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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻108号)』(転載)

二木立

発行日2013年07月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1.論文:すべての政府文書から一時「保険外併用療養の拡大」が消失

(「二木学長の医療時評(その113)」『文化連情報』2013年7月号(424号):16-20頁))

本稿は、本誌4月号掲載の「規制改革会議の『保険外併用療養の拡大』方針を冷静に読む」の続編です(1)。政府の規制改革会議は2月15日に「保険外併用療養の更なる範囲拡大」を検討課題として示し、それを全国紙は「混合診療拡大検討へ」等と大きく報じました。前稿ではこの問題を多角的に検討した上で、「混合診療解禁論が再燃することは少なくとも7月の参議院議員選挙まではない」と結論づけました。

その後4月まで、この問題は規制改革会議や産業競争力会議で多少議論されましたが、5月からは両会議を含めた、すべての政府の会議の文書から「保険外併用療養の拡大」という表現は消失しました。本稿では、その経緯を検証すると共に、参議院議員選挙後もこの問題が再燃する可能性は低くなったことを指摘します。なお、本稿は5月末までに公開された情報に基づいて執筆しています。

規制改革会議と産業競争力会議の文書から消失

まず、規制改革会議の諸文書を検討します。冒頭述べたように、規制改革会議の第2回会議(2月15日)の「これまでに提起されている課題の代表例」の「健康・医療」の項には「保険外併用療養費の更なる拡大」が含まれていました。ところが、第7回会議(4月17日)の「再生医療の推進に関する規制改革会議の見解」では、「保険外併用療養費制度の積極的な活用」に変わりました。これは、現行制度の枠内での議論であり、大幅なトーンダウンです。ただし、これらはいわば「紙上提起」にとどまったようで、2回の会議の「議事録」にはこれについての説明も議論もありませんでした。さらに、第8回会議(5月2日)の「健康・医療ワーキング・グループ中間報告」(「再生医療の推進」の項等)からは、このような穏健な(?)表現すら消失しました。

次に、産業競争力会議の諸文書を検討します。この組織は政府直轄の日本経済再生本部の下部組織で、民間議員には竹中平蔵氏等、医療への市場原理導入、混合診療の原則解禁を主張する方が少なくありません。第5回会議(3月29日)に佐藤康博議員が提出した「健康長寿社会の実現」(「全民間議員の意見を極力取り入れ取りまとめたもの」)の最後の、「規制撤廃等による新たなマーケットの創造」の項に、「保険外併用療養の更なる範囲拡大」(14頁)が含まれていました。さらに第6回会議(4月17日)に竹中平蔵議員が提出した「立地競争の強化に向けて」では、「アベノミクス戦略特区」の「具体的な規制改革・税制改革等の項目例」のなかに「混合診療」というストレートな表現が盛り込まれていました。ただし、これも「紙上提起」にとどまり、会議ではまったく議論されませんでした。

しかし、第7回会議(4月23日)に佐藤康博議員が提出した「健康長寿社会の実現(第2回)では、「保険外併用診療[ママ]の更なる範囲拡大に向けた議論」は、「時間を要するかもしれないが、是非とも実現していただきたい事項」に格下げされました。さらに、第8回会議(5月14日)の「これまでの検討事項の整理」の「健康長寿」の項では、それすら消失しました。最終的には、第10回会議(5月29日)で、6月にとりまとめる成長戦略から「保険外併用療養の拡大」を外すことが確認されました。会議終了後、竹中議員は「明らかに積み残しの課題が大きい」と不満を示したそうです(「毎日新聞」5月30日朝刊)。

経済財政諮問会議と財政制度等審議会の文書には全くなし

次に、経済財政諮問会議と財政制度等審議会の諸文書を検討します。言うまでもなく、この2つの組織は、小泉政権時代(2001~2006年)を中心に、混合診療解禁論を執拗に提唱しました。特に、財政制度等審議会は、民主党政権成立直前の2009年6月の建議「平成22年度予算編成の基本的考え方について」で、「保険免責制の導入」と並んで「混合診療の解禁」を提唱しました(2)

ところが、両組織は安倍政権発足後の会議のいずれでも、混合診療の解禁はもちろん、保険外併用療養の拡大について、提案も議論もしませんでした。

経済財政諮問会議についてみると、混合診療解禁論者である伊藤元重議員を筆頭とする4人の民間議員は、本年第9回会議(4月22日)に「経済再生と財政健全化の両方を目指して」を、第11回会議(5月16日)に「持続可能な社会保障の確立に向けて」を提出し、社会保障の「重点化・効率化」のための具体的施策を提案しましたが、「保険外併用療養の拡大」にはまったく触れませんでした。

財政制度等審議会も同じで、1月21日に発表した「平成25年度予算編成に向けた考え方」でも、5月27日に発表した「財政健全化に向けた基本的考え方」でも、社会保障費(特に公費負担)の抑制を強く主張する一方、「保険外併用療養の拡大」にはまったく触れませんでした。

安倍政権成立後、社会保障制度改革の議論をリードしてきた社会保障制度改革国民会議でも、保険外併用療養の拡大はまったく議論されませんでした。国民会議には、混合診療原則解禁論者である伊藤元重委員もいますが、同氏は他の多くの議員と異なり、自己の主張をまとめた「配付資料」さえ一度も提出しませんでした(6月3日の会議で初めて提出)。当然、4月22日にまとめられた「これまでの社会保障制度改革国民会議における議論の整理(医療・介護分野)」にも、それは盛り込まれませんでした。逆に、国民会議では、権丈善一委員が中心となって、医療提供制度改革や医療保険制度改革についての地に足のついた議論が行われました。

参議院議員選挙後も再燃の可能性は少ないが…

以上から、保険外併用療養の拡大論は、5月時点で、すべての政府文書から消えたことが確認できました。混合診療解禁論にいたっては、竹中平蔵氏が一度チラリと触れたにすぎず、しかもまったく議論されることなく、あっさり「却下」されました。私は、これは偶然ではなく、先端の医療技術については現行の保険外併用療養費制度の枠内で対処することを明言している安倍首相の意向に添ったものと判断しています(1月31日の衆議院本会議での発言(1))。

以上を踏まえると、今年に入っても「日本経済新聞」が混合診療解禁論を繰り返したり(4月8日朝刊「混合診療こじれて10年」)、「読売新聞」が「医療改革提言」(5月8日朝刊)で「混合診療の拡大で新技術を促進」しようと主張しているのは、医療政策(の流れ)についてのセンスに欠けると言わざるを得ません。しかも、両紙が現行の保険外併用療養費制度についてほとんど触れず、混合診療が全面禁止されているとの誤った印象を読者に与えるのは、不誠実です。なお、「日本経済新聞」の上記記事については、早川幸子氏と宮武剛氏が適切な批判をされています(3,4)

なお、前稿の最後で、私は「混合診療解禁論は参院選までは再燃しない」と述べた上で、その後は、以下の3つの場合、「混合診療原則(全面)解禁論が再燃する危険がある」と述べました。「(1)本年7月の参議院議員選挙で自民党が圧勝し、しかも安倍政権内で新自由主義派の影響力が強くなった場合、あるいは(2)自民党と混合診療解禁を主張する日本維新の会との連立政権が成立した場合、さらには(3)日本がTPPに参加しアメリカ政府から日本の医療市場開放圧力が強まった場合」(番号は、今回新しく付けました)。

(1)について、現時点では、自民党が圧勝する可能性が強いものの、上述したように、小泉政権時代と異なり、安倍政権の各政府組織で竹中平蔵氏や伊藤元重氏らの影響力がきわめて弱いことを考えると、参議院議員選挙後も、「安倍政権内で新自由主義派の影響力が強く」なる可能性は低いと思います。(2)の可能性は、橋本徹日本維新の会共同代表の慰安婦問題についての「自爆発言」とそれによる日本維新の会の支持率急落により、完全に消失したと言えます。

(3)については、アメリカ通商代表部(USTR)が4月に発表した「2013年世界の貿易障壁に関する年次報告」で、日本に対する医薬品の要求は新薬創出加算制度の恒久化と市場拡大算定ルールの廃止の2つに絞ったことを考えると、日本がTPPに参加した場合、あるいはその交渉の過程で、アメリカが混合診療の解禁要求を(当面)自粛するのは確実です。

以上から、7月の参議院議員選挙後も、混合診療解禁論が再燃する可能性は低いと言えます。ただし、日本がTPPに参加し、アメリカの要求通りに、新薬創出加算制度の恒久化と市場拡大算定ルールの廃止が実現し、新薬の価格と薬剤費総額が高騰し、医療保険財政を圧迫した場合には、政府・厚生労働省は「保険給付の対象となる療養の範囲の適正化等を図る」(社会保障制度改革推進法)ために、新薬が薬事法上の承認を受けるとすぐ保険適用されるという現在の「慣行」を見直し、高額の新薬は承認後もすぐには保険適用せず、長期間、保険外併用療養制度の対象にする可能性があります。これは、法改正を伴わないなし崩しの「保険外併用療養費の拡大」と言えます[注]

[注]混合診療解禁でも患者負担はわずかしか減らない

混合診療解禁を主張する人々は、その根拠の一つとして、自由診療に比べ、患者負担が減り、患者の選択肢が拡大すると主張しています。しかし、高額の新薬や先端医療技術では、自由診療から混合診療に移行しても、患者負担は依然高額であり、利用できる患者はごく限られます。

この点を数値例で示したのは出河雅彦氏です(5)。氏は、2008年に承認され、保険適用されている進行・再発大腸がん治療薬セキツシマブ(商品名・アービタックス)を対象にして、(1)混合診療が認められず全額自費の場合、(2)抗がん剤の混合診療が認められた場合(現行の保険外併用療養費制度)、(3)保険診療が認められた場合の、1月当たり患者負担額を比較しました(200頁。図5)。もちろん(1)と(2)は仮定の計算ですが、国立がん研究センター東病院の医師の協力を得た計算だそうです。その結果、(1)は75万円、(2)は68万円、(3)は8.5万円でした。この結果に基づいて、出河氏は、混合診療が認められても「もともと高価格の抗がん剤の場合、患者にとってさほど大きな負担減とはなら」ず、「恩恵を受けられるのは経済力がある人に限られそう」だと結論づけています。

先端医療技術についても事情は同じで、例えば、手術支援ロボット「ダビンチ」を用いた前立腺がんの手術費用は、(1)全額自費の場合140万円、(2)保険外併用療養費制度なら80万円、(3)保険適用なら10万円です(6)

文献

【訂正・補足】「日本再興戦略」で「先進医療の対象範囲の大幅拡大」が復活

本稿の本文は5月末までに公開された情報に基づいて執筆し、「すべての政府文書から『保険外併用療養の拡大』が消失」と結論づけました。しかし本稿執筆直後の6月4日に発表された産業競争力会議「成長戦略(素案)」には、次のように「保険外併用療養の拡大」とほぼ同義の「先進医療の対象範囲を大幅に拡大する」ことが盛り込まれました。

「保険診療と保険外の安全な先進医療を広く併用して受けられるようにするため、新たに外部機関等による専門評価体制を創設し、評価の迅速化・効率化を図る『最先端医療迅速評価制度(仮称)』(先進医療ハイウェイ構想)を推進することにより、先進医療の対象範囲を大幅に拡大する。【秋を目途に抗がん剤から開始】」(「第I.総論」の「5 『成長への道筋』に沿った主要施策例」の「(4)健康長寿産業を創り、育てる」。13頁)。

この表現は6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」でも踏襲されました。さらに、同日閣議決定された「規制改革実施計画」でも、まったく同じ表現が用いられました(II 分野別措置事項」の「3.健康・医療分野」の「(2)個別措置事項」の「(1)再生医療の推進」の4「先進医療の大幅拡大」。23頁)。ただし、その対象は「再生医療」に限定されました。やはり同日閣議決定された経済財政諮問会議「経済財政運営と改革の基本方針~脱デフレ・経済再生~」(「骨太方針」)では、総論部分で「規制改革会議において、農業、保険外併用療養費制度などについて議論を掘り下げ、思い切った改革に取り組む」(12頁)とされました。

本稿の本文は、政府の公式の閣議決定文書が発表される前に、各会議に提出された資料や議事要旨のみに基づいて「見切り発車」的に書いたために、不正確な記述となりました。お詫び・訂正します。

今後、この「日本再興戦略」をテコにして、混合診療全面解禁論が再燃する可能性があります。しかし、結果的には、今回もまた「保険外併用療養の拡大」は限定的にとどまると思います。

その直接的理由は2つあります。1つは、「日本再興戦略」の記述は、菅直人民主党内閣時代の次の2つの閣議決定(共に2010年6月)の繰り返しに過ぎず、特に目新しさはないからです。「先進医療の評価・確認手続きを簡素化する」(「新成長戦略」)、「現在の先進医療制度よりも手続きが柔軟かつ迅速な新たな仕組みを検討し、結論を得る」(「規制・制度改革に係る対処方針」)。しかし、「先進医療」・「最先端医療」に限定した混合診療の拡大では、「市場規模」の拡大がごく限定的にとどまることは混合診療全面解禁論者も認めています(『民主党政権の医療政策』勁草書房,2011,53-54頁)。

もう1つの理由は、上述した3つの閣議決定の間に、微妙な温度差があることです。「日本再興戦略」は対象を限定せず「先進医療の対象範囲を大幅に拡大する」としましたが、「規制改革実施計画」は対象を「再生医療」に限定しました。さらに、「日本再興戦略」より格上の「骨太方針」では、保険外併用療養費制度の「議論を掘り下げ、思い切った規制改革に取り組む」との抽象的記述にとどまりました。

私は、長年、政府文書を分析してきましたが、同じ日に閣議決定された複数の政府文書の記述にこれほど違いがあるのは初めてです。このことは、閣議決定直前まで、水面下で、内閣府・産業競争力会議等と厚生労働省の間で激しい攻防が繰り広げられたこと、しかもそれが閣議決定後も継続することを示唆しています。 (6月15日記) 。

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2.日本福祉大学文化講演会・学長開会挨拶

(2013年6月9日。大学ホームページに公開)

こんにちは、日本福祉大学学長の二木です。本日は、日曜日にもかかわらず、日本福祉大学の文化講演会、山口絵理子さんの講演「可能性に光をあてて。人作りからモノ作りへの挑戦」にご参加いただき、ありがとうございます。講演に先だって、主催者である日本福祉大学について、簡単に3点、紹介・お話しさせていただきます。よろしくお願いします。なお、私は本年4月に学長に就任したばかりの新人学長です。私の経歴と学長としての抱負は、お配りした3つの新聞・雑誌インタビューで詳しく述べているので、お読みいただければ幸いです。

私がまずお話ししたいことは、日本福祉大学が本年創立60周年を迎える、日本で最初の社会福祉学部を開設した福祉の老舗大学であることです。日本福祉大学の前身である中部社会事業短期大学は60年前の1953年に創立されたのですが、当時の日本はまだ非常に貧しい国でした。皆さんは、昨年の紅白歌合戦で美輪明宏さんが歌った「ヨイトマケの唄」を聞かれましたか?この歌は、当時ヨイトマケとさげすまれていた日雇い労働者の誇りと尊厳、母と子の絆の大切さを高らかに歌い上げた、心にしみる唄です。そして、この歌の舞台は、日本福祉大学が創立された1950年代前半だったのです。本学の創立者で初代学長の鈴木修学先生は、「ハンセン氏病救済」など、社会的に弱い立場にある人々の真の幸福を願ってさまざまな福祉活動を行われる中で、大学教育で福祉の専門職を養成することを決意され、本学を設立されました。

第2にお話ししたいことは、日本福祉大学が現在は、社会福祉学部に加えて、経済学部、健康科学部、子ども発達学部、国際福祉開発学部、そして福祉経営学部(通信教育)の6学部8学科を持ち、しかも全国47都道府県から学生を受け入れている「ふくしの総合大学」になっていることです。このふくしは漢字の「福祉」ではなく、あえて平仮名で表現しています。その理由は、本学開設後60年の間に、「福祉」の対象・領域・理念は、貧しい人々、社会的に弱い立場にある人々だけでなく、「すべての人々の幸せ」を目指すものへと大きく拡大してきたからです。この平仮名の「ふくし」は、「いのち」(健康や医療)、「くらし」(漢字の福祉や経済)、「いきがい」(教育や発達)の3つの柱で構成され、本学に入学した学生は、どの学部・学科に所属するかにかかわりなく、この総合的「ふくし」の精神と知識・技術を身につけられる教育を行っています。

第3に、日本福祉大学は「ふくしの総合大学」のウィング・幅をさらに広げるために、2年後の2015年に、東海市、名古屋駅から特急で15分の名鉄太田川駅前に東海キャンパスを開設し、新たに7番目の学部として看護学部(定員100人)を設置することを計画しています。合わせて、現在美浜キャンパスにある経済学部と国際福祉開発学部を移転します。これにより、日本福祉大学は知多半島全域と名古屋市にますます密着した大学になります。皆様のご支援とご鞭撻をよろしくお願いします。

日本福祉大学の紹介・宣伝はこれで終わり、いよいよ山口絵理子さんの講演に移らせていただきます。私は、山口さんが6年前の2007年に出版された最初の御著書『裸でも生きる-25歳女性起業家の号泣戦記』[講談社]を読ませていただいたのですが、山口さんが若くして波瀾万丈の半生を送られていることに驚嘆すると共に、山口さんがバングラデシュと日本で実践されてきた「ビジネスを通じた社会貢献」は、本学がめざしている平仮名の「ふくし」にも合致するものだと大いに共感しました。それだけに、山口さんのお話しをお聞きするのを楽しみにしています。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算90回.2013年分その3:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○ドイツの病院の統合と集中:コインの両側面
Schmid A, et al: Consolidation and concentration in the German hospital market: The two sides of the coin. Health Policy 109(3):301-310,2013.[政策研究・量的研究]

多くの国で、政策担当者は競争促進による病院部門の質と効率の向上を試みている。ドイツの病院市場はこの方法とそれがもたらす困難の好例である。本論文では、競争の結果でもあり、さらなる競争の潜在的脅威でもある、市場集中に焦点を当てる。まず、ドイツの病院部門の医療改革について詳細に説明し、次に市場集中についての国際的経験を示す。この種の研究としては初めて、集中度は常に病院システム(グループ)単位で測定する。この結果を今後の比較研究に使えるようにするために、その手法を詳細に述べる。ドイツ病院調査を用いて、患者の流れを分析する。分析の結果、病院競争が強められたわずか数年間(2000~2007年)で、ドイツの病院の三分の一以上がきわめて集中した市場に所在することになったことが明らかになった。この傾向は農村部でより顕著だった。病院グループへの参加を考慮しない場合は、集中はかなり過小評価される。政策担当者は、競争を促進する前に、過度な市場集中に対して警戒すべきである。一度統合された場合には、それを元に戻すのは困難だからである。

二木コメント-病院単位ではなく、病院グループ単位で、ドイツの病院市場における集中・寡占の進行を詳細に分析しています(日本と同じくドイツでも、公式の病院統計・名簿には病院グループ単位の情報は含まれていないそうです)。日本でも医療提供制度改革で病院の統合が検討されているだけに、関係者必読と思います。

○ドイツ医薬品市場の構造改革:初期の効果評価に基づいた価格設定メカニズム
Henschke C, et al: Structural changes in the German pharmaceutical market: Price setting mechanism based on the early benefit evaluation. Health Policy 109(3):263-269,2013.[政策研究]

かつては、ドイツの自由価格設定メカニズムにより、特許医薬品の価格は高額になり、薬剤費が増加した。特許医薬品価格を抑制し、医薬品費の増加を抑えるために、「法定医療保険における医薬品市場構造改革法」が2011年1月に施行された。同法に基づく規定により、製薬企業は新しく承認された薬剤の既存の同種薬にくらべた追加的な治療的効果を示さなければならなくなった。そして追加的効果のレベルに応じて、医薬品は法定医療保険基金連合会と当該医薬品企業との価格交渉に委ねられることになった(追加的効果がない場合は、参照薬グループに分類される)。そのため、この医療改革は「金額に見合う価値」(value for money.)に基づく意思(薬価)決定の最初のステップになる。初期の効果評価に基づく価格設定プロセスは、ドイツだけでなくヨーロッパの医薬品市場にもインパクトを与えている。

二木コメント-ドイツの1996年以降の特許医薬品についての政策の変化・発展が簡潔に紹介されています。「法定医療保険における医薬品市場構造改革法」は、ヨーロッパ諸国だけでなく、日本にも大変参考になると思います。なお、『国際医薬品情報』2013年2月25日号に、同法施行後の新薬の「医療技術評価の具体的事例」が、批判的に紹介されています(三枝治「ドイツの薬価制度-イノベーションを阻害する医療技術評価」,同誌30-35頁)。

○[ドイツの]入院緩和ケア:全国調査
Gaertner J, et al: Inpatient palliative care: A nationwide anaysis. Health Policy 109(3):311-318,2013.[量的調査]

緩和ケアの実施は医療政策担当者にとって重要な課題である。本研究では癌患者への死亡前6カ月間の入院緩和ケア(以下、PC)の効果を分析する。全国レベルの疾病金庫のデータを用いて、マッチドペア分析により、死亡前6カ月の間に1度でもPCを受けた癌患者(以下、PC群)と受けなかった患者(同、非PC群)の結果を比較した。主な分析カテゴリーは、死亡場所、医療費、症状コントロールの質の代理変数、治療密度、終末期の決定であった。

11,355人の患者のうち、841人(7.4%)がPCを受けていた。PC群は、非PC群に比べ、オピオイド(医療用麻薬。66.8%対55.3%)、外来化学療法(25.5%対19.9%)を受けた率が有意に多かった。人工栄養と手術の実施率は両群で差がなかった。総費用はPC群で22.3%高かった(21,879ユーロ対17,885ユーロ)。PC群は病院での死亡割合が高かった(69.9%対55.3%)。

二木コメント-ドイツの入院緩和ケアについての、初めての全国調査のようです。それを受けた患者の方が、医療費が高く、病院死亡割合も高いのは、予想通りです。ただし、ドイツでもそれを受けているのは癌患者全体のわずか7.4%であることは、やや意外でした。このデータを用いると、日独比較も可能と思います。

○ヨーロッパにおける法定医療保険の競争:4か国比較
Thomson S, et al: Statutory health insurance competition in Europe: A four-country comparison. Health Policy 109(3):209-225,2013.[国際比較研究]

本研究は法定医療保険者間の選択と競争を導入したベルギー、ドイツ、オランダ、スイスの改革のゴールと実施状況を比較検討する。理論上は、人々が医療保険の自由な選択ができる場合、保険者がリスク選択のインセンティブを持っていない場合、および保険者が医療サービスの質と費用に影響を与えられる場合、医療保険の競争は医療の管理面および供給面での効率を高めることができる。実際には、4か国の改革は必ずしも効率向上を優先目標にはしておらず、改革の実施状況もさまざまである。政治的ゴールの違いは実施状況の違いの一部を説明できるにすぎない。リスク調整面で重要な改革が行われたにもかかわらず、リスク選択のインセンティブは残っているし、消費者の保険間移動は人口全体で均一ではない。リスク調整を改善すれば、高齢者と健康でない人々の保険変更がより容易になるかもしれない。政策担当者は、保険者の法定医療保険と任意加入医療保険の抱き合わせ販売を予防するためにもっとすべきことがある。ベルギー、ドイツとスイスにおける、保険者と医療提供者の集団的交渉が、保険者の医療の質と費用に影響を与える能力を抑制している。それに対して、オランダの保険者は効率向上の手段を自由に使えるが、データ、規模の制約、および種々の利害関係者の抵抗がその手段行使を制約している。これら4か国の経験は他国に対して次のような重要な教訓を与えている:医療保険の競争が効率を向上させうる条件を定めるのは簡単ではない。そのために政策担当者はそれに含まれる困難を過小評価してはならない。

二木コメント-同一の分析枠組みを用いた詳細な4か国の比較研究で、日本において「保険者機能の強化」を考えている研究者必読と思います。ただし、私自身は、日本におけるそれの実行可能性と効果にはきわめて懐疑的です。

○医療技術評価と医療給付決定における市民参加:フランス、ドイツ、イギリスの経験の研究
Kreis J, et al: Public engagement in health technology assessment and coverage decisions: A study of experiences in France, Germany, and the United Kingdom. Journal of Health Politics, Policy and Law 38(1):89-122,2013. [国際比較研究]

国際的に、医療政策と実施における市民参加のトレンドは強まっている。これは医療技術評価面で顕著で、それは医療給付の決定という論議を呼ぶ問題にも関係している。しかし、市民の誰が、どのようなプロセスで参加すべきか、市民参加の原理と利点は何かについての合意は全くない。本研究では、フランス、ドイツ、イギリスにおける、医療技術評価における市民参加についての操作的プロセスとその基礎にある原理を探索する。ウェブ上の情報、法的文書、公刊文献と灰色文献を収集すると共に、医療技術評価組織の責任者に対する半構造化面接を行った。参加プロセス、特に市民が参加する領域、市民のどのグループが参加するか、市民は意思決定にどこまで影響を与えうるか、参加する市民をどのように募集し支援するか、潜在的な利害の対立をいかに表明するか、については評価組織間で異なっていた。原理についての強調の違いや市民参加の背後にある推進力がこのような違いの一部を生んでいるかもしれない。インタビュー回答者は、市民参加の利点には幅があること、およびそれの成功と失敗をもたらす要因について述べた。以上の結果は、市民参加の目的と取扱い方(conduct)を明確にして、このような政策手段の利点を最大化する必要があることを示している。

二木コメント-日本では、医療技術評価における市民参加についてはまだほとんど議論されていないので、貴重な研究と思います。

○コストシフト説に反して、[アメリカの]メディケア入院医療価格の引き下げは私保険の医療価格の低下をもたらす
White C: Contrary to cost-shift theory, lower Medicare hospital payment rates for inpatient care lead to lower private payment rates. Health Affairs 32(5):935-943,2013.[量的研究]

アメリカでは、私保険の入院医療価格はメディケアより高く、伸び率も高い。そして、通説では、メディケアの入院医療価格抑制が、私保険の入院医療価格をもたらしている考えられている。この「コストシフト」説を、私保険医療費請求データ(MarketScan。患者負担分も含む)とメディケア入院医療費報告を接合した新たなデータセットを用いて、検証した。その結果、コストシフト説に反して、1995~2005年には、メディケアの入院価格の伸び率が相対的に低い地域(病院市場)は、私保険の入院医療価格の伸び率も低かった(相関係数=0.49)。回帰分析では、メディケア入院医療価格の10%の削減は、私保険医療価格の3%または8%削減をもたらしていた。このようなメディケアから私保険への入院医療価格の波及(spillovers)は、病院がメディケア医療価格引き下げに直面して、運営費を削減する努力をしているためかもしれない。あるいは、それに直面している病院は、私保険に請求する医療価格も削減し、それによりより多くの私保険患者を吸引しようとしているのかもしれない。この結果は、メディケア入院医療価格の削減を止めても、私保険の医療費伸び率は低めらず、逆に私保険の費用と保険料の引き上げを加速することを示している。

二木コメント-アメリカでは、公的保険から私保険への「コストシフト」説は広く信じられているだけに、この結果は衝撃的であり、しかも政策的含意も大きいと思います。なお、"theory"は本論文では「理論」ではなく、「(学)説」と訳す方が妥当と判断しました。

○[アメリカの]2009~2011年の医療費伸び率の低下は景気低迷以外の要因も反映しており、それだけに継続するかもしれない
Ryu AJ, et al: The slowdown in health care spending in 2009-11 reflected factors other than the weak economy and thus may persist.[量的研究]

最近の景気低迷後、国民総保健費用の伸び率は過去に例を見ないほど低下した。2009~2011年の3年間の1人当たり年間医療費の伸び率は約3%で、それ以前の10年間の5.9%の半分である。政策専門家の間では、この低下が一時的なものか、それとも長期的趨勢の変化かについて意見が分かれている。本研究では、1000万人を超える大企業被用者の2007~2011年の医療費データを用いて、伸び率低下を説明すると思われる2つの要因、つまり失業および医療費負担を被用者にシフトする企業提供医療保険の給付方式の変化、について検討した。その結果、企業提供の医療保険の給付が縮小されるのに伴って、被用者の自己負担が増加していた。このような給付縮小により、この間の医療費増加率低下の約20%が説明できた。ただし、給付縮小がなかったと仮定して計算しても、医療費伸び率の低下は生じており、このことは、給付縮小以外の要因、例えば新しい医療技術の導入率の低下も生じていることを示唆している。この結果は、医療費増加率の低下は今後も継続し、その結果今後の医療費の長期推計も変わってくるとの「慎重な楽観論」(cautious optimism)」を示唆している。

二木コメント-1人当たり医療費は1人当たりGDPに規定されるとの医療経済学の常識を踏まえると、当然の帰結と言えると思います。


4. 私の好きな名言・警句の紹介(その103)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

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