『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年12号(転載)
二木立
発行日2005年08月01日
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1.拙論:新予防給付の科学的な効果は証明されているか?(その2)
(「二木教授の医療時評(その15)」『文化連情報』2005年8月号(329号):23-27頁)
前号に続き、今回も、新予防給付の効果を検証します。介護保険法改正案は6月22日の参議院本会議で可決成立しました。同法で新設された新予防給付(介護予防サービス)に対しては国会論戦でも疑問・批判が集中しましたが、尾辻秀久厚生労働大臣は「介護予防の『効果の証明』が十分ではなかったとの反省」をしつつ、その「効果は国内外の論文で既に証明されており、広く認められているというのが前提の改正だ」と主張しています(「朝日新聞」5月30日朝刊)。しかし、この前提は厚生労働省自身がまとめた「文献概要」や筋力増強訓練の効果についての最新・最高の「体系的文献レビュー」等により、改めて否定されるのです。
厚生労働省「介護予防の有効性に関する文献概要」
まず、厚生労働省「介護予防の有効性に関する文献概要」(以下、「文献概要」)を検討します。これは、厚生労働省が昨年12月27日の第2回介護予防サービス評価研究委員会に提出した膨大なもので、介護予防サービス開発小委員会(座長:辻一郎東北大学大学院教授)が収集・要約した労作です。私はこれの存在を最近まで知りませんでしたが、中村秀一老健局長が、5月19日の参議院厚生労働委員会で、これに基づいて、運動器の機能向上、口腔機能ケア、栄養改善の「3点につきましては、内外の調査研究によって厳密な意味でのエビデンスが得られている」と豪語したため、さっそく入手して検討しました。なお、この資料は厚生労働省のホームページには掲載されていませんが、老健局老人保健課に申し込めば入手できます。
「文献概要」には、痴呆・うつ予防(38)、口腔機能向上(15)、栄養改善(29)、運動器の機能向上(48)、閉じこもり予防(3)、その他(11)の6分野に分けて、144論文の概要が収録されています(カッコ内は論文数。一部分類に誤りがあるので、内容に即して私が再集計)。ただし、痴呆・うつ予防と閉じこもり予防についての論文の質は低く、中村局長発言が示唆するように、効果はまったく証明されていません。それに対して、口腔機能向上、栄養改善、運動器の機能向上の効果は確認されているように見えるので、順次詳しく検討します。「文献概要」に含まれている論文の質は雑多ですが、一般にエビデンスの質がもっとも高いとされる「ランダム化(無作為化)比較試験」に基づく研究とそれに次いで質が高いとされる「非ランダム化比較試験」に基づく研究を中心に検討します。なお、運動器の機能向上についての論文を中心に、概要に不明・疑問点があった論文は、原著論文にあたり記述を確認しました。
まず、口腔機能向上についての15論文のうち、ランダム化比較試験の4論文と非ランダム化比較試験の5論文のすべてで、何らかの健康増進効果(血清アルブミン値の改善、発熱・肺炎の減少、要介護度の改善等)が示されています。しかも、ランダム化比較試験の4論文はすべて介入期間が1年以上です(1論文は1年、3論文は2年)。ただし、これら9論文のうち8論文は病院・施設入所者(つまり重・中等度の要介護者)を対象としており、在宅高齢者を対象にしたのは非ランダム化比較試験の1論文だけです(佐々木ら、42頁。頁数は「文献概要」。介入期間は6カ月)。これでは軽度者を対象にした口腔機能向上の「厳密な意味でのエビデンスが得られている」とは言えません。いずれの研究も費用抑制効果は調査していません。口腔機能向上の研究で特徴的なことはすべて日本人の研究であり、なぜか欧米諸国の研究はまったくないことです(大半が佐々木英忠東北大学老人科教授グループ)。
次に、栄養改善についての29論文のうち、ランダム化比較試験は9論文あり、そのほとんどで栄養状態が改善され、体重も増加しています(1論文は他の研究の結果を統合した「メタアナリシス」)。ただし、それらのうちADLやQOLの変化も検討しているのは5論文で、しかも統計学的に有意な改善を確認できているのは2論文だけです。介入・観察期間は口腔機能向上の場合に比べて短く、7論文が6カ月以下であり、最長は9カ月です(メタアナリシス論文は除く)。口腔機能向上の場合と同じく、9論文中7論文は病院・施設入所者を対象としており、在宅の「低栄養虚弱高齢者」を対象にしているのは1論文だけです(Payette、77頁。残りの1論文は在宅高齢者と施設入所者の両方を含むメタアナリシス)。そのために、やはり、この結果から、軽度者を対象にした栄養改善の「厳密な意味でのエビデンスが得られている」とは言えません。「詳細なコスト分析」をしているのは非ランダム化比較試験の1論文のみで、しかも介入群と対照群の費用に有意差はありませんでした(Rypkema、69頁)。
「文献概要」中の「運動器の機能向上」
三番目に、運動器の機能向上についての48論文には、ランダム化比較試験が33論文も含まれており、それらにより、生理学的機能(最大酸素摂取量等)、下肢筋力、バランス機能、歩行機能の向上が確認されていると言えます。他面、それらのうち、ADLまたはQOLの変化も検討しているのは8論文だけであり、しかも意外なことに統計学的に有意の改善を確認しているのはわずか3論文です。
これら33論文のうち、介入または追跡期間が1年以上なのは5論文ににすぎません。最長は2年ですが、これの対象は長期療養施設入所者であり、しかも「初回の転倒発生までの時間、死亡までの期間、入院日数、転倒回数は比較群とコントロール群で有意差がなかった」とされています(Nowalkら、126頁)。
なお、これらのランダム化比較試験の33論文のなかに日本人の研究は8論文あります(いずれも2000年以降の発表)。そのうち4つは辻教授グループが公募に応じた同一の健康老人を対象に行った研究であり、研究方法は厳密ですが、効果指標はほとんど生理学的機能(最大酸素摂取量、家庭血圧、1日総エネルギー消費量等)に限定されています。残りの4つは大渕修一・島田裕之氏らの東京都老人総合研究所グループが健康老人または福祉施設利用の歩行可能な高齢者を対象にして行った研究であり、下肢筋力、姿勢バランス機能等を評価しています。後者のうち、ADLの変化を評価しているのは1論文のみで、それでは「基礎的ADL(バーテル指数)」の有意な改善が確認されています(大渕、104頁)。ただし、厚生労働省「文献概要」には含まれていない、ADLの変化をランダム化比較試験で検討したもう1つの論文(対象は大腿骨頸部骨折後患者)では、ADLの有意な改善はみられませんでした<1>。
運動器の機能向上についての論文のうち、「レビュアーメモ」で「医療費の抑制効果まで言及した貴重な論文」と評価されているランダム化比較試験が1つありますが、これは前号で指摘したように誤読で、総医療費についてはまったく触れていません(Buchnerら、96頁)。非ランダム化比較試験で医療費抑制効果を示したとする日本人の研究も1つありますが、試験開始前の対照群の1人当たり年間医療費は介入群より44.7%も高く、両群はとても同質とは言えません。その上、プログラム実施のコスト(運動療法のスタッフの人件費等)を無視するという費用効果分析の初歩的誤りを犯しています(神山ら、114頁)。そのために、「文献概要」の「レビュアーメモ」でも「対象がランダム化されていないので、筋力トレーニング単独による医療費抑制効果とは断定できない部分がある」と批判されています。もう1つ、竹内孝仁氏らも、パワーリハビリによる医療費削減効果を試算していますが(134頁)、これは前号で指摘したように、「机上の空論」です。
小括:介護予防のうち、施設入所者(主として重・中等度の要介護者)を対象にした口腔機能向上と栄養改善、および運動機能訓練による下肢筋力・歩行機能の向上については、「厳密な意味でのエビデンスが得られている」と言えます。他面、地域居住の軽度者に対する口腔機能向上と栄養改善の効果、および運動機能訓練によるADLまたはQOLの改善効果については、「厳密な意味でのエビデンスが得られている」とは言えません。しかも、なんらかの介護予防による介護・医療費の抑制効果を実証した研究は皆無です。
前号では、厚生労働省「新しい介護予防サービスの効果について」に示された文献の検討に基づいて、「健康改善の短期効果(3~6カ月)はそれなりに確認されているものの、長期効果はほとんど調査されていない」し、「介護予防による介護・医療費抑制効果(短期・長期)を実証した研究は欧米にもない」と指摘しました。今回、はるかに多くの文献を含んだ厚生労働省「文献概要」により、この結論を再確認できました。ただし、「効果の検証は欧米で行われたもので、日本における検証は示されていない」との前号のまとめは、訂正します。
レイサムら「高齢者に対する漸増抵抗筋力増強訓練の体系的文献レビュー」
実は、厚生労働省「文献概要」に先だって、昨年、筋力増強訓練(筋トレ)の健康増進効果が限定的であることを疑問の余地なく示したスゴイ「体系的文献レビュー」が発表されていました。それは、レイサムらの「高齢者に対する漸増抵抗筋力増強訓練の体系的文献レビュー」です<2>。以下、少し長いですが、超重要論文ですので、概要の全訳を掲載します。
<この体系的文献レビューの目的は高齢者の身体障害を軽減するための漸増抵抗筋力増強訓練(progressive resistance strength training.以下PRT)の効果を定量化することである。各種データベースの検索や、研究論文の文献欄、および研究者との接触によりランダム化比較試験を収集した。2人のレビュアーが、それぞれ独自に、各試験が選択基準に合致しているか否かのスクリーニング、研究の質の評価、およびデータの抽出を行った。参加者の平均年齢が60歳以上で、PRTにより直接的に介入しているランダム化比較試験のみを選択した。データは、母数モデルまたは変量モデルを用いてプールし、重み付けの平均差を算出した。アウトカムの測定尺度が異なっている場合には、標準化平均差を計算した。
その結果、62の試験(対象総数は3674人)が、PRTの効果を対照群と比較していた。14試験で、障害アウトカムのデータのプールが可能であった。大半の試験の質は低かった。PRTは筋力強化に大きな効果があったが、効果の幅には大きなバラツキがあった。PRTは、歩行速度の低下などの機能障害(functional limitations)尺度についても軽度の(modest)効果があった。しかし、ADLや健康関連QOL[要旨中の原語はphysical disability。本文の説明から意訳]の改善効果の証拠は全くなかった。PRTによる有害事象(adverse events)の調査は不十分であったが、それが明確に定義されきちんと調査されていたほとんどの試験で生じていた。
結論は以下の通りである。PRTは高齢者の筋力増強や歩行速度の低下などの一部の機能障害の改善には効果的であった。しかし、現在得られるデータに基づけば、PRTのADLや健康関連QOL改善効果は不明である。さらに、試験における有害事象の記録が不備であるために、PRTに伴うリスクを評価することは困難である。>
この結果を踏まえて、著者は、PRTを他の形態の訓練(バランス訓練など)と組み合わせること、および自己効力感、動機付け、訓練参加へのバリアなど、障害に影響する他の要因も考慮すべきだと主張しています。
介護予防の本来の目的が高齢者の要介護度の悪化予防にあることを考慮すると、筋力増強訓練は筋力増強や歩行速度の改善等には効果があるが、ADLやQOLの改善効果の証拠はないという本研究は、厚生労働省の主張を根底から覆すものとも言えます。なお、本論文は、辻教授にご教示いただきました。
最新のコクラン・レビュー
最後に、ヘルスケア分野のランダム化比較試験の結果を系統的にまとめているコクラン共同計画の最新の介護予防関連の文献レビューを簡単に紹介します。
辻教授は、昨年発表した論文「介護予防に対する老年学の役割」で、コクラン・レビューにより、(1)筋力増強・バランス訓練、(2)太極拳の集団実施、(3)家屋環境の評価・改善、(4)向精神薬の投与中止、(5)総合評価・個別指導、(6)ヒッププロテクターは「有効性の根拠あり」とされていると紹介しています<3>。
ところが、私が本年6月に最新のコクラン・レビューで「追試」したところ、かなり異なる結果が得られました。具体的には、(1)筋力増強・バランス訓練の効果が、上述した「体系的文献レビュー」と同じく限定的とされているだけでなく、(3)家屋環境の評価・改善については「介入の効果を判定するには不十分な根拠しかない」<4>、さらに(6)ヒッププロテクターについは「効果の根拠はない」とされていました<5>((2)、(4)、(5)については検索せず)。さらに、(1)の一部と言える「脳卒中患者の体力増強訓練」については、「現時点では、その方法をガイドするデータはほとんどない」とされていました<6>。
このような評価結果の違いの原因について辻教授に直接問い合わせたところ、新たな研究がどんどん報告されているため、辻教授が用いた2001年版のレビューと私が用いた2003~2004年版のレビューでは結果が異なっていると教えていただきました。一般には、研究が積み重なると効果が出やすくなると思われています。しかし現実は逆であり、特定の治療法・介入の効果についての厳密な評価研究が進むほど、当初過大に主張されていた効果・適応が否定される、あるいはそれらが限定されることは少なくないのです。
このことを知って私は、今から約30年前に、ボイタ法による脳性マヒの早期診断・訓練を行えば、脳性マヒのなんと96%が正常化すると喧伝されたものの、その後の臨床経験と厳密な実証研究でそれが否定されたことを思い出し、既視感にとらわれました<7>。
このようなコクラン・レビューの変化は、一時点での不十分なエビデンスを絶対化して、政策を立案(あるいは合理化)することの危険性を示していると言えます。
ここで誤解のないように。私は、筋力増強訓練を含めた介護予防の役割をすべて否定しているわけではありません。私が批判しているのは介護予防(さらには健康・自立)の強制と介護予防により介護費用を抑制できるとのエビデンスに基づかない主張です。介護予防に関しても、それぞれの方法の適応と禁忌を明確にし、対象を限定して治療・介入した上で、効果を厳密に評価するという臨床研究の王道に戻る必要があると思っています。
【校正時補注-新予防給付導入の政策的意図】
今まで新予防給付の効果を純学術的に検討してきましたが、最後に視点を変え、厚生労働省がそれの導入に拘泥した政策的意図を考えます。
同省は、公式には、介護保険制度開始後、要支援・要介護Iの認定者(以下、軽度者)が急増し介護保険財政を圧迫しているため、および従来の予防給付では軽度者の悪化を防げていないため、と説明しています。 しかしこれは、事実に反します。まず、制度開始後4年間(2000年10月から2004年10月)の介護給付費増加に対する軽度者の「増加寄与率」は24.9%にすぎません(「介護保険事業状況報告」より計算)。次に、従来、同省は日医総研の島根県での調査を根拠にして、軽度者の重度化率が中・重度者に比べて高いと主張してきましたが、その後公表された「介護給付費実態調査」ではそれは否定されました(重度化率は同水準)。
他面、百戦錬磨の同省老健局幹部が新予防給付に大きな健康増進効果と費用抑制効果があるとナイーブに信じ込んだとは考えられません。
私は、今回の介護保険制度改革の隠れた本丸は制度存続のための被保険者の拡大による保険料収入の増加だったが、それが挫折したために、保険給付額の抑制しかできなくなり、それへの国民の不満をそらすために、一見口当たりの良い新予防給付の創設を前面に出した、と判断しています。ちなみに、ある病院団体幹部は「新予防給付は年齢拡大に失敗した厚生労働省のアリバイ宣伝で、本気でやろうとしているか怪しい(本気でやると費用増になるため)」と喝破しています。
文献
- <1> 藤田博暁・他「大腿骨頸部骨折患者の在宅リハビリテーションメニュー試行による運動機能の介入効果」『東京都老年学会誌』10巻:61-64、2004。
- <2> Latham NK, et al.: Systematic review of progressive resistance strength training in older adults. J Gerontol Med Sci 59A:48-61,2004.
- <3> 辻一郎「介護予防に対する老年学の役割」『日本老年医学会雑誌』41巻281-283、2004。
- <4> Lyons RA, et al: Modification of the home environment for the reduction of injuries. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2003. Issue 4. Art.No.:CD003600. DOI:10.1002/14651858.CD003600.
- <5> Parker MJ, et al: Hip protectors for preventing hip fractures in the elderly. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2004. Issue 3. Art.No.:CD001255. DOI:10.1002/14651858.CD001255.pub2.
- <6> Saunders DH, et al: Physical fitness training for stroke patients. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2004. Issue 4. Art.No.:CD003316.pub2. DOI:10.1002/14651858. CD003316.pub2.
- <7> 児玉和夫「脳性マヒの早期診断と早期療育」『総合リハ』12巻179ー183、1984。
補足-「軽度者の重度化要因調査研究報告書-介護度分析からの提言」は一読に値します
これは、NPO法人地域保健研究会(会長田中甲子氏。介護予防事業に関わる東京都の保健師有志で組織。E-mail: chiikihoken@muc.biglobe.ne.jp)が本年4月にまとめた報告書で、「シルバー新報」6月10日号の1面トップで、「軽度者の要介護度悪化-主要因の6割が『疾患』」と大きく報道されました。
「介護予防活動に熱意をもって取り組んでいた」東京都下某市の協力を得て、要介護度が2年間で悪化した100人について担当ケアマネージャーから聞き取り調査を行い、その全記録を会員全員がなんども検討した上で、「介護度重度化要因」について多面的に分析しています。その要因としては(1)疾患によるものが44件ともっとも多く、以下、(2)認知症によるもの39件、(3)加齢による脆弱化23件、(4)家族関係15件、(5)転倒14件の順になっています(重複計上。合計158件)。なお、要因として、ヘルパーによる“家事代行"など「介護過剰」はゼロだったため、分析段階では削除したそうです(「シルバー新報」の報道)。
34頁の小冊子ですが、調査方法、要因の分析、考察とも丁寧に書かれている労作で、しかもそれぞれの要因別に簡潔な事例も加えるなど、「顔の見える」調査研究になっています。
私は、昨年4月まで、ほぼ30年間、東京・代々木病院で往診を続けてきましたが、その経験からも、この結果には納得できます。また、「総括考察」で書かれている、「今回の調査では、ケアマネージャーが医療情報を適切に把握できておらず、ケアプランにも医療系サービスを導入していない事例が多くあることがわかった」との指摘は、重く受け止めるべきと思います。
2.拙論:21世紀初頭の医療改革の選択-3つのシナリオの視角から
(『現代の理論』復刊5号:54-63頁(2005年7月10日発行)。)
本稿は、『現代の理論』誌編集部に依頼されて、拙著『21世紀初頭の医療と介護』(勁草書房,2001)の第II章や拙著『医療改革と病院』(勁草書房,2004)第II章等に書いてきた私の分析枠組みを、一般読者用にまとめたもので、新しいことは書いていません。
構成は、以下の通りです。
- はじめにー新自由主義的医療改革の挫折
- 医療・社会保障制度改革の三つのシナリオ
- 「三つのシナリオ」説の留意点
- おわりに-抜本改革ではなく医療者の自己改革と制度の部分改革
3.拙講演レジュメ:私の研究の視点と方法・技法-リハビリテーション医学研究から医療経済・政策学研究へ (別ページ)
これは、7月16日に行った第1回日本福祉大学夏季大学院公開ゼミナール全体講義で配布したレジュメ(全11頁。口演後一部補足訂正)です。これに大幅に加筆して、夏休み中に原稿をまとめる予定の『医療経済・政策学の研究方法と哲学(仮題)』(勁草書房)に収録する予定です。御笑読の上、御意見・御批判・御助言・御注文・御質問等をいただければ幸いです。「はじめに」は以下の通りです。
<私は1972年に大学医学部を卒業後13年間、東京の地域病院で脳卒中早期リハビリテーションの診療と臨床研究に従事した後、1985年に本学に赴任しました。それ以降、20年間、医療経済学と医療政策研究(医療経済・政策学)の視点から、政策的意味合いが明確な実証研究と医療・介護政策の批判と提言の「二本立」の研究・言論活動を行ってきました。しかもこの間継続的に大学院教育を担当し、教育方法と内容の改善を行ってきました。
本講義では、このような研究・教育の「プロセス」をふり返りながら、私の研究の視点と方法・技法について、具体的にお話しします。受講生の皆さんが、この講義を通して、研究の意義と面白さ、および厳しさを理解し、自分なりの研究の視点と方法・技法を身につけるヒントを得ることを期待しています。ただし、時間の制約のため、私の研究技法については詳しくお話しできません。拙論「資料整理の技法と哲学」(『月刊/保険診療』2003年11月号~2004年3月号)を参考にしてください。>
4.私の好きな名言・警句の紹介(その8)ー研究者・人間としての矜持
(0)最近知った名言・警句
- ジェシー・ド・ラ・クルツ(農業労働者)「私たちの国には、希望は最後に死ぬ (Hope dies last)、という言い方があります。希望を失ってはならない。希望を失ったら、すべてが失われてしまうということなのです」(スタッズ・ターケル著、井上一馬訳『希望-行動する人々』文春文庫,2005,18頁)。
- 橋本響(ピアニスト)「自分の音楽に対して『嫌い』と言われるのは、むしろ大歓迎だ。『よくわからない』と敬遠されるより、好きか嫌いかを判断してもらえる音楽家でありたいと思っている」(『AERA』2005年7月25日号,81頁)。
- 羽生善治(現在最強の棋士)「アメリカのカーネギー・メロン大学でロボットの研究をしている金出武雄先生から、面白いことを聞いた。学生を指導するときには、『キス・アプローチでやれ!』というそうだ。キス(KISS)というのは"Keep it simple, stupid."の頭文字である。軍隊用語から来た俗語で、軍曹が部下に「もっと簡単にやれ、バカモン」という感じだという」(『決断力』角川One Thema 21,2005,24頁)。
- 細野真宏(『細野真宏の世界一わかりやすい株の本」著者)「キーワードは『思考の歩幅』です。マスコミの人は優秀だから、その『歩幅』が長く、いわば階段を1段飛ばし、2段飛ばしで上がって行くような説明をする。だから普通の人がついていけない。私は普通の人と同じ『歩幅』で考えるから、どこで理解がつまづくのかよく分かる。/さらに言えば、『思考の歩幅』の長い人は、世間的には『理解の速い優秀な人』なのでしょうが、実はその説明にはしばしば論理の飛躍やごまかしがある。本人たちはそれに気づいていないことが多く、それが説明の分かりにくさにつながってもいます。」(『エコノミスト』2005年7月12号56頁「著者インタビュー」)。
- 井上ひさし「謝罪するのは、自分のなかに正義を取り戻すためです。他人のためにではなく、自分のために謝るんです。それができるかどうか、その国の器量が問われる」(「しんぶん赤旗日曜版」2005年7月10日号「シリーズ戦後60年」)。
- 大島伸一(国立長寿医療センター総長。学園紛争世代)「当時[学生時代]『医局講座制こそ諸悪の根源』と言っていた連中が今、大学の教授クラスになり、その構造を支えている。私など『世渡りがうまい』と思われているかもしれないけれど、今でも気持ちの上では何も変わっていません。これはおかしいということは言い続け、改革をやり続ける。そうしないと、本当の裏切り者になってしまいますから」(『日本醫事新報』4235号82頁「ヒト」)。
(1)言うべきことは言う
- 桐生悠々「私は言いたいことを言っているのではない。(中略)言わねばならないことを、国民として、特に、この非常に際して、しかも国家の将来に対して、真正なる愛国者の一人として、同時に人類として言わねばならないことを言っているのだ。/言いたいことを、出放題に言っていれば、愉快に相違ない。だが、言わねばならないことを言うのは、愉快ではなく、苦痛である。言いたいことをいうのは、権利の行使であるに反して、言わねばならないことを言うのは、義務の履行だからである」(鎌田慧『反骨のジャーナリスト』岩波新書,2002,115頁より重引)。
- 志井和夫(日本共産党委員長)「一致点を探ることと同時に、言うべきことは言っておかなければならない。しかも、それぞれに対し、公平に、ひとしく言おうと。…大事な場面できちんと態度表明をし、働きかけてきた。それがいまに生きている」(「しんぶん赤旗」2003年1月1日「志井委員長の新春ざっくばらん」)。
- 山田五郎「大人には、憎まれ役を買って出る勇気も必要だ」(「山田五郎の久しぶりの正論(1)-憎まれ役が、感謝される日」『翼の王国』2000年5月号)。
- バーナード・ショー(米CNNテレビアンカーマン)「私の役割は事実を伝えること。人に好かれ、愛され、敬われることではない。それがとても孤独な人生だとしても、その道を選んだなら受け入れなければいけない」(「朝日新聞」1993年4月6日朝刊「ひと」)。
- 野田和夫(多摩大学学長)「周りの評価ですか。敵だらけですよ、たぶん…。でもね、出る杭は打たれるというが、打たれていると気づき始めたのが40代。50代になって、杭も出続ければ(相手は)諦めると思うようになった」(『週刊朝日』1990年8月10日号)。
二木コメント-私が医学部卒業直後に就職した東京・代々木病院では、先輩医師が冗談半分で、「出る杭は抜かれる」と言っていました(医局や病院の問題点を指摘すると、すぐに、それを改善するための委員等に「抜擢」されるという意味)。
(2)前を向いて生きる
- 石井苗子(テレビキャスター・女優)「やっぱり現役であることが大事で、昔はよかったと思ったら辞めるときですね」(「日本経済新聞」1994年3月16日朝刊「ひと時」。二木コメント-これは、私の好きな槙原敬之作詞・作曲「どんなときも」(1991年)の以下の歌詞と共通すると思います。「♪もしも他の誰かを/知らずに傷つけても/絶対ゆずれない/夢が僕にはあるよ/“昔は良かったね"と/いつも口にしながら/生きて行くのは/本当に嫌だから…♪」。
- 武久みち(三越事件の被告。元「女帝」)「[それまで裁判のことにすべてを費やしてしまったけれど]過去のことばかり見ていたら、人間がアンティークになっちゃう。やはり前を向いていこうと思いました」(『週刊朝日』1989年12月8日号102頁)。
(3)決断・選択の美学
- 森重文(京都大学数理解析研究所教授)「だれでも最後の決断は、その選択が有利か不利かではなく、好きか嫌いかでしょう」(「読売新聞」2002年6月2日朝刊「友よ-東海高校」)。
- 河野栄子(リクルート次期社長)「[副社長から社長に]なりたかったわけではない。でも迷ったら、しんどい方を選ぶことにしています」(「朝日新聞」2003年3月7日朝刊「ひと」)。
- 猪飼祐實(ラジオ大阪プロデューサー。高校野球で江夏投手とバッテリーを組んだ)の江夏豊(投手)評「好き嫌いがはっきりしていた。とりわけ、上のものにへつらう奴を極端に嫌った。好きか嫌いかはあっても損か得かはない」(後藤正治『牙-江夏豊とその時代』講談社,2002,40頁)。
(3)その他
- 山咲千里(女優)「[「財界人と一晩300万円の援助交際」と書かれても、それに反論しない理由を聞かれて]ケンカしてほしいんでしょ?もちろん戦うことも必要だけど、相手にすると、相手のレベルと同じになっちゃうでしょ。だからほっとくの。それによって私を嫌いな人も出てくると思いますけど、そのことを私自身が恐れないことが戦いじゃないかな」(『週刊朝日』1996年12月6日号「マリコの言わせてゴメン![林真理子vs 山咲千里]50頁)。
- 松山幸雄(朝日新聞論説顧問)「私の見るところ、米国人の好きなのは『志ある合理主義者』(司馬遼太郎氏が山本権兵衛-日露戦争の時の海軍大臣-を評した言葉)である。それに豊かな個性と勇気が加われば申し分ない」(「朝日新聞」1991年11月10日朝刊「国際羅針盤-分かりやすい政治を」)。