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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻28号)』(転載)

二木立

発行日2006年12月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)


目次


本「ニューズレター」27号(前号)の訂正:

(1)拙論1(安倍政権の医療政策の方向を読む)中の伊藤<元重>氏は、伊藤<隆俊>氏の誤記です。

(2)私の学位請求論文の題名は「介護保険の総合的研究」ではなく、「介護保険制度の総合的研究」です(「制度」が抜けていました)。

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1.拙論:医療制度改革関連法による医療制度改革の見通し

(「二木教授の医療時評(その35)」『文化連情報』2006年12月号(345号):28~34頁)

はじめに-広い視野と中長期的視点から考える

今回は、本年6月に成立した医療制度改革関連法による今後の医療制度改革の見通しを、医療提供制度改革を中心にして、概括的に検討します。ただし、そのうち「介護療養病床の再編・削減」については、すでに本「医療時評(その32)」(1)で詳細に論じましたので、繰り返しません。本稿の大半は、私個人の価値判断とは別の「客観的」将来予測です。

具体的な見通しを述べる前に強調したいことがあります。それは<広い視野と中長期的視点から今後の医療制度改革を考える>必要があることです。この点について、2点述べます。

第1点は、<2006年の一連の制度改革で、今後5~10年間の改革の「大枠」は明確になった。その結果、このままでは、「世界一」厳しい医療費抑制政策が今後一段と強化される危険がある。ただし、改革がすべて厚生労働省の思惑通りに進むとは限らない>ことです。そもそも、今回の改革方針には、療養病床の再編・削減方針をはじめとして、短期間にいわば促成栽培で作られたものが少なくないため、厚生労働省自身が改革の細部はまだ十分に詰めきれていません。そのために、今後、日本医師会や病院団体等が、国民・患者の支持を得られる正当な対案を提示すれば、それらの一部が採用される可能性も十分にあります。この意味で未来の「細部」はまだ決まっていないと言えます。

なお、医療関係者の中には、いまだに「先が見えない」、「厚生労働省は確たるビジョンを持っていない」等と嘆いている方がいますが、これは不勉強以外の何ものでもありません。好むと好まざるとにかかわらず、今後の医療提供制度の「大枠」が現在ほど明確になった時代はないのです。

第2点は、<今後も、日本医療の2つの柱(国民皆保険制度と民間非営利医療機関主体の医療提供制度)の「大枠」は維持され、新自由主義的医療改革の全面実施はありえない。ただし、両者とも周辺部分から崩れる(崩される)危険性がある>ことです。国民皆保険制度が周辺部分から崩される危険については、後述します。民間医療機関主体の医療提供制度が周辺部分から崩される危険とは、現在医療特区に限定されている株式会社による医療機関経営が徐々に拡大されることです。ただし、本「医療時評」で何度も述べた「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」があるので、それが全面的に解禁されることはありえない、と私は判断しています。

2006年診療報酬改定の第6の特徴

医療制度改革関連法による今後の医療制度改革の見通しに入る前に、拙論「2006年診療報酬改定の意味するもの」(2)について1点補足します。

この拙論で、私は、2006年診療報酬改定の全体的特徴として、以下の5点をあげました。(1)1981年改定以来、25年(四半世紀)ぶりの医療制度の包括的改革の先駆け。(2)診療報酬改定史上最大のマイナス改定。(3)中医協の権限の大幅縮小による厚生労働省ペースの改定。(4)厚生労働省自身が標榜していた「根拠に基づく」改定の否定と「勘と度胸だけ」の強引な改定手法の復活。特に療養病床入院基本料の「恣意的引き下げ」はルール違反。(5)混合診療部分拡大の政府決定にもかかわらず、特定療養費制度の拡大は見送られた。そして私は(1)~(4)は批判しましたが、(5)だけは肯定的に評価しました。

この拙論を書いた後、私は2006年診療報酬改定にはもう1つ、第6の全体的特徴があると考えるようになりました。それは、医療保険制度の急性期・亜急性期「医療」保険への純化です。これには2つの側面があります。1つは、上述した第5の特徴と重なりますが、急性期・亜急性期医療については高度医療や手厚い医療も保険給付し、混合診療は極力排除・抑制したことです。その象徴は、心臓移植を含めた4移植術が一気に保険適用されたことです。私がかつて専門にしていたリハビリテーション医療に関しても、急性期・亜急性期については1日最大3時間の訓練(理学療法・作業療法・言語聴覚療法の合計)が保険給付されることになりました(今までは最大2時間)。これはアメリカ並みの高水準です。実は、昨年10月には、混合診療の部分解禁の一環として、制限回数を超えるリハビリテーションの混合診療が認められたのですが、今回の改定により、少なくとも急性期・亜急性期のリハビリテーションについては混合診療の入り込む余地はなくなったと言えます。

他面、2006年の診療報酬改定では、慢性期医療はリハビリテーション医療を含めて大幅に切り捨てられるか、介護保険給付へ移行することになりました。本年10月からは、医療療養病床に入院している慢性期入院患者の食費・居住費も保険給付から外され、原則自己負担化されました。これは、食費・居住費を含めて給付対象とするというかつての医療保険給付の大原則から見れば、慢性期医療の混合診療化と言えます。この大原則の一角を最初に崩し、入院患者の食費の材料費相当分を自己負担化したのは、1994年の健康保険法「改正」でした。

第1の見通し-包括的制度改革による過剰な医療費抑制

次に、医療制度改革関連法による今後の医療制度改革の見通しを6点述べます。

第1の見通しは、1980年代前半の「第一次保険・医療改革」(これは厚生省自身による規定)以来、四半世紀ぶりの包括的改革であり、この改革がこのまま実施されると、「世界一」厳しいわが国の医療費抑制政策がさらに強化され、医療費が過剰に抑制される危険が大きいことです。池上直己氏も、新著で「2006年からの医療改革」により、医療費が「過剰に抑制される危険性がある」と指摘されています(3)。

ただし、ここで2点指摘しておきたいことがあります。まず、医療制度改革関連法を「抜本改革」と呼ぶ方が少なくありませんが、私はそれは不適切だと思っています。なぜなら、今回の法改正はきわめて包括的ではあるが、内容的には伝統的な医療費抑制・患者負担拡大の延長上の「部分改革」であり、新自由主義的改革はほとんど含んでいないからです。

私がもう1つ私が指摘したいのは、医療制度改革関連法の大前提とされている、生活習慣病対策による医療費抑制は「机上の空論」なことです。私の知る限り、生活習慣病対策による医療費抑制効果を証明した大規模な実証研究は国内外にまったくありませんし、そのように主張している医療経済学研究者はほとんどいません。

ただし、公衆衛生学研究者の中には、主観的願望または政治的思惑から、そのように主張している方も少数います(4)。

「平均在院日数の短縮」の方針転換

その結果、今後の医療費抑制の主役は、患者負担の増加・保険給付範囲の縮小と平均在院日数の短縮になるのです。しかも、平均在院日数の短縮は、従来は急性期病床(一般病床)の平均在院日数の短縮を意味していたのですが、今回の改革では療養病床を再編・削減し、それにより病院病床全体の平均在院日数を短縮するよう方針転換しています。急性期病床の平均在院日数を短縮するためには、医師・看護師等の配置水準を高めて濃厚な医療を行う必要があり、それにより1日当たり医療費(日当点)が急増するため、入院医療費総額(日当点×在院日数)も増加する可能性が大きいことは、医療経済学の常識です。 私は、厚生労働省も遅まきながらこの事実に気づいて方針転換した、と想像しています。この点についての厚生労働省の公式発表はありませんが、松谷有希雄医政局長は全日病幹部との座談会で、以下のように率直に本音を述べています。「急性期にこれ以上の[在院日数の-二木]短縮化はあまり期待できないと考えています。これ以上の短縮化は、かえって医療費を増やすことになりかねないからです。つまり、平均在院日数短縮化によって医療費適正化が期待できるのは療養病床であり、その転換を図るということは既定の方針です」(5)。

なお、厚生省が「長期入院の是正」による医療費削減を公式文書で初めて提起したのは、今から19年前の1987年6月に発表した「国民医療総合対策本部中間報告」においてです。当時、私は「長期入院の是正」そのものには賛意を表明しつつ、それにより厚生省の思惑とは逆に「医療・福祉費が増加する」と指摘しました(6)。この論文は、当時厚生省の担当者からも「中間報告に対する…唯一の本格的な論文であり、厚生省内部も含めて相当なインパクトを与えた」と評価されましたので、興味のある方はお読み下さい。

第2の見通し-医療・介護保障制度の部分的公私2階建て化の加速

第2の見通しは患者負担の大幅拡大と「特定療養費制度の再構成」(保険外併用療養費化)により、医療・介護保障制度の部分的公私2階建て化が加速されることです。この結果、多額の負担を支払えない低所得層の受診機会が抑制される危険が大きいと思います。 しかも老人保健法改正(高齢者の医療の確保に関する法律)により、保険料滞納者からの保険証取り上げ(資格証明書交付)の対象が高齢者にまで拡大されました。これにより今後高齢者を中心として事実上の「無保険者」が相当数生まれ、すでに国民健康保険で部分的に始まっている国民皆保険制度の空洞化が加速される危険があります。

他面、都市部の中・上所得層-具体的には大企業・官公庁の労働者やそのOBである厚生年金受給者-は負担増と引き替えに、現在よりも良質な医療・介護を享受可能 になることも見落とせません(7)。

第3の見通し-医療機関の「二極分化」が進むが2つの留保条件

第3の見通しは、「医療計画制度の見直し等を通じた医療機能の分化・連携」(これは厚生労働省の公式の表現)により、医療機関の「二極分化」が進むことです。このことは、医療関係者の常識と言えます。ただし、私は通説と異なり、これに2つの留保条件をつけています。

第1の留保条件は、医療機関の機能分化・連携は医療機関の保健・医療・福祉複合体化
(医療機関の保健・福祉分野への進出。以下、「複合体」化)と対立物ではなく、両者は競争的に共存することです。このことを強調するのは、いまだに、医療・福祉施設の連携と「複合体」とを対立的に捉える医療・福祉関係者が少なくないからです(8:97頁)。

例えば、わが国で医療機関の地域連携が飛び抜けて進んでいることで有名な熊本市とその周辺の医療機関の実態を見ると、医療連携の頂点に立っている5つの公的大病院は急性期医療に特化していますが、地域連携に参加している民間中小病院の大半は、地域密着型の急性期病院から慢性期病院まで、老人保健施設、特別養護老人ホーム、ケアハウス、訪問・通所ケア施設等の保健・福祉施設のすべてまたはいずれかを有する「複合体」でもあります。具体的には、熊本県医療法人協会加盟の44病院中39病院(88.6%)がなんからの介護保険事業を実施しています(同協会事務長会「連携強化のための施設概況」(2006年7月1日現在)等から試算)。

第2の留保条件は、「勝者一人勝ち(winner-takes-all)」が生じることが多い一般の産業とは異なり、医療には地域性という特徴があるために、単独または少数の医療機関が全国はもちろん特定地域の医療市場全体を独占的に支配するような事態は起こりえないし、医療機関の「二極分化」も時間をかけて緩やかに生じ、短期間での激変は生じないことです。例えば、ほんの数年前までまことしやかに主張されていた短期間での一般病床半減はありえませんし、急性期病院のすべてがDPC適用になるわけでもありません。

なぜなら急性期医療を1日当たり医療費が非常に高い高機能病院のみに集約すると、それほど濃密な医療を必要としない患者(慢性疾患が急性増悪したために入院が必要となった高齢患者等)までもがそれら病院に入院する結果、入院医療費が現在よりも大幅に増加し、医療費抑制という「国是」に反するからです。そのために私は、厚生労働省は、医療費抑制という視点からも、現在の一般病院の4層構造((1)大学病院、(2)大学病院以外のDPC適用病院、(3)それ以外の急性期病院、(4)亜急性期病院)を今後も長期間維持すると予測しており、私もそれは合理的だと判断しています(8:162頁。ただし同書では、(2)は「急性期(特定)入院加算病院」と表記)。

第4の見通し-「在宅ターミナルケア」は急増しない

第4の見通しは、厚生労働省の誘導政策により、「在宅医療の充実」は現在よりも進むが、「在宅ターミナルケア」の急増はなく、今後もターミナルケアについては病院の役割が大きいことです。なぜなら、厚生労働省の担当者自身(福田祐典保険局企画官)が認めているように、重症な慢性期患者の在宅(自宅での)ケアへの移行は、「医療の側面だけで応援しても不十分」だからです(『Doctor's Magazine』2006年6月号13頁)。厚生労働省は、在宅ターミナルケアの拡充により医療費を5000億円も節減できると発表していますが、これは「捕らぬ狸の皮算用」です。

論より証拠。全国的に見ると、在宅ターミナルケアは特に長野県で進んでいると言われていますが、同県内でそれをもっとも先駆的に行ってきた佐久総合病院や下伊那郡泰阜村では、近年、在宅死亡患者の割合は漸減傾向または横這いです(9,10)。

ここで見落としてならないことは、厚生労働省が療養病床の再編・削減で目指しているのは、在宅(自宅)ケアの拡大ではなく、事実上の小規模施設である「居住系サービス」の拡大なことです。この点は、後述します。

第5の見通し-医療機関の「複合体」化の加速

第5の見通しは、医療保険と介護保険との役割分担により医療保険の給付範囲が縮小される反面、保健・医療・福祉(介護)サービスの連携と統合が推進される結果、医療機関の「複合体」化がさらに進むことです。

先に述べたように、厚生労働省が今後、医療保険制度の急性期・亜急性期「医療」保険への純化を強力に進めることは確実ですが、医療制度改革関連法(医療法改正)や改正介護保険法は保健・医療・福祉(介護)サービスを提供する施設・事業者が連携し、患者・利用者が必要とするサービスを切れ目なく提供することも求めています。

原理的にはそれには2つのやり方があります。1つは独立した施設・事業者どおしが連携しネットワークを形成すること、もう1つは医療機関が「複合体」化し、保健・医療・福祉(介護)サービスのすべてまたは一部をワンセットで提供することです。しかし、現実的には、全面的なネットワーク化はごく一部の地域を除いて困難であるため、今後医療機関の「複合体」化がさらに進むと私は予測しています。そのために、私は2006年の一連の制度改革(特に医療制度改革関連法と改正介護保険法)は、「複合体」への第2の追い風になると判断しています。第1の追い風とは、2000年の介護保険制度創設です。

ただし、第1の追い風時とは違いが2つあります。1つは、介護保険制度創設前後には、老人保健施設や特別養護老人ホームを開設するだけで10%を超える高い利益率が事実上保証されていましたが、その後2回の介護報酬引き下げと改正介護保険法により、今後はどの介護保険事業でもそのような高い利益率はもはや望めないことです。それだけに、複合体にはマネジメント能力の向上が求められていると言えます。

入所施設中心から「居住系サービス」中心への転換

もう1つの違いは、今後新しく形成される「複合体」のサービス提供形態が相当変わることです。具体的には、介護保険の3種類の入所施設(介護療養病床、老人保健施設、特別養護老人ホーム)中心から、「居住系サービス」中心への転換です。

ここで「居住系サービス」とは「自宅以外の多様な居住の場」における在宅医療サービスを意味し、ケアハウス、有料老人ホーム、グループホーム等の小規模多機能施設、高齢者専用賃貸住宅等が含まれます。これらのうち最近特に注目されているのは高齢者専用賃貸住宅で、その理由は、この住宅が本年の介護保険制度改革により始まった市町村の有料老人ホーム規制の対象からは除外される反面、介護保険法上の特定施設になることはできるからです。

「居住系サービス」は、介護保険に比べて小規模であり、開設するために必要なスタッフ、土地や投下資本もはるかに少なくてすみます。そのために、今後は、都市部を中心に、診療所や中小病院の「複合体」化が急速に進むのは確実であり、その動きはすでに現実化しています(11)。

ただし、「居住系サービス」の大半は、中・高所得層の高齢者を対象にしたものであり、最低でも10万円を超える利用料を負担できない低所得高齢者が利用可能な安価な入所施設や「居住系サービス」は、特に大都市部では、現在よりもはるかに制限されることになります。

「複合体」には在宅療養支援診療所が不可欠に

さらにこれからの「複合体」には、これら「居住系サービス」の医療を支援するための在宅療養支援診療所が不可欠の構成要素になると思います。一般には、在宅療養支援診療所の目的は、在宅(自宅での)ケアの支援と理解されていますが、私はそれの隠れたもう1つの目的は、医療サービスが手薄な居住系サービスに「外付け」で医療サービスを提供して、重症な慢性期患者を支えることだと判断しています。このことは、特定の居住系サービスと「特別な関係」にある診療所も、在宅療養支援診療所の対象とされたことにも現れています(1)。

しかも、在宅療養支援診療所の施設基準に含まれる患家との24時間の往診・連絡体制や、他病院と連携しての入院可能な病床の確保、訪問看護ステーションとの連携は、単独の診療所よりも「複合体」所属の診療所の方がはるかに効率的に行うことが可能です。

私は、2006年診療報酬改定により、病院の外来分離は下火になると判断しています(2)。他面、病院、特に「複合体」に所属する病院の在宅医療部門の分離(在宅療養支援診療所化)は今後相当進むとも予測しています。

第6の見通し-医療法人制度改革

第6の見通しは、医療法第5次改正に盛り込まれた医療法人制度改革により、医療機関の非営利性の徹底と透明で効率的な医療経営への要請が格段に強まることです。非営利性の徹底について具体的には、一般の医療法人に比べて公益性の高い「社会医療法人」が創設されるとともに、今後新設される医療法人は「出資額限度法人」に限られ、現行の出資持ち分のある医療法人もそれへの円滑な移行が図られることになりました。この法改正により、現在医療法人の大半を占めている出資持ち分のある医療法人は、法的には「経過措置」(水面下の例外的施設)に置かれました。

この改革は、従来の出資持ち分のある医療法人規定のままでは、医療法人は事実上の営利法人であり、株式会社の医療機関経営の解禁を阻む根拠はないとの規制改革・民間開放推進会議等の主張に論理的に対抗しにくいために行われました。この改革は大枠では、私の長年の主張とも一致しており、歓迎できます。

なお、社会医療法人は当初、現行医療法人の非営利性を徹底するための法人として構想されましたが、最終的には、自治体病院の民営化の受け皿の役割も担うことになりました。1980年代から削減が進められた国立病院と異なり、自治体病院は最近までほとんど一定数を保ってきました(都道府県立は310前後、市町村立は770前後)。しかし今後は、自治体の財政難と「平成の大合併」による市町村数の激減を背景として、相当数の自治体病院が社会医療法人に移行する可能性があります。

医療法人制度改革には、これ以外にも見落としてならない改革が2つあります。1つは、医療法人が自治体病院の指定管理者となることが可能になったこと、もう1つは医療法人が有料老人ホームを設置・運営できるようになったことです。前者は今後自治体病院を公設民営化するための布石であり、後者は療病病床の有料老人ホームへの転換を促進するための布石と言えます。ただし、現時点では、どこまで厚生労働省の思惑通りに進むかは不透明です。

以上、医療制度改革関連法による今後の医療制度改革の見通しについて、主として医療提供制度を中心に、概括しました。医療制度改革関連法のうち、高齢者医療制度・健康保険制度改革の理念・立法技術上の問題点は、堤修三氏が大論文「医療制度改革関連法を読んで」(12)で詳細に論じられているので、ぜひお読み下さい。私がこれに新たに付け加えることは何もありません。

[本稿は、10月9日に開催された第55回日本農村医学会学術総会と10月19日に開催された第44回日本病院管理学会学術総会での特別講演「21世紀初頭の医療改革と医療者の自己改革」の一部に加筆したものです]

文献

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2.2006年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その7):8論文

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○「[治療の]介護者効果の経済評価への統合」(Dixon S, et al: Incorporating carer effects into economic evaluation. Pharmacoeconomics 24(1):43-53,2006)[量的研究]

特定の治療が患者本人だけでなく介護者の介護時間とQOLにも良い効果をもたらすことは先行研究で確認されているが、費用効果分析ではこの点についての検討は十分に行われていない。そこで本研究では、イギリスの2つのデータセット(教育病院退院患者の追跡調査とアルツハイマー病の患者・介護者調査)を用いて、患者のQOLと介護者の介護時間・QOLとの関連について調査した。これらのデータセットは、ともに患者・介護者の効用をEuroQOLにより測定していた。その結果、患者の効用・機能レベルの低下は介護者の介護時間の増加と関連していた(詳しい調査結果は略)。この結果に基づいて、著者は患者のQOLの改善は介護者の介護時間を減らし、QOLを向上させるという効果があるので、費用効果分析により特定の治療の1QALY(質を調整した生存年)当たり費用を計算する際には、この介護者効果も統合すべきと主張している。

二木コメント-伝統的な費用効果分析・費用効用分析の盲点をついた「無視するには重要すぎる」実証研究(本論文のコメンテーターBrouwerの表現。39頁)であり、臨床経済学や介護の経済学の研究者の必読文献と思います。訂正:私は『医療経済・政策学の視点と研究方法』(勁草書房,23頁)で、「医薬品経済学の研究動向を知るためには、PharmacoEconomics誌が不可欠」と書きました。しかし、この紹介は狭く(古く)、現在では同誌には、医薬品経済学に限らず、臨床経済学(医療の経済評価)一般の高水準の論文が掲載されています。

<健康増進・生活習慣病対策・介護予防関連>

○「健康の自己責任を強いること」(Imposing personal responsibility for health. New England Journal of Medicine 355(8):753-756,2006)[評論]

健康の自己責任の概念とは、もしわれわれが健康なライフスタイル(運動、肥満の予防、禁煙)を守り、しかも良い患者(受診予約を守る、医師の助言に従う、病院の救急外来は救急時にのみ利用する)であれば、健康状態が良くなり、しかも医療費が安くなるというものである。アメリカでは、健康の自己責任を促進するためのたくさんの試みが行われており、2006年の世論調査では、国民の53%が、不健康なライフスタイルの人々に対しては医療保険料や患者負担を引き上げることが「公正」だと考えている。

このような機運を背景として、ウェスト・バージニア州(アメリカ東部。人口180万人)では他州に先駆けて、健康の自己責任を強化するメディケイド(医療扶助)の改革を行い、連邦政府も2006年6月にそれを承認した。この改革により、65歳以上の高齢者と障害者を除いたメディケイド受給者(総数の約5割)の基本給付を引き下げた上で、「メディケイド受給者同意書」にサインしそれを遵守する受給者に限定して種々の追加給付を認めることになった。この同意書には、「私は健康であるために最大限の努力をします」、「私は予約時刻を守って受診します」等13項目の義務と、7項目の権利が含まれている。

しかし、メディケイド受給者が同意書にサインすることによりライフスタイルを変えると健康が改善するとのウェストバージニア州の仮説は、証明されておらず試験されてもいない。しかも、たとえそれにより医療費が削減できたとしても、管理費用の増加や追加給付の費用増により相殺されてしまうかもしれない。

健康の自己責任とそれによる健康増進は直感的には魅力的だが、そのための医療保険改革をデザインし実施することは非常に複雑であり、本格的に実施する前に第3者によるランダム化試験を行って厳密に評価すべきである。その結果それが健康増進や医療費の節減をもたらさないことが明らかになった場合には、それの実施は取りやめるか変更すべきである。

二木コメント-著者の最後の勧告は、日本における医療制度改革関連法による生活習慣病対策にもそのまま当てはまると思います。

○「ヘルスプロモーションのランダム化比較試験の擁護」(Rosen L, et al: In defence of the randomized controlled trial for health promotion research. American Journal of Public Health 96(7):1181-1186,2006)[評論]

ライフスタイルが死亡率、有病率、QOLに与える影響の証拠が急増するにつれて、ヘルスプロモーション(健康増進活動)に対する関心が高まっている。しかし、それの効果判定手法については激しい論争が生じており、ランダム化比較試験(以下、RCT)の否定論が強まっている。例えばWHOは1998年に「ヘルスプロモーションのRCTの使用はほとんどの場合不適切である」との政策担当者への勧告を発表している。

本論文では、RCTの意義を否定する8つの主張の妥当性を検討する:(1)あるプログラムを一部の個人や集団に提供しないのは不公正、(2)ヘルスプロモーションプログラムは複雑で多面的であるため、RCTによる単一で単純な指標では評価できない等。しかし、これらの主張はRCTのやり方を少し変更することで克服することができる。例えば、個別のランダム化に代えて、群ランダム化(cluster randamization)を行うことである。ヘルスプロモーションの研究者は、適切でかつ実用的なRCTのやり方を開発すべきである。

二木コメント-私は、WHOがヘルスプロモーションのRCTの役割を否定していることは知りませんでした。本論文のロジックは、ヘルスプロモーションに限らず、すべての保健医療プログラムのRCTの擁護に使えると思います。

○健康の不平等に取り組むための政策・介入の根拠の土台の開発:「公衆衛生レジーム」による分析(Asthana S, et al: Developing an evidence base for policies and interventions to address health inequalities: The analysis of "public health regimes" Milbank Quarterly 84(3):577-603,2006)[規範的研究]

イギリスでは、体系的文献レビューが医療政策策定のための重要な方法になってきており、特に健康の不平等についての政策形成では、それは今や根拠に基づく医療だけでなく根拠に基づく公衆衛生でも用いられるようになっている。本論文では、体系的文献レビューを独立したツール(stand-alone tool)として用いる政策決定の限界を検討し、根拠をより有効に用いる補完的手法を提起ている。それは、体系的文献レビューとそれ以外の根拠を「公衆衛生レジーム」というより広い分析枠組みに統合することである。公衆衛生レジームの定義は、公衆衛生そのものと公衆衛生介入の適切性・効果に影響する、特定の法的、社会的、政治的、経済的構造である。国レベルでは、この手法は政策枠組みの全レベルでの分析を促進する点で、個々の介入にのみ焦点を当てる現在の手法とは異なる。国際的レベルでも、この手法により、様々な文脈で効果があり一般化可能な政策・介入と特定の条件が揃わないと成功しない政策・介入とを識別することができる。

二木コメント-医療政策研究の原理論と言えます。著者の「公衆衛生レジーム」はやや思弁的ですが、体系的文献レビューのみに依存した政策形成の限界の指摘は重要と思います。ただし、日本では「勘と度胸だけ」の政策決定が大手をふるっており、イギリスとは次元が違いすぎます。

○プライマリケアでの肥満スクリーニングの効果:証拠の重み付け (Wilson AR, et al: The effectiveness of screening for obesity in primary care: Weighing the evidence. Medical Care Research and Review 63(5):570-598,2006)[文献レビュー]

アメリカでは肥満者の増加に対応して、医師がプライマリケアの場で肥満者のスクリーニングと治療を行うべきとの勧告をさまざまな組織が発表している。例えば、アメリカ予防サービス・タスクフォースは、すべての成人を対象にして肥満のスクリーニングを行い、肥満と判定された人々すべてに集中的治療を行うべきと勧告している。一般に疾患のスクリーニングは、次の条件を満たすときには、効果的な介入手段と言える:当該疾患が重大でしかも罹病率が高く、正確なスクリーニン法と効果的な治療法が存在し、スクリーニングプログラムそのものが健康を害するリスクを持っておらず、早期発見・早期治療がアウトカム(死亡率や罹病率、QOL)を改善する。

しかし、肥満のスクリーニングについてこれら諸点を体系的かつ実証的に検討した研究は存在しない。本論文では、上記の基準に基づいて、スクリーニングの効果についての先行研究を批判的に検討した結果、肥満のスクリーニング・治療の効果にはまださまざまな不確実性があることが明らかになった。例えば、体重減少によりアウトカムは短期的にも長期的にも改善するとの報告があるが、長期的効果の計測については方法論上の問題があるし、逆に体重減少により死亡率が高くなるとの報告もある。そのため、著者は、現時点では、上記タスクフォースの勧告を実施しても、それによりアウトカムが改善するとは考えにくいと結論づけている。最後に著者は、肥満の「医療化(medicalization)」により、肥満の環境的・社会的原因が見落とされることにも注意を喚起している。

二木コメント-日本の生活習慣病対策では、肥満のスクリーニング・治療により健康状態が改善することを当然の前提にしていますが、それについては「不確実性」が大きいことがよく分かります。本論文では膨大な先行研究が引用されていますが(文献欄だけで10頁!)、肥満のスクリーニングで医療費が抑制できるとの実証研究はないようです。

○2型糖尿病に対する予防的介入の効果対費用:体系的文献レビュー」 (Sylvia MC, et al: Cost effectiveness of preventive intervention in type 2 diabetes mellitus : A systematic literature review. Pharmacoeconomics 24(5):425-441,2006)[文献レビュー]

各種データベースを用いて収集した2型糖尿病(旧称・インスリン非依存型糖尿病)に対する予防的介入の経済評価を行った78論文のうち、比較対照群があり、しかも延長した余命またはQOLY(質を調整した生存年)1年当たり費用を示している費用効果分析・費用効用分析23論文を対象として、体系的文献レビューを行った。これらの文献は1990~2004年に発表された英語論文でしかも、介入対象は白人である。予防戦略は、一次予防(糖尿病のハイリスク者または一般成人を対象とした発症予防)、二次予防(スクリーニングによる早期発見・早期治療)、三次予防(糖尿病患者の厳格なフォローアップと治療により重大な合併症の発症を予防または遅延)に分けた。三次予防の方法は、患者教育、食事療法と運動、体重減少・高脂血症治療・高血圧治療等の薬物療法であった。各論文の経済評価の質は、「イギリス医師会雑誌チェックリスト」を用いて判定した。

その結果、糖尿病の一次予防は費用対効果比が非常に良好だったが、この結論は2論文のみの結果に基づいており、しかも1つの論文の質は低かった。二次予防の経済評価によると、スクリーニングの対象を成人全体にするよりも、高血圧患者に限定した方が、全年令で費用対効果比が良かったが、論文は1論文のみである。三次予防の経済評価の論文は20あった。費用対効果比がもっともすぐれているのは高血圧の厳格な薬物療法であり、肥満と高脂血症の治療も対照群に比べると費用対効果比が良好であった。それに対して、ライフスタイルへの介入(教育と運動)と患者教育による三次予防の費用対効果比についてはほとんど情報が得られなかった。厳格な高血圧の薬物療法以外の三次予防の結果にはバラツキが大きく、現段階では断定的結論は得られない。

二木コメント-この論文で検討されているのは費用対効果比であり、医療費総額の抑制ではありません。つまり、予防的介入により医療費が増えても、それにより延長した余命またはQALY1年当たり費用が低下するか、「標準治療」よりも安い場合は、費用対効果比が良好と判定されます。しかも、現実には、一次・二次予防入では(潜在)患者の掘り起こしがされ、対象が大幅に増加するため、医療費総額は増えるのが普通です。また、「三次予防」とは公衆衛生学独特の用法(あるいは予防概念のインフレーション:「なんでもかんでもみんな」予防)で、一般の臨床医学で言う治療そのものです。

○看護職が行う高齢者への訪問ヘルスプロモーションの効果と効率:文献レビュー (Markle-Reid, et al: The effectiveness and efficiency of home-based nursing health promotion for older people: A review of the literature . Medical Care Research and Review 63(5):531-569,2006)[文献レビュー]

保健師(community nursis)が個々の高齢者を訪問して行うヘルスプロモーション(健康増進活動)の効果と効率を検討した12のランダム化比較試験(RCT)の結果をレビュー・統合した。その結果、看護職により多彩なやり方で行われている訪問ヘルスプロモーションは、高齢者の健康状態、ADLレベル、死亡率、病院とナーシングホームの利用率と費用に対して良好な影響を与えることが示唆された。(以上冒頭の「要約」の抄訳。以下、本文の「効率」レビュー部分からの抄訳)12論文のうち、訪問ヘルスプロモーションの経済評価を行っているのは6論文であり、しかも費用効果分析を用いて正規の経済評価を行っているのは1論文のみであった。その論文では、障害のない余命を1年延長するための訪問ヘルスプロモーション費用は年間6000ドルと計算されていた。残りの5論文では費用分析のみが行われ、そのうち3論文では訪問ヘルスプロモーションは病院やナーシングホームへ利用を予防することにより費用を節減できるとされていた。

二木コメント-要旨が「厚化粧」(ほとんど偽造)され、それだけを見ると騙されてしまう論文の見本です。

○老年期の障害出現率の引き下げの促進:大きな効果が期待できる3つの介入手法の比較(Freedman VA, et al: Promoting declines in the prevalence of later-life disability: Comparisons of three potenntially high-impact interventions. Milbank Quarterly 84(3):493-520,2006)[文献レビュー]

アメリカでは、過去20年間高齢者の障害出現率が低下し続けているが、これを今後も促進するための介入手段のうち何がもっとも有効かは明らかにされていない。本研究では、障害出現率を減らすための諸介入手段の効果を横断的に比較するための枠組みを開発した上で、大きな効果が期待できる3つの介入手段(身体運動、うつ病のスクリーニング・治療、転倒予防)の効果について検討したランダム化比較試験(RCT)と体系的文献レビューを詳細に比較検討した。文献数は、身体運動(筋力トレーニング等)についてはRCT38、文献レビュー4、うつ病のスクリーニング・治療についてはRCT23、文献レビュー3、転倒予防についてはRCT77、文献レビュー3である。

その結果、短期的には、対象者の多さ、効果が明確に示されている、転倒と障害との関連の強さの3点から、多面的転倒予防プログラムが身体運動やうつ病のスクリーニング・治療よりも、障害予防効果が大きいとの結論が得られた。ただし、転倒予防の長期的効果はそれを検討した文献がないため不明であり、しかも長期的効果は短期的効果とは異なる可能性がある。なぜなら転倒予防の短期的効果で高齢者の余命が延長した場合、より高齢者での転倒予防効果は減退する可能性があるからである。

二木コメント-障害の出現率を引き下げるための複数の介入手段の効果を横断的に比較した初めての本格的な文献レビューです。これのポイントは、もっとも効果がある転倒予防プログラムについても、短期的効果しか確認されていないことだと思います。なお、本研究では3つの介入手段の医学的効果のみを検討し、費用は検討していません。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その24)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<古き良き時代(?)の学生の叱り方、3題>

<その他>

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