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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻189号)』(転載)

二木立

発行日2020年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.日本医師会医療政策会議の平成30・令和元年度医療政策会議報告書「人口減少社会での社会保障のあるべき姿~『賽は投げられた』のその先へ it's our turn~』が3下旬に公開されました(序章・終章を含めて全8章、52頁)。
http://www.med.or.jp/doctor/policy/conference/000381.html
…序章「医療政策会議における共通基本認識」は政策会議としての合意文書、第1章~第6章は6人の研究者委員の個人論文です。私は第2章「『千三つ官庁』対『現業官庁』-経産省と厚労省の医療・社会保障改革スタンスの3つの違い」を執筆しました。

2.論文<医療の質・効果の評価は「アウトカム」「客観的根拠」だけで行うべきか?>を『日本医事新報』2020年4月4日号に掲載します。本論文は、本「ニューズレター」190号(2020年5月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。

3.対談「日本の病院の未来」(私×今村英仁氏(公益財団法人慈愛会理事長))を『病院』2020年4月号(4月1日発行)に掲載します。


1. 論文:地域包括ケアがネットワークであることに関わって留意すべき3つのこと-多職種連携を中心に

(「二木教授の医療時評(179)」『文化連情報』2020年4月号(505号):26-33頁)

はじめに

私は7年前の2013年1月に「地域包括ケアシステム」について初めて論じた時から、その「実態は全国一律の『システム』ではなく『ネットワーク』であり、それの具体的在り方は地域により大きく異なる」ことを強調しました(1)

地域包括ケアの実態がネットワークであることは、その後、関係者・団体の共通理解となり、『平成28年版厚生労働白書』は、そのものズバリ「地域包括ケアシステムとは『地域で暮らすための支援の包括化、地域連携、ネットワークづくり』に他ならない」(201頁)と記述しました。

本稿では、地域包括ケアがネットワークであることに関わって留意すべきと私が考えている次の3点について、②を中心に述べます:①地域包括ケアには全国共通・一律の中心はない、②地域包括ケアでは多職種連携が不可欠、③地域包括ケアには2015-2016年以降、「地域づくり」が含まれるようになっている。これらは、昨年、私が全国で行った『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』(勁草書房)をベースにした地域包括ケアについての講演を通して、強調する必要があると気づいたことです。

全国共通・一律の中心はない

第1の留意点は、地域包括ケアがネットワークである以上、地域包括ケアの全国共通・一律の中心はないことです。

この点をもっとも明快に述べたのは原勝則厚生労働省老健局長(当時)で、氏は2013年2月の「全国厚生労働関係部局長会議」で、こう説明しました。「『地域包括ケアはこうすればよい』というものがあるわけではなく、地域のことを最もよく知る市区町村が地域の自主性や主体性、特性に基づき、作り上げていくことが必要である。医療・介護・生活支援といったそれぞれの要素が必要なことは、どの地域でも変わらないことだと思うが、誰が中心を担うのか、どのような連携体制を図るのか、これは地域によって違ってくる」(『週刊社会保障』2013年3月4日号(2717号):22頁(2)。ゴチックは二木。以下、引用文のゴチックは全て二木)。

私は、地域包括ケア「システム」という呼称の最大の問題点は、「システム」(制度・体制)という用語が、国が法律またはそれに基づく通知等により、全国一律の基準を作成して、都道府県・市町村、医療機関等がそれに従うことを連想させ、その結果、自治体関係者や医療・福祉関係者に、国がいずれは「地域包括ケアシステム」の青写真を示してくれるとの誤解・幻想・甘えを与えたことだと思っています(2)注1

それだけに原氏の指摘は貴重です。と同時に、私の経験から、地域包括ケアの先進地域・自治体には、基礎自治体(首長・担当者)と地区医師会(会長・担当者)が密接に連携しているところが多く、それが地域包括ケア発展の「必要条件」の1つではないかとも感じています。

「多職種連携」が不可欠

第2の留意点は、地域包括ケアを推進する上では、保健・医療・福祉の垣根を越えて様々な職種が連携する「多職種連携」が不可欠であることです。
このことは、地域包括ケアに関する公私の文書で一様に強調されているだけでなく、最近では地域包括ケアと密接な関係がある「地域共生社会」づくりでも強調されるようになっています。例えば、昨年12月に公表された「地域共生社会推進検討会最終とりまとめ」は、「多職種(の)連携」や「多機関(の)連携」の必要性や重要性に7回も触れました(3)

私が多職種連携で特に注意しなければならないと思っていることは、各職種が「領地(主導権)争い」をしないことです。そのために、「地域包括ケアの主役は○○(職種名)」的主張は禁句です。私の経験では、看護師、社会福祉士には、「主役は看護師(社会福祉士)」と主張する方が少なくありません。しかしこのような独善的主張は、職種間に壁を持ち込み、様々な職種が参加・連携する妨げになります。ただし、日本看護協会や日本社会福祉士会がこのような主張をしているわけではありません。私は日本看護協会が2015年に発表した『看護の将来ビジョン』の地域包括ケアについての記述はきわめて先駆的で見識があると思います注2

チーム医療と多職種連携との違い

ここで、チーム医療と多職種連携との違いについて述べます。

日本での「医療チーム」という用語の初出は意外に古く、1948年にGHQ提供・厚生省編集「保健所運営指針」で、医療社会事業(ソーシャルワーク)を「医療チームの一部門」として定義しました。ただし、この用語が医療界で広く用いられるようになったのはもっと後です。藤井博之氏の医学中央雑誌Web版を用いた医学論文の文献検索によると、「チーム医療」を初めて用いた医学論文は1970年に初めて現れ、それ以降、2010年代まで一貫して増加しているのに対して、「多職種連携」を用いた論文は1990年代に初めて現れた後急増し、2001-2010年には「チーム医療」を用いた論文とほぼ匹敵するようになり、2010-2017年にはそれを上回るようになったそうです(4)

法的にみると、チーム医療は1992年の医療法「第二次改正」で導入された次の「医療提供の理念規定」によって法定化されたと説明されています:「医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護婦[現・看護師]その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われる」(第1条の二の1項)。それに対して、多職種連携の法的規定はまだありません。

実はチーム医療と多職種連携との関係、異同についての統一見解はなく、単純に両者を同一視するものから、チーム医療は古い概念で今後目指すべきは多職種連携だとの意見(「チーム医療から多職種連携へ」)まで様々です。

私自身は次のように考えます。チーム医療は医療機関の枠内での協業であり、そのため医師の指示(包括的指示または具体的・個別的指示)の下に行われ、そのリーダーは、法的にも慣例的にも医師である。それに対して、多職種連携は「地域」が舞台となり、医療以外の領域では医師の指示ではなく、多職種の合意に基づく協業が行われ、そのリーダーも医師とは限らない。

もちろん、これは「理念型」であり、現実にはチーム医療でリーダーの役割を果たせていない医師も少なからず存在します。また、厳密に言えば、看護師の2大業務(診療の補助と療養上の世話)のうち、療養上の世話は看護師が主体的に行い、医師の指示を受ける行為はごく限定されています【注3】。しかし、様々な職種が参加するチーム医療の時代に、医療の統一性を保つために、医療行為全体に医師の指示またはリーダーシップが必要だと私は考えています。

地域包括ケアの理念・概念整理と政策形成の「進化」を主導してきた地域包括ケア研究会座長の田中滋氏(埼玉県立大学理事長)は、最近、以下のように明快に述べています。「地域のリーダーは地域によって違います。NPOかもしれないし、医療法人や社会福祉法人かもしれない。若いビジネスマンにも期待したいし、昔からある鉄道会社が企画力を持つ可能性も高い。リーダーシップをとる主体を限定する必要はありません。地域包括ケアシステムは中学校区、さらには小学校区の数だけデザインの方法が存在しえるので、リーダーはそれぞれの地域で決め、育てればよい(5)

なお、私の知る限り、医療の枠内と枠外の活動(地域リハビリテーション)を区別して、医師の役割の違いを日本で最初(1983年)に指摘したのは上田敏氏(元東京大学医学部教授)で、名著『リハビリテーションを考える』で以下のように述べました:「少なくとも病院を場にして行われるリハビリテーション医療ではチームのリーダーは医師である。地域リハビリテーションの場では状況により、あるいは保健婦がリーダーとなり、医師がコンサルタント的な役割をはたすこともありえよう」(6)

最近では、横倉義武日本医師会長が、2017年10月に開かれた第50回日本薬剤師会学術集会の「日医・日歯・日薬会長パネルディスカッション2025年の地域包括ケアシステムの構築に向けた連携について」で、「多職種連携の際に求められる視点」として、大要以下のように指摘しました。「[多職種連携では]以前のように『医師の指示の下に全てが動く』のではなく、医療行為の起点は医師の指示であっても、現場で対応する医療者を相互に専門職として尊敬する姿勢が大切である」(7)。私もこのような「リスペクト」の姿勢は、多職種連携を進める上で不可欠と思います。

多職種連携と他職種連携との違い

ここで「多職種連携」と「他職種(との)連携」との違いについても簡単に指摘します。医師・看護師等の医療職や医療専門職団体は、最近では、ほとんど「多職種連携」のみを使うし、厚生労働省の公式文書も同じです。上述したように「地域共生社会推進検討会最終とりまとめ」も「多職種連携」を多用していますが、「他職種(との)連携」は一度も使っていません。

それに対して、ソーシャルワークの専門職は「他職種(との)連携」を愛用(?)しています。佐久総合病院勤務医から日本福祉大学教授に転身した藤井博之氏は、佐久総合病院では「多職種連携」を常用していたが、日本福祉大学の社会福祉学部の少なくない教員と学生が「他職種(との)連携」という病院では聞いたことがない言葉を常用することを知って、カルチャーショックを受けたと述懐していました(藤井氏の引用許可済み)。

そこで、日本のソーシャルワーカー専門職4団体(日本社会福祉士会、日本精神保健福祉士協会、日本医療社会福祉協会、日本ソーシャルワーカー協会)の現行の「倫理綱領」または「行動規範」を調べたところ、4団体とも「多職種連携」にまったく言及せず、「他の専門職等との連携・協働」(日本社会福祉士会、日本ソーシャルワーカー協会)、「他職種・他機関の専門性と価値を尊重し、連携・協働する」(日本精神保健福祉士協会)、「関係機関、関係職種との連携」(日本医療社会福祉協会)とのみ書いていました。

私は、「他職種(との)連携」との表現は、ソーシャルワーカーとその専門職団体がかつて、自己のアイデンティティを確立するため、既存の医療専門職等との違いを(私からみると過度に)強調していたことの名残と思います。大分古い話で恐縮ですが、1990年に、伊藤利之氏(当時・横浜市総合リハビリテーション障害者相談所長)は、ソーシャルワーカーに「教育過程の問題を含め、チームアプローチという考え方が脆弱である」と指摘し、1986年に日本ソーシャルワーカー協会がまとめた倫理綱領に、「障害者のニーズを総合的に認識する方法として、チームワークの理念は採り入れられていない」と強い疑問を呈しました(8)

なお、鈴木正子愛知県看護協会会長によると、「看護領域で過去に使われてきた他職種というキーワードは、時代の要請により近年、多職種へと変化を遂げてきた」そうです(9)。私は、ソーシャルワーカー専門職(団体)も、今後は、医療職(団体)や厚生労働省文書と同じく、「他職種連携」に代えて、「多職種連携」を用いた方が、各職種との連携が進むと考えます。

「地域づくり」が含まれるようになった

第3の留意点は、「地域包括ケア」には2015~2016年以降、「地域づくり」が含まれるようになっていることです。

実は、地域包括ケアシステムを厚生労働省関連文書として最初に提起した高齢者介護研究会の「2015年の高齢者介護」(2003年)にも、地域包括ケアシステムの法的定義を示した「社会保障改革プログラム法」(2013年)と「医療介護総合確保推進法」(2014年)にも、地域包括ケアシステムの目的・範囲に「地域づくり」は含まれていませんでした。

両法における地域包括ケアシステムの定義は以下の通りです。「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防(要介護状態若しくは要支援状態となることの予防又は要介護状態若しくは要支援状態の軽減若しくは悪化の防止をいう。次条において同じ。)、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」。このように地域という言葉は2回使われていますが、それが「地域づくり」を意味するとは読めません。

しかし、2015~2016年以降は、各種文書でも厚生労働省高官の講演でも、地域包括ケアの推進では「地域づくり」が重要であることが異口同音に強調されるようになっています。例えば、地域包括ケア研究会の2015年度報告書(2016年3月)のタイトルはそのものズバリ「地域包括ケアシステムと地域マネジメント」で、自治体(主として市町村)による「地域マネジメント」について詳細に述べました。

実はこの時期は、2015年9月に厚生労働省プロジェクトチーム「新福祉ビジョン」が「新しい地域包括支援体制の構築」を提起し、2016年6月の閣議決定「ニッポン一億総活躍プラン」が「地域共生社会の実現」を決定した時期と重なります(両者の分析は文献(2):56-79頁参照)。

「新福祉ビジョン」に先だって2015年7月に厚生労働省社会・援護局地域福祉課・生活困窮者自立支援室が公表した「生活困窮者自立支援制度について」の解説(ウェブ上に公開)では、「生活困窮者自立支援制度の理念」・「目標」として、「生活困窮者の自立と尊厳の確保」と「生活困窮者支援を通じた地域づくり」の2つが掲げられていました。「ニッポン一億総活躍プラン」より1年前の2015年6月に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生基本方針2015」は「各地域がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生すること」を目指しました。この「基本方針」はその後毎年6月の閣議決定で更新されています(最新版は2019年)。

以上のことは、2015~2016年以降は「地域づくり」・「まちづくり」が厚生労働行政の枠を超えて「国策」となったこと、および地域包括ケアがその重要な一環と位置づけられていることを意味しています。

実は、非大都市部の大規模・先進的「保健・医療・福祉複合体」はこのような政策動向に先駆けて、それぞれの地元で、地域包括ケア推進の一環として「地域づくり」「まちづくり」に積極的に取り組んでいました(10)。今後は、全国的にこの流れが加速すると思います。

【注1】「ネットワーク」ではなく、「システム」が採用された理由

厚生労働省が地域包括ケアを提起した際、その実態に合わせた「ネットワーク」ではなく、「システム」という用語を選んだことには理由があります。それは、広島県公立みつぎ総合病院の山口昇院長(当時)が1970年代から御調町(現・尾道市)で実践していた包括的な医療・福祉提供方式を「地域包括ケアシステム」と命名し、厚生労働省がその用語を借用したからです。この「みつぎ方式」はすべてが公立の施設・事業で構成され、しかも一元的に運営されている、病院を核とした(病院基盤の)文字通りの「システム」でした。それに対して、厚生労働省が2000年代初頭に想定していた地域包括ケアのモデルは、尾道市医師会(片山壽会長・当時)の医療と福祉・介護の連携事業(ネットワーク)でした。「みつぎ方式」が採用されなかった最大の理由は、それの費用がきわめて高額であるためと思います。このような実態と合わない「システム」という単語の選択が、その後、地域包括ケアについての分かりにくさと誤解を助長した、と私は考えています(2)

なお、韓国政府は日本の政策や実践も参考にして2018年3月から「コミュニティケア」を全国的に始めましたが、「システム」という用語は用いていません。

【注2】『看護の将来ビジョン』の地域包括ケアについての注目すべき記述

私が『看護の将来ビジョン』に書かれている地域包括ケアの記述で見識がある、先駆的と注目しているのは以下の3点です(11)

第1は、「地域包括ケアシステムは、療養する高齢者だけでなく、子どもを産み育てる人々、子どもたち、障がいのある人々などを含む全ての人々の生活を地域で支えるものである」(9頁)と主張していることです。2017年の「地域包括ケア強化法」(介護保険法等改正)でも地域包括ケアシステムの対象が高齢者に限定されていることを考えると、この定義は見識があると思います。

第2は、「地域包括ケアシステムでは、多くの職種や関係機関が連携してチームで医療やケアを提供する」(10頁)と述べ、地域包括ケアについて「領地争い」をしていないことです。

第3は、「地域で実践を行うことの意味や価値が、看護職に十分理解されるよう、地域における看護活動の具体的な形を提示し、看護職の地域志向を喚起する」(18頁)と強調していることです。私も(医療)ソーシャルワーカーに対して、「主戦場は『地域』=メゾレベルでの活動」と強調しているので、多いに共感しました(12)

以上のことは、日本地域看護学会第22回学術集会(2019年8月17日)と第50回日本看護学会-看護管理-学術集会(同10月24日)の「教育講演」の配布資料で指摘しました。

【注3】看護師による「療養上の世話」と「医師の指示」との関係についての諸説

保健師・助産師・看護師法第5条で、看護師は「療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者」と規定されています。そのうち、診療上の補助は「医師の指示」の下に行うこととされていますが、療養上の世話についてはそれは求められていません。

平林勝政氏は、「療養上の世話」に「医師の指示」が必要か否かについては、次の3つの説があると整理しています(13)。①療養上の世話は看護師の固有業務であり、医師の指示は不要。②療養上の世話のうち、患者の状態によっては医学的判断が必要なものについては医師の指示を必要とする(日本看護協会)。③医療施設の医療活動については、たとえそれが看護部門であっても、医療活動の一環である以上は、医師の指示に従わなければならない(日本医師会)。そのうえで、平林氏は、「医師の指示」の多義性を理由にして、3説それぞれが「その限りにおいて妥当な見解」と(私からみて、やや玉虫色に)解釈しています。私の調べた範囲では、②が多数説・通説ですが、「医師の指示」が必要な療養上の世話の範囲は明示されていません。

最近、日本医師会は「もともと医療は、医師の監督の下に医療職が一体となって医療機関内で行われてきた」こと、及び「あらゆる医療行為の質の保障をおこなうことが医療界の社会に対する責任であるとの観点」から、医師による「メディカルコントロール(医療統括)」という概念を提案し、それが「医療に携わるあらゆる職種を対象とする」と主張しています(14)。この概念を最初に提起したのは、日本医師会救急災害医療対策委員会で、2016年に、2000年以降救急搬送の場面で用いられていた救急救命士に対する「狭義のメディカルコントロール」に加えて、「救急搬送体制に限らず、救急医療やその後の医療、地域連携や地域包括ケアシステムにおける、安全で適切な医療や介護の提供のための医師の統括体制で、医療に携わるあらゆる職種を対象とする」「広義のメディカルコントロール」を提起しました(15)。ただし、この概念は、まだ医療界全体や厚生労働省の同意・合意を得ているわけではありません。

「メディカルコントロール(医療統括)」の語感は厳しいですが、内容的には「医師の指示」より緩やかな概念のようで、「在宅医療におけるメディカルコントロール」は、以下のように穏健に(?)説明されています。「在宅医療において、(中略)連携の要となりコーディネーターの役割を果たすのは訪問看護師であり、メディカルコントロールの主体となるのは医師である」、「医師は訪問看護師の報告・提案を真摯に受け止め、決して一方的な指示にならないよう留意すべきである」(16)

文献

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2. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算169回)(2020年分その1:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○包括払いが医療費、医療利用及び質に与える影響:[アメリカのメディケアで実施された3プログラムの]体系的文献レビュー
Agarwal R, et al: The impact of bundled payment on health care spending, utilization, and quality: A systematic review. Health Affairs 39(1):50-57,2020[文献レビュー]

アメリカのメディケア・メディケイド・サービス・センター(CMS)は全国で包括払いを、価値に基づく支払い改革の最重要な柱の一つとして、促進している。包括払いでは、医療提供者は、治療ごとの医療の質と費用についての説明責任(accountability)を負う。CMSが実施した、以下の3つの包括払いプログラムの医療費、医療利用、および質アウトカムへの影響の体系的文献レビューを行った:「急性期医療モデル事業」、「任意参加の医療改善のための包括払いモデル事業」、「関節置換術の強制的包括医療」。

我々が同定した20文献は、包括払いは下肢の関節置換術については、質を維持するか改善しつつ、費用を抑制したが、他の疾患や治療では同様の結果は得られなかったことを示している。我々の文献レビューは、政策担当者は、包括払い導入時に、患者レベルの異質性を考慮し、疾病ごとにリスクの階層性を導入する必要があることを示唆している。

二木コメント-論文名は普遍的ですが、中身はアメリカのメディケアで2009年から導入された3つの包括払いプログラムに限定した、しかしその限りでは最初の文献レビューです。治療法が確立している一部の疾患を除くと、包括払いによる医療の質の維持・向上と医療費抑制の同時達成は困難であることを再確認しています。なお、アメリカでは1983年に急性期病院にDRGに基づく包括払いが導入された直後に、その10年前の1973年から血液透析に導入されていた1回当たり定額払いが「最初のDRG」と呼ばれました(Maxwell JH, et al: The first DRG: Lessons from the end stage renal disease program for the prospective payment system. Inquiry 24:57-67,1987.「DRGとは何か?」『病院』47(9):758-761,1988二木立『リハビリテーション医療の社会経済学』勁草書房,1988,142-155頁)

○エビデンスに基づいた医師のリーダーシップ開発:体系的文献レビュー
Geerts JM, et al: Evidence-based leadership development for physicians: A systematic literature review. Social Science & Medicine 246:112709,2020 (17 pages)[文献レビュー]

医療におけるリーダーシップに対する関心は強い。しかし、どの介入(intervention)が肯定的なアウトカムともっとも関係しているかは不明なままである。医師のリーダーシップ開発の領域に焦点を当てて、2007~2016年に発表された文献のレビューを行い、最終的に25の実証研究を選択し。医学教育で用いられており、妥当性を確認された尺度(MERSQOL「医学教育研究教育質尺度」)を用いて、これら文献のエビデンスの質を評価した。本論文はこの領域で、階層的評価システムを用いて最良のエビデンスを評価した、最初の文献レビューである。

最高ランクの文献から得られた主な知見は以下の通りである。①我々のレビューにより、個人レベルのアウトカム(知識、モチベーション、スキル、行動変容)の改善は達成できると結論づけられる。②開発プログラムは組織的に好影響があるだけでなく、患者アウトカム改善に繋がる。③特に効果的な介入手法は、インタラクティブなワークショップ、ビデオテープを用いたシミュレーションを行いその後同僚または専門家によるフィードバックを受ける、「多面フィードバック(MSF。360度評価)」、コーチング、アクション・ラーニング、およびメンタリングである。④得られたエビデンスは、客観的アウトカム・データは介入開始時、プログラム終了時、および後方視的に収集すべきことを示唆している。アウトカムに基づいた手法がプログラムの最も効果的デザインである。以上の結果に基づいて、今後の研究と実践のための勧告を行う。

二木コメント-医師のリーダーシップ開発についての初めての体系的文献レビューだそうで、この分野の研究者必読と思います。ただし、25論文の大半は対照群がない、少数例の「ケーススタディ」で、その結果から上述の断定的結論を引き出すのは私には「無理筋」に思えます。

○プライマリケア医が医療的ニーズと健康関連の社会的ニーズを調整する役割:11か国調査
Doty MM, et al: Primary care physicians' role in coordinating medical and health-related social needs in eleven countries. Health Affairs 39(1):115-123,2020[国際比較研究]

アメリカのプライマリケア医は、他のいくつかの高所得国のプライマリケア医と同様に、諸サービスのコーディネーションを行う機会が増えており、そのサービスには専門医や病院が提供するものだけでなく、在宅医療専門職や社会サービス機関が提供するものも含まれている。ケア・コーディネーションの改善努力についての情報を得るために、高所得11か国のプライマリケア医(全国代表標本)を対象にして、「コモンウェルス基金プライマリケア医国際医療政策調査」を行い、各国のプライマリケア医の、患者の医療に関わっての、専門医、様々な場面でのケア、社会サービス提供者とのコーディネーション能力を調査した。11か国とは、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェイ、スウェーデン、スイス、イギリスおよびアメリカである。

アメリカのプライマリケア医のうち、しばしばまたはときどき往診をしている者の割合は37%にすぎなかった(他の10か国はすべて70%以上)。時間外診療をしている割合もアメリカが一番低かった。プライマリケア医のうち、専門医、時間外医療センター、救急外来や病院が提供している医療についての必要な情報をルーチンに、タイミング良く受けている医師の割合は、アメリカで相当低かった。アメリカを含めた数カ国のプライマリケア医は、外部の事業者との電子媒体によるルーチンの情報交換をしていなかった。この面で一番実績のある国では、プライマリケアと他のケア提供機関との双方向性のコミュニケーションを改善するための努力がなされていた。

二木コメント-要旨は定性的に書かれていますが、本文には11か国の興味深い様々なデータが含まれているので、日本との比較も可能と思います。

○[アメリカにおける]病院の合併・買収後の医療の質の変化
Beaulieu MD, et al: Changes in quality of care after hospital mergers and acquisitions. NEJM 382(1):51-59,2000[量的研究]

病院産業では過去20年間に統合(consolidation)が相当進み、2010年以降そのペースが加速している。複数の研究は病院合併が営利保険加入患者の医療価格上昇をもたらしたことを示しているが、医療の質への影響についての研究は限られている。2007~2016年のメディケア費用請求データと「メディケア病院比較」データを用いて、質の4指標のパフォーマンスを調査した。それらは臨床プロセスの合成指標、患者経験の合成指標、死亡率及び退院後の再入院である。差の差分析により、買収された病院の買収前と買収後のパフォーマンスの変化を、所有者が変わらなかった対照病院の変化と比較した。

調査標本は、2009-2013年に買収された246病院と対照病院1986である。買収されることは、患者経験の指標の多少の(modest)低下と有意に関連していた(調整済みの差の変化 -0.17 SD; 95%信頼区間[CI]-0.26~-0.07;P=0.002。この変化は50パーセンタイル値から41パーセンタイル値への変化に相当)。退院後30日以内の再入院率、退院後30日以内死亡率には有意差はなかった(統計数値略)。買収された病院の臨床プロセス指標は有意に改善したが、改善は買収される前から始まっていたため、所有権の変化によって生じたと確定的に判断することはできなかった。以上から、病院の所有形態の変化が医療の質の改善に寄与するとのエビデンスは得られなかったと結論づけられる。この知見は1990年代~2000年代初頭の病院のM&A研究の結果と一致しており、病院統合が質を改善するとの主張への疑問を投げかけている。

二木コメント-本研究では、病院のM&A後の医療価格の変化は検討されていませんが、アメリカではM&Aが医療価格上昇をもたらすことは「エビデンスに基づく」知見と確認されているからです。

○[アメリカにおける]病院・急性期後医療統合の戦略とリスク共有
McHugh JP, et al: Strategy and risk sharing in hospital-postacute care integration. Health Care Management Review 45(1):73-82,2020 [概説・理論研究]

急性期後医療は費用抑制の主戦場と見なされるようになっている。量から質への支払い構造の継続的変化により、病院は急性期後医療費抑制に取り組む前線になっている。しかし、病院は急性期後医療施設(スキルド・ナーシング施設、在宅医療機関など)での患者マネジメントのモデルづくりに悪戦苦闘し続けている。最近の研究は、急性期後医療ネットワークの開発が、急性期後医療施設に送られた患者のアウトカムを改善するための1つのメカニズムであると見いだしている。しかし多くの病院はこの戦略を用いていない。というのは、それは、急性期後医療に移る際、患者に選択権が与えられなければならないとの、メディケア・メディケイド・サービスセンターの基準に合致しない恐れがあるからである。

病院の急性期後医療統合のアプローチは環境の不確実性と、病院と潜在的な急性期後医療パートナーとの埋め込まれた関係(embeddedness)のレベルに支配されるであろう。しかし病院はそれに加えて、急性期後医療パートナーといかにして、かついつ利益を分かち合うかも考慮しなければならない。そのことは、リスク共有の計算、ネットワーク柔軟性を維持する能力、及びネットワーク構成組織間での競争とイノベーションを維持しそれから潜在的利益を得るという複雑な関係に依存するであろう。病院リーダーにとって、急性期後医療ネットワークを開発する際は、頑健で透明性のあるデータ・マネジメント・プロセスが不可欠であり、ネットワーク・デザインの柔軟性を維持する埋め込まれたネットワークから開始し、患者レベルのコーディネーションを含むケア・マネジメント・アプローチを含む必要がある。

二木コメント-論文名は魅力的なのですが、何とも難解・思弁的です。この論文で、一番参考になったのは、2017年のメディケア急性期後医療の内訳(事業者数と費用)が示されていることです。費用割合を見ると、スキルド・ナーシング施設49.1%、在宅医療30.5%、リハビリテーション病院12.4%、長期入院病院8.0%です。

○[フィンランドにおける]入院後の高齢患者のための医療サービス提供の統合-アウトカムと費用についての登録研究
Hiltunen A-M, et al: Integrating health service delivery for geriatric patients after hospital admission - A register study on the outcomes and costs. Health Services Management Research 33(1):24-32,2020[量的研究]

病院に入院後、高齢患者の永住できる施設への移送はしばしば遅れる。不十分なコーディネーションが患者と医療制度の両方にとって負担となる。高齢者の医療と退院計画をコーディネートする様々なモデルが開発されているが、それらの費用対効果についてのエビデンスはほとんどない。本研究では、フィンランドの一都市(人口約6.8万人)の一病院に入院した75歳以上の高齢患者における、統合ケアモデルの医療費・社会的ケア費用とサービス利用との関係を評価する。統合ケアモデルが実施され前と後の高齢者コホート(それぞれ709人、364人)を比較する。

新しいケアモデルは、地域ケア基準の変更、退院計画、入院・入所施設間のコーディネーション、及び看護職員の訪問ケアを含む。新モデルで治療を受けた患者は、病院入院後1年間の病院・ナーシングホーム利用日数が平均7.4日短かく、1人当たり平均総費用も967ユーロ少なかった。病院から永住施設への地域的コーディネーションは高齢者ケアの費用対効果を改善する可能性がある。地域レベルでのコーディネーションとアウトカムのモニタリングは、ケアの断片化を予防するために決定的に重要である。

二木コメント-テーマは魅力的ですが、「業務報告」(よく言えば、素朴なアクションリサーチ)の域を出ないと思います。費用も公的費用のみで、家族介護の費用は含まれていません。このレベルの報告が、今でも専門雑誌に掲載されるとは驚きです。

○イギリスにおける統合された健康・安寧サービスは費用に見合った価値があるかを評価する
Visram S, et al: Assessing the value for money of an integrated health and wellbeing services in the UK. Social Science & Medicine 245:112661,2020 (7 pages)[量的研究]

素人の保健従事者が、健康増進プログラムを提供するため、様々な場で活用されている。しかしこれらのプログラムが費用に見合った価値があるか否かを検討した研究は、特にイギリスではほとんどない。本研究は、「人生の安寧」という、北イングランドで実施されている統合された健康・安寧サービスの経済評価を行う。このサービスは素人保健従事者(保健トレーナー)による個別的介入、集団的安寧介入、ボランティア参加やそれ以外の地域開発活動を組み合わせる。費用に見合った価値は確立された経済モデルを用いて評価した。主なデータ源は「全国健康トレーナーデータ収集・報告制度」である。

2015年6月~2917年1月に、行動変容アウトカム(食事、身体活動、喫煙やその他の行動についてのクライエントごとの目標は達成されたか)が、個別介入プログラムに参加した3179人のうち2433人から得られた。観測された達成レベルから、総健康改善は287.7QALYsと推計された。それ以外に、4669の健康増進イベント等があった。個人の行動改善の価値とこれらの追加的行動の価値を結合すると、1QALY(健康状態の改善)当たりの正味価値は3900ポンド、サービス費用1ポンド当たりの推計社会的価値は最低3.45ポンドと計算された。

二木コメント-保健医療の専門職ではなく素人の健康従事者(健康トレーナー)による健康増進プログラムも費用対効果に優れているということを言いたいのだと思いますが、私には計算の根拠が極めて恣意的・ご都合主義的に思えます。

○補足:「ニューズレター」187号(2020年2月)で紹介したJAMA論文「プライマリケアの費用を増やすだけで医療費は節減できるか?」への批判と反論
Young RA vs Gondi S, Song Z: (Comment &Response) Increasing spending on primary care to reduce health care costs. JAMA 323(6):571-572,2020.

批判:Song等論文がレビューした論文でプライマリケアを拡大しても医療費が節減できなかった理由は、ケア・ナビゲーター、ソーシャルワーカー等の職種を加えて、プライマリケアチームを拡大したためである。それに対して、家庭医だけを増やした地域では医療の質の改善と費用抑制が実現したとの報告がある。研究の次の段階はチームを廃棄し、その代わりに、家庭医のみに報酬を与え、彼らが包括的なサービスを提供できるようにすることだ。

反論:家庭医が農村部で重要な役割を果たしていることは認める。しかし、そのような地域では家庭医は過度な負担を強いられている。プライマリケアの強化により医療費削減が実現しないのは、チームのために非生産的費用が使われたためとする主張の明確なエビデンスはない。チームに基づいたプライマリケアは医療の質や患者の満足度を高めている。プライマリケアと家庭医学は対立物ではない。適切な問いはチームの便益は費用(増加)に見合うか否であり、費用効果的医療とは費用抑制とは異なる。現時点では、プライマリケアにおけるチームを廃棄すべき理由はない。

二木コメント-Young医師の批判は、チーム医療の役割を否定し、家庭医単独の役割を強調しており、「古い」と思います。Gondi氏等の反論で一番重要なことは、「費用効果的医療とは費用抑制とは異なる」との指摘です。プライマリケアに限らず、医療は「労働集約」型産業(人件費割合が5割、プライマリケアではもっと高い)であるため、ごく一部の例外を除いて、「良かろう、高かろう」であり、「良かろう、安かろう」はありません。なお、Song,Gondi論文はプライマリケアの効果を否定したものではなく、それの拡大により医療費が節減できるとの主張を批判しただけです。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その184)-最近知った名言・警句

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