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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻192号)』(転載)

二木立

発行日2020年07月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.論文「第2次補正予算の『医療・福祉提供体制の確保』策をどう読むか?」を『日本医事新報』2020年7月4日号に掲載します。本「ニューレター」193号(2020年8月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。

2.改正社会福祉法の参議院附帯決議に「社会福祉士や精神保健福祉士の活用」が明記

「地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律」が2020年6月5日に参議院で可決成立し、2021年4月に施行されることになりました。本法は、社会福祉法改正を中心に11本の法改正を一括しており、その中心は市町村における包括的な支援体制の整備を行う「重層的支援体制整備事業の創設及びその財政支援」ですが、それ以外に、社会福祉連携推進法人制度の創設や、介護福祉士養成施設卒業者への国家試験義務づけの経過措置の5年間の延長等が含まれています。

私は、本法に対する参議院の「附帯決議」第1項の最後に、重層的支援体制整備「事業を実施するに当たっては、社会福祉士や精神保健福祉士が活用されるよう努めること」と記載されたことに注目しました。私の知る限り、地域共生社会関係の公式文書に両国家資格が明記されたのは初めてです。これは、ソーシャルケアサービス研究協議会(代表・白澤政和氏)が与野党の国会議員に対してねばり強い陳情を行った成果と言われています。今後は、ソーシャルワーカー団体が、この附帯決議を武器にして、重層的支援体制整備事業で社会福祉士や精神保健福祉士の活用が進むよう、市町村に積極的に働きかけることが期待されます。


1. コロナ危機は中期的には日本医療への「弱い」追い風になる

(「二木教授の医療時評」(181)『文化連情報』2020年7月号(第508号):6-11頁)

はじめに

日本の新型コロナウイルス感染症(正式名称はcovid-19。以下、コロナ)患者の新規報告数は、4月後半から減少に転じ、安倍晋三内閣は5月25日に全都道府県で「非常事態宣言」を解除しました。ただし、コロナの流行が完全に収束したわけではなく、今後、第二波、第三波の流行が起きる可能性も高いため、医療関係者・医療機関はそれに備えた体制を維持することを求められています。さらに、コロナ患者を受け入れた病院が大幅な出費増と収入減に直面しているだけでなく、それ以外の多くの病院・診療所も受診手控えによる患者減少等により、経営困難に直面しています。

そのため、医師・医療関係者には、今後の医療について悲観的な見方をする方が多いと思います。しかし、私は、中期的、数年単位で考えればコロナ危機は、今後の医療分野への「弱い」追い風になると考えています。そこで本稿では、私がこう判断する理由を述べます。

私は、医療(政策)の将来予測をする際は、1991年以来30年間、「プラス面」と「マイナス面」を複眼的に書くようにしていますが、今回は、現在大きな困難と不安を抱えている医療関係者に希望を持っていただきたいと思い、敢えて「プラス面」に力点を置いて述べます(1)

2011年東日本大震災時の予測のスタンス

私は、2011年3月11日の東日本大震災・東京電力福島第1原発事故(3・11ショック)直後に発表した論文「東日本大震災で医療・社会保障政策はどう変わるか?」で、大震災の影響を短期と長期(5~10年単位)に分け、まず「短期的には医療・社会保障改革の大半が棚上げ」されると予測しました。次いで、中長期的予測は①日本経済が復活するか否か、②国民の連帯意識が長期間続くか否かで変わると考え、3つのシナリオ-「バラ色シナリオ」、「地獄のシナリオ」、「中間シナリオ」-を示し、「『中間シナリオ』が実施される可能性」が強いと予測しました(2)。現時点で振り返ると、私の予測は概ね妥当だったと判断しています。そこで、コロナ拡大が日本医療に与える影響の予測も、これと同じスタンス・分析枠組みで、しかし上述した理由から「プラス面」に力点を置いて、行います。

厳しい医療費抑制政策には歯止め

コロナが日本経済に重大な影響を与えることは確実で、それによるGDPの落ち込みは2008年のリーマンショック(世界金融危機)や上記3・11ショックを上回ると予測されています。これが医療・社会保障の長期的な財源確保に重大な障害になることは確実です。

しかし、国民意識の変化という面では、非常時における医療の役割・重要性が広く理解されたことが見落とせません。具体的には、コロナ患者に対する保健所と医療機関・医療者の献身的な活動と「医療崩壊」の危機が連日のように報じられたため、国民はコロナ罹患の危険と保健・医療の重要性、国民皆保険制度の大切さを「肌感覚」で実感するようになりました。その象徴は、コロナと戦う医療従事者に感謝したり、応援する市民の自発的動きが全国津々浦々で起こっていることです。3・11ショック後に高まった国民の社会連帯意識は残念ながら長続きしませんでしたが、このような「肌感覚」は相当長く続くと思います。

現実に、安倍晋三内閣が5月27日に閣議決定した2020年度第二次補正予算案(総額31兆9114億円)には「医療提供体制等の強化」に約3兆円が計上されました(財務省発表資料では2兆9892億円。厚生労働省発表資料では、「ウイルスとの長期戦を戦い抜くための医療・福祉の提供体制の確保」2兆7179億円)。これは日本医師会が「第二次補正予算に向けた新型コロナウィルス感染症(COVID-19)対応に当たる医療機関への支援」として求めていた7兆5213億円には及びませんが、過去に例のない巨額です。私が特に画期的と思うのは、コロナ患者を受け入れる医療機関等に交付される「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金」が2兆2370億円(うち医療1兆6279億円、介護等6091億円)積み増しされたことです。これは第一次補正予算の「包括支援交付金」1490億円の15倍、2020年度診療報酬改定時の本体0.55%増のための国費負担増600億円のなんと37倍です。

これは「短期」の「緊急対策」ですが、国民意識の変化と医療機関の経営困難が今後相当長期間続くと予想されていることを踏まえると、コロナが収束した後に、政府が「中期的」に緊縮財政に転換した場合にも、従来の厳しい医療費抑制政策を復活・強化すること、少なくとも医療費(伸び率)の厳しい抑制目標を設定することは極めて困難になると予測します。

もちろん、論理的には、違う可能性・シナリオも考えられます。中村秀一氏(国際医療福祉大学教授)も、「今回の新型コロナウィルスは一つのリトマス試験紙だ」として、「この試練を経た後、自己責任を重視し、市場の力に委ねる社会が強いのか、連帯を大切にする社会が強いのかが問われる」と指摘しています(3)。小泉純一郎内閣時に医療分野への市場原理導入政策を先導した竹中平蔵氏(東洋大学教授)は、そのものズバリ「教育や医療、規制緩和の議論を」と主張しています(4)。しかし、私は、今回のコロナ危機を通して、国民が医療を平等に受けることの重要性を「肌感覚」で理解したこと、および今後もコロナや別の新しい感染症の大流行が起こりうることを考えると、医療アクセスの制限につながる厳しい医療費抑制政策、ましてや医療分野への本格的な市場原理導入政策が復活する可能性はごく低いと判断しています。

保健所の機能強化

保健・医療の提供体制については、まず、今回のコロナ対策の第一線を担った保健所の機能強化が図られると思います。橋本英樹氏(東京大学教授・公衆衛生学)は、日本独自の「保健所のシステムが感染拡大を抑えた」、「保健所こそ[新型コロナウイルス克服の]影のヒーロー」と強調しており、私も同感です(5)

しかし、1994年施行の地域保健法により、対人保健サービスの多くが保健所から市町村の事業に移管された結果、保健所数は1994年の848か所から2019年の472か所へとほぼ半減し、それが保健所がコロナ対応を迅速に進める上で重大な障害になりました。全国20の政令指定都市のうち複数の保健所があるのは福岡市だけです。今回、コロナ患者が大量に生じた大阪市は、人口が全国第2位(274万人)であるにもかかわらず保健所が1か所しかないだけでなく、支所もありません。人口第1位(375万人)の横浜市にも保健所は1か所しかありませんが支所(福祉保健センター)が全18区にあり、人口第3位(233万人)の名古屋市にも支所(保健センター)が全16区にあります。ちなみに、人口965万人の東京都区部には全23区に保健所があります。

今回のコロナ対策で司令塔的役割を果たした「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の尾身茂副座長も、5月4日の記者会見で、「今後PCR検査を拡充するにあたり困難になっているポイント」の第1に、「帰国者・接触者相談センター機能を担っていた保健所の業務過多」、「保健所職員がずっとかなり減らされてきた」ことをあげました。鈴木康裕厚生労働省医務技監も「保健所の人員はずっと減らしてきているので、大変な状況になってしまいました。今後は、こうした状況をしっかり受け止められる行政システムを作っておくべきだと思います」と発言しています(6)。そのため、今後、コロナ感染が収束した後にも、将来の新たな感染症の発生に備えて、保健所の機能強化が図られる可能性は大いにあると思います。

地域医療構想の3つの見直し

保健・医療の提供体制のうち、地域医療構想についても、以下の3つの見直しが図られると思います。第1に、現在の地域医療構想の「2025年の医療機能別必要病床数」には感染症病床が含まれていませんが、それが加えられるのは確実です。感染症病床は2000年の2396床から2018年の1882床に減少していますが、将来の新たな感染症の発生に備えて、病床数の大幅増加が図られると予測します。この点については、横倉義武日本医師会会長も、5月26日の緊急記者会見で、「二次医療圏ごとに感染症病床を一定数確保することが必要だ」と述べ、議論を急ぐ必要があるとの考えを示しました(ミクスオンライン 2020/05/27)。

第2に、「2025年の医療機能別必要病床数」で想定されている高度急性期・急性期病床の大幅削減の見直しが図られると予測します。その際、ICU(集中治療室)の大幅拡大は必須となります。ICUの定義は国によって異なりますが、厚生労働省医政局「ICU等の病床に関する国際比較について」(本年5月6日)に基づいて、日本の「人口10万人当たりICU等病床数」に「ハイケアユニット入院管理料の病床」を加えても13.5床で、ヨーロッパで医療崩壊を防いだドイツの29.2万床の半分以下(46%)にすぎず、医療崩壊が生じたイタリア(12.5床)、フランス(11.6床)と同水準です。それとの関連で、病床削減の大きな柱とされてきたが、高度急性期・急性期の機能を担うことが多い公立病院の統廃合計画も大幅な見直しがされると考えます。私は、公立病院の統合による機能強化は今後も進められると思いますが、それとワンセットで計画されている病院の廃止・病床削減は相当見直されると予測します。

第3は、「効率」一辺倒で余裕(slack)のない地域医療構想のスタンスが見直され、将来生じる可能性がある様々な大災害(新たな感染症の発生、南海トラフ地震や首都直下型地震等の大地震、さらには富士山噴火等)にも迅速に対応する「医療安全保障」という視点から、各都道府県および全国で、ある程度余裕を持った病床計画(特に高度急性期・急性期病床)が立てられるようになると思います。

そのため、私は日本医師会の松本吉郎常任理事、横倉義武会長の以下の発言に賛成です。「現状の新型コロナウイルスの感染拡大の状況をみると、ベッドを減らす政策が行われてきたことが仇になっていると痛感せざるを得ません。(中略)いざというときのために、空床を確保しておくことは絶対に必要です。今起きていることは、これまでの病床削減の政策が間違っているということの教訓だと思います」(松本氏(7))。「幸いなことに、地域医療構想が徐々に進められてきたために、まだ病床の統合再編が行われている地域が少なかった。今回多くの患者が発生し、かなり"医療崩壊"に近いところまで追い込まれたが、何とかそれを持ち堪えることができたのは、そのスピードの遅さがよかったと理解している。我が国の医療提供体制は、ある意味で無駄に見えていたものが、今回の感染では非常に役に立った」(横倉氏。m3.comレポート。2020年5月27日)。
地域医療構想を「効率」一辺倒と呼ぶことには異論もあると思いますが、厚生労働省医政局は昨年9月に発表した「地域医療構想の実現に向けて」で、「地域医療の目的」を「地域ごとに効率的で不足のない医療提供体制を構築する」ことに限定し、それまで必ず効率的とワンセットで用いていた「質の良い医療」という表現を削除しています(8)

「コロナ復興特別税」への期待

このような保健所機能や医療提供体制の強化には相当の財源が必要です。私は前者はもちろん、後者についても診療報酬のみで賄うことは困難で、租税財源の特別措置による補完が必須と考えます。

その財政規模は、国民がどの程度の負担増を認めるかで変わりますが、従来のように、「増大する社会保障費の財源を確保するため」との抽象的理由付けよりは、「保健・医療の充実のためと」の理由付けの方が具体性があり、国民の支持は得られやすいと判断しています。

その際、従来のような「消費税一本足打法」ではなく、租税財源の多様化(所得税の累進制の強化、固定資産税や相続税の強化、法人税率の引き下げの停止や過度の内部留保への課税等)が不可欠と思います(9)

私はそれに加えて、東日本大震災後の「復興特別税」と同様の「コロナ復興特別税」(仮称)が導入され、保健・医療の充実に加えて、コロナにより医療同様に大きな被害を受けた介護・福祉事業や従業員の救済、および失業者・経営困難に陥った企業の救済(額としてはこれが一番多い)等が総合的に進められることを期待しています。東日本大震災「復興特別税」は所得税(基準所得税額の2.1%×25年間)・法人税(2年で廃止)・住民税から成り、2013年度の歳入予算は1兆2340億円でした。当初は復興特別たばこ税導入も検討されましたが、最終的に見送られました。

ただし、コロナ緊急対策により国家財政がさらに逼迫すること、および国民のコロナ罹患への不安は強まったが、それを通して国民の社会連帯意識が強まったとは必ずしも言えないことを踏まえると、残念ながら、医療分野に継続的に大幅な税財源が投入される可能性は大きくはないと思います。私が本稿の冒頭で、<コロナ問題は、今後の医療分野への「弱い」追い風になる>と控えめに書いたのはそのためです。

財源を国債発行のみに依存することは不可能

なお、医療関係者の中には、国民の負担増を一切拒否し、財源は国債発行で賄うべきと主張する方もいますが、それは空論です。もちろん、本年度の第一次・第二次補正予算の財源はほぼ国債発行で賄われるし、欧米諸国のコロナ対策もほとんどが国債発行を原資としています。しかしそれはあくまで緊急避難で、コロナ危機が収束した後には、国債の発行を段階的に減らすために、国民負担増(租税と社会保険料の引き上げ)が必要になります。そもそも、国債発行は現役世代から将来世代への負担の先送り・「コストシフティング」にすぎません。

一部の方は、MMT(現代金融理論)に依拠して、主権国家は国債を無制限に発行できると主張していますが、それは誤解で、MMTも「インフレが政府支出の制約となる」ことを認め、その「場合は政府支出を増やすのではなく、むしろより多くの税金を課し、通貨に対する需要を増加させるべき」と主張しています(10)。言うまでもありませんが、そのときは厳しい歳出削減も同時に行われ、社会保障関係費も大幅に抑制されます。

おわりに-医療抜きの「生活モデル」の破綻

以上、コロナ危機が中期的には日本医療への「弱い」追い風になると私が判断する理由を説明してきました。

最後に、コロナ危機で明らかになった医療の理念問題について簡単に述べます。社会福祉・社会学研究者や高齢者ケア関係者には、今まで、急性期医療の重要性を軽視・否定し、「医療モデル」(戯画化した急性期医療モデル、生物医学モデル)から「生活モデル」への転換、あるいは「キュアからケアへの転換」を主張する方が少なくありませんでした。しかし、コロナという「生きるか死ぬか」の問題を前にして、そのような観念的主張は一気に説得力を失いました。そのため、今後求められているのは「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年)が提起した、「治す医療」から「治し、支える医療」への転換であることがより明確になったと言えます。

文献

[本稿は『日本医事新報』2020年5月23日号に緊急掲載した「コロナ危機後に日本の医療はどう変わるか?」(「深層を読む・真相を解く」(98))に加筆したものです。これは「WEB医事新報」に先行的に5月8日にアップしました。]

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2. 岡田玲一郎さんへの追悼文

(「社会医療ニュース」Vol.46 No.539,2020年6月15日:8頁。「社会医療研究所」ファウンダーの岡田玲一郎氏は2020年3月6日死去、88歳。「社会医療ニュース」では、字数の制約のため、以下の原稿の一部を圧縮して掲載)

私が岡田さんと初めてお会いしたのは今から40年前、私がまだ代々木病院にリハビリテーション医や病棟医療部長等として勤めていた1980年前後です。ただし、親しく手紙やメールの交換をするようになったのは、日本福祉大学に移った後で、『文化連情報』の長期連載「岡田玲一郎の間歇言」を愛読し、共感したときに、岡田さんに手紙やメールをお出しし始めました。

私は岡田さんの事実認識や価値判断にすべて賛成しているわけではありませんでした。しかし、岡田さんが常に「建前」を排して「本音」を語られていること、および「データ(絶対)主義」を嫌って「現場主義」に徹していることには、100%共感・賛同しました。

少し古い話で恐縮ですが、岡田さんの現場主義に関して忘れられないのは、『日経ヘルスケア』2005年1月号の「インタビュー:損か得かではなく」です。実は、この時に、千田敏之編集長(当時)は「編集後記」で岡田さんの手法を親しみを込めて「前近代的」と形容したのですが、私はこの表現は不正確であると思い、千田さんに次のようなメールを出しました。「社会科学研究では、最近は伝統的な量的研究一本槍の手法の限界が指摘され、質的研究(事例調査を含む)の意義が再評価されるとともに、量的調査と質的研究との統合・折衷が模索されています。質的調査にはさまざまな手法が提唱されていますが、私自身は、伝統的な事例調査が一番有効だと思っています。このような視点からは、『徹底したデータ主義』は時代遅れ、岡田さんが先端的とも言えます」。

私が岡田さんに最初のお手紙をさしあげた2000年には岡田さんは67歳でした。気がつけば、私もその年を5歳も超えました。私は岡田さんと同じで「何歳まで生きたいという欲望はさらさらありません」が、2015年から「研究と言論活動は、体力と気力と知力が続く限り、少なくとも85歳までは続けよう」と決意しました(『地域包括ケアと地域医療構想』勁草書房,2015,あとがき)。

それだけに、88歳で「大往生」を遂げられるその日まで現役で健筆をふるわれていた岡田さんは、私にとっての「ロールモデル」です。私も、岡田さんがお亡くなりになったお年までは研究・言論活動を続けようと、決意を新たにしました。)

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算172回)(2020年分その4:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○自らの考えに従って進む:ヨーロッパ[イギリス、ドイツ、フランス、オランダ]の規制者はなぜ異なった指標を用いて医療の質を測定するのか
Beaussier A-L, et al: Steering by their own lights: Why regulators across Europe use different indicators to measure healthcare quality. Health Policy 124(5):501-510,2020[質的研究・国際比較研究]

質指標は医療の改善と規制の鍵である広く信じられているにもかかわらず、異なる国々で、現実に何が、いかにして、なぜ測定されているかについてはほとんど知られていない。このギャップに埋めるため、本論文ではイギリス(イングランド)、ドイツ、フランスおよびオランダの法定の病院規制者が用いている、公式の指標セット-約1,100の質尺度で構成される-を比較する。それにより、各国の規制者は、質評価のバランスが驚くほど異なっていることを示す。具体的には、評価する質の諸側面(安全、効果、患者中心)間のバランス、対象とする病院の活動(臨床的活動と非臨床的活動とマネジメント)間のバランス、及びドナベディアン型の指標測定スタイル(構造、過程、アウトカム)間のバランスである。例えば、ドナベディアン型の医療の質の3要素のバランスに関して、ドイツはアウトカムを非常に重視しているが(431尺度中308)、イギリスは構造を重視し(226尺度中153)、フランスとオランダは過程を重視していた(それぞれ260尺度中145、183尺度中90)。

このような各国間の差は以下のことを反映していると思われる:①各国の医療制度が直面している固有の問題が、各国の指標セットが何を測定するかについての、異なる「需要サイド」の圧力を生んでいる。②各国の医療制度の構造とガバナンスの伝統が、規制者が指標を構築する際に用いることができるデータの種類に「供給サイド」の制約を生んでいる。この分析結果は、各国間で質の意味およびその測定について根本的な違いが存在することが、質のベンチマークを創ったり、ベストプラクティスを同定する国際的努力を妨げていることを示唆している。

二木コメント-医療の質の評価尺度についての、ヨーロッパ4か国間の最新の比較研究で、医療の質研究者必読と思います。単に4か国間で差があるとの「平凡な観察」(banal observation」に終わらず、その差が各国の医療制度の構造と規制の伝統の違いの産物であることについて考察しているのは「深まっている」と思いました。

○DRGに基づく支払いと費用に基づく支払いの入院医療利用への影響の比較:体系的文献レビューとメタアナリシス
Meng Z, et al: The effects of DRGs-based payment compared with cost-based payment on inpatient healthcare utilization: A systematic review and meta-analysis. Health Policy 124(4):359-367,2020[文献レビュー]

DRGに基づく支払いは、費用に基づく既存の支払いに代わって、世界中で入院医療費を抑制するために用いられるようになっている。しかし、その評価結果にはバラツキがあり、DRGに基づく支払いの効果の体系的分析が求められている。本研究は、DRGに基づく支払いと費用に基づく支払いが入院医療利用-具体的には、在院日数、1入院当たり入院医療費、再入院率-に与える影響の比較についての体系的文献レビューとメタアナリシスを行う。

8つの電子データベースを用いて、2018年10月までに発表された文献の検索を行い、18論文を同定・選択した。それらは6つの国と地域で行われていた(うちアメリカ7、台湾2、中国2)。それらの文献のデータを抽出し、研究の質の評価を行い、データを体系的に合成しメタアナリシスを行った。ランダム効果モデルを用いて、論文間に存在する相当の異質性に対処した。メタアナリシスにより、DRGに基づく支払いは、平均在院日数の減少(統合効果:-8.07%[95%信頼区間-13.05~-3.10],p=0.001)、再入院率の上昇(統合効果1.36%[95%信頼区間0.45~2.27],p=0.003)と有意に関連していることが示された。本メタアナリシスはDRGに基づく支払いは在院日数短縮により入院医療費を削減した可能性があるが、再入院率も高めたことを明らかにした。DRGに基づく支払いの導入を考慮している政策担当者は、費用に基づく支払いと比べた再入院率増加にもっと注意を払うべきである。

二木コメント-DRGに基づく支払いの影響についての最新の体系的文献レビュー・メタアナリシスで、得られた結果は先行研究とほぼ同じと思います。日本でも、以前、DRGまたはDPCに基づく支払いが導入された時に、中医協で同じ指摘がされました。ただし、今回メタアナリシスが行われているのは、在院日数と再入院率についてのみであり、1入院当たり入院医療費や、外来医療費を含めた医療費総額についてのメタアナリシスは行われていません。これがなされない限り、DRGに基づく支払いが入院医療費、ましてや医療費総額を抑制するとは言えず、入院医療費を削減するとの本論文の結論は「フライング」です。なお、5人の報告者は全員中国の大学所属です。

○[ポルトガルにおける医師単独診療から多職種チームへの]全国プライマリケア改革が
2000-2015年に[外来で適切に治療すれば]避けられる入院に与えた影響:差の差分析
Dimitrovova K, et al: Effects of a national primary care reform on avoidable hospital admissions (2000-2015): A difference-in-difference analysis. Social Science & Medicine 112908,2020 (11 pages)[量的研究]

ポルトガルでは、2006年に大規模なプライマリケア改革が実施された。この改革の最も重要な柱はプライマリケア提供の新しい組織「家族健康ユニット」(FHUs)の創設であり、それは小規模の多職種チーム(職種構成は任意)で構成され、機能的に独立しており、部分的に人頭払いと成果に基づく支払い(P4P)を受けことになった。従来、ポルトガルの「国民保健サービス」では、プライマリケアは、給与制の医師が1人でプライマリケアセンターで行っていた。FHUsの創設は、医療アクセスを増し、慢性疾患管理により、医療専門職と患者の間の長期間の関係を改善することを目指していた。本研究の目的は、外来で適切に治療すれば入院を避けられる疾患(ambulatory care sensitive condisions:ACSC)による入院率を測定して、FHUs導入が住民の健康アウトカムに与える影響を評価すること、及び疾患別のACSCの入院率を分析し、P4Pの経済的インセンティブの効果を探究することである。

ポルトガルの276市町村の2000~2005年のデータ(n=4416)を用い、FHUsが段階的に導入された影響を明らかにするために、FHUsを導入した市町村としなかった市町村の入院率の違いを、差の差分析により比較した。次に、P4Pによる経済的インセンティブを受けた疾患(糖尿病と高血圧)と受けなかった疾患のACSCによる入院率を比較した。上記期間中126市町村で448のFHUsが作られた。その結果、統計的に有意なFHUsによるACSCs入院率の削減は認められなかった。この結果は、P4Pの経済的インセンティブを受けた疾患についても同じであった。FHUsは、経済的インセンティブのない一疾患(尿路感染症による入院)のみで有意な入院率の減少をもたらしていた。以上の結果は、P4Pが健康アウトカムを改善するとの期待に対して疑問を投げかけており、それを普及させるためにはより慎重でエビデンスに基づく行動が必要であることを示している。

二木コメント-私にとって、P4PにACSCの入院抑制効果がないとの結果は「想定内」でしたが、多職種プライマリケアチームにも入院抑制効果がないことはやや意外でした。このことは、それの効果は、入院抑制以外の指標(患者の満足度等)で評価すべきことを示唆しています。本論文は、論文「要旨」にも効果がなかったことを正直に記載している点で好感が持てます。

○[ドイツの]病院は価格引き下げにサービス提供増加で反応するか?
Salm M, et al: Do hospitals respond to decreasing prices by supplying more services? Health Economics 29(2):209-222,2020[量的研究]

価格規制は医療市場では一般的である。ドイツで実施された病院への支払い改革に基づいて、規制された償還価格の変更が病院医療の量に与える影響を推計する。ドイツでは、病院支払いの基準レートは個々の病院の歴史的費用に基づいていたが、2004年にDRGに基づく支払いが導入され、全病院の基準レートが2004-2009年に徐々に州レベルでの平均に収斂された。この改革により、一部の病院の基準レートは引き上げられ、残りの病院では引き下げられたが、異なる患者グループまたは異なる治療グループの相対価格は変わらなかった。

行政データを用いて、差の差法による推計を行ったところ、病院は価格上昇に対してサービス供給を減らし、価格引き下げに対してサービス提供を増やしていた。病院全体では2004-2009年の1%のレート上昇が、入院患者数の0.14-0.2%の減少をもたらしていた。さらに、異なる価格変化に対する病院のサービス量の変化は非線形であるとのある程度の(some)エビデンスも得られた。以上の結果は、負の所得効果のエビデンスと解釈できる。このエビデンスは、医師誘発需要についてのエビデンスとは異なっている。

二木コメント-医師と異なり、病院については、サービス価格の変化に対するサービス提供量の変化の研究は少ないので貴重と思います。

○[ドイツにおける]病院スタッフの不足:環境的、組織的決定要因と患者満足度に対する含意
Winter V, et al: Hospital staff shortages: Environmental and organizational determinants and implications for patient satisfaction. Health Policy 124(4):380-388,2020[量的研究]

最近の議論と過去の研究はドイツの病院は労働市場における医療人員不足の影響を受けていることを示している。しかし、現在まで、以下の3つのリサーチクエスチョンに答える研究は不足している:環境的および組織的要因がスタッフ不足のバラツキにどのように影響しているか、スタッフ不足の指標が看護師・入院患者比率(看護師1人当たり患者数)にどのように関係しているか、およびスタッフ不足は患者にどう影響しているか。

ドイツの病院に対して2015-2015年に行った質問紙調査に対する回答データ(有効回答104)と労働市場と患者満足度データを結合して、回帰分析を行った。環境的要因は病院の所在地、病院の競争条件の2つとし、組織的要因は病床数、開設者、教育病院か否かの3つとした。スタッフ不足の程度は、医師、看護師別に、①病院の自己評価、②欠員の程度、および③年間離職率で測定した。その結果、スタッフ不足については病院間のバラツキが大きく、組織的、環境的要因のいくつかは、これら3尺度で測定した病院スタッフ不足の程度と有意に関連していることが示された。ただし、これら3尺度の影響は、医師と看護師では異なっており、特に3尺度のいずれも看護師・入院患者比率とは有意の関連はなく、このことは、この比率は独自概念であり、スタッフ不足の直接結果ではないことを示している。分析の結果、病院のスタッフ不足は、医師診療や看護ケアに対する患者満足度とも有意に関連していた。以上の知見は、病院はある程度までは、スタッフ不足に対応できること、及び病院のスタッフレベルに対する意思決定はスタッフの採用しやすさ以外の要因にも依存していることを示唆している。

二木コメント-ドイツの病院のスタッフ不足の要因についての緻密な計量経済学的研究です。ただし、得られた知見は抽象度が高く、実用性があるとは言えません。So what? Et alors?

○ドイツにおける[外来]医療利用の地方間変動の源泉
Salm M, et al: Sources of regional variation in healthcare utilization in Germany. Journal of Health Economics 69:102271,2020[量的研究]

ドイツにおける外来医療利用の17地方間の変動の源泉を検討する。患者の居住地と異なる地方での外来医療利用データを用い、「イベント・スタディ分析」と「分解分析法」により、外来医療における地域的変動に対して需要要因と供給要因がどの程度寄与しているかを計算する。医療費請求の行政データを用いて、地方間変動の圧倒的部分が患者の特性で説明できることを示す。この結果は他の国(アメリカのメディケアやオランダ)の先行研究と大きく異なっており、ドイツの制度的規則(医師過剰地方での開業制限や個々の開業医の保険請求額の上限設定等)が、ほとんどの患者で、ドイツの地方間の外来医療利用における供給サイドの変動をうまく抑制していることを示唆している。さらに、人口学的特性やそれ以外の患者の特性が相当程度(substantially)地方間の変動に影響していること、及び地方間変動の原因はドイツ内の異なった地域では異なることを示す。

二木コメント-ビッグデータを用いた、ドイツの外来医療における地方間変動の要因についての本格的実証研究で、ドイツの制度的要因が供給サイドの変動を減らしていることは興味深いと思います。ただし、ドイツの外来医療利用の地方間変動(最大30%)は、以外に小さいと感じました。

○推奨された医学的フォローアップの遵守は入院を減らす:フランスの糖尿病患者から得られたエビデンス
Bussiere C, et al: Adherence to medical follow-up recommendation reduces hospital admissions: Evidence from diabetic patients in France. Health Economics 29(4):508-522,2020[量的研究]

本研究の目的は、糖尿病患者が医学的フォローアップを遵守した場合、どの程度病院への入院が減るかを示すことである。主な仮定は、プライマリケアの場における糖尿病患者のモニタリングとフォローアップが入院医療の代替になりうることである。MGEN(フランスの大手共済組合)に加入し、糖尿病薬を服用している18歳以上の個々の糖尿病者の2010-2015年の時系列医療費請求データを用いて、以下の8種類のフォローアップ勧奨の遵守の質(8種類のうちいくつ遵守したか)の遅延測定(lagged measure)についてのダイナミック・ロジット・モデルを推計した:血中グリコヘモグロビン値測定、血中脂質値測定、微量アルブミン尿検査、血中クレアチニン値測定、眼底検査、心電図、歯科健診、季節性インフルエンザ・ワクチン接種。対象患者数は52,218人である。このモデルを用いることにより、病院におけるフォローアップと、それと同時に生じうる他の入院サービスとを分離できる。

その結果、医学的ガイダンス遵守率の高さと院確率の低さは有意に関連していることを見いだした。具体的には、8つの推奨をすべて遵守した場合は、1つも遵守しなかった場合に比べ入院リスクが24%減り、1つ遵守するたびに入院リスクは3%下がる可能性があった。このことは、入院医療と外来医療とは代替関係にあることを示唆している。フォローアップの遵守は医師と患者の両方の行動に依存しており、先行研究ではそれらは社会経済的要因の影響を受けることが示されているが、この点は本研究では検討できなかった。

二木コメント-ビッグデータを用いた緻密な計量経済学的研究ですが、本文はかなり難解で、一部の記述に不整合がある気がしますす。本研究で主に検討されている「従属変数」は入院の有無(二値変数)であり、フォローアップ遵守と入院医療費、総医療費(入院医療費と外来医療費の合計)との関係は検討しておらず、しかもフォローアップ遵守を増すための「追加的費用」も検討していません。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その187)-最近知った名言・警句

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