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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻53号)』(転載)

二木立

発行日2009年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


新年のごあいさつ

昨年も『文化連情報』の「医療時評」と「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」を継続しました。しかし、実証研究は再開できませんでした。一昨年に出版した『介護保険制度の総合的研究』(勁草書房)とは、おかげさまで共に3刷になりました。

本年前半に、2007年秋以降に発表した論文をまとめた『医療改革と財源選択』(勁草書房)を出版する予定です。

勤務先の日本福祉大学では、4月から副学長(研究担当)と法人理事に就任します。これで2012年度末の定年退職まで「管理職」を続けることがほぼ決まり、少し複雑な心境です。しかし「医療時評」と「ニューズレター」は少なくとも定年までは継続し、学部のゼミ(専門演習)と大学院教育も可能な限り担当し続けたいと思っています。

よろしくお願いします。

誤記の訂正

本「ニューズレター」52号に掲載した論文「社会保障国民会議『医療・介護費用のシミュレーション』を複眼的に読む」3頁1行目の最後「10兆円以上も低く」は、「10兆円以上も多く」の誤りです。『文化連情報』12月号掲載論文には正しく記載されたのですが、私のミスで元ファイルを訂正するのを忘れていました。なお、この論文では、このような「数字の大きなズレの原因」として考えられるものの1つとして、「私の数字の読み間違い」をあげましたが、その後、これは否定できました。


1.世界同時不況と日本の医療・社会保障

(『日本医事新報』「時論」2008年12月27日号(4418号):76-79頁)

はじめに

しのびよる世界同時不況が、日本の医師・医療関係者にも暗い影を落とし始めた。

2007年後半にアメリカで生じた住宅バブルの崩壊は、本年後半には「100年に一度」(グリーンスパン元連邦準備制度理事会(FRB)議長)と言われる世界金融危機に拡大した。それはすぐに実体経済にも波及し、今や世界同時不況の様相を呈し始めている。本年7~9月期に、先進国(日米欧三極)の実質経済成長率がすべてマイナスに転じたのに続いて、OECDは11月13日、三極のマイナス成長が2009年も継続するとの「経済見通し」を発表した。

それに伴い、各国政府の税収が大幅に落ち込むことは確実であり、中川昭一財務・金融大臣は、11月21日に、本年度の税収は、当初予算の見積もり(53.5兆円)を6~7兆円も下回るとの見通しを発表した。これに先だって、麻生太郎首相も10月30日の「追加経済対策」の発表時に、「日本経済は全治3年という基本認識」を示している。

このような厳しい経済状況に直面して、医療関係者には、今後は、税収不足に加え、増税や社会保険料の引き上げも困難になり、医療・社会保障費の財源が確保できなくなるとの悲観論が強まっている。2010年の診療報酬改定がマイナス改定になるとの気の早い予測をしたり、未曾有の大不況が起これば、医療機関の大幅受診抑制が起きると危惧する専門雑誌も現れている。さらには、小泉政権時代の厳しい医療・社会保障費抑制政策が復活することを懸念する声も聞かれる。

私も、このような悲観的見通しには一理あると考える。今後不況がさらに深刻化すれば、11月4日に発表された「社会保障国民会議最終報告」で打ち出された「社会保障の機能強化」に不可欠な財源確保の大きな足かせになることは間違いない。しかし、私は単純な悲観論には与せず、それとは別のもっと積極的な(少なくとも現状より悪化することはない)可能性があることも見落とすべきではない、とも考えている。本稿では、このような複眼的視点から、世界金融危機と世界同時不況(以下、世界同時不況と略す)が今後の日本の医療・社会保障に与える影響を巨視的に考えたい。

世界同時不況が明らかにしたこと

その前に、今回の世界同時不況が明らかにしたことを、本題に即して、簡単に3点指摘したい。世界同時不況が全世界の国民・社会に重大な否定的影響を与えていることは確かだが、それがもたらした肯定的側面も見落とすべきではない。

第1は、1980年代以降、世界経済を理念的・政策的に主導してきたアメリカ流の市場原理主義・新自由主義の破綻が誰の目にも明らかになったことである。それにより、今後は、経済政策の基調が、規制緩和(市場原理の純化)から規制強化(政府の適切な関与)へと転換することは確実である。この点で象徴的なのは、今やアメリカの金融危機の戦犯と批判されているグリーンスパン元FRB議長自身が、金融機関が自己利益を追求すれば株主を最大限に守ることになるという自己の経済哲学が「間違っていた」と公式に認めたことである(10月23日のアメリカ下院監視・政府改革委員会の公聴会)。

11月15日に発表された主要20か国首脳会議(G20金融サミット)の「宣言」が、総論レベルではあるが、金融規制の強化で一致したことは、経済政策の潮目の変化を象徴している。これが即、社会保障重視の「大きな政府」への転換を意味するわけではないが、世界や日本で新自由主義が推進してきた「小さな政府」の流れに歯止めがかかることは確実である。

第2は、世界金融危機により、経済の枠を超えた「アメリカ一極支配体制」が終焉を迎えたことである。政治・軍事面でのアメリカの一極支配体制は、無謀なイラク・アフガニスタン(侵略)戦争の失敗により崩れていたが、世界金融危機は経済面でのアメリカの一極支配体制を突き崩すことになった。11月4日のアメリカ大統領選挙でのバラク・オバマ候補の当選はアメリカ国民のこの面での「内部革新」の動きを象徴するし、来年1月にオバマ政権が成立すれば、現在よりも多極的な政治・経済体制への移行が生じる可能性がある。

第3に、学問的・理論的に重要なことは、「効率的市場仮説」に基づき、規制のない自由市場による経済活動の自動調節・均衡を絶対化して、政府の財政政策の役割を否定し、「小さな政府」を理論的に支えてきた主流派経済学(新古典派経済学)の行き詰まりが明確になったことである。それに代わり、今後は、市場の役割を認めた上で、政府や社会保障制度の積極的役割を重視する制度派経済学(ケインズ経済学を含む)の復権が進む可能性が大きい。このような学問潮流の変化は、医療・社会保障の拡充政策を学問的に支えることが期待される。

本年のノーベル経済学賞(正確には、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞)を、主流派経済学を厳しく批判し続けてきたアメリカのリベラル派のポール・クルーグマン教授が受賞したことは、世界経済と経済学の両方での潮目の変化を象徴していると言えよう。なお、同教授の新著『リベラル派の良心』(The Conscience of a Liberal。邦訳は『格差はつくられた』早川書房、2008)は、アメリカ大統領選挙における民主党候補の勝利を展望した「アメリカ改革の書」であり、それの最優先の課題が国民皆保険制度の確立とされている。

世界同時不況が日本の医療・社会保障に与える影響

以上3点を踏まえた上で、今回の世界同時不況が、今後の日本の医療・社会保障に与える影響を、確度の高い順に4点述べたい。

1 新自由主義的医療改革の復活はない

第1に確実に言えることは、小泉政権時代に試みられた、医療分野への市場原理導入(新自由主義的医療改革)が復活することはありえないことである。この政策の中心は、株式会社の医療機関経営の解禁と混合診療の全面解禁であり、小泉政権発足直後の2001年6月に閣議決定された「骨太の方針」に初めて盛り込まれた。しかし、小泉政権の下でさえ、それの全面実施は見送られ、ごく部分的実施にとどまった。その最大の理由は、医療分野への市場原理導入により、関連企業の市場は拡大する反面、総医療費・公的医療費とも増加することになり、医療費抑制という「国是」に反するからだった(詳しくは、拙著『医療改革と病院』(勁草書房、2004)、『医療改革』(勁草書房、2007)参照)。

上述したように新自由主義が国際的に挫折していること、および小泉政権時代と異なり、新自由主義的医療改革の全面実施を主張する有力組織がもはや存在しないことを考えると、不況と税収減が長引く中で、医療費増加を招く新自由主義的医療政策が復活することはあり得ない。

2 社会保障費抑制の数値目標は見直される

第2に、ほぼ確実に言えることは、小泉政権の置きみやげと言える「骨太の方針2006」中の厳しい社会保障費抑制の数値目標(2007年度以降5年間、社会保障費の自然増を毎年2200億円抑制する)が、来年度公式に見直されることである。次の総選挙で政権交代が生じ民主党政権が誕生した場合はもちろん、自公政権が継続した場合にもほぼ確実に見直される。

その最大の理由は、2006年以降、医療危機・医療崩壊が社会問題化したために、医療・社会保障の拡充を求める国民の声が強まっていることである。この点で注目すべきことは、小泉政権時代には医療・社会保障費抑制を支持していた全国紙が、2006~2008年に、すべて医療・社会保障の拡充支持または容認に転換したことである。「日本経済新聞」は他紙と異なり、社会保障の拡充をまだ正面から主張してはいないが、社会保障国民会議が10月23日に、従来の医療・介護費用の抑制方針を転換し、それを拡充する「シミュレーション」を発表したとき、それを正面から否定せず、「政府推計も参考に医療改革の道筋を」との「社説」(10月26日)を発表した。

実は、「骨太の方針2006」の数値目標が厳密に守られたことは1度もなく、2007年度、2008年度とも、数値目標の枠外とされている補正予算に高齢者医療制度の見直しを中心とした社会保障費がそれぞれ2000億円前後計上されていた。尾辻秀久元厚生労働大臣は、この点も踏まえて、「『2200億円削減』廃止はもう勝負がついた」と明言している(本誌10月18日号、4408号)。麻生首相の強い意向を受けて、経済財政諮問会議で、小泉政権時代の社会保障費抑制一辺倒から「中福祉・中負担の社会保障制度」への転換が目指されているのは、その布石と言えよう。

来年度は今年度に引き続き、大幅な税収減が予想されるが、「追加経済対策」の目玉として、経済効果が不透明な定額給付金に2兆円もの巨費が充当できたことを考えると、それの10分の1にすぎない2200億円の捻出は十分可能である。

3 内需主導経済への転換で社会保障拡充の可能性

第3に、やや期待を込めて言えることは、今後、日本が外需依存の経済構造から内需主導の経済構造に転換する際に、医療・社会保障の拡充が内需拡大の重要な柱の1つとされる可能性があることである。麻生首相は、G20に際して発表した「危機の克服-麻生太郎の提案」中の「中期的な金融危機防止策」で、「過剰消費・借り入れ依存の国[アメリカ-二木]における過剰消費抑制と、外需依存の大きな国[日本・中国など]における自律的な内需主導型成長モデルへの転換」を提案した。これにより、「内需主導型成長」は日本政府の国際公約となっった

実は、内需主導経済への転換は1980年代後半以降も試みられたが、当時はその柱が公共事業とされた。しかし、それがもたらしたのは国土の荒廃と政府債務の巨額な累積であった。この失敗を考慮すると、もし今後医療・社会保障拡充を求める国民世論が高まった場合には、医療・社会保障が新たに内需拡大の重要な柱の1つとされる可能性がある。私はその鍵は、「医療・社会保障拡充の財源についての国民合意の形成」と「医療者の自己改革による国民の医療への信頼の回復」であると考えている(詳しくは、「医療改革-希望の芽の拡大と財源選択」(本誌5月3日号、4384号)参照)。

医療・社会保障は小泉政権時代には、経済成長の制約条件とみなされ、厳しく抑制された。それに対して、『平成20年版厚生労働白書』(本年8月公表)では、逆に、社会保障の経済効果は相当高いこと、具体的には社会保障関係事業(医療、保健衛生、社会福祉、介護、社会保険事業)の「生産波及効果」は全産業平均より高く、「雇用誘発効果」は他のどの産業よりもはるかに高いことが計数的に示されている(28~32頁)。これは、厚生労働省が医療・社会保障拡充政策への転換を展望して打ち出した布石と言える。

来年1月に発足するアメリカのオバマ新政権は、日本よりはるかに深刻な金融危機・不況脱出のために、大胆な財政政策を採用し、それには医療・社会保障拡充政策が含まれる可能性が高い。それが日本の医療・社会保障拡充への追い風になることも期待できる。この点で注目すべきことは、かつては竹中平蔵氏等と共に、小泉政権の「市場主義」・「小さな政府」路線を推進してきた伊藤元重氏(東大教授)が、アメリカ大統領選挙の結果を受けて、従来の主張を180度変え、「『大きな政府』日本も追随を」-「そのためには、年金・医療・介護などの社会保障を充実させることが有効である」と主張し始めたことである(「日経流通新聞」11月12日)。

なお、日本ではオバマ次期大統領が選挙期間中に国民皆保険の実現を公約したとの報道が散見されるが、それは正しくない。現実主義者のオバマ氏は、選挙期間中、「小児皆(医療)保険」の即時実施は公約したが、日本やヨーロッパで実施されているような強制加入の国民皆保険制度は提案していないからである(「オバマ・アメリカ次期大統領の医療制度改革案を読む」『文化連情報』2008年12月号、368号)。

4 世界大恐慌の再来がないことが大前提

以上、やや楽観的な見通しを述べてきた。ただし、これらの予測には大前提がある。それは、今後世界同時不況が相当長期間続いたとしても、G20に代表される先進国・新興国の国際協調により、1929年の世界大恐慌の再来が食い止められることである。

万が一この前提が崩れ再び世界大恐慌が生じた場合には、小泉政権時代よりもはるかに厳しい医療・社会保障費抑制策が強行されるだけでなく、大量失業と給与の大幅引き下げにより医療需要(国民・患者の医療機関受診)も大幅に落ち込むため、医療機関の経営破綻が多発するであろう。これが第4のきわめて悲観的な見通しである。しかし、その可能性は現時点ではきわめて小さく、それを既定の事実とみなして「地獄のシナリオ」を語るべきではない。

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2.インタビュー:医療立て直しの道筋は?

-医療費抑制政策の転換へ 焦点は保険料の引き上げ

(『週刊東洋経済』2008年12月27日号ー2990年1月3日号(6180号):144頁)

1年前の2007年暮れ、世の中は医療危機や医療崩壊の報道であふれていた。私はその当時、危機の進行は客観的事実である一方で、暫定的ながら医学部の定員増が打ち出されるなど医療政策の転換へのかすかな兆しが見えることを指摘した。そして08年にその兆しを確実なものにするためには、二つの閣議決定の見直しが不可欠であると述べていた(本誌07年12月29‐08年1月5日号146㌻参照)。
その一つは1982年以来四半世紀続く医師養成数の抑制政策の見直しであり、もう一つが06年に閣議決定された「骨太の方針2006」(経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006)に盛り込まれた社会保障費の自然増について今後5年間で1兆1000億円(年換算で2200億円)削減するという方針の見直しだ。
その後、前者については見直しにとどまらず、医師増員政策へと一気に流れが変わった。08年の骨太の方針では「早急に過去最大程度まで増員するとともに、さらに今後の必要な医師養成について検討する」と書かれた。その後、長期的な目標として現在の1・5倍まで定員を増やす方向になっている。

2200億円削減方針は09年度に事実上崩壊へ
一方、後者の歳出削減については、07年度当初予算でこそ方針が守られたが、補正予算で完全に崩れた。福田政権が成立後、いの一番に後期高齢者医療制度に関して2000億円近い財源対策を実施したことが証左だ。そして08年度は補正予算が通過した10月時点で財源措置が2000億円を超えている。第二次補正予算が成立すれば、さらに額が増える。そのうえ最近の報道によれば、09年度予算では本体予算で2200億円削減方針が事実上崩れるのはほぼ確実になっている。
09年度は政策転換への流れがさらに強くなるだろう。その象徴が、政府の社会保障国民会議が「社会保障の機能強化」を前面に出したことにほかならない。「小さな政府」から転換し、突然、「中負担中福祉を目指す」ことになったのだ。同会議は、医療・介護費用の将来シミュレーションを実施したが、小泉政権時代のように改革で自然増をいかに抑制するかというシミュレーションではなく、改革で医療費をどれだけ増やすかという逆のベクトルのシミュレーションが行われた。この取り組みは大きな意義があり、09年度以降の予算でも、社会保障の機能強化の流れが続いていくだろう。もはや小泉時代の政策に逆戻りすることはないと考えていい。
問題はその先だ。医療の立て直しのためには医療費を大幅に増やさなければならないが、どこまで財源を確保できるかにかかっている。言い換えれば、今の政策の延長ではなく、日本を内需中心の社会に変えられるかどうかが問われている。08年の厚生労働白書では、医療を含めた社会保障の経済誘発効果や雇用誘発効果の高さが強調された。社会保障政策の転換を見越しての厚労省の動きだろう。
医療に関しての財源確保は、まず第一に保険料をきちんと引き上げることができるかが重要だ。医療費財源の構成では、保険料が約5割、公費が地方負担を含めて4割弱、患者負担分が1割強という構成になっているためだ。つまり財源確保イコール消費税引き上げ、公費の増額イコール消費税引き上げではない。
具体的には、サラリーマンの健康保険料(事業主拠出分を含む)は国際的な水準と比べて低いために、引き上げ余地は大きい。国民健康保険も、高額所得者の保険料引き上げが必要だ。このようにメリハリをつけながら財源を確保することが、医療の立て直しには不可欠だ。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算41回2008年分その9:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○高齢者の画像診断の利用パターン:カナダ・オンタリオ州での全数調査
(Wang Li, et al: Utilization patterns of diagnostic imaging across the late life course: A population-based study in Ontario, Canada. International Journal of Technology Assessment in Health Care 24(4):384-390,2008)[量的研究]

カナダでは、ベビーブーマー世代の高齢化に伴い、画像診断(エックス線診断、CTスキャン、MRI)の利用率は、他の医療サービスに比べ急増している。本研究の目的は、65歳以上の高齢者の外来診療での画像診断の利用パターンを明らかにすることである。調査対象は、オンタリオ州の65歳以上の高齢者のうち、2005年4~2006年3月の1年間に州政府医療保険サービスを利用した156万人である。年齢は5歳刻みで8段階に区分した。

その結果、年齢区分別の画像診断利用率は逆U字型であり、ピークはCTでは80-84歳、MRIとエックス線診断では70-74歳であった。全年令でみると、女のエックス線診断利用率は男より高く、逆に男のCTとMRIの利用率は女より高かった。いずれの検査でも、一部の高頻度利用者が利用総数の多くを占めていた。MRIでは、高頻度利用者の多くは高位の「社会経済的地位(SES)」(上位20%)に属していたが、エックス線診断とCTではこのような関係はなかった。

二木コメント-高齢者の医療サービス利用率を、性と年齢だけでなく、社会経済的地位からも検討した貴重な研究と思います。カナダの公的保険では患者負担はないにもかかわらず、MRIの利用率に社会経済的地位による差があるのは意外です。ただし、本研究では社会経済的地位は個人(患者)単位で測定されてはおらず、各患者の居住地域の所得水準で代用されています。このことは、アメリカだけでなくカナダでも、社会経済的地域による居住地の「棲み分け」が生じていることを示唆しています。

○[カナダの]癌患者の緩和ケア利用の年齢による不平等についての全数調査(Burge FI, et al: A population-based study of age inequalities in access to palliative care among cancer patients. Medical Care 46(12):1203-1211,2008)[量的研究]

カナダでは、緩和ケアプログラム利用に年齢による不平等があることはすでに示されているが、この点を人口学的特性、医療サービス利用、社会文化的指標を同時に調整して検討した研究はほとんどない。そこで、ノウヴァ・スコウシャ州の2つの医療行政区(District Health Authorities)で1998~2003年に癌により死亡した全成人7511人を対象にして、緩和ケア利用と年齢との関係を、階層的非線形回帰モデルにより検討した。

その結果、死亡者総数の66%が緩和ケアを利用していた。上述した年齢以外の諸要因を調整しても、65歳以上の高齢者の緩和ケア利用率は65歳未満に比べて有意に低く、特に85歳以上で著しく低かった(オッズ比は0.4)。患者の居住地から癌センターへの距離が高齢者の緩和ケア利用の低さに影響していた。

二木コメント-この結果は、全国民を対象にした無料の医療保険(保障)制度のあるカナダでも、高度医療とは言えない緩和ケアについても、年齢による利用の「不平等」が存在することを示しています。ただし、これが「年齢差別」によるものか否かは、この論文では明らかにされていません。

○[アメリカの]高齢者の社会経済的地位と術後死亡率(Birkmeyer NJ, et al: Socioeconomic status and surgical mortality in the elderly. Medical Care 46(9):893-899,2008)[量的研究]

アメリカでは、人種間で手術医療の質に差があることは確認されているが、社会経済的地位が術後死亡率に与える影響は余り調査されていない。そこで1999~2003年のメディケアのデータを用いて、術後死亡率が高い6種類の手術(手術数の多い順に、冠状動脈バイパス術、大動脈弁置換術、僧帽弁置換術、肺切除術、結腸切除術、胃切除術)を受けた全患者の術後死亡率(手術後30日以内の死亡率)と患者の社会経済的地位(居住地域により5区分)との関係を調査した。

その結果、6種類の手術とも、社会経済的地位が術後死亡率の有意な予測要因であった。これは、患者側の社会経済的地位以外の要因を考慮しない粗い計算でも、他の要因を調整済みの計算でも同じであった。社会経済的地位が最下層と最上層の患者の調整済み術後死亡率のオッズ比は、手術を行った病院を要因として含むと、すべての手術で低下し、3つの手術では統計的に有意ではなくなった。同一病院内では、患者の社会経済的地位による術後死亡率の差は小さかった。

二木コメント-社会経済的地位が術後死亡率に影響することはある程度予測できます。しかし、それの主因が患者側の要因ではなく入院する病院の違いであること、つまり社会経済的地位が高い患者は術後死亡率の低い病院で手術を受け、それが低い患者は術後死亡率の高い病院で手術を受けるという、社会経済的地位による病院の「棲み分け」のためであることは、日本人から見ると驚きです。

○アメリカの[病院の]救急外来を受診する成人無保険者-通念対データ(Newton MF, et al: Uninsured adults presenting to US emergency departments - Assumptions vs data. New England Journal of Medicine 300(16):1914-1924,2008)[文献レビュー]

アメリカでは病院の救急外来を受診する患者が急増しており、それは無保険者の医療の最後の拠り所となっている。他面、それを否定的にみる通念も根強い。本研究の目的は、そのような通念の妥当性を入手可能な最良のデータを用いて検証することである。そのためにMedlineで、1950~2008年に発表された成人(18歳~64歳)無保険者の救急医療についての実証研究を検索し、127論文を得た。成人無保険者の救急外来受診についての通念(以下、通念)は、グラウンデッド・セオリーに基づく質的叙述法により10に整理した。

127論文のうち53論文は、1つ以上の通念を検討していた。データにより裏付けられた通念は、無保険者の救急外来受診が増加していること、および無保険者はプライマリケアにアクセスできないことであった。救急外来受診は診療所受診より高額であることも確認されたが、これは無保険者だけでなく、医療保険を有する患者でも同じであった。他面、今回得られたデータは次の3つの通念は支持しなかった:①無保険者は救急外来混雑の主因である、②無保険者は医療保険を有する救急外来患者より軽症である、②無保険者は便利さを求めて救急外来を受診する。

二木コメント-日本でも、救急医療についての通念の妥当性をデータにより検証する必要があると思います。

○産科施設閉鎖が産科医療のアクセスに与える影響:フランスの1998~2003年の経験(Pilkington H, et al: Impact of maternity unit closures on access to obsterical care: The French experience between 1998 and 2003. Social Science & Medicine 67(10):1521-1529,2008)[量的研究]

フランスでは、他の多くの国と同じように、産科施設が相当減少しており、産科医療のアクセスが悪化しているとの懸念が生じている。そこで、1998~2003年の全国周産期調査と出生届けの全データを用いて、産科施設の閉鎖が、全国および各地域で、妊婦の自宅と産科施設の距離と移動時間に与える影響を検討した。

1998~2003年に産科施設の20%が閉鎖していた(759から621へ)。閉鎖率の地域差(県レベル)は0.0%~36.0%であった。妊婦の自宅と産科施設との平均距離は6.6キロメートルから7.2キロメートルに延びていた。自宅から産科施設まで30キロ以上ある妊婦の割合は低いが、1.4%から1.8%に微増していた。妊婦の自宅から半径15キロメートル以内の平均産科施設数は3から2に減少しており、減少数は農村部で大きかった。しかし、都市部および産科施設の減少率が小さかった地域では、自宅から産科施設への移動時間は増えておらず、わずかに減少している地域もあった。

二木コメント-日本でも、厚生労働省(の研究班)がこのレベルの全国調査を早急に行うべきだと思います。

○スウェーデンのプライマリケアの新自由主義的改革:誰のために?そして何の目的で?(Dahlgren G: Neoliberal reforms in Swedish primary health care: For whom and for what purpose? International Journal of Health Services 38(4):697-715,2008)[医療政策研究]

スウェーデンで2006年に発足した保守的政権(穏健等を中心にした中道右派連合政権)は、医療部門でも市場志向の改革を開始した。同政権の最初の医療改革法案は、公費財源での運営を維持しつつ、公立病院を営利企業体に売却することを可能にするものであった。より徹底した市場志向のプライマリケア改革も、ストックホルム郡等で開始された。それらは「金が患者についていく」「自由な選択モデル」と言われている。本論文では、このような改革が医療のアクセスと質に与える影響を検討する。この改革の第一の問題点は、医療への地理的アクセス面での社会的不平等が強まるだけでなく、それを是正することが政治的に非常に困難になることである。さらに、強い市場の力は、低所得地域の医療の質を徐々に低くすると同時に、高所得地域の医療のアクセスと質をさらに良くするであろう。それにより、公費財源は低所得地域の住民から高所得地域の住民に移転されることになる。

二木コメント-「北欧福祉国家モデル(社会民主主義レジーム)」の中核と言えるスウェーデンでも、2006年の政権交代により新自由主義的改革が(部分的に)実施されつつあることを活写する論文です。ただし、私の経験では、本論文が掲載されたInternational Journal of Health Services誌にはイデオロギー先行の論文が少なくないので、本論文の記述も割り引いて理解する必要があると思います。

○医薬品:根拠の欠如-製薬企業は新製品についての不都合な情報を抑えているか?(Pharmaceuticals: Absence of evidence - Do drug firms suppress unfavourable information about new products? The Economist November 29th: 81,2008)[文献紹介]

PLoS Medicine (査読済みの学術論文が掲載されるオンライン雑誌)に掲載された、Lisa Bero(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)等の実証研究「FDAに提出された薬効試験の報告バイアス」(Reporting bias in drug trials submitted to the Food and Drug Administration: Review of publication and presentation. PLoS Med 5(11): e217 doi:10.1371/journal.pmed.0050217)のポイントと製薬企業側の弁解およびそれへの反論を紹介しています。

Lisa Bero等は、2001~2002年にFDAから(薬効試験の)認可を受けた155件の新薬の薬効試験について、製薬企業がFDAに報告したもの(これは義務化されている)と、その後5年間に学術雑誌に掲載されたものとを比較し、(1)後者は前者の3/4にすぎず、しかも(2)効果が確認された新薬の薬効試験の学術雑誌への掲載率は、それが否定された新薬に比べて5倍も高いこと、(3)この格差は雑誌編集者のバイアスによるものではないことを明らかにしたそうです。

The Economistの記事は同誌のHPに全文掲載されており、Lisa Bero等の論文全文もPLoS MedicneのHPに掲載されています。

 


4.私の好きな名言・警句の紹介(その48)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

…冒頭の「新年のごあいさつ」に書きましたように、私は、本年4月から日本福祉大学の副学長(研究担当)と法人理事に就任します。そのため、今年から、自分の勉強と自戒を兼ねて、新しく知ったこの領域の名言・警句を、適宜紹介します。

<その他>

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