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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻194号)』(転載)

二木立

発行日2020年09月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.講演録「改正社会福祉法への参議院附帯決議の意義とソーシャルワーカー(専門職・団体)に求められる役割-『新福祉ビジョン』から改正社会福祉法に至るまで、社会福祉士・精神保健福祉士がいかに位置づけられてこなかったのかの跡付け」(8月9日 日本ソーシャルワーカー連盟(JFSW)主催)が、日本ソーシャルワーカー連盟のHPに8月11日アップされました:http://jfsw.org/2020/08/11/1889/

2.論文「私はなぜイギリス式の社会的処方の制度化は困難と考えているか?」を『日本医事新報』2020年9月5日号に掲載します。本「ニューレター」195号(2020年10月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。

3.インタビュー「コロナ禍が日本の保健・医療に与える影響」を『月刊自治研』2020年9月号に掲載します。本「ニューズレター」195号に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読みください(http://www.jichiro.gr.jp/jichiken/month/index.html)。


1. 論文:「骨太方針2020」の社会保障・医療改革方針をどう読むか?

(「深層を読む・真相を解く(100)」『日本医事新報』2020年8月1日号(5023)号:54-55頁。「ウェブ医事新報」に同年7月21日先行掲載)

安倍晋三内閣は7月17日「経済財政運営と改革の基本方針2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」(以下、「骨太方針2020」)を閣議決定しました。本稿では、その全体像を簡単に示した上で、それに含まれる社会保障・医療改革方針を、昨年(以前)の「骨太方針」との異同を中心に検討します。

「新たな日常」の定義は示されていない

「骨太方針2020」全体のキーワードは、コロナ後の「新たな日常」の実現とそれを支えるための「デジタル化の推進」です。「新たな日常」は目次だけで9回も用いられ、本文でも約30回使われ、そのすべてが「 」付きで強調されています。

ただし、この新語の説明・定義はどこにも書かれていません。私は、当初「新たな日常」は、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が5月4日の「提言」で用いた、「新しい生活様式」と同じと思ったのですが、「骨太方針2020」ではそれよりはるかに広い意味でも用いられています(例:「新しい未来における経済社会の姿の基本的方向性」3頁)。

安倍首相がこの言葉を最初に用いたのは、5月4日の記者会見時で、このときは「三つの密を生活のあらゆる場面で、できる限り避けていく」と、専門家会議の「新しい生活様式」と同じ意味で用いました。しかし、5月14日の記者会見では、「コロナの時代の新たな日常を取り戻していく」等、より広い意味でも用いるようになり、「骨太方針2020」ではその意味がさらに拡散しました。

この用語の定義は西村康稔経済再生担当相の7月14日記者会見でも質問され、大臣は、それには「広い意味と狭い意味」があり、「広い意味で言えば、社会全体で社会構造、経済構造全体を考えていけば(以下略)」と、しどろもどろの説明をしました。

「新たな日常」が「骨太方針2020」の「マジック・ワード(呪文)」になっていることは、どの分野の改革でも明確な理念を持たず、政権を維持するために、新しい人目を引く新語を次々と作っては、使い捨てていく安倍内閣の特徴をよく示しています。

「新たな日常」の早期実現の柱は5つで、第1の柱が「デジタル化」とされ、特に「デジタル・ガバメントの構築」が「一丁目一番地の最優先政策課題」とされています(5頁)。ただし、「骨太方針2020」は、「骨太方針2019」でも「行政サービスの100%デジタル化を目指す」(53頁)と明記していたこと、遡れば、2001年の政府決定「e-Japan戦略」(森喜朗内閣)も「我が国が5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す」と宣言していたことには触れていません。過去の政策の総括・反省を一切しないことは、安倍内閣のもう一つの特徴と言えます。

「全世代型社会保障」が消失!?

「骨太方針2020」の第3章「『新たな日常』の実現」では、各分野の施策が示されていますが、今までの「骨太方針」で定番だった「社会保障」の見出しがありません。驚いたことに、「骨太方針2019」の社会保障改革でキーワードになっていた「全世代型社会保障」もほぼ消失しています(厳密には、17頁で小さく1回だけ使われています)。これは「全世代型社会保障検討会議最終報告」のとりまとめが本年末に先延ばしされたためとも思いますが、安倍首相お気に入りの「全世代型社会保障」という用語がいかに軽いかの現れとも言えます。

「医療提供体制の強化」が登場したが…

医療関係者が「骨太方針2020」でもっとも注目すべきことは、「医療提供体制の強化」が、「骨太方針」で初めて用いられたことです(9頁)。この点は、「骨太方針2019」(60頁)で、「医療提供体制の効率化」(内容的にはそれの縮小)が掲げられていたのと様変わりしています。第2期安倍内閣のそれ以前(2013~2018年)の「骨太方針」でも「医療提供体制(全般)の強化」または「充実」が掲げられたことはありません。今回「医療提供体制の強化」が掲げられたことは、本連載(98)での「中期的、数年単位で考えればコロナ問題は、今後の医療分野への『弱い』追い風になる」との私の予測を裏付けるものと言えます(本誌5013号:58-59頁)。

ただし、コロナ対応の改革を除けば、「医療提供体制の強化」の各論はまったく書かれていません。これを行うためには、「地域医療構想」の大幅な見直しが不可欠ですが、それにも全く触れていません。そもそも「地域医療構想」という用語そのものがほとんど使われていません。

私が一番問題だと思うのは、コロナ危機のために大半の医療機関が経営困難に陥っているにもかかわらず、それに対する対策がほとんど書かれていないことです。31頁には、「累次の診療報酬上の特例的な対応や新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金等による対策の効果を踏まえつつ、患者が安心して医療を受けられるよう、引き続き、医療機関・薬局の経営状況等も把握し、必要な対応を検討し、実施する」と書かれています。しかし、これは2021年度予算で対応すると述べているに等しく「今そこにある危機」に対する緊張感に欠けると思います。

オンライン診療の拡大は先送り

「骨太方針2020」が策定される前には、規制改革推進会議や経済界、「日本経済新聞」等が、コロナ感染が収束するまでの「時限的措置」として4月に超法規的に導入された初診患者のオンライン診療の「恒久化」を執拗に求めていました。

しかし、「骨太方針2020」では、それは見送られ、(医療・介護分野におけるデータ利活用等の推進)の項で、以下のように書かれました。「オンライン診療等の時限的措置の効果や課題等の検証について、受診者を含めた関係者の意見を聞きエビデンスを見える化しつつ、オンライン診療や電子処方箋の発行に要するシステムの普及促進を含め、実施の際の適切なルールを検討する」(31頁)。

この検討は8月以降、再び、オンライン診療の指針見直し検討会等で行われることになります。そこで、「エビデンスに基づく」検討がなされることを期待します。なお、4月に安倍首相・官邸が、「"規制改革"を錦の御旗に専門家の意見を無視して[初診患者のオンライン診療]をごり押し」した経緯は、山口育子氏(COML理事長)が詳しく証言しています(『COML』2020年5月号(357号)「COMLメッセージ」)。

「予防・健康づくり」は後景に

「骨太方針2019」の「社会保障」改革では「予防・重症化予防・健康づくりの推進」が柱の一つとされ、「医療・介護制度改革」の前に、細かい施策が55行も書かれていました。それに対し、「骨太方針2020」では「予防・健康づくり、重症化予防の推進」は、「医療提供体制の構築等」の後景に退き、記述も15行に減りました(32頁)。これは予防・健康づくりの推進で医療・介護費が抑制され、しかも「ヘルスケア産業」が成長産業化するとの経済産業省の主張がエビデンスに基づかないファンタジーであることが、安部内閣内でも認識されるようになったためかもしれません。

この項では新たに「かかりつけ医等が患者の社会生活面での課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる取組についてモデル事業を実施する」と書かれました(32頁)。実は7月8日に公表された「骨太方針2020(原案)」では、「いわゆる社会的処方についてモデル事業を実施し、制度化に係る課題を検討する」と先走った記述がされていましたが、「骨太方針2020」では「社会的処方」は本文から削除され、注に移されました。

私は、「患者の社会生活面での課題にも目を向け」ることには大賛成ですが、日本に、イギリスのNHS発祥で、人頭払い主体のGP主導の「社会的処方」を新たに導入するよりは、現在進められている地域包括ケア・地域共生社会づくりの取り組みで「多職種連携」を強める方が合理的・現実的と考えます。

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2. 論文:日本の病院の未来

(「二木教授の医療時評」(183)『文化連情報』2020年9月号(第510号):18-24頁)

はじめにー私の複合体研究

私は、1998年に『保健・医療・福祉複合体』を出版しました(1)。拙著では、保健・医療・福祉複合体(以下、複合体)を「母体法人が単独、または関連・系列法人とともに、医療施設(病院・診療所)となんらかの保健・福祉施設の両方を開設しているもの」と定義し、多くの方の協力を得て全国調査を実施し、それの全体像を明らかにしました。この著書では、これ以外に、「関連・系列法人」と「グループ」、入院・入所「3点セット」開設複合体、病院チェーンの用語も定義しました。拙著を読んで、新たに自院の複合体化を始めた、あるいはすでに進めていた複合体化を加速するようになった医師・病院経営者が少なくないと聞いています。

本稿では、この拙著を中心とした私の今までの研究も踏まえて、日本の病院のグループ化(病院チェーン化と複合体化)のこれまでの流れを回顧するとともに、長期的視点から日本の病院の将来の姿を検討します。なお、「私の病院チェーンと複合体研究の回顧」、および「2010年以降の病院チェーン・複合体の文献レビュー」は別に詳しく行っているので、お読みください(2、3)

日本の病院のグループ化の流れ

まず、日本の病院のグループ化がどのように進んできたかについて述べます。病院チェーンは1960年代からあったのですが、本格的に増え始めたのは1970~1980年代です。この頃は「病院のグループ化=病院チェーン化」であり、しかも主に新病院の開設によって拡大しました。そして1990~2000年代に、病院チェーン化と重なる形で複合体化が生じました。このときの中心は、老人保健施設(以下、老健)、特別養護老人ホーム(以下、特養)などの入所施設、いわば箱物を開設した複合体でした。そこで私は当時、複合体の典型は、病院、老健、特養の「3点セット」複合体と特徴づけました。

1980年代半ばまでは病院チェーンが増えましたが、1985年のいわゆる「医療法第一次改正」により病床規制が導入され、1990年代は病院チェーンのシェア拡大がストップしました。しかし、2000年に入ると再加速しています(4)。しかも、M&Aによる拡大が目立っています。また、1990年代までは、全国展開する病院チェーンは徳洲会グループを除いてほとんどなく、せいぜい地域ブロック単位の拡大だったのですが、2000年以降は地方の有力病院チェーンが首都圏・関西圏などの大都市部に進出する動きが起こっています。

一方、複合体は、それまでの箱物複合体から、2000年以降は多様化してきました。さらに、複合体が地域づくりに本格的に参加する流れも生まれてきました。

ここで注意していただきたいのは、病院チェーンや複合体というと、「大病院しかできない」とよく誤解されるのですが、実際には中小病院が力を発揮していることです。大規模化や全国展開は起きているものの、数の上では少なく、現在でも、中規模で地域的存在のグループが大半です。しかも規模拡大は漸進的であり、米国のような寡占化も起きていません(4)。これらの最大の推進要因あるいは抑制要因は、時々の政策の変化だと言えます。

病院のグループ化に影響した5つの政策の転機

そこで次に、どのような政策が病院のグループ化に影響を及ぼしてきたのかを時系列的に概観します。

「上に政策あれば下に対策あり」という言葉があります。病院は、制度・政策に対応して変化してきた、あるいは政策の変化を追い風にして進化してきたと言えます。ただ、忘れてはならないのは、病院が制度・政策に対応するだけではなく、地域の医療・介護・福祉ニーズに病院が自主的に対応した結果、それを厚生労働省(以下、厚労省)や旧・厚生省が制度化したという側面もあることです。

最初の政策の転機は、1985年の第一次医療法改正による「病床過剰地域」における病床規制の導入です。これにより、少なくとも都市部では病院を新設できなくなりました。しかし1988年の施行まで3年のタイムラグがあったため駆け込み増床が起き、病院チェーン化が加速しました。

2番目の政策の転機は、1980年代後半の老人保健法改正による老健の創設と、1990年代のゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10カ年戦略)です。実は、厚生省は当初、老健を病院の病床転換で作ろうとしていました。しかし実際には、ほとんどの老健は新設で、しかも大病院ではなく中小病院や診療所が主に開設しました(5)。また、ゴールドプランに対応するため、医療法人が系列の社会福祉法人を作って特養を開設するようになりました。

3番目の大きな政策の転機は、2000年の介護保険制度創設です。これによって医療と介護が一体的になりました。介護保険開始前は「介護保険で主役になるのは営利企業だ」と言われていました。それに対して私は、『保健・医療・福祉複合体』で「介護保険は『複合体』の追い風となる」(39ページ)として、次の3つの理由を挙げました。①慢性医療給付と介護給付との一体化と給付上限額の設定、②特別養護老人ホームの契約施設化と「競争原理の導入」、③福祉サービスの供給主体の多様化です。その後、第4の理由として、「要介護者の発掘・確保の点で、複合体は入所型福祉施設や独立型の在宅ケア施設に比べて、圧倒的に有利になる」ことを加えました(6)。この予測は妥当だったと判断しています。

4番目の政策の転機は、2010年前後から本格化した「地域包括ケア(システム)」です。これに地域密着型の病院や複合体が積極的に参加するようになりました。現在では、これを病院・自グループの生き残り戦略と捉えている病院グループは、特に地方では非常に多いと思います。

最後の5番目の政策の転機は、2018年の診療報酬・介護報酬改定で、これは複合体化を奨励する改定でした。以前は、自病院と「特別な関係」にある介護施設に患者を移送しても、入退院時の連携を評価した診療報酬を算定できなかったのですが、それが可能になりました。それ以外の様々な規定でも、関連する介護施設を持つ方が有利になりました(7)。これは最後の駄目押しと言えます。

介護保険の理念は、建前としては「独立した事業者の競争的連携」でしたが、実際の経営では、別の事業者とは「取り引き費用」がかかるので、厚労省も、複合体による垂直統合の方が有利であることを認めざるをえなくなったのだと思います。特に人口減少が続く地方では、独立型の病院や介護施設の撤退が進んでいるので、複合体がそれをカバーすることを推奨せざるをえなくなっていると言えます。ある程度の施設規模がないと経営も安定しないし、サービスの質も担保できないという面もあります。

「医療の非営利性」の確立がもたらしたもの

私が、医療提供体制の改革で非常に大きな意味を持ったと考えているのは、2006年の第五次医療法改正に伴う医療法人制度改革です。この改正で、医療法人の非営利性が徹底され、新設の医療法人は持分が持てないことになりました。また社会医療法人が制度化され、民間病院でも社会医療法人になれば、自治体病院と同様な、公的役割が認められるようになりました。

小泉純一郎内閣(2001-2006年)の当初の改革では、医療にも市場原理を導入しようとする「規制改革」派の影響力が強く、彼らは「医療法人は営利だ」との認識に基づいて、営利企業による病院経営の解禁を主張しました。それに日本医師会や厚労省が正面から対峙し、最終的に、上述した医療法改正に結実したのです。この改革によって医療の非営利性が担保されたため、現在では、ごく一部の研究者を除けば、誰も「医療法人は営利」との主張をしなくなりました(8)

それから10年以上経ちますが、医療法人のうち持分ありは依然7割を占めているし、「新設の医療法人でも、持分のある医療法人を認めてほしい」という要望が生まれているとも聞いています。しかし、このような経緯を踏まえると、持分のある医療法人が制度として復活する可能性はほとんどないと言えます。

日本医師会の歴代の会長も、医療の非営利性・公益性を強調し、医療は故・宇沢弘文先生の提唱された「社会的共通資本」であると明言するようになっています。例えば、横倉義武会長(当時)は『日本の医療のグランドデザイン2030』の序文で、「医学の社会的適応である医療は、社会的共通資本であるべき」と明言しました(9)

日本医師会と厚労省がそれまでの対立構造から、互いに日本の医療のためにタッグを組むようになったのも、小泉内閣時代からです。実は、1990年代までは、日本の医療改革のシナリオは、政府による「世界一」厳しい医療費抑制政策(もちろん、これは比喩的表現です)と、それに反対する流れの2つだったのです。当時は、「厚生省は大蔵省の保険係」などと揶揄されて、私も同じ視点から厚生省を批判していました(10)。しかし、小泉内閣時代に「医療への市場原理導入」という流れが出てきて、私はそれに反対している点では厚労省を支持するようになりました。この論争を通して守られた医療の非営利性は、今後も維持・堅持すべきと思います。

混合診療解禁全面論も消滅

医療への市場原理導入論の柱は、営利企業による病院経営解禁と混合診療の全面解禁の2つでしたが、最終的には、どちらも否定されました。混合診療に関しては、2011年に「混合診療禁止は適法」という最高裁の判決が出されました。この裁判では、混合診療を拒否された患者が「混合診療禁止は憲法違反である」と訴え、東京地裁がこれを認める判決を下したのですが、高裁で逆転敗訴となり、最高裁がそれを追認しました(11)

小泉内閣の時代には、医療提供者側の一部にも「混合診療を認めるべき」との主張がありましたが、最高裁判決により、それを主張する余地はなくなりました。それに先立ち、伝統的に社会保障拡充派の多い大阪府医師会会長だった故・植松治雄日本医師会長が会長になった2004年に、当時の小泉首相が「混合診療解禁」の指示を出したために、政府と日本医師会が死闘を繰り広げましたが、日本医師会の努力により衆参両院で「混合診療反対」という全会一致の画期的国会決議が出され、さすがの小泉首相も混合診療の解禁・大幅拡大は断念しまました(12)。その結果、混合診療の全面解禁は、政治的にも、司法的にも、不可能なことが確定しました。

地域医療構想による病床の大幅削減はない

次に、今後の病院の在り方がどう変わっていくかを検討します。その前に、2つの前提を確認します。

第1の前提は、ここ数年、病院経営者の心配の種になっている地域医療構想による病院病床の大幅削減が生じないことについて、もう白黒がついていることです。2015年には「20万床削減」と言われていたのが、今は「5万床削減」に落ち着いています(13)。厚労省は公式には病床削減の目標を出していませんが、5万床の削減は、休眠病床を召し上げ、療養型病床+医療療養病床で25対1の相当部分が介護医療院に移れば、達成できてしまいます。もちろん高齢者人口が減る地域で病床も減るのは仕方のないことですが、強制的な削減はなくなったということです。

2019年9月には、厚労省が今後再編統合を検討すべき公立・公的病院として424病院を示しましたが、本年に突発した新型コロナウイルス感染症の診療で公立病院が大きな役割を果たしたことが明らかになり、公立病院病床の大幅削減の大幅見直しは避けられません。

吉田学医政局長は本年6月9日の衆議院厚生労働委員会で、①厚労省が昨年9月再編統合の検討を迫った全国424の公立・公的病院のうち、把握できているだけで72病院が新型コロナウイルス患者の入院を受け入れたこと、及び②新型コロナ対策として設置した医療機関の状況把握システムに登録している病院(6922病院)のうち、コロナ患者を受け入れた病院は922あり、そのうち637(69.1%)が公立・公的病院であることを明らかにしました。

高市早苗総務相も6月25日の「全世代型社会保障検討会議」で、公立病院は新型コロナの感染症患者の受け入れで非常に大きな役割を果たしていると強調し、こうした役割を踏まえて地域医療構想の実現に向けた議論を進める必要があると主張しました(「キャリアブレイン・マネジメント」6月25日)。

「地域完結型の医療」と「地域密着型の中小病院」

第2の前提は、2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書で提唱された「『病院完結型』から『地域完結型』の医療への転換」の意味が誤解されていることです。これは病院が要らないのではなく、「地域完結型の医療」の中核はこれからも病院であり続けるし、病院は地域包括ケアや地域づくりでも積極的に役割を果たすということです。

病院のグループ化には「チェーン化」と「複合体化」という2つの柱があり、今後、それが進展することは確実です。チェーン化に関しては、新病院の建設・開設は困難なのでM&Aが中心ですが、病院チェーンの大半は地域的存在であり続けます。チェーン化は一部の病院しか選択できませんが、複合体化は、地域密着型の中小病院には不可欠です。その場合、大きな老健や特養を作ることは一部の病院にしかできませんが、在宅医療や地域ケアへの取り組みは、特定の専門病院以外のすべての病院や診療所の一部も可能ですし、すべきと思います。先述したように、2018年の診療報酬改定はそれを奨励していますから、この動きは進むと思います。

私は、地域密着型の中小病院の大半は今後も生き残ると思っています。ただし、専門病院を除けば、孤立した病院としての存続は困難であり、地域医療構想と地域包括ケアに積極的に参加するしか選択肢はありません。

「活力(vitality)」には、「創造的活力」と「生き残る活力」の2種類があります(14)。この区別は,アメリカの大学教育の歴史研究により発見されました。創造的活力を持つのは組織でも人でもごく一部ですが、生き残る活力は、ほとんどの組織や人が持っています。病院も、つぶれずに生き残るという意味での活力は、ほとんどが持っていると思います。

2019年12月の「全世代型社会保障検討会議中間報告」は、政府の関連文書として史上初めて「地域密着型の中小病院」という言葉を使いました。厚労省は長らく、大病院や診療所に対する方針はあっても、中小病院は「診療所等」という扱いでした。それが21世紀に入り、少しずつ軌道修正してきて、ついに政府関連文書で「地域密着型の中小病院」という言葉が使われたことは大きな変化であり、病院経営者はもっと自信を持たれるとよいと思います。

病院の収益源は今後も公的医療・介護費

最後に、この2つの前提を踏まえた上で、今後の日本の病院を含む複合体の姿を簡単に展望します。

複合体については、全国展開する病院グループが開設するものも含めて、今あるものを全て地域密着型にする。そして、さまざまな規模・機能の複合体が、競争的に共存するしかないと思います。しかも主な収益源は公的医療・介護サービスのままです。私費の健康増進活動に参加する複合体もあるでしょうが、それはごく一部にとどまります。経済産業省は健康増進活動に企業が参入すると考えているようですが、それは幻想です。企業が単独で健康増進活動の事業所を運営するには相当の利益を出す必要がありますが、医療機関なら、利用者は将来の患者ですから利益がそれほど出なくてもいいわけです。それに、健康増進の事業所に医療・病院のバックがあるのは大きい。そのために、今後、私費での健康増進活動が増えるとしても、大都市部を除けば、その主役は医療機関になると思います。この意味で、地域密着型の病院の未来は決して暗くないと言えます。

おわりに-病院経営者へのメッセージ

医療は1980~90年代に「冬の時代」と言われていましたが、私は1988年から「医療は永遠の安定成長産業」と主張してきました(15)。そう考えた最大の根拠は「医療費の対GDP比は、今後も急増はしないが漸増する」と、当時から厚生省が推計していたことです。政府が「これからも経済成長の伸び率を上回って伸びる」とお墨付きをくれている産業は、医療と介護だけです。

混合診療の全面解禁も株式会社の参入も否定され、医療費の大半が公的な医療費、保険診療費であることも変わらないと思います。地域医療構想でも、病院・病床の大幅な減少はありません。全病床数における医療法人の病床数のシェアは、1990年の39.1%から2015年には54.9%に増えています(4)。今後もこの流れが進むことは確実です。病院は自信を持って、それぞれの地域の医療ニーズに応じて変容しなければいけないと思います。

[本稿は『病院』2020年4月号(79巻4号)掲載の今村英仁氏との対談「日本の病院の未来」に加筆したものです。対談は、新型コロナウイルス感染症が日本に伝搬する直前の2020年1月17日に行いました。それが日本の医療と地域医療構想に与える影響は本連載(181)「コロナ危機は中期的には日本医療への『弱い』追い風になる」(本誌2020年7月号)で論じたのでお読みください。

文献

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3.書評:松田晋哉『地域医療構想のデータをどう活用するか』(医学書院,2020年6月)

(医学書院ホームページと同社発行の諸雑誌に2020年7月以降順次掲載)

本書は、医師・医療関係者が、日本の医療改革の柱になっている「地域医療構想」について正確に理解し、公開されているデータと自院のデータを実際に用いて、自院独自の施設計画・経営計画を立てるための必読書です。

全体は以下の6章構成です。第Ⅰ章「地域医療構想の考え方」、第Ⅱ章「厚生労働省の諸施策と地域医療構想」、第Ⅲ章「地域医療構想におけるデータ分析の考え方」、第Ⅳ章「地域医療構想を踏まえた施設計画の考え方」、第Ⅴ章「機能選択および病床転換の事例」、第Ⅵ章「日本医療の近未来図」。

本書の魅力は3つあります。第1は、地域医療構想の中身を、歴史的経過を踏まえて正確に理解できることです(主として第Ⅰ・Ⅱ章)。地域医療構想や「必要病床数」については、今でもさまざまな誤解や混乱がありますが、松田氏は、各「医療区域」ごとの「必要病床数」を推計する計算式を開発した方であり、その記述は正確です。

第2の魅力は「データ分析」(量的分析)だけでなく、第Ⅴ章で、困難な条件の中で機能選択または病床転換を断行した8事例について、現地調査を踏まえた「質的分析」も行っていることです。両者を統合した「混合研究法」により、地域医療構想を立体的に把握できます。私は、8事例のうち、6事例が広義の「保健・医療・福祉複合体」であることに注目しました。

第3の魅力は、第Ⅲ・Ⅳ章を丁寧に読めば、自院の施設・経営計画を作成できることです。ここはやや歯ごたえがありますが、読者の多くは「理系人間」と思われるので、じっくり読み込み、併せて厚生労働省の最新文書も読めば、得るものは大きいと保証します。

私が最も感銘を受けたのは、松田氏の研究者としての誠実な姿勢です。特に「あとがき」(131頁)に書かれている次の記述には大いに共感しました。「地域によってはニーズの縮小が急速に進んでしまい、まさに撤退戦をいかに戦うかというような状況になっているところもある。そうした地域で頑張っている医療・介護の方々に、その場しのぎのような楽観的助言をすることはできない。(中略)研究者として、その場しのぎの軽々なことは言えないのである。事実を正しく伝えることが研究者の良心であると考える」。

もう一つ共感したのは、「あとがき」の最後の「新型コロナウイルス感染症と地域医療計画との関係」についての記述、特に「今回の新型コロナウイルス感染症の流行を契機として、地域医療計画、地域医療構想の本来の意義について、安全保障の点からも議論が深まることを期待したい」です(132頁)。この点は、できるだけ早く『病院』誌などで論じ、それを本書の「増補改訂版」に加えていただきたいと思いました。

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4.書評:津川友介『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』(医学書院,2020年6月)

(医学書院ホームページと同社発行の諸雑誌に2020年7月以降順次掲載)

本書は、アメリカの公衆衛生大学院で教えられている、セオリー(理論)とエビデンス(科学的根拠)の両方を兼ね備えた「医療政策学」のエッセンスを、日本にいながら学べることを意図した野心的教科書です。著者の津川友介さんは、東北大学医学部を卒業し、日本で臨床研修をした後、アメリカのハーバード大学大学院で医療政策学を学んで博士号を取得し、現在はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で医療政策学の教鞭をとっている新進気鋭の研究者です。

医療政策学とは単一の学問ではなく分野横断的な学問であり、津川さんは、それを①医療経済学、②統計学、③政治学、④決断科学、⑤医療経営学、⑥医療倫理学、⑦医療社会学の7つの学問を統合したものと把握し、それぞれのポイントを1章~7章で順に説明しています。8章「オバマケアからトランプケア」は、2010年の「オバマケア」成立から、トランプ大統領がそれの廃棄を執拗に目指している直近の動きまで、アメリカの医療政策上の論点を簡潔に描いています。

これら全8章のうち、津川さんが得意とする①と②に全体の6割が割かれています。この2章は「中級書」レベレルで、「世界一わかりやすい」とは言えず、襟を正して読む必要があります。第1章「医療経済学」では医療経済学の主要な論点が、最新の実証研究を丁寧に紹介しながら、異説の紹介を含めてバランス良く書かれています。それの8では、医療費増加の主因は医療技術進歩とのアメリカの医療経済学の常識とは異なる私の実証研究も紹介されており、うれしく思いました。2章「統計学」は「中級の上」レベルで、統計学の初学者がすべてを理解するのは難しく、津川さんの『「原因と因果」の経済学』(ダイヤモンド社,2017。中室牧子氏との共著)と併読することが望ましいと思いました。

それに対して、3~7章は「入門書」レベルで、大変わかりやく書かれています。日本では費用効果分析は医療経済学と同じとの誤解が根強くありますが、津川さんがそれを「決断科学」(第4章)として説明しているのは見識があると感じました。それの3「費用対効果分析の注意点」(方法論的な注意点と倫理的な問題点)は本書の白眉と言えます。4章3の「医療におけるP4Pのエビデンスは弱い」も説得力があります。他面、3章「政治学」がアメリカ政治学の4つの一般理論の簡単な説明だけで終わっているのは残念です。これについては、他の著作-島崎謙治『日本の医療-制度と政策[増補改訂版]』(東京大学出版会,2020)拙著『医療経済・政策学の探究』(勁草書房,2018)等-の併読をお勧めします。

本書のもう一つの魅力は、医療政策学の基本用語がすべて原語(英語)でも示されていることです。医学の場合と同じく、医療政策学でも専門用語を英語でもきちんと覚えることは、勉強の次のステップに進む場合、大いに役に立ちます。

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5.新著『コロナ危機後の医療・社会保障改革』

(勁草書房,2020年9月15日発行,2300円+税)

はしがき

本書の最大の目的は、2020年に日本と世界で突発した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が日本医療に与える影響を複眼的に分析・予測することです。併せて、安倍晋三内閣が2019~2020年に示した医療・社会保障改革方針(予防医療推進、地域医療構想、地域包括ケアと地域共生社会、全世代型社会医保障改革)を複眼的・批判的に検討し、両者を通して20年代初頭の医療と社会保障改革の見通しを示します。

本書は序章と終章を含めて全7章構成です。各章の要旨は、各章冒頭に示したので、以下、各章で私が特に強調したいことを述べます。

序章「新型コロナウイルス感染症と医療改革」の第1節で一番強調したいことは、コロナ危機は中期的には日本医療への「弱い」追い風になることです。「弱い」追い風を少しでも強くするためには、財源の確保が不可欠で、租税財源の多様化と社会保険料の引き上げに加え、「コロナ復興特別税」(仮称)の創設を提案します。第2節は短期的分析で、コロナ危機により日本の医療機関全体が大きな経営危機に直面しているため、「社会的共通資本」である医療機関への緊急の公的財政支援が不可欠であることを強調します。

第1章「経済産業省主導の予防医療推進策の複眼的検討」で一番強調したいことは、安倍内閣が経産省主導で進めている、予防医療の推進により医療費抑制と「ヘルスケア産業」育成の同時実現を目指す政策がエビデンスに基づかないファンタジーであり、すでに行き詰まりを見せていることです。

第2章「日本の病院の未来と地域医療構想」では、1980年代以降の厚生労働省の病院政策を鳥瞰した上で、「地域密着型の中小病院」の未来は、地域医療構想や地域包括ケアに積極的に参加すれば、決して暗くないことを強調します。

第3章「地域包括ケアと地域共生社会」では、地域包括ケアが「システム」ではなく「ネットワーク」であることが関係者の共通理解となったことを踏まえて、地域包括ケアでは「多職種連携」が不可欠であること等を強調します。あわせて「改正社会福祉法」(2020年6月成立)の参議院付帯決議で、「社会福祉士や精神保健福祉士の活用」が明記された意義を指摘します。

第4章「『全世代型社会保障改革』関連文書を複眼的に読む」で一番強調したいことは、安倍内閣の金看板だったハズの「全世代型社会保障改革」が「骨太方針2020」で消失しているほど<軽い>ことです。

第5章「医療経済・政策学の基礎知識と論点」の第2~4節は、医療経済・政策学の論点の原理的な検討で、患者の「選択の自由」、医療政策の目標の「トリレンマ説」(医療の質、アクセス、費用抑制は同時に満たせない)、医療の質・効果を「アウトカム」中心に評価する等の通説の誤りを指摘します。

終章「私の『医療者の自己改革論』の軌跡」は、日本の医療改革で不可欠である「医療者の自己改革」についての私の考えと提案の変化・「進化」(?)の回顧です。

私は、1991年に出版した『複眼でみる90年代の医療』(勁草書房)以来、現実の医療と医療政策の光と影を複眼的に分析し、将来予測することをモットーにしています。コロナ危機で、医療機関と医療従事者、患者と国民が強い不安を感じている現在こそ、この複眼的視点が必要と思います。

「本当のプラス思考とは、絶望の底で光を見た人間の全身での驚きである。そしてそこへ達するには、マイナス思考の極限まで降りていくことしか出発点はない」五木寛之『大河の一滴』幻冬社文庫、1991,41頁)。

章立て
序章 新型コロナウイルス感染症と医療改革
第1節 コロナ危機は中期的には日本医療への「弱い」追い風になる
第2節 2020年度第二次補正予算の「医療・福祉提供体制の確保」策の評価と経営困難な医療機関への財政支援のあり方
第3節 コロナ感染爆発のアメリカの大統領選挙と医療政策への影響を複眼的に予測する
第1章 経済産業省主導の予防医療推進策の複眼的検討
第1節 「千三つ官庁」対「現業官庁」-経産省と厚労省の医療・社会保障改革スタンスの3つの違い
第2節 経済産業省主導の「全世代型社会保障改革」の予防医療への焦点化-その背景・狙いと危険性
第3節 予防医療の推進で「ヘルスケア産業」の育成・成長産業化は可能か?
第4節 保健医療の費用対効果評価に「労働(生産性)損失」を含めるべきか?
第5節 予防・健康づくりで個人に対する金銭的インセンティブや「ナッジ」はどこまで有効か?
第2章 日本の病院の未来と地域医療構想
第1節 日本の病院の未来
第2節 地域医療構想における病床削減目標報道の4年間の激変の原因を考える
【コラム】書評 『地域医療構想のデータをどう活用するか』
第3章 地域包括ケアと地域共生社会
第1節 地域包括ケアがネットワークであることに関わって留意すべき3つのこと
第2節 「地域包括ケア研究会2018年度報告書」を複眼的に読む
第3節 「地域共生社会」は理念と社会福祉施策との「二重構造」-地域共生社会推進検討会「中間とりまとめ」を読んでの気づき
第4節 地域共生社会推進検討会「最終とりまとめ」を複眼的に読む
補節 『平成30年版厚生労働白書』をどう読むか?
第4章 「全世代型社会保障改革」関連文書を複眼的に読む
第1節 「全世代型社会保障検討会議中間報告」を複眼的に読む
第2節 「骨太方針2019」の社会保障改革方針をどう読むか?
第3節 「骨太方針2020」の社会保障・医療改革方針をどう読むか?
補節 日医総研「日本の医療のグランドデザイン2030」を複眼的に読む
第5章 医療経済・政策学の基礎知識と論点
第1節 医療経済学の視点・基礎知識と最近のトピックス
第2節 患者の「(医療機関)選択の自由」は絶対か?
第3節 医療政策の3大目標(質・アクセス・費用)のトリレンマ説の妥当性を考える
第4節 医療の質・効果の評価について原理的に考える
【コラム】 書評『ちょっと気になる政策思想』
終章 私の「医療者の自己改革論」の軌跡

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6.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算174回)(2020年分その6:8論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○新型コロナウィルス感染症-[アメリカの]医療制度に対する意味
Blumenthal D, et al: covid-19 - Implications for the health care system. NEJM July 22,2020.https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMsb2021088(ウェブ上に公開)[評論]

新型コロナウイルスの感染爆発は、4つの相互に関連した医療危機を生み出し、それらはアメリカの医療制度に横たわる問題を浮き彫りにし、悪化させている。しかしその反面、感染爆発は将来起こる可能性のある類似の疫病に対処するだけでなく、アメリカ人の基礎的医療ニーズに答える能力を改善する改革の道筋を示してもいる。本論文では、まず危機とその起源について述べ、次に危機に対する5つの反応(改革の可能性)を指摘する。

第1の危機は医療保険の危機である。感染爆発で突然2000万人を超える労働者が失業し、それにより無保険者が増大している。無保険者の増大には次の2つの理由がある:①アメリカ人の約半数がいまだに企業提供保険に依存している、②「オバマケア」が法律通りに実施されていない。第2の危機は、医療提供者の経済的損失である。世界大恐慌以来初めて、相当数の病院と診療所-特に感染爆発前から経済的困難を抱えていた農村部の病院、低所得・無保険者のための安全網になっている病院やプライマリケア診療所-が存続の危機に直面している。このことは、アメリカの医療費支払い方式(出来高払い方式)に対する根源的問いを生んでいる。第3の危機は、医療アクセスや医療アウトカムでの大きな人種的・エスニック的格差である。第4の危機は公衆衛生の危機であり、アメリカは感染爆発に対処するための全国的に機能する制度を欠いていると言っても過言ではない。

次に危機に対する5つの反応(改革の可能性)について述べる。第1は、連邦政府の政策の改革の可能性であり、感染爆発による全国的トラウマは国民の心理を変え、大規模な改革の好機が生まれている。第2は、保険給付の対象が拡大する可能性である。これには、連邦政府が提供する単一医療保険(メディケア・フォー・オール)、既存の企業提供保険をベースにした漸進的な改革等、複数の選択肢がある。第3は、医療提供者の財政を安定化する可能性であり、その選択肢には出来高払い方式から人頭払い方式への転換も含んでいる。第4は、医療における人種的・エスニック的分断の改善である。そのためには、安全網病院や小規模な地域密着型医療機関に対する財政支援、さらには人種的・エスニック的偏見を克服するための医療専門職の教育と免許制度改革が含まれる。第5は、堅固な公衆衛生制度確立の可能性であり、その出発点は州と地方政府の公衆衛生部局を強化し、疾病予防の基本的方策を実行できるようにすることである。

二木コメント-論文の前半で、コロナ感染爆発がもたらした「医療危機」を4側面から分析的に検討しているのは参考になります。引用文献も豊富です。後半はやや理想主義的です。執筆者のスタンスは、アメリカの医療経済学の泰斗フュックス教授が、かつて次のように予測したこと通じると思います。「国民医療保険が米国で実現するのは、政治的環境が激変しているときであろう。そしてこのような変化は、戦争、不況、あるいは大規模な社会不安に伴って生じる」(「コロナ感染爆発のアメリカの大統領選挙と医療政策への影響を複眼的に予測する」『文化連情報』2020年6月号(507号):12-16頁=本「ニューズレター」191号参照)。

○医療におけるリーン思考-体系的文献ネットワーク・計量書誌学分析から得られた知見
Akmal A, et al: Lean thinking in health care - Findings from a systematic literature network and bibliometric analysis. Health Policy 124(6):615-627,2020[文献レビュー]

本論文は6つのデータベースから得られた299の公刊論文(リーン関連103、ヘルスケア供給マネジメント関連196)を対象にして、体系的文献レビューの要素と引用ネットワーク分析、計量書誌学分析を結合した新しい方法論を用いて、医療におけるリーン思考(LT)-医療組織による適用が増えている人気のある改善方法論-の展開を跡づける。医療におけるLT文献のレビューにより、LTは個別部門に焦点化された断片的な(piecemeal)適用が主流であり、LTの体系的実施は少ないことが明らかになった。それに加えて、手段にばかり目を奪われた(tool-myopic)思考と実践が中心で、継続的改善や被用者のエンパワーメント等のソフトな実践が軽視されており、その結果LT改善の長期的な持続可能性が失われている。

LTの全体像を検討するために、ヘルスケア供給チェーンマネジメント(HSCM)文献の並行的分析も行い、同様の傾向が存在するか否かを確認した。その結果、LT文献とHSCM文献との間には大きなギャップがあり、引用ネットワーク分析により両分野間の相互引用はまったくないことが示された。計量書誌学分析により、文献の著者についても同じギャップが存在し、両分野で著者が同じ文献は3つしかないことも示された。

二木コメント-医療へのリーン適用の最新かつ詳細な文献レビューです。日本でも一部では医療へのリーンの適用が称揚されており、個別事例の実践報告もありますが、世界的に見てもそれの体系的適用はほとんど行われていないことがよく分かります。本論文はリーンの効果についての検討はしていませんが、本「ニューズレター」で紹介した以下の3つの文献レビューによれば、医療分野におけるリーンの効果はまだ科学的には実証されていません。
*D'Andreamattteo A, et al: Lean in healthcare: A comprehensive review. Health Policy 119(9):1197-1209,2015[リーン・ヘルスケア:包括的文献レビュー]NLNo.139(2016.2)
*Moraros J, et al: Lean intervention in healthcare: Do they actually work? A systematic literature review. International Journal for Quality in Health Care 28(2):150-165,2016[医療におけるリーン介入:それは現実に機能するのか?体系的文献レビュー]NLNo.146(2016.9)
*Woodnutt S: Is Lean sustainable in today's NHS hospitals? A systematic literature review using the meta-narrative and integrative methods. International Journal for Quality in Health Care 30(8):578-586,2018[「リーン」は今日の[イギリス]NHS病院で持続可能か?:メタ・ナラティブ・統合法を用いての体系的文献レビュー] NLNo.177(2019.4)

○政府は[医療]提供者が協働するよう後押しできるか?フランスとアメリカにおける病院ネットワーク改革の比較
Field RI, et al: Can governments push providers to collaborate? A comparison of hospital network reforms in France and the United States. Health Policy 2020 https://doi.org/10.1016/j.healthpol.2020.07.003 (7月15日オンライン公開)[政策比較研究]

フランスは2016年に、公立病院間の協働を促進するプログラムを実施した。それは、全病床の65%をカバーし、公立病院を「地方病院グループ」(GHTs)に組み込み、グループ内で病院がいくつかの中核的機能を共有することを義務づけている。この戦略はアメリカの「責任ある医療組織(ACOs)」-経済的インセンティブを与えて、医療供給者が協働を促進するネットワークを形成するように仕向ける-と似ている。両プログラムは医療の質を改善し、費用を抑制するとの基本的戦略を共有しているが、強制か任意かという実施方法の差が、アウトカムに大きな影響を与える可能性がある。

そこで、結果に違いをもたらしうるプログラムの側面を分析した。ACOsにはいくつかの長所があり、その1つは経済的誘導が他の文脈でも医療提供者の行動を変える効果が確認されていることである。GHTsはより直接的なアプローチである点が強みだが、強制参加には押し戻し(pushback)の危険がある。両プログラムが効果的な医療統合を促進するのに成功するか否かにかかわらず、提供者の統合を加速する可能性があり、それはすでに医療資源が不足している地域においては、大規模施設に資源を集中し、小規模施設の閉鎖を促進することにより、医療アクセスを損なう危険がある。

二木コメント-論文名は非常に魅力的ですが、実態調査に基づく比較ではなく、「思考実験」のレベルです。最後の一文は重要と思います。両プログラムに日本の「地域医療構想」を加えた3か国比較も有用と感じました。

○医療提供における統合対分離:OECD加盟24か国の比較
Toth F: Integration vs separation in the provision of health care: 24 OECD countries compared. Health Economics, Policy and Law 15(2):160-172,2020[国際比較研究]

本論文は医療提供者のネットワークが組織されている方法に基づいた国民医療制度の分類を提案する。この目的のために、統合モデルと分離モデルという2つの対立するモデルを示す。この2つのモデルは以下の5側面に基づいて定義する:①保険者と医療提供者の統合、②プライマリケアと二次医療の統合、③門番メカニズムの存在、④患者の選択の自由、⑤一般医の単独開業とグループ診療。個々の側面を24のOECD加盟国に当てはめた。5側面を結合して、統合モデルと分離モデルを両極とする「統合指数」(0、1、1.5、2~5の9段階)を作成した。ポルトガル、スペイン、ニュージーランド、イギリス、デンマーク、アイルランド、イスラエルの7カ国は高度に統合され(統合指数4以上)、イタリア、ノルウェイ、オーストラリア、ギリシャ、スウェーデンは中等度に統合されていると見なされる。反対の極では、オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、韓国、日本、スイス、トルコの8カ国が高度に分離されており(統合指数0または1)、カナダ、オランダ、アメリカは中等度に分離されていると見なされる。ポーランドは混合型(統合指数2.5)であった。

二木コメント-医療提供者の統合・分離を5側面から総合的に評価すること自体は興味深いのですが、統合指数に基づく24カ国の分類はやや恣意的な気がしました。

○[医療における]統合の包括的理論[モデル]
Singer SJ, et al: A comprehensive theory of integration. Medical Care Research and Review 77(2):196-207,2020 [理論研究]

医療を改善するために医療提供を改革する試みは、医療統合に焦点を当るようになっている。しかし、統合をどう定義するかについての合意がないため、医療における統合の研究をデザインし、合成し、比較することは難しい。統合事業(initiatives)の効果の測定は、統合を明確に定義し、統合に関わるどんな関係を実証的に明らかにしようとするか-統合のタイプ間、または統合と医療のアウトカム間-により、進むであろう。本論文は、先行研究を踏まえて、統合の5つのタイプ(構造的、機能的、規範的、対人関係的(interpersonal)、プロセス的)の関係についての包括的な理論モデルを示し、それらをいかに測定するかについて提案する。

二木コメント-論文名は一見魅力的なのですが、本文は晦渋です。私の経験では、統合を含め、医療のほとんどの「理論モデル」は不毛または「頭の体操」で、現実の医療の分析には使えません。

○[アメリカにおけるカトリックによる]病院合併と[特定の医療サービス提供の]良心に基づく拒否-医療のアクセスと質に対する脅威の増大
Wolfe ID, et al: Hospital mergers and conscience-based objections - Growing threats to access and quality of care. NEJM 382(15):1388-1399,2020[評論]

アメリカでは2001年以降、カトリック病院が22%増加し、現在では総病床の6分の1が「カトリック病院システム」の傘下に入っている。非宗教系の農村部の病院がカトリックシステムと合併した場合、患者はしばしば教会の価値観に従った治療しか受けられなくなる。病院統合の進展は、患者の安全面と特定の重要な医療へのアクセス面で悪影響を与えている。連邦政府は、患者保護規則の改善を行わず、逆に、病院が組織の信念に基づいて、法的に認められた医療サービスを拒否する権利を支持している。2019年5月、米国健康・人的サービス省公民権局は病院と医療従事者が自己の宗教的、道徳的、倫理的、その他の信念に基づいて医療行為を拒否できる連邦規則を劇的に拡大した。

我々はこの動きは危険だと考える。なぜなら、組織の良心に基づく拒否は、よく知られた個人の良心に基づく拒否とは異なるからである。例えば、個々の医師が妊娠調節(birth control)に反対でも、患者が他の医療機関でそのための情報やサービスを受けることは可能である。カトリック病院は病院の被用者が自己の信念と医療倫理に基づいて行動する権利を制限しうるし、現実に2019年にはコロラド州のカトリック病院は、州で認められている死ぬ権利を幇助した医師を、その行為が病院の管轄外で行われたにもかかわらず、解雇した。

患者の重要な医療サービスに対するアクセスを確保するためにすべきことは何か?もっとも効果的な解決策は、特定の医療サービスが法によって保護され、それに対するアクセスが病院合併によって不公正に侵害されないことである。州・連邦政府は個人の権利を宗教的な行き過ぎから守るべきである。

二木コメント-アメリカにおける病院合併・統合が患者の医療機関選択の自由を制限していることは今までも報告されていましたが、「カトリック病院システム」の拡大により、農村部では、患者が法で認められた医療サービスへのアクセスを制限されており、しかもそれを連邦政府が後押ししていることは初めて知りました。「良心に基づく拒否」の主な対象である「妊娠調節」の中心は(歴史的には)妊娠中絶ですが、本論文ではそれには全く触れていません。これは、それがアメリカでは極めてsensitiiveな問題になっているためです。それにしても、世界最高峰の医学雑誌に、カトリック病院を名指しで批判する論文が載るのは異例です。ただし、「カトリックの医療組織は、国民の医療を受ける権利を正面から掲げ、貧困者への医療提供に邁進する一方、国民皆保険達成をはじめとした『社会改革』運動を全国的に推進している」ことも見落とすべきではないと思います(「保健・医療・福祉複合体とIDSの日米比較研究』『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,281頁)。

○イングランドにおける新統合ケアモデルは長期的にはわずかな[救急]入院減少と関連:[擬似的]差の作法[を用いた分析]
Morciano M, et al: New integrated care models in England associated with small reduction in hospital admissions in longer-term: A difference-in-difference analysis. Health Policy 124(8):826-833,2020[量的研究]

医療サービスと社会サービスの統合を進めることは多くの先進国で基本的政策になっているが、それがターゲットにすべき人口とセービスについては論争が続いている。イングランドの「2019年NHS長期計画」は、統合を広めるための「先駆的新ケアモデル・プログラム」というパイロット事業を含んでいた。本プログラムは2015-2018年に実施され、人口の9%をカバーする、イングランドの歴史では最大規模のパイロット事業である。入院を減らすことを目的として、専門医医療を病院から地域に移すと共に、(i)全人口(ポピュレーション拠点)または(ii)ケアホーム入居者(ケアホーム拠点)に対する医療とケア、リハビリテーションのコーディネーションを促進するプロトタイプをデザインした。ポピュレーション拠点とケアホーム拠点の統合ケアモデルの、入院削減効能を評価・比較した。擬似的差の作法デザインを用いて、行政データから得られる地域レベルの1月あたり緊急入院と在院延べ日数を測定した。

モデル事業開始前は、「先駆的拠点」の入院は非拠点に比べて高かった。事業開始後、対照拠点では、イングランド全体と同じく、明らかに緊急入院が増えていた。「先駆的統合ケアモデル」では、緊急入院の増加率は低下し、このことは特にケアホーム拠点、および事業第3,第4年度に著名だった。しかし、先駆的拠点と非拠点では在院延べ日数の有意な減少はなかった。結論として、統合ケア政策、特にポピュレーションモデルでは、短期的かつ大幅な入院利用に期待すべきではない。

二木コメント-非常に大規模な実験を4年間も継続したことは意義深く、日本の地域包括ケア研究の参考になると思います。ただし、記述はこみいっています。このモデル事業ではケアホーム拠点での救急入院の(相対的)減少が事業開始後3年でようやく実現しましたが、在院延べ日数の有意な減少は見られませんでした。そのため、論文名に「入院の減少」とのみ書かれ、「救急(入院)」が入っていないのは読者に誤解を招きます。なお、本論文では医療費の変化は調査されていません。

○フランスの多専門職医療ホームにおける専門職の統合:壁を越えて協働を促進する
Alrabie N: Integrating professionals in French multi-professional health homes: Fostering collaboration beyond walls. Health Services Management Research 33(2):86-95,2020 [質的研究]

医療統合のための多専門職共同配置(co-location)の効果についての最近のエビデンスはバラバラである。本事例研究では、フランスの農村部の4か所で行われている、医療の多専門職を共同配置している地域的医療プロジェクト(多専門職医療ホーム。MHH)について調査する。2つのレベルの協働(collaboration)が同定された:(i)地域的(local)なチーム内協働(ケアと予防)と(ii)地域的(territorial)チーム間協働(患者の治療教育と知識の共有)。各MHHで働く50人の医療専門職(医師、歯科医師、看護師・助産師、理学療法士、言語聴覚士等。今回はソーシャルワーカーは含まれず)のインタビューの分析により、多専門職協働が成功するための重要な要素、すなわち共同配置とケア統合の媒介的関係が明らかにされる。ケア統合の社会的側面に注目し、その際個人間統合の専門職的側面に焦点を当てることにより、本研究はケア統合理論を拡張し、多専門職共同についての以下の3つの前提(antecedents)を同定する:(i)一般医の共同診療の事前経験、(ii)一般医の専門的推進(impetus)、(iii)一般医のピアグループ参加。成功する多専門職共同配置、及びそれがもたらす協働は、患者と専門職の両方に様々な便益をもたらし、地域の患者紹介や地域レベルでの混合での進歩をもたらす。

二木コメント-論文名は魅力的なのですが、要旨はなんとも思弁的です。ただし、フランス医療の研究者には参考になるかもしれないと思います。

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7.私の好きな名言・警句の紹介(その189)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

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