総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻141号)』(転載)

二木立

発行日2016年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ


1. 論文:地域包括ケアシステムから「全世代・全対象型地域包括支援」へ
(「二木学長の医療時評(136)」『文化連情報』2016年4月号(457号):16-22頁)

はじめに-地域包括ケアシステムは分かりにくい?

現在、全国の自治体・地域で地域包括ケアシステムの構築・推進・具体化が図られています。私も、これについての講演を全国で行っていますが、どこでも、地域包括ケアシステムは分かりにくいという声を聞きます。

『日経ヘルスケア』2016年2月号の「読者の声」欄にも、栃木県の介護施設経営者の以下のような疑問が掲載されました。「今、国は『地域包括ケアシステムの構築』を前面に打ち出していて、様々な場所でその単語が出てきますが、語っている人々がそれぞれ独自に地域包括ケアシステムを解釈していて、統一された概念になっていないと感じています。/国、都道府県、市町村、構想区域といった単位ごと、医療・介護の職種ごとに地域包括ケアシステム構築のため取り組むべき内容は変わると思うのですが、それを加味しても、『地域包括ケアシステム』を語る人の考え方が一致していない印象を強く持っています。/誰が旗を振り、誰がどこで何をするかが見えてこない中、一部の専門職だけの用語になっているのではないかと心配しています」

そこで、本稿では、まず、地域包括ケアシステムの法的定義を示した上で、それがなぜ分かりにくいのか、3つの理由を示します。結論的に言えば、地域包括ケアシステムの実態はシステムではなくネットワークであり、全国一律の「統一された概念」はなく、「誰が旗を振」るかは地域によって異なります。次に、昨年から、厚生労働省自身が、今後は、高齢者に対象を限定した「地域包括ケアシステム」を「全世代・全対象型地域包括支援」に拡大することを提唱していることを紹介します。

1.地域包括ケアシステムの法的定義と分かりにくい3つの理由

(1)地域包括ケアシステムは2013年に法的に定義されたが、理念にとどまる

地域包括ケアシステムという用語が、政府関連文書で初めて用いられたのは、2003年に発表された高齢者介護研究会(厚生労働省老健局長の私的検討会)の報告書「2015年の高齢者介護~高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて」ですから、すでに14年の歴史があります。

しかし、この用語が法的に定義されたのは、それからちょうど10年後の2013年12月に成立した「社会保障改革プログラム法」(通称。正式名称は「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」)の第四条4で、以下のように規定されました。「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防(要介護状態若しくは要支援状態となることの予防又は要介護状態若しくは要支援状態の軽減若しくは悪化の防止をいう。次条において同じ。)、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」。この規定は、2014年6月に成立した「医療介護総合確保推進法」(通称。正式名称は「地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律」)の第二条でも、そのまま踏襲されました。

ただし、これはいわば「理念規定」であり、この条文を読んだだけでは、地域包括ケアシステムの具体的イメージはわかず、「はじめに」に紹介した介護施設経営者のような疑問が湧くのは当然だと思います。

(2) 地域包括ケアシステムが分かりにくい3つの理由

私は地域包括ケアシステムが分かりにくいのは、このような理念的規定以外にも、以下の3つの理由があると考えています(詳しくは文献(1)参照)。

概念・範囲の説明が変化・「進化」し続けている

第1の理由は、地域包括ケアシステムという用語が2003年に提起されて以降2016年までの14年間に、その概念・範囲の説明が変化し続けていることです。

2003年の「2015年の高齢者介護」は、「地域包括ケアシステムの確立」を初めて提起しましたが、それは「新しい介護サービス体系」の一環とされ、当然、介護サービスが「中核」とされました。

地域包括ケアシステムの概念確立と普及に大きく貢献したのは2008年度に発足し、現在まで継続している「地域包括ケア研究会」(田中滋座長)ですが、2008、2009、2012、2013年度末に発表された4回の報告書で、地域包括ケアシステムの説明はかなり変化・「進化」(田中滋氏)しています。具体的には、2008・2009年度の報告書は、地域包括ケアシステムの包括的な定義を初めて示しただけでなく、「2015年の高齢者介護」が介護サービスを「中核」としていたのと異なり、「ニーズに応じた住宅が提供されること」を「基本」とするとともに、医療や介護等の諸サービスを同格に位置づけました。ただし、ここで想定されていた医療は診療所・訪問診療に限定されており、高齢者施設についても否定的な評価がされていました。この時点では、厚生労働省は、地域包括ケアシステムを示す概念図として、5つのサービス(医療、介護、介護予防、住まい、日常生活の支援)を単純に並べる「五輪図」を用いていました。

それに対して2012年度の報告書は、5つのサービスを立体的に配置すると共に、それらの基礎に「本人・家族の選択と心構え」を置く、有名な「植木鉢図」を提起しました。この図では「家族」の範囲についての説明はありませんでしたが、田中氏は、最近、「家族」は「配偶者」・「人生のパートナー」のみを想定しており、「独立家計を営む子どもは別な主体」と説明しています(2)

さらに、2013年度の報告書では、過去3回の報告書と異なり、急性期病院と入所施設の積極的な役割を初めて認め、しかも在宅の看取りだけでなく、医療機関と入所施設での看取りの意義を強調しました。

私は「地域包括ケア研究会」によるこのような地域包括ケアシステムの概念・範囲の説明の変化・「進化」は合理的であると考えます。しかし、4つの報告書すべてを読む行政関係者や医療・福祉関係者は多くないため、「地域包括ケアシステム」が在宅ケア偏重であり、病院や入所施設の役割を否定しているとの古い理解・誤解が今でも残っていると思います。

実態は「ネットワーク」であるのに「システム」と命名された

第2の理由は、地域包括ケアシステムの実態が「ネットワーク」であるにもかかわらず、「システム」と命名されたことです。

厚生労働省の担当者は、ことあるごとに地域包括ケアシステムのあり方は全国一律ではなく、各地域によって異なると説明しており、この点は2003年にこの用語が初めて提唱されたとき以来、一貫しています。私の調べた限り、この点をもっとも率直に語ったのは原勝則老健局長(当時)の2013年2月「全国厚生労働関係部局長会議」での以下の発言です。「『地域包括ケアはこうすればよい』というものがあるわけではなく、地域のことを最もよく知る市区町村が地域の自主性や主体性、特性に基づき、作り上げていくことが必要である。医療・介護・生活支援といったそれぞれの要素が必要なことは、どの地域でも変わらないことだと思うが、誰が中心を担うのか、どのような連携体制を図るのか、これは地域によって違ってくる」(『週刊社会保障』2717号:22頁,2013)。

しかし、「システム」(制度・体制)という用語は、国が法律またはそれに基づく通知等により、全国一律の基準を作成して、都道府県・市町村、医療機関等がそれに従うものを連想させます。そのために、自治体関係者や医療・福祉関係者に、国がいずれは「地域包括ケアシステム」の青写真を示してくれるとの誤解・幻想・甘えを与えたし、今も与えていると思います。

なお、「地域包括ケアシステム」の命名者は間違いなく広島県公立みつぎ総合病院院長の山口昇医師(当時)であり、厚生労働省はそれを借用したのですが、「みつぎ方式」はすべてが公立の施設・事業で構成され、しかも一元的に運営されている病院を核とした(病院基盤の)「システム」です。ただし、厚生労働省が2000年代初頭に想定していた地域包括ケアシステムのモデルは、尾道市医師会(片山壽会長・当時)の医療と福祉・介護の連携事業(ネットワーク)です。「みつぎ方式」が採用されなかった最大の理由は、それの費用がきわめて高額であるためと思います。このような実態と合わない「システム」という単語の選択が、その後、地域包括ケアシステムについての分かりにくさと誤解を助長したと、私は考えています。なお、2000年代初頭には、全国の最先端・モデルと評価されていた「みつぎ方式」も、尾道市医師会方式も、その後、カリスマ的指導者(山口・片山医師)が第一線を退いてからは大きな困難に直面していると言われています。

それに対して、2013年8月に発表された社会保障制度改革国民会議報告書は、医療と介護の一体的改革を実現するための「地域包括ケアシステムというネットワーク」を提起しました。さらに、これは医療政策の文書ですが、2015年6月に発表された社会保障制度改革推進本部医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会「第一次報告」は、「地域包括ケアシステム」と「医療・介護のネットワーク」をほとんど同じ意味で用いています。

保健医療系と(地域)福祉系の2つの源流がある

第3の理由は、地域包括ケアの源流には、保健医療系と(地域)福祉系の2つがあるにもかかわらず、一部の地域を除いては、両者の交流はほとんどなかったことです。研究者の世界も縦割りで、医療系の研究者は保健医療系の地域包括ケアの分析・紹介を、福祉系の研究者は福祉系の地域包括ケアの分析・紹介を専ら行う傾向があり、それが地域包括ケアについての具体的イメージ・概念の分裂を助長したと思います。ちなみに、私自身は医療経済・政策学の研究者ですが、日本福祉大学に長年勤務し、福祉系研究者とも日常的に研究交流を行っていたため、早くから2つの源流の存在に気づいていました。具体的には、私は1996年に「保健・医療・福祉複合体」の全国調査を始めたのですが、これには医療系と福祉系の両方の地域包括ケアの源流と言えるグループが含まれていました。

今後は、自治体関係者も、地域の実践者も、研究者も、医療・福祉の垣根を超え、「医療・介護・福祉のネットワーク」という意味での地域包括ケアの構築を目指す必要があると思います。

2.厚労省の「全世代・全対象型地域包括支援」の概要

私が本稿でもう1つ述べたいことは、厚生労働省自身が、昨年から、今後は、高齢者に対象を限定した「地域包括ケアシステム」を「全世代・全対象型地域包括支援」に拡大することを提唱していることです。

厚生労働省の新たな福祉サービスのシステム等のあり方検討プロジェクトチームは、昨年9月17日に「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現-新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」(以下、「ビジョン」)を発表しました。「ビジョン」は厚生労働省の公式文書ではありませんが、「地域包括ケアシステム」を含む今後の広い意味での福祉改革と福祉専門職のあり方、福祉系大学の教育改革を考える上での必読文献であり、ご一読をお勧めします。以下、私が昨年11月の全国社会福祉教育セミナーで行った講演のサワリを紹介します(3)

(1)プロジェクトチームの構成員と「ビジョン」の骨格

「ビジョン」をとりまとめた検討会は、「プロジェクトチーム」、「幹事会」、「ワーキンググループ」の3層構成で、最上層のプロジェクトチームの構成員は雇用均等・児童家庭局長、社会・援護局長、老健局長、障害保健福祉部長、政策統括官(社会保障担当)の5人です。「幹事会」と「ワーキンググループ」には健康局のメンバーも入っています。3つの組織とも責任者(主査、主幹事、リーダー)は社会・援護局のメンバーであり、このことは「ビジョン」が同局主導でまとめられたことを示唆しています。

「ビジョン」は以下の5部構成です。1.総論、2.様々なニーズに対応する新しい地域包括支援体制の構築、3.サービスを効果的・効率的に提供するための生産性向上、4.新しい地域包括支援体制を担う人材の育成・確保、5.今後の進め方。これらの中心は、2~4の3つです。

2~4の記述には、長年、福祉関係者が求めてきたものも多数含まれます。特に重要なものは、①地域包括ケアシステムの対象拡大、②縦割り行政の改善、③地域づくり・まちづくりの重視だと思います。

私が特に注目したことは、「ビジョン」で示された福祉改革には、安倍政権が昨年6月に閣議決定した「骨太方針2015」の社会保障改革部分に含まれていた、社会保障への市場原理導入(「社会保障関連分野の産業化」)と、家族を含む「自助を基本」とする社会保障観が含まれていないことです。これは、厚労省の矜持の現れかもしれません。

他面、福祉改革の財源にはまったく触れておらず、「ビジョン」で示された改革が、今後どこまで実現するかは不透明です。また、「ビジョン」には厚労省の2016年度概算要求における福祉分野の新規事業の「理論武装」という面もあると思います。以下、地域包括ケアシステムの対象拡大を提起している、「新しい地域包括支援体制の構築」について述べます。

(2)「新しい地域包括支援体制の構築」

「2.様々なニーズに対応する新しい地域包括支援体制の構築」では、様々な提言がなされていますが、最も注目すべきことは、地域包括ケアシステムの対象拡大です。

「新しい地域包括支援体制」は「全世代・全対象型地域包括支援」を意味し、以下のように説明されています。「高齢者に対する地域包括ケアシステムや生活困窮者に対する自立支援制度といった包括的な支援システムを、制度ごとではなく地域というフィールド上に、高齢者や生活困窮者以外に拡げるもの」。「高齢者に対する地域包括ケアを現役世代に拡げる」。「高齢者、障害者、児童、生活困窮者といった別なく、地域に暮らす住民誰もがその人の状況に合った支援が受けられるという新しい地域包括支援体制を構築していく」。「包括的な相談システムは、(中略)将来的には、法的な位置づけについても、適切に検討すべきである」。

以上から分かるように、「新しい地域包括支援体制」は、実質的には、現在法制度上は高齢者に限定されている「地域包括ケアシステム」の対象の全年齢への拡大と言えます。ただし、「ビジョン」では、「高齢者に対する地域包括ケアシステム」と「生活困窮者に対する自立支援制度」が同レベルで扱われており、新しい体制も「地域包括ケアシステム」ではなく、「地域包括支援体制」という、現行の2つの制度を折衷した表現が用いられています。

他面、予算規模で見ると、「地域包括ケアシステム」関連の費用は、生活困窮者自立支援制度の予算に比べて100倍も多いことも見落とせません(介護保険の「居宅サービス」の2014年度の総費用は4.1兆円。生活困窮者自立支援制度の2015年度国家予算は400億円)。官僚にとって、担当する制度・事業の金額が力の源泉・バロメーターであることを考えると、地域包括ケアシステムを主管する老健局が、社会・援護局が主管する生活困窮者自立支援制度を「格下」ととらえ、「ビジョン」の実現に必ずしも積極的ではない可能性があります。

「新しい地域包括支援体制の構築」で、もう1つ注目すべきことは、「福祉」領域の拡大です。「新しい連携のかたちは、福祉分野内に止まるのではなく、福祉以外の分野に拡大していかなければならない」とされ、具体的には、雇用分野、農業分野、保健医療分野、介護分野、教育、司法、地域振興その他の分野への拡大が提唱されています。他面、「ビジョン」全体で、「社会福祉」という用語は、なぜか、一度も用いられていません。

手前味噌ですが、「福祉」の拡大は、日本福祉大学が掲げる平仮名の「ふくし」とも合致しています。本学は2004年以降、「福祉」=「すべての人々の幸せ」と再定義し、それを平仮名で「ふくし」と表現しています。2013年の創立60周年を機に、学内討議を経て「地域に根ざし、世界を目ざす『ふくしの総合大学』」という大学コンセプトを決定し、翌2014年には「ふくしの総合大学」の商標登録を取得しました(4)

(3)地域福祉研究者・実践者の先駆的提起と「地域包括ケア研究会」の進化

「ビジョン」が提起した「新しい地域包括支援体制の確立」に関連して、2点補足します。

第1の補足は、地域福祉の研究者・実践家は、「ビジョン」に先駆けて、「全世代・全対象型」のシステムを提起していたことです。私が調べた範囲で、もっとも早い提起は、大橋謙策氏らで、「2015年の高齢者介護」が発表される前年の2002年に、対象者を高齢者に限定しない「(保健・医療・福祉の連携を進める)トータルケアシステムの創造」を提起していました(5)。さらに、本学が本年3月に包括協定を締結した「NPO法人地域福祉サポートちた」は2014年(以前)から、「0歳から100歳までの地域包括ケアシステム」を標語にしていました。

第2の補足は、地域包括ケアシステムの概念・範囲の拡大・深化を主導してきた「地域包括ケア研究会」も、「ビジョン」の提起後、法制度的には高齢者を対象とする現在の地域包括ケアの「全対象対応型地域包括ケア」への拡大・「進化」を検討しつつあることです。例えば、この研究会の主査である田中滋氏は、本年4月に発表予定の日本医師会医療政策会議平成26・27年度報告書で、以下のように述べています。「地域包括ケアシステムは、高齢者ケアに対する取り組みから始まるとしても、究極の目標は、地域において『何らかのケア』を必要とするすべての人が、可能な限り『尊厳ある自立』を図れるように支援することである。現に、進んだ自治体では、障がい者、こども、子育て中の親、虐待や孤立に悩む人など、幅広い対象にかかわる施策間の連携により、仕組みを共有できる姿が目指されるようになってきた」(2)。「地域包括ケア研究会」と密接に連携している「地域包括ケアイノベーションフォーラム」も、本年2月に開催したワークショップのテーマを「全対象対応型地域包括ケアへのチャレンジ」としました。

おわりに-本学の地域包括ケア研究会と藤田保健衛生大学の先駆的取組

最後に、本学の地域包括ケア研究会について、簡単に説明します。本研究会は、昨年9月に発足し、毎月研究会を開催している学部横断的な学際的研究組織で、以下の3つの特徴を持っています。①名称を「地域包括ケア研究会」として、敢えて「システム」を付けていません(その理由は、本文で述べました)。②対象を高齢者に限定せず「0歳から100歳まで」を対象にしています(上述したように、この標語はNPO法人地域福祉サポートちた」が用いているものを借用しました)。ここで「0歳」と「100歳」はあくまで象徴的な意味であり、胎児や100歳を超える超高齢者を排除しているわけではありません。③大学の研究会の枠を超えて、知多半島を中心とする自治体、本学と提携している社会福祉法人・NPO法人、藤田保健衛生大学等と協力して研究を行っていることです。

本学は昨年2月に藤田保健衛生大学と包括連携協定を締結したのですが、地域包括ケアの研究と推進は、連携の重要な柱になっており、昨年9月には両大学共催のシンポジウム「地域包括ケアの推進に求められる多職種連携」を開催しました。しかも、藤田保健衛生大学は、全国の医科系大学でもっとも先駆的な地域包括ケア活動を展開しています。その主なものは以下の通りです(6)。①医科系大学として初めて「地域包括ケア中核センター」を設置しました。②隣接する豊明団地に同センターのサテライトを設置するとともに、団地に学生・教員が居住し様々な活動に参加しています。③大学開設以来、「地域包括ケア」の推進に不可欠な「多職種連携教育」(「アセンブリ」という必修科目)を実施しています。本学および本研究会は、藤田保健衛生大学のこのような先進的な活動に積極的に学びつつ、両大学のそれぞれの強みを活かして、ウィン・ウィンの関係を築きたいと思っています。

文献

[本稿は、2016年3月14日に日本福祉大学・東海キャンパスで開催した「第1回日本福祉大学地域包括ケア研究会公開セミナー」の基調講演です。]

▲目次へもどる

2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算121回.2016年分その1:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[65歳以上の]がん死亡患者の死亡場所、医療利用、入院医療費の7か国比較
Bekelman JE, et al: Comparison of site of death, health care utilization, and hospital expenditures for patients dying with cancer in 7 developed countries. JAMA 315(3):272-283,2016.[国際比較研究・量的研究]

本研究の目的は、がん死亡者の死亡場所、医療利用と入院医療費を、以下の7か国間で比較することである:ベルギー、カナダ、イングランド、ドイツ、オランダ、ノルウェイ、アメリカ。各国の2010年の行政・登録データを用いて後方視的コホート分析を行った。主な分析対象は65歳以上のがん死亡者である。全年令の死亡者、65歳以上の肺がん死亡者、およびアメリカとドイツの65歳以上の死亡者を対象とした二次的分析も行った。以下の項目の分析を行った:急性期病院での死亡、3つの入院指標(急性期病院への入院、ICUへの入院、救急外来受診)、1つの外来指標(化学療法)、公私の保険者が死亡前180日間と30日間に支払った入院費用。費用は国ごとの入院費用計算方式によった:アメリカ以外の6か国は入院医療費に医師費用を含むが、アメリカのみはそれを含まない。

65歳以上のがん死亡者の急性期病院での死亡割合はアメリカとオランダで特に低く、それぞれ22.2%、29.4%であった。この割合が高かったのは順に、ベルギー(51.2%)、カナダ(52.1%)、イングランド(41.7%)、ドイツ(38.3%)、ノルウェイ(44.7%)であった。アメリカでは40.3%の死亡者が死亡前180日にICUでの治療を受けていたが、この割合は他国では18%未満だった。死亡前180日間の1人当たり平均入院医療費はカナダ(21,840米ドル。OECD医療購買力平価表示の2010年米ドル)、ノルウェイ(19,783ドル)、アメリカ(18,500ドル)で高く、ドイツ(16,221ドル)とベルギー(15,699ドル)は中間的であり、オランダ(10,936ドル)とイギリス(9,342ドル)で低かった。二次的分析の結果も同様であった。

二木コメント-がん死亡者の「ビッグデータ」を用いた詳細な7か国比較です。7か国と日本との比較も可能と思います。残念ながら、本研究では急性期病院以外の死亡場所は調査されていません。

○[アメリカの]ACOと高額医療費患者
Powers BW, et al: ACOs and high-cost patients. NEJM 374(3):203-205,2016.[評論・調査報告]

医療費が高額になる患者のマネジメント(「ハイリスク医療マネジメント」)はACO(医療の質と費用の両方に責任を負う医療組織)を形成し、費用と質指標を結合する医療費支払い契約に移行している医師と医療機関の主要関心事である。しかし、高額医療費患者の、医療保険の違いによる臨床的特徴や医療利用パターンの違いはほとんど知られていない。そこで、マサチューセッツ州のPartners HealthCare(大規模な統合医療提供組織(IDS))の2014年の医療費請求データを用いて、3種類の医療保険別の高額医療上位1%の患者の特性を分析した。

高額医療上位1%の患者の1人当たり平均年間医療費は、メディケア146,584ドル、メディケイド85,347ドル、民間保険101,359ドルであった。彼らの医療費の総医療費に対する割合は、メディケア14%、メディケイド17%、民間保険22%であった。メディケアの上位1%の患者は平均8種類の併発症を持っていた。彼らの大半は新血管系のリスクファクターを有しており、半数以上は虚血性心疾患、うっ血性心不全、慢性腎疾患の末期状態であった。これらの患者では疾病管理が重要と考えられた。これらの患者の医療費の20%は急性期後医療に使われていた。メディケイドの上位1%の患者もいくつかの併発症を持っていたが(平均5.1)、もっとも特徴的なことは精神疾患の併発が多いことであり、4分の1がうつ病、別の4分の1が不安障害、20%が双極障害と診断されていた。民間保険の上位1%の患者で併発疾患の数は少なく(平均4.4)、重度の外傷や神経疾患を有するか、高額薬剤を必要とする疾患(がん、多発性硬化症、関節リウマチ等)が多く、薬剤の適正使用が重要と考えられた。ある高額医療費患者グループに有効な介入は、必ずしも他の患者グループには適用できない。高額医療費患者に焦点化することは医療の質を改善し費用を引き下げる魅力的で単純な方法になりつつあるが、決して万能薬ではない。

二木コメント-全国データではありませんが、単純な「ハイリスク医療マネジメント」に対する重要な警告です。日本では、公的医療保険の個票データを用いれば、より精密な分析ができると思います。

○[アメリカの]新しいデータソース(「医療サテライト勘定」)によると医療費の2000~2010年の伸び率低下は1人当たり医療費の伸び率低下が主導した
Dunn A, et al: Health care spending slowdown from 2000 to 2010 was driven by lower growth in cost per case, according to a new data source. Health Affairs 35(1):132-140,2016.[調査報告]

2015年にアメリカ商務省経済分析局は、傷病分類別国民保健医療費を推計した実験的な医療費データソース「医療サテライト勘定」(Health Care Satellite Account)を公表した。本論文はこの新勘定の主な特徴を紹介し、それを用いて2000~2010年の医療費の伸び率低下は1人当たり医療費の伸び率低下が主導したこと、しかしこれは傷病分類間の違いが大きいことを明らかにする。医療費総額の伸び率低下の半分以上は循環器疾患の医療費の伸び率低下によって説明できる。しかし、医療費伸び率低下は内分泌疾患や筋骨格系疾患の方が大きく、逆に悪性新生物では小さかった。

二木コメント-「医療サテライト勘定」は2015年以降毎年公表される予定だそうです。日本の「国民医療費」と異なり、アメリカの「国民保健費用」には疾患別の医療費は含まれていませんでしたが、「医療サテライト勘定」により日米の傷病分類別医療費の比較も可能になります。

○[アメリカにおける]医療提供組織の改革は[医療の]価値を増大させるか?結論はまだ出ていない
Korenstein D, et al: Do health care delivery system reforms improve value? The jury is still out. Medical Care 54(1):55-66,2016.[体系的文献レビュー]

本研究の目的は、組織レベルの介入(インセンティブ付与と組織構造改革)がアメリカ医療の価値(質と費用のバランスと定義)に与える影響を評価することである。PubMed(2003年~2014年6月)により様々なキーワード(略)を組み合わせて文献検索し、併せて関連雑誌の2014年8月~2015年8月の目次をチェックした。対象にしたのは、前方視的または後方視的な組織レベルの改革の研究で、対照群があり、質および費用または資源利用の両方を報告している論文であり、最終的に28の介入についての30論文(すべて英語文献)を選んだ。介入方法は患者中心のメディカルホーム(n=12)、質に応じた支払い(P4P.n=10)、混合的介入(n=6)であった。大半の論文(n=19)は費用と利用アウトカムを報告していた。質、費用と利用アウトカムのバラツキは大きかった。多くの改善は小規模であり、プロセスアウトカムが多くを占めていた。価値の改善(質は改善し費用・利用が一定または低下、または質は一定で費用・利用が低下)は23論文で見られた。1論文では質は低下し、6論文では質の変化はないか、不明か、低下と改善の混合であった。各論文に見られた弱点は、最終結果(endpoints)指標のバラツキ、方法論の一貫性のなさ、観察研究における結果の調整の不完全さであった。Medlineでは、医療の価値についての標準化されたMeSH(医学用語の見出し)がないことも今後の課題であった。結論:論文全体から判断して、医療組織の改革は価値を高め得ることを示唆している。ただし、この結論は各論文の結果にバラツキが大きく、しかもアウトカム面での質指標の改善がほとんど報告されていないため、割り引く必要がある。

二木コメント-「お行儀の良い」「控えめな」文献レビューです。ポイントは、質の改善はほとんどプロセス指標の改善に限られ、アウトカム指標の改善はほぼ皆無なことだと思います。なお、「価値」(value)は、高名な経営学者のポーター教授が2009年以降医療改革に持ち込んだ用語(流行語)ですが、「費用対効果の改善」という単純な意味であり、しかもその定義は利害関係者間で異なっています。

○[アメリカ・ペンシルバニア大学における]2013~2015年の保険料を用いた経済的インセンティブは職場での体重減少を促進しなかった
Patel MS, et al: Premium-based financial incentives did not promote workplace weight loss in a 2013-2015 study. Health Affairs 35(1):71-79,2016.[量的研究]

雇用主は医療保険料の調整を、従業員の健康な行動を促進するインセンティブとして用いているが、それの効果については論争がある。ペンシルバニア大学医療保険に加入している従業員に、1年間で5%の体重減少を目標とする職場のウェルネスプログラムへの参加を募り、それに応じた197人の肥満者を、対照群(目標を達成しても経済的インセンティブなし)と目標を達成した場合に従業員が支払う保険料を550ドル(相当)引き下げる介入群に分けた。介入群はさらに、①保険料の引き下げを翌年に実施する群、②目標を達成した直後から保険料を引き下げる群、③毎回の体重測定の結果に応じて、宝クジ方式で現金10%を支払う群。12か月後に、4群の体重変化に統計的に有意差はなかった:対照群+0.1ポンド、①群-1.2ポンド、②群-1.4ポンド、③群-1.0ポンド。体重減少を達成した者の割合にも有意差はなかった:対照群20%、①群22.5%、②群12.5%、③群20%。体重減少のための経済的インセンティブの失敗は、雇用主は職場でのウェルネスプログラム以外の方法を試みるべきことを示唆している。

二木コメント-日本でも最近は保険加入者の健康増進または医療機関受診抑制のために、医療保険料軽減等の経済的インセンティブが導入されようとしていますが、本研究はそれの効果に疑問を呈しています。ただし、本研究は対象が197人と少ないため、「予備的研究」と見なすのが妥当と思います。

○[アメリカの一地方で]インターネットのポータルサイトにアクセスして自己の診療情報をチェックする患者はプライマリケア[診療所]受診が多いか?
Leveille SG, et al: Do patients who access clinical information on patient internet portals have more primary care visits? Medical Care 54(1):17-23,2016.[量的研究]

医療費増加が国家的問題となり、医療情報技術のインパクトについての論争が強まるにつれて、安全なインターネットのポータルサイトを通して、自己の診療記録をチェックする患者が増えている。しかし、それが患者の診療所受診に与える影響は知られていない。本研究の目的は、患者のポータルサイトを用いての診療記録へのアクセスとプライマリケア利用との関連を評価することである。ペンシルベニア州の農村部を診療圏とする1統合医療組織とボストンにある1大学医療センター内の患者ポータルサイトに登録されたプライマリケア利用の患者を対象にして、前方視的コホート調査を行った。「診療記録ポータルサイト(以下、ポータルサイト)」の利用頻度を2か月間ごとに2年間調査した。主なアウトカムはプライマリケア診療所受診回数とした。1年目はアクセス可能な情報は臨床検査や画像診断等に限られていたが、2年目には一部の患者については医師の診療記録にもアクセスできるようにした。

最初の2か月間に、44,951人の患者のうち14%が1月当たり2回以上ポータルサイトを利用し、31%が1回利用し、残りは利用しなかった。年齢、性、慢性疾患の違いを調整しても、全体としては、ポータルサイトの利用とその後の診療所受診頻度との関連はなかった。ポータルサイトを高頻度に利用した(2か月間に31回以上ログインした)患者は0.1%未満であり、これらの患者ではその後の2か月間に診療所受診が平均1回以上増加していた。しかしその逆の関係(診療所受診がその後のポータルサイト利用につながる)も見られた。医師の診療記録へのアクセスの有無によっても、以上の傾向は変わらなかった。結論:患者は診療所受診後自分の診療情報ポータルサイトにアクセスするが、ポータルサイトの利用はプライマリケア受診には寄与していない。

二木コメント-論文名は魅力的ですが、結論に目新しさはないように思えます。

▲目次へもどる

3.私の好きな名言・警句の紹介(その135)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>


4. 大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2016年度版,ver.18)

別ファイル (PDFファイルPDF)

2016年度版に追加したのは下記の13冊です。ゴチックは私のお薦め本です。

参考1:日本福祉大学2015年度学位授与式・学長式辞

(日本福祉大学ホームページ:学園・大学案内→大学概要→学長メッセージ→2015年度) (PDFファイルPDF)

皆さん、卒業おめでとうございます。卒業生を物心両面で支えていただいたご父母や保護者の皆さまにも、お祝い申し上げます。また、年度末でお忙しい時期にもかかわらず、式典にご参列いただいたご来賓の皆さまに、心よりお礼を申し上げます。

本日、私が卒業生の皆さんにお話ししたいことは3つあります。

第1は、本日3月19日は、あの東日本大震災・福島第一原発事故から、丸5年と8日目に当たることです。当時、皆さんも、私たちも、すべての日本国民も、さらには世界の多くの人々が、地震・津波・原発事故の被害の甚大さに衝撃を受け、打ちひしがれる一方で、被災された人々が冷静沈着に行動されたこと、およびそのような行動を支えた地域社会の「絆」の強さに心が洗われたと思います。私たち教職員にとって嬉しく、かつ誇りに思ったことは、それ以来5年間、多くの福祉大生が「災害ボランティアセンター」に参加し、被災地または愛知県でさまざまな支援活動を続け、それを通して人間的に大きく成長したことです。

「災害ボランティアセンター」は2週間前の3月7日に、47人もの犠牲者を出しながら、被災後わずか1年半で新しい施設を開設した宮城県の「特別養護老人ホームうらやす」施設長の佐々木恵子さんをお招きし、知多半島の自治体、社会福祉法人、NPO法人等の皆様にもご参加頂いて「防災講演会」を開いたのですが、佐々木さんには、本学の学生・教職員ボランティアが全壊した同ホームに被災直後に支援にお伺いしたことが「一筋の光」だったとお褒めいただきました。

しかし、残念ながら、被災地の復興は全体としては遅れ、本年1月現在、17万8千人もの人びとが、愛知県の1071人を含め、全国47都道府県で不自由な避難生活を強いられています。ちなみに、本学が知多半島の小中学校生徒を対象にして毎年実施している作文コンクール「知多の子どもたちからのメッセージ」に応募し、中学生の部で2年連続受賞された女子生徒は、東日本大震災直後に、仙台市からお母様の実家である半田市に避難され、そのまま引っ越された方でした。

さらに、原発事故直後に掲げられた「原発ゼロ」政策も見直されました。それだけに、皆さんには、大学卒業後も、被災者支援を、できる範囲で、続けていただきたいと思います。その第一歩は、被災者を「忘れない」ことです。日本福祉大学も「災害ボランティアセンター」の活動を継続するとともに、将来起こる可能性が大きい南海トラフ巨大地震への備えを進めることを、皆さんにお約束します。

第2に述べたいことは、皆さんが卒業される日本福祉大学が、日本でただ一つの、平仮名の「ふくしの総合大学」であることです。1953年度に中部社会事業短期大学、学生数わずか83人のごくごく小さい短期大学として産声をあげた本学は、63年の間に、4キャンパス・7学部、通学・通信課程をあわせて学生数1万人を超える大学に発展してきました。ご承知のように今年度は、名鉄太田川駅前に、第4の「東海キャンパス」を開設し、新たに看護学部を設置しましたが、さらに2017年度にはこの美浜キャンパスに「スポーツ科学部」(仮称)を開設する予定です。日本福祉大学は、これからも、すべての人々のしあわせ、本学の教育標語で掲げた「万人の福祉のために、真実と慈愛と献身を」目指す、「ふくしの総合大学」として発展し続けることをお約束します。皆さんも、本学で学んだことに誇りを持ち、職場と地域で積極的な役割を果たされることを期待します。

第3にお話したい、というよりお願いしたいことは、皆さんが大学を卒業した後も、継続して勉強し、可能な限り長い期間働くことです。ご承知のように、日本は今や世界一の長寿国で、男の平均寿命は81歳、女はなんと87歳に達しています。皆さんの大半は22歳だと思うので、平均すれば、男の卒業生はこれから後59年間、女の卒業生は65年間もの長い人生をすごすことになります。現在、企業の一般的な退職年齢・定年は60歳から65歳ですが、皆さんが高齢者になる頃には、それは少なくとも70歳、もしかしたら75歳になっているかもしれません。その場合、皆さんはこれから50年前後も、働き続けることになります。若い皆さんにとって、これは気が遠くなるような長期間と思います。しかし、日本が今後確実に、人口減少・超少子超高齢社会に突入することを考えると、これから50年前後働き続けることは、皆さん自身の生活を維持するためにも、日本社会を維持するためにも、避けられないことです。そのためには、高齢者だけでなく、女性、障害者を含めたすべての人びとが働きやすい制度・環境を整える必要があります。「ふくしの総合大学」である本学はそのために積極的役割を果たすことをお約束します。

そして皆さんがこれから長期間働き続けるためには、日本福祉大学で学んだことを基礎にして、大学卒業後も、生涯、勉強・学習し続けることが必要です。本学は、そのための受け皿として、以前から働きながら学べる通信教育部や各種の大学院を開設していましたが、本年度は新たに生涯教育を支える「リカレント教育」も始めました。

皆さんが、これからの長い人生と長い勤務年限を有意義にすごし、今持っている様々な夢や希望を着実に実現すると共に、社会にもしっかり貢献することを期待します。最後に改めて、皆さん、卒業おめでとうございます。

2016年3月19日
日本福祉大学学長 二木 立

参考2:日本福祉大学2016年度入学式・学長式辞

(日本福祉大学ホームページ:学園・大学案内→大学概要→学長メッセージ→2016年度) (PDFファイルPDF)

新入生の皆さん、入学おめでとうございます。心より皆さんを歓迎します。ご両親、保護者の皆さま、そしてお忙しい中をご臨席くださいました来賓の皆さま、ありがとうございます。

本日、私が皆さんにお話ししたいことは6つあります。少し長くなるので、パワーポイントも使います。

第1に、日本福祉大学の原点についてお話しします。本学の原点・前身は今から63年前の1953年に創立された中部社会事業短期大学で、それが4年後の1957年に日本福祉大学に変わり、そのときに日本で最初の社会福祉学部を開設しました。中部社会事業短期大学が創立された当時の日本はまだ非常に貧しい国でした。皆さんは、昨年の紅白歌合戦で美輪明宏さんが歌った「ヨイトマケの唄」を聞かれましたか?♪父ちゃんのためなら、エンヤコーラー♪で始まるこの歌は、当時ヨイトマケとさげすまれていた日雇い労働者の誇りと尊厳、母と子の絆の大事さを高らかに歌い上げた、心にしみる唄です。そして、この歌の舞台は、日本福祉大学が創立された1950年代前半だったのです。

本学の創立者で初代学長の鈴木修学先生は、ハンセン氏病者や戦災孤児など、社会的に一番弱い立場にある人びとの救済と幸せを願ってさまざまな福祉活動を行われる中で、大学教育で福祉の専門職を養成することを決意され、本学を設立されました。鈴木先生の人となりとご業績は、日本福祉大学後援会から本日皆さんにプレゼントされた本『日本の福祉を築いたお坊さん』(星野貞一郎著。中央法規)に詳しく書かれているので、ぜひ読んで下さい。

第2にお話ししたいことは、福祉の単科大学として設立された日本福祉大学が、その後63年の間に、名古屋市と知多半島で少しずつキャンパスと学部を増やし、現在では、4キャンパス7学部4大学院研究科を持つ、「ふくしの総合大学」に成長してきたことです。来年2017年度には第8の学部として「スポーツ科学部」(仮称)も開設する予定です。

ここで、福祉を漢字ではなく、平仮名で表していることに注意してください。実は漢字の福祉は、「福」も「祉」も、もともとは「しあわせ」という意味を持っています。しかし、漢字で福祉と書くと、貧しい人々や社会で弱い立場にある人々のみを対象にしていると誤解されがちです。これが福祉の原点・中核であることは現在も変わりませんが、本学が創立されてから63年の間に、福祉の意味・対象・範囲は大きく拡大し、現在ではすべての人々のしあわせを目ざす活動を意味するようにもなっています。本学の教育標語、「万人の福祉のために、真実と慈愛と献身を」も、同じことを意味しています。そこで、本学は、このような広い意味での福祉、福祉の広がりを強調するために、平仮名で「ふくし」と表現しています。皆さんには、どの学部、どの学科に入学したかにかかわりなく、この広い意味での「ふくし」の精神と知識と技術を身につけていただきたいと思っています。

第3に、本学は、文部科学省が助成する「地(知)の拠点整備事業(COC:Center of Community)」に採択され、昨年度から「ふくし・マイスター」の育成教育を始めていることについてお話しします。COCとは大学が地域再生・活性化の拠点となることを目的とした事業です。その重要な柱として、入学者全員、つまり皆さんを対象にして、各学部の演習(ゼミなど)で「ふくしコミュニティプログラム」を行うと共に、1~3年次に各学部と全学教育センターの地域志向科目を開講します。これらの科目を10科目20単位以上履修した学生に、卒業時に「ふくし・マイスター」の修了証を授与します。できるだけ多くの皆さんがこの資格を取得されることを期待します。なお、この「ふくしマイスター」については、入学後のオリエンテーションで詳しい説明があります。

第4にお話ししたいことは、1985年1月28日、今から31 年前に、長野県犀川のダム湖で起きたスキーバス事故のことです。学生22人、引率の教員1人、バス乗務員2人、合計25人もの尊い命を奪ったこの事故は、現在に至るまで、日本国内の大学で起こった最大・最悪の事故です。皆さんと同じ年代で、この世を去らなければならなかった無念は、いかばかりかであったと思います。残されたご遺族の哀しみは、31年経った今も癒えることはありません。私たちはこの事故を決して忘れないために、毎年事故のあった1月28日に慰霊祭を開くと共に、10月(今年は20日)に「安全の日」を設けて、さまざまな啓発活動を行っています。新入生の皆さんが、それらに積極的に参加することを期待します。

第5にお話したいことは、昨年、選挙権年齢が20歳から18歳に変わり、皆さんがそれを最初に行使することです。具体的には7月に予定されている参議院議員選挙においてです。選挙権の行使は、憲法に保障された国民の最も基本的な権利の1つであり、自分の頭でしっかり考えて、必ず投票して頂きたいと思います。そのための助言が2つあります。1つは、毎日、新聞の政治・経済、社会面をシッカリ、最低限30分はかけて読むことです。もう1つは、各学部で開講している、憲法、法、政治、社会等についての「教養科目」を履修することです。講義科目名は、各学部で異なるので、入学後のオリエンテーションで説明します。

第6、最後に、入学後は、講義・ゼミでしっかり学ぶと共に、サークル活動やさまざまなフィールド活動、ボランティア活動にも積極的に参加し、豊かな学生生活を送っていただきたいと思います。新入生の皆さんは、本日、大学に入学して環境が大きく変わります。新しい集団や地域に入っていくことには期待だけでなく、不安もあると思います。これからの大学生活には、うれしいことだけでなく、大変なこと、苦しいこともあるでしょう。そんな時には、迷うことなく、周りの人びとに相談してください。講義やゼミ、サークル活動やボランティア活動で知り合った仲間は、皆さんの大きな支えになると思います。もちろん、教職員にも遠慮なく相談してください。

ボランティア活動で特にお薦めしたいのが、東日本大震災の被災者支援のボランティア活動です。日本福祉大学は、5年前の大震災直後に「災害ボランティアセンター」を立ち上げ、教職員・学生が一体となって、支援活動を続けてきました。皆さんもご承知の通り、被災地の復興は遅れ、依然として18万人もの人々が避難生活を続けています。そのため、私たちは今後も長期間支援活動を続けます。新入生の皆さんが積極的に参加されることを期待しています。

日本福祉大学の7学部がある知多半島は、自然も、産業も、そして人間関係・人情もゆたかな土地柄です。美浜キャンパスのある知多半島南部は農業・水産業が活発で、風光明媚な地域です。半田キャンパスのある知多半島中部は、歴史・文化・観光資源の厚みのある地域です。東海キャンパスのある知多半島北部は、工業等の分厚い産業集積に加えて、近年東海キャンパスのある太田川駅前を中心にして文化都市へと変貌しつつあります。さらに、知多半島全体は、社会福祉法人やNPO法人による活発な福祉活動で全国的にも有名です。一説によると、知多半島は日本で一番「元気のある」半島とも言われています。この知多半島を舞台にして、皆さんが今後4年間、平仮名の「ふくし」について総合的に学び、立派な社会人になることを期待して、式辞といたします。

最後にもう一度、入学おめでとうございます。

2016年4月1日
日本福祉大学学長 二木 立

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし