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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻72号)』(転載)

二木立

発行日2010年07月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


訂正

「ニューズレター」71号(前号)の「私の好きな名言・警句の紹介(その64)」は、(その66)」の誤記です。


1.座談会:徹底討論 「医療の産業化」のあり方を問う-医療を通じた成長 混合診療拡大の是非

(『週刊東洋経済』2010年6月12日号(第6266号):82-87頁。私の発言のみ)

 座談会全文は別ファイル(PDFPDF)

政府の「新成長戦略」の要に位置づけられた医療分野。民間資金の導入や規制改革への動きが強まる。医療産業化や混合診療拡大など、ホットイッシューをめぐり3人の有識者が激論。[出席者は、発言順に、伊藤元重氏(東京大学大学院経済学研究科教授)、私、伊藤たてお(日本難病・疾病団体協議会代表)。私の発言中の[ ]は補足]

二木 最近の[医療を成長産業と見なす]流れについては、以下の3点を指摘したい。

まず第1点目は、社会保障を経済成長の制約条件とみなしてひたすら抑制の道を進んできた小泉政権時代と比べて、一歩前進だという点だ。ただ、公平のために言うと、同じ自公政権でも、福田政権や麻生政権は、医療・介護分野を新たな成長分野とみなす方向に転換していた。

第2点は、今述べたことともかかわるが、現政権の「新成長戦略」の中身は、麻生政権が昨年4月に決定した「未来開拓戦略」と酷似しているという点だ。「新成長戦略」の3本柱は、「環境」「健康」「環境」だが、「未来開拓戦略」では、「低炭素革命」「健康長寿社会」「日本の魅力発揮」。つまりうり二つで、数値目標もほぼ同じ。新成長戦略は、医療・介護・健康関連サービスで2020年までに新規市場約45兆円創出、新規雇用約280万人をうたう。これに対し、未来開拓戦略は5年長いものの25年までに各45兆円、 約285万人と、ほとんど同じだ。

悪い点で共通しているのは、施策を実現するための財源について何も書かれていないことだ。公的な資金を中心とするのか、私的な資金をどこまで含めるのか、何も記述がない。「新成長戦略」の序文では、旧政権に欠如していて現政権にあるのはリーダーシップだ、と述べられているが、民主党政権誕生後の8カ月間を見ていても、現政権にリーダーシップがあるとは思えない。

第三点は、医療・介護の経済成長・雇用創出効果が政権レベルで合意を得られたということ。ただし、08年の厚生労働白書では、医療経済研究機構による分析結果として、経済波及効果がすでに掲載されている。

二木 医療問題と財政問題が切り離せないという[伊藤元重氏の]認識には賛同する。民主党政権発足時には、国家予算の無駄の削減と「霞ヶ関埋蔵金」の活用で医療を含む社会保障の財源は捻出できるとされていた。ところが、今年度の予算編成過程で、それが無理であることがはっきりした。

問題は、医療拡充の財源をどこから得るかだ。国民皆保険を維持しつつ、医療の質を上げるには、公的医療費の拡大が不可欠というのが私の立場だ。社会保険方式である以上、主財源は保険料であり、補助的な財源として消費税を含む公費がある。

公的保険の伸び率を国内総生産(GDP)の伸び率に応じて抑制する一方、広い意味での私費(患者の窓口負担や民間保険料も含む)を増やすことで、医療財源全体の増加分を賄うべきという主張もある。このテーマでは、小泉政権時代に経済財政諮問会議と厚生労働省との間で論争があり、最終的には実施が不可能だという結論になった。

伊藤元重教授は、08年11月12日の『日経流通新聞』のコラムで、「大きな政府、日本も追随を」と述べてられていた。日本が高齢化の中で景気を支える需要を作るためには、年金、医療、介護などの社会保障を充実させることが有効だ。当然、増税が必要になるが、全部を歳出に回せば景気にプラスに働く、と。そして、これにより、医療、介護、育児、教育などいろいろな形でビジネスの拡大が見られるはずだ、と。これについては私も全面的に賛成する。

今度はあえて逆に[伊藤元重教授に]異論を言わせていただく。『週刊ダイヤモンド』4月24日号インタビューでは、日本ほど公的医療費の比率の高い国はないと語っておられる。これには誤解がある。日本の医療費のうちで公的負担の割合が大きいのは間違いではないが、患者負担がきわめて大きいことや、民間保険のカウントの仕方が国によってまったく異なるという点でも、正確な認識ではないと思う。

二木 健康増進に個人がおカネを使うことは問題はない。ただ、公的保険とは別次元だ。また、[伊藤元重教授は]健康増進活動に力を入れると医療費が抑制できると著書で書いておられるが、医療経済学的には否定されている。

二木 [健康増進活動が医療費を抑制する、増加するという「両方の議論があるということは存じている」という伊藤元重教授の発言に対して]いや、否定されている。日本でも健康増進活動で医療費が抑制できるかを検証した研究があるが、結果は逆に4~5%上がっていた。英語の文献も調べたが、抑制できたという研究結果は一つもなかった。

二木 保険収載につなげていくことを目的とした混合診療の仕組みはすでに導入されている。保険外併用療養費制度の二本柱の一つである評価療養制度がそれに該当する。これは、先進的な医療を一時的に保険外併用療養の対象とすることで混合診療を認めておき、その後、安全性と有効性が確実になり、ある程度普及したら保険対象に移行するというシステムだ。

私が規制・制度改革分科会ワーキンググループの議論でおかしいと思う点が二つある。一つは、現在の保険外併用療養制度への改革は小泉政権時代に行われており、混合診療の全面解禁については、小泉純一郎首相自身が危険性があるということで見送ったという事実を踏まえていないことだ。保険外併用療養制度にいかなる問題があるかも精査せず、理念的におかしいからという理由で混合診療を全面解禁すべきと主張している。

もう一つは、小泉政権時の手続きのほうがましだったということ。混合診療解禁について議論が始まった04年9月当時、医師会や医療団体、患者団体も加わって、かなりオープンな形で激しい議論が行われた。ところが今回のワーキンググループの議論は密室だ。いちばん問題なのは、時間がないことを理由に、医師会や医療団体、患者団体にヒアリングしなかったことだ。にもかかわらず、参議院選挙前の6月に方針を決めてしまおうというのは拙速だし、政策プロセスとして問題が大きい。

二木 混合診療全面解禁論には同床異夢の形で三つの動機がある。

いちばん大きな動機は、03年7月に政府の総合規制改革会議(当時)が作成した図にあるように、公的医療費を抑制すべきという考えに立つものだ。保険診療の範囲については、日本のみならず世界各国の公的医療保険は、少なくとも理念の上では最低水準ではなく、必要で十分な最適な医療を保障することになっている。これに対して、総合規制改革会議は、公的な医療は最低限に減らしたうえで、私的な医療費を増やすべきとした。しかし小泉政権時の03年3月の閣議決定では、今までの方針を踏襲し、公的保険で必要かつ十分な医療を提供するという結論が出ていた。

二つめの動機は、一部の患者が、絶対自由主義の信条から主張しているもの。これは、有効性も安全性も患者が自己決定し、保険で認められていなくても患者が希望するものは混合診療を認めよというもので、国を相手取って裁判を起こしている方の主張が代表例だ。

そして三つ目は、大学病院や大手病院のエリート医師の間に存在する「事後規制へ転換すべき」という主張だ。現在の評価療養制度の内容を組み替え、一定水準以上の病院には、安全性や有効性が未確認な医療技術であっても、医師と患者の自由判断に任せて混合診療を認めるべきだというもの。医療行政の原則を180度変えるもので、たび重なる薬害の教訓から安全性を重視してきた日本の医療の文化を否定する内容だ。この考え方は、今回、規制・制度改革分科会が打ち出したものだが、当事者団体から意見を聞いていない。

二木 [医療の]産業化に反対ではないが、営利化や企業の利潤動機という狭い意味で使われる場合がある。医療でもう一つ大事な点が、宇沢弘文・東大名誉教授のいう「社会的共通資本」という考え方だ。これは憲法25条の理念に通じるものだ。財源制約があるのは事実だが、日本の医療費の水準は米国のみならず欧州と比べても低い。欧州並み、OECD並みに引き上げていくという公約を民主党政権は愚直に追求していく必要がある。そのためにも財源問題は避けて通れない。参議院選挙ではきちんと政策を打ち出して信を問うべきだ。

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2.講演レジュメ:民主党政権と混合診療原則(全面)解禁論

-底の浅さと危うさ、しかし希望も
(2010年6月11日、日本の医療を守る市民の会第25回勉強会で配布したものに、当日口頭で補足した事項を加筆)

「パワーポイントなどは使わない。証拠隠滅型電気紙芝居は嫌いだ。大量のプリントを配布する」(村上宣寛『「心理テスト」はウソでした。』日経BP社,2005,158頁) 「世の中には、一度言っただけでは、どうしても伝わらないことというのがある。だから私は、何度でも同じことを言い続ける決心をしたのである」(小谷野敦『日本文化論のインチキ』幻冬舎新書,2010,122頁

はじめに-本講演を本会で急遽行うことにした2つの理由

Ⅰ.総論:混合診療解禁についての3つの論点-私の事実認識

1.最大の論点は混合診療解禁の是非ではなく、全面(原則)解禁か部分解禁の維持・運用改善か

2.全面解禁・部分解禁の対立の本質は、公的医療保険の給付水準についての理念の対立
(詳しくは『医療改革』勁草書房,2007,46-50頁「混合診療全面解禁をめぐる論争の本質」)

3.民主党は野党時代、少なくとも三度、党として公式に混合診療解禁に反対した
(「混合診療に係る高裁判決と全面解禁論の消失」『文化連情報』2009年月11月号.「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」63号)

Ⅱ.各論:(民主党政権)行政刷新会議WGが投じた混合診療解禁論の変化球
-私の事実認識(1・2)と価値判断(3・4)と「客観的」将来予測(5)
(『文化連情報』2010年6月号:12-14頁。「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」70号)

1.ライフイノベーションWGの「対処方針」(4月30日)トップに「保険外併用療養の範囲拡大」

2.民主党政権内・周辺の混合診療の原則解禁論は4つの異なる主張の同床異夢

3.民主党政権の混合診療解禁の検討プロセスは小泉政権時代よりも悪い

4.倫理審査委員会を設置している大病院に対して届け出制(事後チェック)で混合診療を認めるというWGの「対処方針」は、手続きと内容の両面で問題だらけ

(1)手続き上の問題点(Ⅲ-3への補足)
(2)大病院(の医師)の「ナイーブな」性善説
(3)「事前規制から事後チェック行政へ」の変更は、保険外併用療養の単なる「範囲拡大」ではなく、現在の保険外併用療養(評価療養)の大前提=行政による「安全性、有効性等の確認」の必要性の否定-これが最大の問題点

5.混合診療解禁論争の今後

(1)(本講演レジュメの原案を作成した)6月2日時点での私の予測
(2)6月7日「規制・制度改革に関する分科会第一次報告書」中の「対処方針」

6.オマケ:混合診療の原則解禁を含めた「医療の産業化」の経済成長効果はごく限定的

おわりに-♪心配ないからね、君の不安が、実現することは、決してないからね…♪

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算55回.2010年分その3:7論文)

○医療は[他のサービスとは]異なる-それが費用が問題になる理由
(Fuchs VR: Health care is different - That's why expenditures matters. Journal of the American Medical Association 303(18):1859-1860,2010)[評論]

アメリカでは、医療費は経済全体の増加率を上回って増加し続け、過去30年間の両者の増加率格差は2.8%ポイントに達している。医療費増加が問題とされる理由は、一般には、医療費の相当部分が連邦政府支出で占められており、しかもそれが財政赤字の要因になっているためとされている。しかしもっと重要な理由は、医療が他の財・サービスとは区別される、以下の3つの特性を持っていることである。第1は、個々の患者の医療ニードに大きな不確実性があることである。第2は、医療の一部は生きるか死ぬかの問題に関わるため、どの先進国も、医療へのアクセスを個人の支払い能力のみに委ねられないことである。第3は、他の財・サービス市場と異なり、医療では、「自由市場」や競争の果たす役割が明確ではないことである。例えば、病院医療、専門医サービスの地域的市場では競争だけでなく協同も求められるし、自由市場の大前提とされる売り手と買い手間の情報の対称性は患者対医師間では成立しない。そのために競争は社会的にみて適正な医療費レベルを決定できないために、医療では政府の規制と専門職倫理に基づく自己規制が存在する。

二木コメント-医療サービスの特性を簡潔に示した好エッセーです。競争と政府規制の単純な二分法ではなく、「専門職倫理に基づく自己規制」もあげているのが、フュックス教授らしいと思います。

○[アメリカにおける]高額費用のメディケイド受給者の2002-2004年の医療費とサービス利用[のパターン]
(Coughlin TA, et al: Health care spending and service use among high-cost Medicaid beneficiaries, 2002-2004. Inquiry 46(4):405-417,2009/2010)[量的研究]

「メディケイド統計情報システム概要」ファイルから2002~2004年の3年間継続的にメディケイドを受給していた3453.9万人を抽出して、受給者の費用とサービス利用の3年間のパターンを、高額費用の受給者に焦点を当てて検討した。なお、メディケイドでは急性期医療だけでなく、長期ケア(long-term care)も給付対象としている。その結果、2002年には上位10%の高額費用の受給者がメディケイド費用総額の66.9%を消費していた。2002年に上位10%の高額費用の受給者のうち57.9%は、その後2年間にもやはり上位10%の高額費用群に含まれ、高額費用が継続する傾向が認められた。高額費用の受給者には、継続的に高額費用である受給者と一時的に(episodically)高額費用であった受給者の2つのパターンがあった。継続的に高額費用であった受給者の費用の内訳をみると、長期施設ケアが50.8%、長期在宅ケアが22.2%で、入院医療は4.9%にすぎなかった。

二木コメント-メディケアが急性期医療(と亜急性期医療)のみを給付対象とするのと異なり、メディケイドは長期ケアも給付対象とするため、貴重なデータと思います。ただし、(1)長期ケアの相当部分が実態的には福祉的サービスであること、(2)上位10%の「高額費用」といっても、1人当たり月額では2833ドル(約30万円)にとどまっていることに注意が肝要です。3年間とも高額費用であった受給者の大半はナーシングホームまたは在宅での長期ケア利用者であり、継続的な「高額医療費」患者はほとんどいないと思います。

○[アメリカにおける]死亡年のメディケア支払い医療費の長期的趨勢
(Riley GF, Lubitz JD: Long-term trends in Medicare payments in the last year of life. Health Services Research 45(2):565-576,2010)[量的研究]

1978~2006年の約30年間の「継続的メディケア歴史標本」(CMHS。メディケア加入者からランダムに5%を抽出したデータセット)を用いて、各年に死亡したメディケア加入者へのメディケア支払い医療費(以下、医療費)の総医療費に対する割合の長期的趨勢等を調査した。

この期間にメディケア加入者の年間粗死亡率は約5%で安定していた。死亡者の医療費の総医療費に対する割合は1978年の28.3%から2006年の25.1%へ微減していた。ただし、年齢、性、死亡率で調整するとこの低下は有意ではなかった。同じ期間に、死亡者のうち複数回入院した患者の割合は20.3%から27.0%へ、ICU/CCU利用者の割合も26.1%から33.1%へ増加していた。死亡者の医療費の内訳をみると、入院医療費の割合は76.3%から50.2%へと大幅に減少していたのに対して、スキルドナーシングホーム[実態的には亜急性期医療施設]費用の割合は1.9%から10.4%へ、ホスピス費用の割合は0.0%から9.7%に激増していた(ホスピス費用がメディケアの給付対象になったのは1983年)。このように最近30年間に死亡者に提供される医療は相当変化していたが、死亡者の医療費の総医療費に対する割合はほとんど変わっていなかった。

二木コメント-著者等が同じデータセットを用いて数年おきに行っている推計の最新版です。アメリカでも、死亡前医療費が医療費高騰の主因と主張されることがありますが、この調査結果はそれを改めて否定しています。

○[アメリカにおける]死亡前1年間の障害の軌道
(Gill TM, et al: Trajectories of disability in the last year of life. The New England Journal of Medicine 362(13):1173-1180,2010)[コホート研究]

調査開始時に障害(日常生活動作の制限)がなかった754人の地域居住高齢者の、その後の障害の発生の有無と程度を10年以上にわたって毎月インタビュー調査し、そのうち383人が死亡した。死亡者の死亡前1年間の障害の軌道(パターン)は、以下の5つに分類できた:死亡直前まで障害なし(17.0%)、重大な障害が急激に出現(19.8%)、障害が増悪(17.5%)、障害が徐々に進行(23.8%)、重大な障害が継続(21.9%)。直接死因でもっとも多かったのは「衰弱」(frailty)の27.9%であり、以下、臓器不全(21.4%)、ガン(19.3%)、その他の原因(14.9%)、進行性認知症(13.8%)、突然死(2.6%)であった。これら6つの直接死因のうち、上述した5つの障害の軌跡との間に明らかな関係が認められたのは、進行性認知症(67.9%が重大な障害が継続)と突然死(50.0%は障害なし)だけだった。この結果は、死亡者の大半では、死亡原因から死亡前1年間の特定の障害のパターンを予測できないことを示している。

二木コメント-「終末期医療費」の分析では、操作的に終末期が「死亡前1年間」と見なされることが多いのですが、この研究はそれが非現実的であることを示していると思います。

○[アメリカにおける]心不全入院患者の医療プロセスのパフォーマンス指標と長期的アウトカム[との関係]
(Patterson ME, et al: Process of care performance measures and long-term outcomes in patients hospitalized with heart failure. Medical Care 48(3):210-216,2010)[量的研究]

心不全入院患者の医療改善のためのほとんどの試みではプロセス基盤のパフォーマンス指標が用いられているが、プロセス指標と患者のアウトカムがリンクしていることを支持するデータは少ない。そこで、メディケア・メディケイド・サービス・センター(CMS)の「心不全入院患者の救命治療促進組織化プログラム」に2003年3月~2004年12月に登録された150病院の入院患者22,750人(平均年齢79.4歳)を対象にして、入院中のプロセス指標と長期的アウトカムとの関係を検討した。入院中のプロセス指標としては、CMSが公認している退院時指示、左心室機能評価、アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬の退院時処方、禁煙カウンセリングの4つに、βブロッカーの退院時処方、および上記CMS公認の4指標から作成した合成指数を用いた。アウトカム指標としては退院後1年以内の死亡率と再入院率の2つを用いた。

その結果、病院の5つのプロセス指標の平均順守率は52%~86%、患者の粗死亡率と粗再入院率はそれぞれ33%、40%であった。共変量を調整した解析(covariate-adjusted analysis)では、合成指数と死亡率、再入院率との間に関連はみられなかった。しかし、βブロッカーの退院時処方は死亡率を有意に低下させていた。以上の結果は、プロセス指標で各病院の心不全治療の質をランク付けすることに疑問を投げかけている。

二木コメント-入院中の医療プロセスは短期的アウトカムと関連するとの研究は少数ありますが、長期的アウトカムとの関係を検討した大規模研究はまだごく少なく、貴重な研究と思います。

○自国外での医療サービスの購入:ヨーロッパ6か国における国境を越えた[診療]契約と患者の移動
(Glinos IA, et al: Purchasing health services abroad: Practices of cross-border contracting and patient mobility in six European countries. Health Policy 95(2-3):103-112,2010)[国際比較研究(質的調査)]

公的医療購入者(公的医療保険または国・公営医療制度)が結ぶ公的医療制度外の医療サービス購入契約には、自国の非公的提供者との契約と自国外の提供者との契約がある。過去10年間、ヨーロッパでは、パフォーマンス志向の医療改革とEUサービス移動の自由原則により、このような診療契約が増加してきた。本研究では、2008-2009年時点で、公的医療購入者による自国外の医療サービス提供者との診療契約が存在することを確認できたヨーロッパ6か国(アイルランド、イギリス、ノルウェイ、オランダ、ドイツ、デンマーク)を対象にして、その実態を調査した。その結果、自国外でのサービス購入は、現物給付の医療制度の国で、自国内で満たされない需要があるときや、国内の公的保険者間の競争が激しく、自国外での医療サービス購入の方が安上がりである場合等に生じることが示唆された。医療サービスの提供者は、治療費が安いか提供者間の競争の激しい国に存在する傾向があった。医療サービスの購入・提供の契約様式はきわめて多様であった。

二木コメント-私は論文名から、日本流に理解されている「医療ツーリズム」(medical tourism。国境を越えた私的医療サービスの利用)を連想しましたが、それは誤解で、6か国の公的医療制度の下での国境を超えた医療サービスの「公的利用」の比較研究でした。ただし、前号「ニューズレター」(71号)で紹介した『目でみる医療2009』( "Health at a Glance 2009")中の「医療サービスの貿易(メディカルツーリズム)」のデータには、私的サービスの費用だけでなく、このような「公的利用」費用も含まれていると思います。それに対して、本論文は契約様式の比較に焦点が当てられており、国境を越えた医療利用の費用は調査されていません。

○新自由主義経済改革と国民の健康:1980-2004年の横断的国家分析
(Tracy M, et al: Neo-liberal economic practices and population health: a cross-national analysis, 1980-2004. Health Economics, Policy and Law 5(2):171-199,2010)[国際比較研究(量的研究)]

新自由主義改革の経済的影響についての論争や研究はかなりあるが、新自由主義経済改革と国民の健康の関係についての横断的国家分析(国際比較研究)はほとんどない。本研究では、119か国の1980-2004年のデータを用いてこの点を検討した。国民の健康の指標は、5歳未満死亡率(以下、小児死亡率)とした。新自由主義的政策・改革の程度は「フレイザー研究所世界経済的自由(EFW)指数」で測定した。この指数は、以下の5要素(各0~10点。点数が高いほど新自由主義的傾向)の平均値である:(1)政府の規模、(2)所有権の法的構造と保証、(3)サウンドマネーへのアクセス、(4)貿易の自由、(5)信用・労働・ビジネスの規制。潜在的媒介項や交絡因子を調整した上で、時系列多変量解析を行った結果、EFW指数は小児死亡率には影響していなかった。しかし、同指数の2つの要素(上記(2)と(3))の点数が高いと小児死亡率は有意に低かった。対象国を所得水準で層別化すると、高所得国では(5)の点数が高いほど、小児死亡率は有意に低かった。しかし、低所得国ではEFWのどの要素についても、小児死亡率との関連は認められなかった。この結果は、「新自由主義」の実態は単一ではなく、しかも一部の「新自由主義」政策は国民の健康を増進させる可能性を示している。

二木コメント-私はEFW指数で新自由主義を代用すること、および高所得国の国民の健康水準を小児死亡率で代用することには無理があると思いますが、新自由主義の実態が単一ではなく、国ごとの「微妙な違い」に注意すべきという指摘は重要と思います。


4.私の好きな名言・警句の紹介(その67)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<祝・岩瀬仁紀投手通算250セーブ達成>

<その他>

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