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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻59号)』(転載)

二木立

発行日2009年07月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

1.拙新著『医療改革と財源選択』(勁草書房)を6月15日に出版しました(本「ニューズレター」58号では6月10日発行とお知らせしましたが、正しくは15日です)。

2.7月26日に東京で「医療改革と財源選択」について講演します。

7月26日に東京で開かれる「日本福祉大学セミナー文化講演会」で、講演「医療改革と財源選択-世界同時不況の医療・社会保障への影響にも触れながら」を行います(会場:新宿ワシントンホテル。午後1時~2時半、会場は12時半。入場無料。ただし応募者多数の場合は抽選)。参加ご希望の方は、日本福祉大学講演会事務局まで、早めにお申し込み下さい(ファックス:052-242-3046。講演会HP:http://www.netnfu.ne.jp/kouen/。私の紹介とお書き添えいただくと、優先されるかもしれません)。


1.論文:財政制度等審議会「建議」の医療改革方針を読む -時代錯誤の主張と診療報酬抑制の新たな手法

(「二木教授の医療時評(その68)」『文化連情報』2009年月7月号(376号):22-27頁。
本論文の圧縮版を「日経メディカルオンライン」に2009年6月9日掲載)

はじめに-財政制度審議会「建議」をとりあげる理由

財政制度等審議会は6月3日に建議「平成22年度予算編成の基本的考え方について」(以下、今年の「建議」または「建議」)を取りまとめました。

財政制度等審議会は2001年の中央省庁再編に伴い、旧大蔵省にあった5つの審議会を統合して発足した財務相の諮問機関で、小泉政権下の2002年以来、毎年6月上旬に翌年の「予算編成の基本的考え方について」建議をまとめ、社会保障費・医療費の抑制を求めてきました。「建議」は、財政再建を至上命題としている財務省による、毎年6月下旬に閣議決定される「経済財政改革の基本方針(骨太の方針)」に対する「最大限要求」と言えますが、「骨太の方針」と異なり政府に対する拘束力はなく、しかも毎年の「骨太の方針」決定後は「死文書」化します。そのために、私は、本連載でも「建議」を取り上げたことはありませんでした。

しかし、今年の「建議」の医療改革方針は8頁におよぶ長大なものであり、しかも「社会保障の機能の強化」という麻生政権の基本方針に逆行するどころか、小泉政権の医療制度改革についての閣議決定(2003年3月)にすら反する時代錯誤的な主張が書かれています。その上、厚生労働省の各種審議会・委員会の報告にはない、診療報酬抑制の新たな手法も含まれています。そこで、本稿では、「建議」中の医療改革方針をはじめてとりあげることにしました。

混合診療解禁論の復活は閣議決定違反

今年の「建議」の議論の途中では、西室泰三会長が、4月21日の記者会見で、社会保障費の「2200億円抑制削だけを金科玉条にすることが正しいか議論せざるを得ない」と表明するなど、「骨太の方針2006」の社会保障費抑制目標が見直される可能性も取りざたされました。しかし、最終的には、今年の「建議」でも、「平成22年度予算においても、『基本方針2006』等でも示されている歳出改革の基本的方向は維持する必要がある」とされ、従来の方針が踏襲されました。

そのためもあり、「建議」では、医療に関して、保険料や税負担を増やして、公的医療費(医療給付費)を大幅に増やす「選択肢」は最初から排除され、逆にそれを抑制するために「私的医療支出(自己負担や民間保険等)を増やす」ため、「混合診療の解禁」と「保険免責制の導入」を柱とするさまざまな方策が示されています。

この点では、社会保障国民会議「最終報告」(昨年11月)が、医療の効率化を行った場合でも、国民医療費は2025年には「現状投影シナリオ」よりも増えることを初めて認め、そのための「追加的に必要となる公費財源」の規模を明示したこと、および医療費の公私負担割合は将来とも変わらないことを前提にして「医療・介護費用のシミュレーション」を行ったのと対照的です。しかも、昨年12月24日に閣議決定された「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた『中期プログラム』」が、社会保障国民会議「最終報告」を踏まえて、「医療・介護体制の充実」を掲げ、しかもその財源としてもっぱら「消費税を主要な財源」と位置づける一方、「私的医療支出の拡大」にはまったく触れていなかったことを考えると、今年の「建議」はこの閣議決定に反すると言えなくもありません。

なお、意外なことに、「建議」が混合診療の解禁を明確に掲げるのは、2005年以来、4年ぶりです。2003~2005年の「建議」は、混合診療(の解禁)と保険免責制の導入を掲げましたが、2006~2008年の「建議」の「医療給付費を抑制していくための具体的な改革方針」からは、混合診療(の解禁)は削除されていました。これは、2006年に成立した医療制度改革関連法で、特定療養費制度が保険外併用療養費制度に再編され、混合診療が部分解禁されたための当然の変更と言えます。ところが、今年の「建議」では、この事実が無視され、「混合診療の解禁」が再び掲げられたのです。

しかもここで見落とせないことは、「建議」が混合診療解禁と合わせて、「公的医療給付については、…真に必要なものに給付の範囲を重点化する」ことを主張していることです。しかし、この主張は、小泉政権時代の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬に関する基本方針」(2003年3月)が「診療報酬については、…社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供されるよう、必要な見直しを進める」と規定したことに反しており、明らかに閣議決定違反です。

なお、「真に必要なものに給付の範囲を重点化する」との主張は、理論的には医療保険給付の「最低水準」説と言えますが、意外なことに小泉政権時代の「建議」には書かれておらず、2007年の「建議」に初めて登場しました。

私的医療支出の大幅増加は非現実的

今年の「建議」は、混合診療の解禁や保険免責制の導入の根拠として、日本の「私的医療[自己負担や民間保険等]支出対GDP比が、主要国やOECD平均と比べて大きく下回っており、特に、民間保険等の割合は極めて小さくなっている」ことをあげています。しかし、これは次の3つの理由から、まったく皮相な主張です。

第1に、患者の自己負担は対GDP比で比較するだけでなく、総医療費に対する割合でも比較すべきであり、日本のこの割合は主要先進国(G7)中最高です(拙著『医療改革』勁草書房、2007、204頁)。2005年に経済財政諮問会議と厚生労働省の間で行われた論争でも、厚生労働省により、経済財政諮問会議の主張通りに医療給付費の伸び率を名目GDPの伸びに抑制して「給付費の縮小分を自己負担増のみで賄うとした場合」には、「自己負担率を45%程度とする必要」があり、非現実的であることが示されています(「社会保障の在り方に関する懇談会での厚労省の健闘・『反省』」『文化連情報』326号、2005。『医療改革』106頁)。

第2に、日本の総医療費中の民間保険等の割合が低い理由の1つは、それに「生命保険大国」である日本の生命保険特約等の事実上の民間医療保険の給付費が含まれていないからです。

第3に、民間保険の位置づけは国によってまったく異なり、この比率を単純に国際比較することはできません。日本では民間保険というと個人が保険料をすべて負担する個人保険を連想しがちですが、アメリカやヨーロッパ諸国の民間医療保険には企業・雇用主が保険料をすべて~大半負担するものが少なくありませんし、アメリカではそれが主流です(『医療改革』204頁)。「建議」で、アメリカに次いで民間保険等の対GDP比が高いとされているフランスの民間保険の大半は、公的医療保険を補完する「共済組合」です。

開業医から病院への診療報酬の配分の見直し論は皮相

冒頭述べたように、今年の「建議」には、厚生労働省の各種審議会・委員会の報告にはない、診療報酬抑制の新たな手法が含まれています。それは、「病院・診療所間における医師の偏在…医師の病院離れ」を是正する「経済的手法」として「診療報酬の配分や報酬体系を見直すこと」です。これは、診療所の診療報酬を大幅に引き下げ、それを財源として病院の診療報酬を引き上げることを意味します。

このような見直しの根拠として、「建議」は、「勤務医の開業志向」の強まりは、「勤務医が厳しい勤務状況に置かれている中で、平均年収(約1415万円)が、開業医の概ね半分程度であることなども、その要因」と、いわば医師の就業形態の所得決定論を主張しています。「建議」は、診療報酬総額を増やさなくても、病院と診療所間の診療報酬の配分を見直せば、病院勤務医不足は解消すると考えているようです。

しかし、これは歴史的事実に反します。なぜなら、現在とは逆に、病院勤務医が急増し、開業医が減少することが医師問題の焦点となっていた1980年代後半には、勤務医と開業医の所得格差(正確に言えば、後者は「医業収支差額」)は約3倍であり、現在の2倍よりはるかに高かったのです(拙著『現代日本医療の実証分析』医学書院、1990年、164頁)。この歴史的事実は、上述した所得決定論ではまったく説明できません。

もう1つ、私にとっても意外な事実があります。それは、医療界だけでなく、社会的に半ば常識化している「勤務医の開業医志向」の高まりは、全国データではまだ実証されていないことです。まず、厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査」によると、2000~2006年(これが最新数値)の6年間、医師総数に対する開業医(診療所の開設者)の割合は、27.1%から25.6%へと漸減し続けており、まだ「反転」は生じていません。次に、厚生労働省「医療施設動態調査」によると、1990年代以降高水準を保っていた一般診療所の増加率が2008年に急激に鈍化し、2009年2月には一般診療所の実数が減少に転じています(日本医師会「財政制度等審議会建議に対する日本医師会の主張」6月3日)。それだけに、「勤務医の開業医志向」の強まりという言説の妥当性については、今後も注意深い検証が必要と思います。

私は、現在の医療危機を克服するためには、病院勤務医の待遇改善が不可欠であり、そのためには病院の診療報酬の大幅引き上げが必要であると考えていますが、それを診療所の診療報酬の大幅引き下げで賄うと、今度は診療所の機能の低下、ひいては地域の第一線医療の崩壊が生じて、現在以上に患者が病院に集中し、結果的に医療費も不必要に増加する危険があると思っています。

診療報酬の配分の見直しにより「医師の適正な配置」が実現可能とする「建議」の主張は、このような事実や可能性を無視しています。財政制度審議会の委員には大学所属の研究者が12人入っていますが、医療経済学や医療政策の専門家は1人もおらず、そのためにこのような「無邪気で危険な」(竹内啓『無邪気で危険なエリートたち』岩波書店、1984)主張がなされるのだと思います。

広井良典氏とフュックス氏の警告

私は、この論点を考える上では、広井良典氏(千葉大学教授。当時・厚生労働省事務官)が15年前に行った以下の主張・警告が重要だと思っています。氏は、一般には非効率とみなされやすい日本の「外来主導型」医療が、「外来のアクセスがきわめて良好であることから、疾病が特に重度に至る以前にその早期治療ないし発見が行われやすく、このことが全体の医療費の抑制に相当程度寄与し」、「結果的には医療費の“効率的な"使用を実現している面があること」に注目し、「今後の医療供給体制のシステム化を考えるに当たっては、…『外来主導型』というわが国の医療の特性…のメリットが失われないように最大限注意しながら…検討する必要がある」と主張しました(『医療の経済学』日本経済新聞社、1994、67~72頁)。

「建議」は、医師の偏在の是正の具体的手法として、このような経済的手法に加えて、「規制的手法」も提起していますが、まだ理念的レベルにとどまっています。私は、現在の医療危機克服の「必要条件」は公的医療費と医師数の大幅増加と考えていますが、短期的には、都道府県単位での医師会・大学医学部・病院団体の合意によるさまざまな「自主規制」も必要だと判断しています。しかし、「建議」のように、この「必要条件」を無視して、規制的手法=官僚統制を導入すると、医師のモラールが低下し、逆に医療危機が進行すると思います。

この点については、アメリカの医療経済学者のフュックス教授の以下の警告が、日本にもそのまま当てはまると思います。「今日の医療政策担当者の最大の誤りの1つは、市場競争または政府規制が医療をコントロールする唯一の手段であるとみなすことである。専門職規範(professional norms)の再活性化を第三のコントロール手段とする必要がある」("Who Shall Live? Expanded edition", World Scientific,1998,p.238)。

一病院経営者の主張を7回も引用

今年の「建議」の「医療」(全8頁)の項には、従来の「建議」にはまったく見られない特異な叙述手法があります。それは、「建議」の審議経過でヒアリングを行った亀田隆明医療法人鉄蕉会理事長の個人的主張または氏の提出した資料を、「病院経営者」の主張としてなんと7回も引用し、それを「建議」の医療改革方針の根拠としていることです。

しかし、亀田氏がどんな病院団体も代表していないだけでなく、氏の主張は「混合診療の解禁」をはじめ、大半の病院団体の主張と正反対なことを考えると、この手法は余りに恣意的です。私は、勤務先の大学で大学院生に対して、少数例の事例研究では、どんな事例を選ぶかによって結論がほとんど決まってしまうので、自己の主張に合わせて事例を恣意的に選択しないよう厳命し、多様な事例をバランスよく選択するように指導しています。そのため、今年の「建議」は、悪い事例研究の「生きた教材」として、大学院の講義でも使えると思いました。

私は、厚生労働省をはじめ、政府・各省庁の審議会・委員会の報告書を長年読んできましたが、一個人の主張をこれほど繰り返し、無批判に引用したものを見たことがありません。一般の報告書よりも格の高い「建議」にこのような恣意的手法が使われていることは、結果的にそれの権威を貶めることになると思います。

その上、亀田氏の主張には明らかな事実誤認が少なくありません。その最たるものは、「現在の中医協において、病院経営の在り方を含めた議論を行うことは難しいという認識」です。これに基づいて、「建議」は、「委員の構成も含め、中医協の在り方そのものの見直しも検討する必要がある」と主張しています。

しかし、このような認識や主張は、現在の中医協の支払い側委員には、日本病院団体協議会(通称:日病協)の推薦した委員が2人含まれること、その結果、亀田氏の主張とは逆に、現在の中医協においては、「病院経営の在り方を含めた議論」が中心的に行われている事実を無視しています。もし、中医協の議論がかつてのように、開業医の代表主導であったとしたら、2008年の診療報酬改定で、診療所の診療報酬を引き下げて、病院の診療報酬引き上の追加的原資が捻出された事実を説明できません。

私は、中医協および日本医師会・各病院団体は、財政制度等審議会および亀田氏に厳重抗議すべきと思います。

吉川洋氏は2人いる?

私は今年の「建議」を読みながら、ある違和感を感じました。それは、吉川洋氏は2人いるのではないか?というものです。

よく知られているように、吉川洋氏(東京大学大学院教授)は、小泉政権時代、経済財政諮問会議民間議員として6年弱、従来とは桁違いに厳しい医療費抑制策と医療分野への市場原理導入策を主導しました。しかし、福田内閣が2008年1月に発足させた社会保障国民会議では議長として、「社会保障の機能の強化」を盛り込んだ「最終報告」をとりまとめました。上述したように、この「最終報告」は、総医療費の拡充を提唱する一方、小泉政権時代に経済財政諮問会議で吉川氏等が主張した混合診療の解禁や保険免責制の導入は棚上げしました。私は、この時点では、吉川氏が、時代の風の変化に対応して主張を変えたのだと、やや肯定的に理解するようにしていました。

しかし、吉川氏が委員として参画している財政制度等審議会の今年の「建議」を読んで、小泉政権時代の経済財政諮問会議の主張の大半が復活していることを知り、吉川氏が社会保障国民会議の座長および財政制度審議会の委員として、ほぼ同一時期に、ほとんど逆の主張をしていることに驚き、上述した違和感をもった次第です。古い言葉で恐縮ですが、吉川氏のように、仕える相手に合わせて主張を平気で変える研究者を「曲学阿世」と呼ぶのではないでしょうか。

おわりに-時代錯誤の「建議」の背景とその影響力

最後に、以上述べてきたように、現在の麻生政権の「社会保障の機能の強化」方針にも反する、時代錯誤的で恣意的な「建議」がとりまとめられた背景と「建議」の影響力について簡単に考えます。

私は、今年の「建議」には、麻生政権が次々に打ち出すバラマキ型の補正予算や本予算で、財政規律が大きく崩れたことに対する財務省の強い危機感が現れていると思います。特に15兆4000円に達する「経済危機対策」(その大半が本年度の補正予算で措置)のうち厚生労働省関係予算は4兆6718億円であり、毎年の社会保障費の抑制目標2200億円のなんと21年分に達しています。そのために、財務省は2010年度予算では財政規律を少しでも回復すべく、「建議」で「骨太の方針2006」の維持をなりふりかまわず押し通したのだと思います。

「建議」がとりまとめられた6月3日の記者会見で、与謝野馨経済財政担当相が財政健全化の目標に関連して、「歳出については『基本方針2006』を守っていきたい」と明言したこと、およびごく最近まで「骨太の方針2006」の見直しを強く求めていた舛添要一厚生労働相が、6月2日の参議院労働委員会では、一転して見直しに慎重な答弁を行ったことは、政府内で暗黙の密約がなされたことを示唆しています。

他面、本年9~10月までに総選挙が必ず行われ、しかも自由民主党の劣勢が伝えられていることを考慮すると、政府・自民党が、6月下旬に閣議決定される予定の「骨太の方針2009」に、医師会や医療団体が強く反対し、小泉政権さえ実現できなかった混合診療の全面解禁や保険免責制の導入、あるいは診療所の診療報酬の大幅引き下げを盛り込むとは考えられません。現時点で可能性があるのは、与謝野財務相が「相当ボロボロになっている旗」と自嘲している、「骨太の方針2006」の社会保障費抑制方針を形式的に「維持」するのがやっとだと思います。

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算46回.2009年分その3:7論文)

訂正:53号(2009年1月)の本欄で紹介した「アメリカの[病院の]救急外来を受診する成人無保険者-通念対データ」の出所をNew England Journal of Medicineと書きましたが、これはJAMA(Journal of the American Medical Association)の誤りです。巻・号・頁数・発行年(300(16):1914-1924,2008)には誤りはありません。

○ヨーロッパでは[同居していない]子による高齢の親へのインフォーマルケアはフォーマルケアを代替しているか?
(Bonsang E: Does informal care from children to their elderly parents substitute for formal care in Europe? Journal of Health Economics 28(1):143-154,2009)[量的研究]

本研究では、ヨーロッパにおける、成人した子による障害を持つ親へのフォーマルケアがフォーマルな長期ケア利用に与える影響、および親の障害の程度がフォーマルケアとインフォーマルケアの関係に与える影響を分析する。フォーマルケアのうち、インフォーマルケアと関係が深いホームヘルプと訪問看護に焦点を当てる。「ヨーロッパにおける健康、加齢と退職調査」(略称SHARE。2004年実施)中のデータを用い、2段階利用モデルを構築して、2つのフォーマルケア利用・非利用と利用量の意思決定を分析する。対象は、北・西ヨーロッパ9か国(オーストリア、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、スウェーデン)の自宅居住の65歳以上の高齢者で、成人した子はいるが子とは同居していない7329人である。51.0%に日常生活を行う上での制限があり、ホームヘルプと訪問看護の平均利用率はそれぞれ8.7%、6.1%である。

操作変数(instrumental variables)により、フォーマルケアとインフォーマルケア間に存在する可能性のある内生性(endogeneity)を調整したところ、ホームヘルプ利用にはインフォーマルケアとの内生性が認められた。全体としてはインフォーマルケアはホームヘルプを代替していたが、代替関係は親の障害程度が重くなると消失した。インフォーマルケアと訪問看護の間には弱い補完関係が認めら、それは親の障害程度とは独立していた。

以上の結果は、インフォーマルケアのフォーマルケアに対する影響は複雑であることを明らかにするとともに、インフォーマルケアは高齢者のケアニードが少なく、しかも専門性の低いケアが必要とされる場合に限り、フォーマルな長期ケアを代替しうることを示唆している。長期ケア費用を抑制するためにインフォーマルケアを促進しようとするどんな政策も、この点を考慮に入れるべきである。

二木コメント-詳細かつ緻密な計量経済学研究で、結果と結論も妥当です。対象を子はいるが子とは同居していない高齢者に限定しているのがヨーロッパ的ですが、日本でも今後はこのように対象を限定した調査研究が必要と思います。なお、対象国から考えて、フォーマルケアの大半は公的サービスであると想像します。

○ドイツの参照薬価プログラムが処方薬の工場渡し価格に与える影響:パネルデータ法
(Augurzky B, et al: Effects of the German reference drug program on ex-factory prices of prescription drugs: A panel data approach. Health Economics 18(4):421-436,2009)[量的研究]

本研究の目的は、ドイツの社会保険に1989年に世界で初めて導入された参照薬価プログラム(各医薬品の保険償還価格の上限設定)が処方薬の工場渡し価格に与えた影響を検証すること、特に製薬企業が、参照価格の対象に含まれる医薬品の参照価格の変化(引き下げ)に対応させて、参照価格の対象外の医薬品価格を調整したか否かを分析することである。そのために、ほとんどすべての医薬品の1994年~2005年の価格情報等を用いて、パネルデータ法による計量経済学的分析を行った。

その結果、完全な価格調整は生じていなかった:1%の参照価格の変化(引き下げ)は0.3%の市場価格の変化(低下)をもたらしていた。しかし、市場価格の調整は非常に早く、参照価格の変化後ほとんど1か月以内に生じていた。さらに参照価格プログラムの導入直後には、それの対象となった医薬品の市場価格は7%も低下していた。参照価格の対象外の医薬品市場ではプラスの時間効果(価格上昇)が、対象の医薬品市場ではマイナスの時間効果(価格低下)が認められた。

二木コメント-日本でも旧厚生省は10年前に一時(1997~1999年)参照薬価制の導入を検討しました。それの本家本元のドイツでの本格的な計量経済学的研究です。

○政策選択か経済原理か:カナダでは何が医療費の公私バランスを規定しているのか? (Di Matteo L: Policy choice or economic fundamentals: What drives the public-private health expenditure barannce in Canada? Health Economics, Policy and Law 4(1):29-53,2009)[量的研究]

カナダでは1975~2005年の30年間に、総医療費の公費割合が76%から70%へと6%ポイント低下したが、これの原因は根本的な経済的諸力なのか、それともイデオロギーに駆動された政策選択なのか?本研究では、この問いに答えるために、30年間のカナダの州レベルの総医療費の公私バランスの決定要因を推計する。そのために、特定年の特定の州(全10州)の医療費の公費割合を被説明変数、特定年の特定の州の1人当たり所得と社会的・人口学的・経済的・政策的変数を説明変数とする回帰分析(プールされた時系列・横断面分析)を行った。

その結果、以下の諸項目が有意な決定要因であった(カッコ内に特に説明がない項目は、それの値が大きいほど公費割合が高い):医療の相対価格、1人当たり所得(方向は一定せず)、連邦政府からの移転所得、65歳以上人口割合、州(ダミー変数)、各州政府の与党、カナダ医療法の成立前後とカナダ医療・社会サービス費移転法の成立前後(共に成立後公費割合が上昇)、年次推移(技術進歩のダミー変数。現在に近いほど公費割合が低下)。それに対して、所得の不平等の上昇により公費割合は低下してはいなかった。中道左派が議会多数派の州では、医師・その他専門職のサービス費中の公費割合が低かった。公費割合が、2つの法律の成立前後、およびどの政党が各州政府の与党であるかにより異なることは、1975年以降の公費割合の低下の一部は政策選択の結果であることを示唆している。ただし、30年間に公費割合が6%ポイントしか低下していないことは、私費医療へのシフトがごく限定的なことを示している。

二木コメント-25頁の大論文で分析手法も精緻ですが、結論は「公費割合の決定要因は複雑である」というごく当たり前のものです。一番のポイントは、最後の1文だと思います。

○[デンマークの]脳卒中患者の医療の質と在院日数(Svendsen ML, et al: Quality of care and length of hospital stay among patients with stroke. Medical Care 47(5):575-582,2009)[量的研究]

デンマークのAarhus郡にある7つの脳卒中病棟に2003~2005年に入院した全脳卒中患者2636人を対象として、脳卒中患者の医療の質と、経済的アウトカム尺度(在院日数)の関係を検討した。医療の質は、以下の12項目の実施状況で測定した:脳卒中病棟への早期入院(第2病日以内の入院)、抗血小板療法の早期開始、抗凝血剤療法の早期開始、早期のCT検査、早期のMRI検査、早期の嚥下能力テスト、早期離床、早期の間歇的導尿、深部血栓塞栓症予防処置の早期開始、理学療法士による早期評価(第3病日以内)、作業療法士による早期評価(同)、排尿・排便リスクの早期評価。線形クラスター回帰分析によりデータ解析を行った。

在院日数の中央値は13日であった。上述した医療の質12項目それぞれの実施率が高いほど在院日数は短かった。実施している項目が多いほど、在院日数も短かった。例えば、実施項目が9項目以上の患者の在院日数は、それが3項目以下の患者の約半分であった。以上の結果、脳卒中患者に対する急性期の医療の質の質の高さは、在院日数の短縮と関連していることが分かった。

二木コメント-早期治療・リハビリテーションの「経済的アウトカム」と称しているものの、在院日数しか調査せず、医療費は調査していません。しかし、濃厚な治療・リハビリテーションを集中的に行うと1日当たり医療費は急増するため、たとえ在院日数が短縮しても、1人当たりの入院医療費総額が低くなるとは限りません。

○[医療]効率の測定:[アメリカのリスク調整済み]入院費用と医療の質との関連(Jha AK, et al: Measuring efficiency: The association of hospital costs and quality of care. Health Affairs 28(3):897-906,2009)[量的研究]

低コストの医療供給者は効率的であり、高コストの供給者より良質の医療を提供している可能性があるが、リスク調整済み費用(しばしば「効率」と見なされる)と医療の質の関係は十分に明らかにされていない。そこで、メディケア等の公開データ(2004年分)を用い、アメリカの急性期病院3794病院を対象にして、メディケア加入者のリスク調整済み入院費用と、病院の構造的特性、看護職の配置レベル、医療の質、アウトカムとの関係を、分散分析、ロジスティック回帰分析等により検討した。 その結果、低コストの病院(リスク調整済み入院費用が下位25%の病院)は、それ以外の病院に比べて、営利行院、メディケア患者の多い病院、看護職の少ない病院の割合が高かった。低コストの病院は、それ以外の病院と比べて、急性心筋梗塞とうっ血性心不全の医療の質(それぞれ5つ、2つのパフォーマンス指標で測定)が有意に低かったが、65歳以上の患者のリスク調整済み死亡率は同水準であった。本研究により、低コストの病院がより良質の医療を提供しているという証拠はえられなかった。

二木コメント-結果・結論とも妥当と思いますが、冒頭の「低コストの医療供給者は効率的であり、高コストの供給者より良質の医療を提供している可能性がある」という「問い」の設定自体が的外れとも言えます。なお、本論文の筆頭著者はハーバード大学公衆衛生大学院准教授ですが、やや意外なことに、論文冒頭で、「アメリカ医療が直面する2つの課題」として医療費の増加と医療の質への懸念のみをあげ、無保険者の増加にまったく触れていません。

○[アメリカにおける]専門的看護の経済的価値(Dall TM, et al: The economic value of professional nursing. Medical Care 47(1):97-104,2009)[シミュレーション研究]

専門的看護の経済的価値を定量的に示すために、まず急性期病院における看護師配置レベルと看護と関連の深いアウトカム(院内感染)との関連を検討した既存の文献レビューを行って結果を統合し、次に2005年全国入院患者調査のデータを用いて、看護師配置レベルの向上によるアウトカムの向上がもたらす医療費と全国レベルでの労働生産性の変化を、回帰分析により推計した。その結果、看護師配置レベルの向上により、院内感染が減少して院内死亡が減少すると共に、在院日数が短縮するため、総医療費が減少し、しかも全国レベルでの労働生産性が向上することが明らかになった。

二木コメント-論文の要旨だけを読むと、極めて魅力的です。ただし、院内感染率の減少による労働生産性の向上の推計は明らかに過大です(退院後労働していない患者の労働生産性を、労働している患者の年間勤労所得の75%と推計している等)。しかもこのような過大評価を行っても、看護師1人の配置増に伴う医療費削減と労働生産性の向上は合計年6万ドルとされ、看護師1人当たりの労働費用年8.3万ドルの72%にとどまります。そこでこの論文の考察では、看護師の配置増がもたらす他の効果(疼痛の減少等)の経済的価値を加えれば、労働費用を上回ると主張していますが、これは強弁に近いと思います。

○地域居住の既存障害を有している高齢者を対象にした訪問看護介入のレビュー (Liebel DV, et al: Review of nurse home visiting intervention for community-dwelling older persons with existing disability. Medical Care Research and Review 66(2):119-146,2009)[文献レビュー]

訪問看護の効果についてのメタアナリシスや文献レビューはかなりあるが、既存障害を有している高齢者を対象にした訪問看護の文献レビューはない。そこで、地域に居住し、既存障害を有している65歳以上の高齢者を対象にした訪問看護の効果を対照群と比較した10の比較対照試験(1991~2006年発表。ランダム化試験は9)のレビューとメタアナリシスを行った。ドナベディアンモデルに基づいて、構造・プロセス尺度を障害のアウトカム変数(日常生活動作。ただし10の介入試験で評価法はすべて異なる)に関連づけた。5つの試験で、訪問看護の効果があったとされていた。良好な障害アウトカムと関連していたのは、複数回の訪問(月1回~3か月に1回)、老年学の研修と経験、サービス提供者のコラボレーション、多面的な評価、理論の使用であった。逆に、プロセス尺度、医師とのコラボレーション、研修、障害に焦点を当てた介入が欠如していると期待した効果は得られなかった。

二木コメント-「既存障害を有している高齢者を対象にした訪問看護の介入試験」についての初めての文献レビューだそうですが、得られた知見は月並みです(So what?)。訪問回数の少なさから判断して、障害はあっても、重大な疾患は有しない高齢者を対象としていると思います。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その55)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

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