総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻201号)』(転載)

二木立

発行日2021年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.論文「『医療の鉄の三角形』をどう読むか?」を『日本医事新報』2021年4月3日号に掲載します。
2.講演録「コロナ危機が日本社会と医療・社会保障に与える影響と選択」を「神奈川県保険医新聞」2021年4月5日号に掲載します。
3.インタビュー「『自助・共助・公助』という分け方は適切なのか?〜三助の変遷をたどって考える〜」を『社会運動』(市民政策セクター政策機構)442号(2021年4月15日発行)に掲載します。
これらは、本「ニューズレター」202号に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読みください。


1. .論文:1月前半に突発した(民間)病院バッシング報道をどう読み、どう対応するか?」

(「二木教授の医療時評(189)」『文化連情報』2021年4月号(517号):20-26頁+別ファイル:2104文時評189図表 (PDFファイルPDF))

はじめに

「日本の病床数は世界一多いのに、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)患者を受け入れられる病床が逼迫するのはおかしい」、「病床が逼迫しているのは民間病院がコロナ患者を受け入れていないから」。本年1月7日に2回目の緊急事態宣言が発出された直後から、新聞やテレビ等の報道で、このような病院、特に民間病院のバッシング(以下、病院バッシング)が同時多発的に突発しました。このバッシングは特に大阪で強く、同地の3人の医療関係者(病院経営者、診療所開業医、病院事務長)から、「つい先日まで医療従事者への敬意が存在していたのに、ほんの短い期間で病院バッシングにシフトしてしまった」等の悲鳴とも言えるメールをいただきました。

そこで、本稿では、私が毎日読んでいる「日本経済新聞」「読売新聞」「朝日新聞」「毎日新聞」及び「中日新聞」の5紙の報道により、病院バッシングが1月前半に突発したが、一紙を除いて1月下旬にはほぼ収束した経緯を振り返ります(すべて朝刊)。併せて、病院バッシングの根拠とされたデータの用法が、典型的な「統計でウソをつく法」であることを示します。最後に、コロナ病床逼迫に対して政府(国・自治体)と医療機関がとるべき対応について私見を述べます。

「日経」「読売」が先導、大阪でも

病院バッシングの口火を切ったのは「日経」で、1月8日1面の藤井彰夫論説委員長の論説「経済壊さず感染抑制を」は、欧米に比べ桁違いに感染者数が少ない日本で「すぐに医療崩壊の懸念が出てしまう」「背景には、病床はあるのにコロナの重症者を受け入れる病院が十分ではないなど、医療資源の偏在の問題がある」と断じました。同紙は同日の社説「緊急事態に合わせコロナ即応医療態勢を」でも、同じ趣旨の主張をしました。

翌1月9日、「読売」は「人口比の病床数世界一なのに コロナ病床逼迫日本の弱点 民間病院受け入れ慎重」という大きな解説記事(医療部)を載せました。この記事は、病院バッシングの基本形と言えます。ふだんは「日経」「読売」と論調が違う「朝日」も1週間後の1月16日、「病床 民間に確保迫る 患者受け入れ偏り 公的病院では75% 民間は17%」と「読売」とそっくりの記事を掲載しました。さらに、高名な経済学者で新型コロナウイルス対策分科会メンバーでもある大竹文雄氏も、BuzzFeed Japanインタビュー1月14日(取材は1月7日)で、「日経」と同趣旨の発言をしました。

実は、私は当時、友人の記者から、このような記事・主張についてのコメントを求められたのですが、病院バッシングは、コロナ対策が後手後手と批判され続けた菅首相・官邸が、2回目の緊急事態宣言の発出を契機として、病床逼迫の責任を病院に転嫁するために意図的に仕組んだのではないか?と述べました。もちろんその「物証」はありませんが、「状況証拠」は、記事・報道が緊急事態宣言直後に同時多発し、しかも政権に近いとされる「日経」・「読売」が先導したことでした。この直後の1月15日に発表された感染症法改正案に、患者の受け入れを拒否した医療機関名の公表が盛り込まれ、病院バッシングはこの布石だったのか?と感じました。法改正には「官邸の意向が働いた」との報道もあります(「朝日」1月16日)。

このような動きとほぼ同時期に、大阪では吉村洋文知事が民間病院バッシングを先導し、当地の新聞・テレビがそれに追随しました。具体的には、吉村知事は、昨年12月25日に、コロナ患者の受け入れ実績のない約110の二次救急病院に計200床のコロナ病床確保を要請し、1月19日には改めて約30床(1病院当たり1~2床)の確保を求め、それに協力しない民間病院は病院名の公表も辞さないとの、感染症法改正を先取りした対応をしました(「毎日」1月24日「新型コロナ 大阪受け入れ1割、知事イライラ」)。このことは、全国紙の全国版ではほとんど報道されず、私も「はじめに」で述べた大阪の知人からのメールで初めて知りました。

「日経」と大阪を除きバッシングは収束

「日経」はその後も、以下のように、同種記事を連発しています。主なものは、1月25日「コロナ治療を阻むのは誰」(大林尚上級論説委員の署名記事)、2月4日「病床確保 進まぬ民間協力」、2月8日「民間は受け入れ割合が少ない」です【校正時注】

それに対して他紙は、「読売」を含め、1月下旬以降、病院バッシング報道は行わず、民間病院側の事情に配慮した冷静な「調査報道」や論説を掲載しています。私は特に、以下の記事に注目しました。「朝日DIGITAL」1月16日「揺れる『ベッド大国』日本 医療逼迫は民間病院のせいか」、同1月31日「コロナ病床なぜ不足 民間病院受け入れると減収 要員確保も難題 後手後手に回った政府」。「毎日」1月26日「『受け入れたいのに受け入れられない』民間病院、コロナ患者対応に苦悩」。「読売」2月11日「重症者回復 8都県 転院調整せず 病床不足の一因」。

報道記事ではありませんが、「中日」1月27日の社説「病院間の連携進めねば 医療態勢の逼迫」は、政府の感染症法改正案に対し「民間病院の事情を顧みず、強権的な手法を取っても、協力は得られないのではないか」と疑問を呈し、「病床の確保には、病院ごとの努力はもちろんのこと、医療機関同士の連携こそ必要」、「強権的な手法ではなく、医療機関が治療に専念できる環境整備こそ必要である」と主張しました。

ウェブ上にも、病院バッシングを批判する見識ある論説が相次いでアップされました。そのなかでも特に説得力があるのは、国立国際医療研究センターでコロナ患者の診療の第一線に立ち続けている忽那賢志医師の「医療が逼迫しているのは民間病院のせいなのか?」 (Yahoo! JAPAN 1月17日)です。

氏は、「感染症専門医もいなければ感染対策の専門家もいない」「民間の医療機関に何のバックアップもないままに『コロナの患者を診ろ』と強制しベッドだけを確保したとしても、適切な治療は行われず、病院内クラスターが発生して患者を増やしてしまう事になりかねません」と警告し、「新型コロナ診療を行っていない民間の医療機関は、・新型コロナを診療している病院がこれまで診ていた、コロナ以外の患者の診療をカバーする ・新型コロナ診療医療機関からの転院など後方支援を徹底する ということで相互に協力をする、というのが現時点では望ましい」と提言しました。

以上から、私は、病院バッシングは、「日経」と大阪府を除いて、1月下旬には収束したと判断しました。なお、大阪府で吉村知事がコロナ対応病床確保のために強権的とも言える対応をした背景には、前任の橋下徹氏が認めたように、氏が「大阪府知事・大阪市長時代に、徹底的な改革を断行し、有事の今、現場(保健所、府立市立病院など)を疲弊させている」ことがあると思います(同氏の昨年4月3日のツイート。現在もウェブ上に公開)。

日本の病床数は世界一多い?-「統計でウソをつく法」1

病院バッシングでは2種類のデータが用いられましたが、共に初歩的な『統計でウソをつく法』(ダレル・ハフ著、講談社ブルーバックス、1968年)です。ウソをつく手法にはいろいろありますが、今回は、異質の数字の単純な比較(「リンゴとオレンジの比較」A comparison of apples and oranges )と実数を示さずに百分率のみを示す手法の2つが使われました。以下、順に説明します。

第1のデータは、日本の人口当たり病床数は世界一多いとのOECDデータですが、これには、①総病床数が世界一多いとするもの(図1)と、②急性期病床数が世界一多いとするもの(図2)の2種類があります。前者は、医療制度に詳しくない新聞記者が素朴に用いています(「読売」1月9日、「朝日」1月16日等)が、後者は医療の専門家(のはずの方)が用いています(渡辺さちこ、アキよしかわ『医療崩壊の真実』エムディエヌコーポレーション,2021年1月,68頁。森田洋之「日本だけなぜ医療崩壊が起きる」『文藝春秋』2月号:114頁)。今回の病院バッシングとは関係ありませんが、『平成28年版厚生労働白書』も、残念なことに、日本は「総病床数・急性期病床数ともに多い」と書いています(92頁)。しかし、両データとも典型的な「リンゴとオレンジの比較」です。

まず、①について、日本の総病床の4割は精神病床・療養病床ですが、これらは欧米では施設(ナーシングホーム等)とされ、病院病床に含まれないのが普通です。

②について、日本がOECDに「急性期病床」として報告している病床(約89万床)は正しくは「一般病床」であり、回復期病床(回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟等)を含みます。一般病床のうち欧米的基準での急性期病床と言えるのは、DPC対象病院の病床約48万床、または旧7対1看護病床約35万床と仮定すると、人口千人当たり病床数はそれぞれ3.8床、2.8床で大半のヨーロッパ諸国と同水準になります。

ただし、このなかには「なんちゃって急性期病床」も相当数含まれると言われています。日本の一般病床の実態を熟知している尾形裕也氏(地域医療構想に関するワーキンググループ座長)は、この点を踏まえて、日本の高度急性期及び急性期病床は「せいぜい30万床程度」と推計し、「これは先進諸国の中ではむしろ低い方に属する」、「現在のカナダ並みのレベルに相当する」と指摘しています(「この国の医療のかたち(82)コロナ禍をめぐる考察など」MEDIFAX-WEB 2月17日)。

私が疑問に思うことは、上記2つのデータを用いる記事や論説が、日本の病院の病床当たり職員数が欧米に比べはるかに少ないことには触れていないことです。この点では、上述した 『平成28年版厚生労働白書』が、日本の「病床100床当たり臨床医師数は17.1人(2012年)であり、アメリカ85.2人(2012年)、英国100.5人(2013年)、ドイツ49.0人(2013年)、フランス48.7人(2012年)と比べて大幅に少ない状況にある」(93頁)と率直に認めているのと対照的です。私の知人の東京都医師会幹部は、病院バッシングを、「ベッドが患者を治療するわけではありません。医師や看護師等が治療にあたるのです」と的確に批判しています。

私は、今回、日本の病床数と欧米の病床数をナイーブに比較する言説を読んで、2001年に日米医療の比較研究を行った際、共同研究者の西村由美子氏から以下のように教えていただいたことを、久しぶりに思い出しました。「アメリカのホスピタルはICU(集中治療室)プラスアルファの施設で、重症患者ばかりが入院しているため、日本の病院のように患者が廊下を歩き回ることはない。ホスピタルと病院は全く別の施設だ」(『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,261頁)。

民間病院は患者を受け入れていない?-「統計でウソをつく法」2

病院バッシングでもう一つ常用されたのは、民間病院のうちコロナ患者受入可能病院の割合は18%にすぎず、公立69%、公的等79%と比べ、遙かに低いとのデータです(図3。昨年10月21日の第27回地域医療構想ワーキンググループ資料)。ただし、このデータは病院開設者別の病床規模の違い(民間病院は中小病院が大半)の「補正」を行っていません。

それに対して、厚生労働省の「地域医療構想」サイトに1月25日にアップされた参考資料「医療機関の新型コロナウイルス感染症の受入状況等について(補足資料)」では、病床規模別のデータが示されています(図4)。この図からは、200床未満の中小病院では、コロナ患者受け入れ実績のある553病院中のうち、民間病院が379病院(68.5%)を占めるという、新聞報道の論調とは真逆な数値が得られます:100床未満病院では153病院のうち113病院(73.9%)、100床以上未満200床未満の病院400病院中266病院(66.5%)。この割合は400床以上の病院では11.7%に下がりますが、これは民間病院の大半が中小病院のためです。

病院開設者別のコロナ入院患者数の割合をみると、公立32.1%、公的等40.0%、民間27.9%(1月6日)であり、民間病院の多くが中小病院であることを考慮すると、民間病院は健闘していると言えます。なお、「公的等」には日赤・済生会・厚生連等の「公的」病院だけでなく、民間の地域医療支援病院も含まれ、この数値を加えると、民間病院のコロナ患者割合はさらにアップすると思います。

厚生労働省の鈴木健彦医政局地域医療計画課長も、2月5日の医療関連サービス振興会のシンポジウムで、コロナ患者の受け入れについて次のように述べたそうです。「民間病院はあまり受け入れていないという指摘もあるが、データを分析すると機能がある民間病院には一定程度受け入れていただいている」(『週刊社会保障』2月15日号:23頁)。

ここで特に強調したいことは、民間病院の健闘は、コロナ患者数が全国で突出して多い東京都で顕著なことです。2月9日の東京都医師会定例記者会見で猪口正孝副会長が公表した「東京都の新型コロナ感染症患者受け入れ病院の経営主体別分類」(。2月5日現在)によると、コロナ患者を受け入れている191病院のうち124病院(64.9%)が民間病院でした。入院しているコロナ患者2,784人のうち民間病院に入院している患者の割合は38.4%であり、これは都立・公社・公立の33.9%を上回り、経営主体別の第1位でした。他面、民間病院は中小病院が多いため、コロナ患者を受け入れている病院の割合は21.9%に止まり、80-90%台の国公立・公的とは大きな差がありました。

以上の数値は、実数(病院数・入院患者数)を無視して、百分率のみを用いる民間病院バッシングの危うさを示しています。私は、今回、病院バッシングの根拠とされたデータを見て、マークトウェインが『自伝』で述べた箴言「嘘には3つある。嘘と大嘘と統計だ(lies, damned lies, and statistics)」を思い出しました。

おわりに-コロナ病床逼迫への対応

以上、1月前半に突発した病院バッシング報道の経緯を振り返り、「日経」を除いてそれが1月下旬には収束したこと、及びそれの根拠とされたデータが、典型的な「統計でウソをつく法」であることを示しました。最後に、コロナ病床逼迫に対して政府(国・自治体)と医療機関がとるべき対応についての私見を4点述べます。

①私は、財政力のある都府県・市は、長期的視点からも、公立のコロナ専門病院・病棟を、空き病棟の活用等により開設すべきと思います。コロナはいずれ収束すると思いますが、その後も、別の新興感染症が出現するのはほぼ確実と思われるからです。

②私は、国公立病院だけでなく、設備・スタッフの余裕のある中核的民間病院は中等症のコロナ患者を今後も積極的に受け入れるべきと思います。ただし、その大前提は国・自治体による万全な減収補填であり、それには院内感染・クラスターが発生した場合の減収補填、さらには風評被害に対する補償も含むべきです。

③中川俊男日本医師会会長が、1月20日の「新型コロナウイルス感染症患者受入病床確保対策会議」の総括で述べたように、「中小病院が直接新型コロナに対応するのは、公立・公的・民間を問わず難しく、退院基準を満たした患者の受け入れ先となることが突破口になる」と思います(「日医ニュース」2月5日)。

④今後は、自宅療養の軽症コロナ患者やコロナ回復患者の診療・支援を行う診療所の役割が大きくなると思います。この点で、私は日本在宅ケアアライアンス(理事長:新田國夫医師)が2月に参加団体に「新型コロナウイルス感染症の自宅療養者等への対応」を呼びかけたことに大いに注目・期待しています。

【校正時注】「日経」の(民間)病院バッシングは経済界の意向を反映?

本稿の草稿を読んでいただいた経済界の動向に詳しい複数の友人から、非常事態宣言の早期解除と経済の早期再開を最重要視している経済界は、コロナ患者を大幅に減らすことを最優先し、非常事態宣言の早期解除に抵抗している日本医師会・医療界を目の敵にしていると教えていただきました。「日経」だけが病院バッシングを続けている背景には、かつて「日本株式会社の社内報」(佐高信氏)とも揶揄された同紙の報道が、このような経済界と医療界の対立構造を反映している可能性は十分あると思います。

また、病院バッシングは菅首相・官邸が仕組んだのではないか?との私の推察について、官邸の事情に詳しい別の友人から、「菅首相にそこまでの情報はなく、官邸も一枚岩とは言えない状況にある。ただし、官邸の一部が情報の発信源である感触はつかんでいる」とのコメントを頂きました。

[本稿は『日本医事新報』2021年3月6日号に掲載した「1月前半に突発した(民間)病院バッシング報道をどう読むか?」に大幅に加筆したものです。本稿と『日本医事新報』論文は、2月に東京青年医会、神奈川県保険医協会、愛知県医師会調査室委員会で行った講演「コロナ危機が日本社会と医療・社会保障に与える影響と選択」の【補足】部分をベースにして執筆しました。]

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2.日本社会事業大学・大島巌教授最終講義へのコメント

(2021年2月28日)

ご指名を受けた日本福祉大学名誉教授の二木です。私は大島さんとは1987年から34年の長いお付き合いで、最終講義参加者のうち、もっとも長い付き合いの一人と思います。具体的には、大島さんが国立精神・神経センター精神保健研究所の研究員だった1987年、大島さんの上司の岡上和雄研究部長が主査をし、大島さんも研究員として参加された「精神障害のある人への『リハビリテーションサービス』に関する医療経済分析に関する研究班」に、私も医療経済学の研究者として参加し、大島さんにお会いしました。

以下、最終講義で大島さんが示された<当事者・実践家協同型「プログラム開発と評価」を社会実装するアプローチ法>の「将来ビジョン」について簡単にコメントします。次に、大島さんに対する私の2つの思い出を述べ、最後に、福祉系大学を大島さんより3年早く定年退職した「先輩」として、大島さんの退職後の研究への期待を述べます。

まず大島さんの「将来ビジョン」に、私の専門の医療経済・政策学の視点から、1点だけコメントします。それは、現在の厳しい財政制約の下で、崇高な理念に基づく「将来ビジョン」が現実の政策に反映・採用されるためには、大島さんの「効果モデル」等に基づいてそれの「効果」を幅広く示すことに加えて、それに必要な「費用」も示す、さらに努力目標としては、「費用対効果」も示すことが必要だということです。

ただし、「ビジョン」は効果があり、しかも費用抑制可能と「夢物語」を語ることは絶対にせず、「ビジョン」で期待される「効果」を実現するためには「追加的」費用が必要だが、その額はそれほど大きくない事を示せば十分です。医療分野では、過去30年間、医療の質を引き上げつつ医療費を削減できるとするさまざまな提案がされましたが、医療経済学的にはその主張はすべて否定されています。人件費が大半を占める医療・福祉分野では、効果がある政策・改革がほとんど費用増加を伴うことは厚生労働省も認識しており、その費用増加が巨額でなければ許容されます。

次に私の大島さんとの思い出を2つ述べます。1つは、大島さんが、1990年代半ば(1997年)、国立精神・神経センターから東京大学に戻られた直後に行われた、全国の精神病院長期入院患者を対象とした退院意向の大規模調査に基づく提言が、当時「長期入院の是正」に反対していた精神病院団体の機関誌で激しく批判されたことです。私は、強大な精神医療界に「忖度」することなく正論を述べた大島さんは研究者として「本物」と感じ、「激励」の葉書を出しました。それ以来、私と大島さんの相互信頼が生まれたと思っています。

もう1つは、2015~2016年度に、私と大島さんが、日本社会福祉教育学校連盟の会長、筆頭副会長として、当時3つあった福祉系教育団体を統合し、「日本ソーシャルワーク教育学校連盟(ソ教連)」を結成する大事業を実現したことです。私は「突破力」には自信がありますが、学校連盟の役員をするのは初めてでした。そのため、学校連盟の歴史と内情を熟知している大島さんと、長年の信頼関係にもとづく「タッグマッチ」を組めたからこそ、伝統ある学校連盟解散という痛みを伴うソ教連結成を実現できたと思っています。

最後に、福祉系大学の定年退職者の先輩として、大島さんへの期待を述べます。先ほどの神野学長の御挨拶で、大島さんは日社大退職後、東北福祉大学副学長に就かれると聞きました。その場合、日社大教授時と比べ、自由時間はあまり変わらないかもしれません。しかし、同大学を何年か後に退職した後は、自由時間は大幅に増え、「有閑階級」(leisure class)になります。大島さんには、その自由時間の大半を研究にあて、「プログラム開発と評価」の理論的深化と社会的実装に邁進し、それらを集大成した単著を出版していただきたいと期待しています。最後に、私の定年退職時に、リハビリテーション医学の恩師である上田敏先生から頂いた次の言葉をお伝えします。「仕事をやめてみると分かりますが、時間はふんだんにあるので、集中しさえすれば、本を書くのはそう大変ではありません」。以上です。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算181回)(2021年分その1:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[イギリスの国民]保健サービスの10年ぶりの大改革は競争を弱め政治家がコントロールできることを目ざしている
The first major reform of the health services in a decade seeks to reduce competition and give politicians more control over it. The Economist February 13th, 2021:46-47[論評]

2004年に、野心的な若手保守党議員は、貧富の差なく平等な医療を受けられるとするNHS信仰を嘲った。当時、保守党は多くのヨーロッパ諸国で導入されている社会保険方式への転換も検討した。少なくとも、NHSの内部市場を拡大すれば、医療水準を引き上げつつ医療費を抑制できると主張した。今やその議員(ジョンソン)は首相になり、次のように、NHSを尊敬の念を持って扱っている。NHSは「この国の鼓動する心臓であり、それは愛によって動かされている」。彼の政権のNHS改革の処方箋も変わった。近々公開予定[2月11日公開]で、本誌が入手した『白書』は、NHSの10年ぶりの大改革を提起している。それは内部市場に最後の引導を渡し-競争はもはやNHSの「組織原理」ではない-、大臣にNHSを直接コントロールする権限を与えるであろう。本改革は、医師にも多くの権限を与える。

過去にNHS改革を試みた政治家の運命は悲惨である。2011年にLansleyは、保守党・自由民主党連立政権の保健大臣として、市場メカニズムの利用を拡大して、国及び地方レベルのマネジメントと政治家の監視をほとんど廃止しようと試みた。そのための法律は最終的には成立したが、激しい反対が起こり、Lansleyは解任された。それ以来、保守党はNHSに慎重な態度を取るようになり、ジョンソン首相は2019年の総選挙で、NHS予算を増やし、病院と看護師を増やすことを公約した。公約には保守党の伝統である、費用削減はなかった。『白書』に書かれた改革の一部はNHS幹部の要望に基づいている。

内部市場は患者の入院待ち期間を減らしたが、医療の質を改善したとの証拠はあまりないし、入院医療の購入者(GP)と提供者(病院)との分離は医療サービスを扱いにくいものにした。それに代わり、「統合ケア」(integrated care)に期待が寄せられるようになっている。NHSへの統合医療の導入はNHS幹部のStevensが主導し、彼は購入者と提供者を、100~300万人の地域単位で一体化した。『白書』はこの統合のための障壁を速やかに無くすと示唆している。ほとんどの医療専門家はこの改革の方向性を支持しているが、『白書』には改革の詳細が示されていないことに懸念を示している。最大の心配は、改革が、説明責任を負わない(unaccountable)「地域独占」を創ることである。

経済人のほとんどは上記の改革に賛同しているが、Lansleyの改革が創出した政治家とNHSとの厳格な分離を変えることには賛成していない。政府は優先順位だけを決めて、細部はNHS幹部に委ねるからである。『白書』は政府に管轄権、特に既存の関連組織の改廃権限を再び与えようとしているが、それの根拠は、政府負担のNHS費用がGDPの7%にも達する以上、大臣(納税者)がその運営にもっと権限を持つべきとするものである。

二木コメント-2月11日に保健・社会的ケア省が公開したNHS改革白書のポイントと背景をいち早く報じた好論説です。計画通りに改革が行われれば、医療分野への市場原理導入が廃止されることになります。『白書』の要旨は同省のHPに掲載されています:"Blueprint launched for NHS and social care reform following pandemic"。こちらは典型的な「お役所文書」ですが、改革の目玉がNHSへの資金投入の拡大(今後10年間で5万人の看護師増と40の新病院建設)と医療・社会的ケアの「統合ケア」の推進であることは分かります。なお、Economistの記事、『白書』の要旨とも、日本で喧伝されている「社会的処方」には全く触れていません。なお、イギリスの有名なシンクタンクであるKing's Fundは「NHSの歴史は効果の過大評価と混乱の過小評価で満ちている」と評しており、私も同意見です。

○ユニバーサルヘルスケア[普遍的医療]の価格付け:[導入により]医療費はどのくらい増加するか?
Gaffney A, et al: Pricing universal health care: How much would the use of medical care rise? Health Affairs 40(1):105-112,2021[量的研究]

アメリカにおける民主党の政権復帰は、新型コロナウイルス感染症が誘発した職業を基礎にした医療保険の縮小と結びついて、公的医療給付の拡大とその費用についての論争を再点火する可能性がある。何十年もの研究蓄積により、無保険者や自己負担・免責性のある保険加入者の医療利用は、少額の医療費から償還する(first-dollar coverage)保険加入者より少ないことが明らかになっている。そのため、「全国民のためのメディケア」提案やそれ以外の給付拡大の経済分析は、それにより医療利用と医療費が増加すると予測している。

アメリカ(1965年と2010年)とその他の高所得9か国(ニュージーランド、イギリス、スウェーデン、カナダ、オーストラリア、ポルトガル、ギリシャ、スペイン、台湾)で実施された個々の医療給付拡大について、実施前に予測された医療利用増加と、実際に観察されたより穏やかな利用増を対比する。両者は乖離しており、そのことは政策分析者が供給側の制約条件-例えば、医師数や病院病床数が有限であること-を過小評価していることを示唆している。過去の給付拡大の利用増効果のレビューは、少額の医療費から償還するユニバーサルヘルスケアは外来受診を7-10%、入院利用を0-3%増やすことを示唆している。ユニバーサルヘルスケア導入による管理費用のある程度の節約は、そのような費用増を相殺する可能性がある。本研究で示した供給者に焦点を当てた分析枠組みは、アメリカの医療経済学者の間で長い間支配的となっている、医療需要(と費用)は患者に高額な自己負担を課すことで抑制すべきとのパラダイムへの異議申し立てである。

二木コメント-本研究は、ユニバーサルヘルスケアを導入すると医療費が高騰するとの(アメリカの)医療経済学における通説に対する有力な反証になっています。

○ヨーロッパ[19か国]における医療部門の国民経済への影響
Jagric T, et al: The impact of the health-care sector on national economies in selected European countries. Health Policy 125(1):90-97,2021[量的研究(計量経済学)]

政策決定者は国民の健康を改善しつつ、財政の持続可能性も確保するとの圧力に直面している。本研究では、医療部門の経済的重要性を、ヨーロッパ19か国で推計する。同一基準で作成された各国の2010年の産業連関表を用いて、医療を含む64部門(本論文では62部門に統合)について、アウトプット、所得、付加価値、雇用及び輸入別に、次の5種類の乗数を推計する:単純乗数、総乗数(total multiplyer)、切断乗数(truncated multiplyer)、Ⅰ型乗数(typeImultiplyer)、Ⅱ型乗数。

分析の結果、医療部門の国民経済に対する重要性が、対象国で類似していることが明らかになった。分析結果は、医療部門の製品・サービスの費用増加は、他部門の費用の増加と比べて、国民経済(付加価値、雇用および家計所得)に強い(prevailing)正の効果を持つことを示唆している。医療部門の重要性は各国の経済水準(1人当たりGDP)と関連していた:医療部門の便益は経済水準が低い国ほど大きく、そのような国での医療部門の拡大が雇用に与える影響は、経済水準の高い国より大きかった。以上の結果は、医療部門は経済政策の手段として、重要な役割を果たしうることを示しており、医療サービスを単なるコストと見なすのではなく、それが国民経済を成長させることに注目すべきことが示唆される。

二木コメント-産業連関表を用いた医療部門の経済成長・雇用創出効果の推計は、日本を含めいくつかの国で行われてきましたが、それの国際比較(ただし、ヨーロッパ19か国に限定)は世界初のようで、マクロ医療経済学の研究者必読と思います。

なお、私は今まで、日本での医療に関する産業連関分析は医療経済研究機構の「専売特許」と思っていましたが、この論文によると、京都大学の今中雄一教授グループも次の英語文献を発表しているそうです:Yamada G, Imanaka Y: Input–output analysis on the economic impact of medical care in Japan. Environmental Health and Preventive Medicine 20(5):379-387,2015(ウェブ上に全文公開).

○ヨーロッパ[24か国]におけるプライマリケアの財政と供給における政府の役割:1つの分類
Espinosa-Gonzalez, et al: The role of the state in financing and regulating primary care in Europe: a taxonomy. Health Policy 125(2):168-176,2021[国際比較研究]

伝統的な医療制度の類型学(typologies)は医療制度の財政の型に依拠しており、OECDの類型が有名である。しかし、分類で捉えられる側面の数が増えており、これは医療制度の複雑さを反映している。本論文の目的は、プライマリケア(以下、PC)制度の分類を開発することであり、その際、それに関わるアクター(政府、社会、民間)、及びガバナンス・財政・規制に関わるメカニズムに依拠する。後者は概念的に、機能の脱集権化(decentralisation)の程度を表す。非線形正準相関分析と凝集型階層クラスタリングを用いて、European Observatory on Health Systems and Policy(WHO欧州地域事務所によって運営されている協同体)とWHO欧州地域事務所加盟24か国の情報提供者から得たデータを処理した。

その結果、以下の4つのクラスターを得た。①ボスニア・ヘルツェゴビナ、チェコ、ドイツ、スロバキアとスイス:コーポラティストa/o断片化したPC制度で、政府はPC供給の規制には関与するが、ゲートキーピングはない。②ギリシャ、アイルランド、イスラエル、マルタ、スウェーデンとウクライナ:公的かつ(再)集権化されたPCの財政と規制があり、民間も関与しているが、ゲートキーピングはない。③フィンランド、ノルウェイ、スペインとイギリス:公的財政でPCの規制と組織が発達しており、ゲートキーピングがある。④ブルガリア、クロアチア、フランス、北マケドニア、ポーランド、ルーマニア、セルビア、スロベニアとトルコ:公的財政だが、供給の規制については専門職が関与した脱集権化で、ゲートキーピングがある。この分類は各国のパフォーマンス比較の枠組みとして使うことができるし、異なったアクターとPC制度の分権化または断片化のレベルが、健康アウトカムに与えるかもしれない影響を分析する手段となりうると、我々は信じている。

二木コメント-従来の医療制度全般の概括的分類ではなく、プライマリケア制度に焦点化して、精緻な統計処理により4分類を導出した労作です。ただし、「制度」の比較であり、プライマリケアの医療費水準や国民・患者の満足度は比較されていません。本論文から、プライマリケア制度では、ゲートキーピングが重要な要素ではあるが、あくまで一要素であることが理解できます。ただし、この分類が今後の各国のプライマリケア制度の「パフォーマンス比較の枠組み」等として使えるとは、私には思えません。

なお、下記論文はヨーロッパ31か国を対象として、プライマリケアを5側面に分け、それぞれの側面と医療費等との関連を分析的に検討しており、お薦めです:「ヨーロッパの強力なプライマリケア・システムは国民の健康水準の高さだけでなく、高医療費とも関連している」Kringos DS, et al: Europe's strong primary care systems are linked to better population health but also to higher spending. Health Affairs 32(4):686-694,2013(本「ニューズレター」107号(2013年6月)で紹介)。

○COVID-19パンデミック中のアメリカにおけるテレメディスン[オンライン診療]利用と外来診療のバラツキ
Patel SY, et al: Variation in telemedicine use and outpatient care during the COVID-19 pandemic in the United States. Health Affairs 40(2):349-358,2010[量的研究]

新型コロナウィルス感染症(以下、コロナ)はテレメディスン(以下、オンライン診療)の急激な増加を促進したが、その利用がパンデミック期間中に臨床的要因や患者側の要因により、どの程度ばらついているかは明確ではない。外来受診総数とオンライン診療の、患者の人口学的特性、医師の専門診療科、および疾病ごとのバラツキを、民間保険加入者およびメディケア・アドバンテージ(メディケア・パートC)加入者1670万人の2020年1-6月の商業データベースを用いて調査した。1月1日~3月17日のデータを「パンデミック前」、3月18日~6月16日のデータを「パンデミック期間」とした。メディケアはコロナ流行後、オンライン診療の償還を大幅に拡大し、多くの民間保険もそれに追随した。オンライン診療には聴覚・画像情報を含むものと、聴覚情報のみのもの(audio-only telemedicine)を含んだ。

パンデミック期間中、外来受診総数の30.1%がオンライン診療で提供されていた。1週間当たり受診回数は、パンデミック前と比べて、23倍も増加した。ただし、外来受診総数はパンデミック前に比べて35.0%減少していた。オンライン診療利用は貧困率の高い郡(county)では低かった(貧困率の低い上位4分の1の郡では31.9%、下位4分の1の郡では27.9%)。専門診療科別に、何らかのオンライン診療を利用していた割合を見ると、内分泌科医の68%から眼科医の9%まで、幅があった。主要疾病(common conditions)別にオンライン診療利用の割合を見ると、うつ病の53%から緑内障の3%まで、幅があった。主要疾患のうちオンライン診療の利用率が高いものでは、パンデミック期間中の外来受診数の減少が少ない傾向が見られた。

二木コメント-アメリカのオンライン診療が、コロナ・パンデミック中に激増したこと、しかしその利用には大きなバラツキがあることがよく分かります。オンライン診療の研究者必読と思います。なお、少し古いですが、コロナ・パンデミック前のアメリカのオンライン診療(遠隔診療)については次の文献が参考になります:「米国における遠隔診療に関する調査」2017年12月24日(2018年2月8日開催の第1回情報通信機器を用いた診療に関するガイドライン作成検討会の資料2-3。ウェブ上に公開)。

○[アメリカ・オーストラリア・カナダにおけるオンライン診療の最新動向とコロナ・]パンデミック後のオンライン診療への支払い
Mehrotra A, et al: Paying for telemedicine after the pandemic. JAMA 325(5):431-432,2021.[評論]

新型コロナ・パンデミック時の医療提供制度面での主要なプラスの変化の1つはオンライン診療が急速に普及したことである。パンデミックのピークだった2020年4月には、外来診療に占めるオンライン診療の割合は、オーストラリアで38%(メディケア)、アメリカで42%(民間保険)、カナダ・オンタリオ州では77%に達した。オンライン診療の多くは電話による診療で、カナダとオーストラリアではそれがオンライン診療全体の90%を占めている。オンライン診療の急拡大の一因は、各国政府がそれに対する保険支払いを一時的に拡大したためであるが、各国はパンデミック後のオンライン診療をどう扱うかで、ジレンマを抱えている。患者と医師はオンライン診療の便利さとアクセスしやすさを歓迎しているが、政府は医療費増加を懸念している。例えば、不必要な電話による診療(短時間の診察を繰り返すこと)や、診断や検査の不正請求である。オンライン診療が都市部の高所得患者中心に利用され、医療格差を拡大する危険もある。

パンデミック後のオンライン診療の普及は、パンデミック前とパンデミック中との中間になるであろう。オンライン診療はすべての医療技術と同じように医療費を増加させるであろうが、給付決定はそれの価値(医療のアウトカムやアクセスの改善)に基づいてなされるべきである。給付を特定の患者集団に限定することもあり得るが、アメリカ議会は2020年12月に精神疾患へのオンライン診療の給付の恒常化を決定した。もう1つの選択は、電話のみによるオンライン診療を保険給付すべきか否かである。画像情報のない電話による診療は医療の質が低いだけでなく、過剰利用の危険がある。他面、電話による診療が合理的な状況もあるし、コンピュータやスマートフォン等を使えず、電話による診療しか受けられない患者もいる。

重要な論点は、オンライン診療に対する支払額で、これには2つの異なった視点がある。1つの視点は、オンライン診療に要する時間と資源で支払額を変えることであり、この場合は電話による診療の支払額は下げることになる。もう1つの視点は、医師がオンライン診療に対する支払額により、オンライン診療か対面診療かを選択することである。オンライン診療の過剰利用を抑制するために、政府は支払額を抑制すべきとの主張もある。これらは短期的論点だが、長期的には、オンライン診療の多様な方式により支払額をどう変えるかという問題もあり、この議論を避けるためには、人頭払い(population-based payment models)に移行すべきとの主張もある。

二木コメント-アメリカ(ハーバード大学医学部医師)、カナダ、オーストラリアの3人の研究者の共著論文です。論文のタイトルは、「パンデミック後のオンライン診療への支払い」ですが、それは論文の後半で述べられており、前半ではアメリカ、オーストラリア、カナダにおけるパンデミック中のオンライン診療の激増とその特徴が簡潔に示されており、これら3か国におけるオンライン診療の最新動向と政策上の論点を鳥瞰できます。日本と同じく、3か国でも、オンライン診療の多くは電話によるものです。私は、本論文が「オンライン診療はすべての医療技術と同じように、医療費を増加させる」と予測していることに注目しました。

○[医療]チームは患者満足にどのように影響するか:実証研究の文献レビュー
Hoff T, et al: How teams impact patient satisfactions: A review of the empirical literature. Health Care Management Review 46(1):75-85,2021[文献レビュー]

医療チームの活用が増えており、それの患者満足への影響についてより深く研究する意義がある。「患者中心の医療」や「消費者参加(engagement)」をめぐる医療産業の趨勢を踏まえると、患者の満足や患者の経験が中心的課題になっている。本文献レビューは2000~2017年に発表された文献で、チームと患者満足の関係(linkages)の分析を含んでいる実証的研究を調査し、その際、医療チームの存在自体及び特定のチームの特性(結合(cohesion)など)が患者満足に影響すると想定する。PubMedなど4種類のデータベースを用いて、PRISMA(A Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analysis)に準拠した体系的文献レビューを行い、チームと患者満足の潜在的関係を検証している文献を探索した。

選択基準に合致した24文献の詳細なレビューにより、以下の2つが分かった。(a)チームと患者満足の関係を検証した現存文献は、研究デザイン、概念構成(チームの定義とチームの構成要素等)、及び変数の操作化の点で弱点(limitations)があるため、研究の主要部分の信頼性が低くなっている。(b)それにもかかわらず、現存文献は医療チームの存在が患者満足に肯定的影響を与えうる事例が存在することを示唆している。今後の研究では、研究デザインを改善し、操作化をより明確にし、チームと患者満足の測定をより厳密にし、さらに外来医療場面でのチーム・患者満足研究も行うべきである。

二木コメント-チーム医療と患者満足の関係についての最新の厳密な文献レビューで、チーム医療の研究者必読と思います。やや意外なことに、チーム医療の患者満足向上効果がまだ厳密には証明されていないようですが、それだけに今後の実証研究の進展が期待されます。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その196)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

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5.大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2021年度版,ver.23)

(別ファイル (PDFファイルPDF))

2020年度版に追加した11冊(改訂版への差し替えの1冊は除く。ゴチックは私のお薦め)

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番外: 「医療・福祉研究塾(二木ゼミ)」2021年度のご案内

私は2018年4月以降、日本福祉大学定年退職後の「社会貢献活動」(プロボノ)として、医療・福祉領域の(実証)研究能力を身につけるか、磨くことを希望する方を対象にして、研究会を月1回開催しています。

2021年4月から新年度(第4年度)が始まるので、新たに参加希望者を募ります。

○2021年度は、1月以外、毎月第3土曜日の午後1時半~4時半(または5時)に開催
*日程:4月17日、5月15日、6月19日、7月17日、8月21日、9月18日、
10月16日、11月20日、12月18日、2022年1月22日、2月19日、3月19日。
○リアル会議とZoomの遠隔会議のハイブリッドで行います。リアル会議はJR名古屋駅近くの会議室(原則としてウィンクあいち)で開催します。参加者は毎回約30人です。
○毎回3時間、「ゼミ形式」で行います(「臨時副報告」のある日は3時間半)。
*冒頭、参加者全員の「30秒スピーチ」(約15分)と私からの情報提供(約20分)。
*第1部(約45分):私の著作等をテキストとし、ゼミ生が報告し討論(報告25分+討論20分)。2021年度のテキストは、二木『コロナ危機後の医療・社会保障改革』と『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』の終章(各1回。4・5月)、浜田陽太郎『「高齢ニッポン」をどう捉えるか』(4回。6~9月)、及び権丈善一『ちょっと気になる政策思想』(5回。10月~2022年2月。+3月に権丈氏の特別講義)。
*休憩10分。
*第2部(約75分):参加者2~3人が自己の研究計画・学会発表等について報告し討論 (主報告25分+討論25分、副報告15分+討論10分)。テーマは各自が自由に選択。
*レポート枚数:第1部と第2部主報告はA4判(40字×40行)4枚。第2部副報告は同2枚。
※レポートは毎月の塾の1週間前の午後6時までに私にメールで提出。それらを私が添削してPDFファイル化し、「通信」と共に、ゼミ開催週の月曜日にゼミ生にメール配信。
○参加者の義務:毎回、テキストを事前に読み、質問や意見等を考えておく。
毎回、30秒スピーチ以外に、最低1回発言する。
毎月、「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」に目を通す。
参加者の努力目標:単にお勉強するだけでなく、自分で研究論文を書くよう努力する。
年間、二分の一以上出席するよう努力する。
年1回は自己の研究計画等について発表するよう努力する。
○会費:年間6000円(昨年度の1回1,000円の参加費から変更)。

参加を希望される方は、二木(niki@n-fukushi.ac.jp)まで直接メールでお申し込み下さい。
その際、所属と簡単な自己紹介を書いてください。希望者は原則として全員受け入れます。
参加希望者には折り返し最新の「二木ゼミ通信(君たち勉強しなきゃダメ)」を送ります。

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