総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻119号)』(転載)

二木立

発行日2014年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

論文「医療・介護総合確保法案に対する3つの疑問-医療提供体制改革部分を中心に」(「深層を読む・真相を解く」(33))が『日本医事新報』2014年5月17日号に掲載されました。「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」120号(2014年7月1日配信)に転載する予定ですが、早く読まれたい方は、雑誌掲載分をお読み下さい。

それの入手が困難な方は、私に直接御連絡下さい。


1. 論文:規制改革会議「選択療養制度」提案の問題点と実現可能性を考える

(「二木学長の医療時評(122)」『文化連情報』2014年6月号(435号):18-23頁)

はじめに

規制改革会議は3月27日「選択療養制度(仮称)の創設について(論点整理)」(以下、「論点整理」)を発表しました。「選択療養」は、現行の保険外併用療養費制度の「評価療養」と「選定療養」とは別の第3の制度・仕組みであり、「治療に対する患者の主体的な選択権と医師の裁量権を尊重し、困難な病気と闘う患者が治療の選択肢を拡大できるようにする」ために、「一定の手続き・ルールの枠内で、患者が選択した治療については極めて短期間に保険外併用療養の支給が受けられる」ことを「目的」としているとされています。規制改革会議は、「今後、この制度の手続き・ルール等についてさらに検討を重ね、最終的な提案を行う」としています。

私は、この「論点整理」を読んで、混合診療解禁に関わる今までの議論の積み重ねを無視したズサンで穴だらけの提案であるとあきれました。と同時に、10年前の2004年8月に、規制改革・民間開放推進会議が「中間とりまとめ」(以下、「中間とりまとめ」)を発表し、「いわゆる『混合診療』を全面解禁すべき」と主張したことを思い出しました。本稿では、「論点整理」の問題点を「中間とりまとめ」と比べながら3点指摘すると共に、「中間とりまとめ」が発表された10年前と現在との3つの政治的条件の違いを指摘します。

穴だらけの混合診療全面解禁論

まず、強調したいことは、「選択療養」が、混合診療の事実上の全面解禁を意味することです。このような批判を避けるために、「論点整理」では、「選択療養」は「一定の手続き・ルールに基づく」とされていますが、その手続き・ルールには医療機関の限定も、医療行為の限定も、含まれていません。

それに対して、「中間とりまとめ」は、混合診療の全面解禁を主張しつつも、それの対象を「新しい検査法、薬、治療法等」に限定し、しかも実施施設を「質の高いサービスを提供することができる一定水準以上の医療機関」に限定していました。当時、混合診療全面解禁論を主導した八代尚宏氏は、新著でも「厚労省が認める一定の質以上の医療機関」に限定した混合診療解禁を主張しています(『社会保障を立て直す』日経プレミアシリーズ,2013,137頁)

これらと比べると、「選択療養」が医療の安全や質の保証への配慮を欠いた、実にアブナイ提案であることがよく分かります。私の知る限り、ここまで徹底した混合診療全面解禁を主張したのは、混合診療裁判の原告・清郷伸人氏だけです。氏は、「混合診療における自己責任とは、有効性・安全性も含んで自主判断し、自己決定すること」であり、「民間療法の保険医[療-二木]版」と言い切りました(『混合診療を解禁せよ 違憲の医療制度』ごま書房,2006,54頁)。

次に、「論点整理」は、金持ち患者優遇との批判を避けるためにか、「選択療養」により行われる医療行為が「広く使用される実績に応じて保険収載され得る」としています。しかし、これでは安全性や効果が科学的に実証されていなくても「広く使用される実績」のある民間療法が保険収載されることになり、混合診療全面解禁どころか、安全で効果的な医療のみを給付するという保険診療の大原則すら崩し、しかも保険医療費の無用な増加を招きかねません。このようなズサンな提案も「中間とりまとめ」には含まれていませんでしたが、上述した清郷氏の主張とは通じると思います。

第3に、「論点整理」は、「無用な診療に対するけん制効果を働かせるため」、「手続き・ルール」について次のように保険者の役割を持ち出しています。「(1)患者・医師間の診療契約書を保険者に届け出ることで保険給付が行われるようにする、(2)患者から保険者に対して保険給付の切替を申請し、保険診療に悪影響を及ぼすことが明らかな場合等を除き、保険給付が認められるようにする」。しかも、「選択療養(仮称)に該当するかどうかは極めて短期間に判断できる仕組みとする」とされています。

これも「中間とりまとめ」にはなかった新提案ですが、アメリカの民間医療保険会社と異なり、医療専門職をほとんど雇用していない日本の公的医療保険が保険給付の是非を判断することは不可能です。大変異例なことに、「保険者3団体」(健康保険組合連合会、国民健康保険中央会、全国健康保険協会)は「論点整理」の発表からわずか7日後の4月3日に、「選択療養」に明確に反対する「保険者3団体の見解」を発表しました。

「選択療養」が不発に終わる3つの理由

医療関係者の中には、安倍内閣が「医療の(営利)産業化」を進めているため、この「選択療養」が実現するのではないか?と心配している方がいるようです。しかし、私は混合診療解禁論争が燃えさかった10年前と現在とでは政治的条件が大きく異なり、「選択療養」は不発に終わると予測しています。その理由は以下の3つです。

第1は、時の首相の姿勢の違いです。10年前には、小泉首相が2014年9月の経済財政諮問会議で、「混合診療については、(中略)年内に解禁の方向で結論を出してほしい」と指示しました。それに対して、安倍首相は集団自衛権の憲法解釈変更の政府決定に異常な執念を見せる一方、混合診療解禁どころか、医療・社会保障制度改革にほとんど関心を示していません。この点については、八代尚宏氏と共に医療・社会保障への市場原理導入を主張する鈴木亘氏も、トップダウンで改革を断行した小泉首相と対比して、安倍首相を「社会保障改革は実質的に厚生労働省への丸投げ」、「これほどの無関心、放置は歴代政権のナンバーワン」と酷評しています(『社会保障亡国論』講談社現代新書,2014,262頁)。

第2は、政府内部での意思統一の違いです。10年前には、規制改革・民間開放推進会議と経済財政諮問会議が一体となって混合診療解禁論を主張し、医療保険への公費投入抑制を至上命題とする財務省もそれを事実上支持しました。しかし、現在は、混合診療解禁を主張しているのは規制改革会議だけです。まず、経済財政諮問会議は昨年6月に「骨太方針2014」をとりまとめて以降、社会保障については1回しか議論していません(昨年11月15日)。しかも提出された資料「持続可能な社会保障に向けて」は混合診療解禁にも、保険外併用療養費制度の拡大にも言及していません。産業競争力会議医療・介護等分科会は昨年12月26日にとりまとめた「中間整理」で、「保険外併用療養費制度の大幅拡大」を掲げましたが、具体的には現行制度の枠内での4つの改革に限定しました。しかも座長の増田寛也主査は「いわゆる混合診療の問題」については「有効性・安全性を担保した上で、患者ニーズに沿った必要な医療が速やかに受けられることが大前提」と明言しました。さらに、財務省の高官(新川浩嗣主計官)は、昨年10月に開かれた医療経済フォーラム・ジャパンのシンポジウムで「混合診療の全面解禁には反対」と断言しました(『週刊社会保障』2013年10月28日号:27頁『日本医事新報』2013年10月26日号:124頁)。それに加え、上述したように10年前の論争では沈黙を守った保険者3団体も、今回は「選択療養」に反対する見解を早々と発表しました。

第3に、患者団体の態度の違いです。10年前には一部の(がん)患者団体が、やむにやまれぬ気持ちから混合診療解禁を求め、規制改革・民間開放推進会議はそれを錦の御旗にしましたが、現在では、それに賛成している患者団体は、私の調べた限り皆無です。逆に、日本最大の患者団体である日本難病・疾病団体協議会(構成員総数約30万人。伊藤たてお代表理事)は、4月3日に「選択療養制度(仮称)の導入は事実上の『混合診療解禁』であり、多くの患者にとっては最先端の医療が受けられなくなる恐れがあり、患者団体の声を聴いていただけるよう要望します」の文書を厚生労働大臣と規制改革会議議長に提出しました。これは、「困難な病気と闘う患者」のために「選択療養」を制度化するとの規制改革会議の大義名分を突き崩すものと言えます。

【補足】「選択療養制度」修正案と安倍首相の指示を読む

本文執筆後に2つの動きがありました。1つは規制改革会議が4月16日と4月23日に「選択療養制度」の修正案と再修正案を発表したこと、もう1つは4月16日の経済財政諮問会議で、安倍首相が混合診療拡大(正確には「保険外併用療養費制度の仕組みを大きく変えるための制度改革」)を指示したことです。以下、これらについて、私の事実認識と「客観的」将来予測を述べます。「選択療養費制度」が不発に終わるという本文で述べた結論は変わりませんが、それに代わる妥協案が浮上する可能性が出てきたと言えます。

「選択療養費制度」の修正案の要旨

4月16日の修正案「『選択療養(仮称)』における手続き・ルール等の考え方(論点整理②)」には、本文で検討した原案からの大きな変更が2つあります。1つは「選択療養」の対象から「合理的な根拠が疑わしい医療等を除外する」ことを明記したこと、もう1つは実施に当たっての保険者への届け出・申請を撤回し、「全国的な中立の専門家によって評価する」としたことです。また、「選択療養」から「評価療養への移行を検討」し、「それによって保険収載の道が開ける」とされ、原案の「広く使用される実績に応じて保険収載され得る」という表記より、踏み込んだ表現もなされました。4月23日の再修正案「『選択療養(仮称)』の趣旨、仕組み及び効用」では、この点がさらに強調されました。なお、修正案・再修正案では、「選択療養費制度」から「選択療養」に用語が変わりましたが、その理由は書かれていません。

これらの修正は原案に対する強い批判を踏まえた「譲歩案」とも言え、現行の「評価療養」(特に先進医療)と一見違わないようにも見えます。しかし、相変わらず「選択療養」を実施する医師・医療機関の限定は含まれておらず、本質的な修正とは言えません。岡議長も4月23日の会議後の記者会見で、記者からの質問に答えて「はじめから医療機関を限定することは考えていない」と明言しました。そのためもあり、日本医師会だけでなく、保険者団体も反対の態度を変えていません。

なお、岡議長は同日の記者会見で、「選択療養」に対する患者の賛成の声は「まだきていない」ことを認める一方で、「選択療養」を提唱する理由を聞かれ、評価療養では救いきれない患者を「少なくとも[岡議長の]回りに3人見ている」と(正直に?)述べました。さらに、岡議長は、「あくまで[選択療養の]制度設計は厚労省の仕事。そうなるように考えてくださいと厚労省に申し上げているしそうせざるを得ない」と、選択療養に頑強に反対している厚生労働省への「丸投げ」をアッサリ認めました。

諮問会議への提出資料と議事要旨

4月16日の第5回経済財政諮問会議の一部は産業競争力会議との合同会議とされ、「社会保障制度、健康産業」について議論されました。まず、(1)諮問会議民間議員、(2)増田産業競争力会議医療・介護等分科会主査、(3)田村厚生労働大臣、(4)茂木経済産業大臣が資料を提出し、説明しましたが、4つの資料のいずれにも、「選択療養」や混合診療についての言及はありませんでした。(1)民間議員提出資料「社会保障制度・健康産業について」は保険外併用療養にさえ触れていませんでした。(2)増田主査提出資料「医療・介護分野の成長戦略改訂に向けて」は、「保険外併用療養費制度を大幅に拡大」として<具体策>を4つ示しましたが、これらは昨年12月26日の医療・介護等分科会の「中間整理」で示されたものと同じでした(ただし、表現と順番は変更)。(3)田村大臣提出資料「国民の健康寿命を延伸する社会の実現に向けた取組」は、「保険外併用療養の見直し」として「改善案」を4つ示しており、それらは(3)の4つの<具体策>に完全対応していました。(4)茂木大臣提出資料「公的保険外のサービス産業の活性化」は、(意外なことに)保険外併用療養には触れていませんでした。これは経済産業省の狙いが、「医療」ではなく、医療保険給付外の「予防・健康管理サービス」の拡大にあるからだと思います。

次に、「議事要旨」では、岡産業競争力会議議員(兼規制改革会議議長)と稲田内閣府特命大臣が、それぞれ「選択療養」、「選択療養費制度」について一言触れましたが、他の参加者は誰もそれに同調しませんでした。最後のまとめで、安倍首相は「保険外サービスの活性化を図ることが重要」、「困難な病気と闘う患者さんが未承認の医薬品等を迅速に使用できるように、保険外併用療養費制度の仕組みを大きく変えるための制度改革について、関係大臣で協力して案をまとめてもらいたい」と指示しましたが、「選択療養」にはまったく触れませんでした。

なお、安倍首相は、4月1日の衆議院本会議で、中島克仁議員(みんなの党)が、混合診療の全面解禁を求め、それに反対する日本医師会を激しく批判したのに対して、「混合診療」という表現は用いず、「保険外併用療養費制度のさらなる改善に取り組んでまいります」と模範答弁し(?)、日本医師会への批判にも同調しませんでした。

「選択療養」の実現可能性はゼロ

規制改革会議の岡議長は、4月16・23日の規制改革会議後の記者会見で、6月にまとめる予定の答申に「選択療養」を盛り込みたいと意気込みを語りました。岡議長は、上述した安倍首相の指示を追い風にしようとしていますが、私は、本文で予測した通り不発に終わると思います。

その理由は、「選択療養」の創設は規制改革会議が一方的に主張しているだけで、厚生労働省はもちろん、規制改革会議よりも格上の経済財政諮問会議と産業競争力会議では「黙殺」されていること、および肝心の安倍首相も「選択療養」支持を表明しないだけでなく、それに一言も言及していないからです(3つの会議の格の違いについては、『安倍政権の医療・社会保障改革』勁草書房,2014,27-28頁)。

本文では触れませんでしたが、3月12日の中医協総会で了承された「国家戦略特区における先進医療制度の運用について」では、「保険外併用療養の拡充」の対象医療機関は「臨床研究中核病院等と同水準の国際医療拠点」に限定されています。それに対して、「特区」を超えて全国の医師・医療機関で「選択療養」の実施を認めるとの規制改革の提案は「浮世離れ」しています。

「選択療養」に代わる2つの妥協案

ただし、安倍首相が「保険外併用療養費制度の仕組みを大きく変えるための制度改革」を指示した以上、厚生労働省も「ゼロ回答」はできず、今後、関係大臣間で何らかの妥協案がまとまる可能性が強いと思います。その軸は、産業競争力会議が示している4つの<具体策>で、第1・3・4(略)は、現行制度の枠内で実施可能です。問題は、第2「費用対効果評価を導入し、費用対効果の低い医療技術等について継続的に保険外併用療養費制度が利用可能になる仕組み等を創設」で、厚生労働省も「費用対効果が低い医薬品等への保険外併用療養費制度上の対応を検討」することを約束しています。

もし、産業競争力会議の主張通りに、「評価療養」、「選定療養」に代わる第3の「仕組み」が導入されれば、「評価療養」は当該医療技術・サービスの将来的な「保険導入のための評価を行う」という基本理念の変更につながります。

それに代えて、新しい「仕組み」は作らずに、「費用対効果の低い医療技術等」を現行の「選定療養」(患者が選定。保険導入を前提にしない)の対象に加え、「継続的に保険外併用療養費制度が利用可能になる」ようにする妥協案が成立する可能性もあります(私はこちらの可能性が大きいと思います)。この扱いは、厚生労働省が2016年度からの試験的導入を検討している、医療技術の経済的評価(効果が確認されても、費用対効果が著しく低いものは保険適用を見送る)とも整合的だからです。田村厚生労働大臣が、4月18日の閣議後記者会見で、安倍首相から保険外併用療養費制度の見直しを指示されたことに触れて、「安全性は絶対に外せない」と力説しつつ、「有用性も一定程度確保しなければならない」と発言し、従来と異なり、安全性と有用性を切り離したことは、その伏線かもしれません(『週刊社会保障』4月28日号:16-17頁)。

現時点では、上述した2案のどちらで妥協が成立するか判断できませんが、それが規制改革会議が提唱している「選択療養」とはまったく別物であることは間違いありません。

混合診療拡大論者が臨床試験で倫理違反

なお、昨年11月28日の規制改革会議「公開ディスカッション」で、土屋弘行金沢大学整形外科教授は、自己が行っている「カフェイン併用化学療法」を例にして、現行の「先進医療B」の問題点を(一方的に)主張し、規制改革会議の主張に同調しましたが、金沢大学病院は3月22日、同教授が上記療法の臨床試験で倫理違反を犯したことを発表しました。その違反は、以下の3つです。(1)同病院の倫理審査委員会の承認を得た試験期間終了後、1年9か月にわたって新規患者の治療を継続していた。(2)試験計画で定められた「被験者の適格基準」を満たさない患者に対しても治療を行なっていた可能性がある。(3)患者の死亡に際して、必要とされる報告が行われていなかった(同日の「金沢大学記者会見資料」)。それに伴い、5大学・病院で行われていた上記療法の臨床試験も中止されました

この不祥事が、「選択療養」の今後の議論にどう影響するかは不明ですが、私は、土屋教授が「悪意はなかった」、「(臨床試験制度について)誤解していた」と弁明したのを知り(4月23日の「北國新聞」、「北陸中日新聞」)、小保方晴子さんレベルの研究者倫理しか持ち合わせていない方であると思いました。

[本文は『日本医事新報』2014年4月19日号(4695号)に掲載した「規制改革会議の『選択療養制度』創設提案をどう読むか?」を、同誌編集部の了解を得て、転載しました。【補足】は5月14日に新たに加えました。]

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3. 最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その27):9冊

(通算100回.2014年分その2:5論文)

書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

<医療経済学>

○『医療経済学』
Bhattacharya J, Hyde T, Tu P: Health Economics Palgrave Macmillan, 2014, 589 pages.[中級教科書]

経済学の理論・概念と医療政策との関連を強調し、いかも従来の医療経済学教科書よりもはるかに広い分野をカバーし、分かりやすい記述を心がけた、新しいタイプの医療経済学教科書で、読者対象としては、経済学部学生だけでなく、公衆衛生学や医学部の学生も想定しています。以下の7部構成(全24章)です。I医療需要、II医療供給、III情報経済学、IV医療イノベーションの経済学、V医療政策、VI公衆衛生経済学、VII行動医療経済学。筆頭著者は医師資格を有する経済学者でスタンフォード大学医学部准教授、後の2人は筆頭著者の講義を受講後、医療経済学を専攻するようになった博士課程の大学院生です。

○『医療経済・財政学[第5版]』(Getzen TE: Health Economics and Financing 5th Edition. Wiley, 2013,468 pages)[中級教科書]

アメリカの著名な医療経済学者による、医学生等、主として非経済学系の学生・院生のための教科書の3年ぶりの改訂版です。著者は「入門教科書」(primer)と称していますが、内容的には中級と思います。全18章で、構成はオーソドックスです。狭義の経済学だけでなく財政学もカバーしていること、および「費用便益分析と費用効果分析」に1章(第3章)が割かれていることが特徴と言えます。新しく追加された18章「将来の医療における費用に見合った価値(value for money)では、行動経済学にも言及しています。

○『医薬品経済学』
Comanor WS, Schwaitzer SO (eds): Pharmaceutical Economics. Edward Elger, 2013, 739 pages.[重要論文選]

1987~2011年に発表された医薬品経済学の重要英語論文33論文が、次の4領域に分けて収載されています。I[医薬品]産業(A産業構造、B特許医薬品とイノベーション、Cジェネリック医薬品産業、Dバイオロジックス)、II医薬品需要、III価格付け、IV規制。冒頭の、編者「序文:医薬品経済学と政策」(21頁)は、医薬品産業の他産業との重要な違いを3点指摘した上で、収録論文の概要・歴史的貢献を述べています。

○『疫学の経済学』
Tassier T: The Economics of Epidemiology. Springer, 2013, 94 pages.[入門書]

疫学と経済学を統合した簡潔な入門書という触れ込みですが、内容は社会科学・経済学の最新モデル(ネットワーク理論等)の疫学(特に感染症対策)への応用の試みです。しかもほとんどが「理論的検討」のレベルにとどまっています。

<医療・介護政策>

○『パラダイム凍結-なぜカナダでは医療政策の改革がこんなにも難しいのか?』
Lazar H, et al (eds.): Paradigm Freeze - Why it is so hard to reform health-care policy in Canada. McGill-Queen's University Press, 2013,398 pages. [研究書(論文集)]

過去30年間、カナダの州政府と連邦政府の関与した医療制度(「メディケア」)改革の報告書は何ダースも発表されてきました。それらは中道左派寄りのものから中道右派寄りのものまで様々ですが、カナダの医療制度の診断と治療についてはほぼ同じ結論に達しています。それにもかかわらず、この間、ごく貧弱な改革しか行われていません。本書では、カナダでは医療制度改革がなぜ難しいのかを、詳細な事例調査等に基づいて究明しています。全12章プラス3つの補論で構成されています。筆頭編者Lazar執筆の第1章(書名と同名)が、本書の総括になっています。

○『比較医療政策[医療政策の国際比較] 第4版』
Blank RH, Burau V: Comparative Health Policy Fourth Edition. Palgrave, 2014, 373 pages.[教科書的研究書(国際比較)]

2004年に初版が出版され、2010年に第3版が出版されれた、医療政策の国際比較の教科書的研究書の新版です(初版と第3版は、それぞれ、本「ニューズレター」14号(2005年10月)と75号(2010年10月)で紹介)。(全8章)。国際比較の定番と言える欧米諸国・豪州(アメリカ、イギリス、ドイツ、オランダ、スウェーデン、オーストラリア、ニュージーランド)に、アジアの3カ国(日本、シンガポール、台湾)を加えた10カ国の国際比較をしています(全8章)。類書と異なり、国ごとの比較ではなく、第2~7章で、次の6つの分野(topics)ごとに、各国比較と10か国の数値比較と型分類を行っています:(1)医療の文脈、(2)財源、サービス提供と統治、(3)優先順位の設定と資源配分、(4)医師、(5)在宅医療、(6)公衆衛生。この結果に基づいて、著者は最終章(第8章)で、医療政策全体の「最良」の普遍的な定義はなく、医療政策の諸目標の間にはトレードオフが存在するため、どの国の医療政策を最良と見なして、そこから教訓を得るかは究極的には「政治的意思決定」であると強調しています。巻末のテーマ別の参考文献紹介と国別のウェブサイトの紹介も充実しています(合計59頁)。

○『長期ケアの質の規制-国際比較』
Mor V, Leone T, Maresso A (eds): Regulating Long-term Care Quality: An International Comparison. Cambridge University Press, 2014, 493 pages[国際比較研究]

高齢者の長期ケアの提供・規制についての、先進国と途上国の両方を含んだ、初めての包括的な国際比較調査(だそう)で、ヨーロッパ、北アメリカ、及びアジアの16か国について調査されています。以下の6部・16章構成です。第1部「序論」(長期ケアの質規制を理解するための枠組み)、第2部「『専門家主義』に基づいた長期ケアの質[規制]システム(オーストリア、ドイツ、スイス、日本)、第3部「規制的視察(regulatory inspection)に基づく長期ケアの質[規制]システム」(オートトラリア、イギリス、オランダ、スペイン)、第4部「データ測定と報告の公開(public reporting)に基づく長期ケアの質[規制]システム」(フィンランド、アメリカ、カナダ、ニュージーランド)、第5部「長期ケアの質[規制]システムと規制システムの開発」(韓国、中国)、第6章「結論」。

<その他>

○『医療提供と患者移動-ヨーロッパ連合における医療統合』
Levaggi R, Montefiori M (eds.): Health Care Provision and Patient Mobility. Springer, 2014, 244 pages. [研究論文]

ヨーロッパ連合(EU)では2011年3月に患者が適切な医療をEUの枠内で国境を越えて受ける権利が承認されましたが、現実には国境を越えた患者移動の増加は確認されていないそうです。本書はこの実態を明らかにすることを目的にしています。理論研究と事例研究(ドイツ、イギリス、イタリア)の10論文が収録されています。

○『医療サービス研究入門』
Walker D-M (ed): An Introduction to Health Services Research. Sage Publications, 2014,362 pages.[初級教科書]

「医療サービス研究」を実際に行うための入門的教科書で、以下の5部(21章)構成です。第I部「[研究]開始」、第II部「一般的な[研究]方法」、第III部「特定の[研究]方法、第IV部「妥当性があり倫理的な研究の実施」、第V部「分析と公開」。


4.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算101回.2014年分その3:5論文+雑誌特集)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○特集:アルツハイマー病の長い射程
"The long reach of Alzheimer's disease." Health Affairs 33(4),2014.

"Health Affairs"(アメリカでもっとも広く読まれている医療政策・医療サービス研究の月刊専門誌)は2014年4月号で標記の特集をしており、以下の9テーマ別に合計23論文を掲載しています(序論的2論文を含む。カッコ内は論文数)。概観(3)、立法的事項(3)、研究の課題(3)、介護者支援モデル(3)、患者支援モデル(3)、労働力(1)、高齢者虐待(1)、ケアの場所(2)、終末期ケア(3)。アメリカにおけるアルツハイマー病を中心とする認知症の対策と研究を概観することができる好特集です。論文の中には、楽観的にすぎると思うものもいくつかあります(特に、介護者支援により大幅な費用節減ができるとする「介護者支援モデル」の3論文)。しかし、Iglehart編集長(医療政策研究の大御所)の序文(特集の目的・背景と主な論文の紹介)のタイトルは「アルツハイマー病の解決策を求めたとらえどころのない探究」(The elusive search for solutions to Alzheimer's)とやや悲観的です。

同誌のHP(http://www.healthaffairs.org/)から、全論文のAbstractを無料で読むことが出来ます。

日本の認知症対策・研究にも参考になると思った論文は以下の通りです(●は本「ニューズレター」で抄訳)。

○予期せぬ便益:アルツハイマー病を予防するために[特定の慢性疾患の]危険因子に取り組むことの潜在的経済的影響
Lin P-J, et al: Unintended benefits: The potential economic impact of addressing risk factors to prevent Alzheimer's disease. Health Affairs 33(4):547-554, 2014.[シミュレーション研究]

特定の慢性疾患はアルツハイマー病やそれ以外の認知症の危険因子を変容させることが分かっている。このような危険因子に取り組むことの潜在的な医療的・経済的影響を理解するために、メディケアのコホートデータを用いて、4つのシナリオのシミュレーションを行った:糖尿病、高血圧、心血管疾患の有病率のそれぞれ10%の減少、太りすぎまたは肥満である被保険者のBMIの10%減少。シミュレーションにより、これらの疾患の有病率を低下させると、認知症の発症リスクの低下、発症の遅延、罹病期間の短縮、費用の削減という「予期せぬ便益」が生じるという結果が得られた。他の様々な慢性疾患と認知症の明確な関係を明らかにするためにはさらに多くの研究が求められている。しかし、本研究は認知症に伴う他疾患の適切なマネジメントが健康・経済の両面で便益を生む可能性を示している。
二木コメント-(私にとっては)なかなか斬新な視点の研究と思いました。

○研究を実践に移す:地域基盤の認知症介護者への介入[事業]の事例調査
Mittelman MS, et al: Translating research into practice: Case study of a community-based dementia caregiver intervention. Health Affairs: 33(4):587-595,2014.[事例調査]

アルツハイマー病とそれ以外の認知症のもっとも重大な影響の1つは、介護者の負担の重さである。ランダム化臨床試験により、介護者に対する心理的社会的介入が彼らの負担を減らすというエビデンスが得られている。ただし、そのような介入を現実の地域で行うことには課題が多い。本事例調査では、ミネソタ州で実施された多地域介入プログラムのアウトカムを示す(カウンセリング講習を受けた介護者228人を12カ月追跡調査)。オリジナルのランダム化比較試験と同じく、本プログラムにより介護者の抑うつと苦痛(distress)は有意に減少していた。介護者のカウンセリング講習参加回数が多いほど、認知症のある患者のナーシングホーム入所までの期間(自宅にとどまる期間)が延長していた。今後の課題の一つは、介護者に6回のカウンセリング講習すべてに参加してもらうこと、及びアウトカムデータを完全に得ることであった。これらの課題を考慮すると、認知症を持つ患者とその家族への介入による便益を実際に最大化するためには、ウェブを用いた介護者の訓練が費用効果的方法であるかもしれない。

二木コメント-ランダム化臨床試験で得られた研究成果を、現実の地域で追試した野心的事例調査です。ただし、今回の事例調査では費用については全く調査されておらず、最後の1文は、エビデンスに基づかない著者の「主観的願望」にすぎません。

○[アメリカ等における]高齢者虐待と認知症:研究と医療政策の文献レビュー
Dong XQ, et al: Elder abuse and dementia: A review of the research and health policy. Health Affairs 33(4):642-649,2014.[文献レビュー]

認知症のある高齢者は虐待を受けるリスクが高い可能性があるが、この点は十分に研究されていない。高齢者虐待と認知症との関係を検討するために文献レビューを行った。PubMed等のデータベースを用いて、英語文献の検索を行い、最終的に28論文を選んだ。心理的虐待がもっとも多く、認知症のある高齢者の27.9%~62.3%が受けていた。身体的虐待は3.5~23.1%であった。多くの高齢者は複数の種類の虐待を同時に受けており、虐待による死亡とセルフ・ニグレクトのリスクは認知機能の障害が重いほど高い傾向が見られた。認知症のある高齢者虐待に関連したプログラムや政策-成人保護サービス、高齢者虐待の報告義務化、長期ケア・オンブスマン・プログラム等-について総括した。全国アルツハイマー・プロジェクト法、高齢のアメリカ人法、高齢者公正法についても総括した。近年の研究・政策両面の進歩にもかかわらず、以下のような課題が残っている:資金不足、高齢者虐待についての知見不足、高齢者虐待と認知症に関連した連邦と州のプログラム実施のための資金不足、第一線の保健医療職向けの認知症に特化した訓練の不足。認知症のある高齢者のよりよい生活を目指したプログラムの強化が求められている。

二木コメント-高齢者虐待の研究者の必読論文と思います。ただし、文献レビューとしては結果の記述が「粗い」のが残念です。

○慢性疾患の機能[的能力]の最適化戦略としての地域基盤の運動プログラム-[ランダム化試験の]体系的文献レビュー
Desveaux L, et al: Community-based exercise programs as a strategy to optimize function in chronic disease - A systematic Review. Medical Care 52(3):216-226,2014.[量的研究]

慢性疾患は世界的に死亡と障害の主因となっている。既存の研究で地域基盤(病院・施設外)の運動プログラム(以下、CBEプログラム)が機能的活動や健康関連QOLを改善するエビデンスが示唆されている。慢性疾患患者に対するCBEプログラムの構造と実際を記述し、それと標準的ケアとの機能的能力や健康関連QOLに対する影響を比較するために、体系的文献レビューを行った。PubMed等5つのデータベースを検索して、脳卒中、慢性閉塞性肺疾患、骨粗鬆症、糖尿病、心血管疾患を対象にして、ランダム化試験によりCBEプログラムの効果を検討した文献を検索し、最終的に16論文(対象は合計2198人。平均年齢66.8±4.9歳)を選択した。論文の85%で、有酸素運動とレジスタンス・トレーニングが主な介入方法であった。16論文から9論文を選んで、メタアナリシス(定量データの合成)を行った。対照群との機能的能力(6分間の歩行距離)の重み付け平均の差は41.7メートルであった。同じく、健康関連QOLの身体機能面での平均の差は0.21、QOL全体での差は0.38であった。CBEプログラムはどの慢性疾患でも似たような構造だった。このプログラムは、骨粗鬆症患者では、標準的ケアよりも機能的能力と健康関連QOLの最適化面で優れているとみなされた。しかし、これ以外の患者に対する効果、および長期間の効果の持続性は不明である。

二木コメント-CBEプログラムのランダム化試験の最新の体系的文献レビューです。論文要旨中のメタアナリシスの結果記載は誤解を与え不適切で、要するに、骨粗鬆症以外の慢性疾患では効果は不明(証明されていない)と言えます。費用対効果は検討されていません。

○疾患末期の患者とその家族介護者への在宅緩和ケアと通常ケアの便益と費用
Gomes B, et al: Benefit and costs of home palliative care compared with usual care for patients with advanced illness and their family caregivers. JAMA 311(10):1060-1061,2014.[簡易文献レビュー]

在宅緩和ケアと通常ケアの便益(自宅死亡割合、症状の軽減、家族の負担減等)と費用を比較した23論文(うちランダム化臨床試験は16)の文献レビューを行った。発表年は1975~2007年とやや古く、11論文がアメリカ、5論文がイギリスの研究であった。対象は、癌患者のみが14論文、癌患者と非癌患者の両方が6論文、非癌患者のみが3論文であった。在宅緩和ケア群の自宅死亡割合は平均して通常ケア群の2倍であった(オッズ比2.21)。在宅緩和ケア群では患者の症状も軽減されていたが、家族負担は変わらなかった。他のアウトカムについては確定的な結果は得られなかった。6論文では費用効果分析も行われていたが、確定的な結果は得られなかった。

二木コメント-同じ著者が2013年に発表したCochrane Review(Effectiveness and cost-effectiveness of home palliative care services for adults with advanced illnes and their care givers.本論文の文献4)の要約版と思います。。


5.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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