『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻50号)』(転載)
二木立
発行日2008年10月01日
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目次
- 1.論文:混合診療賛成が8割!?誘導的質問の恐ろしさ
(「二木教授の医療時評(その60)」『文化連情報』2008年10月号(367号):26-27頁)
- 2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文 (通算38回.2008年分その6:4論文)
- 3.私の好きな名言・警句の紹介(その46)-最近知った名言・警句
1.論文:混合診療賛成が8割!?誘導的質問の恐ろしさ
(「二木教授の医療時評(その60)」『文化連情報』2008年10月号(367号):26-27頁)
規制改革会議は最近、混合診療解禁を蒸し返しています。同会議は、昨年12月25日の「規制改革の推進のための第2次答申」の「医療分野」の「具体的施策」に混合診療の解禁を盛り込むことを断念しましたが、7月2日に公表した、規制改革に関して当面する課題の論点の「中間取りまとめ」では、「混合診療禁止措置の撤廃」を、また掲げました。
それに先だって、特定非営利活動法人「日本医療政策機構」は、4月に、混合診療賛成が8割に達するとの世論調査結果を発表しました。この調査結果は、混合診療賛成が2割に満たないとする、従来の多くの同種調査(日本医師会総合研究機構「第1回医療に関する国民意識調査」等)の結果と全く逆であり、規制改革会議の主張の追い風になるかもしれません。ただし、この調査結果は、全国紙では「日本経済新聞」(4月8日夕刊)しか報じなかったため、あまり知られていません。そこで、この「調査概要」を入手して検討したところ、混合診療に8割が賛成という調査結果は「誘導的質問」により引き出された虚構の数字であることが分かりました。
混合診療が部分解禁されていることを隠した設問
日本医療政策機構「混合診療に関する世論調査」は、2008年1月に、全国の20歳以上の男女4000人を対象にして行われた郵送調査で、有効回答率は27%です(www.healthpolicy-institute.org/ja/)。それによると、「国内で保険対象外の抗がん剤など、生命に関わる治療に関しては混合診療を認めるべき」との設問に対する賛成は33.5%、どちらかと言えば賛成は44.7%、合計78.2%に達しました。「国民の選択の範囲を広げるために、幅広い治療に関して混合診療を認めるべき」との設問についても、賛成24.2%、どちらかといえば賛成42.6%、合計66.8%でした。
この調査では、「質問によるバイアス(偏り)を極力排除するため、混合診療の概要に加えて、解禁を求める意見と、これまでどおり禁止を求める双方の意見をバランスよく記載するよう特に配慮した」とされています。
具体的には、設問の冒頭で、「混合診療とは、『健康保険の対象となる診療』と『保険対象外の診療』を組み合わせることを言います。現在日本では、混合診療が禁止されており、保険対象外の診療を一部でも受けると、本来『保険対象の診療行為』も含めて、その病気の医療費全額が患者の自己負担となります」と説明した上で、「混合診療を認めるべき」、「混合診療をこれまで通り禁止すべき」という意見をそれぞれ3点ずつあげています。
しかし、この説明には、混合診療(保険診療と保険外診療の併用)がすでに部分解禁されていること、具体的には「保険外併用療養費」制度(旧・特定療養費制度)により、「一定のルールの下で」認められているという基本的事実が欠落しています。この点を説明せず、回答者に、現在、混合診療が(全面・原則)禁止されているかのように誤解させた上で設問するのは、社会調査で禁じ手とされている「誘導的質問」です。特に、「国内で保険対象外の抗がん剤など、生命に関わる治療に関しては混合診療」はすでに認められているにもかかわらず、それがあたかも禁止されているかのごとく質問して、特定の結論に誘導することは許されません。谷岡一郎氏が名著『「社会調査」のウソ』(文春新書、2000、47頁)で述べているように、「一定の結果が出るよう誘導された調査は調査とは呼べず、ただの腐臭を放つゴミでしかない」のです。
実は、これとソックリの調査結果は、すでに「日本経済新聞」2007年12月9日朝刊「クイックサーベイ」でも得られています。これは全国の20歳以上の男女1032人が回答したネット調査なのですが、「混合診療全面解禁に賛成」は79%にも達しており、日本医療政策機構の調査結果とほとんど同じです。ただし、この調査では8割の人が保険外併用療養費制度を知らず、こうした仕組みがあるなら「使いやすくすべきだ」との回答が半分を超えたことも報じており、日本医療政策機構の調査よりは良心的です。
誘導的質問で福田内閣支持率は4割
誘導的質問で調査結果がガラリと変わることは、最近の全国紙の世論調査で劇的に明らかにされました。福田康夫(前)首相が内閣改造を行った8月1日直後に、全国紙は緊急全国世論調査を行いました。それによると、福田内閣の支持率は、「朝日新聞」25%、「毎日新聞」24%で改造前と比べてほとんど変わらなかったのに対して、「読売新聞」は41%、「日本経済新聞」は38%で、改造前に比べてそれぞれ15%ポイント、12%ポイントも急上昇しました。この結果を「読売新聞」は「内閣支持好転41%」と大々的に報じました。
「朝日新聞」・「毎日新聞」と「読売新聞」・「日本経済新聞」とで支持率が2倍近くも違うのは明らかに異常であり、「読売新聞」と「日本経済新聞」で支持率が急増したのは、従来と設問の仕方を変えたためだという見方が有力です。この点について、世論調査研究が専門の松本正生教授は、両紙の質問の文言に注目して、次のように述べています。「読売は『福田改造内閣を支持しますか、支持しませんか』と聞き、日経も『内閣改造があった』と前置きする。『改造』はプラスイメージ。態度が明確でない人はこの言葉の有無で反応が変わってくる」(「福田さん本当の支持率」『AERA』8月18日号:76頁)。
松本教授の指摘が正しいことは、その直後に証明されました。それは「読売新聞」が内閣改造後1週間の8月9、10日に行った定例の全国世論調査で、従来どおり「福田内閣を支持しますか、支持しませんか」と質問したところ、支持率は28%にまで「急落」したからです(同紙8月12日朝刊)。同紙はそれの解説で、支持率が急落した原因の一つとして、「定例調査では『内閣を支持しますか』と聞いているのに対して、緊急調査は『改造内閣を支持しますか』と聞いていることなども影響したと見られる」と認めました。全国紙が自社の世論調査の不備について認めるのは異例のことです。
【実は、私は、この顛末を読んで、上記日本医療政策機構の調査にも同様の「誘導的質問」があるのではと疑い、調べたところ予想通りの結果が得られました。「読売新聞」と日本医療政策機構の世論調査は、「統計でウソをつく法」の好例として、大学院の講義でも使おうと考えています。(予定頁数を超えたため、雑誌掲載時削除)】
2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算38回.2008年分その6:5論文)
※「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。
○医療費[増加]は健康アウトカムを改善するか?イギリスの[疾患]プログラム予算データから得られた証拠 (Martin S, et al: Does health care spending improve health outcomes? Evidence from English programme budgeting data. Journal of Health Economics 27(4):826-842,2008)[量的研究]
従来の実証研究では、医療費と健康アウトカムのリンクの強さについては結論が出ていない。本研究では、イギリス(イングランド)の295のプライマリ・ケア・トラストの2つの疾患プログラム(ガンと循環器疾患)の予算データを用いて、このリンクについて検討した。意志決定者は、疾患ごとの健康生産関数に基づいて、あらかじめ固定された予算を社会的厚生が最大化するよう配分しなければならないという理論モデルを作成し、各々の疾患プログラムごとに費用方程式と健康アウトカム方程式を導出した。余命を1年延長するための費用は、ガンでは約1万3100ポンド、循環器疾患では約8000ドルであった。この結果は、健康アウトカムに対する医療の限界的効果はほとんどないという通説とは異なる。政策的視点からは、本研究で用いた方法は、疾患プログラムごとに資源配分についての情報を提供し、プログラム間の優先順位を設定するための参考になるだけでなく、医療技術評価機関が、新医療技術の評価を行う際に用いる費用対効果の閾値が妥当か否かを決める上でも参考になる、と著者は主張している。
二木コメント-本研究は、日本でも根強い、疾患ごとの特異性を無視した粗雑な「医療費効率逓減論」に対する実証的反論と言えます。ちなみに、これを日本で最初に主張した行政官は吉村仁保険局長(当時。故人)であり、これが現在まで20年以上も続けられている厳しい医療費抑制政策の根拠の1つとされました(「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」『社会保険旬報』No.1424,1983.3.11)。
○グローバリゼーションと医療[ツーリズム]-競争を輸入する (Globalisation and health - Importing competition. Economist August 16th, 2008, pp.10,70-73)[評論]
医療は先進各国で、長年、もっとも地域的な産業とみなされてきたが、水面下で、グローバリゼーションが進んでいる。カルテの保存や画像診断のアウトソーシングの市場規模はすでに数10億ドルに達している。発展途上国の医師や看護師の高所得国への吸引も一般化している。次の成長分野は、従来とは逆の方向の患者の流れであり、それは「メディカル・ツーリズム」と呼ばれている。アメリカでは近年、シンガポール、タイ、インド、フィリピン、メキシコ等の外国人向け病院で診療(主として非緊急手術)を受ける患者が急増している。本年7月に発表されたあるコンサルタント会社のレポートによると、そのような患者は昨年75万人に達し、2010年には600万人、2012年には1000万人に急増すると推計されている。メディカル・ツーリズムには賛否両論があるが、アメリカ人の患者はこれにより最大85%も医療費を節約できるため、4500万人を超える無保険者等の「医療難民」(medical refugees)には福音になりうる。アメリカ医師会は外国へのメディカル・トラベルのガイドラインを作成し、大手保険会社もそれを給付対象にしつつある。メディカル・ツーリズムはアメリカ医療に費用削減と質向上の競争を輸入することを通して、医療改革の触媒になるかもしれない。
二木コメント-メディカルツーリズムは今後日本でも急増すると主張する方もいますが、このレポートを読む限り、それは先進国で唯一国民皆保険制度がなく、しかも医療費が高騰し続けているアメリカに咲いた「あだ花」のように思えます。
○公的資金で賄われている医療制度の民営化:アメリカの経験(Himmelstein DU, Woolhandler S: Privatization in a publicly funded health care system: The U.S. experience. International Journal of Health Services 38(3):407-419,2008)[評論]
アメリカでは医療分野での公的資金と私的マネジメント・供給との組み合わせが40年続いている。それについての膨大な実証研究の結果、営利医療は質が低く、費用も高いことが明らかにされている。アメリカの経験は、市場メカニズムは非良心的な医療ビジネスを育成し、営利目的で医療を行えないか行う意思のない医療機関を蝕むことも示している。アメリカで医療の営利化により医療費が急増したのは、医療費の相当部分が利潤に回されたため、および医療組織内のマネジメント・財務官僚制が拡大したためであり、後者は総医療費の31%を占めるに至っている。それに対して、退役軍人庁の医療システム(低所得の退役軍人を対象とした連邦政府立病院・診療所のネットワーク)は医療の質改善と情報技術のリーダーと注目されており、このことは公的部門が潜在的には優越性と革新性を有していることを示している。アメリカ医療のパフォーマンスの低さは、市場メカニズムと営利企業に依存した結果生じたのであり、他の国が同じ道を進まないための警告となっている。
二木コメント-2人の著者(HimmelsteinとWoolhandler)は、カナダ型の皆保険を目指すアメリカの革新的医師団体の2枚看板とも言える臨床医兼研究者兼活動家です。彼らの論文は、やや「結論先にありき」の傾向がありますが、アメリカ医療の営利化がもたらしたものをストレートに告発しており、引用文献も豊富です。
○[アメリカの]医療経済学者の医療政策に対する見解(Morrisey MA, et al: Health Economists' views of health policy. Journal of Health Politics, Policy and Law 33(4):707-724,2008)[量的研究]
医療提供者間の合併、製薬企業の利益、抜本的な医療改革等、医療政策全般に関する19事項についてのアメリカの医療経済学者の見解を問う全国調査を、2005年秋に実施した。国際医療経済学会(iHEA)またはAcademyHealth医療経済学部会の会員1439人に電子メールで質問票を送り、460人から回答を得た(回答率32%)。そのうち、医療経済学者ではないと回答した101人を除いた359人を分析の対象とした。その結果、事実に関する問い(合計8)については高い合意が得られた。最高は「労働者は雇用主提供医療保険の保険料を賃金の抑制または他の給付の削減により事実上支払っている」への同意であった(91%)。他面、価値判断に依存する問い(合計7)では大きな不一致が見られた。例えば、「アメリカはカナダ型の普遍的かつ強制的医療保険を導入すべきである」への同意は43%、不同意は47%であった(分からない10%)。因子分析とロジスティック回帰分析の結果、各回答と回答者の属性(受けた教育、専門職の経験、雇用形態、人口学的特性)との間には明らかな関連は見られなかった。この結果に基づいて、著者は、今後研究が進めば、事実に関する問いの一部にみられる不一致は減るかもしれないが、価値判断に関する問いについての不一致はほとんど変わらないだろうと予測している。本研究では、過去2回行われた同種調査(1989、1995年実施)との比較も行われている。
二木コメント-事実認識は一致するが、価値判断については見解が分かれるのは予想通りです。私にとって意外だったことは、アメリカの医療経済学者に、カナダ型の皆保険支持者が43%もおり、しかもこのような回答と回答者の属性とは関連していないことです。
○韓国の医師の仕事への満足と医療保険審査機関への信頼(Lee H-Y, et al: Job satisfaction and trust in health insurance review agency among Korean physicians. Health Policy 87(2):249-257,2008)[量的研究]
本研究の目的は、韓国の診療所基盤の医師(開業医。以下、医師)の仕事への満足と医療保険審査機関への信頼を測定し、両者の関係を検討することである。2005年春に、全国の医師から層化標本抽出した6872人に自記式質問票を郵送し、1593人から回答を得た(回答率23.2%)。それから欠損値のある254人を除いた1339人を対象にして、χ二乗検定とロジスティック回帰分析を行った。その結果、医師の仕事満足度は非常に低かった(満足33.2%、不満66.8%)。医療保険審査機関への信頼はさらに低かった(信頼している5.0%、信頼していない95.0%)。χ二乗検定でも、回帰分析でも、医療保険審査機関による支払い否認率は仕事満足度と関連していなかったが、医療保険審査機関を信頼している医師は有意に仕事満足度が高かった(信頼している医師の仕事満足度は47.8%)。この結果に基づいて、著者は、医師の医療保険審査機関への信頼が医師の仕事満足度の鍵になることを強調している。
二木コメント-韓国の医師の仕事満足度の低さには驚かされます。ただし、それの最大の原因は、日本と同じく、厳しい医療費抑制政策・低い診療報酬であり、「医療保険審査機関への信頼」の低さはそれの結果にすぎないと思います。
3.私の好きな名言・警句の紹介(その46)-最近知った名言・警句
<研究と研究者のあり方>
- 多田富雄(東大名誉教授、世界的な免疫学者。『寡黙な巨人』で第7回小林秀雄賞受賞)「修道僧のように、起きてから寝るまでパソコンに向かっています」(「毎日新聞」2008年8月30日朝刊「ひと」。2001年5月2日脳梗塞で倒れて以来、リハビリで覚えたパソコンで文章を書いてきた)。「修道僧みたいに書くことが生きがい」(「読売新聞」2008年8月31日朝刊「顔」)。二木コメント-これを読んで、私は今から30年以上前に、上田敏先生からいただいた次の助言を思い出しました。私は、リハビリテーション医だった1977年5月(臨床医になって6年目)に、将来、臨床医から医療経済学研究者に転進することを決意したのですが、その時に、上田先生から、そのためには「修道僧のような生活をする必要がある」(生半可な覚悟ではやっていけない)と言われました(拙著『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006,81頁参照)。多田氏のこの言葉を読んで、福田和也氏と松本清張氏(故人)の次の言葉も思い出しました。
- 福田和也(フランス文学者)「決まり通り机に向かっても、一向に進まない、気持ちが行きづまってしまうということもあるでしょう。そういう場合は、一旦逃げる、つまりは現実逃避をするということもいいでしょう。ただ、一応、机に座っていることが大事だと思います。(中略)肝要なのは、机に座っていることだと思います。机に座ってさえいれば、いずれは何とかなるでしょう」(『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法』PHP研究所,2001,198頁)。
- 松本清張(推理小説作家、故人)「[作家の条件とは]原稿用紙を置いた机の前に、どのくらい長く座っていられるかというその忍耐力さ」(『NHK人間講座2001年10月~11月期:半藤一利「清張と司馬さん-昭和の巨人を語る」』23頁。半藤一利氏が、作家の森本哲郎氏から聞いた話として紹介。藤澤正昭『たたかれて、いま』近代文芸社,2003,94頁で、半藤氏のこの話を紹介)。
- 草柳大蔵(評論家)「見ている人は見ているよ。仕事は絶対に手を抜いたらダメだ。全知全能を使ってベストを尽くしなさい。必ず誰かが見ているから」(野村克也『野球再生工場-叱り方、褒め方、教え方』角川Oneテーマ21,2008,151頁。野村監督が、現役選手を引退して、これからどう生きていけばいいのか思案に暮れていた頃、「師と仰ぐ」草柳氏に相談を持ちかけてこう助言されたと紹介)。
- 野村克也(プロ野球楽天球団監督)「努力をしても結果が伴わないことはいくらでもある。/しかし、努力するにもセンスが必要なのだ。センスは「感じる」「考える」ことで磨かれる。監督やコーチは『気づかせ屋』であり、本人にその資質が認められた場合は、その努力に対してプラス志向のアドバイスを送る」(『エースの品格-一流と二流の違いとは』小学館,2008,38頁)。二木コメント-「努力するにもセンスが必要なのだ」を読んで、私は、フュックス教授の次の名言を思い出しました。
- V・R・フュックス(世界最高峰の医療経済学者)「ハードに学べ、しかしもっと重要なのはスマートに学ぶこと」(拙訳「医療経済学の将来」『医療経済研究』Vol.8:101,2000)。
二木コメント-これは、同氏の若手医療経済学研究者への5つの助言の1つです(本「ニューズレター」10号,2005年6月&同21号,2006年5月参照)。このフュックス論文「医療経済学の将来」は、「医療経済学研究を志す研究者がまず読むべき」必読文献です(拙著『医療経済・政策学の視点と研究法法』勁草書房,2006,7-8頁)。 - ジョセフ・E・スティグリッツ(2001年ノーベル経済学賞受賞者、世界銀行元上級副総裁兼チーフエコノミスト)、リンダ・ビルムズ(国務省出身の財政エキスパート)「イラクでの失敗は、一つの間違いが引き起こした結果ではなく、何年ものあいだ積み重ねた数多くの失敗の到達点なのだ。社会科学者たちは、これらの“失敗"の体系的な原因を理解して、同様の失敗が起こる可能性を低くし、影響を和らげる改善策を探ろうとしている。“政府の失敗"について学ぶ学生たちにとって、イラク戦争は事例研究の格好の材料だ」(楡井浩一訳『世界を不幸にするアメリカの戦争経済-イラク戦費3兆ドルの衝撃』徳間書店,2008,17-18頁)。二木コメント-やや強引ですが、「イラクでの失敗」は「小泉政権の行き過ぎた医療費抑制政策の失敗」に置き換えられると感じました。なお、本書は、現時点で入手可能な統計・データを駆使して、アメリカのイラク・アフガニスタン戦争のコストを、(1)財政的コスト、(2)社会的コスト、(3)マクロ経済的コストの3段階で厳密かつ大胆に推計しており、広い視野から疾病あるいは医療政策の費用分析を行う上でも、参考になると思います。
- ジョセフ・E・スティグリッツ「『人間の誤りはその人が舞台を去ってからも長く影響を残す』という古い金言があるが、それはグリーンスパンについては間違いなく当てはまる。ブッシュの場合は、彼が去る前から我々は彼の誤りの結果を背負わされているのである」(藤井清美訳『スティグリッツ教授の経済教室』ダイヤモンド社,2007,325頁)。二木コメント-この金言は、日本では小泉純一郎元首相にこそ当てはまると思います。
- ジョセフ・E・スティグリッツ「イデオロギーと科学の大きなちがいの1つは、科学は知識の限界を認めていることである。つまり、つねに不確実性があるとされるのだ。これとは対照的に、IMFは自分たちの政策にともなう不確定な要素について論じるのを好まず、自分たちは絶対に正しいというイメージをつくるのを好んだ。この姿勢と考え方が、過去の誤りから学ぶことを難しくする」(鈴木主税訳『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店,2002,324頁)。二木コメント-この文脈では、「科学」=「現代経済学」(スティグリッツ氏等が確立した、不完全情報と市場の不完全性を前提にした経済理論)であり、「イデオロギー」=「新自由主義イデオロギー」、「市場原理主義」です。
- 米本昌平(科学史家)「科学の眼差しが社会的少数者に向けられるとき、客観性と冷酷さは紙一重である。学問の名の下に、アイヌの人たちの伝統や尊厳を踏みにじる所業を許したのは、つい最近までわれわれの心に塗り込められていた、知的権威に対するあがめ立てと、差別感覚であったことは、再確認しておく必要がある」(「読売新聞」2008年8月31日朝刊、植木哲也著『学問の暴力』(春風社)の書評のまとめの言葉)。
- 直木孝次郎(歴史学者、89歳。古文献に当たり、通説に挑む)「私は学者です。自説の責任は自分で取ります」、「真実を探る作業は全く飽きない」、「人は一度信じると、改めるのは難しい。自身を省みても言えること。だから90歳近くになったいまも、真実を求めて検証し続けているんです」(「日本経済新聞」2008年8月25日夕刊「ひとスクランブル-真実求めてやまず(1)」。最初の発言は、1988年に、編纂委員を務めた「新修大阪市史」第1巻の5世紀を扱った章に自説の「川内政権論」を記したことに対して、記者から「間違っていたら、どうされます」と質問された時の答え)。
- 遠藤章(東京農工大学名誉教授。高脂血症薬「スタチン」発見で、米ランカスター賞受賞、74歳)「野口英世やペニシリンを発見したフレミングのように、世の中に一つは役に立つことをしたいと思ってきた。若い人の夢を広げられるように、80歳までは現役でがんばりたい」(「朝日新聞」2008年9月15日朝刊)。
- ニコラス・ネグロポンテ(米国MITメディアラボ所長・当時)「今までとまったく違うことをやれ。新しいことに挑戦するのは最高のぜいたくだ」(「朝日新聞」2008年8月24日be面「フロントランナー」で、石井裕MITメディアラボ副所長が、1995年に、同ラボに着任早々、言われた言葉と紹介)。
<その他>
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北島康介(北京五輪の史上初の平泳ぎ2大会連続2冠を達成)「怖さをもって試合に臨むことはない。自分が調子が悪ければ自分の責任だし、負けを感じるスキはつくらない。一度つくったら、その隙間はどんどん大きくなる」「普段、適当に練習していると、大きな舞台に立ったときにツケが回ってくる」(「日本経済新聞」2008年9月12日朝刊「康介エボリューション8」)。
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石井義彦(北京オリンピック100キロ超級金メダリスト・石井慧選手の父。柔道場経営)「試合後に叱るのは指導力のない証拠。負ける前に言わないと」(『AERA』2008年9月1日号,25頁「父が育てたメダル息子」。柔道でも理屈をつけて叱る)。
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天野桂子(薬剤師)「福田首相の辞任会見で『私はよくやったと自負している』との言があった。私たちは、小さなグループの役員でも辞する時は『力不足で……。至らないことばかりで……』と言うのが普通。『よくやった』とは、他人が言ってくれることだと思う。それとも首相は、待っていても誰も言ってくれないのか」(「朝日新聞」2008年9月18日夕刊・名古屋版)。
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和田秀樹(精神科医。『困った老人と上手につきあう方法』の著書がある)「老人は本来、感情的になりやすいのです。前頭葉が老化し、理性をつかさどる機能が低下するためです。年齢を重ねるほど人間が柔らかくなり老成するには、それに見合う人生経験を積むことが必要条件です」(『AERA』2008年9月15日号,18頁「宰相が『暴走老人』になる時」。「無責任辞任」した福田康夫首相を評して)。