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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻127号)』(転載)

二木立

発行日2015年02月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

○第11回日本社会福祉学会フォーラム「地域包括ケアシステムの構築に向けた論点」が2月8日午後1~5時、金城学院大学(名古屋市守山区。W9号館106教室。http:www.kinjo-u.ac.jp)で開催され、私が70分間、基調講演「地域包括ケアシステムの理解・研究・構築に向けての論点」を行います。その後、シンポジウム「地域包括ケアシステムの課題-現場からの報告」が行われます。学会員以外も参加できます。参加希望者は、日本社会福祉学会大会ヘルプデスク(E-mail: jssw-forum@bunken.co.jp 電話:03-5937-0047)に、2月2日までにお申し込みください。

丁炯先教授(延世大学保健科学大学院)の論文「韓国における『非給付・保険外医療』および新医療技術の受け入れ」が『月刊/保険診療』2015年2月号(2月11日発行)に掲載されます。これは、2014年10月18日に韓国・延世大学で開かれた、第9回韓日定期シンポジウム(延世大学・日本福祉大学共催)での発表を論文化したものです。丁炯先教授は、韓国の医療政策研究の第一人者で、政府の政策決定にも深く関与されています。御一読をお薦めします。


1.論文:衆院選結果と第三次安倍内閣の医療政策を複眼的に考える
(「二木学長の医療時評」(128)『文化連情報』2015年2月号(443号):16-25頁)

2014年12月14日に投開票された第47回衆議院議員総選挙(以下、衆院選)で、自民党・公明党は事前の予想通り三分の二を超える議席を獲得して大勝し、12月24日に第三次安倍内閣(以下、安倍内閣)が発足しました。本稿では、まず今回の衆院選の結果を複眼的に分析し、次に安倍政権の政策全般と医療・社会保障政策の大枠を予測します。その上で、安倍内閣が今後検討・実施するであろう個々の医療制度改革について、次の3側面からやはり複眼的、かつやや大胆に予測します:(1)消費増税延期による医療改革の財源圧縮、(2)患者申出療養と非営利ホールディングカンパニー型法人制度の行方、(3)TPP発足の見通しと医療への影響。最後に、今後の医療・社会保障の財源についての私見を簡単に述べます。

1 衆院選で自民党は大勝したと言えるか?

まず、今回の衆院選結果を分析します。その際、各党の獲得議席だけでなく比例区の得票数・率にも注目し、それらの2年前(2012年12月)の衆院選と1年前(2013年7月)の参議院議員選挙(以下、参院選)との比較も行います。以下、与党、野党別に分析します。

自公の得票数・率は参院選より後退

獲得議席については、与党が衆院選で2回連続で三分の二を超える議席を確保したのは戦後初めてであり、この点では大勝と言えます。ただし、自民党が公示前に比べて、295議席から291議席へと4議席減らした反面、公明党は逆に31議席から35議席へと4議席増やしたことも見落とせません。その結果、両党合計では公示前の議席(326議席)を維持しましたが、与党内での公明党の比重がわずかながらも高まったと言えます。

自民党、公明党の比例区の得票数・率は、2012年衆院選に比べて増えました。しかし、2013年参院選と比べると、両党は得票数・率とも減らしました。自民党は1846万票・34.7%から1766万票・33.1%へ、公明党も757万票・14.2%から731万票、13.7%に減りました。その結果、両党合計では2603万票・48.9%から2497万票・46.8%へと、得票数で106万票、得票率で2.1%ポイント減りました。

一般には衆院選の投票率は参院選に比べてかなり高いため、両選挙の得票数を単純比較することはできませんが、今回の衆院選の投票率は史上最低の52.7%で、2013年参院選の52.6%とほとんど同じであるため、両選挙の投票数も比較可能です(投票総数はそれぞれ5333万票、5323万票で、差はわずか10万票、0.2%)。史上最低の投票率により、組織選挙に強いとされる自公両党の得票率が嵩上げされた可能性もあります。

第三極が大幅後退し、共産党が躍進

野党第一党の民主党は、63議席から73議席へと10議席増やし、比例区の得票数・率も、2012年衆院選だけでなく、2013年参院選に比べても増やしました。このことは、同党が2012年衆院選での惨敗と野党転落から、わずかながらも回復しつつあると評価できます。

私は、今後の医療政策を考える上で注目すべき野党の帰趨は2つあると思います。1つは、いわゆる「第三極」と言われる政党の大幅後退です。2012年衆院選では、日本維新の会、みんなの党、未来の党の三党が、今回の衆院選では維新の党、次世代の党、生活の党の三党が「第三極」と呼ばれました。この2年間で全政党の名称が変わったことに改めて驚かされます。「第三極」全体では、獲得議席数は81(54+18+9)から45(41+2+2)へと36も減り、比例区得票率も34.8%(20.4+8.7+5.7)から20.3%(15.7+2.7+1.9)へと14.5%ポイントも減りました。

これらの諸党のうち、日本維新の会とみんなの党(2012年衆院選)、維新の党と次世代の党(今回の衆院選)は、混合診療の全面解禁や医療への株式会社参入等、医療分野への市場原理導入を正面から主張している点で共通しています。実は私は、2012年衆院選以降、国政選挙で自民党・公明党が過半数割れした場合は、両党とこれらの政党の連立が成立し、それにより医療への市場原理導入政策が現在よりも強まると危惧していましたが、その可能性はしばらくは消滅したと言えます。

もう1つ注目すべき野党の帰趨は日本共産党の躍進です。同党は2012年総選挙に比べ、議席数を8から21へと13議席も増やし、比例区得票数・率も 369万票・6.1%から606万票・11.4%へとほぼ倍増させました。その結果、同党は非予算関連法案の提出権を、参議院に続いて、衆議院でも獲得しました。同党は、医療への市場原理導入に反対すると共に、公的医療費の拡大を主張しています。しかも他の野党と異なり、実現可能性は別として社会保障拡充の独自の財源政策も示しているので、今後の国会論戦が盛り上がることが期待できます。

2 安倍政権の基盤は盤石になったか?

自公両党が獲得議席面で大勝したことを受けて、安倍首相の政権基盤が強化された、安倍首相は新たな「黄金の4年間」を手にしたとの評価が一般的です。安倍首相に近い勢力からは、自民党則で2期6年までとされている総裁任期を延長して、安倍首相が2020年の東京五輪のホスト役を務める構想まで浮上しているそうです(「日本経済新聞」12月17日朝刊、「なるか『黄金の4年間』」)。

私も、安倍首相が党内の強い反対を押し切って消費税率再引き上げを延期すると共に、衆院選で勝利したことにより、首相の党内基盤は、短期的には強化されたと思います。この点で、小泉首相の2015年の「郵政解散」を模倣した手法は成功したと言えます。

しかし、私は、それは長くは続かない可能性があるとも思っています。「政界は一寸先は闇」(川島正次郎自民党副総裁。故人)だからです。以下、その理由を述べます。

世論調査の分析-安倍内閣とアベノミクスへの期待は高くない

私は、与党の獲得議席面での大勝の勝因は、(1)争点を経済政策・「アベノミクス」一本に絞り、原発再稼働、特定秘密保護法、集団的自衛権の容認・行使、憲法改正等、国民の反対の多い争点を隠す巧みな選挙戦術、および(2)3年間の民主党政権に対する国民の嫌悪感が現在も続いているためであり、安倍首相・自民党への国民への高い支持・期待があったためではない、と判断しています。

この点は、全国紙の一連の世論調査から明らかです。安倍内閣の支持率は、衆院選投開票前から漸減し、一部の調査では不支持率が上回っていました。しかも、衆院選で与党が大勝したにもかかわらず、衆院選後の各種世論調査で、安倍内閣の支持率は横這いで、自民党の支持率は相当低下しています。この動きは、過去3回の衆院選では、圧勝した内閣や政党の支持率が大幅上昇しているのとまったく異なり、与党の大勝は「熱狂なき圧勝」と言えます(「読売新聞」12月17日朝刊)。「朝日新聞」も、投票日直前に、国民の自民党・安倍内閣の支持の「半数強が消極的選択」であるとの世論調査結果を報じていました(12月11日朝刊)。

しかも、安倍首相の一枚看板である経済政策・アベノミクスに対する国民の評価は、選挙期間中も選挙後も低いままです。「日本経済新聞」の世論調査(11月24日朝刊)では、アベノミクスを「評価する」33%に対して、「評価しない」は51%と半数を超えていました。「読売新聞」の衆院選後の世論調査(12月17日朝刊)でも、自民党が圧勝した最大の理由として「経済政策が評価された」とする回答はわずか7%にとどまり、「他の政党よりましだと思われた」が65%を占めていました。

以上の世論調査の結果は、安倍内閣とアベノミクスに対する国民の支持・期待は高くなく、今後、急速に低下する可能性もあることを示唆しています。

安倍内閣の支持基盤が弱まる2つの可能性

私は、今後、次の2つの場合、安倍内閣の支持基盤が急速に弱まる可能性があると判断しています。

1つは、今後、安倍首相が衆院選で白紙委任を受けたと勘違いして、戦後民主主義と第二次大戦後の国際秩序を否定する復古的政治・外交政策を強め、中国・韓国とだけでなく、アメリカやヨーロッパ諸国との摩擦を激化させた場合です。具体的には、靖国神社の公式参拝を繰り返すか、本年8月15日に発表予定の「戦後70年総理大臣談話」で従来の政府見解を否定した場合です。安倍首相が、衆院選直後の12月15日、および第3次安倍内閣発足直後の12月24日の記者会見で、衆院選中の街頭演説では封印していた憲法改正の意向を繰り返し強調したことはその前触れと言えるかも知れません。

なお、英『エコノミスト』誌は、日本の衆院選結果の論評で、安倍首相は右翼ナショナリストで、経済よりも憲法改正に関心があると評価した上で、それを実行しようとすると大きな混乱を招くし、しかも成功しそうにないと予測しており、その根拠として以下の3つの選挙結果(と安倍内閣の支持率低下)をあげています(1)。(1)与党内で比重の高まった公明党が平和志向、(2)最右翼の次世代の党がほとんど壊滅した、(3)平和志向の共産党が躍進した。私もこの分析は的を射ていると思います。ただし、2016年の参院選で自公両党が三たび大勝し、衆議院に続いて、参議院でも三分の二の議席を確保した場合は、安倍首相が改憲の動きを本格化させる可能性があると危惧しています。

安倍内閣の支持基盤が急速に弱まるもう1つの可能性は、安倍首相の看板政策であるアベノミクスの失敗が明らかになった場合です。アベノミクスは、大胆な金融緩和政策、機動的な財政政策、新たな成長戦略の3つの矢から構成されています。第1と第2の矢の経済効果の有無については現在も論争が続いていますが、それを支持する人々も、その効果がすでに出尽くしており、今後は安倍内閣発足後2年間ほとんど進展していない第3の矢(成長戦略・岩盤規制の打破)に注力すべきと主張しているし、安倍首相もそのことを明言しています。

しかし、私は第3の矢の経済効果(GDP拡大効果)には強い疑問を持っており、今後日本経済は、再びデフレ・ゼロ成長経済に戻る可能性が大きいと思っています。なぜなら、日本が人口(特に生産年齢人口)減少・超高齢社会に突入した結果、日本経済の潜在成長率が政府サイドの公式推計でも0.5~0.6%に低下していることを考えると、アベノミクスのように長期的にGDPの名目成長率3%を目指すこと自体が非現実的であるからです。私は、日本の今後の経済目標は人口1人当たり実質GDP成長率に変えるべきだと考えています。実は、この指標では日本は他の先進国と同水準です。なお、自民党は2012年衆院選と2013年参院選の公約では「名目3%以上の経済成長を達成する」ことを明記していましたが、今回の衆院選公約ではそれが消えたそうです(2)

もちろん、私も、短期間で3度目の政権交代が生じる可能性はないと考えていますが、今後、「アベノミクス」が行き詰まり、自公政権の枠内での路線転換が生じる可能性はゼロではないとも思っています。第一次安倍内閣が2006年に成立した時は、現在と同じく与党が衆議院で三分の二を超す議席を占めており、支持基盤は盤石だと思われていました。しかし、その後、拙劣で強引な国会運営と閣僚等の不祥事続出、および首相自身の持病の悪化により、安倍内閣はわずか1年で自壊し、それを引き継いだ福田・麻生内閣は「社会保障の機能強化」政策への転換を行いました。この歴史を忘れてはなりません。

3 今後の経済政策、社会保障・医療政策の大枠はどうなるか?

上述したように、安倍内閣が、今後、アベノミクスの第3の矢である「成長戦略」・「岩盤規制」の打破に注力するのは確実です。私は、その最優先課題は農協改革と雇用・労働改革と法人実効税率の引き下げの3つだと判断しています。農協改革については中央会制度の廃止や協同組合の株式会社化等が、雇用・労働改革では昨年の臨時国会で廃案となった労働者派遣法改正(派遣労働者の受け入れ期限をなくし、派遣固定化)とホワイトカラーエグゼンプション(一定所得以上の被用者の労働時間規制と超過勤務手当の廃止)の導入等が、目指されると思います。法人実効税率の引き下げについては、第三次安倍内閣発足直後の12月30日に、首相の強い指示で、2015年度に一気に2.51%引き下げることが確定しました。

それに対して、医療政策の基調はほとんど変わらないと思います。具体的には、安倍内閣が従来から進めてきた、公的医療費抑制政策の徹底と医療への市場原理の部分的導入の拡大・医療の(営利)産業化政策です。医療提供体制については、医療・介護総合確保法等に基づく改革、「地域医療構想」(医療機関の機能分化と連携)と地域包括ケア・システム作りが進められます。

私がこう判断する根拠は、「成長戦略」中の医療改革の優先順位が低いことです。自民党の衆院選公約(「重点政策集2014」)冒頭の成長戦略(「本格的な成長軌道を」)の項では、「この2年間で農業・雇用・医療・エネルギー等、あらゆる岩盤規制を打ち抜いていきます」と書かれ、農業、雇用の改革が医療より優先されています。この序列は、第3次安倍内閣発足時の首相の記者会見でも同じであり、首相は次のように述べました。「農業やエネルギー、雇用、医療といった分野で大胆な規制改革を断行していきます」。

4 消費増税延期による医療改革の財源圧縮の見通しは?[補足]

消費税率の8%から10%への再引き上げ(以下、消費増税)を当初予定の2015年10月から2017年4月へと1年半延期することにより、2015年度は4500億円、2016年度は1兆4000億円も財源が不足し、当初予定されていた医療・介護改革の財源が大幅に圧縮されることは確実です。

2015年度予算では、社会保障施策のうち、子育て施策が優先される反面、介護報酬は9年ぶりのマイナス改定(2~3%)とすることは昨年末に早々と確定しました。国民健康保険を中心とする医療保険制度への公費負担拡充も見送られるか圧縮されると思います。2014年度に創設された「地域医療介護総合確保基金」(同年度904億円)の上積みは期待薄です。

2016年度については、今後経済状況がよほど好転しない限り、診療報酬本体のマイナス改定が行われる可能性が濃厚です。2014年診療報酬改定では、薬価基準引き下げにより得られる財源を診療報酬に振り替えるという1972年以来40年間も続けられてきた慣行が否定されましたが、それが踏襲されると思います。ただし、この財源を医療以外に流用することには抵抗が大きいので、社会保障制度改革プログラム法で規定されている国民健康保険への公費負担拡充等に使われると思います。

これを契機にして、診療報酬以外の医療保障の財源確保のため、薬価基準の引き下げ圧力がさらに強まることは確実です。その場合の焦点は長期収載品薬価の大幅引き下げです。さらに、2017年に消費増税が実施されれば、2016~2018年の3年連続の薬価基準引き下げとなることはほぼ確実で、その後、薬価基準の毎年改定が制度化される可能性も大きいと思います。

患者負担増の見通し

次に、突然の国会解散・総選挙で棚上げされた一連の患者負担引き上げが早々と(2015年度から)実施される可能性も大きいと思います。具体的には、昨年11月13日に厚生労働省が発表予定だったが、自民党の圧力で急遽中止された「医療保険制度改革試案」に含まれると言われていた以下の負担増です。

ただし、これら負担増(の一部)は2015年4月の統一地方選挙後に先延ばしにされる可能性もあります。公明党は統一地方選挙をもっとも重視しており、選挙前の負担増に難色を示す可能性があるからです。後期高齢者の保険料軽減特例措置の廃止については、2017年4月まで(当初予定より)2年間延期する調整に入ったとの報道もあります(「日本経済新聞」12月23日)。

これらの費用抑制効果は限られているため、早晩、市販品類似薬の保険外しや外来受診時定額負担が導入される可能性もあります。これらは、2014年10月8日の財政制度等審議会財政制度分科会に財務省主計局が提出した資料「社会保障(1)(総論、医療・介護、子育て支援)」に明記されていました。

この資料では、先発品と後発品の差額を自己負担とする参照価格制度を「検討する必要」も示されていました。ただし、この制度は、政府の医薬品産業育成政策と矛盾するだけでなく、医薬品についての混合診療導入とも言えるため、アメリカ政府と国内外の大手製薬企業、さらには日本医師会等医療団体が強く反対するのは確実です。しかも、厚生省(当時)は、15年前の2000年に予定されていた「医療保険抜本改革」で、当初参照価格制度の導入を最大の柱にしようとしたものの、強い反対にあい早々と断念したため、この時の「トラウマ」が現在も残っている可能性があります。そのために、参照価格制度が財務省の思惑通り、早期に導入される可能性は低いと思います。

5 「患者申出療養」とホールディングカンパニー型法人の行方は?

上述したように、安倍内閣の成長戦略の中で、医療の位置づけは低いと言えます。

ただし、自民党の選挙公約(「重点政策集2014」)冒頭の成長戦略(「本格的な成長軌道を」)の項に、「健康医療分野では、新たな保険外併用療養費制度として患者申出療養(仮称)を創設する」ことと、「同じ地域にある病院・社会福祉施設を一つのグループとして経営することで、住民に対して医療及び介護サービス等を総合的かつ効率的に提供できるような、新たな医療・福祉法人制度を創設」することの2つが明示されたことも無視できません。

これら2つの改革は、2014年6月の閣議決定(それぞれ「規制改革実施計画」、「日本再興戦略(改訂版)」)に盛り込まれましたが、その後の厚生労働省の審議会や委員会の検討を経て、当初安倍首相・官邸が想定していたものよりも「現実的」なものになりつつありました。具体的には、「患者申出療養」については、11月5日の中医協総会で対象医療機関が相当限定され、しかも審査期間の縛りも事実上緩められました。非営利ホールディングカンパニー型法人制度についても、11月27日の医療法人の事業展開等に関する検討会で、名称は「地域連携型医療法人制度」(仮称)とすること、事業地域範囲は「地域医療構想区域」(旧・第二次医療圏)を基本とすること等を、事務局が提案しました。しかも、同日の検討会では、この制度の名称に対して田中滋座長を初め多くの委員から異論が出されて棚上げされるなど、議論の迷走が続いています。

しかし、衆院選大勝による官邸優位と官邸での経産省の影響力増大により、衆院選前までは厚生労働省や医療団体ペースで進んできた上記2つの改革が、今後少し「押し戻される」危険があります。まず、「患者申出療養」については、実施医療機関の拡大と審査期間の短縮の厳守がされる可能性があります。この場合、有害事象発生の危険が高まりますが、その場合の責任はまだ曖昧なままです。次に、ホールディングカンパニー型法人制度については、2014年1月22日のダボス会議での安倍首相発言(「日本にも、メイヨー・クリニックのような、ホールディング・カンパニー型の大規模医療法人ができてしかるべき」)に沿って、「地域医療構想区域」を超えた巨大法人をトップダウンで例外的に認める可能性があります。

ただし、これらにより医療分野への市場原理導入が一気に進むとは考えにくいと思います。その理由は2つあります。1つは「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」で、医療の市場化・営利化は、当該企業にとっては新しい市場の拡大を意味する反面、医療費増加(総医療費と公的医療費の両方)をもたらすため、(公的)医療費抑制という「国是」と矛盾します(3)。もう1つは小泉政権時代の経験です。小泉首相は、2003年に日本医師会の強い反対を押し切って、医療特区での株式会社の医療機関開設を裁断しましたが、横浜市に再生医療の診療所が開設されただけに終わりました。

新型法人制度化で「複合体」がさらに拡大

私は、今後、ホールディング・カンパニー型の「新たな医療・福祉法人」(以下、新型法人)が制度化されても、それの開設は一部の地域に限られ、一部の医療団体や研究者が危惧しているように、新型法人が地域の医療・福祉市場を支配することは、ごくごく一部の地域を除いてはありえないと判断しています。その理由は、医療法人等の開設者(医師)の「オーナー意識」が極めて強く、同一地域でライバル関係にある法人の統合はきわめて困難だからです。

その結果、新たに発足する新型法人の大半は、既存の(同族・同一グループの)大規模保健・医療・福祉複合体(以下、「複合体」)が衣替えしたもの、または経営力・資金力のある複合体による既存病院のM&Aにより成立した法人である可能性が大きいと思います。医療法人の事業展開等に関する検討会でも、新型法人の検討と並行して、医療法人の合併の規制緩和が検討されています。

医薬品卸業界等で一時危惧された、新型法人の傘下にある医薬品等の共同購入会社の「バイイングパワー」が大きく強化されることも、一部地域を除いてはありえません。その理由は2つあります。1つは産業競争力会議や松山幸弘氏が夢想した、「事業規模1000億円が標準」、「地域の市場シェア20%~30%」の「メガ医療事業体」が形成される地域医療構想区域はほとんどないからです(4,5)。もう1つの理由は、大規模複合体傘下の既存の共同購入会社はもともと相当のバイイングパワーを持っているからです。

なお、私は、医療への部分的市場原理導入と医療の(営利)産業化政策に関しては、これら2つの改革に加えて、「国家戦略特区」の動きも注視すべきと考えています。この特区は、従来の曲がりなりにも地方分権を名目としていた構造改革特区等と異なり、「総理大臣がトップダウンで進め、国全体の改革のモデルとなる成功例を創出していく」(「日本再興戦略」)とされており、すでに政府の指定を受けた6圏域の特区のうち、東京圏と関西圏では、保険外併用療養の特例実施等が予定されています。

6 TPP発足の見通しと医療への影響は?

自民党の選挙公約はTPP(環太平洋経済連携協定)については抽象的に書いているだけでした。安倍首相も総選挙期間中の街頭演説等で、TPPについてはほとんど触れませんでした。しかし、首相は英『エコノミスト』2014年12月6日号のインタビューでは、「TPP参加国の中で、私が最も強力に交渉を推進している」、「今年の首脳会談でも、交渉担当者に柔軟になるよう強く指示した。だからこそ、早期の妥結は実現するだろう」と明言していました(6)

そのため、自公大勝により、「TPP交渉に弾み」がつくとの観測もあります(「日本経済新聞」12月15日朝刊)。さらに、経産省関係者は昨年11月のアメリカ議会の中間選挙で、自由貿易に積極的な共和党が上下両院で多数を占めたことが「TPPについては、追い風になる可能性がある」と説明しているそうです(『公研』2014年12月号:83頁)。しかし、これは中間選挙の大敗でオバマ政権が死に体になったこと、および同政権と共和党との感情的とも言える確執を無視した超楽観論です。しかも、TPPに関しては、知的財産や政府系企業の保護をめぐってアメリカと途上国との対立も深まっています。

私は2012年11月に韓国で開かれた日本福祉大学と延世大学共催の「第8回日韓定期シンポジウム」で、「TPPの発足は今後空中分解する可能性」があることを指摘すると同時に、「TPPが発足するとしても、当初予定より大幅に遅れ、しかも米韓FTAに比べ、合意水準は低くなる可能性が大きい」と予測しました(7)。現在もこの予測を変える必要はないと考えています。仮に今後TPPが発足したとしても、混合診療全面解禁はもちろん、現行の医薬品価格規制の撤廃が盛り込まれないのは確実です。

その理由は、アメリカ政府や多国籍製薬企業が、日本医師会等のTPP参加反対運動の影響もあり、TPP交渉の過程で、混合診療の全面解禁は求めないことを明言し、日本の現行の医療・医薬品制度の枠内での自国・自社利益の拡大に方針転換しているからです。その象徴が、2013年9月に日本医師会とPhRMA(米国研究製薬工業協会)が共催したシンポジウムで、PhRMA側は「日本の医療制度にダメージを与える考えはない」と一般論を述べるだけでなく、TPPを活用して日本の薬価制度の見直しを求める可能性についても明確に「ノー」と否定しました(『日本医事新報』2013年9月28日号:130頁)。

PhRMAは、現在では、混合診療の全面解禁に代えて、日本の大手製薬企業(製薬協)と歩調を合わせて、新薬創出加算制度の恒久化と市場拡大算定ルールの廃止を「優先的取り組み事項」としています。しかしこれは、今後、財務省・厚生労働省が進めようとしている薬価引き下げ・薬剤費圧縮政策と矛盾するため、アメリカ側の思惑通りに実現するとは限りません。

7 今後どのように医療・社会保障費財源を捻出すべきか?

最後に、今後どのように医療・社会保障費財源を捻出すべきかについて、簡単に私見を述べます。

私は、消費税が医療・社会保障費増加の重要な財源であることは理解していますが、それのみに依存するのは危険であるとも考えています。これは、今回の消費増税の延期が即、医療・社会保障費予算増見直しに直結したことの教訓とも言えます。

私は、以前から主張しているように、医療保険の主たる財源は社会保険料であり、ヨーロッパ諸国に比べてまだはるかに低い社会保険料の引き上げは必須だと判断しています(もちろん、その場合、低所得者への配慮は不可欠です)。もう1つ、最近の格差拡大と日本では税による所得再分配効果がほとんどないことを考慮すると、所得税の累進性を(再)強化することも不可欠だと考えます(8)。この2つについては、最近、土田武史氏も主張されています(9)

消費税以外の医療・社会保障の公費財源確保という視点からは、法人実効税率引き下げは中止すべきと考えます。法人実効税率1%引き下げは4700億円に相当するため、安倍内閣が計画しているように、それを今後数年間(3~5年)で、現行の35%から29%に引き下げると約3兆円もの税財源を失うことになるからです。

私は、それに加えて、醍醐聰氏が提案している、新たに内部留保税を新設するとのアイデアも検討に値すると思います(10)。従来、自民党は企業の内部留保の活用を「タブー」視していましたが、自民党谷垣幹事長は、昨年12月15日のNHKの政党討論番組で、次のように内部留保の活用に賛意を表明しました。「[内部留保を]賃上げに結びつけていくことは必要」、「手法はいろいろと[共産党の]志位さんのところと同じかどうかわかりませんが、内部留保を活用する意味では大きな発想は共通のところがあるかもしれません」。この点についての今後の議論に注目したいと思います。

[本稿の4~6は、『日本医事新報』2015年1月3日号(4732号)掲載論文「2014年総選挙の自公大勝で医療政策はどう変わるか?」に加筆したものです。他は書き下ろしですが、『国際医薬品情報』2015年1月12日号掲載のインタビュー「2014年総選挙後の医療政策を読む」で述べたことも含みました。]

文献

【補足】厚労省が「医療保険制度改革骨子(案)」を発表

厚生労働省は1月9日の社会保障審議会医療保険部会に、以下の8項目の「医療保険制度改革骨子(案)」を示しました。1.国民健康保険の安定化、2.高齢者医療における後期高齢者支援金の全面総報酬割の導入、3.協会けんぽの国庫補助率の安定化と財政特例措置、4.医療費適正化計画の見直し、5.個人や保険者による予防・健康づくりの促進、6.負担の公平化等、7.患者申出療養(仮称)の創設、8.今後さらに検討を進めるべき事項。ただし、3は「調整中」で、具体案は示されていません。 私は、本文では、「国民健康保険を中心とする医療保険制度への公費負担拡充も[2015年度は]見送られるか圧縮される」と予測しましたが、「保険者支援制度の拡充」は当初の予定通り2015年度から実施とされました。延期しないのは、全国知事会がこれを国民健康保険の財政運営の市町村から都道府県への移管(2018年度)受け入れの条件としているためです。

「負担の公平化等」には、本文の「患者負担増の見通し」で示した3種類が示されましたが、(1)「入院時食事療養費等の見直し」は「調整中」として具体案は示されませんでした。(2)「紹介状なしで大病院を受診する場合等の定額負担」(5000円~1万円を例示)は2016年度から導入、(3)「後期高齢者の保険料軽減特例(予算措置)の見直し」は2017年度から「原則的に本則に戻すと共に、急激な負担増となるものについては、きめ細かな激変緩和措置を講ずる」とされました。これらの導入・実施時期は、昨年の総選挙前に想定されていた時期より1~2年延期されました。

「負担の公平化等」には、この3つに加えて、「所得水準の高い国保組合の国庫補助の見直し」と「標準報酬月額の上限見直し等」が示されました(ただし、前者は「調整中」で具体案なし)。この2つと「高齢者医療における後期高齢者支援金の全面報酬割」の実施(現行制度では3分の1であるものを、2015度から2分の1に引きあげ、2017年度に全面実施)は社会保障制度改革国民会議報告書が「負担能力に応じて応分の負担を求めること」として明示したものです。

厚生労働省はこれに沿って本年の通常国会に法案を提出するとしていますが、いずれの改革も骨子にとどまっており、法案がまとまるまでには、かなりの紆余曲折があると思います。

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2.書評:『社会福祉研究のフロンティア』
岩崎晋也、岩間伸之、原田正樹編 発行/有斐閣 定価/本体2,400円(税別)
(『月刊福祉』2015年2月号(98巻2号):100頁)

社会福祉系の大学院生と若手教員・研究者の必読書で、しかも全体をきちんと読む必要・価値がある!これが本書を読んで感じたことです。

私は学長になるまで30年近く社会福祉の大学院教育を担当してきましたが、2つのことが気になっていました。1つは、最近、多くの大学院生や若手教員・研究者の興味・関心が自己の専門(と思っている)分野に限定され、社会福祉全般についての勉強を行わなくなっていること。もう1つは、社会福祉学の研究書や国家試験対策の教科書は多数出版されているが、両者を繋ぐ「(大学院レベルの)より進んだ教科書」や「社会福祉研究全般のガイドブック」がほとんどないことです。本書は、私のこの2つの不満に正面から答えてくれる良書です。

序論「社会福祉研究へのいざない」によると、本書の最大のねらいは、「これから社会福祉研究を志す人に、社会福祉研究として新たに取り組むべきテーマや、これまで研究の蓄積があるテーマでも新たな期待が展開できるテーマを提示し、ぜひこうしたテーマに挑戦してほしいというメッセージを伝えること」だそうです。

このねらいに沿って、「第I部 価値」、「第II部 対象」、「第III部 方法」の3部構成により、合計52のテーマが取り上げられ、それぞれについて、「このテーマを研究することの意義」、「価値を問う背景」(第Ⅰ部)または「政策・実践の動向」(第II・III部)、「研究の動向と展望」、「研究のための必須文献」が紹介されています。

叙述は全体としては分かりやすく、基本的には上記のねらいは達成されていると思います。本書全体を読むことにより、社会福祉領域でどのような研究がなされているかを知り、社会福祉研究についての幅広い視野を身につけられます。私自身は、第1部の「福祉の逆機能」と「ボランタリズム」、第Ⅱ部の「自殺対応とホームレス」、第III部の「社会福祉従事者のキャリア形成」と「福祉教育」が、特に勉強になりました。

ただし、一部のテーマでは、「政策・実践の動向」の記述偏重で「研究の動向と展望」が弱い、あるいは「研究の動向と展望」が一般的すぎて「必須文献」との関係が不明なのは残念です。ただし、多くの場合、これは当該分野の研究がまだ発展途上で、研究が実践や政策に追いつけていないことの反映であり、院生や若手研究者の参入が期待されているとも言えます。。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算108回.2014年分その10:6論文)

○[オランダにおける]一般医療と専門医療の境界:一般医療の[診断・治療]サービスを増やすと内科専門医への紹介を減らすことができるか?
van Dijk CE, et al: The primary-secondary care interface: Does provision of more services in primary care reduce referrals to medical specialists? Health Policy 118(1):48-55,2014.[量的研究]

一般医間の専門医への紹介率(以下、紹介率)に大きなバラツキがあることが、一般医自身が行う追加サービスを増やすなどして、一般医の紹介行動を変えようとの試みを生んでいる。本研究では、一般医が実施する診断・治療サービスの種類を増やすことが紹介率に影響を与えるかを検討する。オランダの70の一般診療の2006~2010年の電子記録データ(651,089患者・年)を用いて、ロジスティック・マルチレベル回帰分析を行った。1一般診療当たりの実施総サービス数(合計10種類)は紹介率と関連していなかった(オッズ比:1.00)。個別にみると、2つのサービスのみが紹介率に関連していた:脂肪のう胞患者に対する小手術実施率は紹介率を下げていたが(オッズ比:0.98)、末梢性動脈疾患に対するドップラー診断の実施は逆に紹介率を上げていた(オッズ比:1.04)。一般診療で実施される診断・治療サービス数は紹介率とほとんど関連していなかったことは、一般医の紹介行動を変えるためには別の方法の方が効果があることを示唆している。

二木コメント-一般医が実施する診断・治療サービスを増やしても、専門医への紹介率は必ずしも下がらないことを示した、大変興味深い研究です。

○カナダの医療政策における州政府医療費の増加要因としての医師数
Matteo LD: Physician numbers as a driver of provincial government health spending in Canadian health policy. Health Policy 118(1):18-35,2014.[量的研究]

医師医療費は、最近のカナダの公的医療制度の各部門中、もっとも伸び率が高いものの一つであるが、それにもかかわらず政府の総医療費に対する増加寄与率は相対的に小さい。回帰分析モデルを用いて、他の要因を標準化した後の、1975~2009年の毎年の1人当たり実質医療費の増加寄与率を推計したところ、1万人当たり医師数は正で有意な要因であったが、その値は3.3~13.3%と低かった。医師数の寄与率の州間格差をみると、もっとも低いのはマニトバ州の1.9~7.6%、もっとも高いのはケベック州の5.3~18.3%であった。この結果は、医療費抑制という視点からは、医師数それ自体は医療政策上大きな問題とはならなず、サービスの利用量や料金の方がより重要であることを示唆している。

二木コメント-国レベルでは、医師数の医療費増加寄与率が小さいという結果は予想通りです。それが州によってはかなり大きくなるという結果は興味深いと思います。

○医師の供給が健康状態に与える影響:カナダでの結果
Pierard E: The effect of physician supply on health status: Canadian evidence. Health Policy 118(1):56-65,2014.[量的研究]

1人当たり医師数(一般医と専門医別)とカナダ人の健康状態との関係を推計するために、カナダ全国健康調査とカナダ健康情報研究所のデータを用い、2種類のQOL指標(自己評価の健康状態と健康効用指数(HUI))と医師数との関係を重回帰分析により調査した。一般医供給の多さは、2つの指標で測定したよりよい健康アウトカムと正の相関があった。それに対して、専門医供給の多さは、一部の患者ではHUIで測定される健康アウトカムと負の相関があった(共に、統計的に有意差あり)。このような結果は、一般医の供給が多いと、患者がタイミング良く疾病の診断・治療を受けられる確率が増し、それが健康状態を改善させると解釈できる。それに対して、専門医の持つ医療技術の性格上、専門医はリスクの高い手術・手技を実施したり、患者の疾病がより悪化した段階で診療するために、専門医数と健康状態と間には負の相関があると解釈できる。この結果に基づけば、カナダ全体で、一般医の確実な供給・分布を維持することを推奨できる。

二木コメント-マクロ分析では、このようなことが言えるのだと思いますが、これに加えてミクロ分析も必要と思います。

○医師への支払い方式、病院の在院日数、および再入院率:[カナダでの]自然実験から得られた結果
Echevin D, et al: Physician payment mechanisms, hospital length of stay, and risk of readmission: Evidence from a natural experiment. Journal of Health Economics. 36(7):112-124,2014.[量的研究]

医師への支払い方式が病院入院患者の平均在院日数と再入院率に与える影響を検討する。そのために、1999年にカナダ・ケベック州で実施された大改革の結果を分析する。ケベック州は同年、病院で就業している専門医を対象にして、任意の混合型支払い方式(以下、混合方式)を導入した。この方式では、伝統的な出来高払い方式に代えて、1日当たりの定額払いと減額した出来高払いを組み合わせた。医師が混合方式を選択する理論モデルを開発した。このモデルでは、混合方式を選択した医師は、臨床サービス提供当たりの時間を増加させる、およびこれにより患者の健康状態を改善させない範囲で、患者の在院日数はある上限の枠内で延長すると想定している。ある教育病院の1999~2007年の入院患者データを用いて、この仮説を差の差法により検証したところ、混合方式を採用した医師のいる病棟では、患者の在院日数は4.2%(0.28%)増加していた。しかし、同一疾患での同一病棟への再入院率は、この改革後も変わらなかった。このような在院日数の延長は理論モデルで予想された通りだったが、混合方式を導入した政策担当者は予期していなかったと思われる。

二木コメント-理論と実証を統合した研究とも言えますが、私には"So what? (Et alors?)"です。

○新生児治療における供給者誘発需要:日本からのエビデンス
Shigeoka H(重岡仁), Fushimi K(伏見清秀): Supplier-induced demand for newborn treatment: Evidence from Japan. Journal of Health Economics 35:162-178,2014[量的研究]

新生児治療における供給者誘発需要の程度を、日本において部分的定額払い方式(PPS)が導入された後の医療費支払い額の変化を検討することで推計した。部分的PPSでは、新生児の集中治療(NICU)は対象から除外されたために、それは他の治療に比べて相対的に利幅が大きくなった。病院は、PPS導入に対して、新生児集中治療利用を増やすこと、及び新生児の生下時体重の報告をしばしば操作する(低く報告する)ことにより、対応していた。というのは、新生児の体重が少ないほど、(出来高払いの)NICUの在院日数上限が高まるからである。このような誘発需要は、病院への医療費支払いを相当増加させている。
二木コメント-新生児の生下時体重というきわめて客観的指標が操作されているとは直感的には信じがたいですが、PPS導入前後で、NICU設置病院の新生児の生下時体重分布の報告が「下方移動」している図は説得的だと感じました。日本における供給者誘発需要のユニークな実証研究と思います。

○医師統合の再検討-3カ国[アメリカ、イギリス、ドイツ]における金銭的誘因と専門職の意識に配慮した誘因についての[質的・]探索的研究
Janus K, et al: Physician integration revisited - An explanatory study of monetary and professional incentives in three countries. Health Policy 118(1):14-23,2014.[質的研究]

医療サービスや医療組織の「統合」についての議論や定義はたくさんあるが、組織のリーダーが統合組織に所属する医師の支持を引き出すのに用いている誘因(inducements, incentives)についてはほとんど知られていない。本研究では、アメリカ、イギリス、ドイツの151の統合医療組織のリーダー対象にした電話インタビュー調査を行い、その結果を質的・探索的に分析して、これらの組織が医師の獲得や退職予防のためにどのような金銭的および専門職の意識に配慮した非金銭的誘因を用いているかを探求した。これらの組織が特定の金銭的誘因のみを単独または中心に用いていることはほとんどなく、金銭的誘因と専門職の意識に配慮した誘因を組み合わせて用いていた。3か国のマクロレベルの医療制度は非常に異なっていたが、医療組織のミクロレベルでの誘因はきわめて類似していた。本研究は、特に専門職の意識に配慮した誘因に注意を払うべきことを示している。

二木コメント-ユニークな国際比較調査ですが、結論は月並みと思います。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その122)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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