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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻19号)』(転載)

二木立

発行日2006年03月01日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/ )


目次


1.拙論:効率的診療と医療費抑制とは別次元-A医師との対話から

(「二木教授の医療時評(その24)」『文化連情報』2006年3月号(336号):26-27頁)

最近、懇意にしているA医師(診療所経営)から、「そろそろ日本の臨床医も『効率的診療とは何か?』を考える時期に来ていると思います」とのメールをいただきました。
A医師がそう考えるようになったきっかけは、医療者向けのテレビ番組で、名医の誉れ高い臨床医が異口同音に次のように発言しているのを見て、臨床医の日常診療の論理の再構築が始まっていると予感したからだそうです。

「糖尿病でHbA1Cを下げたからといって患者の予後に与える統計的影響はごくわずか」、「虫垂炎の診断でCTを撮るとかえって判断を狂わせる。CTを乱用すると問診や診察で得られる情報が軽視される」、「上級医の指導の下で問診と理学的所見を徹底して学ぶ。高価な検査はその必要性が論理的に明らかになった時のみ使う」。A医師自身も、昨年末に、髄膜炎を疑った子供を地元の基幹病院に紹介したところ、「CTを撮り、異常がなかったから様子を見る」との連絡が入って驚いたそうです。

そしてA医師は、メールの最後で、「アメリカのようにマネジドケアによる経済的強制ではなく、臨床医のあり方として『実際的効率的診療とは何か』を考える時期だと思いますが、いかがでしょうか?」と私に問いかけてきました。

それに対して、私は、「先生の御提言に賛成です。ただし、留保条件があります。それは、効率的診療、広くは医療の効率化は医療費抑制とはまったく別次元であることを明示することです」とお答えしました。

実は、私も21年前に、A医師と同趣旨の提言をしたことがあります。具体的には、拙著『医療経済学』(医学書院,1985)の「序文」で、「医師・医療従事者が『医療の質を低下させないで医療費を節減する』新しい改革案を提示することが求められている」と提言しました。さらに、同書第1章医療と経済学では、「医療経済学の現代的課題として、(1)個々の医療技術の効果の経済的評価と、(3)医療の質を落とさないで医療費節減をはかるミクロレベルの医療モデルの作成が、特に重要である」と主張しました。

私がA医師の提言に「効率的診療、広くは医療の効率化は医療費抑制とはまったく別次元であることを明示する」という留保条件を付けた理由は、(医療)経済学的には、効率化とは「限られた資源をもっとも有効に用いて最大の効果を引き出すこと、あるいは効果÷費用の比率を最大化すること」と定義され、それにより医療費が抑制されるとは限らず、逆に医療費が増加することもあるからです(この点について、詳しくは拙著『日本の医療費』医学書院,1995,第4章医療効率と費用効果分析、『介護保険と医療保険改革』勁草書房,2000,Ⅱ-5,医療効率と医療の標準化、参照)

「患者との会話は労働集約的であり、コストにはねかえる」

私は、A医師が提言するように、臨床医が高価な検査に頼らずに十分な問診や診察で得られる情報を重視することにより、大きな効果(患者・家族の満足度の向上を含む)が得られると思います。しかし、そのためには、医師数を欧米諸国並みに大幅に増やし、医師が時間をかけてゆとりをもって診療できるようにすることが不可欠であり、それにより総医療費が増加する可能性が大きいと判断しています。

この点に関連して、私は15年前に以下のように指摘したことがあります。「医療の現実を知らない一部の論者は、医療への競争原理の導入や『効率化』のみで、医療サービスの質的向上を実現できるかのように主張しているが、それはまったくの幻想にすぎない。例えば、[厚生省国民医療総合対策本部]『中間報告』でも強調された『インフォームド・コンセント(知らされた上での同意)』を普及するためには、医師の意識改革だけでなく、医師・医療従事者がそのための時間的余裕をもつことが不可欠なのである。イギリスの著名な脳外科医ジュネット氏(グラスゴー大学)が鋭く指摘しているように、『患者との会話は労働集約的であり、時間を必要とし、それはコストにはねかえる』のである」(拙著『複眼でみる90年代の医療』勁草書房,1991,31頁)。

しかし、厚生労働省は医療の効率化を医療費抑制の意味で用いているため、上記の留保条件をつけないと、A医師のせっかくの提言が医療費抑制政策に取り込まれてしまう危険があります。そして、多くの名医の医療改革論に欠けているのは、この留保条件です。

実は私も、上述した『医療経済学』を執筆したときには、私自身が脳卒中の早期リハビリテーションの効率化に取り組んだ経験に基づいて、「医療の質を低下させないで医療費を節減する」ことが可能と考えていましたし、現在でも効率的診療を含めた医療の効率化は不可欠と考えています。

しかし、その後20年間の勉強と研究を踏まえて、現在では、主要先進国(G7)中最低の医療費水準にあるわが国では、医療の効率化で医療費を抑制することは不可能であり、わが国医療の質を引き上げるためには医療の効率化とあわせて公的医療費の総枠を拡大することが不可欠と考えるようになっています。この20年間、「医療の質を低下させないで医療費を抑制する」と称するさまざまな提案が発表されてきましたが、私が医療経済学的に検討した限り、それらのうち科学的根拠のあるものは一つもありません。

そして、科学的根拠のない最新の提案が、生活習慣病の予防の徹底と平均在院日数の短縮により、医療費(の伸び率)を大幅に抑制できるとする厚生労働省「医療制度構造改革試案」なのです。

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2.拙論:介護療養病床廃止は厚労省の思惑通りには進まない

(「二木教授の医療時評(その25)」『文化連情報』2006年3月号(336号):28頁)

介護療養病床廃止の激震が医療界を襲っている。昨年12月21日に突然この方針を発表した厚生労働省は、医師会・病院団体や自民党医系議員の強い反対を押し切り、2月10日に閣議決定された医療制度改革関連法案に「介護療養型医療施設の廃止」を盛り込んだ。同省はこの荒療治により、現在38万床ある療養病床(医療療養25万床、介護療養13万床)を、6年後の2012年4月には、医療療養15万床に集約し、残りの23万床は老人保健施設(15~17万床)、ケアハウス等居宅系サービス・在宅(6~8万床)に転換するとの「粗い見通し」を発表している。同省がこれを「中長期的な医療費の適正化」=抑制の切り札にしようとしているのは明らかである。

実は私も、以前から、「長期的には、介護保険適用療養病床は病院病床から切り離し、特別養護老人ホームに準じた生活施設化することも選択肢に含めて検討する必要がある」と考えていた(昨年9月19日の全日病学会シンポジウム「慢性期医療」での発表)。と同時に、「その場合には、一方で一般病床の機能の明確化・強化と機能分化、他方では介護保険施設と在宅サービスの拡充を、総合的に進める必要がある」とも思っていた。

しかし、今回の厚生労働省の小泉首相ばりの強引な手法は、医療提供制度の改革は「国の押しつけではなく、医療機関の自主性を最大限に尊重」し、医師会・病院団体の合意を得ながら進めるという従来の慣行を破壊するものであり、賛成できない(カッコ内は、厚生労働省「医療提供体制の改革のビジョン案」発表時の担当者の説明)。

と同時に、たとえ法案が成立しても、厚生労働省の思惑通りに療養病床の廃止・転換や医療費の大幅抑制は生じない可能性が大きいとも判断している。その理由は3つある。最大の理由は、老人保健施設への転換には、各都道府県の介護保険事業支援計画で老人保健施設の「空き」があることが前提だが、第3期(2006~2008年度)には「転換枠」は盛り込まれていないからである。第4期(2009~2011年度)には盛り込まれる可能性もあるが、その場合には転換枠を極力抑制したい老健局とそれの拡大をめざす保険局との「局間対立」が再燃する可能性が大きい。

第2の理由は、軽度要介護者が多い老人保健施設がそのまま重度要介護者の受け皿になることは難しく、そのためには「医療の提供の在り方の見直し」=医療スタッフの増員が不可欠であるが、それにより医療費が相当増加する可能性があるからである。第3の理由は、「ケアハウス等居宅系サービス・在宅」の重度要介護者の医療サービスを強化するために、本年4月の診療報酬改定で創設される「在宅療養支援診療所」の承認要件が極めて厳しく、それが6年後に6~8万人ものケアをできるほど普及するのは困難だからである。

厚生労働省自身が認めているように、療養病床の再編は「入院患者が追い出されるような事態が生じないようにすることが大前提である」。そのため、たとえ法案が成立した場合にも、医師会・病院団体は「絶望しすぎず、希望を持ちすぎず」、「介護難民」を出さず、しかも要介護者に適切な医療が提供されるよう粘り強く取り組むことを求められている。[これは閣議決定直後の「速報」であり、詳しい分析は後日行います(2月16日)]

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3.拙原稿:私の研究の視点と方法・技法-リハビリテーション医学研究から医療経済・政策学研究へ(別ファイル:私の研究の視点と方法・技法)

(『日本福祉大学研究紀要-現代と文化』第113号(2006年3月31日発行)掲載予定)

これは、本「ニューズレター」12号(2005年8月1日配信)に添付した、2005年7月16日の第1回日本福祉大学夏季大学院公開ゼミナールでの同名の講義の講演レジュメに大幅に加筆したものです。本学の上記学内研究誌に掲載した後、さらに推敲を加えて、本年後半に出版予定の拙著『医療経済・政策学の研究方法と哲学(仮題)』(勁草書房)の第1章にする予定です。御笑読の上、御意見・御注文をいただければ幸いです。特に、若手研究者や大学院生からの率直な意見・注文を期待しています。

目次は、以下の通りです。

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4.2005年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その8)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○「医療改革と財政の公私ミックス:韓国の事例」(Hyoung-Sun Jeong: Health care reform and change in public-private mix of financing: a Korean case. Health Policy 74(2):133-145,2005)[実証研究(事例研究)]

本研究の目的は、韓国の2000年医療改革のうち、強制医薬分業が財政の公私ミックスに与えた短期的影響を、1999年と2001年のマクロデータを用いて検討することである。改革により、総医療費中の公費負担割合は急増し、これは特に薬剤費で顕著であった。その理由は、改革により従来は国民医療保険の給付対象外であった薬剤費が給付対象になったためである。しかし、公費負担割合が外来医療費よりもモノ(薬剤)の方で高くなると、医療給付の優先順位についての議論が生じる可能性がある。ただし、薬局医療費の公費負担割合が5倍に急騰した理由としては、給付対象薬剤の拡大だけでなく、医薬分業により、薬剤が医師診療所ではなく薬局で販売されるようになったこともあげられる。最後に著者は、どんな改革にもプラス・マイナスの両面があるが、医薬分業改革は、財政の公私ミックスの視点からは韓国の医療制度に対するプラス面の方が大きいと評価している。

二木コメント-著者は日本福祉大学の交流協定校の延世大学校保健科学大学行政学科教授で、韓国の医療政策研究の第一人者です。なお、同氏と同僚の李奎植氏は、本「ニューズレター」18号(5頁)で紹介した『日本福祉大学COE推進委員会News Letter』第6号所収の講演録「韓国の医療改革の評価」で、医薬分業が「当初の目的」を達成できなかったと批判しています。

○「韓国の経済危機と医療部門の対処戦略:福祉国家志向か新自由主義か?」(Chang-yup Kim : The Korean economic crisis and coping strategies in the health sector: Pro-welfarism or neoliberalism? International Journal of Health Services 35(3):561-578,2005.)[評論]

韓国では1997年の経済危機後の金大中政権の福祉政策についての論争が続いているが、同政権の医療政策が新自由主義的経済・社会政策の趨勢に沿っていることは疑いない。公的医療保険と公的部門の全体的活動は弱まり、私的医療部門がますます強まった。このような改革は国民の健康状態と医療へのアクセスに悪影響を及ぼした。しかし、新自由主義に反対する広範な運動(coalition)が、新自由主義的改革の全面実施を防いでいる。

二木コメント-この論文の冒頭に書かれているように、韓国の社会福祉学界では金大中政権の福祉政策の評価-新自由主義的改革か、福祉国家志向か-をめぐって激しい論争(「福祉国家性格論争」)が繰り広げられました。私自身は、この論文の評価には異論がありますが、韓国での論争は日本の福祉・医療政策論争とも共通点があり、大変示唆に富むとも思っています。幸いなことに、本年1月に『韓国福祉国家性格論争』の翻訳が出版されました(金淵明編・韓国社会保障研究会訳。流通経済大学出版会,2006,4800円)。この論争のエッセンスを知るためには、武川正吾・金淵明編『韓国の福祉国家・日本の福祉国家』(東信堂,2005,3200円)第1部の3論文が手頃です。

○「病院併設スキルド・ナーシングホームの閉鎖は何をもたらすか?:プロペンシティスコア解析法」(White C, et al: What happens when hospital-based skilled nursing facilities close? A propensity score analysis. Health Services Research 40(6,Part 1):1883-1897,2005.[量的研究]

病院併設スキルドナーシングホーム(HBSNF)の閉鎖がメディケアの出来高払い患者の医療利用、医療費、健康(outcomes)に与える影響を評価した。1997~2001年のメディケア・レセプトの全数データを用いて、この期間にHBSNFを閉鎖した病院と閉鎖しなかった病院を比較した。病院は、プロペンシティスコア(ロジスティック回帰分析により求められたHBSNFの閉鎖確率)により層別化して、分析した。HBSNFの閉鎖により、HBSNF利用は減少したが、代替的に他の急性期後医療(postacute care。独立型ナーシングホーム、長期入院病院、リハビリテーション病院)の利用増と急性期病院の在院日数延長が生じたため、メディケア総費用はわずかに増加した(これらの変化はすべて統計学的に有意)。しかし、HBSNF閉鎖により死亡率や再入院率は変化していなかった。この結果に基づいて、著者は、HBSNF閉鎖は医療利用パターンを変えるが、患者の健康状態への悪影響はないと結論づけている。なお、HBSNF閉鎖により在宅医療の利用・費用は増加しておらず、著者はこのことはナーシングホームと在宅医療とが代替的関係にはないことを示唆していると解釈している。

二木コメント-病院併設ナーシングホームを閉鎖すると逆に総費用が増加するという逆説的結果です。日本でも、介護療養病床を廃止しても、厚生労働省の思惑通りには総費用(介護費用プラス医療費)が減少しない可能性があります。

○「医療サービスのコラボレーションと病院の費用パフォーマンス」( Proenca EJ, et al: Service collaboration and hospital cost performance -Direct and moderating effects. Medical Care 43(12):1250-1258,2005)[量的研究]

アメリカでは、医療サービスが病院システム(所有統合型病院チェーン-二木)やネットワークを通して提供されることが増えており、サービスのコラボレーションと病院の費用パフォーマンスとの関係、およびこの関係に影響する要因についての研究が求められている。本研究は、システムまたはネットワークに参加している全米の私的急性期病院1368を対象にした回帰分析により、この点を実証分析した。サービスのコラボレーションは、当該サービスがシステムレベルまたはネットワークレベルで提供される割合と定義した。その結果、システムレベルで提供されるサービスの割合と病院費用とは負の関係にあったが、ネットワークレベルでは曲線的関係であった(割合が高まると当初費用が低下するが、ある一定レベルを超えると費用は上昇した)。マネジドケアの地域への浸透率はネットワーク型のコラボレーションのこのような関係を弱めていた。この結果に基づいて著者は、サービスのコラボレーションの経済効果(費用の減少)は、病院がシステムまたはネットワークに参加しているか否かよりは、サービスのコラボレーションの程度に依存していると結論づけている。

○「ソーシャルネットワークと医療利用」(Deri C: Social networks and health service utilization. Journal of Health Economics 24(6):1076-1107,2005)[量的研究]

本研究はソーシャルネットワークが医療利用決定に与える効果を調査した世界初の研究である(と著者は主張している)。理論的には、ソーシャルネットワークは個々の医療施設の情報を提供することにより、適切な施設を見つける探索費用を削減する等の効果がある。「カナダ全国住民健康調査」を用いて、地域的・言語的集団のネットワーク効果を検証した。その結果、医療機関の初診についてはネットワークの効果が存在するとの強く頑健な根拠が得られた。また、移民の医療利用は近隣に移民の言語を話せる医師が多いほど増加することも確認できた。

○「医療・福祉サービス提供者はなぜ協同するのか?」(Raak Av, et al: Why do health and social care providers co-operate? Health Policy 74(1):13-23,2005)[理論研究と事例調査・アンケート調査の統合]

ヨーロッパのいくつかの国では、地域で生活する高齢者・障害者に総合的な医療・福祉サービスを提供するために、サービス提供者間の協同、「統合ケア」(integrated care。独立した提供者間の連続的なサービス提供)が重視されるようになっている。私的部門(企業間)の協同は6つの理論(取引費用経済学、戦略的選択理論、資源依存理論、学習理論、利害関係者理論、制度理論)で説明しうるとされているが、非営利部門での協同の根拠についての理論的研究はまだ本格的にはなされていない。そこで本研究では、医療・福祉サービス提供者間の協同が特に進んでいるオランダで実施された3つの事例・アンケート調査(統合ケアを推進するための「全国在宅医療プログラム」の評価研究等)のデータを用いて、6つの理論の妥当性・適合性を検討した。その結果、制度理論と利害関係者理論と資源依存理論の3つは部分的に適合するが、取引費用理論と戦略的選択理論は適合せず、学習理論はその中間に位置していた。この結果に基づいて、著者は、医療・福祉サービス提供者の協同形成を研究するためには、上記3理論の結合が必要であり、その際制度(規則)の概念が結合の要(linchpin)になると主張している。

二木コメント-日本語では「統合」は組織的統合を意味することが多いのに対して、英語のintegrationには独立した組織間の「協同」・「連携」も含むのが普通であり、本論文のようにもっぱら後者のみを意味することも少なくありません。本論文は、できあいの私企業の経営・組織理論を医療・福祉分野にそのまま応用することの不毛さを実証している点で、貴重です。ただし、So what (Et alors)?ですが…。

○「合成された成果尺度による病院ランキング[の結果]はどのくらい頑健か?」(Jacobs R, et al: How robust are hospital ranks based on composite performance measures? Medical Care 43(12):1177-1184,2005)[量的研究]

個々の医療の成果指数を合成した医療機関のパフォーマンス尺度は、世界中で、医療機関のランク付けに広く用いられつつある。合成尺度は解釈が簡単な「全体像」を示すが、それの作成に用いられる方法論に注意が払われないと、誤った結論が導き出されかねない。イギリスの117の急性期病院を対象にして、合成された成果尺度の頑健性を検証した。成果尺度の変動性はコントロール可能なものと不能なものに2分し、モンテカルロ推計を用いて、成果尺度を合成した。その結果、病院がコントロール不能なランダムな変動のために、個々の病院の合成尺度に不確実性が生じていた。さらに個々の指標の重み付けや加算基準によっても、合成尺度は大きく変わった。これらをわずかに変えるだけで、一部の病院のランキングは激変した。この結果に基づいて、著者は、合成された成果尺度の結果を解釈する場合には細心の注意を払う必要があると強調している。

○「インフォーマルケアの提供から得られるプロセス効用」(Brouwer WBF, et al: Process utility from providing informal care: The benefit of caring. Health Policy 74(1):85-99,2005)[量的研究]

通常経済学は結果(outcomes)志向であるが、効用は結果だけからではなく、結果が生じプロセスからも得られるとの主張もある。ボランタリーにケアを提供することはそのような効用と関連している可能性があるが、著者の知る限り、実証研究は存在しない。この点を、オランダの在宅患者・障害者に対するボランタリーなケア提供者(950人)を対象とした郵送調査に基づいて検証した。ここでプロセス効用は、インフォーマルケアを提供している場合と仮にそれを誰かが代替した場合の幸福感(happiness)の差と定義した。その結果、ケア提供者の約半数(48.2%)がインフォーマルケアから正の効用を得ているなど、プロセス効用が相当程度

存在することが示された。重回帰分析により、プロセス効用はケア提供者の特性(年齢、性、全体的幸福感、患者との関係および患者のADL困難度)、ケア提供の負担感、およびケア提供時間と関連することが示された。著者は、この結果はインフォーマルケアの利用を促進する主張を強化するが、同時にケア提供者の位置に十分注意を払う必要があると指摘している。

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5.2006年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その1)

○「病院と医師の戦略的統合[の医療価格に対する影響]」(Cuellar AE, et al: Strategic integration of hospitals and physicians. Journal of Health Economics 25(1):1-28,2006.)[量的研究]

アメリカの医療市場における衝撃的な展開は、病院と医師との戦略的関係の形成である。病院・医師統合(「関係」と同義-二木)はマネジドケア型医療保険の急拡大への対応とも言える。本研究の目的は、統合が取引費用の低下により医療サービス生産の効率を高め、医療保険にサービス価格の低下を提供できたたのか、それとも統合は医療保険との交渉力を増すための戦略だったのかを検証することである。3洲(アリゾナ、フロリダ、ウィスコンシン)の急性期病院のデータを用いた実証分析により、統合には効率向上効果はほとんどなく、価格上昇をもたらしたことが明らかにされた。特に、統合が排他的であり、競争が少ない市場で起こった場合には、この傾向が顕著であった。

○「カリフォルニア州の医師・病院連携が入院医療価格に与える影響」(Ciliberto F, et al: The effect of physician-hospital affiliations on hospital prices in California. Journal of Health Economics 25(1):29-38,2006.)[量的研究]

1990年代にアメリカでは、きわめて多くの病院が医師との何らかの形態の垂直的結合(combination)を結んだが、同じ時期にその多くは解散した。本研究は、カリフォルニア州の急性期病院のデータを用いて、統合的活動(activity)の入院医療価格に対する影響を検証した。その結果、統合も統合の解散も価格の有意な変化をもたらしてはいなかった。例外的に農村部の病院での統合は価格の低下をもたらしていたが、標本数は少なかった。

○「[医師と病院との]垂直統合は競争制限的か?そうかもしれない(しかしまだ結論は出ていない)」([Editorial]Gaynor M: Is vertical integration anticompetitive? Definitely maybe (but that's not final.) Journal of Health Economics 25(1):175-180,2006)[評論]

アメリカでは医療分野における競争の経済学的分析は後半に行われてきたが、医療組織の垂直統合についての実証研究は従来ほとんどなく、上記2研究が最初と言える。経済学理論に基づけば、統合は医療の効率を高め価格を低下させる可能性と競争を制限し価格を上昇させる可能性の両方がありうるので、一義的な予測はできない。その上、実証分析の結果はどのようなモデルやデータを用いるかにも依存している。上記2研究の結果は一見矛盾しているが、調査対象の地域が異なったためかもしれず、驚くべきことではない。

二木コメント-本誌の編集者は、アメリカでは医療組織の垂直的統合の効果(効率性の向上)についての経済学の実証研究はほとんどないと指摘していますが、経営学分野ではかなりの研究の蓄積があります。少し古いですが、拙論「保健・医療・福祉複合体とIDSの日米比較研究」(拙著『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,第V章)では、2000年までの主要な研究を紹介し、その結果に基づいて、「アメリカにおいてすら、IDS(統合医療供給システム)の経営的・経済的効果の実証研究は始まったばかり」であり、しかも「理論・事例研究と実証研究との乖離」があり、「一定の結論は得られていない」と指摘しました。最新の実証研究でも、この結論は変わらないようです。なお、日本では「統合」は組織統合と同じ意味で使われることが多いのですが、英語ではintegrationには組織統合だけでなく、もっとゆるやかな関係(relations, affiliation, combination)もふくまれます。

○「特別レポート:アメリカの医療危機-解決策は絶望的」(Special report: America's health-care crisis - Desperate measures. The Economist Jan 28th:12,24-26,2006)[評論]

二木コメント-これは、研究論文ではありませんが、「崩壊し始めている」アメリカ医療とそれを手直ししようとする政府・民間のさまざまな試みを活写しており、一読に値します。注目すべきことは、「徹底的な市場支持派」を自認するEconomist誌が、アメリカで流行している「消費者志向の医療改革と患者負担の拡大」(特に医療貯蓄制度と高額の保険免責制)が、アメリカ医療の不平等をさらに拡大し、「慢性疾患を持つ低所得労働者が敗者になる」こと、およびこの流れを強めるブッシュ政権の医療改革は機能しないだけでなく、「現在のシステムが崩壊する日を早める」と警告していることです。

なお、The Economist誌が個別の国の医療問題を「特別レポート」するのは、2004年8月21日号の「中国の医療-患者はどこに?」以来、1年半ぶりです(これの詳しい抄訳は「ニューズレター」3号に掲載)。

○「[医療の提供]場所の変更」(Changing places. The Economist Feb 4th:53,2006)「評論」

二木コメント-これも研究論文ではありませんが、イギリス・ブレア政権の医療提供政策の最近の転換-従来の急性期病院中心からプライマリケア(50の「新ポリクリニック」を含む)重視に「戦略的シフト」を行うために病院予算の5%を割く-を簡潔に報じています。プライマリケアの提供主体は必ずしも従来の個人開業医(GP)ではなく、営利企業や病院にも門戸を開放(規制緩和)しており、ある地域ではアメリカ企業の子会社が2つのGP診療所の入札に成功しつつあり、病院も急性期医療とプライマリケアとの「垂直統合」に関心を持っているそうです。この改革の狙いの一つは、予防医療を強化することにより、医療費の節減をはかることで、意外なことに、NHS予算では予防医療にごくわずかしか(too little)使われていないと、この記事は評価しています。

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6.私の好きな名言・警句の紹介(その15)-最近知った名言・警句

<きらりと光る寸言(概ね20字以内)>

<研究と研究者のあり方>

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