総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻169号)』(転載)

二木立

発行日2018年08月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


訂正

168号の第1論文「本年度の診療報酬改定での…」の2の小見出し<ESWLの普及率も保険適用後世界一に>の第2段落の最後の文の<2万円>は<2万点>の誤記です。

お知らせ

論文「介護人材の長期的確保策をどう考えるか?」を『日本医事新報』8月4日号に掲載します。本論文は「ニューズレター」170号(2018年9月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。


1. 論文:「骨太方針2018」と「社会保障の将来見通し」の複眼的検討
(「二木教授の医療時評(162)。『文化連情報』2018年8月号(485号):18-23頁)

安倍晋三内閣は6月15日、「経済財政運営と改革の基本方針2018」(以下、「骨太方針2018」)を閣議決定しました【注1】。「骨太方針2018」全体の特徴は次の2つです。①プライマリ・バランス黒字化の目標年を2020年度から2025年度に5年間先延ばしした。②昨年版では曖昧だった2019年10月の消費税率引き上げ実施を明記した。

他面、社会保障改革についての具体論はなく、翌日の全国紙が報じた「骨太方針」の「概略」「ポイント」にもそれは含まれませんでした。
そこで、本稿では「骨太方針2018」の社会保障改革方針の検討は概略にとどめ、5月21日に内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省が経済財政諮問会議に提出した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」とそれの報道で特記すべきことも指摘します。

「原案」では「社会保障費の増加抑制が…経済成長にも寄与」!?

実は、6月5日公表の「骨太方針2018(原案)」の「社会保障」の「基本的考え方」には、「社会保障給付の増加を抑制することは個人や企業の保険料等の負担の増加を抑制し、こうした国民負担の増加の抑制は消費や投資の活性化を通じて経済成長にも寄与する」(50頁)との、経済界・経済産業省寄りのストレートな一文が含まれていました【注2】。私は、もしこの表現が確定したなら、社会保障・医療費抑制政策は一段と厳しくなると危惧していました。

しかし、この表現は日本医師会や自由民主党厚生労働部会の強い批判を受けて削除され、最終文書では、「社会保障制度が経済成長を支える基盤となり、消費や投資の活性化にもつながる」とのほぼ真逆の「基本的考え方」が挿入されました。これは政権・官庁も社会保障改革では一枚岩でないことの表れです。

社会保障費抑制の数値目標の見送り

「骨太方針2018」では、今までの「骨太方針」と同じく、「主要分野ごとの計画の基本方針と重要課題」のトップに「社会保障」があげられています。しかし、今回は、社会保障給付費抑制の数値目標(人口高齢化による伸び5000億円以内にとどめる)は削除されています。財務省は当初新たな抑制目標の設定を提言したものの、安倍首相は来年予定されている参議院議員選挙への悪影響を懸念して、「キャップをはめるような議論はしたくない」と財務省の提言にクギをさし、早々と4月末に抑制目標の明記見送りが決まったと報じられています(「日本経済新聞」6月12日朝刊「骨抜きの財政健全化1」)。

ただし、「団塊世代が75歳に入り始める2022年度の前までの2019年度から2021年度を、社会保障改革を軸とする『基盤強化期間』と位置付け、(中略)社会保障関係費などの歳出について、これに沿った予算編成を行う」(4頁)とされ、2019年度(以降の)予算をめぐって、今後、政権・与党内での激しい攻防が繰り広げられることは確実です。

給付抑制・患者負担増の「検討」予告

「社会保障」改革が医療・介護改革中心なのは例年通りですが、「医療・介護提供体制の効率化」や「医療・サービスの生産性向上」、「医薬品等に係る改革等」の大半は既定方針の再掲であり、特に目新しさはありません。

それに対して、「負担能力に応じた公平な負担、給付の適正化」には、以下のように、今後の国民・患者負担増を示唆するメニューがてんこ盛りのように掲げられています。「高齢者医療制度や介護制度において、所得のみならず資産の保有状況を適切に評価」、「後期高齢者の窓口負担の在り方」、「介護のケアプラン作成、多床室室料、介護の軽度者への生活援助サービス」の「給付の在り方」、「医療・介護における『現役並み所得』の判断基準を現役との均衡の観点から見直し」、「新規医薬品や医療技術の保険収載等に際して、(中略)保険外併用療養の活用など」、「薬剤自己負担の引上げ」、「外来受診時等の定額負担導入」(59-60頁)。

さらに、「医療・介護提供体制の効率化とこれに向けた都道府県の取組の支援」には、「地域独自の診療報酬」が含まれています(57頁)。
これらはすべて、財務省・財政制度等審議会「建議」(5月23日)のコピーと言えます。ただしすべての改革は「検討する」とされ、それらが具体化されるのは来年の参議院議員選挙後だと思います。

なお、財政制度等審議会「建議」には「給付率を自動的に調整する仕組みの導入」(「長期にわたる人口減少を見据え医療費や支える側の負担能力の変化に対応し、実効給付率を自動的に調整する観点」(30頁)。いわゆる「医療版マクロ経済スライド制」)も含まれていましたが、「骨太方針2018」には盛り込まれませんでした。ただし、「社会保障」の項の最後に、次の一文が書き込まれました。「保険給付率(保険料、公費負担)と患者負担のバランス等を定期的に見える化しつつ、診療報酬とともに保険料・公費負担、患者負担について総合的な対応を検討する」(60頁)。

私は、「所得のみならず資産の保有状況を適切に評価」することには賛成ですが、新規医薬品や医療技術の保険収載への保険外併用療養の活用と「外来受診時等の定額負担の導入」は、従来の医療保険の給付原則の転換であり、強く反対します。

なお、「地域独自の診療報酬」は新しい提案ではなく、すでに高齢者医療確保法第14条に規定されています。しかし、これは日本医師会等のねばり強い運動により1963年に、制限診療の撤廃と診療報酬の地域差撤廃が決定された歴史を無視しており(後者の実施は1964年9月)、日本医師会も頑強に反対しているため、実施は困難と思います(『日本医師会通史』昭和37年:83頁。ウェブ上に公開)。

実は、診療報酬の地域差の復活は2000年代初頭に人件費を中心とするコスト高に悩む都市部の一部の病院・医師から提唱されたことがあります。それの問題点と実現不可能性については、田中滋氏が明快に論じているので一読をお勧めします(「診療報酬と地域差」『病院』66巻9号,2007年:731-734頁)。

社会保障費の長期推計は対GDP比で行う

次に、「社会保障の将来見通し」とその報道で私が注目したことを述べます。

私が一番残念だったことは、「将来見通しの結果(ポイント)」が、2040年度の給付費について「対GDP比」中心に示し、名目額はカッコ内で示したにもかかわらず、翌日の全国紙の記事が見出しで「名目額」のみを示し、社会保障給付費が今後急騰する(2018年度の約50兆円から2040年度の約93-94億円へと2倍化)との誤解を与えたことです。

しかし、社会保障給付費や国民医療費の将来推計は、名目額ではなく対GDP比で示すのは医療経済学の常識であり、厚生労働省「医療費の将来見通しに関する検討会報告書」(2007年)でも決着が付いています。その結果、現在の社会保障改革の出発点となっている(ハズの)「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年)でも、もっぱら「医療費の対GDP比」が用いられました(詳しくは権丈善一『ちょっと気になる社会保障 増補版]』勁草書房,2017,126-133頁同「将来の社会保障費を名目値で論じる愚」『エコノミスト』2018年6月19日号:34-35頁)。

なぜなら、医療費や介護費の名目額は「独立変数」ではなく、GDPや賃金の伸び率の「従属変数」であり、後者が高い(高く推計する)と前者も高くなり、後者が低いと前者も低くなるからです。「社会保障の将来推計」でも、例えば医療サービス単価の伸び率は、「①経済成長率×1/3+1.9%-0.1%、②賃金上昇率と物価上昇率の平均+0.7%」で計算されています。ここでは「社会保障・税一体改革の試算(後述)の仮定をそのまま使用」したとされています(13頁)。
それに対して、社会保障給付費の対GDP比の将来推計は比較的安定しています。実際に、「社会保障の将来推計」の2040年度の社会保障給付費の名目額は、経済の「ベースラインシナリオ」約190兆円に対して、経済の「成長実現ケース」では約215兆円と25兆円も多くなりますが、対GDP比は両シナリオでは約24、23%とされています。

いつもは相当論調が異なる全国紙が、「社会保障の将来見通し」報道では歩調を合わせている(?)のは残念です。実は「社会保障の将来見通し」に付けられた (PDFファイルPDF)では、なぜか本文とは逆に名目額が主体とされています。全国紙の記者は、締め切りに追われて、この図のみを見て記事を書いたのかも知れません。

医療団体のコメントもほとんどは名目額についてのものでしたが、日本医師会の横倉義武会長のみは5月30日の定例記者会見で「医療費は経済の状況で変わるが、GDPに対する医療費がどの程度であるべきかという議論をしていくべき」とコメントをしており、大変見識があると思います(m3.comレポート5月31日配信。高橋直純氏)。

なお、「成長実現ケース」は2020年度~2017年度の8年間の名目成長率が毎年3%を超えるとの浮世離れした(あり得ない)「経済前提」に基づいており、全国紙もそれについての報道は控えました。私もそれは妥当であると思い、以下、「ベースラインシナリオ」に基づく推計のみを述べます。

「将来見通し」で注目すべき3点

「将来見通し」そのもので私が注目したことは3つあります。第1は、2040年度の社会保障給付費の対GDP比は「現状投影」でも23.8~24.1%、「計画ベース」(現在行われている諸改革がすべて計画通りに実現すると仮定)でも23.8~24.0%となり、2018年度の21.5%と比べて、2.3~2.6%ポイント高くなるだけなことです。この点について、6月6日の社会保障審議会医療部会で、厚生労働省の伊原和人審議官が、「[24%という水準は]とても負担できないのではないか、という意見があったが、社会保障給付費24%が対GDP比という水準は、今のドイツに近く、フランスではもっとも高い。世界に類をみない水準というわけではない」と説明したのは、大変見識があります(m3.comレポート6月6日配信。橋本佳子編集長)。

第2に注目したことは、2040年度の数値は上述したように、「現状投影」でも、「計画ベース」でも、ほとんど変わらないことです。厳密に言えば、医療の対GDP比は、「計画ベース」では8.4~8.7%で、「現状投影ベース」の8.6~8.9%より0.2%ポイント低くなりますが、それでも2018年度の7.0%よりは1.4~1.7%ポイント高くなります。

このことは現在の社会保障制度を維持する限り、どんな改革を行っても社会保障・医療費の対GDP比は今後も着実に増加することを意味しています。この意味で、医療は「永遠の安定成長産業」と言えます。

第3に注目したことは、2025年度の社会保障給付費の対GDP比が「現状投影」、「計画ベース」とも21.7~21.8%であり、民主党政権時代の「社会保障・税一体改革」決定時に前提とされた「社会保障に係る費用の将来推計」(2011年6月2日)の24.2(現状投影)~24.9%(改革シナリオ)より3%ポイントも低いことです。しかも、2011年推計では、改革シナリオでは「社会保障の機能強化」により「現状投影」シナリオよりも、対GDP比が上昇すると見込まれていたのと逆に、今回の「計画ベース」の対GDP比は「現状投影」と同じと推計されています。このことは、2011年推計の医療・介護の「改革シナリオ」で想定されていた「医療資源の集中投入」(高度急性期、一般急性期、亜急性期・回復期の職員をそれぞれ2倍、6割、3割増加)が、公式に廃棄されたことを意味します。

しかも上述したように、社会保障給付費の将来予測は対GDP比でみると安定していることを考えるとこれは異例です。このことは、第2期安倍内閣発足以降6年間の厳しい社会保障・医療費抑制政策の「実績」により、社会保障給付費の将来推計が大幅に下方修正されたことを意味しています。今後抑制政策がさらに強化されると、実際の数値はさらに下がると思います。

【注1】「骨太方針2018」以外の3つの閣議決定の概略

6月15日には「骨太方針2018」に加えて、次の3つの計画文書も閣議決定されました:「未来投資戦略2018」、「規制改革実施計画」、「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」。「骨太方針」を含めた4文書の同時決定は昨年度と同じですが、「骨太方針」以外の3文書も、昨年以上に中身がありません。以下、その特徴を昨年の決定と比較しつつ、ごく簡単に紹介します。

「未来投資戦略」は「具体的施策」の2番目の「次世代ヘルスケア・システムの構築」でさまざまな「新たに講ずべき具体的施策」をあげています。しかし、その多くはアイデア倒れの作文に近く、しかも内容は明らかに内閣府・経済産業省寄りで、厚生労働省等とのすり合わせが十分になされていないと感じました。その象徴は、昨年は一度も言及していなかった「保険外サービス」に7回も言及していることです。その対象は認知症対策、高齢者の社会参加促進、健康管理・予防等、「なんでもあり」の観を呈していますが、医療本体の「保険外サービス」についての言及はありません。もう1つの特徴は、やはり昨年はまったく言及していなかった「多職種(の)連携」に5回も言及していることです。産業振興という視点からヘルスケア・システムを考える上でも、多職種連携が必要になっていることの現れであり、これは多職種連携の新しい視角と注目すべきと思います。

「規制改革実施計画」は「分野別実施事項」の4番目に「医療・介護分野」をあげており、この序列は昨年と同じですが、これほど「小粒」な計画はみたことがありません。最後の改革として、「患者申出療養制度の普及に向けた対応」を書いていますが、実務的改善事項をあげているだけです。

「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」は、各省庁がすでに行っている個別施策のカタログ、それらをホッチキス綴じしただけとしか言えない文書で、新鮮味は全くありません。最後の「地方創生版・三本の矢」は「情報支援、人材支援、財政支援の地方創生版」にすぎず、これではキャッチコピーにもなりません。

【注2】「骨太方針2015」にも原案と同じ表現現

実は、「骨太方針2015」にも、「骨太方針2018(原案)」とほどんど同じ以下の一文が盛り込まれていました。「社会保障給付費の増加を抑制することは個人や企業の保険料等の負担の増加を抑制することにほかならず、国民負担の増加の抑制は消費や投資の活発化を通じて経済成長にも寄与する」(23頁)。
私も3年前に「骨太2015」を読んだ時に、この記述に注目し、その余白に<vs 菅内閣[の「新成長戦略」]>と書き込こみました。しかし、「骨太方針2015」を検討した論文では、「社会保障・税一体改革」の基本理念であった「社会保障の機能強化」が削除され、小泉政権時代よりも厳しい社会保障給付費抑制の数値目標が設けられたことに焦点を当て、この元祖トンデモ表記には触れませんでした(「『骨太方針2015』の社会保障費抑制の数値目標をどう読むか?」『地域包括ケアと地域医療連携』勁草書房,2015,131-135頁)。

「骨太方針2015」の閣議決定の直前に開かれた2015年年6月30日の経済財政諮問会議の議事要旨にはこの一文についての説明はありませんでした。ただし、5月19日の経済財政諮問会議の「"経済・財政一体改革"の実行に向けて」(有識者議員提出資料)」は、「経済・財政一体改革」個別改革の目標」の第1に、「社会保障(保険料)負担率(対国民所得比)の上昇に歯止めをかけ、実質可処分所得の目減りを抑制する」を掲げており、上記の1文は、これを踏まえて盛り込まれたと思われます。

「有識者議員提出資料」の可処分所得論に対して権丈善一氏は以下のような的確な批判を加えています。「当初所得から税金・社会保険料を引いて現金給付を加えたものを『可処分所得』と呼び、可処分所得プラスの現物給付を『所得再分配調査』のなかでは『再分配所得』と呼んでいます。ですから、可処分所得という指標は、社会保障が行っている『医療、介護、保育などの現物給付』を無視した指標なんですね.そうした可処分所得の目減りを抑制するという話は、なんとなく聞こえはいいのですけど、要は、ここでみた、社会保障の所得再分配機能を縮小するという話につながることです」(『ちょっと気になる社会保障[増補版]』103頁)。

[本稿は『日本医事新報』2018年7月7日号掲載の「『骨太方針2018』と『社会保障の将来見通し』をどう読むか?」(「深層を読む・真相を解く」(77))に加筆したものです。]

▲目次へもどる

2.インタビュー:医療政策の歴史を学べば将来の事業展開も見えてくる
(『日経ヘルスケア』2018年7月号:66-70頁)

長らく日本の医療・介護政策の分析・提言を行い、国の制度改革にも影響を与えてきた二木立氏が、日本福祉大学を定年退職、。れに合わせ、これまでの著作のエッセンスをまとめた『医療経済・政策学の探求』(勁草書房刊)を上梓した。同氏に、医療・福祉複合体の研究など、医療経営者が読んでおくべき論文の意味を改めて解説してもらうとともに、安倍政権の医療政策の今後についても聞いた。 (聞き手は日経メディカル開発・千田敏之)

病院チェーン、複合体研究の意味

――677ページという大著ですが、本書に込めた思いからお願いします。

二木 日本福祉大学在職中の33年間、1985年から2017年に行った医療経済・政策学研究の総括でありエッセンスです。この間、単著23冊と単著に準ずる共著2冊を出版しました。私の研究は大きくは、政策的意味合いが明確な実証研究と、医療・介護・福祉政策の分析・予測・批判・提言の「二本立て」に分けられます。それらを体系的に整理し直しました。研究者や政策担当者だけではなく、医療関係者、特に病院経営者にはぜひ読んでほしいと思っています。

――医療経営者には一番どこを読んでもらいたいですか。

二木 第I部第4章の「医療提供体制の変貌――病院チェーンから複合体へ」です。1970年代までは、日本の病院は民間病院が主体であるのは当然ですが、独立して小規模なものが主体というイメージでした。徳洲会とか板橋中央病院グループなどのチェーンはごく一部にしかすぎず、限定的だろうと。

しかし、病院チェーンは70年代後半に急増し、"医療冬の時代"と言われていた80年代にも増加、90年代初頭には医療法人病院病床の約25%を占めるに至ったことがわかりました。また、70年代まで巨大医療法人チェーンの主流は精神科病床主体でしたが、一般病床のチェーンが主体になってきていることも明らかになりました。さらに、病院チェーンは巨大化するにつれ、急性期から慢性期、福祉・介護サービスというように、垂直統合の事業展開を行うようになっていることも分かりました。今では常識的かもしれませんが、この研究結果は、厚生労働省の政策形成や、病院経営者の事業戦略にも影響を与えたと思います。

――インターネットもない時代、どういう調査を。

二木 『全医療法人名簿』『病院要覧』『全国病院名鑑』などの各種名簿を過去版にも遡って一つひとつ徹底的に調べました。官庁統計では全く実態がわかりませんから。もうなめるようにして読み、必要に応じて訪問もし、取材をしました。だから顔が見える研究になったと思いますよ。とても大変な作業でしたが、この実証研究は歴史に残るものになったと自負しています。

――この研究がその後の「保健・医療・福祉複合体」の研究にもつながっていくわけですね。

二木 老健施設の制度化、ゴールドプラン、介護保険制度創設という流れの中で、医療法人は医療の枠組みを超えて事業展開を加速、「保健・医療・福祉複合体」が形成されていきます。必ずしも大きな医療法人だけでなく、中小病院や診療所も複合体化を目指すようになったのも特徴です。
第Ⅰ部第4章には、「介護保険下の『複合体』の多様化とネットワーク形成」、「日本の保健・医療・福祉複合体の最新動向と『地域包括ケアシステム』」など、その後の「複合体」研究の主要な論文も収め、その変遷をたどるだけでなく、将来の方向性も学べる構成になっています。

――経営者が今、これらの論文を読む意味はどこにあると。

二木 今後、2025年、2040年にかけて医療・介護のプロバイダーはどんどん多様化していくでしょう。しかし、病院が中核的な役割を果たすという点は変わらないと思います。国が進める「病院完結型の医療」から「地域完結型の医療」。あれの中核は病院です。そして、病院を核に「治す医療」から「治し、支える医療」を進めろ、と言っている。これは、私流に言えば、経営母体は単独でないかもしれませんが、複合体そのものとも言えます。

単独病院が病院チェーンになり、さらには様々な制度改革を追い風に、個々の医療機関が複合体として保健福祉分野に進出していった歴史を学ぶことで、将来の事業の多様化や、地域でのネットワーク形成の方向性も見えてくるのではないでしょうか。医療においても、歴史は大切です。

「すでに起こった未来」を整理・分析

――1998年の時点で「介護保険は複合体の追い風になる」と予測され、その通りになりました。現在、全国各地で構築が進められている地域包括ケアシステムについても、2012年の論文で「複合体への新たな追い風になる可能性がある」と指摘されていますね。

二木 予測が当たった、という面はもちろんありますが、私の書籍を読んで、複合体の重要性に目覚め、意識的にそういった展開をされた事業者も少なからずいたようです。

経営学者のP.ドラッカーは「すでに起こり、後戻りのないことであって、10年後、20年後に影響をもたらすことについて知ることには重大な意味がある。しかも、そのような、すでに起こった未来を明らかにし、備えることは可能である」(『P.F.ドラッカー経営論集』、ダイヤモンド社)と書き、「すでに起こった未来」を知り、それに対処することが経営者の役割だと説いています。

私がやってきた仕事は、まさに日本の医療・介護経営の中で「すでに起こった未来」を整理・分析することでした。結果的に、介護保険下での医療機関の展開を、予測することができ、地域包括ケアシステムについても、狭い意味での保健・医療・福祉の枠を超えて、町づくりにつながっていくということを、早い段階で指摘することができました。

――ほかに医療経営者が読むんでおくべき論文は。

二木 医療費に関する様々な誤解を正した論文は、医療関係者以外にも読んでもらいたいです。まず、第I部第1章の「脳卒中リハビリテーションと地域・在宅ケアの経済分析」です。この論文をまとめた1980年代前半は、日本だけではなく米国でも「在宅ケアは安くつく」と見られていました。しかし在宅ケアが安く見えるのは、家族介護をタダと見なしているからにすぎず、家族介護をきちんと経済評価すれば、リアルコストは施設経営よりも決して安くない。重度の場合、むしろ高くつく。そのことを初めて、日本で実証しました。

また、今でこそ医療費増加の主因が人口高齢化ではなく、技術進歩であることは常識になっていますが、1990年代くらいまでは人口高齢化が最大の要因と考えられていました。第2章に収めた「人口高齢化は医療費増加の主因か?」では、人口高齢化は重要な要因ではあるが、主因でないことを欧米諸国のデータも踏まえて論じています。

将来予測を行うための3つの分析枠組み

――長年、医療政策の予測をされてきましたが、その手法、考え方の基本をお教え下さい。

二木 私は医療政策を分析する原則として、「政策の予測はするが医療政治の予測はしない」ということを貫いてきました。政治は本当に一寸先は闇だからです。

それを前提として、日本の医療の将来予測を行うための3つの分析枠組み・概念を考案しました。(1)将来予想の3つのスタンス、(2)「厚生労働省の政策選択基準」と「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」、(3)21世紀初頭の医療・社会保障改革の3つのシナリオ--の3つです。

詳しくは本書の序論第2節をを読んでいただきたいですが、(1)は、政府の施策を批判して社会保障の理念を完全に満たす「あるべき医療」求める第1のスタンス、厚労省の最大限の願望が実現した場合に起こりうる最悪の事態を示して警鐘を鳴らすというスタンス、そして、この2つの弱点を補うために、研究者の立場で客観的・実証的予測を行い、政策の「光と影」を複眼的に考察する3つ目のスタンスが必要ということです。

(2)は「厚労省は医療費増加を招くことが明らかな政策は、特別の事情がない限り、選択しない」という視点と、「新自由主義的医療改革、すなわち医療の市場化・営利化は、企業にとってマーケットの拡大を意味するが、厚労省が嫌う医療費増をもたらすので、医療費抑制という"国是"と矛盾する」という視点です。この2つの視点を念頭に政策をみれば、大まかな正解が見えてきます。

(3)の3つのシナリオとは、「新自由主義的改革」「社会保障制度の部分的公私2階建て化」「公的医療費・社会保障費用の総枠拡大」です。これらは、個々の医療政策を大局的・歴史的視点から分析する上でも有用と考えています。

公的医療費抑制の徹底という路線は不変

――3つの分析枠組みを当てはめると、長期に及ぶ現在の安倍政権の医療政策はどのような評価となりますか。

二木 (3)の「3つのシナリオ」で考えてみましょう。これは小泉政権の時に提起した考え方です。その後の第1次安倍・福田・麻生政権、民主党政権、そして現在の安倍政権の医療・社会保障政策を分析する上でも有効です。

ポイントは、小泉政権以降の政策は、今の安倍政権含め、新自由主義的改革一色でなく、「社会保障制度の部分的公私2階建て化」の路線に近いということです。安倍政権が続くとしても、あるいは安倍政権が代わったとしても、大きな枠組みは、伝統的な公的医療費抑制の徹底、そのための規制強化と患者負担強化であることに変わりはありません。

安倍首相は、歴代の自民党政権の中でも、飛び抜けて保守的イデオロギーが強いですが、医療政策では、歴代政権を引き継いだ「部分改革」に徹しており、抜本改革は目指していないと考えられます。

営利産業化政策、すなわち医療への市場原理導入は、一部の医療関係者が幻惑され、すごい危機意識を持つ方がおられますが、掛け声倒れに終わると私は見ています。例えば混合診療解禁論争があって、患者申出療養の制度が導入されましたが、鳴り物入りだったのに、ほとんど普及していません。経済産業省の入れ知恵で、医療の産業化政策が「未来投資戦略」等でいくつも出てきますが、ぶち上げられても最終的に実質形骸化している政策が多いのも、その現れです。

2018年改定は複合体重視

――今年の診療報酬改定をどう見られましたか。

二木 200床未満の中小病院や、それを中核とする保健・医療・福祉複合体の追い風になる改定でしたね。在宅復帰率の実質要件緩和や、訪問看護ステーションの退院時共同指導料が特別な関係にある場合でも算定ができるようなったこと、介護医療院を居住系介護施設と同等の「在宅」に位置づけたのも、その表れです。

今回改定は建前として、かかりつけ医をすごく強調していますが、もう診療所オンリーの在宅医療や、看取りはきついですよ。地域包括ケアの時代の在宅医療・ケアの担い手ということでは、診療所だけではなく、中小病院、特に複合体に国は期待している。そういったメッセージを明確に盛り込んだ改定だったのではないでしょうか。

――最後に、これからのお仕事は。

二木 少なくとも85歳までは、研究と言論活動と社会参加、社会貢献を続けます。イチローではありませんが、「85歳まで」ではなく、「少なくとも85歳まで」だから間違えないでください。

この春からは、日本福祉大の教室を借りて「医療・福祉研究塾(二木ゼミ)」を始めました。参加費は資料代として各回500円だけ取る私塾です。全国から社会人30人ほどが集まり、月1回のペースで開講しています。

これまでの研究を踏み台に、自分自身の新たな高み、進化あるいは大器免成を目指したい。大器晩成でなく、大器免成。いつまでも成長を続けたいと考えています。

▲目次へもどる

3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算149回)(2018年分その5:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○ヨーロッパ5か国の市場での革新的な医薬品価格契約:[支払い側の]利害関係者の態度と経験の調査
Dunlop WCN, et al: Innovative pharmaceutical pricing agreements in five European markets: A survey of stakeholder attitudes and experience. Health Policy 122(5):528-532,2018[質的研究]

革新的な医薬品価格契約はヨーロッパ市場で20年以上前から行われており、それは支払い者と製薬企業に対して、価値について調整し、患者に新薬を提供するスピードを最適化し、リスクを分担する機会を与えている。そのように契約を成功させるためには利害関係者間の調整が必要だが、現在の革新的契約が現実世界でいかに用いられているかについての総括的データはない(医薬品への実際のアクセスレベル、払い戻しと割引等は、しばしば不透明である)。本調査は、支払い側の利害関係者に対するウェブ調査であり、現在用いられている革新的契約、将来の利用見通し、契約導入の推進力について質問した。回答者は、EU内で人口の多い5か国(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、イギリス)の現職または元職の国または地方レベルの支払い者と病院レベルの意思決定者、合計66人である。回答者は、将来の革新的な価格設定契約の利用は、現在と同レベルか増えると予測した。全体として、回答者は新しい契約方式に肯定的であり、革新的契約は総費用を抑制したり不確実性を減らす際に用いられやすいと感じていた。この結果に基づいて、著者は、今後も革新的価格契約方法が1つに収斂する見込みはないと判断している。

二木コメント-公的医療保障制度があるヨーロッパ諸国での、薬剤費支払い側(国・自治体と病院の担当者)に対する、近年の革新的価格契約についての意識調査です。「今後も革新的価格契約方法が1つに収斂する見込みはない」との著者の判断は妥当と思います。ただし、本論文では革新的価格契約の詳細は書かれておらず、「羊頭狗肉」的です。

○[イタリアでの]非処方薬の消費と費用の[地方間の]バラツキ:決定要因と政策的含意
Otto M, et al: Variations in non-prescription drug consumption and expenditure: Determinants and policy implications. Health Policy 122(6):614-620,2018[量的研究]

本論文は非処方薬の1人当たり費用と消費の全国21地方(region)間のバラツキの決定要因を「イタリア医療サービス」のパネルデータを用いて分析する。このような研究的問いを設定した文献は過去にない。1人当たり所得、65歳以上の高齢者割合、地域の薬局数(非処方薬を扱う薬局(para-pharmacies)とスーパーマーケット内の薬品売り場)、および有病率を説明変数として想定した。非処方薬と処方薬のトレードオフも調査した。地域的固定効果を含んだ線形回帰モデルにより相関をテストした。需要側の要因(非処方薬が標的とする疾患の有病率と所得を含む)が供給側の要因(薬局数など)よりも、影響力が大きかった。つまり、非処方薬の消費はニーズに反応し、供給側によって誘発されない。当初想定した非処方薬と処方薬とのトレードオフは統計的には確認できなかった:非処方薬の消費増加は自動的に「イタリア医療サービス」が償還する処方薬消費を節減するわけでない。いくつかの制約はあるが、回帰モデルは地方間の非処方薬の消費と費用のバラツキの高い説明力を有していた。

二木コメント-非処方薬の消費・費用の地方間のバラツキの決定要因を検討した世界初の研究だそうです。非処方薬では「供給者誘発需要」は明確ではないこと、および非処方薬の消費増加は処方薬の消費減少には直結しないとの結果は興味深いと思います。ただし、分析単位が「地方」(全国21)なのは大きすぎる気がします。

○終末期の健康の価値付け:社会科学文献における表明選好調査の文献レビュー
Shah KK, et al: Valuing health at the end of life: A review of stated preference studies in the social science literature. Social Science & Medicine 204:39-50,2018[文献レビュー]

医療における優先順位設定についての文献での主な論点は、平等面を考慮して健康利得(health gains)の重み付けを行うべきか否かにある(短期間の余命延長の健康利得を重視するか否か等)。本論文では「市民は終末期の患者の健康利得1単位を他の患者のそれよりも重視するか?」というリサーチクエスチョンに関連した社会科学文献の実証的エビデンスをレビューする。電子文献データベース「社会科学引用指数」を用いて、2017年10月までに発表された文献を検索すると共に、それら文献の引用文献もチェックした。階層的基準を用いて、仮想的な医療優先度設定文脈に関連した表明選好を調査した実証研究を選択した。

この選択基準を満たした23文献のレビューを行った。選択肢法(choice exercises)が、選好を聞き出すためにもっともよく用いられた方法であった。他に、予算配分、パーソン・トレードオフ、支払い意思が用いられていた。一部の研究は、終末期患者についての観察された選好は患者の年齢についての情報により影響されることを見出していた。全体として、エビデンスはさまざまであり、8つの文献は終末期の治療の「プレミアム」と一致するエビデンスを見出していたが、11文献では見出していなかった。研究方法のデザインも結果に影響していることが明らかになった。イギリスの文献から得られた知見は、終末期の延命治療についてのNICEの評価政策の妥当性を判断する上で特に重要であった。

二木コメント-非常に緻密な文献レビューです。終末期の余命延長に「プレミアム」を付けることの可否のエビデンスはさまざまであり、しかも調査方法が結果に影響するとの知見は重要と思います。

○スペインNHSでの費用対効果の閾値の推計
Vallejo-Torres L, et al: Estimating a cos-effectiveness threshold for the Spanish NHS. Health Economics 27(4):746-761,2018[量的研究]

NHS(National Health Service)での1QALY(質調整済み生存年)を生み出すための費用は、資金配分決定における平均的機会費用の近似値を提供する。この情報は費用対効果の閾値の近似値としても用いることができる。本研究の目的はスペインNHSの1QALYを推計することである。17の地方HSの費用変動と5年間の経済危機の結果生じた費用の外的要因による変化を利用した。固定効果モデルを用い、変数操作法により、潜在的内生性を検討した。その結果、医療費は住民の健康に統計的に有意な正の効果を持つことを示せ、費用弾力性の平均は0.07であった。これは1QALY当たり費用22,000~25,000ユーロに変換できる。これらの価値はスペインで費用対効果の閾値として一般的に用いられている30,000ユーロ(1ユーロ130円換算:390万円)を下回っている。

二木コメントー「閾値」の推計というより、全国データを用いた1QALY当たり費用の推計です。

○共通尺度を求めて:7か国のEQ-5D-5Lのバリューセットの比較
Olsen JA, et al: In search of a common currency: A comparison of seven EQ-5D-5L value sets. Health Economics 27(1):39-49,2018[量的研究・国際比較]

最近公開された、カナダ、イングランド、日本、韓国、オランダ、スペイン、ウルグアイのEQ-5D-5Lのバリューセット[タリフ。効用値表またはQOL値換算表]を比較し、各国の選好パターンに類似性があるか調べた。その結果、カナダ、イングランド、オランダ、スペインの4か国では以下のような強い類似性があった:(a)5側面の相対的重要性、(b)5段階のレベルごとの効用の相対的減少、(c)スケールの幅。西欧4か国のこのような類似性に基づいて、それらの混合モデルWePP(西欧選好パターン)を開発し、4か国のバリューセットと比較した。このモデルで計算されるバリューセットは、イングランド、カナダ、スペインのそれとの一致率が高かった。患者レベルのデータは「多施設比較プロジェクト」(参加者は6か国の7疾患グループの7933人)から得た。WePPバリューセットは、すべての重症度分布で、カナダ、イングランド、スペインのバリューセットの信頼区間内に収まっていた。WePPモデルは、まだ独自のバリューセットを開発していない(西欧)諸国にとって有用な「共通尺度」であることが示唆された。

二木コメント-この比較研究により、日本のバリューセットは、西欧4か国とは違うことが明らかにされたと言えます。残念なことに、日本と韓国のバリューセットの類似性の検討はされていません。日本語版EQ-5D-5Lの開発の原著論文は以下の通りです:池田俊也・他「日本語版EQ-5D-5Lにおけるスコアリング法の開発」『保健医療科学』64(1):47-55,215(ウェブ上に公開)。EQ-5DにおけるQOL数値化表現に対する根源的批判は、次の論文で行われています:サトウタツヤ(佐藤達哉)「QOL測定における数値化表現の本質を問う」『対人援助学マガジン』12号,2013.3.15(ウェブ雑誌。ウェブ上に公開)。私は佐藤氏の批判の多くは的を射ていると思いますが、残念ながら、氏は医療経済学の一領域にすぎない「医療の経済評価」を医療経済学全体と混同しています。

○選択がQALYを定める-アメリカにおけるEQ-5D-5Lの価値付け
Craig BM, et al: Choice defines QALYs - A US valuation of the EQ-5D-5L. Medical Care 56(6):529-536,2018[量的研究]

EQ-5Dの5段階版(EQ-5D-5L)は従来の3段階版の改善版として導入された。現在まで、EQ-5D-5Lの6か国のバリューセット[タリフ。効用値表またはQOL値換算表]が発表されており、アメリカについてはEQ-5Dの旧版の9つのバリューセットが発表されている。本研究の目的は、(1)アメリカの成人向けの、QALYスケールに基づくEQ-5D-5Lバリューセットを作成すること、(2)それをアメリカのEQ-5D-3Lと他国のEQ-5D-5Lのバリューセットと比較することである。2016年に、全米50州とワシントンDCの住民を対象として、仮想的な健康状態についての20対の質問を含む離散選択実験をオンライン調査で行い、8222人から回答を得た。(以下設問の詳細は略)

その結果、QALYスケールは-0.287(55555)から0.992(11121)までの幅があり、推定されたEQ-5D-5Lバリューセットは従来のアメリカ版のEQ-5D-3Lのそれと類似していた。アメリカ版のEQ-5D-3Lと比べると、EQ-5D-5Lのバリューセットは感度と特異度が高く、他国、特にイングランドのEQ-5D-5Lのバリューセットと高い相関があった。本研究により、QALYスケールに基づく、アメリカ版EQ-5D-5Lバリューセットを作成できたと結論付けられる。

二木コメント-論文の主題は魅力的ですが、中身は副題通り、アメリカ版EQ-5D-5Lのバリューセットを(日本を含む他国より)遅れて作成したことの報告です。本文には、EQ-5D-5Lの諸バリューのアメリカ版と他の6か国版(日本、韓国、ウルグアイ、オランダ、カナダ、イングランド)との比較・関連表(表2)が掲載されており、QALY研究者には便利と思います。

○EQ-5D-Yを用いた、軽度から中等度の慢性腎疾患を有する子どもの健康関連QOLのアセスメント
HSU C-N, et al: EQ-5D-Y for the assessment of health-related quality of life among Taiwanese youth with mild to moderate chronic kidney disease. Intenational Journal for Quality in Health Care 30(4):298-305,2018[量的研究]

本研究の目的は、慢性腎疾患とさまざまな合併症を有する子どもの健康関連QOL(HRQOL)が小児版EQ-5D(EQ-5D-Y)を用いて同定できるか評価することである。台湾のある三次医療センターで2014年5月~2016年12月に治療を受けた7~18歳の軽度から中度の慢性腎疾患患者(推算糸球体濾過量(eGFR)30以上)を対象として、前方視的横断面調査を行った。HRQOLはEQ-5D-Yを用いて評価した。スペアマンの相関係数を用いて、伝統的中国版EQ-5D-Yの妥当性を検討した。再テスト信頼性はCohen's kappa値と階級内相関係数(ICC)を用いて決定した。検査結果と慢性腎疾患関連の合併症を確認し、それらとHRQOLスコアとの関連を多変量線形回帰により評価した。

HRQOL評価参加者は68人で、そのうち53人は6か月後に2回目の評価を受けた。横断面分析により、EQ視覚アナログ・スコア(0-100)と患者の特性との間にはかなり~中朝度(fair to moderate)関連があった。年齢が15-18歳(p<0.01)、女児(P=0.03)、および骨ミネラル代謝異常の存在は、HRQOLに有意な負の影響を与えていた。EQ-5D-Yのうち、子どもが自己評価した側面は、快/不快および不安/抑うつを除き、かなり~高度(fairly to highly)の信頼性が認められた(kappa=0.2~0.8)。以上から、EQ-5D-Yは慢性腎疾患を有する患者の重症度レベルを識別できるが、一部の精神測定特性の評価には限界がある可能性があると結論付けられる。

二木コメント-特定疾患(小児慢性腎疾患)を対象にしてEQ-5D評価の妥当性を検討した緻密な研究です。ただし、著者が最後に「結論」で認めているように、小規模の横断面調査で、しかも重度の小児や大人が対象に含まれていないとの限界があります。

▲目次へもどる

4.私の好きな名言・警句の紹介(その164)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし