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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻122号)』(転載)

二木立

発行日2014年09月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1. 論文:健康寿命延伸で医療・介護費は抑制されるか?-『平成26年版厚生労働白書』を読む

(「深層を読む・真相を解く」(36)『日本医事新報』2014年8月16日号(4712号):16-17頁)

厚生労働省は8月1日、『平成26年版厚生労働白書』を発表しました。第1部のテーマは「健康長寿社会の実現に向けて~健康・予防元年~」です。本白書は「原案」の段階から、「医療費抑制の観点から、介護などを受けずに自立して生活できる期間である『健康寿命』を延ばすことの重要性を強調」したと報じられました(「読売新聞」7月13日朝刊)。

「健康寿命の延伸」は、昨年と今年の閣議決定「日本再興戦略」でも強調されており目新しくありませんが、それによる医療・介護費の抑制を正面から提起したのは、最近の政府文書では初めてです。そこで、さっそく読んでみましたが、その根拠は全く示されておらず、期待外れでした。

本稿では白書第1部の概要と私の評価を簡単に述べた上で、白書では健康寿命の延伸による医療・介護費抑制の根拠は示されていないし、それは国内外の実証研究で否定されていることを指摘します。

第1部の概要とその評価

第1部は3章構成、全248頁です。政府・厚生労働省の健康政策の歴史と現状を丁寧に紹介しており、それらについて学ぶ上では便利です。ただし、本連載(17)(4611号,2012年)で高く評価した『平成24年版厚生労働白書-社会保障を考える』のような「深み」はありません。

第1章「わが国における健康をめぐる施策の変遷」は、明治時代以降150年間の健康政策を鳥瞰しています。私自身は、(1)昭和30年代(今から60年前)から、成人病対策が「わが国における保健医療の大きなテーマとなった」(12頁)、(2)国際的には1974年(今から40年前)にカナダのラロンド保健大臣が発表した報告(ラロンド報告)が、「単一特定病因論[いわゆる「医学モデル」]」に代えて「長期にわたる多数の要因に基づく原因論」を提唱し、「この報告を出発点に、新しい健康増進政策が欧米に広がっていった」(20頁)-との記載が特に参考になりました。

第2章「健康をめぐる状況と意識」は、主に厚労省委託研究「健康意識に関する調査」に基づいて、国民の健康状態や健康意識を分析しています。この調査で注目すべきなのは第3節「精神的・社会的な健康」で、「若年男性にとって、仕事や職場の人間関係が大きなストレス源となっていること」(98頁)を明らかにしています。

第3章「健康寿命の延伸に向けた最近の取り組み」は、第1節で「国の取り組み」を説明した上で、第2~4節で、先進的な自治体、企業、団体、合計14組織の取り組みを紹介しています。しかし、活動・「プロセス」の紹介にとどまり、「アウトカム」(健康増進や医療削減)は2事例で断片的に示しているだけです。第5節「取り組み事例の分析」では、健康作りを推進する取り組みを展開するための「鍵」として、「ICTの活用」、「課題の見える化」、「対象の明確化」等の「5つの要素」をあげていますが、恣意的・表層的です。印南一路氏(医療経済研究機構研究部長)が批判されている、対照群のない「成功例の共通要因サーチの致命的欠陥」が現れていると言えます(『Monthly IHEP』2014年7月号:24-28頁)。

医療費抑制の根拠は示されていない

「白書」第1部は「はじめに」で、「健康寿命の延伸と、それによる健康長寿社会の実現が、今を生きる私たちにとって最重要課題の1つ」とし、それによって「結果的に医療・介護費用の増加を少しでも減らすことができれば、国民負担の軽減につながるとともに社会保障の持続可能性も高まる」と、やや控えめに述べています(2頁)。しかし、第1・第3章では、「医療費の負担等を軽減させるためにも健康寿命の延伸が重要」(56頁)、「平均寿命と健康寿命の差を短縮することができれば、個人の生活の質の低下を防ぐとともに、社会保障負担の軽減も期待できる」(135頁)と断定的に書いています。

しかし、この主張の根拠は白書のどこにも書かれていません。160頁には、厚生労働省が昨年8月に公表した「『国民の健康寿命が延伸する社会』に向けた予防・健康管理に関する取り組みの推進」の概要が掲載されており、(1)高齢者への介護予防等の推進、(2)現役世代からの健康づくり対策の推進、(3)医療資源の有効活用に向けた取組の推進により、[2025年には]5兆円規模の医療費・介護費の効果額[現状のまま推移した場合と比べての節減額-二木]を目標としている」と書かれています(内訳は(1)1.4兆円、(2)2.4兆円、(3)1.1兆円)。しかし、これらは根拠が全く示されていない主観的「目標」・願望にすぎません。

私はこれを読んで、厚生労働省が2006年の医療制度改革法案提案時に、やはり何の根拠も示さずに、生活習慣病対策により、2025年には医療給付費が2兆円節減できるとする「将来見通し」を公表したことを思い出しました。当時、財務省から厚生労働省に出向していて、この数値目標の設定を担当していた村上正泰氏(現・山形大学教授)は、「『なんらかの指標が必要』という小泉総理の言葉を受けて、仕方なく『えいやっ』と設定した」と証言しています(『医療崩壊の真犯人』PHP新書,2009,172頁)。上記数値も、安倍総理の指示を受けて、同様に設定した数値と思います。

なお、当然のことながら、厚生労働省は当時示したこの数値目標の検証をまったく行っていません。

予防・健康増進活動で医療費はむしろ増加する

予防や健康増進活動(疾病管理を含む)により医療費を節減するとの期待は、日本だけでなく、各国の医療行政担当者や公衆衛生関係者共通の願望であり、各国でさまざまなモデル事業や膨大な実証研究が行われてきました。それにより、予防や健康増進活動による健康アウトカムの改善効果はそれなりに確認されていますが、医療費節減効果はほとんど確認されていません。逆に、厳密なランダム化比較試験に基づき、広く社会的次元で費用計算を行った研究では医療費を増加させるとの結果が得られています。医療費を節減したとの報告も少数ありますが、それらは私の知る限り、エビデンスの質が低いとされる非ランダム化試験によるものであり、しかも多くは介入群の費用に介入費用を含んでいません。

予防・健康増進活動のうち、禁煙プログラムでは例外的に、余命の延長と短期的な医療費節減の両方が確認されています。しかし、アメリカの軍人を対象にした最近のシミュレーション研究により、長期的には(生涯医療費のレベルでは)、禁煙による健康状態の改善による医療費削減は余命延長による医療費増加により相殺されることが示されています(Yang W, et al: Health Affairs 31:2717-2726,2012)。日本でも、京都大学の今中雄一教授グループは喫煙群と非喫煙群、国際医療福祉大学の池田俊也教授グループは禁煙治療群と非治療群の生涯医療費を比較したシミュレーション研究を行い、それぞれ非喫煙群、禁煙治療群の方が高いという結果を得ています(Hayashida K, et al: Health Policy 94:84-89,2010. 安田浩美・池田俊也『日本医療・病院管理学会誌』47:9-15,2010)。

予防の経済学研究の草分け・重鎮のRussell女史は、「慢性疾患の予防は重要な投資だが、費用節減を当てにするな」と主張しています(Russell LB: Health Affairs 28:42-45,2009)。『平成26年版厚生労働白書』を読んで、この警告を思い出しました。

最後に、一言。私は、政策レベルでは、「健康寿命の延伸」に賛成です。ただし、「健康寿命」という概念には、認知症や重度の障害・疾病を持っており「健康」ではない個人の生存権を侵害する危険があるとも考えています。これは決して杞憂ではなく、冒頭に述べた「日本再興戦略」をとりまとめた産業競争力会議では、健康の自己責任を明確にするために、「[個人の]健康・予防への取り組みに応じて公的医療保険の保険料を増減させる等の制度導入」が提案されています(2014年4月16日。増田寛也産業競争力会議医療・介護等分科会主査提出資料)。

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算104回.2014年分その6:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○なぜ医療インフレーション(価格上昇)は一般的インフレーション(一般物価水準の上昇)より高いのか?
Charlesworth A: Why is health care inflation greater than general inflation? Journal of Health Services Researh & Policy 19(3):129-130.[評論]

イギリスではNHS創立以来60年間の医療支出(spending on health care)の年平均伸び率は4%で、経済全体の伸び率を上回っているため、医療支出の対GDP比は上昇した。医療支出増加の一因は医療価格増加が一般的インフレーションを上回っているからである。この理由の一つは、医療価格(health services costs)の上昇が一般的インフレーションを上回っているからである。過去20年間、消費者物価指数やGDPデフレーターの年平均伸び率は2%だったが、医療価格のそれは3.6%であった(ただし、直近5年間では両者は共に2.5%である)。そのために、NHSが購入できるサービス量の増加率は、医療支出増加率を下回っている。

ただし、逆説的なことに、NHSが支払う個々の医療価格の上昇率は、他の経済部門より高いようには見えない。それを構成するNHSの職員給与(NHS支出の5割を占める)と財・サービスの購入価格の上昇率は、他の経済部門と同水準だからである。例えば、NHSの職員給与上昇率は、経済全体の同等の専門職労働者のそれとほとんど同じである。では、NHSの職員給与総額の上昇率が一般的インフレーションより高い原因は何か?2つの可能性がある。1つは、労働市場全体で、専門職の給与伸び率が非専門職のそれよりも高く、医療部門では専門職の割合が高いからである。製造業では技術進歩がしばしば労働者の代替となるが、公私のサービス部門ではそれは生じない。もう1つは、NHSの職員構成における「技能ミックス」(skill mix)が高度化しているからである。例えば、大学卒の看護師の割合は1997年の10%から2010年の40%へと13年間で30%ポイントも上昇している。この変化は職員1人当たりの平均給与を増加させたが、それが医療の質と効率・生産性の改善につながっている可能性がある。例えば、計画的入院の増加、救急患者の死亡率低下であり、NHS全体の生産性は毎年1%以上上昇しているとの推計もある。しかし、現在のNHSの給与指数にはこの変化は反映されていない。

最近5年間のNHS支出の伸び率低下の原因は職員給与の引き下げだが、経済が回復すれば、生産性と給与水準も上昇し、それがNHSの職員給与引き上げの圧力となるであろう。

二木コメント-日本の国民医療費増加要因の議論では見落とされている重要な視点・要因と思い、詳しく紹介しました。日本での「追試」が待たれます。

村上正泰氏は「改めて考える医療費の『自然増』の正体」(『医薬経済』2014年8月15日号:30-31頁)で、「自然増」の概念・範囲が、厚生労働省と経済財政諮問会議とでは異なること(後者の方が広い)を指摘した上で、「厚生労働省の示す『その他』の伸び率を、すべて医療の技術進歩だと考えるのにも問題がある」として、「その他」に「『医療の高度化』とは見なすことのできないような、医療サービス供給側・需要側それぞれの行動変化も含まれている」と述べています。さらに、村上氏は、その例として、「診療報酬が抑制され続ければ、医療機関の必然的な行動として、必要なコストを賄うために、収入増を図る対応を誘発」し、その「影響も『その他』に含まれる」と指摘しています。

私も、24年前=1990年に出版した『現代日本医療の実証分析』(医学書院)の第2章Ⅰ「1980年代の国民医療費増加要因の再検討」(22-41頁)で、この点を定量的に検討しました。具体的には、「厚生省方式による国民医療費増加要因分析」による「自然増」の過大視を批判した上で、「医療機関の費用増加を考慮した国民医療費増加要因分析」を行い、「1980年代の国民医療費増加の49%は医療機関の費用増加による名目的なものであり、真の『自然増』は19%にすぎない」と試算しました。

○[アメリカの近年の]医療費増加率の鈍化の大半は経済的要因によるものであり、医療部門の構造改革によるものではない
Dranove D, et al: Health spending slowdown is mostly due to economic factors, not structural change in the health care sector. Health Affairs 33(8):1399-1406,2014.[量的研究]

近年のアメリカの医療費の増加率低下の原因は不明である。民間保険の新しいユニークなデータ(医療費研究所(HCCI)が3つの大手民間保険会社(Aetna, Humana, United Healthcare)から提供された医療費請求データを統合したもの)を用いて、2007年12月に始まった経済成長率鈍化が2008~2010年の被保険者1人当たり(以下、医療費)の伸び率に与えた影響を推計した。全米366地域の経済成長率鈍化(人口当たり雇用者数の変化で近似)のバラツキを用いることにより、経済成長率鈍化が今回対象とした民間保険の医療費増加率鈍化の約70%を説明できると推計した。この結果は、近年の医療費増加率の鈍化の主因は、医療部門の構造改革や「患者保護・医療費負担適正化法」(ACA)に含まれる施策ではないこと、および医療制度の改革がなされない場合には、経済成長率の回復は医療費の増加をもたらすことを示唆している。

二木コメント-医療費増加要因の「新しいユニークな」分析と思います。各国の医療費水準のバラツキの大半は各国のGDP水準の違いで説明できるという、医療経済学研究の常識とも整合的です。

○[アメリカにおける]病院の統合、競争と質-大きいことは常に良いことか?
Tsai TC, et al: Hospital consolidation, competition, and quality Is bigger necessarily better?
JAMA 312(1):29-30,2014.[評論]

最近の病院合併の波は、アメリカの政策決定者、規制者及び雇用主の間に、それが医療費増加をもたらすのではないかとの懸念を生んでいる。逆に、それを支持する側は、規模を拡大した統合(病院)システムは医療の質と効率の改善を達成できると主張している。その理由は以下の3つである。合併により、(1)症例数が増加しアウトカムも改善する、(2)より「統合された医療」を提供できる、(3)財政状態が改善し医療の質改善の投資をしやすくなる。以下、この点を検討する。(1)について、より大きいことは必ずしも常によいわけではない。症例数とアウトカムの関係は疾病によって相当異なっており、ごく一部の疾患の治療を除けば、両者の関係は線形ではない。さらにこの関係は、他のプロセスの単なる近似にすぎないとのエビデンスが生まれつつある。(2)については、医療の統合は本来、患者の診療に関わるすべての当事者間の情報の共有から生じるが、大規模な統合システムはすでに十分な内部情報を有しているため、情報の共有に関心を示さない可能性がある。病院の合併が患者を囲い込む新しい「データの島」を作る可能性もある。(3)は魅力的だが、小規模組織が必要な投資をできないことを示すエビデンスはほとんどない。そもそも医療の質の改善は必ずしも高額技術に依存していないし、医療情報投資については小病院と大病院とで大きな差がないとのエビデンスもある。

二木コメント-病院の合併・統合を支持する人々があげるそれの3つの効果を簡潔かつ批判的に検討し、それらにエビデンスがないことを示しています。本「ニューズレター」116号(2014年3月)で紹介した下記論文との併読をおすすめします:「[アメリカの]病院、マーケットシェア、そして統合」(Cutler DM, et al: Hospitals, market share, and consolidation. JAMA 310(18):1964-1970,2013)。日本での最近の病院の「非営利ホールディングカンパニー」の議論も「大きいことは常に良い」と前提にしているため、両論文はその「解毒剤」として有用と思います。

○[アメリカとイギリスにおける]統合:企業と医療部門
Laugesen MJ, et al: Integration: the firm and the health care sector. Health Economics, Policy and Law 9(3):295-312,2014.[理論研究、比較研究]

医療における統合はアメリカとイギリスの医療改革の主要目標となっている。しかし1990年代に試みられた医療提供システムの統合は部分的にしか成功しなかった。BevanとJanusの研究(2011)を補強すべく、本論文は統合の経済学理論を用いて、医療部門の統合について検討する。一般的に企業は、規模の経済による効率の改善、市場支配力の強化、取り引き費用の削減をめざして統合する。アメリカとイギリスを実験台とし、経済学的統合の概念を応用して、医療において統合がなぜ起こるのか、起こらないのか、異なる医療提供者(病院、プライマリケア)や社会サービス提供者の統合に対する期待は現実的か否かを検討する。最近の医療システムの統合に対する熱狂(enthusiasm)は、イギリスでは社会サービスを含むまでに拡大しているが、アメリカでは医療に焦点が当てられたままである。我々は統合の経済学理論は医療には部分的にしか応用できないことを見出した。規模の経済は両国の統合促進において重要な役割を果たしていない。アメリカでは、イギリスに比べて、独占または寡占に対する経営的インセンティブがより切実かもしれない。病院はそれによりより高い医療価格と支払い者に対する交渉力の強化を求めているからである。両国では、取り引き費用概念が新しい支払い方式や予算方式を説明できる可能性がある。なぜなら、医療の統合は究極的には異なる提供組織間の取り引き費用を減らすことを目指しているからである。

二木コメント-統合について(新古典派)経済学理論に基づいて、緻密な分析を行っています。本論文が補強しようとしているBevanとJanusの論文は、本「ニューズレター」84号(2011年7月)で紹介しました:「なぜ統合医療[提供システム]はアメリカで広く普及せず、イギリスではまったく存在しないのか?」(Bevan G, et al: Why hasn't integrated health care developed widely in the United States and not at all in England? Journal of Health Politics, Policy and Law 36(1):141-164,2011)。これら2論文も、上述した2論文と共に、最近の日本における病院の「非営利ホールディングカンパニー」への熱狂に対する「解毒剤」になると思います。

○[医療提供面分野の]公私パートナーシップは健全な選択か?体系的文献レビュー
Roehrich JK, et al: Are public-private partnership a healthy option? A systemic literature review.
Social Science & Medicine 113:110-119,2014.[文献レビュー]

世界中、特にヨーロッパの政府は、公的医療のインフラとサービスの計画、財政、提供に際して、公私パートナーシップ(PPPs)を用いるようになっている。この理由としては、公的施設の改築・維持・運営費用の高騰、政府予算の制約、私的部門の才覚を活用してのイノベーションの追求、リスクマネジメント等があげられている。PPPsが実務者や研究者の関心を呼んで20年になるが、医療提供分野のPPPsの全体像を明らかにするための文献レビューは行われてこなかった。本研究は過去20年間に発表された多専門領域の1400余の論文を分析する。その結果、PPPsの規模と重要性にも拘わらず、それの概念化も詳細な実証研究もごく少ないことを明らかにする。そこで、テキスト分析(content analysis)により、従来拡散していた研究の視野を統合して、PPPsの単一の包括的多次元分析枠組みを作成し、この分野の研究と実践の新しい方向を示す。

二木コメント-日本でも一部で注目されている医療提供分野の「公私パートナーシップ」(PPPs)の世界初の体系的文献レビューであり、PPPs研究者必読と思います。私は日本のPPPsは掛け声ばかりで、効果のエビデンスは示されていないと思っていましたが、それは世界共通のようです。

○量[手術数]を超えて:病院の複雑性は重要か?-アメリカの病院の入院患者の術後
[30日以内]死亡率の分析
McCrum ML, et al: Beyond volume: Does hospital complexity matter? An analysis of inpatient surgical mortality in the United States. Medical Care 52(3):235-242,2014.[量的研究]

病院はアウトカムと提供サービスの両面で多様である。病院の複雑性(提供するサービスや技術の幅)がアウトカムにどのように影響するかは明らかでない。そこで、病院の複雑性が術後死亡率と関連するか否かを検討した。メディケアの全国データを用いて、2008-2009年に5種類のハイリスク手術(大腿切断、腹部大動脈瘤切除術、冠動脈再建術、大腸切除術、小腸切除術)を受けた全患者を同定し、手術を行った病院の複雑性(その病院が過去2年間に扱った患者の合計主診断数。これの多い順に病院を5群に分類)を計算した。その上で、患者と病院の特性(疾病ごとの手術数を含む)を調整した上で、術後30日以内死亡率(以下、術後死亡率)を計算し、それを説明変数とする多変量ピアソン回帰モデルにより、病院の多様性と術後死亡率の関連を検討した。対象は、2691病院、入院患者382,372人である。手術数を含む病院の特性を調整後、病院の複雑性が増すほど、術後死亡率は低下していた。主診断数が下位5分の1の病院の術後死亡率は、それが上位5分の1の病院より27%高かった。複雑性の影響は、手術数の少ない病院ほど著名であり、手術数が下位5分の1でも複雑性が上位5分の1の病院の術後死亡率は、手術数が上位5分の1の病院と遜色なかった。以上から、病院の複雑性は重要であり、それは病院の手術数とは独立して、術後死亡率に影響していると結論づけられる。今後は、複雑性が内科的疾患のアウトカムに与える影響の検討が求められる。

二木コメント-病院の手術数ではなく、病院の「複雑性」(概念的には病院が提供するサービス・技術の多様性を意味するが、本研究ではそれの代理変数として、主診断数を使用)が術後死亡率に影響することを実証した初めての研究と思います。DPCデータを用いれば、日本でも追試可能と思います。

○地域[連携]クリニカルパスが日本の脳卒中患者の在院日数に与える影響
Fujino Y(藤野善久), et al: Impact of regional clinical pathways on the length of stay in hospital among stroke patients in Japan. Medical Care 52(7):634-640,2014.[量的研究]

クリニカルパスは医療提供者が疾患ごとに患者ケアの重要な手順を示したケアプランである。日本では地域レベルでのクリニカルパスが広がり、2008年の診療報酬改定では、新たに脳卒中患者対象の地域連携クリニカルパス(以下、地域連携パス)料が導入されたが、それの効果はまだ検証されていない。そこで、2011年4月~2012年3月分のDPC包括払いデータベースに含まれる脳卒中患者117,180人を対象にして、マルチレベル重回帰モデルを用いて、地域連携パスと病院の在院日数との関連を検討した。モデルには、在院日数に影響を与えると思われる患者レベルと病院レベルの要因を含んだ。地域連携パスを算定した病院(438病院)の平均在院日数は算定しなかった病院(573病院)より有意に短く、病院全体の平均在院日数のバラツキの約12%は地域連携パス導入で説明できると判断された。患者レベルでみても、地域連携パスにより在院日数は7.2日短縮していた。

二木コメント-産業医科大学の松田晋哉教授グループによる、脳卒中地域連携パスの(救急入院した)病院の在院日数削減効果を示したキレイな研究です。ただし、これによる医療費の変化は検討されていません。今後は、この点、および脳卒中患者が転送された病院・病棟(亜急性期&療養)分も含んだ総在院日数と総医療費の検討が待たれます。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その117)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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