『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻132号)』(転載)
二木立
発行日2015年07月01日
出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。
目次
- 1. 論文:「地域医療構想策定ガイドライン」と関連文書を複眼的に読む、【補足】「専門調査会第1次報告」をどう読むか?(「二木学長の医療時評」(132)『文化連情報』2015年7月号(448号):10-16頁)
- 2. インタビュー:「医療界の5つの論点[の3つに回答]」(『月刊/保険診療』2015年6月号(1507号):15-17,25-26,34-35頁)
- 3. 私の好きな名言・警句の紹介(その127)-最近知った名言・警句
お知らせ
1.論文「病床『20万削減』報道をどうみるか?-『専門調査会第1次報告』と『ガイドライン』との異同の検討」を『日本医事新報』2015年6月27日号に掲載しました。本「ニューズレター」133号(2015年8月1日配信)に掲載予定ですが、早く読みたい方は雑誌掲載分をお読み下さい。
2.論文「今後の訪問リハビリテーションと2015年診療報酬改定」を『地域リハビリテーション』2015年7月号(7月15日発行)に掲載します。これも、本「ニューズレター」133号に掲載予定ですが、早く読みたい方は雑誌掲載分をお読み下さい。
1.論文:「地域医療構想策定ガイドライン」と関連文書を複眼的に読む
(「二木学長の医療時評」(132)『文化連情報』2015年7月号(448号):10-16頁)
はじめに-「ガイドライン」についての正反対の評価
厚生労働省の「地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会」(遠藤久夫座長。以下、検討会)は、3月31日、地域医療構想を策定するための手順や考え方、実現のための方策を示した「地域医療構想策定ガイドライン」(以下、「ガイドライン」)をまとめ、同省は即日それを全国の都道府県に通知しました。
「ガイドライン」をめぐっては、日本医師会サイド(中川俊男副会長)が「病床削減の仕組みではない」と繰り返し強調する一方、病院経営者や医療運動団体の間では、今後、2025年に向けて病床が大幅に削減されるのではないかとの不安も根強く聞かれます。2025年には「高度急性期」「急性期」の医療需要が相当減少するとの大胆な図(「2025年における医療機能ごとの医療需要」)を掲載した医療専門雑誌もあります(1)。私自身も、別の医療専門雑誌のインタビューで、「強制力を伴う[病床削減の]トップダウンの構造が構築される懸念はないのか」との質問を受けました(2)。
そこで、本稿では、「ガイドライン」そのもの、および厚生労働省内外の関連文書を用いて、この点を複眼的に検討します。まず、「ガイドライン」の記述を字義通りに読み、それに示された手順が遵守されれば、高度急性期・急性期・回復期(以下、一般病床)は逆に増加する可能性が強いこと等を指摘します。次に、地域医療構想は、医療保険制度改革法で見直された各都道府県の「医療費適正化計画」と一体であるため、今後は、この計画の側から病床削減圧力が加わる危険が強いことを指摘します。第三に「ガイドライン」がまとまる前後に発表された、財務省、経済財政諮問会議、経済産業省、総務省の文書を検討し、厚生労働省の外部から病床削減の強い圧力が加えられていることを示します。最後に、今後2025年に向けて実現可能性の高いと私が判断する病床数の「中間的シナリオ」を示します。
「ガイドライン」を字義通りに読むと一般病床は増加
「ガイドライン」を読んでまず気づくのは、「I 地域医療構想の策定」、「II 地域医療構想策定後の取組」、「III 病床機能報告制度の公表の仕方」を通して、医師会・病院団体の主張に配慮した、柔軟な記述が非常に多いことです。キーワードは、「(医療機関の)自主的な取組」で18回も使われています。その他、「地域の実情(に応じて、に応じた)」は14回、「柔軟な(運用、選定、対応等)」も10回使われています。しかも「ガイドライン」は都道府県が地域医療構想を策定する際の「参考」と位置づけられています。
次に、「構想区域ごとの医療需要の推計」(12~21頁)における、一般病床の機能別分類と医療需要の推計方式は、DPCおよびNDBのデータを用いたきわめて精密かつ透明なもので、これに基づく限り恣意的な運用はできません。最も重要なことは、2025年の一般病床の医療需要の推計が2013年の数値を2025年に単純に投影したものであり、これに基づけば、日本全体およびほとんどの構想区域で、一般病床の必要病床数が増加することは確実です。
ちなみに、民主党政権時代の「社会保障・税一体改革」検討時に示された「2025年モデル」(「医療・介護にかかる長期推計」2011年6月2日)は、2011年に107万床であった一般病床は、「現状投影シナリオ」では2025年に129万床へと20.6%増加すると推計していました(3)。「2025年モデル」の「改革シナリオ」は、急性期医療への「医療資源の集中投入等」により在院日数を短縮し、2025年には一般病床を103万床へと3.7%削減することを想定していましたが、「ガイドライン」では医療資源の集中投入も、在院日数の短縮も想定されていません。
これについて、官邸直属の社会保障制度改革推進本部「医療・介護情報の分析・検討ワーキンググループ」の担当官は、「医療費の推計については、(中略)一体改革時の推計のような人的体制を手厚くして平均在院日数を減少させることは織り込んでいない」と明言しています(3月31日第10回ワーキンググループ議事録12頁)。
なお、「ガイドライン」では、「構想区域全体における医療需要の推計のための方法」として、一般「病床の機能別分類の境界点」が示され、高度急性期と急性期の境界点は3000点、急性期と回復期の境界点は600点とされています。ただし、これは「直ちに、個別の医療機関における病床の機能区分ごとの病床数の推計方法となったり、各病棟の病床機能を選択する基準になるものではない」とされています(12頁)。厚生労働省の担当者も「ガイドライン」のこの箇所の説明時に、この点を「事務局としてとくに強調して申し上げたい」、「地域全体のマクロの推計をする際の区切り方」と力説しています(第9回検討会議事録1頁)。
療養病床は削減目標が示されたが「特例」も
それに対し、「慢性期機能と在宅医療等の需要推計」は恣意的かつ不透明です。まず、療養病床については、何の根拠も示さずに、「医療区分1の患者の70%を在宅医療等で対応する患者数として見込む」前提が置かれ、その上で、療養病床の入院受療率の地域差を解消するための目標として、A「全ての構想区域の入院受療率を全国最小値(県単位で比較した場合の値)にまで低下させる」、またはB「全国最小値との差を一定割合解消させることが示されています【注】。もしこれが、そのまま実施されたら、療養病床は大幅削減されることになります。
ただし、療養病床削減については「入院受療率の目標に関する特例」が示され、しかも「慢性期機能と在宅医療等」とを「一体的」に捉えることとされているため、削減幅は相当圧縮される可能性もあります。この点について、検討会の議論を主導した中川俊男日医副会長は、「ある[構想]区域においては療養病床はかなり比重が大きい、ある区域では在宅医療等が大きいということもあり得る」(第7回検討会(本年1月29日)議事録4頁)と、武久洋三日慢協会長も「療養病床の受療[率]だけで慢性期病床を減らしていくという単純なものではない」(第9回検討会(3月18日)議事録2頁)と、述べています。
なお、第8回検討会(2月12日)では、武久氏の強い要望で、療養病床に、介護老人保健施設、介護老人福祉施設、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、認知症対応型共同生活介護、養護老人ホーム、軽費老人ホームを加えた全施設の都道府県別65歳以上人口当たり病床・定員が示されました。これにより、療養病床のみの都道府県間格差に比べて、全施設の都道府県間格差は大幅に縮小することが明らかにされており、注目に値します。
最後に、地域医療構想策定後の取組(34~47頁)についても、地域医療構想調整会議と各医療機関の自主的取組により、病床機能に応じて患者を収斂させていくことが強調されています。地域医療構想を規定した医療介護総合確保推進法では、都道府県知事の病床規制に対する権限が強化され、国会審議時に原徳壽医政局長は「[都道府県知事は]懐に武器を忍ばせている」と、いささか不穏当な表現さえしました(4)。しかし、「ガイドライン」に従えば、武器が使われるのはごくごく例外的となります。
しかも、協議への参加の求めに応じない関係者への都道府県知事の対応は、公的医療機関とそれ以外の医療機関ではまったく異なっており、公的医療機関へは「命令」・「指示」が「できる」、「考えられる」とされているのに対して、それ以外の医療機関に対しては「要請」するにとどまっています。
「ガイドライン」の字義通りの解釈のまとめは、以下の通りです。(1)高度急性期・急性期・回復期の病床は全国的にも、大半の構想区域でも増加する。(2)療養病床は削減される可能性があるが、さまざまな「激変緩和措置」がある。(3)都道府県が強権発動することはほとんどない。そのために、「ガイドライン」に沿い、各都道府県で、「医療機関の自主的な取組」をベースにした現実的な地域医療構想が策定され、それが柔軟に運用された場合には、社会保障制度改革国民会議報告書(2013年8月)が提起した、「データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステム」、「競争よりも協調」を重視した医療提供体制が実現すると期待できます。
「都道府県医療費適正化計画」見直しによる病床削減圧力
ただし、これは「バラ色シナリオ」であり、これの実現には大きな壁があります。直接的な壁は、5月に成立した医療保険制度改革法(正確にはそのうちの「高齢者の医療の確保に関する法律の一部改正」)で行われた、「都道府県医療費適正化計画」の見直しです。
この計画は、小泉政権時代の2006年に成立した医療制度改革関連法で制度化されましたが、今回、以下の見直しが行われました。(1)医療費適正化の数値目標を、従来の「見通し」から、国が示す算定式に沿った「目標」に変える。(2)都道府県はこの計画と地域医療構想を整合的に作成する。(3)都道府県は、目標と実績が乖離した場合は、要因分析を行うとともに、必要な対策を検討し、講じるように努める。
この見直しは、昨年6月の閣議決定(経済財政諮問会議「経済財政運営と改革の基本方針2014」)に、次のように書かれたことの具体化と言えます。「平成27年の医療保険制度改正に向け、都道府県による地域医療構想と整合的な医療費の水準や医療の提供に関する目標が設定され、その実現のための取組が加速されるよう、医療費適正化計画の見直しを検討する。国において、都道府県が目標設定するための標準的な算定式を示す」。
上記見直しの(1)に対して、全国知事会は、本年1月9日、「一度『目標』を設定してしまえば、それが一人歩きして、様々な場面で都道府県を拘束する懸念がある」との「緊急要請」を行い、厚生労働省は「目標達成できなくてもペナルティは与えない」と回答しました。しかし、上記見直し全体により、都道府県には、医療費適正化計画の目標を達成するために、「地域医療構想」で定める必要病床数を抑制する強い「インセンティブ」が働くようになるのは確実です。
また、厚生労働省(保険局)も、病院医療費を抑制し、「都道府県医療費適正化計画」の達成を側面支援するために、今後の診療報酬改定で、急性期病床(特に7対1病床)と療養病床の両方を削減する方向に半強制的な誘導をする可能性が大きいと思います。例えば、「ガイドライン」に反して、「医療資源投入量」の「境界点」が診療報酬に流用され、高度急性期病床が3000点以上、急性期病床が600点以上に限定されることがないとは言えません。
財務省・経済財政諮問会議等からの病床削減圧力
さらに、「ガイドライン」がまとまる前後から、財務省、経済財政諮問会議、経済産業省、および総務省から病床削減圧力が急に強まっていることも見落とせません。
一番「過激」なのは、財務省です。本「医療時評」(131)で指摘したように、財務省主計局は4月27日財政制度等審議会財政制度分科会への提出資料「社会保障」の「医療提供体制改革(総括):インセンティブの枠組みの強化に向けた今後の課題」(51頁)で、「地域医療構想と整合的な診療報酬体系の構築」(県の勧告等に従わない病院の報酬単価の減額)と「都道府県の権限強化・民間医療機関に対する他施設への転換命令等」を提起しました(5)。これらは医療介護総合確保推進法の規定と「ガイドライン」を全否定する「地獄のシナリオ」と言えます。財務省財政制度等審議会が6月1日に取りまとめた「建議」には、これら2点の改革も盛り込まれました。
次に、経済財政諮問会議有識者(民間)議員は4月16日の会議に提出した資料「インセンティブ改革を通じた歳出効率化」の「インセンティブ改革により、医療サービスの提供体制を改革する例」(5頁)で、以下の提言をしました。「病床再編(高度急性期から一般急性期や回復期等へ、さらには療養病床から在宅医療・看護へ)を加速するため、診療報酬による大胆な誘導(例えば、7対1病床要件厳格化に加え、同入院基本料や各種加算を引下げて15対1病床等との収益差を縮小等)」。しかも、安倍首相は、この会議の最後に、「財政健全化計画に向け、歳出効率化を促すインセンティブ改革という新たな視点から提案をいただいた」とエールを送りました。
第3に、経済産業省は、3月18日に発表した「将来の地域医療における保険者と企業のあり方に関する研究会報告書」で、保険者と企業の立場から「病床機能の再編や低減を進めていく」ためのさまざまな提案を行い、特に「2040年以降に医療需要のピークを迎える」地域にあっても、「病床の増加を検討する前に、入院受療率の低減を通じた医療需要の適正化に取り組んでいくことが必要となる」と主張しました。ただし、そのための方策は、「かかりつけ医の指導に基づくOTC医薬品等の活用によるセルフメディケーション」や保健事業の推進等、入院医療受療率の低下にはほとんど効果のないものばかりです。
最後に、総務省は3月31日に「新公立病院改革ガイドライン」を発表しました。このガイドラインは、地方公共団体に「地域医療構想と整合的」な公立病院改革を策定することを求めました。これは、厚生労働省の「ガイドライン」に比べて、はるかに規制・指示が強いのが特徴です。病床削減に繋がる主な方策は2つあり、1つは、公立病院の再編・ネットワーク化[それによる病床削減-二木]を促進するための国の財政支援を強化すること。もう1つは、地方交付税算定方式(1床当たり約70万円)の見直しで、従来の「許可病床数」1床当りから今後は「稼働病床数」1床当りに変更されます。この見直しには3年間の激変緩和措置がありますが、今後公立病院には「休眠病床」を保有する経済的インセンティブが消滅し、病床を都道府県に返上する動きが出てくる可能性があります。
おわりに-実現可能性が高いのは「中間シナリオ」
以上、2025年に向けての病床数について、「ガイドライン」が遵守される「バラ色シナリオ」から、強権的な病床規制が行われる財務省の「地獄のシナリオ」まで検討してきました。
私は、安倍内閣が最近一段と強めている医療費・社会保障費抑制政策を考えると、「バラ色シナリオ」が実現する可能性は、残念ながらきわめて低いと思います。
逆に、財務省の「地獄のシナリオ」が実現した場合には、高度急性期病床と急性期病床への医療資源投入量・医療スタッフの増加なき病床数削減と在院日数短縮が生じ、十分に回復していない患者の早期退院が加速・増加する一方、本来、このような患者の受け皿となる療養病床も減少し、「患者難民」・「死亡難民」が生じる危険が大きいと思います。その場合、究極的には、高橋泰氏が提起している「寝たきりが成り立たない社会」(「食べられなくなった場合や治療を行って命を救えても自分で食べられるレベルまでの復帰が難しい場合、その事実を積極的に受け入れ、静かに死を迎える」社会)が実現する可能性も否定できません(6)。
高橋泰氏が指摘しているように、これは「北欧の高齢者ケア」ですでに実施されているとも言えますが、短期間のうちに日本国民の意識がそれを受け入れるようにドラスティックに変わるとは考えられません。そのために、2025年に向けて現実に生じるのは、「バラ色シナリオ」と「地獄のシナリオ」の「中間シナリオ」(一般病床は微減または微増。療養病床も大幅減少はない)だと思います。私は、賢明な厚生労働省が、今後の「死亡急増時代」に、病床を大幅削減して、大量の「患者難民」・「死亡難民」が生じ、それが社会問題化する愚を犯すはずはなく、それを予防するために、病床の大幅削減を回避する最大限の努力を払うと思います。なお、各構想区域の病床数は、国の施策だけでなく、各都道府県の財政力とそこにおける政治的力関係の影響も受けて決まると思います。
[本稿は、『日本医事新報』2015年6月13日号(4755号)掲載論文「『地域医療構想』で病院病床は大幅削減されるか?」に大幅に加筆したものです。]
【注】「70%」が挿入された経緯
70%という数値は第9回検討会(3月18日)に示された「ガイドライン(案)」で初めて示されましたが、厚生労働省担当者からその根拠についての説明はなく、構成員からも質問は出ませんでした。第8回検討会(2月12日)で厚生労働省担当者は、「いろいろなアンケート等を見まして70%という設定をさせていただきたいと考えております」と予告しましたが、やはり具体的根拠は説明しませんでした(議事録5頁)。
なお、「社会保障・税一体改革」の「2015年モデル」の改革シナリオでは、「医療区分1は[すべて]介護」と仮定していました。これに比べると70%は医療機関側に譲歩した数値とも言えます。
文献
- (1)庄子育子・江本哲朗「動き出す地域医療構想」『日経ヘルスケア』2015年4月号:59-64頁。
- (2)二木立「現状投影シナリオの地域医療構想に従えば一般病床は増加するが…」『月刊/保険診療』2015年6月号:15-17頁。
- (3)二木立「7対1病床大幅削減方針の実現可能性と妥当性を考える」『文化連情報』2014年5月号(434号):16-22頁。
- (4)二木立「医療・介護総合確保法案に対する3つの疑問-医療提供体制改革部分を中心に」『日本医事新報』2014年5月17日号(4699号):16-17頁。
- (5)二木立「財務省の社会保障改革提案の「基本的考え方」と医療制度改革を複眼的に読む」『文化連情報』2015年6月号(447号):8-13頁。
- (6)高橋泰「寝たきりが成り立たない社会へ」『JAHMC』2014年4月号:2-6頁。
【補足】「専門調査会第1次報告」をどう読むか?
6月15日、内閣官房の「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」は、「第1次報告-医療機能別病床数の推計及び地域医療構想の策定に当たって」をまとめ、翌日の新聞各紙は、(2025年の)「入院ベッド1割削減」、「病床、最大20万削減」等と大きく報じ、病院関係者の不安を増幅させました。そこで、「第1次報告」の「必要病床数の推計結果」の分析と、病院病床の大幅削減は生じないと私が考える理由を「補足」します。
「第1次報告」では、「2025年の医療機能必要病床数の推計結果」(回復期病床以外は現状より大幅削減)が示され、しかもそれが「目指すべき姿」と表現されました。「ガイドライン」は療養病床(慢性期病床)の削減の必要性は指摘しましたが、具体的数値は示しませんでしたし、高度急性期・急性期病床の削減の必要性には触れませんでした。逆に、それらの「2025年の医療需要の推計方法」(計算式。13頁)は、完全に現状投影(追認)的でした。
私が一番驚いたことは、2025年の高度急性期病床13.0万床、急性期病床の推計値40.1万床が、「社会保障・税一体改革」の「2025年モデル」の「改革シナリオ」(2011年6月)のそれぞれ22万床、46万床よりもはるかに少ないことです。「改革シナリオ」は、これら病床に「医療資源の集中投入等」を行い平均在院日数を大幅に短縮することにより、病床数を現状より減らせるとしていました。しかし、「第1次報告」の必要病床数の推計では、医療資源の集中投入も、在院日数の短縮も組み込んでいません。それにもかかわらず、なぜ、高度急性期・急性期病床が大幅に削減されうるのか、私には理解できません。
厚生労働省が今後、診療報酬改定等による誘導で、高度急性期・急性期・慢性期の病床を「第1次報告」の「必要病床数」にまで削減・収斂させようとするのは確実です。しかし、私は、それはきわめて困難だと考えます。
高度急性期・急性期病床の大幅削減が困難な理由は3つあります。(1)医療資源の集中投入なしに平均在院日数短縮と病床削減を行うと、医療者の疲弊・医療荒廃が生じるからです。(2)急性期病床の「境界点」とされている「医療資源投入量」(C2:600点)を下回る急性期病院の多くが、診療密度を高めて、境界点を上回るための経営努力を強めるからです。(3)厚生労働省の武田俊彦大臣官房審議官が強調しているように「高齢者の受け入れについては、主に二次救急医療機関が多くを担っているので、二次救急の対応能力の底上げが必要」ですが(『社会保険旬報』6月1日号:13頁)、急性期病床の大幅削減はそれに逆行するからです。
慢性期病床の大幅削減のためには、「第1次報告」が繰り返し強調しているように、「医療・介護のネットワーク」、「地域包括ケアシステム」の構築により、現在は入院医療を受けているレベルの病状の患者29.7~33.7万人を「在宅医療等」に移行させる必要があります。しかし、今後の単身者の急増や家族の介護能力の低下、地域社会の「互助」機能の低下を考えると、30万人もの患者を「在宅医療等」に移行させるのはきわめて困難と思います。
結論:2025年の病床数は「第1次報告」の「機能分化等をしないまま高齢化を織り込んだ」152万床と「目指すべき姿」115~119万床との中間、おそらく現状の135万床前後の数値になると思います。
2. インタビュー:「医療界の5つの論点[の3つに回答]」
(『月刊/保険診療』2015年6月号(1507号):15-17,25-26,34-35頁)
論点1 2025年改革と地域医療構想・地域包括ケア
現状投影シナリオの地域医療構想に従えば一般病床は増加するが…
――地域医療構想の策定において,政府,都道府県,医療機関という流れの強制力を伴うトップダウンの構造が構築される懸念はないのでしょうか。
誰がどんな根拠に基づいてそんな懸念あるいは主張をしているんですか。地域医療構想そのものに仕掛けはありませんよ。地域医療構想策定ガイドラインは,医師会や病院団体の主張に配慮して,記述がものすごく柔軟です。「医療機関の自主的取組み」とか「地域の実情に応じた」という記述が何度も出てきます。それと,ガイドラインはあくまで参考であって,法律的な強制力はないのです。
構想区域ごとの医療需要についても,一般病床の機能別分類と医療需要の推計方式がありますが,これはDPCやNDBのデータを用いた精緻かつ透明なものです。恣意的なものは入りようがありません。3000点の境界点というのも,あくまでもマクロの目安です。高度急性期や急性期といった機能別分類は現状の医療資源投入量に基づいてマクロに推計しているもので,ガイドラインではこれは「個別の医療機関の各病床の病床機能を選択する基準になるものではない」と明記しています。
また,地域医療構想策定後の取組みに関しても,地域医療構想調整会議で協議を行い,それから各医療機関の自主的取組みにより病床機能に応じて徐々に収斂させていくとしています。協議への参加に応じない関係者への都道府県の対応は,公的医療機関に対しては「命令」「指示」が「できる」「考えられる」とされています。しかし,民間に対しては「要請」です。だから,公的と民間はまるで違うわけですよ。
――地域医療構想による病床抑制はないと?
ガイドラインそのものは一般病床,すなわち高度急性期,急性期,回復期に関しては,医療資源の集中投入も在院日数の短縮も想定しない現状投影型シナリオであって,それに従えば,ほとんどの構想区域でベッドはむしろ増えるんですよ。ガイドラインを字義どおりに解釈すると,減りようがないんです。
要するに,社会保障・税一体改革のシナリオは,いい悪いは別にして,もはや否定されてしまっているんですよ。あの「2025年モデル」は,現状投影シナリオどおりなら一般病床が107万から129万床に増えるけれど,改革シナリオによって,急性期医療へ医療資源を集中投入して在院日数を短縮し,103万床に削減するというものでした。要するに現状投影よりも改革したほうが費用が増えるというわけで,その意味で,「2025年モデル」は社会保障の機能強化路線だったんですよ。それに対して,今度のガイドラインは,医療資源の集中投入もしない,在院日数の短縮もしないという,文字どおりの現状投影シナリオです。
──ガイドラインに従えば一般病床は増えるということですが,療養病床についてはいかがでしょう。
慢性期のほうは微妙です。慢性期に関しては,慢性期医療と在宅医療等の需要推計であって,恣意的かつ不透明です。療養病床に関しては,医療区分1の患者の70%を在宅医療等に対応する患者と見込むとあるけれど,これの根拠が不明です。それと,療養病床の入院需要率の地域差を解消するための目標で,県単位の全国最小値にまで低下させるA方式と,全国最大値との差を一定割合で解消させるB方式がありますが,A方式についてはできるわけがない。また,入院受療率の目標に関する特例が設けられていて,これは激変緩和措置として全国知事会が求めたものです。だから,削減はされるけれども,そんなに大きくは減らないでしょう。
あと大事な点は,療養病床単独ではなくて,慢性期機能と在宅医療等を一体的に捉えるということになっている点です。その在宅医療「等」がミソで,これは医療機関以外のすべての場所,老健も特養も有料老人ホームも「等」に入るのです。
――財務省の資料「社会保障」では,都道府県の権限を強化して病床数を抑制する方向性が打ち出されていますが。
ガイドラインに沿って医療機関の自主的な取組みをベースにした現実的な地域医療構想が策定され,それが柔軟に運用されれば,社会保障制度改革国民会議報告書が提起したような,「データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステム」や,「競争よりも協調」を重視した医療提供体制が実現するかもしれない。ただし,それはあくまでガイドラインが字義どおりに運用された場合です。しかし実際には,すでに財務省や経済財政諮問会議,経済産業省,総務省などから病床削減の圧力がかけられています。
さらに現在国会で審議されている医療保険制度改革関連法では,小泉政権時代の改革で制度化された都道府県医療費適正化計画が見直され,①医療費適正化の数値目標が従来の「見通し」から,国が示す算定式に沿った「目標」に変わる,②都道府県はこの計画と地域医療構想を整合的に作成しなければならない,③都道府県は,目標と実績が乖離した場合は要因分析を行うとともに必要な対策を検討し講じるように努める──とされています。
これは,経済財政諮問会議「経済財政運営と改革の基本方針2014」に,「平成27年の医療保険制度改正に向け,都道府県による地域医療構想と整合的な医療費の水準や医療の提供に関する目標が設定され,その実現のための取組が加速されるよう,医療費適正化計画の見直しを検討する。国において,都道府県が目標設定するための標準的な算定式を示す」と書かれたことに対応したものです。このような見直しが行われた場合は,都道府県には,「地域医療構想」の必要病床数を抑制する強い「インセンティブ」が働くと思います。
また,財務省が4月27日に出した資料「社会保障」では,県の勧告に従わない病院の報酬単価の減額や,民間医療機関に対する施設の転換命令──などが記述されています。しかし,これは今の法律ではできませんよ。民間病院には「要請」しかできないのですから。法律を変えますかという話です。これは医療・介護総合確保推進法の規定に反するし,ガイドラインの精神にも反する。だから,これはアドバルーンでしょう。
経済財政諮問会議は,インセンティブ改革によって医療サービスの提供体制を改革するというやり方です。
経済産業省は,保険者と企業の立場から「病床機能の再編や低減を進めていく」と言っています。現状投影シナリオを反映した地域医療構想が実現すると,国全体では病床が増えると見込まれる。これは保険者と企業からすると負担が大きすぎる。しかし,病床抑制のための提案は,「かかりつけ医の指導に基づくOTC医薬品等の活用によるセルフメディケーション」や保険事業の推進など,ほとんど効果のないものばかりです。
そのなかで,総務省の新・公立病院改革ガイドラインが結構大事です。これは地域医療構想と整合的に進められるもので,地域医療構想策定ガイドラインよりもずっと規制・指示が強い。国からの財政支援で,公立病院の再編,ネットワーク化を促進するとしていますが,要するに病床を減らすということです。それと今,公立病院を恐慌状態に陥れているのが地方交付税算定方式の見直しで,従来の「許可病床数」1床当たり70万円が「稼働病床数」1床当たりに変更されます。これで「休眠病床」返上が起こるかもしれません。
――では,今後の展開をどう予測されますか。
もし財務省等が言うような大幅な病床削減が実現した場合は,高度急性期,急性期,回復期病床では,医療資源投入量・医療スタッフの増加なき病床数削減と在院日数短縮によって,十分に回復していない患者の早期退院が増えます。しかし,本来そのような患者の受け皿となるはずの療養病床も減少するため,「患者難民」が生じる最悪のシナリオも考えられますが,現実的にはそれと「地域医療構想ガイドライン」に忠実に従った場合のシナリオとの中間シナリオになると予測します。
国の施策で診療報酬が引き下げられたり,各都道府県の医療地域の実情と政治的力関係でいろいろ変わることはあるでしょうが,都道府県が強権発動することはほとんどないと思います。日本はいい悪いは別にして,民間医療機関が中心ですから,トップダウンではできないんですよ。やるとした場合は,法律を全部変えなければいけません。
――この地域医療構想,地域包括ケアシステムによって患者を介護施設や在宅へシフトさせていくことで,社会保障費は抑制できるのでしょうか。
もちろん患者を高度急性期から一気に介護施設や在宅にシフトしたら費用は抑制できますが,それは困難です。逆に,重い患者が在宅に行ったらむしろ費用がかかってしまいますよ。また,地域包括ケアシステムによって,医療・社会保障費を抑制できるなんて厚生労働省は一度も言っていません。
厚労省が考えているのは,高齢者の急増によって死に場所が不足するという問題で,今の延長だと2030年に47万人の難民が出ると推計されています。だから,あくまでも地域包括ケアシステムは,今の財政制約のもとで病院や施設を増やせないなかで,病院の回転をよくしたり,老健や特養での看取りを増やしたり,医療のバックアップのあるサ高住を増やすというやり方で,今後の多死社会を何とか切り抜けようというものです。その結果として,今の延長よりは社会保障費の伸びを抑制するということはあり得ると思いますが。
論点2 医療の規制緩和
財務省は医療への市場原理導入は主張していない
――医療の規制緩和が加速しているように思われます。かつては厚労省がそれに抵抗する図式がありましたが,最近はその抵抗力が弱くなってきたように思われますが。
厚労省幹部(課長級以上)の人事権が内閣人事局に握られてしまっていますから,前に比べたら弱くなっていると思うけれど,それなりにがんばっていると思いますよ。規制緩和の施策もすべてが官邸の思いどおりに実現されるわけではありません。
例えば,非営利ホールディングカンパニー型法人制度にしても,安倍首相が誰かの入れ知恵で,昨年1月のダボス会議でメイヨークリニックみたいなものを作るとぶち上げましたが,結局,「地域医療連携推進法人」というおとなしいものになりました。ただ,それでもまだ,将来的に医療の営利産業化につながりかねない危険な要素はあります。国家戦略特区で地域医療構想区域の枠を超えた広域のメガ医療事業体を特例的に認可する可能性が否定できない点や,株式会社への100%未満の出資も認めるとした点,理事長が医師であるとする縛りが外された点などです。ただ,あれを申請するところはほとんどないでしょうね。全国に一つあるか二つあるか,でしょう。
それから,「患者選択療養」についても,規制改革会議の最初の提案がそのまま実現したら,混合診療の実質解禁と言えなくもなかったわけですが,「患者申出療養」という,従来の「評価療養」とほとんど変わらないものに落ちつきました。混合診療全面解禁か部分解禁かで一番大事なのは,それが保険診療につながるかどうかです。患者申出療養は,安倍首相が「安全性や有効性が確立すれば,最終的には国民皆保険の下,保険の適用を行っていく」と明言しています。だから,実害が少ないわけですよ。
それに患者申出療養が導入されても,実際には100万円もする抗がん剤を自腹で払える患者などほとんどいませんし,この制度を利用したとしても,今や多くの抗がん剤の投与は入院しなくてもいいので,外来医療費が少し安くなるだけです。大した額じゃありませんよ。その薬が保険診療に入ったほうが患者さんはハッピーだし,製薬企業も薬の売り上げが急増してハッピーなんですよ。
患者申出療養で一番怖いのは医療安全の問題です。つまり,患者の申出から採否の決定までの期間が非常に短いために医療事故が多発する危険があります。事故が多発すれば,この制度は棚上げになりますよ。日本はアメリカと比べて医療安全に国民が非常に敏感ですからね。
――であれば,評価療養でよかったのではないですか。
そこは安倍首相の思いつきです。それだけ官邸が圧倒的に強いんですよ。非営利ホールディングと同じで,厚労省も医師会もみんな本音では必要ないと思っているのに,導入されてしまうわけです。首相に対してまったくのゼロ回答はできないのです。
――だとすると,この安倍政権では,かなりドラスティックなことも起こりかねないと思うのですが。
だけど,皆,面従腹背だから,そう思い切ったことは行われないでしょう。あれだけ強大な権力をもった小泉首相のときでさえ,混合診療の全面解禁や株式会社の参入はほとんどできなかったのですから。それに,安倍首相は社会保障には何の興味ももっていませんよ。彼の頭のなかにあるのは,憲法改正,集団的自衛権や外交問題,教育改革です。社会保障よりも,農協改革や労働法制の改革のほうが優先順位はずっと上ですよ。
それに何より大事なのは,財務省も医療への市場原理導入を主張していない点です。私は2004年にこれを「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と定式化しましたが,要するに,混合診療全面解禁でも株式会社の導入でも,それによって公的な医療費を含めて医療費が増えてしまうんです。
──財務省や規制改革会議などから「健康・予防のインセンティブ改革」が提案されていますが,どう評価されますか。
4月27日に提出された財務省の資料「社会保障」には「受診・投薬が少ない被保険者へのインセンティブ措置(ヘルスポイント,保険料の傾斜設定)の普及等」が含まれています。これは非常に危ないと思います。
特に「保険料の傾斜設定」は,社会保険の民間保険化(リスクに応じた保険料設定)をめざしたものだと言えます。厚労省が『平成24年版厚生労働白書』に書いているように,「人々の連帯により,リスクの高い人々はもちろん,全ての人々の生活のリスクをシェアするための仕組みであり」,「保険料は各自のリスクに見合ったものではなく,賃金等の負担能力に応じたもの」とされる社会保険の根本原則を否定するものです。民間保険と公的保険の違いは何かというと,一つは強制加入か任意加入か,もう一つは民間保険だとリスクが多い人は保険料が高くなるけれど,公的保険では保険料はリスクとは無関係です。
それと,そもそも健康増進活動では医療費は減らないということは学問的に白黒がついています。それだけではなくて,最近は健康診断や健康増進活動をやっても,病気そのものが減らないという報告も出てきています。肥満には遺伝子が関わっているとされているし,最近の「サイエンス」の論文では,がんの発症の3分の2は細胞の突然変異という偶然によるものだという研究も出ています。だから今まで個人の不摂生によると言われていたものには遺伝学的な理由もあり,さらに社会経済的な要因も入ってくるわけです。だから,こういうヘルスケアのインセンティブ論には科学的基礎がないわけです
論点3 患者自己負担増と公的給付の抑制
薬価と調剤技術料が医療費抑制の最大のターゲットとなる
──財務省の資料「社会保障」では,社会保障費の伸びを抑制するための施策が86頁にもわたって展開されています。
その各論にあたる医療制度改革部分は,「国民皆保険を維持するための制度改革」と「医療の効率化」の2本立てで,前者には保険給付範囲の縮小,サービス単価の抑制,患者窓口負担や保険料の引上げのメニューを網羅的に示しています。
このうち「サービス単価の抑制」では,診療報酬・介護報酬について,「保険料等の国民負担の上昇を抑制する視点からマイナスとする必要」と断言し,そのうえ「公的保険給付範囲の抜本的見直しができず,幅広く公的保険でカバーしていく場合は,皆保険を持続するためには公的保険給付範囲の総量の伸びを抑制せざるを得ず,2016~2018年度において,サービス単価(診療報酬本体・薬価,介護報酬)をさらに大幅に抑制することが必要」とまで主張しています。
このような保険給付範囲の縮小とサービス単価の抑制を二者択一で迫るいわば「悪魔の選択」は,2011年10月の財務省「資料」にはなかったものです。また,2014年診療報酬改定で否定された,薬価引下げ分を診療報酬本体に振り替える慣行は今回もあっさりと否定されていて,財務省としては「決着済み」という扱いです。
しかし,この医療制度改革部分で最も注目されるのは,診療報酬引下げよりも,むしろ薬価と調剤技術料の引下げに焦点が当てられていることです。特に後者については「調剤技術料について抜本的な適正化が必要」と結論づけています。医療制度改革部分で「抜本的」という強い表現が用いられているのはここだけです。さらにそれに続いて,大手調剤薬局4社の内部留保が2010年の263億円から2014年の577億円へとわずか4年間で2.2倍化したとするセンセーショナルな図も示されています。
医薬品費抑制の改革でもう一つ注目されるのは,長期収載品の保険給付において,保険給付の基準額を超えた「先発薬を選択した患者の追加負担」(参照価格制度)が提案されていることです。しかし,参照価格制度は,旧厚生省が,2000年の「医療保険制度抜本改革」の柱として提案したものの,医療団体,日米の製薬大企業,研究者等の強い反対で頓挫しました。私は,今回もその実現可能性は低いと思いますが,この提案の隠れた狙い,落とし所は,諸外国に比べて高止まりしている日本の長期収載品の薬価の大幅引下げにあると判断しています。
――この財務省の資料では,受診時定額負担や保険免責制の導入なども提案されていますね。
「保険免責制」は小泉政権時代の2005年に吉川洋氏が経済財政諮問会議で提案し,「受診時定額負担」は民主党政権時代の2011年に同じく吉川洋氏が社会保障改革に関する集中検討会議で提案し,それぞれの政権の医療制度改革の原案に盛り込まれました。しかし,医療保険給付の理念に反するとの与党内外の強い反対により,最終案では削除されました。このような歴史的経過を無視した,両制度の蒸し返しはあまりに乱暴であり,実現可能性は低いと思います。
ただし,気になることが1つあります。それは,現在国会で審議されている医療保険制度改革関連法案に,紹介状なしの大病院受診に対する定額負担を「選定療養」として義務化することが盛り込まれていることです。私は,これは,患者の「選定」(嗜好・選択)に委ねられることを前提にして制度化された「選定療養」の不適切な拡大だと考えています。選定療養とは患者が自主的に選定するものですが,それを強制するというのだから,そもそも矛盾しているのです。医師会はこれに賛成し,勤務医の疲弊を避けるためにやる"とりあえずの処置"で,病院の機能分化ができたらなくす,と言っていますが,苦しい言明です。あれは,どんな理由を付けようと,受診時定額負担の一種です。これによって受診時定額負担が全面導入されるとか,保険免責制度がすぐに導入されるというわけではありませんが,将来的にこの導入が「蟻の一穴」となる危険は小さくないと思っています。
なお,吉川氏は,受診時定額負担・免責制が保険の原点だと主張していますが,これは国民皆保険の理念を否定し,公的保険の特性を無視した主張です。しかも両制度は民間保険にとっても自明の原理などではなく,「保険金給付支払いの諸工夫」の一つに過ぎません。
――このように社会保障給付が抑制されていく流れはますます加速していくのでしょうか。
言われているほどスピードは速くないと思います。ただ,医療制度改革については,医療介護総合確保推進法と現在国会で審議中の医療保険制度改革関連法案に政府の改革方針が明示されているにもかかわらず,それを大幅に超える「最大限要求」的提案を,しかも厚生労働省と調整することなく一方的に発表する財務省の強引さには驚かされます。安倍内閣が今後,財政健全化を旗印に社会保障費抑制,医療費抑制に本格的に乗り出した場合は,今回の財務省の改革提案が「叩き台」にされる可能性が高いと思います。
私は,こうした医療費抑制や医療の営利化・産業化の進行が,決して避けられない現実だとは思いません。ただし,この流れを逆転させ,再び社会保障の機能強化を行うためには,医療者・医療団体が国民に対して自らの自己改革を含めた医療改革の明確な青写真を示し,そのための財源を提示する必要があります。私は,その財源については社会保険料がメインで,あと消費税は否定しないけれど,もっとほかの税金も使うべきだと主張しています。 (2015.5.11,インタビュー)
3. 私の好きな名言・警句の紹介(その126)-最近知った名言・警句
<研究と研究者の役割>
- 今岡洋史(『医薬経済』編集部)「元週刊誌のジャーナリストの方から、記事の面白さは『企画7割、取材2割、書くのは1割あるかないか』とアドバイスをいただいたことがあります。どれだけ面白い企画やネタを出せるかが、編集者や記者の力量」(『医薬経済』2015年6月号:74頁、「時感 『こぼれ話』のコボレ話」)。二木コメント-医療政策の分析・「医療時評」についてもほぼ同じことが言えると感じました。私自身が「面白い」と思うテーマを思いついたときは、その後の調査、執筆ともスムーズに進みますが、そうでない時は、なかなかやる気が起きず、編集者に御迷惑をおかけしたことも少なくありません。私は、今まで、大学院生等には「材料七分、腕三分」(加藤秀俊氏『取材学-探究の技法』中公新書,1975,5-9頁。本「ニューズレター」13号(2005年9月)で紹介)と指導してきましたが、これはテーマが決まった後のことであり、実際には、彼らにとってもテーマの選択=「企画」が一番重要と思います。
- 大林辰蔵(当時・京都大学教授、宇宙物理学者。1992年死去)「世界には君たちより頭のいい連中がごまんといるんだよ。でも頭がいいだけではたいした仕事はできない。世界全体を見て、アイデアで勝負しなきゃ行けない)「日本経済新聞」2015年6月9日朝刊、松本紘「私の履歴書(9)」。「大林先生は酒場談義でよくこう話されていた」と紹介)。二木コメント-上記「企画7割」に通じると思いました。
- 佐藤優(元外務省主任分析官、作家)「あらゆる時代における主流な思想というのは、支配階級の思想であると。(中略)そうすると現状を批判するためには難しい課題が立ちはだかる。たぶんそこで一八〇度反対に逆打ちを行ったら、特殊なファンには受け入れられるけれども、今の主流の話の、ほとんどの人は忌避反応を示して、全く耳を傾けない。じゃ、何度ぐらい曲げていくかっていうことだと思うんですよ。最初五度、その次一〇度、十五度。もし反対に持っていきたいとするんだったら、少しずつ角度ずらしていくことなんですよね」(佐高信・佐藤優『喧嘩の勝ち方-喧嘩に負けないための五つのルール』光文社,2014,174頁)。二木コメント-私も、政府の医療政策を批判する場合、「一八〇度反対」=全否定はせず、複眼的批判を行っているので、大いに共感しました。
- 高山忠利(日本大学消化器外科教授。肝胆膵領域では日本一の手術数を誇るが、肝胆膵癌に対しては腹腔鏡下手術は1例も実施していない)「腹腔鏡下手術は全然先進的ではありません。(中略)僕は腹腔鏡下手術に対してコメントを求められるたびにこう言います。『易しい問題をわざわざ難しく解いている。しかもコストをかけて』」(『日経メディカル』2015年6月号:70頁)。二木コメント-医療分野の計量経済学的研究にも、同種の研究が少なくないと思います。
- 中西寛(京都大学教授、国際政治学)「『ポンチ絵』といってお分かりになる読者はどれくらいおられるだろうか。(中略)政策や行政の説明の際に、その内容を分かりやすく示した図絵のことで、行政の世界ではよく使われるものである。(中略)/しかし、こうした『ポンチ絵』だけで政策を論じるのは危険を伴う。少し考えれば分かるように、図表に組み込める情報には限りがあるし、また、図表がきれいにまとまっていると政策として完成度が高いような印象を受けてしまうからだ。行政の世界で『ポンチ絵』が重宝されるのも、突っ込まれると困るところを隠して見た目をよくするという効果も狙っていることも多いような記がする。/実際、海外で政府関係の会議に出たり政府文書を読んだりしても『ポンチ絵』的なものに出会うことは少ない」(「毎日新聞」2015年6月7日朝刊、「『ポンチ絵』分化の陥せい」)。二木コメント-私も、常々、「ポンチ絵」には疑問を持っていたので、大いに共感しました。なお、研究者の中には、「ポンチ絵」よりはるかに複雑で、本人以外は理解できない独り善がりな図を多用する方も少なくないと思います。
- 長田弘(詩人。2015年5月3日死去、75歳)「言葉を尽くしても何も書ききれない気がするんです」、「言葉にできるのは半分だけ。でも書くことは、言葉にできない残り半分を大事にすることでもあるんです」、「二分法で半分を切り捨ててしまうのではなく、残り半分の可能性にも目を向ける、柔らかな、懐かしい論理が今こそほしい。すべて"半分半分"で生きれば人間はもう少しましな存在になれるんじゃないかな」(「毎日新聞」2015年5月12日朝刊、小国綾子「コラム発信箱 "半分半分"の詩人)。
- 小谷野敦(作家)「『なぜ』という問いは教育の場などで重要だと思われているが、歴史においては、確固たる答えがあるとは決まっていない。問われること自体、分からないから問われるのだということだ。問うこと自体は無意味ではないが、最終的には、『分からない』ということも、少なからずあるのだ、ということは心得ておくべきだろう」(『オレの日本史』新潮新書,2015,9頁)。二木コメント-橋本治『「わからない」という方法』(集英社新書,2001。「わからないからやってみる」ことを推奨)を思い出しました。
<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>
- 鷲田清一「『与えることで与えられる』という贈与の行動」(『しんがりの思想』角川新書,2015,212頁)。
- "In fact, it is a battle where the more you give away the more you win"(The Economist April 25th, 2015:p.10)。
- ある空手道関係の長老「対立じゃない。"隔たり"と言え。対立は戦いであり、『勝った』『負けた』になるが、『隔たり』には勝敗はなく、お互いが、それぞれの意思で歩み寄るという形になるため、双方の顔が立って話はまとめやすくなる」、「会合では、それぞれの意見をひとまとめにして"大筋"という言葉に言い換えれば反対する者はいないはずだ」(向谷匡史『説得は「言い換え」が9割』光文社新書,2015,22-23頁。ある空手道の長老が親睦会の設立構想を巡って2つの道場が対立していた時、こう策を授けたと紹介)。
二木コメント-これら3つの名言は、意見や利害の「隔たり」のある組織間の交渉をまとめる際の極意と感じました。実は、私は5月30日に開かれた日本社会福祉教育学校連盟2015年度総会で、会長に就任しました(任期2年)。私の会長任期中の最大の課題は、ソーシャルワーク教育関連3団体(学校連盟、日本社会福祉士養成校協会、日本精神保健福祉士養成校協会)の「組織統合」です。私は、会長就任の挨拶で、<組織統合の最終局面では、各組織がお互いに大胆な「妥協」をすることも必要になるかもしれません>と述べ、これらの名言を紹介しました。なお、挨拶全文は、日本社会福祉教育学校連盟のHPに掲載されています:http://www.jassw.jp/association/index.html。 - オバマ大統領「戦略的忍耐」(strategic patience)(従来は、非核化に応じない北朝鮮に長期戦略で臨むオバマ政権の姿勢を説明する用語だったが、2015年2月に発表された「国家安全保障戦略」では、世界の他の重大懸案にも拡大された。「読売新聞」2015年5月31日朝刊、飯塚惠子「『戦略的忍耐』真の意味を」)。二木コメント-組織・団体の「大義」を実現するためにも、必要な精神・スタンスとと思います。これと類似の用語に「戦略的沈黙」(strategic silence)がありあますが、これは否定的な意味や弁解として使われることも少なくなく、私は嫌いです。
- 香山リカ(精神科医、立教大学教授)「自分自身が不安や恐怖で心のエネルギーをすり減らしてしまうことがないよう、世の中が騒がしいときほど、自分をしっかり保つためにも"くつろぎの時間"を確保して備えたい。それも医療者の義務であろう」(『MediCon.』2015年3月号:25頁、「第67回患者のキモチ 医師のココロ-やさしい医療コミュニケーション講座 義務としての『くつろぎの時間』」)二木コメント-このような「くつろぎの時間」を確保することは管理職にとっても不可欠と思います。この言葉は、A・M・リンドバーグの「ひとりでいる時間は、一生のうちでもきわめて重要な時間である」に通じると思いました(落合恵子訳『海からの贈りもの』立風書房,1994,50頁。本「ニューズレター」87号(2011年10月)で紹介)。
- 川上和雄(元東京地検特捜部長。2015年2月7日死去、81歳)「偉くなるにつれて傲慢になる上司に何度も不快な思いをさせられた。もし自分がそう見えたら注意してくれ」(「読売新聞」2015年5月12日朝刊、「追悼抄」。部下だった堀田力氏が、酒の席で、こう言われたと振り返る)。
<その他>
- 丸谷才一(評論家、2012年死去)「『風立ちぬ』の誤訳 堀辰雄に『風立ちぬ』という小説があって、その巻頭にヴァレリーの"Le vent se leve, it faut tanter de vivre"という詩が引いてあります。それが開巻しばらくしたところで、語り手がその文句をつぶやく。そこが『風立ちぬ、いざ生きめやも』となっている。『生きめやも』というのは、生きようか、いや断じて生きない、死のうということになるわけですね。ところが、ヴァレリーの詩だと、生きようと努めなければならないというわけですね。つまりこれは結果的には誤訳なんです」(大野晋・丸谷才一(対談)『日本語で一番大事なもの』中央公論社,1987,74-75頁。「読売新聞」2015年5月28日朝刊、「編集手帳」で紹介)。二木コメント-私は、2013年にThe Economist誌の「風立ちぬ」の映画評を読んで、「この有名なフレーズの原語は、日本で定番になっている堀辰雄の甘い訳『風立ちぬ、いざ生きめやも』よりずっと強いことを知りました」(本「ニューズレター」111号(2013年10月)。ただし、それが「誤訳」であることは、今回初めて知りました。