は年金の国庫負担引き上げや財政赤字縮減の財源として用いられ、医療費にまわる余地はほとんどないため、いわば消去法として医療費増加の主財源は社会保険料しかないと判断するようになりました。

と同時に、私はリアリストとして、国・自治体の財政危機に加えて、国民・患者の強い医療不信を考えると、それが短期的に実現する可能性は残念ながらないとも判断しています。各種世論調査によると、国民の大半は医療サービスの向上と平等な医療の維持を求め、混合診療の導入には強く反対していますが、公的医療費の総枠拡大に不可欠な社会保険料や租税負担の引き上げに対する支持は極めて低いからです。

そのために私は、平等な医療を守りつつ医療サービスの向上を実現するには社会保険料や租税負担の引き上げが必要だと国民が納得し、第3のシナリオを支持するようになるためには、医療者が自己改革を行い、国民・患者の医療不信を払拭することが不可欠だと考えています。そのために、個々の医療機関レベルの自己改革と、個々の医療機関の枠を超えたより大きな制度改革を提唱しています。

具体的には、前者は(1)個々の医療機関の役割の明確化、(2)医療・経営両方の効率化と標準化、(3)他の保健・医療・福祉施設とのネットワーク形成または保健・医療・福祉複合体(「複合体」)化の3つであり、後者は(1)医療・経営情報公開の制度化、(2)医療法人制度改革、(3)医療専門職団体の自己規律の強化の3つです(これについて詳しくは、拙著『医療改革と病院』第II章参照)。

私はこれらの改革が、第3のシナリオ実現の「必要条件」と判断しています。ただし、これらが行われば第3のシナリオが自動的に実現すると楽観しているわけではなく、その意味で、これらの改革は第3のシナリオ実現の「十分条件」ではありません。

[第1回日韓共同シンポジウムの私の報告全文は、私のメールマガジン「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」21号に掲載しています。]

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2.『日本の介護保険と保健・医療・福祉複合体』(韓国語版)出版のお知らせ

本年5月に韓国で拙著『日本の介護保険と保健・医療・福祉複合体』が(株)青年医師(The Doctors' Weekly)から出版されました。訳者は、丁炯先(Jeong, Hyoung-Sun)延世大学校保健科学大学保健行政学科教授です。丁教授は韓国の医療政策研究の第一人者で、本学の21世紀COEプログラムの領域C「日韓比較研究」の共同研究者でもあります。丁教授には、私の以下の4つの著作から、介護保険と保健・医療・福祉複合体関連の主要論文を翻訳していただきました:『保健・医療・福祉複合体』医学書院,1998.『介護保険と医療保険改革』勁草書房,2000.『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001.『医療改革と病院』勁草書房,2004)。

御参考までに、私の著者序文と丁炯先教授の訳者序文(鄭丞媛訳)を添付いたします(『日本の介護保険と保健・医療・福祉複合体』序文・訳者序文)(PDF)。

なお、本書を御希望の方には1冊2000円(含・送料)でお頒けしますので、下記宛て、封書に冊数分の郵便為替を入れてお申し込み下さい:〒460-0012 名古屋市中区千代田5-22-32 日本福祉大学サテライトキャンパス名古屋7階 COE推進委員会(事務局:秋田、横井)。

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3.2006年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その3)

※「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○「韓国における医療政策の形成過程と政治の変化」 ※これのみ2005年発表(Kwon S, et al: The changing process and politics of health policy in Korea. Journal of Health Politics, Policy and Law 30(6):1003-1025,2005. [評論(医療政策研究)]

韓国の前政権(金大中政権)は2000年前後に、3つの大きな医療改革を実施した。第1は350以上あった医療保険組合の単一組織への統合(1999年)、第2は医薬分業(2000年)、第3は医療機関への新しい包括払い方式(DRG方式等)導入の試みである。本論文はこれら3改革を比較し、1国において医療政策の形成過程と政治を改革する場合の重要な教訓を引き出している。

政権交代、金大中大統領の医療政策に対する鋭い関心、および公共政策の形成過程面での民主化がこれらの改革を可能にした。市民団体が改革提案を練り上げることにより、政策形成過程で能動的な役割を果たした。これは従来の政府官僚主導の政策形成過程の大改革を意味した。ただし3つの改革で、改革を主導した利益団体は異なっている。医療保険の一本化では、農村部と労働組合の強い支持が大きな役割を果たした。医薬分業は医師所得への重大な脅威になるにもかかわらず、大統領と市民団体が一気に制度改革を行った。医師会は医薬分業の実施を阻止できなかったが、ストライキを敢行することで改革の内容に影響を与えた。医師会はこのストライキによりDRG方式の全医療機関への拡大を阻止できた。

このような分析を踏まえて、著者は、韓国における今後の医療改革では、利益団体の政治的マネジメントと改革の範囲と影響についての明確な戦略的デザインを考慮する必要があると主張している。

二木コメント-韓国の医療改革についての英語論文で、金大中政権時代の医療政策の形成過程の変化について詳述したものはこれが初めてと思います。日本との決定的違いは政権交代が生じたことおよび市民団体が極めて大きな役割を果たしていることです。

○非施設系長期ケアの費用効果分析:最新文献のレビューと統合 (Grabowski DC: The cost-effectiveness of noninstitutional long-term care services: Review and synthesis of the most recent evidence. Medical Care Research and Review 63(1):3-28,2006.)[文献レビュー]

アメリカではこの10年間で、在宅・地域サービスの財政、給付と提供形態は大きく拡大・変化した。本論文は、メディケイド(医療扶助)の特例(waiver)プログラム、消費者主導ケア(利用者が外部介護者を雇用・監督・解雇する。一部の州のメディケイド等で実施)、急性期ケアと長期ケアを含めた人頭払いモデル、認知症者のケースマネジメントと地域サービスの費用効果分析25論文の文献レビューを行った。これら論文はすべて1994~2004年の11年間に発表されている。

概括的に言えば、これらの新しいモデルにより費用は増えたが、利用者と介護者の福祉も増加していた。個々のプログラム別に見ると、人頭払いモデルと消費者主導モデルは、潜在的にはサービスを効率的に提供する可能性があると評価された。ただし、最近の評価研究の大半は研究デザインに問題がある。例えば、ランダム化試験によるものはごく一部であり、上記結果が治療群・対照群の選択バイアスにより生じた可能性も否定できない。

二木コメント-最新の研究を対象にして得られたこの結果は、1980年代後半~1990年代前半に行われた長期ケアの費用効果分析の「初期の(early)」文献レビュー(メタアナリシス)の結果とほとんど同じです。これにより、在宅・地域ケアは、実施方法のいかんにかかわらず、費用を増加させることが再確認されたと言えます。なお、初期の文献レビューについて詳しくは、拙著『日本の医療費』医学書院,1995,第4章「医療効率と費用効果分析-地域・在宅ケアを中心として」をお読み下さい。初期の文献レビューと本論文との中間段階の特に優れている文献レビューは、以下の通りです。Feldman PH: From post-acute to chronic care: Cost and policy implications of Medicare home health expansion. In: Katz PR, et al (ed): Emerging Systems in Long-term Care. Springer Publishing Company, 1999, pp.45-66.

○「病院[組織]の再構築は[費用]効率の向上をもたらすか?-[オーストラリアにおける]通時的データを用いた実証研究」(Braithwaite J, et al: Does restructuring hospitals results in greater efficiency? - an empirical test using diachronic data. Health Services Management Research 19(1):1-12,2006)[量的研究]

オーストラリアでは組織の再構築を行う病院が増加しており、それの大義名分は費用効率の向上である。再構築による費用効率向上の有無を検証するために、人口がもっとも多い2州の主要教育病院20を対象にして、オーストラリアDRGにより重み付けした1入院当たり平均費用(インフレ調整済み)の5~6年間の推移を分析した。病院の組織構造は、(1)伝統的な専門職分立型(TP)、(2)診療科別分離型(CD)、(3)サービス別分離型(CI)の3型である。

全20病院のうち12病院が再構築を行っていた。CD構造がTP構造よりも効率的との証拠はわずかしかなかった。TP構造からCDまたはCI構造に変えた病院では、1~2年後に有意の変化はなかった。CD構造からCI構造に変えた4病院ではすべて効率が多少低下していた。調査期間に病院の効率は全体的に向上したが、組織構造を変えた病院と変えなかった病院とでは、調査開始時も、調査終了時にも、効率面での差はなかった。

最後に著者は、この結果に基づいて、病院組織の再構築がアプリオリ(自動的)に費用効率を改善するとの安易な主張を批判している。

○「農村部の病院閉鎖が地域経済に与える影響」(Holmes GM, et al: The effect of rural hospital closures on community economic health. Health Services Research 41(2):467-485,2006.)[量的研究(回帰分析)]

アメリカの農村部の病院の閉鎖が地域経済に与える影響を検討するために、1990-2000年の病院閉鎖データと郡レベルの経済データとを統合して、分析した。対象はこの期間に病院閉鎖が生じた134郡で、縦断回帰分析により病院閉鎖が1人あたり所得、失業率等の経済指標に与える影響を推計した。

その結果、郡の唯一の病院の閉鎖は、統計学的に有意な1人当たり所得の低下(703ドル、4%減)と失業率の増加(1.6%ポイント)をもたらした。複数の病院のある郡での1病院の閉鎖でも、1人当たり所得は閉鎖後2年間減少したが、その後回復した。

この結果に基づいて著者は、行政当局が病院の財政的健全性に影響する規制を考慮する場合には、病院閉鎖が地域経済に与える影響を考慮すべきと主張している。

二木コメント-アメリカでは、1980年代以来、病院閉鎖が地域経済に与える影響についての実証研究が積み重ねられており、本論文はそれの最新版です。日本でも、一段と厳しい医療費抑制政策により、今後病院閉鎖が増加する可能性があるため、本論文を含めたアメリカの先行研究を学ぶ必要があると思います。

○「われわれは疾病管理の技術評価で適切な指標を用いているか?体系的文献レビュー」(Steuten L, et al: Are we measuring what matters in health technology assessment of disease management? Systematic literature review. International Journal of Technology Assessment in Health Care 22(1):47-57,2006)[文献レビュー]

疾病管理プログラムを評価するために用いられている諸指標を概観するために、一定の基準で選択した36文献を検討した。その結果、糖尿病、喘息・慢性閉塞性肺疾患の疾病管理の評価研究の多くでは、疾病管理の目的と医療の構造・プロセス・アウトカムの諸指標との関連付けがなされていなかった。このことは特に医療効率の測定で顕著であった。さらに構造指標はアウトカムを解釈する上で重要であるにもかかわらず、多くの研究ではそれの記載が抜けていた。疾病管理の効率は主としてプロセス指標を用いて評価されており、アウトカム指標はあまり用いられていなかった。この結果に基づいて、著者は疾病管理の評価では、構造・プロセス・アウトカムを総合的に評価する分析枠組みを用いることが重要であると強調している。

○「医療(ケア)の継続性の諸指標:体系的文献レビュー」(Sandra HJ, et al: Indices for continuity of care: A systematic review of the literature. Medical Care Research and Review. 63(2):158-188,2006)[文献レビュー]

医療(ケア)の継続性(以下、COC)はプライマリケアの鍵と見なされており、それを定量的に評価するために多様な指標が用いられている。本研究ではCOCの諸指標についての文献レビューを行うとともに、それらが小児患者と慢性疾患患者にどの程度応用できるかを検討する。これら患者の受診頻度と受診タイプは一般の成人患者とは異なっている可能性があるからである。

2人の調査者が別々に文献検索を行って246のCOC関連文献を集め、そのうち実際にCOCを測定している44文献を今回の分析対象として選定した。COC指標は合計32あり、それらは(1)受診期間(n=2)、(2)受診密度(n=17)、(3)診療所散布(dispersion of providers.n=8)、(4)診療所の連続性(sequence of providers.n=1)、(5)主観的評価(n=4)の5型に分類できた。COC指標の多様性は、COCを測定する概念の多様性を反映している。小児患者と慢性疾患患者には独自の指標が必要である。

二木コメント-要旨と本文の一部を拾い読みしただけでは内容は十分に理解できませんが、医療(ケア)の継続性のもっとも包括的な文献レビューのようなので、紹介します。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その18)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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