総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻184号)』(転載)

二木立

発行日2019年11月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

論文「医療政策の3大目標(質・アクセス・費用)のトリレンマは本当か?」『日本医事新報』2019年11月2日号に掲載します。
本論文は、本「ニューズレター」185号(2019年12月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。


1. 論文:経産省と厚労省の医療・社会保障改革スタンスの3つの違い-「千三つ官庁」対「現業官庁」

(「二木教授の医療時評」(173) 『文化連情報』2019年11月号(500号):22-27頁)

はじめに

安倍晋三内閣の国内政策が経産省主導であることはよく知られています。昨年後半から医療・社会保障改革についても同省の影響力が強まっていることは、本「医療時評(166)」「経済産業省主導の『全世代型社会保障改革』の予防医療への焦点化」でも指摘しました(1)。この傾向は、その後も続き、最近では、「『予防医療』で経産省路線に転じた厚労省の本音」との厳しい論評もみられます(2)

しかし、私は、経産省と厚労省の医療・社会保障改革スタンスには依然として大きな違いがあることを見落とすべきではないと思っています【注1】。本稿では、この点を以下の3側面から指摘します。①今後の社会保障給付費増加の表示と評価、②予防医療の推進と終末期医療の見直しによる医療費抑制、③生活習慣病対策。

社会保障給付費-名目額 vs 対GDP比

まず、社会保障給付費(医療給付費も含む)について、経産省は、今後社会保障給付費(名目額)が高騰し、社会保障制度・医療保険制度の破綻(「ほけん丸の沈没」)が必至であるとして、社会保障費の抑制が不可欠と危機意識を煽っています。例えば、「経済産業省におけるヘルスケア産業政策について」(2018年10月9日。ウェブ上に公開)の「社会保障給付費の推移」には社会保障給付費、医療給付費、介護給付費とも名目額のみが示されています。私が調べた範囲では、経産省の各種文書は、社会保障給付費等をすべて名目額のみで示していました。ただし、なぜか研究開発費や防衛費については、名目額と対GDP比の両方を記載していました。

それに対して、厚労省は、最近は、社会保障給付費は対GDP比で評価すべきであり、それらは今後も社会的に負担可能と主張しています。例えば、鈴木俊彦事務次官は「[「社会保障の将来見通し」(後述)により]2040年の24%という水準は、日本よりも高齢化率の低いスウェーデンやフランスが負担している水準よりも低いものであり、国民が負担できない水準ではないことが分かりました」と指摘しました(3)。伊原和人大臣官房審議官(当時)も「社会保障の規模は、GDPに占める社会保障給付費の割合で見るのが適切な見方だ」、「日本は高齢化率が高いのに社会支出の対GDP比はドイツより少ない。フランス、スウェーデンは高齢化率が20%に達しないのに日本よりも高水準となっている」と述べています(4)

なお厚労省は、以前から、社会保障給付費や国民医療費の将来推計で、名目額と対GDP比(または対国民所得比)を併記していました。しかし、鈴木事務次官や伊原大臣官房審議官のようなストレートな発言をするようになったのはごく最近です。

学問的には、厚労省の立場が正しいと言えます。なぜなら、社会保障給付費は「独立変数」ではなく、GDP(経済成長)の「従属変数」であり、今後のGDPの伸びの違いで大きく変動するからです。

鈴木事務次官が引用した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」

(内閣官房・内閣府・財務省・厚労省が共同で2018年5月に経済財政政策会議に提出)の「将来見通しの結果(ポイント)」も、社会保障給付費をすべて「対GDP比」で表示し、名目額はカッコ内で示すにとどめています。ただし、この文書の提出主体には経産省が入っておらず、同省はこの文書に責任を負わない立場なのかもしれません。

予防医療と終末期医療費-経産省は過大評価vs厚労省は沈黙

次に、経産省は予防医療の推進と終末期医療の見直しで、医療費抑制が可能と主張しています。この点が一番明確なのは、「次世代ヘルスケア産業協議会」(事務局:経産省)の第7回会議(2018年4月18日)に提出された図「予防・健康管理への重点化」です(図)。この図は、「生活習慣の改善や受診勧奨を通じた『予防や早期診断・早期治療の拡大』」で現役世代の公的医療費等は少し増えるが、「生活習慣病等の予防・早期治療を通じた重症化予防」(および終末期医療費の削減-二木補足)により高齢者の医療費は半減するとしています。

この図では明示されていませんが、経産省は終末期医療を医療費抑制のターゲットに位置づけています。2017年に公表されて大きな反響を呼んだ、経産省若手プロジェクト『不安な個人、立ちすくむ国家』は「健康で長生きしたあとで、人生最後の一ヶ月に、莫大な費用をかけてありとあらゆる延命治療が行われる現在」を批判しています(5)

さらに経産省の社会保障改革のスポークスマンとも言える江崎禎英氏(商務・サービス政策統括調整官)は、「医療費は死ぬ時が一番高い。人生最後の1か月で生涯医療費の50%を使う」とのトンデモ発言をしています(2018年10月25日医療経済フォーラム・ジャパン「第17回公開シンポジウム」)。事実は、死亡前1か月間の医療費は国民医療費の3%にすぎず、しかもこれには心筋梗塞や脳卒中等による急性期死亡の費用も含まれています(6)【注2】

それに対して、厚労省は、最近は、両者について、沈黙しています。「最近は」と限定したのは、厚労省も、小泉純一郎内閣時代の2006年の医療保険制度改革時には、「生活習慣病対策の推進」により2025年には医療給付費が約2.4兆円(約4.1%)削減でき、「自宅等での死亡割合を4割に」引き上げることにより、2025年には「終末期における医療費」(死亡前1か月の医療給付費)を約5000億円削減できるとの試算を発表していたからです(7)

厚労省の沈黙は、このかつての公式説明の誤りの「学習効果」かもしれません。公平に見て、小泉内閣時代と比べると、最近の厚労省の医療施策は、相当エビデンスに基づいており、しかも関係団体の可能な限りの合意形成を踏まえて行われるようになっていると思います。その好例は、2018年度の診療報酬・介護報酬同時改定や介護医療院の創設、2019年度からの薬価等の費用対効果評価の本格実施等です(8)

なお、2005-06年当時、財務省から厚労省保険局に出向していた村上正泰氏(山形大学教授)は、厚労省は経済財政諮問会議が提起した医療費の「伸び率管理」への「対抗策として生活習慣病対策の推進と平均在院日数の短縮を位置づけた」が、それらによる「医療費削減効果は明らかではない」と証言しています(9)

拙論「『骨太方針2019』の社会保障改革方針をどう読むか?」で指摘したように、「骨太方針2019」の「疾病・介護の予防」の記述は穏当な表現に落ち着きました(10)。これは、政府内での厚労省や財務省の奮闘・抵抗の成果かもしれません。

生活習慣病対策-経産省は個人アプローチ

最後に生活習慣病対策についての違いを述べます。私は、これが一番重要と思います。まず、経産省は「生活習慣病」=個人責任の立場から、個人アプローチのみを主張しています。2018年10月22日の「未来投資会議」への経産大臣提出資料(資料9。12頁)中の「疾病・介護予防の促進に関する提言」には「保険者・事業者・個人へのインセンティブ投資を強化し、行動変容につなげるべき」と書かれています。

この点でも、もっとも先鋭的な発言をしているのは江崎禎英氏で、以下のように述べています。「『生活習慣病』という名前が示す通り、その原因は主に生活習慣にあります。身体の外から細菌やウイルスなどが侵入して起きる感染症と異なり、生活習慣の原因は自分自身の中にあります。『健康管理などする気はないけど、病気になったらその費用は公的保険で払って欲しい』というのはいかがなものか、という点に踏み込まない限り、医療財政の問題は解決しないと思っています」、「日本の糖尿病患者の95%は2型なのです。生活習慣病によって『ほけん丸』が沈もうとしているのに、1型の話しを持ち出して話しをうやむやにすべきではありません」(11)。江崎氏は上記シンポジウムでは、この認識に基づいて、「健診を受けないと出世させない等のペナルティを与える必要がある」とまで述べました。

それに対して最近の厚労省は、個人アプローチと社会環境改善(社会的)アプローチとの併用を提唱しています。例えば、上述した2018年10月22日の「未来投資会議」への厚労大臣提出資料(資料8。5頁)の「健康寿命の更なる延伸に向けて(健康寿命延伸プラン)では、「①健康無関心層へのアプローチを強化しつつ、②地域・保険者間の格差の解消を図ることによって、個人・集団の健康格差を解消し、健康寿命の更なる延伸を図る」と書かれました。ここでも「最近の」と限定したのは、厚労省は2012年の「健康日本21(第二次)」以前は、「生活習慣病」の説明で、健康の自己(個人)責任を前面に出していたからです(12)

おわりに-中川俊男副会長の2年前の警告

以上から、経産省と厚労省の医療・社会保障改革スタンスには、依然として大きな違いがあることを明らかにできたと思います。私は、この点について(限って)は、厚労省のスタンスが妥当と判断しています。

私は、2004年に、ある高名な厚労省OBから、以下のように教えて頂いたことがあります。「かつて霞ヶ関では、旧通産省は『千三つ官庁(千の提案で三つ実現すればよい)』、旧経済企画庁は『公卿の館』と呼ばれておりました!いずれも軽やかではあるが、詰めの甘い、アイディア倒れの官庁といったニュアンスです。これに対し、財務省や厚生省は泥臭く鈍重ながら、実際の制度や予算を所管していることからくる強み(と限界)があるということでしょうか」(匿名で引用することの許可済み)。この拙論をまとめる過程で、この方の対比が絶妙であることを再確認しました。

最後に、中川俊男日本医師会副会長が2年前に中医協委員を退任したときの見識ある発言を紹介します(2017年7月5日中医協総会)。

当時、厚労省批判の急先鋒と思われていた中川氏の以下のような、厚労省に対する「エール」発言が大きな注目を集めました。「もう1つは、厚生労働省の事務局、官僚の皆さんへのエールです。あなた方は、我が国の医療を守る最後の砦です。いろいろな立場、いろいろな部門から厳しい指摘があるでしょう。巨大な力にくじけそうになることもあるでしょう。しかし、国民は皆さんを心から頼りにしたい、いや、頼りにしていると思います。日本の国民皆保険を守るのは皆さんです。そのために私はこれからも支援を惜しみません。これからは今まで以上に優しく支えていきます」。

しかし私は、医療政策的には中川氏の、その前段の次の発言が非常に重要と思っています。「1つは各側委員へのお願いです。日本の医療政策は、中医協を初め、厚生労働省の審議会で丁寧に合意形成のプロセスを踏んで策定されています。このことが、国民皆保険としての日本の公的医療保険制度の国際的な評価につながっているのだと思います。しかし最近では、直接の所管ではない政府の他の部門から、診療報酬の細部に踏み込んだ提案が常態化しています。私的諮問機関からの提案もありますが、非公開で議論の過程が見えないこともあります。このままでは日本の医療政策がその時々の権力構造におもねる形で決まっていきはしないか、そういう危うさを感じています。各側委員には一致して、中医協の丁寧で開かれた合意形成プロセスを守り通していただきたいと心から願っています」(ゴチックは二木)。

中川氏は当時、経済財政諮問会議と財務省財政審の「口出し」を問題視していました(13)。私は、その後、経産省の「口出し」と安倍首相への影響力が格段に強まったと判断しています。それだけに、医師会や医療関係者は、厚労省の個々の施策のうち患者・国民・医療関係者の利益に反するものへの批判は行いつつ、厚労省が本文で述べた3点についてのスタンスを堅持するよう、激励すべきと思います。

【注1】安倍内閣の下での諸官庁の力関係

医療関係者を含め、一般には、財務省が現在でも「最強官庁」であり、安倍内閣の政策を主導していると思われています。しかし、それは過去の話です。安倍首相は、小泉純一郎内閣時代からの筋金入りの「上げ潮派」(高い経済成長を実現すれば税収が増えるので、財政再建も自ずと実現でき、消費税引き上げ等の国民負担増は必要ないとの考え)で、財務省に代表される「財政再建派」(財政再建のためには消費増税が不可欠との考え)を毛嫌いしていました。そのため、安倍内閣では、「上げ潮派」の代表とも言える経産省の影響力が一気に強まったのです。

それに対して、財務省は、昨年、一連の自爆的スキャンダルが生じたことも重なり、安倍内閣への影響力は大幅に低下しています。ただし、財務省は政策形成の表舞台から完全に退場したわけではなく、「ポスト安倍」時代に備えて捲土重来を期しています(これを英語で、"down but not out"と言います)。財政制度等審議会「建議」をはじめ、同省関連の文書は極めて緻密であり、「突っ込みどころ満載」の経産省文書とは大違いです。

また安倍首相は、第一次安倍内閣時代の「消えた年金」事件が内閣退陣の主因だと考え、それ以来、厚労省を嫌悪しており、しかも財務省と同じく、厚労省も昨年、一連の不祥事をおこしたためもあり、医療・社会保障改革についても、官邸・経済産業省に主導権を奪われています。

【注2】小泉進次郎議員と安倍晋三首相の見識ある発言

経産省と異なり、小泉進次郎議員(現・環境大臣)と安倍晋三首相は、それぞれ予防と健康づくり、尊厳死について、極めて見識ある発言をしています。

小泉議員は、菅義偉官房長官との対談で、菅氏が「糖尿病が悪化しないように予防することで医療費も大きくならずに済む。広島県呉市では260人の糖尿病患者の方を徹底して予防したら、5年経っても誰一人透析まで行かなかったという成功例があるんです」と発言したのに対して、「ただ、この問題で大事なのは、予防と健康づくりは財政のためではないということ。あくまで一人ひとりの幸せのため。そこを置き去りにしてはいけません」と発言しました(14)。安倍首相も、2013年2月20日参議院予算委員会で、野党議員の質問に答えて、「尊厳死は、きわめて重い問題であると、このように思いますが、大切なことは、これは言わば医療費との関連で考えないことだろうと思います」と答弁しました。

ただし、小泉議員が中心になって2016年にとりまとめた自民党の「人生100年時代の社会保障へ(メッセージ)」は、「『病気にならないようにする』自助努力を支援していく必要がある」として、「健康管理にしっかり取り組んだ方」に「健康ゴールド免許」を付与し、「自己負担を低く設定する」ことを提唱していました。小泉議員のその後わずか3年間での認識の「深化」・「進化」には目を見張るものがあります。
また、菅氏の呉市の事例についての上述発言が事実誤認であることは、浜田陽太郎氏(朝日新聞編集委員)が現地取材に基づいて詳細に明らかにしています(15)

文献

[本稿は日本医師会第6回医療政策会議(2019年9月4日)で報告し、『日本医事新報』2019年10月5日号(4980号)に掲載した「経産省と厚労省の医療・社会保障改革スタンスはどう違うか?」(「深層を読む・真相を解く」(90))に加筆したものです。]

▲目次へもどる

2. 論文:医療法人以外の私的病院チェーンの分析

(連載:医療提供体制の変貌④)(『病院』2019年10月号(78巻10号):756-761頁。表は別ファイル (PDFファイルPDF)

はじめに

本連載第3回では「1991~2011年の医療法人病院チェーンの推移と構造」を分析しました。本稿では、医療法人以外の私的病院チェーンの分析を行います。具体的には、第3回と同じく、主に矢野経済研究所『全国病院開設法人・団体名鑑 2012年版』を用いて、公益法人・会社・社会福祉法人・医療生協・宗教法人及び私立学校法人の6法人の病院チェーンを検討します。私立学校法人の大半は私立医科大学で、その病院チェーンは規模と機能の両面で、それ以外の法人の病院チェーンとは大きく異なるので、区別して扱います。上記資料のデータは2011年で少し古いですが、これらの法人の病院チェーンが分かる資料はこれ以降出版されていないので、ご了承下さい。

本稿のポイントは以下の通りです。
①医療法人以外の私的病院の病院チェーンの病床シェアは私立医科大学が突出して高い(93.3%)。この割合は公益法人で51.7%、会社で58.0、社会福祉法人・医療生協・宗教法人(旧・その他の法人)で40.3%であり、いずれも医療法人の28.7%を大幅に上回っている。しかも1988~2011年のシェア拡大も、医療法人のそれを上回っている。
②ただし、病院チェーン病床数の三分の二(65.5%)は医療法人が占めている。
③私立学校法人を除けば、公益法人・会社・社会福祉法人・医療生協・宗教法人の病院チェーンの平均規模は、医療法人病院チェーンに近い。
④私立学校法人を含めて、私的病院チェーンの大半は、大規模なものも含めて「地域的存在」である。
⑤1000床以上の医療法人以外の巨大病院チェーンは45存在する(私立学校法人25、その他20)。

全病院と医療法人の病院数・病床数の推移

病院チェーンの分析の前に、厚生労働省「医療施設調査」を用いて、病院総数と医療法人・個人以外の私的病院の1990年と2015年の病院数・病床数を検討します(表1)。

公益法人は1990年411病院・95,228床から、2015年の237病院・58,876床へと、25年間で174病院・36,352床も減少しました。減少率はそれぞれ42.3%、38.2%です。この減少の主因は2006年の公益法人制度改革により、新しい公益法人の基準が非常に厳しくなり、公益法人の約4割が2013~2014年に一般財団法人または一般社団法人に移行したからです。これらは「その他の法人」(新基準)に含まれます。旧基準の「その他の法人」(後述)の病院・病床数が同じ期間に190病院・48,390床も増えているのはそのためです。

社会福祉法人と医療生協は2001年までは「その他の法人」(旧基準)に含まれていましたが、2002年からは分離独立しました。表には示しませんでしたが、両者とも2002年以降、病院数・病床数とも漸増し続けています。私立学校法人は1990年の89病院・48,431床から2015年の111病院・55,543床へと22病院・7,112床増えています。増加率はそれぞれ24.7%、14.7%です。

表1下段の「参考」に示したように、個人病院は1990年の3,081病院・263,304床から2015年の266病院・26,075床へと2,815病院・237,229床も減少しています。減少率はそれぞれ、91.3%、90.1%に達しており、今や個人病院は「絶滅危惧種」と言えなくもありません。ただし、本連載第3回でも指摘したように、この主因は個人病院の医療法人病院への「法人成り」のためであり、同じ期間に医療法人病院は1,492病院・203,836床も増えています。

個人病院は制度上は病院チェーンにはなれないので、以下、個人病院を除いた私的病院の病院チェーンについて検討します。かつては、複数の個人病院、または個人病院と他の関連法人病院で構成される事実上の個人病院チェーンも少数存在しましたが、現在では、それらの大半は医療法人病院チェーンに移行していると思います。

医療法人以外の私的病院チェーンの全体像

次に、『全国病院開設法人・団体名鑑 2012年版』を用いて、2011年の医療法人以外の私的病院チェーンの法人数・病院数・病床数を示します(表2)。以下表4まで、「総数」は、公益法人、会社、社会福祉法人、医療生協、宗教法人、及び私立学校法人の6法人合計で、「小計」は公益法人~宗教法人の5法人合計です。「参考」として、連載第3回で示した医療法人病院チェーンの数値も示します。病院チェーンは、連載第3回と同じく、病院を開設している法人のうち、2病院以上を開設または経営している法人としました。なお、病院チェーン「総数」には、病院チェーンが「指定管理者」となっている公立病院の病院数・病床数も含みます。具体的には8法人が23病院・4,946床の指定管理者となっています。これは病院チェーン「総数」の436病院・128,476床のそれぞれ5.3%、3.9%です。

2011年には、公益法人の病院チェーンは62法人・189病院・47,288床存在し、公益法人病院全体に対するシェアは病院で49.2%、病床で51.7%です。なお、公益法人病院チェーン62法人のうち、34法人は2019年にも公益法人(財団25、社団9)ですが、残りの28法人は一般財団法人22,一般社団法人6に変わっていました(各法人のホームページで確認)。公益法人から医療法人への移行はありませんでした。

会社の病院チェーンは、それぞれ、7法人・41病院・7,394床、66.1%、58.0%、社会福祉法人・医療生協・宗教法人(旧・その他の法人)の病院チェーンは、それぞれ47法人・110病院・22,187床、35.4%、40.3%です。これらの法人の病院チェーンの病院・病床シェアは、医療法人病院チェーンの病院シェア22.1%、病床シェア28.7%を大幅に上回っています。

私立学校法人の病院チェーンは29法人・96病院・51,607床で、病院シェア、病床シェアはそれぞれ87.3%、93.3%に達しており、他の法人を圧倒しています。表には示しませんでしたが、私立学校法人のうち私立医科大学29大学で、病院チェーンでなかったのは4大学のみでした(慶應義塾大学、杏林大学、愛知医科大学、大阪医科大学)。慶應義塾大学は1970年代には本院以外に2病院(伊勢慶應病院、月ヶ瀬リハビリテーションセンター)を開設していましたが、それぞれ2003年、2011年に閉院しました(他法人に譲渡)。

表2の右端には1988年の各法人の病院チェーンの病院数シェア、病床数シェアを示しています。すべての法人種類で、2011年のシェアの方が高く、しかも各法人とも、医療法人病院チェーンのシェア増加(病床数シェアで22.1%から28.7%へ6.6%ポイント増)を大幅に上回っています。
ただし、2011年の医療法人病院チェーンの病床数は244,139床で、私的病院チェーン合計(表の最下段の医療法人+「総数」)372,615床の三分の二(65.5%)を占めています。このことは、2011年でも、私的病院チェーンの「主役」が医療法人チェーンであることを示しています。

医療法人以外の私的病院チェーンの平均像

次に、医療法人以外の私的病院チェーンの1法人当たり平均病院数・平均病床数、1病院当たり平均病床数及び一般病床の割合を検討します(表3)。

「総数」の1法人当たり平均病院数は3.0で、医療法人の2.5と大きな差はありません。会社で5.9と高いのは、病院チェーンを有する会社は、全国展開している大企業が多いためと思います。「総数」の1法人当たり平均病床数は886.0床で、医療法人の489.3床を圧倒していますが、これは私立学校法人を含んでいるためで、これを除いた「小計」の1法人当たり平均病床数は662.7床です。「小計」の1病院当たり平均病床数は226.1床で、医療法人の193.5床に近い同水準です。

表3でもっとも注目すべきことは、「小計」の一般病床の割合が67.1%で、医療法人の42.5%より24.6%ポイントも高いことです。「小計」に含まれる5種類の法人とも、この割合は6割を超えています。一般病床の割合は私立学校法人では95.6%に達しています。

表には示しませんでしたが、各法人の「病床タイプ」をみると、医療法人以外の病院チェーンのうち公益法人と社会福祉法人では、精神病床や療養病床が主体の(これらの病床がもっとも多い)法人も少なくありません。公益法人病院チェーンでは、一般病床主体が39法人(62.9%)でもっとも多いものの、精神病床主体も17(27.4%)、療養病床主体6(9.7%)ありました。

大規模・広域チェーンの割合

医療法人以外の私的病院チェーンの大規模化・広域化の指標として、連載第3回の結果を踏まえて、①1,000床以上の法人の割合、②5病院以上を開設している法人の割合、③3都道府県以上に病院を開設している法人の割合を調べ、医療法人病院チェーンと比較しました。

①は、私立学校法人で86.2%と突出して高いだけでなく、公益法人(22.6%)、会社(42.9%)も医療法人(6.2%)よりはるかに高くなっています。なお、私立学校法人の病院チェーンで1,000床未満の4法人は、歯科大学と産業医科大学です。他面、社会福祉法人(10.7%)は医療法人に近く、医療生協と宗教法人では1000床以上の病院チェーンはありませんでした。

②(5病院以上開設法人割合)は会社の71.4%を除けば、私立学校法人(10.3%)を含めて10%前後であり、医療法人(4.6%)と大きな差はなく、③(3都道府県以上に病院を開設している割合)も、会社(71.4%)を除けば低く、私立学校法人(10.3%)ですら、医療法人(8.4%)と同水準でした。この結果は、医療法人病院チェーンだけでなく、日本の私的病院チェーン全体が、私立学校法人を含めて、一部を除いて「地域的存在」であることを示しています。

1000床以上を有する巨大病院チェーン

最後に、2011年の病床数1000床以上の巨大病院チェーンを公益法人・会社・社会福祉法人(20法人)、私立学校法人(25法人)別に示します。

まず公益法人・会社・社会福祉法人についてみると(表5)、第1位の地域医療振興協会(20病院・4211床)は大半(16病院・3645床)が「指定管理者」となっている病院で、直営病院は4病院・566床にとどまり、例外的存在と言えます。これを除くと、公益法人・会社・社会福祉法人で最大の病院チェーンは聖隷福祉事業団(社会福祉法人。4病院・2650床)と言えます。しかも同事業団は、関連法人と共にさらに大規模な「聖隷グループ」を形成しています。第3位の東京都保健医療公社も旧・都立病院で、やはり例外的存在と言えます。

法人本部の所在地をみると、医療法人の本部が首都圏・関西圏に集中していたのに比べると、全国に分散しています。病床タイプをみると、一般病床主体(一般病床がもっとも多い。一般病床のみのグループも含む)が13法人を占める反面、精神病床主体が5法人、療養病床主体が2法人でした。全20法人のうち18法人が「ケアミックス」で、全床が一般病床または精神病床だけなのは共に1法人です(それぞれ日本海員掖済会、信貴山病院)。

なお、2011年時点で公益法人だった14法人のうち、2019年も公益法人だったのは7法人(5割)にとどまり、3法人が一般財団法人に、4法人が一般社団法人に移行していました。

次に私立学校法人についてみると(表6)、当然ながら25法人中24法人が私立医科大学です。残りの国際医療福祉大学も2018年度に医学部を開設しました。同大学は、現在では、複数の医療法人と共に、私立医科大学グループとしては最大規模の「国際医療福祉大学・高邦会グループ(IHWグループ)」を形成しています。

私立学校法人の病院チェーンで特徴的なことは、既に述べたように病床の大半が一般病床であること、及び病床数上位12法人のうち、藤田学園(愛知県)を除く11法人が首都圏に本部があることです。このことは私立医科大学の首都圏への集中のひとつの現れと言えます。

おわりに

以上、矢野経済研究所『全国病院開設法人・団体名鑑 2012年版』を主に用いて、医療法人以外の私的病院チェーンの分析を、医療法人病院チェーンと比較しつつ、行いました。それにより、「はじめに」に列挙した新たな知見を得ることができました。

本連載第3・4回では、厚生労働省「医療施設調査」の基準に基づいて私的病院の開設者を区分して検討しました。しかし、今回の検討を通じて、現在では、この区分はあまり有効ではなくなっていると感じました。特に、公益法人から一般財団法人、一般社団法人に移行した病院と医療法人との差はほとんどないと言えます。逆に、医療法人のうち、「社会医療法人」は、新しい公益法人(財団、社団)よりも公益性が高く、厚生労働省からも公的病院とほぼ同等の扱いを受けています。と同時に、この2回の検討では、日本の私的病院チェーンの主役(三分の二)は依然、医療法人であることも再確認できました。

今回の検討には、本連載第3回と同じく、データがやや古いだけでなく、以下の重大な欠陥・限界があります。それは資料の制約により、病院チェーンを法人単位で抽出しているため、病院チェーンの相当数が他の法人・病院と共に、より大きな「病院グループ」を形成していることを示せていないことです。グループ単位の検討は本連載第6回で行う予定です。

その前に、連載第5回では、病院の老人保健施設の開設状況の分析を行います。1980年代後半以降、病院新設が厳しく規制されている中で、老人保健施設の開設が病院新設に代わる法人の規模拡大の切り札とされたからです。

▲目次へもどる

3. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算
164回)(2019年分その8:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[スウェーデンにおける]高齢者の就業期間の延長とそれが死亡率と[身体的]健康に与える影響:プロペンシティ・スコア・マッチング
Eyjolfsdottir HS, et al: Prolongation of working life and its effect on mortality and health in older adults: Propensity score matching. Social Science & Medicine 226:77-86,2019[量的研究]

多くの国が、余命の延長に対応して、年金の支給開始年齢を引き上げている。余命と健康における社会的勾配(social gradient)を考慮すると、就業期間の延長の高齢期の健康に対する潜在的影響、及びこの影響が社会・経済的地位によって異なるか否かを理解することは重要である。65歳超での就業期間の延長が死亡率延長と高齢期の身体的健康の4指標(階段を困難なく昇れる能力、健康の自己評価、ADL制限、筋骨格系の疼痛)に与える影響を、スウェーデン国民の代表標本を用いて調査した。平均的影響に加えて、職業社会階級等の違いによる影響も調査した。そのために、観察データを用いて因果関係を検討するのに適した、プロペンシティ・スコア・マッチング法を用いた。データはスウェーデン国民の代表標本による、2つのリンクした縦断調査から得た。

死亡率データは1853人から、高齢期の身体的健康のアウトカムデータは1461人から得られた。その結果、高齢期の死亡率と身体的健康の4指標のいずれについても、65歳で退職後12年間就業することによる有意の「平均治療効果」(average treatment effects on the treated.就業継続群と退職群との差)」は認められなかった。職業的社会階級またはプロペンシティの違いにより、就業継続の結果が異なるか否かについての明確な結論は得られなかったが、就業継続の健康アウトカムに対する正の効果が示唆された。以上から、65歳を超えて就業することは死亡率や高齢期の身体的健康に正の効果を持ってはいないと結論づけられる。

二木コメント-当初の期待に反して、退職年齢(65歳)を超えての就業継続は死亡率や身体的健康に影響しないという結果ですが、このような「ネガティブデータ」をきちんと報告することは重要と思います。

○韓国における貧困者に対する外来医療[と処方薬へ]の[低額]自己負担[導入]の相殺効果
Ko H: Offset effects of outpatient cost-sharing for the poor in Korea. Medical Care 57(8):648-653,2019 [量的研究]

本研究の目的は韓国で2007年に導入された、貧困者と障害者対象の医療扶助における外来受診と処方薬に対する低額自己負担導入を評価することである。自己負担額は、外来受診1回当たり1ドル(診療所)~2ドル(大病院)、1処方当たり0.5ドルであり、入院医療は従来どおり無料であった。全国代表標本の縦断データセット(2006,2008,2010年「韓国福祉パネル調査」と「韓国高齢化縦断調査」)を用い、差の差法プロペンシティ・スコア・マッチングにより、自己負担導入の個人内変動(within-person variation)を探索した。

その結果、自己負担導入後の外来受診率の減少確率は、入院確率上昇により相殺された。自己負担導入により服薬遵守率も20%減少し、減少率は慢性疾患患者で特に大きかった。以上から、外来医療の自己負担導入は、政府が負担する医療扶助受給者の入院費用が増加したため、費用抑制という目標を達成できなかったと結論づけられる。

二木コメント-医療扶助受給者に対する自己負担導入は日本でも主張されているため、この結果は貴重と思います。

○医療費抑制政策[薬価引き下げ]は費用を節減し医師の処方行動に影響を与えるか?韓国での糖尿病薬への医薬政策からの教訓
Kang S-O, et al: Do cost containment policies save money and influence physicians' prescribing behavior? Lessons from South Korea's drug policy for diabetes medication. International Journal for Quality in Health Care 31(2):96-102,2019[政策研究・量的研究]

本研究の目的は、糖尿病薬の薬価引き下げ政策が医薬品費用と医師の処方パターンに与える影響を評価することである。国民健康保険の2010-2013年の医療費請求データ(コホートデータ)を用い、一般化推定方程式を用いた分割時系列分析を行った。参加者は、調査期間中に病院・診療所で糖尿病薬の処方を受けた外来患者68,127人と医療機関12,465(うち診療所11,105)、介入は薬価引き下げ政策である。主要アウトカムは医薬品費用と処方率である。処方率の変化を評価するために、ブランド薬等の処方率と薬価引き下げ率を測定した。

薬価引き下げ政策により医薬品費用は低下したが(-13.22%,p<0.0001)、介入前に比べて趨勢は有意には変化しなかった。さらに、ブランド薬の月々の処方率の趨勢も減少したが(-0.14%,p=0.0091)、介入直後には有意に増加した(5.72%,p<0.0001)。薬価引き下げ率にかかわらず、薬価引き下げ政策導入後の処方率は、介入前に比べて減少した。以上の結果は、薬価引き下げ政策が医薬品費と処方パターンに影響を与えたエビデンスとなっている。この政策は医療提供者(医師)の処方行動には影響しなかったし、この政策の対象外の医薬品使用の増加ももたらさなかった。

二木コメント-糖尿病薬の薬価引き下げ政策が、医師の処方行動を変えずに、医薬品費を減らすというある意味で当たり前の結果ですが、ビッグデータを用いて定量的に示したことに意義があると思います。

○日本と韓国の1986-2015年の自殺の年齢・時代・コホート趨勢
Kino s, et al: Age, period, cohort trends of suicide in Japan and Korea (1986-2015): A tale of two countries. Social Science & Medicine 235:112385(1-9),2019[量的研究]

日本と韓国の自殺率は世界最高水準だが、自殺者の年齢、ジェンダー及び時間的趨勢(time trends)は両国で相当違っている。この差について理解を深めるために、自殺率の年齢・時代・コホート(APC)分析を行った。両国の1986-2015年の30年間の年齢・ジェンダー別の自殺率データを用いてAPC分析を行い、両国の年齢・暦年・出生コホート効果を計算し、以下の3つの趨勢を見いだした。(1)韓国では自殺率は退職年齢前後に急増するが、日本ではそうではなかった(年齢効果)。(2)韓国では30年間に自殺率が劇的に上昇したが、日本の自殺率は韓国に比べると安定していた。(3)日本の戦後世代(団塊の世代を含む)の自殺率は、1916年以前または1961年以降に生まれた世代よりも低かったが(出生コホート効果)、韓国では各世代の自殺率は直線的に上昇していた。韓国と日本の自殺率は非常に高いが、本APC研究は、両国の趨勢には異なる原因が存在することを示唆している。日本の自殺率は戦後の高度経済成長を経験したコホート(1951-1956年生まれの女と1916-1961年生まれの男)でプラトーに達し(出生コホート効果)、これはこのコホートでは強いセイフティネットがあったためであるが、韓国の自殺率は各世代で上昇し続けており、自殺率上昇は退職年齢で著しい。日本と韓国は、最近の出生コホートに対する自殺予防にもっと注意を払うべきである。

二木コメント-「自殺大国」日本と韓国の貴重な比較研究と思います。ただし、結果はややSo what (Et alors)?です。

○健康な人々のための医療保険?スウェーデンにおける民間医療保険
Kullberg L, et al: Health insurance for the elderly? Voluntary health insurance in Sweden. Health Policy 123(8):737-746,2019[混合研究]

スウェーデンでは民間医療保険には人口のごく一部しか加入していないが、新規加入者は2000年以降急増している。他面、民間保険の購入者と給付についてはほとんど知られていない。全国調査(2016年「リスク-SOM(社会・意見・マスメディア)調査」)のデータを用いて、社会階層別の民間加入率を推計した。それに加え、スウェーデン最大の民間医療保険7社の質的内容分析も行った。

2016年の民間医療保険の平均加入率は15%であり、この数値は過去の調査(5-7%)よりかなり高かった。加入率は高稼得者、民間部門被用者、経営者、およびホワイトカラーで高かった。保険給付はプライマリケア受診から膝・股関節手術のような専門的治療まで幅があった。契約前発病、救急医療、高度に専門的な医療や慢性疾患は保険給付から除外されていた。以上から、スウェーデンでは職業が民間保険加入の中心的決定要因であり、その給付には様々な制限があり、しかも高度医療を必要とする個人は除外されていることから、スウェーデンの民間保険は、主に健康で豊かな人々のための給付であると結論づけられる。

二木コメント-福祉最先進国スウェーデンの民間医療保険の加入者と保険給付についての貴重な調査研究です。日本では大半の民間医療保険は個人加入ですが、スウェーデンではそれはほとんど雇用を通して提供されているそうです(結論に記載)。

○普遍的アクセスは任意加入の民間保険市場で達成できるか?競合する[福祉国家ロジックと保険]ロジックにとらわれたオランダの民間保険
Vonk RAA, et al: Can universal access be achieved in a voluntary private health insurance market? Dutch private insurers caught between competing logics. Health Economics, Policy and Law 14(3):315-336,2019[政策研究]

オランダでは、ほぼ百年間、任意加入の医療保険が、国が規制する社会医療保険と並んで、大きな市場を得ている。この期間を通して、民間医療保険は福祉国家の拡大の枠内で、自己の地位を守ろうとしてきた。本論文は、制度ロジックの視点から、民間医療保険がいかにして競争的保険市場と福祉国家の間の緊張を和解させようとしてきたかを分析する:競争的保険市場が選択的保険契約と保険学的に公正な保険料(保険ロジック)を志向するのに対して、福祉国家は普遍的アクセスと社会的公正な保険料(福祉国家ロジック)を志向するからである。

一次資料と歴史学に基づいて、1900-2006年のほぼ百年間を、両ロジックのバランスが大きく変わった以下の6つの時期に分類する:①1900-1940年、②1941-45年、③1946-56年、④1957-67年、⑤1968-1985年、⑥1986-2006年。それにより、民間医療保険が競合するロジックを和解させるために援用してきた様々な戦略を同定する。それらの一部は一時的に有効だったが、自由な起業家精神や選択の自由という理念と矛盾する政策手段も必要とした。結論的に言えば、普遍的アクセスは、競争的民間医療保健市場においては、その市場が効果的に規制され、強制的内部補助が効果的に導入された時にのみ、達成される。オランダの事例は、競争的民間医療保健市場での普遍的アクセスは、制度的に複雑であり、広い政治的・社会的支持を必要とすることを示している。

二木コメント-民間医療保険と社会医療保険が共存して普遍的アクセス(国民皆保険制度)を達成しているオランダの医療保険の歴史を、「保険ロジック」と「福祉国家ロジック」の対立・和解の歴史から分析しています。本論文を読むと、民間医療保険に対する政府規制がほとんどないアメリカでは国民皆保険制度の達成がほとんど不可能なことがよく分かります。

○ヨーロッパにおける社会医療保険:基礎的概念と新しい原則
Wendt C: Social health insurance in Europe: Basic concepts and new principles. Journal of Health Politics, Policy and Law 44(4):665-677,2019[評論・国際比較]

本研究はヨーロッパの社会医療保険の近年の発展と新しい原則について検討する。まず、民営化政策と競争が社会保険をどのように変えたか、および財政困難は社会医療保険が原因で生じ、それは他のタイプの医療制度(公費負担制度)では明らかでないかについて、分析する。社会医療保険の方が、公費負担制度よりも費用の増大を招いたとのエビデンスは、ゼロとまでは言わないが、ほとんどない。ヨーロッパ5か国(オーストリア、フランス、ドイツ、オランダ、スイス)の社会医療保険を簡単に比較し、費用抑制政策にもかかわらず、これらの国々では医療における信頼の危機や国民の支持の喪失は生じていないことを明らかにする。最後に著者は、社会医療保険は普遍的医療に向かって進んでいること、及び連帯と社会的保障の伝統的価値規範は過去数十年に強まっていることを示す。

二木コメント-ヨーロッパの5か国の医療保険制度の最近の展開を鳥瞰するには便利な論文です。これら諸国と同じように、日本でも国民皆保険制度の役割は強まっていると思います。


4. 私の好きな名言・警句の紹介(その178)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし