総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻93号)』(転載)

二木立

発行日2012年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


新著『TPPと医療の産業化』(勁草書房)をベースにした講演・講義のお知らせ

※両講演とも、会場で新著(5月7日発行予定。予価2730円)の販売を行います。

1.医療経済研究機構での講演

2.日本福祉大学大学院連続講義「私の研究と研究方法」での講演


1.論文:病院勤務医の開業志向は本当に生じたのか?-全国・都道府県データによる検証

(「二木教授の医療時評(その102)」『文化連情報』2012年4月号(409号):16-21頁)

はじめに-勤務医の退職増加・開業志向が主張され始めたのは2006年

2006年は小泉政権による医療費抑制政策が頂点に達し、医療危機・崩壊と医師不足が一気に社会問題化した年でした。医師不足は、特に病院の救急医療、産科・小児科医療で顕著であり、その原因として激務に疲弊した病院勤務医の大量退職が注目されました。同年に出版された小松秀樹医師の『医療崩壊』は、それを「立ち去り型サボタージュ」と絶妙に命名し、豊富な事例をあげながら、「日本全国で、勤務医が、楽で安全で収入の多い開業医にシフトし始めた」と指摘しました(1)。これを契機にして、病院勤務医の退職増加・開業志向という言説は、広く受け入れられるようになりました。自公政権時代の最後の財政制度等審議会「建議」(2009年6月)も、「勤務医の開業志向」を是正するため、病院と診療所の診療報酬配分の見直しを提起しました。

この言説は、現在でも広く受け入れられていますが、全国データで検証・実証されたことはありません。実は、私は上記「建議」を検討したとき、この言説に初めて疑問を持ちました。なぜなら、私の予想に反して、2000~2006年(当時の最新数値)の6年間に開業医(診療所の開設者)の割合は27.1%から25.6%へと漸減しており「反転」は生じておらず、一般診療所の増加率も2008年に急激に鈍化していたからです。ただし、当時はまだ最新データがなかったため、私は「『勤務医の開業志向』の強まりという言説の妥当性については、今後も注意深い検証が必要」と述べるにとどめました(2)。

その後3年が経過し、医師数・医療施設数の2つの基本統計(『医師・歯科医師・薬剤師調査』、『医療施設(動態)調査・病院報告』)の2010年版が公表されたため、この言説の最終的検証が可能になりました。結論的に言えば、少なくとも全国レベルでは、病院勤務医の退職増加・開業志向の強まりは生じていません。

診療所開業医の割合は減少し続けている

表1(PDFファイルPDF)は、厚生労働省『医師・歯科医師・薬剤師調査』により、2000~2010年の医師総数、医療施設に従事する医師数、病院勤務医数(一般の病院と医育機関附属の病院の勤務者)と診療所開業医数(診療所の開設者又は法人の代表者)の実数、医師総数に対する割合、および2年ごとの増減を示したものです(同調査は2年に1回実施)。

4種類の医師数とも実数は着実に増加しています。しかし、2年ごとの増加数をみると病院勤務医数の増加は、2000~2006年までは4000人台だったのに対して、病院勤務医の退職増加・開業医志向が初めて主張された2006年以降、逆に6000人台に急増しています。それに対して、診療所開業医数の増加は700人前後にとどまっており、増加傾向は認められません。特に2008~2010年には病院勤務医数は6668人も増加し、同じ期間の診療所開業医数の増加653人の10倍に達しています。

その結果、医師総数に対する病院勤務医の割合は2000年の58.1%から2010年の59.5%へと1.4%ポイント増加したのに対して、診療所開業医の割合は同じ期間に27.1%から24.6%へと2.5%も低下しており、「反転」はまったくみられません。

なお、医師の分類を、厚生労働省調査の区分通り「病院の従事者」(勤務医+病院の開設者又は法人の代表者)、「診療所の従事者」(開設者+勤務者)」でみても、傾向はまったく同じです。

なお、従事する(主たる)診療科名別の医師数をみると、「産婦人科・産科」と「外科」は2000~2006年に減少し続けましたが、2006年を底にして増加に転じています。ただし、両診療科および小児科の29歳以下の若手医師数は、2006年以降、それ以前に比べて大きく落ち込んでいます。このことはこれら診療科の将来に暗い影を落としていますが、病院勤務医の開業志向とは別次元の問題です。

一般診療所数は2008年に減少、以降も微増

次に表2(PDFファイルPDF)は、厚生労働省『医療施設(動態)調査・病院報告』と『医療施設動態調査』により、2000~2011年の病院、一般診療所、歯科診療所の実数と対前年増減数を示したものです(本調査は毎年実施。2011年の数値は概数)。病院数がこの期間に減少し続けているのと異なり、一般診療所数は2007年まで毎年1000前後のペースで増加し続けていましたが、2008年に初めて実数で449も減少しました。その後は再び増加に転じましたが、増加数は大幅に鈍化し、2010年は189、2011年は162の増加にとどまっています。

それに対して、病院医師数(常勤換算)は、病院数が減少したにもかかわらず、2000~2010年の10年間に着実に増加し続けており、増加数の低下も見られません(表3(PDFファイルPDF)。病院医師数には病院の開設医も含むが、ごくわずか)。各年の対前年増加数をみると、2006年の1169人を底にして、以後毎年増加数が増加し、2010年は4243人に達しています。

表には示しませんでしたが、一般病院の医師数、1病院当たり医師数、100床当たり医師数(総数、病床規模別)のいずれの指標でみても、2007年以降、増加幅が大きくなっています。例えば、100床当たり医師数は2000~2007年の7年間で10.2人から11.3人に1.1人増加したのに対して、2007~2010年のわずか3年間で1.0人増加しました。

ただし、病院医師数の増加は非常勤医師数の増加による可能性もあります。医療経営雑誌等では、一時、病院の常勤医師が退職して、非常勤医化・「フリーランス化」する動きが喧伝されたからです。しかし、表3の下段に示したように、病院の常勤医師の病院医師総数に対する割合は、この10年間80%前後で安定しており(2010年は80.4%)、減少傾向は認められません。

以上から、医療危機・医師不足が社会問題化した2006年以降も、勤務医の退職増加・開業志向の強まりは、少なくとも全国的には生じていないと結論づけられます。

ただし、思考実験としては、2006年以降、病院を退職した中堅医師の診療所開業が急増したが、同じ期間に高齢医師の診療所廃業も急増し、両者の相殺により、診療所数の急増は生じていないという「仮説」を立てることも可能です。そこで、『医療施設調査(動態調査)・病院報告』で、2000~2010年の一般診療所の開設・廃止・休止・再開データをチェックしましたが、開設数、廃止数とも大幅増加は認められませんでした。これらの数値は年による変動が激しいのですが、開設数は2001~2005年の5年平均で4892、2006~2010年の5年平均で4847で微減、廃止はそれぞれ3524、3945で微増でした。

上記仮説は、『医師・歯科医師・薬剤師調査』の診療所に従事する医師の平均年齢の推移からも否定されます。仮に高齢医師の大量廃業と中堅医師の大量開業が同時進行的に起こったとしたら、「診療所に従事する医師」の平均年齢は低下するはずですが、それは2002,2004,2008年とも58.0歳、2010年は58.3歳で、「若返り」傾向はまったく見られませんでした。なお、「診療所に従事する医師」には、開業医だけでなく勤務医も含まれますし、診療所勤務医の割合は漸増していますが、2010年でも27.0%にとどまっています。

都道府県別の病院勤務医数と診療所開業医数

ただし、ここまでは全国データしか検討しておらず、最低限都道府県レベルでの推移も検討する必要があります。なぜなら、病院勤務医の退職増加や開業志向の強まりは、都道府県・市町村レベルで局所的に、しかし広範に生じている可能性もあるからです。

そこで、『医師・歯科医師・薬剤師調査』により、2000~2010年の2年ごとの都道府県別の医師数(医療施設に従事する医師数、病院勤務医数、診療所開業医数)の変化を計算しました。なお、厚生労働省調査には、政令指定都市・中核都市以外の市町村別医師数は掲載されていません。表4(PDFファイルPDF)は、各2年間でこれら医師数が減少した都道府県数(すべて県)を示したものです。この表でもっとも特徴的なことは、病院勤務医の開業志向の強まりという言説とは逆に、診療所開業医数が減少している県が常に2桁存在することであり、病院勤務医数が減少した県数を大幅に上回っていることです。2008~2010年には、それぞれ23県、4県です。

2000~2010年のいずれかの期間に病院勤務医数が減少した延べ25県について、病院勤務医数が減少したのと同じ2年間の診療所開業医数の増減をみると、増加が15県、減少が10県でした。前者については、病院勤務医の退職と診療所開業が同時進行した可能性も否定できません。しかし、病院勤務医数が減少した県が2006年の10県をピークにして、2008、2010年ではともに4県に減少していることを考慮すると、都道府県レベルでも病院勤務医の開業医志向が強まっているとは言いがたいと思います。

おわりに-勤務医の開業志向はなぜ生じなかったのか?

ここで誤解のないように。私は、多くの衝撃的な事例が示すように、特に2006年以降、全国の少なくない病院で勤務医の(大量)退職が生じたことはよく知っています。しかし、それにもかかわらず、全国レベルおよび大半の都道府県レベルでは、病院勤務医数の減少や診療所開業医数の増加が生じなかった事実も直視する必要があると思います。

私はこれには、2つの理由があると思います。1つは、1990年代以降続いている診療所の外来患者数の減少と、小泉政権時代以降民主党政権に至るまで診療所に厳しい診療報酬改定が続けられているため、診療所の経営悪化が進んでいることです。私が調べた範囲では、医療経営雑誌等では、2007年までは「開業ラッシュ」が喧伝されていましたが、最近はそのような楽観的論調は消え、逆に「診療所に忍び寄る経営悪化」が強調されるようになっています(3)。このことを考慮すると、「楽で安全で収入の多い開業医」といった認識は不適切と思います。私は、病院を退職した勤務医の多くは、診療所を開業するのではなく、(しばらく時間をおいた後)別の病院に勤務するのではないかと思っていますが、今回それを検証できるデータ・論文は得られませんでした。

もう1つの理由は、2008年に福田政権が従来の医師数抑制政策を公式に見直して医師数増加政策に転換すると共に、2008年以降毎回の診療報酬改定で急性期病院勤務医の負担軽減策が不十分ながらも導入され、彼らの労働条件悪化に歯止めがかかったことです。さらに、2006年の医療危機・医師不足の社会問題化を契機にして、マスコミによる「医師・医療バッシング」が突然休止し、それにより医師(特に病院勤務医)のモラールが向上したことも無視できないと思います。

[補足]日本医師会も厚生省も診療所医師が急増すると予測

本稿では2006年以降の言説のみを取り上げましたが、日本医師会も厚生労働省も、それぞれ、2007年、2008年に医師数の絶対的不足を公式に認める以前(2003~2006年)は、共に今後、診療所医師が急増すると予測していました。

まず日本医師会は2000年に初めて発表した『グランドデザイン』で、1996~2015年に病院の常勤医師数は13.2万人から16.2万人へと3.0万人増加し、無床診療所常勤医師数は6.7万人から9.9万人へと3.2万人増加すると予測しました(有床診療所医師数は2.4万人で不変)。その結果、診療所医師数の常勤医師総数に対する割合は40.6%から43.2%に上昇するとされていました(4)。2003年の『グランドデザイン』はもっと極端で、1999~2017年に病院の常勤医師数は1.2万人しか増えないのに対して、無床診療所の常勤医師数はその3倍の3.6万人も増えると予測しました(5)。それに対して、2007年と2009年の『グランドデザイン』では、医師数の将来予測はされませんでした。

次に厚生労働省「医師の需給に関する検討会報告書」(2006年)も、病院勤務医数は2025年以降17.8万人で横這いになるのに対して、診療所勤務医数(開業医も含む)は2025年の13.4万人から2035年の14.5万人になると予測しました。

『医師・歯科医師・薬剤師調査』によれば、診療所開業医の割合も、診療所に従事する医師の割合(開業医プラス勤務医)も1970年代以降、一貫して減少し続けていることを考慮すると、日本医師会、厚生労働省がなぜこのような「浮世離れ」した予測をしたのか、理解に苦しみます。

[本稿は『日本医事新報』3月10日号掲載論文「病院勤務医の開業志向は本当に生じたのか?-全国データによる検証」に大幅に加筆したものです。]

文献

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2.講演録より:介護保険法改正による「地域包括ケアシステム」を複眼的に評価する

(「医療・社会保障政策とリハビリテーション医療・ケアの行方(リハビリテーション・ケア合同研究大会くまもと2011・特別講演3)」『地域リハビリテーション』2012年3月号(7巻3号):211-216頁より)

2011年の介護保険法改正により2012年度から制度化される「地域包括ケアシステム」について複眼的に評価します。

「地域包括ケアシステム」の医療・介護政策上の位置と積極面

「地域包括ケアシステム」は5年、10年の単位で医療・介護政策上の位置を考える必要があります。これは民主党政権で突然に出された政策ではなく、自公政権時代に準備され、民主党政権が引き継いだもので、政権交代にもかわらず、医療・リハビリテーション・介護政策が連続していることの象徴と言えます。

また「地域包括ケアシステム」の定義は、日本リハビリテーション病院・施設協会が長年提唱している「地域リハビリテーション」の定義とほとんど一致しています。「リハビリテーション機能を重視した在宅療養診療所」は同協会が提唱している「在宅リハビリテーションセンター」ととても似ています。日本の医療・福祉団体で最初に、かつ積極的に多職種連携を強調したのも同協会です。

私は以前から、日本の医療・福祉改革は、厚生労働省が法律を通し、医療・福祉施設がそれに従うという単純な上下関係にはなく、一部の医療・福祉施設が先進的活動を展開し、それを厚生労働省が後追い的に政策化してきた側面も無視できず、しかもそれはリハビリテーション医療で特に顕著であると指摘してきました。その最たるものが回復期リハビリテーション病棟であり、「地域包括ケアシステム」だと思います。

「地域包括ケアシステム」はこれから各自治体単位で具体化されていくと思いますが、リハビリテーション・ケアの専門職、回復期リハビリテーション病棟の役割がさらに大きくなるのは間違いありません。なぜならば、リハビリテーション職種や回復期リハビリテーション病棟が地域包括ケアや多職種連携に最も習熟しているからです。経営的には、医療施設の「保健・医療・福祉複合体」化がさらに促進されると思います。リハビリテーション病院は、他の病院と比べてはるかに保健・福祉分野への進出が進んでおり、それが「地域包括ケアシステム」の導入でさらに促進されると私は期待しています。

ここで一つ補足となりますが、近藤克則氏(日本福祉大学教授)等が2004年に出版した『在宅高齢者の終末期ケア-全国訪問看護ステーションに学ぶ』(中央法規)は、訪問看護ステーションの視点からみた在宅の終末期ケア利用者・家族についての一番詳しい実態調査です。この調査で一番大切な結論は、死亡場所と介護者の満足度は関係しないということです。それまで、在宅ケアの究極である在宅の看取りにかかわることは家族にとっても満足度が高いと思われていました。しかし、遺された家族の満足度は、患者が自宅で亡くなった場合でも、自宅でケアし最終的に施設で亡くなった場合でも変わらないのです。そのため、在宅の看取りにおいて重要なことは最期まで丁寧なケアマネジメントを行ったかどうかということで、看取る場所ではなく、それまでのプロセスなのです。これは非常に意味のある研究だと思います。

「地域包括ケア研究会報告書」の「提言」への3つの疑念

以上、「地域包括ケアシステム」の肯定面に注目してきました。しかし、これの出発点となった「地域包括ケア研究会報告書」(2010年)の「当面の改革の方向(提言)」には、以下の3つの疑念があります。

第1は、「在宅サービス優先」が絶対化され、利用者の選択の自由が制限されるのではないかという疑念です。選択の自由は2000年に始まった介護保険制度の金看板で、それまでの措置制度と違い介護保険は利用者の自立と選択の自由を保障したと言われていました。しかし、在宅サービス優先が絶対化されることで選択の自由が制限されるのではないかと心配しています。

第2は、国・自治体が地域ケアの細部まで制度設計することに関して、堤修三氏が懸念されているように、「設計主義的発想」、「上から目線」ではないかという疑念です(『介護保険の意味論』中央法規,2010,143-144頁)

第3に、この「報告書」は、在宅優先により施設ケアに比べて総費用抑制が可能と考えている疑念があることです。しかし、在宅・地域ケアを高水準で行った場合、医療・介護総費用が抑制されないことは、医療経済学の膨大な実証研究で証明済みです。ただし、軽度の人はそもそも施設に入所する必要がないため別です。この点に関しては、「重度障害者の在宅ケア費用は施設ケア費用よりも高いことに言及した拙著一覧」(『医療改革と財源選択』勁草書房,2009,132頁)をお読みください。

今挙げた3点は、あくまでも疑念ですから、これが自動的に現実化するわけではありません。それだけに、リハビリテーション・ケアの専門職には、最初の2つの疑念が現実化しないように十分注意していただきたいと思います。そのポイントは、利用者・家族の意思を尊重して、彼らの意向を抜きにして一方的に在宅重視を押しつけないことです。上田敏氏は「リハビリテーション医学は『全人間的[復権-二木]』ということを標榜するあまり、患者の生活に『全人間的に』干渉し、『トータル』に自己決定権を侵害する危険をもっていることについての自戒が常に必要なのである」と警告しています(『リハビリテーションを考える』青木書店,1983,178頁)。

リハビリテーション職種は他の医療職に比べてもよく勉強する真面目な方が多いと思います。しかし、まじめなことと他人の権利を侵害することは裏表です。主観的にはよかれと思ってやったことが結果的に相手に迷惑をかけることがあることを忘れないでいただきたいと思います。

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3.挨拶:2011年度日本福祉大学大学院学位記授与式での副学長挨拶(2012年3月17日)

大学院「修了」おめでとうございます。学部と違い、大学院は「卒業」ではなく、「修了」と言います。このことは間違えやすいので、今後、履歴書等を書く際に注意してください。

今年度は、修士学位取得者(以下、修士課程修了者)が76人にとどまり昨年度の89人に比べて少し減少したことは残念ですが、博士号学位(以下、博士号)取得者が昨年度の6人から10人に大幅に増え、2008年度以来3年ぶりに、2桁(10人)になりました。しかも、3つの専攻すべてで博士号取得者が生まれました。

今年度特記すべきことは、本学の現役教員、しかも激務である大学・大学院の役職者の2人(後藤澄江社会福祉学研究科長と原田正樹学長補佐)が博士号を取得したことです。この2人以外に、今年度、他大学の大学院で博士号を取得した現役教員が3人おられます(社会福祉学部の小松理佐子教授と大谷京子准教授、福祉経営学部(通信課程)の青木聖久准教授)。博士号保持が大学教員の重要な要件になりつつあることを考慮すると、大変喜ばしいことだと思います。

さて私は、大学院を修了した皆さんに、毎年、同じお話し、同じお願いをしています。

それは、大学院修了後も勉強と研究を続けることです。なぜなら、大学院修了後も勉強と研究を続けないと、せっかく在学中に身につけた研究能力がドンドン低下してしまうからです。もし修了後まったく勉強と研究をしなかった場合には、研究能力は5年間で大学院入学前の水準に戻ってしまいます。これを、研究能力の「半減期」と言います。つまり、大学院修了後も勉強と研究を続けることは、研究能力を発展させるだけでなく、維持するためにも不可欠なのです。

このことは、特に修士課程修了者について言えます。なぜなら、一応、「自立した研究者」としてのスタートラインに立ったと認定された博士号取得者と異なり、修士課程修了者はようやく研究者の「卵」になったにすぎず、それが孵化するか否かは、大学院修了後の勉強と研究にかかっているからです。

大学院修了後も勉強と研究を続ける方法は3つあります。第1は、自主的、個人的に勉強と研究を続けることです。言うまでもなく、これが基本です。しかし、人間は弱いので、1人だけで勉強と研究を続けることは困難です。

そこで2番目の方法として、本学の教員が院生OB・OG等といっしょに開いている各種の研究会に積極的に参加することをお薦めします。その大半は、大学院キャンパスで開かれています。この場合「積極的に参加する」がポイントです。研究会に受け身に参加して、先生や他の参加者の話しを聞くだけではなく、積極的に自分の意見を述べること、さらに自ら進んで自己の研究や実践について報告することが求められます。

第3の方法は、博士論文はもちろん、修士論文をさらに推敲して、全国レベルの学会で発表したり、学会誌やレフリー付きの雑誌に投稿することです。ここで注意しなければならないことは、博士・修士論文と異なり、学術雑誌の投稿論文には厳しい字数制限があることです。その場合、論文全体を無理に圧縮して1つの論文にするのではなく、博士・修士論文の中心の章に限定・焦点化して1つの論文にまとめる必要があります。もちろん、博士論文や高水準の修士論文では、複数の章をそれぞれ1つの論文にまとめても構いません。

さらに、博士号取得者は、博士論文全体をできるだけ早く(原則として1年以内に)単著として出版することを心がけてください。その際、原稿をさらに推敲するのは当然ですが、それを理由・言い訳にして、出版がズルズルと遅れないように注意してください。博士課程修了者のほとんどは、今後常勤の教職・研究職に就くことを希望していると思いますが、単著はそれを実現するための有力な武器にもなります。

大学院を修了した皆さんが、大学院で身につけた(はずの)勉強・研究方法を生かして、今後も精進されることを期待して、私の挨拶とさせていただきます。

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4.大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2012年度版、Ver 14)

(2012年度版、Ver.14)(別ファイル:大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2012年度版,ver.14)(PDFファイルPDF))

1999年度以来、入学式後の大学院合同オリエンテーションの「おみやげ」として配布しているものの最新版で、2010年度版に9冊追加し、9冊削除しました(合計200冊。追加分の書名の後に●印)。今回追加した9冊とコメントは以下の通りです(掲載順)。

1999年度以来、入学式後の大学院合同オリエンテーションの「おみやげ」として配布しているものの最新版で、2011年度版に8冊追加し、6冊削除しました(合計200冊。追加分の書名の後に●印)。今回追加した8冊とコメントは以下の通りです(掲載順)。

2012年度版:追加8冊(うち、新版更新1冊)

※「付録:研究についての名言クイズ28問」の答え:模倣、重要度、発見、ただのバカ、確信、変わる、自己懐疑、仮説、書き直さ、事実、政治スタッフ、continuation・続ける、惰性、本を読む、論文、あきらめ、小さく、弁解、批判、日曜日、忙しい、勉強、スマート、社会性、雑用、ひとりで、教養、恋心

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5.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○国際医療保険連盟2011年価格比較レポート
(iFHP 2011 comparative price report: http://www.ifhp.com/news97.html)[国際比較調査]
国際医療保険連盟(The International Federation of Health Plans)は1968年に設立され、全世界30カ国の保険会社約100社が加盟しており、本部

ロンドンにあります。本調査は同連盟が行った3回目の国際比較調査で、24の医療サービス(入院、通院)と医薬品、検査の価格が図示されています(24種類別に9~10カ国の価格を表示。日本のデータはなし。ただし図と簡単な解説のみで、論文ではありません)。白内障の手術(スイスが最高額)を除いては、すべてアメリカがもっとも高いという(予想通りの)結果でした。ただし、アメリカの医療価格(請求額)はバラツキが大きいため、すべてのサービス等で、25%タイル値、平均値、95%タイル値の3つが示されています。例えば、1日当たり入院費(医師技術料は含まない)は、それぞれ1449ドル、3949ドル、11,496ドルです。個々の医療サービス等の国際比較調査はきわめて少なく貴重と思います。また、この調査結果を日本の公定医療価格(診療報酬点数)と比較すると、日本の相対的位置がイメージできると思います。ただし、各国のデータの出所は、私保険のみ、私保険と公的保険の両方、公的保険のみとバラバラなので、注意が必要です(この点は、"Survey Data Constraints and Limitations"にも明記されています)。

○[アメリカの]非高齢者[世帯]における処方薬の経済的負担は最近減少しているが、多くの世帯にとってはまだ重い
(Gellad WF, et al: The financial burden from prescription drugs has declined recently for the nonelderly, although it is still high for many. Health Affairs 31(2):408-416,2012)[量的研究]

アメリカでは処方薬費用と薬剤給付方式は過去10年間大きく変化したが、それが消費者に与えた経済的影響はほとんど知られていない。そこで「医療費パネル調査」(全国代表標本調査)から得られる、過去10年分(1999~2008年)の65歳未満の非高齢者の家計負担医療費データ(各年2~3万世帯)を用いて、処方薬費の経済的負担に関する次の諸指標を算出した:家計所得中の自己負担(out-of-pocket)分処方薬費とその割合、家計負担の医療費総額に占める処方薬費の割合。費用はすべて2008年価格に換算した。その結果、非高齢者の平均自己負担処方薬費は、1999年の294ドルから2003年の491ドルに増加した後、減少傾向に転じ、2007年364ドル、2008年353ドルにまで低下した。家計所得中の自己負担処方薬費の割合が5%を超える世帯の割合も、1999年の4.7%から2003年の7.1%まで増加したが、2008年は5.2%、2008年は5.0%に減少した。家計負担の医療費総額に占める処方薬費の割合が5割を超える世帯の割合は、1999年の26.7%から2003年の33.6%へと増加したが、2007年は28.0%、2008年25.4%にまで低下した。最近の自己負担処方薬費の減少は、ジェネリック医薬品の利用増加を含む、消費者の薬剤費負担軽減戦略の成果と言える。しかし、経済的負担は、依然、一部の世帯、特に公的保険加入者(これの説明はない。メディケイド受給者?)、無保険者と低所得者では重い。

二木コメント-この論文で一番強調されていることは、最後の1文ですが、私自身は、公的医療制度を含めて、医薬品が自由価格であるアメリカですら、家計負担処方薬費が2003年をピークにして(つまり2008年のリーマンショックを契機とする金融危機以前から)減少に転じていることに注目しました。

○アメリカの医療費の伸びは2010年も低く、それのGDPに対する割合も2009年から変わらなかった
(Martin AB, et al: Growth in US health spending remained slow in 2010; Health share of gross domestic product was unchanged from 2009. Health Affairs 2012(1):208-219,2012)[公式統計の解説]

医療財貨・サービスは一般には必需財とみなされている。そうであっても、最近の不況は医療消費に劇的な影響を与えた。アメリカの医療費(「国民保健医療費」national health expenditures)の対前年増加率は2009年3.8%、2010年3.9%にとどまり、国民保健医療費勘定が推計された過去51年間でもっとも低かった。2010年には、サービス(一般の)利用・強度の伸び率の劇的な低下は、対人サービスの伸び率低下をもたらした。GDPの伸び率と医療費の伸び率は収斂し始めた。その結果、医療費のGDPに対する割合は、2009年、2010年とも17.9%に安定した。

種類別にみると、対前年増加率がもっとも低かったのは処方薬の1.2 %であり、もっとも高かったのは耐久医療機器の7.3%、次は在宅医療の6.2%であった(ただし、耐久医療機器の増加率は変動が激しく、2008,2009年にはそれぞれ1.7%、0.8%にすぎなかった。)処方薬費の増加率の急速な減速は、医薬品消費量の増加率の低下、ジェネリック医薬品使用の継続的増加、特定のブランド薬の特許保護期間の終了、新薬上市の減少、およびメディケイドによる処方薬の(強制)リベイトの増加によってもたらされた。

二木コメント-「国民保健医療費」の元データ(http://www.cms.gov/nationalhealthexpenddata/)によると、処方薬費の対前年増加率は1997~2003年には毎年2桁を記録し、医療費総額の伸びを大きく上回っていましたが、その後減速し、特に2005~2010年の6年間のうち4年間は医療費総額の伸びを下回っています。それにしても2010年の1.2%は「記録的低さ」です。日本やヨーロッパ諸国と異なり、医薬品が自由価格であるアメリカにおいてすら、処方薬費の対前年増加率が近年急減していることは注目に値します。なお、処方薬費の増加率の近年の低下は先進国(高所得国)共通の現象のようで、『OECD医療政策白書』(小林大高・坂巻弘之訳。明石書店,2011(原著2011))の第6章「医薬品の償還と価格政策」によると、2003~2008年には、OECD加盟国の医薬品支出の実質伸び率が鈍化し、総保健医療支出の実質伸び率を下回るようになっているそうです(それぞれ年平均、3.1%、4.5%)。これは、1997~2005年には、医薬品支出と総保健医療支出の実質伸び率が同水準(3.0%)であったのと対照的です(OECDの『図表でみる世界の医薬品政策』(坂巻弘之訳。明石書店,2009(原著2008))。

○医薬品のイノベーションはどれほど革新的か?フランスのDRG方式の入院支払い制度の枠外で追加支払いがなされている医薬品の事例
(Gridchyna I, et al: How innovative are pharmaceutical innovations? The case of medicine financed through add-on payments outside of the French DRG-based hospital payment system. Health Policy 104(1):69-75,2012)[事例研究]

フランスの公的医療保障制度では、2005年から急性期入院医療費はDRG方式で支払われているが、革新的かつ高額な医薬品リストに掲載されている医薬品については別枠で使用量に応じた支払いがなされている。このような医薬品が本当に革新的または高額か否かを明らかにするために、各医薬品の革新的性格と費用に基づいて、革新的かつ高額、高額なだけ、革新的なだけ(高額ではない)、革新的でも高額でもないの4区分のいずれであるかを評価した。高額の基準は1日服用量の価格が300ユーロ以上(抗がん剤では150ユーロ以上)とした。その結果、上記リストに掲載されている医薬品で価格データが得られた494医薬品のうち、革新的かつ高額と分類されたのは25.5%にとどまり、高額なだけが23.5%、革新的なだけが22.9%、革新的でも高額でもないが28.1%であった。これにより、上記リストは革新的で高額である医薬品以外の医薬品を多数含んでいることが明らかになった。このリストの掲載基準をもっと厳格にして、医薬品費用増加に歯止めをかけるべきである。

二木コメント-日本のDPC方式における追加支払いでも検討すべき重要な論点を提起していると思います。なお、Heath Policy 104巻1号は、アメリカ以外の先進国の医薬品政策についての特集で、ヨーロッパ諸国(複数の国の比較+オーストラリア、ドイツ、ポルトガル、フランス)、カナダ、韓国(2論文)の医薬品政策について多面的に検討した12論文を掲載しており、この領域の研究者・行政担当者必読と思います(「特集」とは銘打っていませんが、すべてが医薬品政策についての論文です)。

○[オランダにおける]医療イノベーションと年齢別の医療利用の趨勢:知見と含意
(Wong A, et al: Medical innovation and age-specific trends in health care utilization: Findings and implications. Social Science & Medicine 74(2):263-272,2012)[量的研究]

医療利用は今後数十年でさらに増加すると予測されている。医療ニーズの総量が人口構成の変化によって増加するだけでなく、1人当たりの利用も増加するであろう。医療利用の趨勢は年齢ごとに異なる可能性があると示唆されている。本研究では、オランダの1981-2009年の医療費データを用いて、以下の8つの医療部門ごとの4つの齢階級別(0~19歳、20-44歳、45-64歳、65歳以上)の医療利用の趨勢を示す:一般医、代替医療、処方薬、非処方薬、歯科、理学療法、専門医、入院医療。入院医療については趨勢と医療技術利用との関係を明らかにするために、集合的データを用いて回帰分析を行い、医療利用確率の年齢別趨勢を検討する。人口、健康状態、医療供給のと制度要因等に関連した交絡因子を調整した上で、医療技術の影響を決定するために、年齢別医療利用確率の変化を推計する。その結果、大半の医療部門において、医療利用確率増加の趨勢は65歳以上でもっとも高かった。医療技術の大きな進歩は入院確率の高い増加確率と有意に関連しており、これは高齢者でより顕著だった。年齢別の趨勢、高齢者と非高齢者の医療利用のギャップの拡大は、医療における世代間連帯の持続可能性に疑問を投げかけている。入院医療では、医療技術の進歩がこのプロセスを加速するかもしれない。

二木コメント-人口構成の変化(人口高齢化)と医療技術進歩と医療利用との関係を総合的に検討した野心的研究です。ただし、個々の医療技術進歩の分析を行わず、入院医療全体の増加を医療技術進歩と見なすことには無理があると思います。


6.私の好きな名言・警句の紹介(その88)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<東日本大震災・福島第一原発事故1周年>

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