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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻143号)』(転載)

二木立

発行日2016年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1. 論文:2016年度診療報酬改定の狙いとその実現可能性・妥当性を考える
(「二木学長の医療時評(138)」『文化連情報』2016年6月号(459号):20-27頁)

はじめに

2016年度診療報酬改定は、財務省の強い引き下げ圧力にもかかわらず、診療報酬本体で0.49%(2100億円)のプラス改定になりました。個々の改定項目をみても、従来項目についてきめ細かい精緻な改定が行われた反面、「激変」はありませんでした。それの詳細については、本誌を含めて多数のレポートがあるので、本稿では、今回の改定の狙いとその実現可能性・妥当性に焦点を絞り、以下の3点について検討します。①「全体改定率」非公表と「外枠」大幅拡大の狙いと弊害。②地域包括ケアシステムの対象拡大の光と陰。③7対1病棟は算定要件の厳格化でも大幅な減少はないし、「病棟群単位による届出」は2年後も継続される可能性が大きい。最後に、2年後の2016年改定を展望し、「大変革」・「激変」が起こる可能性は低いと私が判断している根拠を述べます。

「全体改定率」非公表と「外枠」大幅拡大の狙いと弊害

今回の改定でまず注目すべき事は、診療報酬「全体」の改定率が公表されなかったことです。この点は、2014年度までの改定では診療報酬「本体」の改定率と同時に「全体(ネット・実質)」改定率(診療報酬改定率+薬価等の改定率)が示されていたのと大きく異なります。そのために、新聞報道等では実質改定率として、-0.84%、-1.03%、-1.43%という3つの異なる数値が用いられています。

私は『日本医事新報』2016年1月9日号(4785号)「これだけは知っておきたい!診療報酬改定率」『月刊保団連』2016年臨時増刊号「特集・点数改定のポイント」が報じたように、厚労省が公表している薬価・材料価格の引き下げに、①これまで改定率に含まれていた薬価の通常市場拡大再算定による引き下げ分、②薬価の特例拡大再算定導入による引き下げ分、および③「長期収載分の引き下げ」「大型門前薬局に対する評価の見直し」等による引き下げ分の3つの「外枠」引き下げを加えて、全体改定率を1.43%のマイナスとするのが妥当と思います。

表(「外枠」分の医療費削減額の推移)に示したように、このような「外枠」による薬価等の医療費引き下げは、民主党政権時代の2010年度改定で、診療報酬本体の10年ぶりのプラス改定を演出するために初めて導入されました(1)。その後の2012年度、2014年度改定でも実施されましたが、今回の「外枠」は種類の多さでも、それによる医療費抑制額の多さでも、今までとは桁が違います。国民医療費ベースで見ると、今回の「外枠」分の医療費抑制額は2350億円に達し、今までで一番多かった2010年度改定時の600億円の4倍です。

厚労省が「外枠」による医療費抑制を拡大し、「全体改定率」を公表しなかった理由は2つあると思います。1つはネットの引き下げ幅を小さく見せ医療関係者等の反発を和らげること、もう1つは薬価の引き下げ分を診療報酬本体引き上げの原資として用いないことの恒常化・制度化です。

これはいわば「総論」ですが、それに加えて「各論」レベルでは、庄子育子氏が的確に指摘されたように、「関係者の顔[を]立てるため『外枠』を駆使」したと言えます(2)

具体的には、2つあります。まず、本来調剤報酬の引き下げに含めるべき「大型門前薬局に対する評価の見直し」を「外枠」化したのは、これにより診療報酬本体部分では「医科:調剤=1:0.3」という技術料比率に関する慣例を守ると共に、調剤報酬をプラス改定に見せ、日本薬剤師会執行部の顔を立てるのが目的だったと思います。もう1つ、3種類の薬価引き下げによる国庫支出額の削減502億円相当分を「外枠」化し、それを財源にして診療報酬本体を0.49%引き上げ(国庫支出額増加498億円)、医療崩壊が起きないようプラス改定を求めていた日本医師会の主張に配慮したとも解釈できます。

しかし、「外枠」の拡大と「全体改定率」の消失により、今後、厚労省の行う国民医療費の増加要因分析や将来予測に恣意性が入る危険が生じたと言えます。例えば、国民医療費の増加要因分析をする場合、診療報酬全体引き下げ率が実態よりも過少に表示される結果、「その他」(医療技術の進歩等)の要因による医療費増加率が過大に表示され、新規医療技術の保険収載等が抑制される可能性があります。そのために、私は、本年1月13日の中医協総会で中川俊男委員(日本医師会副会長)が、「改定のたびに、ルールを変える」ことに疑問を呈し、「非常に不透明だ」と発言したのは見識があると思います。

地域包括ケアシステムの対象拡大の光と陰

今回の「改定の基本的視点」では、「『地域包括ケアシステム』の推進と、『病床の機能分化・連携』を含む医療機能の分化・強化・連携を一層進めること」が第1に掲げられました。唐澤剛保険局長は3月4日の診療報酬改定説明会で、さらに踏み込んで、「[地域包括ケアの推進は]平成26年度改定にも含まれていたが、各般の項目にわたって改定をするという意味では、地域包括ケアの元年ではないか」と述べました(『週刊社会保障』2016年3月14日号:14頁)。

唐澤局長は、診療報酬改定に限定して本年を「地域包括ケア元年」と呼んでいるようですが、診療報酬改定の枠を超えた地域包括ケアシステムそのものの「元年」については、2006年説、2012年説、2015年説の3つがあります。一番有力なのは2012年説で、宮島俊彦元老健局長は「法律上は、2012年を持って、地域包括ケア元年ということになる」と主張しています(3)。2012年4月に施行された介護保険法第三次改正により、地域包括ケアシステムが初めて法的に定義されたからです。

私は、三浦公嗣老健局長が、3月7日の全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議で「地域包括ケアシステムの推進については、高齢者のみを対象としたものではなくて、地域住民すべてを包含する体制が重要」と明言したことに注目しています(「シルバー新報」3月11日号3面)。これは、厚労省のプロジェクトチームが昨年9月17日に発表した「新福祉ビジョン」(通称。正式名称は「「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現-新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」)が「高齢者に対する地域包括ケアを現役世代に拡げる」ことを提唱したことの具体化かも知れません(4,5)。実は、地域包括ケアシステムの対象は医療介護総合確保推進法では高齢者に限定されていますが、厚労省は、法改正を行うことなく、診療報酬改定により対象拡大を行おうとしているのだと思います。これは、医療提供体制の改革をまず診療報酬改定により誘導し、その後に医療法改正を行うという、厚労省お得意の手法と言えます。

ただし、保険局医療課「平成28年度診療報酬改定の概要」(2016年3月4日版)中の「地域包括ケアシステム推進のための取り組みの強化」(①~⑩)はいただけません。それには、「特定集中治療室等における薬剤師配置に対する評価」(④)、「周術期口腔機能管理等の医科歯科連携の推進」(⑤)等、どう考えても地域包括ケアシステムとは結びつかないものが含まれているからです。このような恣意的拡大解釈を行うと、それでなくても分かりにくいと言われている地域包括ケアシステムの理解がますます混乱します。

7対1病棟は算定要件の厳格化でも大幅減少しない

今回の改定では「入院医療の機能分化・強化」の柱として、7対1病棟の算定要件の見直し・厳格化が行われただけでなく、削減する7対1病棟の受け皿が2つ設けられました。①今後2年間に限定して、病院が7対1病棟と10対1病棟の両方を持つこと(「病棟単位群による届出」)を認めた。②地域包括ケア病棟の点数を引き下げないまま、手術と麻酔の費用を包括払いの対象から外し、同病棟の「軽症急性期(サブアキュート)」機能を認めた。

これにより、現在7対1病棟を算定しているが、救急患者の受入や手術が少なく、内科系重症患者が多い中小病院の多くは、10対1病棟や地域包括ケア病棟を選択する可能性があると思います。ただし、私は7対1病棟が大幅に減少する可能性は少ないと判断しています。少なくとも、財務省が2014年度改定で予定した2年間での9万床削減、ましてや2025年までの18万床削減はあり得ないと思います。理由は2つあります。

第1の理由は、厚労省の試算でも、「重症度、医療・看護必要度」の見直しにより、基準該当患者数は約3割増加するため、基準を満たす患者の割合を15%から25%に引き上げても、新しい7対1病棟の算定基準を満たせなくなる病床の割合は1割弱(9.9%)にとどまるからです。しかも、今後他病棟から新たに7対1病棟に転棟が予想される病床数を加えると、7対1病棟の減少は最終的に-4.9%~-2.9%にとどまるとされています(2015年12月9日中医協総会「入院医療(その7)」)。

第2の理由は、日本の民間病院の多くは「危機に際して『生き延びる』という意味での活力」を有している、「上に政策あれば、下に対策あり」だからです(6)。厚労省が、2014年度改定でも今回の改定でも、7対1病棟削減の数値目標を示していないのはこのことを見越しているからだと思います。

そもそも私は、7対1病棟が「過剰な状態」にあるとの主張には強い疑問を持っています。財務省財政制度等審議会や中医協の保険者側委員は、7対1の看護配置を「高度急性期」に限定すべきと主張していますが、これは医療・看護の実態を無視しています。医療の高度化や病床の機能分化の推進のためには、「高度急性期病床」には7対1を超える看護配置が必要であり、「急性期病床」には最低限7対1の看護配置が求められると思います。さらに、今回の改定で「軽症急性期」の機能も持つことになった「地域包括ケア病棟」(現在は13対1)も、将来的には7対1の看護配置が必要になると判断しています。これは私個人の理想論ではなく、厚生労働省自身がかつては主張していたことです。具体的には、2011年6月2に発表した「医療・介護に係る長期推計」中の「改革シナリオ(パターン1)」では、2025年度には高度急性期の職員等は現状より2倍程度増、一般急性期(現・急性期)は同6割程度増、亜急性期・回復期リハ(現・回復期)は3割程度増にすると想定していました(6)

そのため、横倉義武日本医師会会長の以下の発言は大変見識があると思います。「私は厚労省がいう7対1看護が急性期だということに少し異論があって、本来、急性期に限らず、回復期や慢性期であっても多くの看護や介護の人手を必要とするわけです。そういう意味では、7対1ぐらいの看護体制がすべての病棟で組めることが望ましいと思います。財源の問題があるから、急性期だけの話になっているというのが現状だと捉えています」(7)

「病棟群単位による届出」は2年後も継続される可能性

上述したように、今回の診療報酬改定で、病院が7対1病棟と10対1病棟の両方を届け出ることは、本年4月から2年間に限り認められることとされましたが、私はこの経過措置が2年後も、少なくとも地域を限定して、継続される可能性が大きいと思います。

その理由は、人口減に伴う高度急性期患者の減少に直面している県・地域では、基幹的な大病院の中にも、全病棟で7対1病棟の算定基準を満たすことが困難な病院が少なくない反面、全病棟を10対1病棟に転換すれば、医療・看護機能が大幅に低下し、基幹病院としての役割を果たせなくなるからです。そのため、「病棟群単位による届出」が2年間に限定されたままでは、そのような病院は届出に逡巡し、結果的に7対1病棟の削減が厚生労働省の期待するほどには進まなくなります。

厚生労働省の担当者もこの現実はよく理解していると思います。私は、特に宮嵜保険局医療課長の次の発言に注目しています。「この措置は2年となっているが、期限を迎える時期に診療報酬改定もあるので、予定通りなくすのか、継続するのか、あるいは措置の中身を見直すのか、といったことを議論するチャンスはある」(8)。宮嵜医療課長は、7対1病棟の該当患者割合を200床未満の病院については23%以上にする2年間の経過措置についても、次のように、より踏み込んで述べています。「基本は2年間の経過措置なので、今のままであれば2年後には経過措置は無くなります。ただ別の見方をすれば、2年ごとに診療報酬改定はあるので、2年ごとに経過措置を延長するか、経過措置を変えるのかといったことも含めて議論をしていけばいいと思います。維持期のリハビリテーションも医療保険から介護保険への移行が検討されていますが、2年ごとにその扱いを議論しています。これらと同様に考えていけばいいでしょう」(9)。この論理は「病棟群単位による届出」にもそのまま当てはまります。

診療報酬改定の実質的責任者である保険局医療課長が、経過措置が始まる前から、それの継続の可能性に言及するのはきわめて異例です。2年後に必ず廃止すると決意しているのなら、こんな「甘い」ことを言うわけがなく、これは経過措置継続の「予告」・「シグナル」・「示唆」と言えると思います。私は、病院団体が次の2018年度改定を待たずに、この「病棟群単位による届出」の経過措置の継続・恒久化を求めれば、それが実現する可能性は少なくないと思います。

おわりに-2018年同時改定でも「大変革」・「激変」はない?

最後に、少し気が早いですが、2年後の診療報酬改定を展望します。2018年度には診療報酬と介護報酬の同時改定が行われるため、「大変革」・「激変」が生じるとの予測が少なくありません。しかし、私はそれにはきわめて懐疑的です。

なぜなら、2015年の介護報酬改定と今回の診療報酬改定により、2025年に向けての「医療と介護の一体的改革」(社会保障制度改革国民会議報告書)の方向は明確にされているからです。田辺国昭中医協会長も次のように述べています。「今回改定でも2025年の改革シナリオに向けて、いろいろなものが出ていますが、これまでの改定のなかで、プランや工程についてはだいたい項目が出そろったのではないかというのが私の印象です。(中略)2018年改定で、突然何か新しいプランが出てくることはないように思われます」(10)

介護病床のうち、介護療養病床と25対1の医療療養病床については、ある程度大きな改革が行われるとは思います。しかし、厚労省の療養病床の在り方等に関する検討会が1月28日に改革の叩き台を示しているので、「大変革」や「激変」はないと思います。この点で示唆的なのは、城克文医療介護連携政策課長の最近の発言です。氏は「今の状況は[2006年に介護療養病床]廃止を打ち出した頃とは相当違う」と率直に認めた上で、「単純再延長とはならないと思うが、(中略)部分的に不適合でも既存施設のまま経過措置として認める必要があるかもしれない」と認めています(11)

ただし、以上の大前提は、今後、世界経済の激変・大不況や国家財政の破綻が生じないことです。仮にそれが生じた場合には、患者負担の大幅増加、保険給付範囲の縮小、診療報酬点数の一律的な大幅引き下げのすべてまたは相当部分が実施される可能性があります。

また、各医療機関が「社会保障制度改革国民会議報告書」や今回の改定で示された2025年に向けた「医療・介護の一体的改革」の方向を正確に理解して、速やかに対応する必要があることは言うまでもありません。

[補足]「改定の基本方針(骨子案)」に効率優先の表現が登場したが修正された

2016年度診療報酬改定の議論のプロセスを見ていて、私が心配したのは、社会保障審議会医療保険部会の「診療報酬改定の基本方針(骨子案)」に、一時的にせよ、従来の厚生労働省文書とは異なる、効率優先の表現が用いられたことです。

従来、厚生労働省は、医療の効率化を強調する場合、必ず「良質で効率的な医療」的な表現を用いてきました。私もこの語順はきわめて重要だと考えています。なぜなら、医療サービス・技術の大前提はそれの質・効果が確認されていることであり、それが確認された後に、「効率」(費用対効果)を検討する必要があるからです。逆に言えば、効果の確認されていない医療サービス・技術の効率を検討する意味はありません。これは医療経済学、医療の経済評価の基本中の基本です。

歴史的に見ると、医療の効率化、効率的な医療を最初に提起した厚生省(当時)の公式文書は、1986年6月に発表された「国民医療総合対策本部中間報告」です。この文書では、「良質で効率的な国民医療」がキーワードとされ、「『質の良い』医療サービスを『効率的に』供給していくためのシステムづくり」が多面的に提起されました。「効率的」という表現は7回用いられましたが、ほとんど「良質で効率的な医療」という対表現で用いられました。

厳しい医療費抑制政策を断行した小泉政権でも、この用法は踏襲されました。例えば2003年の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針について」でも、「第2 医療保険制度体系」の「基本的な考え方」の(3)が「良質かつ効率的な医療の確保」とされました。さらに、「第3 診療報酬体系」の「基本的な考え方」は、より踏み込んで、「社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供されるよう、必要な見直しを進める」とされました。

小泉政権時代の2006年診療報酬改定から、社会保障審議会の医療保険部会と医療部会で「診療報酬改定の基本方針」が決定され、中医協での検討はそれに沿って行われるようになりました。2006年の診療報酬改定では、史上初めて診療報酬本体のマイナス改定が実施されましたが、「診療報酬改定の基本方針」の「1.平成18年度診療報酬改定に係る基本的考え方」の冒頭には、「国民の健康・長寿という人間にとって一番大事な価値を実現するためには、国民の安心の基盤として、質の高い医療を効率的に提供する医療提供体制の構築と、将来にわたる国民皆保険制度の堅持が不可欠である」と書かれ、上記「国民医療総合対策本部中間報告」以来の公式表現が踏襲されました。これを含めて、「質の高い医療を効率的に提供する」という表現が、4回使われました。

これ以降、2008年、2010年、2012年、2014年の「診療報酬改定の基本方針」でも、ほぼ同じ表現が踏襲されました。2014年の「診療報酬改定の基本方針」では、「医療の機能強化とともに、医療の効率化に取り組むべきである」と表現が変わりましたが、趣旨は同じと思います。意外なことに、この「基本方針」の「改定の視点」の(2)は、「患者から見て分かりやすく納得でき、安心・安全で質の高い医療を実現する視点」とされ、2006~2012年の「改定の視点」にあった「効率的」という表現が消えていました。

ところが、昨年9月11日の医療部会と9月16日の医療部会に示された「次期診療報酬改定の基本方針の検討について」では、「改定に当たっての基本認識」の②が「地域包括ケアシステムと効率的で質の高い医療提供体制の構築」とされ、改定の「視点の例」でも、「患者にとって安心・安全で納得できる効率的で質が高い医療を実現する視点」とされ、「効率的」が復活し、しかもそれが「質が高い医療」の前に置かれました。10月21日の医療保険部会と10月22日の医療部会に示された「次期診療報酬改定に向けた基本認識、視点、方向性等について」でも同じ表現が用いられました。そして11月19日の医療部会と11月20日の医療保険部会に示された「次期診療報酬改定の基本方針(骨子案)」では、「効率的で質の高い医療」という、厚生労働省の従来の公式表現とは異なる、私からみると倒錯した表現が見出しを含めて6回も用いられました。

しかし、12月2日の医療保険部会と12月4日の医療部会に示された「平成28年度診療報酬の基本方針(案)」では、上記6個所の「効率的で質の高い医療」の前にすべて「効果的」という表現が挿入されました(「効果的・効率的で質の高い医療」)。これは、厚生労働省の伝統的表現「良質で効率的な医療」への回帰と言えます。そして、この表現は12月7日の医療保険部会・医療部会の合同会議の「平成28年度診療報酬改定の基本方針」で確定しました。ただし、この間、事務局から表現の変更についての説明はなく、委員からの質問もありませんでした。

私は、11月の「基本方針(骨子案)」で「効率的で質の高い医療」という効率優先の表現が使われたことを知ったときに、安倍政権の厳しい医療費抑制政策が厚生労働省の「良質で効率的な医療」という伝統的表現をも変えたのか?と心配したのですが、担当者はそれほど深く考えずに用いたようです。

残念ながら、この伝統的表現は厚生労働省内で共有されていないようで、4月25日の「第1回データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」の「開催趣旨」の冒頭で、「効率的で質の高い医療」という表現が復活しました。

文献

[本稿の本文は『日本医事新報』2016年5月7日号(4802号)掲載論文「2016年度診療報酬改定の狙いとその実現可能性・妥当性をどう読むか?」に加筆したものです。]

表 「外枠」分の医療費削減額の推移(2010~2016年)

表 「外枠」分の医療費削減額の推移(2010~2016年)
年度 「外枠」化の対象「外枠」化の対象 削減額(億円)
国費 医療費
2010年 後発薬がある先発薬の薬価引き下げ   600
2012年 ビタミン剤の除外   400
2014年 うがい薬除外と後発薬算定見直し 77 (297)
2016年 ・通常市場拡大再算定による薬価引き下げ 200  
・特例拡大再算定導入による薬価引き下げ 282  
・長期収載分の薬価引き下げ 20  
・大型門前薬局に対する評価の見直し 38  
・経腸栄養薬用製品に係る給付の適正化 42  
・湿布薬の1処方当たりの枚数制限等 27  
合計 609 (2351)

注:

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文)
(通算123回.2016年分その3:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○メディケイド疾病管理プログラムの医療費に与える影響:[アメリカ・]ジョージア州での自然実験のエビデンス
Kranker K: Effects of Medicaid disease management programs on medical expenditures: Evidence from experiment in Georgia. Journal of Health Economics 46:52-69,2016.[量的研究]

近年、大半の州のメディケイド制度は慢性疾患を有する受給者対象の疾病管理プログラムを導入した。このプログラムは、受給者と彼らへの医療提供者に介入して、確立された臨床ガイドラインに沿って適切に慢性疾患を管理することを支援する。プログラム導入は医療費抑制により正当化されてきたが、実際に費用を抑制できるかについての従来の調査結果はまちまちである。本研究は、ジョージア州の疾病管理プログラムの効果を検証する。このプログラムは数千人の受給者に対する高密度サービスの導入を延期するという自然実験となったからである。プログラム導入後、高度または中等度リスク群の1人1月当たり医療費請求額は平均89ドル減少したが、この節減額は(軽度リスク群を含む全対象者の)プログラム実施費用を上回るほど大きくはなかった。医療費に対する影響は介入の強度、時間経過、疾病グループにより変動した。医療費の減少は医療費がもっとも高い患者群で一番大きかった。

二木コメント-論文要旨は簡単ですが、本文では調査結果のていねいな説明・解析とそれに基づく本プログラムの厳密な費用便益分析が行われており、疾病管理プログラムの研究者必読と思います。本研究の結果は、介入プログラムの経済評価では、プログラムによる医療費抑制効果とプログラム実施費用の両方を考慮しなければならないことを示しています。例えば、日本の「特定健診・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ」の「中間とりまとめ」では、特定保健指導の積極的支援参加群の1人当たり外来医療費は非参加群に比べて、3年間で5000~7000円低いとされましたが、積極的支援群の介入費用は1人当たり18,000円であり、医療費節減効果を大幅に上回っていました(拙著『地域包括ケアと地域医療連携』勁草書房,2015,206頁)。

○利害関係者による疾病管理プログラムの受け入れの違いを説明する:オーストリアとドイツにおける政策実施の比較分析
Schang L, et al: Explaining differences in stakeholder take up of disease management programmes: A comparative analysis of policy implementation in Austria and Germany. Health Policy 120(3):281-292,2016.[2国間比較研究・内容分析]

慢性疾患を有する人々の医療を改善する政策の実施がなぜ失敗するかを理解することは、医療制度改革における差し迫った課題である。本研究は、疾病管理プログラムの実施率がドイツで比較的高い理由を、それが低いオーストリアと比較することにより探求する。その際、利害関係者(保険者、医師組織、個々の医師および患者)のモチベーション、情報(政策のデザインと期待される効果についての透明性とコミュニケーション)、およびパワー(政策を実施するか阻止する能力)に焦点を当てる。インタビュー調査(オーストリア15人、ドイツ26人)から得られた質的データ、公式文書やメディアの報道を用いて、「内容分析」により利害関係者の比較分析を行う。ドイツの利害関係者はオーストリアの利害関係者に比べて、システマティックに強いモチベーションを持ち、疾病管理プログラムについての肯定的情報に接しており、それを実施するパワーを持っていた。オーストリアでは疾病管理プログラムは医師への経済的インセンティブのみに焦点が当てられていた。ドイツでは、疾病管理プログラムの医療の質改善効果や医療費削減の可能性についてのエビデンスが限られていることは疾病保険に対する強い経済的インセンティブにより中和されていたが、オーストリアではエビデンスが不足していることが根本的な障害になっていた。疾病管理プログラムを普及させるためには、文脈に応じて経済的及び非経済的方法をミックスして用いて、医師だけでなく、保険者と患者の協同を進めるよう努力することが必要である。医療提供者に対する経済的インセンティブのみに焦点を当てても、疾病管理プログラムの実施は成功しそうにない。

二木コメント-同じドイツ民族で、医療制度も類似しているドイツとオーストリアとの興味深い比較分析です。「医療提供者に対する経済的インセンティブのみに焦点を当てても、疾病管理プログラムの実施は成功しそうにない」との結論は妥当と思います。ただし、著者が、疾病管理プログラムの「医療の質改善効果や医療費削減の可能性についてのエビデンスが限られている」ことを認めているにもかかわらず、それの実施率を高めることをアプリオリに目標としていることには疑問を感じます。

○「それは○○による」:[アメリカの]ナーシングホーム入居者がケアの好みについての気持ちをなぜ変えるかの理由
Heid AR, et al: "It depends": Reasons why nursing home residents change their minds about care preferences. Gerontologist 56(2):243-255,2016.[質的研究(内容分析)]

虚弱高齢者の好み(preference)を理解し尊重することは、彼らの安寧を増すための基礎である。本研究の目的はナーシングホーム入居者の、日々のケアについての自身の好みについての重要性の判断がなぜ変わりうるか理解し記述することである。39人の認知機能が保たれているナーシングホーム入居者を対象にして、毎日の生活を行う上で何が重要と考えているかのインタビュー調査を行い、その結果を5人のチームメンバーがコード化し、「内容分析」(content analysis)を行った。それにより、以下の4つの主要領域(domains)が明らかになった。①個人レベル(例:日常生活動作能力、個人のスケジュール)、②施設環境(例:施設のスケジュール、施設の方針)、③社会環境(例:交流の質とタイプ)、④グローバルな環境(例:気候、最近の事件、特別な行事)。入居者は、彼らの好みについての重要性は、これらの要因に関連した状況や好みを遂行できる自己の能力(例:バリアの有無)「に依存して」常に変わると振り返った。依存とバリアについての合計27のテーマが同定された。

以上の結果は、ケアについての自己の好みの重要性についてのナーシングホーム入居者の判断は、個人的または環境的状況に関連して変わりうることを示している。高齢者の好みにマッチしたフォーマルケアを開発するためには、高齢者の好みとそれに影響する文脈的要素を定期的に評価する必要がある。しかし、好みの判断がたえず変化することを考慮すると、高齢者の変化する好みとケア提供環境との間の最上のバランスを決めることも必要である。

二木コメント-ナーシングホーム入居者のケアについての好みを「内容分析」により、立体的に明らかにした興味深い研究だと思います。

○[アメリカの]ナーシングホームの5つ星評価:それは入居者と家族のケアについての見方との比較
Williams A, et al: The nursing home five star rating: How does it compare to resident and family view of care. Gerontologist 56(2):234-242,2016.[量的研究]

アメリカのメディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)は2008年に全国のナーシングホームの5つ星評価制度を導入した。この制度はCMSと全国・各州のメディアにより広く報じられている。この制度はケアの客観的質を多面的に評価しているが、ナーシングホーム入居者とその家族の満足度は考慮されていない。そこで、オハイオ州のナーシングホームを対象として、本制度の評価と「オハイオ州長期ケア消費者ガイド」等に含まれている入居者とその家族のケア満足度調査の結果を比較した。その結果、全体としては、星の多いナーシングホームほど、入居者の平均満足度も、家族の平均満足度も高かった。満足度の分布をみても、星の多いナーシングホームの方が、「非常に満足」の割合が高かった。ただし、入居者と家族の満足度の相関はかなり低かった(r=0.35)。家族はナーシングホームのケアの客観的側面を重視する傾向が強く、多くの場合CMSの評価と一致していたが、入居者は自己の経験に基づいて主観的側面を重視する傾向が見られた。以上より、CMSの5つ星評価制度を改定し、消費者(入居者)の評価を加えることを勧告する。

二木コメント-本研究の新しさは、ナーシングホーム利用者と家族のケア満足度を区別して、CMSの5つ星評価制度(客観的評価)との関連を検討している点です。日本でも、本研究のように、介護保険施設の入居者(本人)と家族のケア満足度を区別して調査し、それと客観的指標との関連を検討する実証研究が求められていると思います。なお、本論文の冒頭の「要旨」の「結果」の記載は1文のみであり、しかも本文の内容とはだいぶ違うため、悪い要旨の見本(?)と言えます。

○行動変容かエンパワーメントか:健康増進というゴールの倫理学的検討
Tengland P-A: Behavior change of empowerment: On the ethics of health-promotion goals. Health Care Analysis 24(1):24-46,2016[理論研究]

健康増進・公衆衛生活動にとって1つの重要な倫理的課題はこのような活動のゴールとして何を決めるべきかということである。本論文は、このようなゴールのいくつかはどのように考えられるべきか、およびそれらは何であるべきかを明らかにすることを試みる。具体的には、健康増進についての2つの異なったアプローチ、即ち行動変容とエンパワーメントについて考察する。本論文の一般的目的は、行動変容アプローチとエンパワーメント・アプローチとを短期的(手段的)ゴールまたは目的との関係で比較すること、およびこれらの2つのアプローチの強みと弱みを、健康増進という究極のゴールとの関連で、倫理的に評価することである。それにより、行動変容アプローチには、以下のようないくつかの倫理的問題があることを示す。第1に、それは過度に家父長的であり、しばしば個人または集団が重要と感じていることを無視し、その結果介入が失敗するリスクを高める。さらに、行動変容アプローチは「犠牲者[ゴールを達成できなかった人]の批判」や非難につながったり、健康面での不平等を増す危険がある。それは「間違った」問題、即ち「根本的原因」の代わりに特定の行動に焦点を当てる。それに対して、エンパワーメント・アプローチはこのような問題を持っていないことを示す。最後に、エンパワーメント・アプローチに固有ないくつかの問題を考察し、解決策を示す。それらは、特定の集団をエンパワーすることは彼らが他者に対してパワーを持つことにつながる可能性があること、健康に焦点を当てることへの反対論、およびエンパワーされた人々は自己の健康水準を下げるリスクのある生活を選択する可能性があることである。

二木コメント-著者はスウェーデン・マルメ大学の研究者です。健康増進の2つのアプローチについての、厳密で多面的で詳細な(23頁)倫理学的研究で、この領域の研究者必読と思います。倫理学の研究論文としては珍しく(?)、英語表現はクリアです。行動変容アプローチについては私も常々疑問を感じていたので、多いに共感しました。なお、Health Care Analysisの同号(24巻1号)には、「社会的に定義される肥満:政策とケアについての哲学的考察と含意」という、ノルウェイ・オスロ大学の研究者による同系統の(?)論文も掲載されています(Hofmann B: Obesity as a socially defined disease: Philosophical considerations and implications for policy and care. Health Care Analysis 24(1):86-100,2016)。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その138)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダー シップのあり方>

<その他>

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