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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻40号)』(転載)

二木立

発行日2007年12月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ「ニューズレター]39号の訂正

○3頁:「新自由主義的医療改革方針は後退」の2番目のパラグラフの3行目の<約1500円>は誤りで、正しくは<約1500億円>です。

○10頁:拙新著『医療危機-危機から希望へ』の出版は<11月10日>は誤りで、正しくは<11月5日>です。


1.インタビュー:医療政策転換にかすかな兆し 2つの閣議決定見直しが焦点

(『週刊東洋経済』2007年11月3日号111頁。インタビュー「日本の医療政策を問う」)

7月の参議院選挙前後から、厚生労働省の複数の高官が医療費や医師数抑制政策の見直しを示唆する発言をし始めている。昨年までは頑として医師の絶対数の不足を認めてこなかっただけに様変わりだ。新たに発足した福田政権も、地域医療の危機への対応や高齢者医療での患者負担増の一時凍結を検討せざるをえなくなっている。

本誌2006年10月28号でのインタビューで、「無理な医療費抑制の結果、医療と病院が崩壊の瀬戸際にある」と私は警鐘を鳴らした。その後、部分的とはいえ、医療政策の転換に向けた兆しが見えてきたことは一抹の希望だ。もちろん、予断を許さないが、医療者は「絶望しすぎず、希望を持ちすぎず」、医療費・医師数抑制策の弊害とそれの転換を、国民やマスコミに粘り強く訴え続ける必要がある。それと同時に、自己改革と制度の部分改革を積み重ねていかなければならない。

医療政策の転換が容易でないことは確かだ。政策転換には二つの閣議決定の見直しが必要だ。

一つは「医学部定員の削減に取り組む」とした1997年の閣議決定の見直し。これについては参院選で自民党が惨敗し、参院での与野党逆転が実現した結果、10年ぶりに見直される可能性が出てきた。昨年8月の「新医師確保総合対策」での暫定的な医学部定員増に続き、今年5月の「緊急医師確保対策」に基づく取り組みの中で「暫定的」とはいえ、全都道府県で医学部定員の増加が打ち出されたことは注目に値する。

もう一つの焦点は毎年度の予算編成における社会保障関係費の自然増の削減方針の見直しだ。

小泉政権が06年7月に置きみやげとして閣議決定した「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」(以下、「骨太の方針2006」)では、今後5年間において総額1兆1000億円の社会保障費の自然増削減を行うとしている。

「骨太の方針2006」の見直しは、前者にもまして難しい。ただ、08年度予算要求で、厚労省が政府管掌健康保険への国庫負担を健康保険組合に肩代わりさせる方針を打ち出したことに象徴されるように、政策転換の兆しが見える。小泉政権時代であれば、診療報酬引き下げや患者負担増で財源を捻出したはずだが、姑息な手段とはいえ、日本経団連など自民党の支持団体が猛反発する手段を打ち出したことは注目に値する。
私の読みでは、厚労省は保険制度間の財政調整で国庫負担を減らしたうえで、社会保険料の引き上げを狙っているのではないか。医療費増の主な財源は消費税または社会保険料にならざるをえないが、消費税は主に基礎年金部分に充てられる可能性が高いため、社会保険料が最有力だ。

この文脈で見ると、08年度の診療報酬改定では、本体部分の引き下げはなくなったと考えていいのではないか。ただし、大きな引き上げはないだろう。

後期高齢者医療制度が発足するが、診療報酬において外来を含めた全体的な定額払いやターミナルケアの制限、登録医制が導入される可能性は皆無だ。結局のところ、高齢者医療制度で抜本改革などできない。75歳を越えたとたんに医療が手薄になるなど、国民が許すはずもない。

言い換えれば、医療の危機は行き着くところまで来ている。救急や産科、小児科の危機は多くの国民を巻き込む社会問題に発展している。だからこそ、厚労省も政策転換に動かざるをえない時期に来ている。

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2.インタビュー:潮目が変って医療改革に「希望の芽」が-『医療改革-危機から希望へ』の出版にあたって』

(『文化連情報』2007年12月号(357号):6-13頁)

―この度、「文化連情報」に連載された論文をベースにして、「医療改革―危機から希望へ」を勁草書房から出版されましたが、この本の出版目的と内容構成についてまず、お伺いしたいのですが。

二木 その前に、『文化連情報』にお礼を述べたいと思います。3年半前に『医療改革と病院-幻想の「抜本改革」から着実な部分改革へ』という本を出版しました。その本の出版以降3年半に発表した主要論文をまとめたのがこの本です。その論文の大半が、2004年10月号から『文化連情報』に設けていただいた「二木教授の医療時評」にほぼ毎月書かせていただいたものです。人間は易きに流れますので、この連載がなければ、とてもこれだけの量の論文は書けなかったと思います。正直言って、毎月書くのは結構つらいものがありましたが、「二木教授の医療時評」を設けていただいたお陰でこの本を出版できたと、まず感謝します。

これまでの政策の検討・批判と「希望の芽」

二木 この本の目的は、「はしがき」に書きましたように、医療経済・政策学の視点から、次の3つを行うことです。(1)小泉・安倍政権の7年間の医療改革の特徴と帰結を包括的かつ複眼的に検討すること、(2)日本の医療満足度と医療費についてのさまざまな常識のウソを根拠に基づいて批判すること、(3)私自身のよりよい医療制度をめざした改革案とそれへの「希望の芽」を示すこと。

この本は、以下の5章構成です。第1章は、本書全体の序章かつ総括です。第1節では、世界の中の日本医療の特徴を明らかにするために、前半で小泉・安倍政権の医療改革の概括的評価を行い、後半では世界の中の日本の医療の質の評価を客観的評価と主観的評価に分けて検討しました。小泉政権の5年半、新自由主義的医療改革の是非をめぐる激しい論争が続けられましたが、最終的にそれの本格的実施は挫折しました。他面、伝統的な医療費抑制政策はさらに強化され、日本は主要先進国(G7)中医療費水準は最低だが、患者負担割合は最高という大変歪んだ医療保障制度を持つ国になってしまいました。安倍政権は、大枠では小泉政権の政策を引き継いだものの、その部分的見直しも行いました。

第1章第2節では、日本医療の質を向上させるためには公的医療費の総枠拡大が不可欠であるが、国民の医療不信を考慮すると、そのためには医療者の自己改革と制度の部分改革が必要なことを指摘しました。第3節では、特に2007年に入って生じた医療改革の希望の芽を具体的に指摘しました。

第2章では後期小泉政権の医療改革を包括的に検討しました。第3章では安倍政権の1年間の医療政策を複眼的に検討しました。第4章では、医療制度改革関連法と2005年介護保険法改正が医療ソーシャルワーカーと認知症ケアビジネスに与える影響を検討し、有能なMSW養成のための社会福祉教育の新しい課題と認知症ケアのビジネスモデルを考える上での留意点について問題提起しました。第5章では、日本の医療満足度と医療費についての常識のウソを多面的に検討しました。以上が本書のおおまかな構成と内容です。

「医療改革に立ち上がろう」のメッセージ

二木 この本で一番強調したいことは、「危機から希望へ」というサブタイトルです。小泉政権の5年半、その後を継いだ安倍政権の1年間、合わせて6年半、四捨五入すると7年間に、それ以前の歴代の自民党政権が続けてきた医療費抑制政策よりも一段と厳しい医療費抑制政策が強行されました。その結果、2006年前後から、医療危機や医療荒廃が社会問題化しています。特に救急医療や産科・小児科医療の危機は深刻で、地方の一部の病院に限らず、大都市でも問題になっています。そのため、医師・医療関係者の中には、疲弊して、先が見えないという絶望感に浸っている方が多いと思います。私自身も、医療情勢は全体としては極めて厳しいと思います。けれども、安倍政権の時代から、今までとは違った流れが起きてきたことに気付き、この本では「希望の芽」についても積極的に語りました。今や危機を強調するだけでは駄目です。人間は希望を見いださないと力が出ませんから。希望の芽を見逃さずに医療改革のために立ち上がろうというのがこの本のメッセージです。

― なるほど。希望の芽があると、やっぱり勇気が出ますよね。(笑)

二木 実は私がこのことを最初に公の場で主張したのは、2007年4月に大阪で開かれた医学会総会の「世界の医療と日本の医療」というシンポジウムにおいてです。大変光栄なことに私はその基調講演をしたのですけれども、そのときに司会者から、医師が自信と希望を持って医療を実現できるようになるメッセージを話してほしいと依頼されました。そこで日本医療が全体的に非常に厳しいことを当然の前提としつつ、それまで誰も指摘していなかったいろいろな変化をまとめて示し、「敢えて希望を語る」ことにしました。

私は「3つの希望の芽」と言っています。1つは医療者自身の自己改革と制度の部分改革が不十分ながら進みつつあること。2つめは、マスコミの論調が、2007年に入って変わりつつあること。それからもう1つは、小泉政権の路線を大枠では引き継いだ安倍政権が2007年4月になって、まだまだ不十分ではあるけれども、政策の部分的見直しを始めたこと。これら3つの希望の芽を医学会総会で話したのです。私が「希望」について語ったのは、これが初めてです。

ただ、率直に言って聴衆の皆さんには、「本当ですか?」と懐疑の目で見る人が多かったのです(笑)。ある高名なお医者さまからは「二木さんはリアリストだと思っていたけれども、いつから楽観論になったのか」と言われるなど(笑)、なかなか信じてもらえなかったのです。けれど、その後、参議院選挙で自民党が大敗して、安倍政権が野たれ死にみたいな形で退場し、福田政権が出てきて、見直しの方向は誰の目にも明らかになりました。

マスコミの論調にも変化が

二木 マスコミの論調もさらに変わってきました。この本の原稿を書いたときには、全国紙のうち、小泉政権の医療費抑制政策に社説レベルで疑問を呈していたのは、『朝日新聞』と『毎日新聞』だけだったのです。しかし、つい最近、『読売新聞』も9月17日の社説「社会保障の安定が老後の安心に」で、「医療費抑制は限界があり、必要な医療の財源はきちんと確保しなければならない」と書きました。ですから、主な全国紙のうち、今でも医療費を抑制すべきだと言っているのは『日本経済新聞』だけになってしまいました。

― 『読売』まで変わってきたのですね。(笑)

二木 そうです。『日経』だけはまだ社説レベルでは変わっていませんが、『日経』ですら、個々の記者が書いた記事のレベルでは、医療費・福祉費抑制の見直しを主張するもでてきています。ということで、最近は「希望の芽」という私の指摘もだいぶ分かっていただけるようになりました。
実は、この本のサブタイトルは、最初「あえて希望を語る」にしていたのです。けれども、今の時点では、流れが変わってきたことを強調するために、「危機から希望へ」と、より一歩踏み込んだサブタイトルにしました。「あとがき」に書きましたように、この本が「過酷な医療費抑制政策の下で閉塞感・絶望感にとらわれている医師・医療関係者を激励し、よりよい医療制度をめざした改革に立ち上がる一助になることを願っています」という気持ちで書いますので、ぜひ、多くの方にこの本を読んでいただきたいと願っています。

― 「希望」がありますから、売れるのではないでしょうか。(笑)それで福田政権になりましたが、より一層変わりそうですか。もっと言えば、単年度2200億抑制問題にも変化がでそうですか。

高齢者医療制度の見直しがさらに進む可能性も

二木 『文化連情報』11月号に「福田政権の医療政策の方向を読む」という短い論文を書かせていただきました。2つの面で、流れがさらに変わりました。1つは、福田首相(候補)は高齢者の医療費負担増加の凍結を総裁選挙公約で出しました。これは短期的に見ると、7年前の繰り返しです。介護保険法がスタートするとき、国民からいろんな疑問が出てきた。しかも自治体も準備不足だということで、当時の亀井静香政調会長が鶴の一声ならざる「亀の一声」で、高齢者負担を一時凍結しました。それで国民、特にお年寄りの不満を抑えて、衆議院選挙を乗り切ったあと、負担増を実施しました。今回も同じことを考えているわけです。ほぼ確実に1年以内にある衆議院選挙をそれで乗り切ると。

― なるほど。

二木 しかしそれを乗り切ったら、予定どおりやると考えています。ただ、7年前とは政治的力関係が全く違います。当時は、自民党は衆議院と参議院の両院で多数を占めていました。それに対して、今は参議院では民主党を中心とした野党が多数派で、それが今後ほぼ6年続きます。そうすると、7年前のような小手先だけで済むのか。高齢者医療制度は制度開始前からいろんな矛盾が出ていますので、見直しがさらに進む可能性が出てきたことが1つ。

もう1つは、経済財政諮問会議の存在感の低下です。小泉政権後期から、医療分野にも市場原理を導入する新自由主義派の影響力は低下していました。ですから、混合診療の全面解禁もできなかった。この点は、本の第2章第1節で詳しく検証しました。福田政権になって、かつて「改革の司令塔」と言われていた経済財政諮問会議の存在感はさらに低下し、調整の場に変わりました。福田政権が成立して最初の経済財政諮問会議が10月4日に開かれたときも、本来は高齢者医療制度の負担凍結に絶対反対すべき民間議員も一切異論を言わなかった。このことを記者に質問さて、太田大臣は、社会保障は国民の選択と福田首相が言ったのを受けて、経済財政諮問会議が社会保障の選択肢を提示する場に変わったと公式に認めました。このように、2つの面で、流れが変わったのです。

― なるほど。

焦点は2つの閣議決定見直し

二木 ただし、今後、本当に改革が進むかどうかについては、2つの閣議決定見直しが焦点になります。

1つは、小泉政権の置き土産。つまり、2006年の「骨太の方針」で書かれた、今後5年間で社会保障費の自然増分を1兆1000億円(1年当たり2200億円)削減するという閣議決定を公式に変えられるかどうか。それから、もう1つは、1997年の医師養成数の抑制を継続する閣議決定の見直しです。この2つの閣議決定が、言わば医療政策の重石になっています。これが公式に変わるかどうかが、本当に医療政策が転換するかどうかの試金石になります。

しかし、実際にはもう見直しが始まっているのです。まず、医師養成数抑制については、2006年8月に例外的見直しがされました。10県で10人10年間増やすというものです。ただし、そのときはあくまでも抑制方針の枠内での見直しで、一時的に増やすけれど、後でその分をさらに減らさないといけなかったのです。けれど、今年、また医師養成数を増やす見直しがありました。これは閣議決定の実質的見直しとも言えます。

「骨太の方針」の2200億円抑制は、当初予算の話であって、高齢者医療制度の負担増の見直しは補正予算で組むことになりそうですが、補正予算だけでは済まず、もしかしたらもう一歩進む可能性もあります。

― それは凍結ということですか。

二木 一時的凍結に終わるか、もう一歩法改正まで進むかは、いまの段階では微妙です。今、医療関係者の関心は、高齢者医療制度に集中していますけれど、実はもっと深刻なのが障害者自立支援法です。貧しい障害者の1割負担は残酷以外の何ものでもないですから、補正予算で見直す次元では済まないのです。ということで、今後、2006年の「骨太の方針」の閣議決定の見直しに踏み込む可能性もあり得ます。このように、医師養成数抑制も社会保障費の抑制も、なし崩し的には見直しが進んでいるのです。それを閣議決定の見直しという形で、公式に認めるかどうか。今の段階ですぐ認めるとは言えません。しかし、衆議院選挙で自民党が野党に転落する危険もありますから、何でもありになり得る可能性もあるのです。そういう点で、小泉政権と安倍政権の7年間とは明らかに違う可能性が生まれてきました。

― なるほどね。

世の中全体が見直しの時期に

二木 逆に言うと、医療関係者にとって、やりがいのある時代になったと思います。小泉政権時代には、医療関係者がいくら声を張り上げても、マスコミは見向きもしなかった。『朝日新聞』を含めた全国紙すべてが小泉改革を支持していました。医療費抑制に賛成するだけでなく、株式会社の病院経営参入にも賛成しました。それとは違う流れが今、生まれてきたのです。

ここで私が強調したいのは、これがたまたま医療に起きた例外的現象ではなくて、安倍政権に入ってから、政界、法曹界、経済界、あるいは社会一般で、小泉政権の行き過ぎた構造改革の見直しがいろいろ起こっていることです。ホリエモンや村上さんの逮捕と地裁での有罪判決。スティールパートナーズの地裁・高裁での敗北。あるいは、介護分野への営利企業参入の象徴になっていたコムスンの撤退など、小泉政権の時代には考えられなかったことが次々に起こっているのです。

世の中全体が見直しの時期に入っているから、医療政策の見直しもその流れに沿っており、今までとは明らかに違う可能性が出てきたのです。四半世紀続いてきた政策が変わる可能性が、まだ芽の段階ですけれども(笑)、出てきた。

― なるほど。ただ、2200億も、健保財政で調整するとか言い出しましたよね。まあ、健保連はものすごく抵抗していますが、この事は、明らかにもう医療費ではやれなくなってきているということですね。

二木 まだ最終的にどうなるか分かりませんけれども、社会保障費2200億円抑制の帳尻合わせは、もし小泉政権のときだったら、診療報酬の引き下げだったのです。けれど、今回は、まだ確定的ではありませんが、診療報酬本体の引き下げはない見通しですね。

― プラマイゼロになるという話のようですね。

財源は保険料のアップか

二木 ええ、大体プラマイゼロで。それで、財源は社会保険料のほうでみるという考えです。私は、10月28日に開かれた『日経ヘルスケア』誌の「医療マネジメントセミナー」で講演したのですが、私の前に、厚生労働省大臣官房総括審議官の宮島俊彦さんが講演されました。宮島さんは、冒頭、「医療費のファイナンス」には3つの路線があると話されました。患者負担路線、公費負担増路線(これイコール消費税増税)、それから保険料路線。そして、宮島さんは、患者負担路線はもうこれ以上は無理だ。それから、財界とか経済界は、消費税と言うけれども、消費税はもし上げたとしても、年金、少子化対策に優先的に使われるし、当然財政赤字の削減、財政再建にも使われるから、医療にはほとんど回ってこないとおっしゃいました。つまり、宮島さんは私の本の13頁に書いたのと同じことをおっしゃったのです。(笑)

― 消費税の問題について、この本で同じ趣旨のことを書かれていますね。

二木 その通りです。その上で、宮島さんは、「基本に立ち返る」と、保険料路線しかないと述べられ、財政調整、政府管掌健康保険の国庫負担を減らして組合健康保険にお願いするという財政調整、力のある健康保険組合に負担をお願いしたいと述べました。その際、宮島さんは、平均保険料は組合健保より政管健保のほうが高いが、組合健保のほうが財政力があるとも指摘されました。

私はこの本で、医療保障の主たる財源は社会保険料しかないと書いたのですけれども、それを厚生労働省もはっきり認め始めたのです。ただ、今度の財政調整の方針がそのまま通るかどうかは分かりません。経団連・健保連と連合がタッグを組んで、いわば呉越同舟で反対していますから。私は、財政調整の方針が公表されたときに、現行制度のままで社会保険料を引き上げると、国庫負担も自動的に上がってしまうので、厚生労働省はまず国庫負担分を健保組合に肩代わりさせた上で保険料を引き上げる気だと読んだのですけれども、宮島さんがどんぴしゃり同じことを言われたのです。

今はすべての医療団体が公的医療費の増額要求で一致していますが、そこで必ず問題になるのがその財源です。医療政策の実態を知らない研究者やマスコミは、医療を含めた社会保障の財源イコール消費税と主張していますけれども、それは違うのです。医療費増の財源としては、もちろん補助的に消費税、あるいは所得税の累進制の強化、たばこ税等いろいろありますけれども、メインは社会保険料です。

― 厚労省の中も変わってきているということですね。

二木 急速に変わってきていると思います。これは非公式情報ですけれども、ある厚生労働省の幹部は、次のように述べています。今の医療費抑制政策の出発点は、1981年に当時の吉村仁保険局長が主唱した医療費亡国論で、これが世の中を変えた。吉村氏がどういう背景でそう言ったか分からないけれど、医療費亡国論こそが亡国論だ。厚生労働省の中にはここまで言っている人もいるのです。

― なるほど。あと、気になるのは、来年の診療報酬の枠組みの問題というか、恐らく、体系はだいぶ変わるのじゃないかと思っているのですが、診療報酬はどうなりそうですか。

二木 それは微妙な問題で、しかもこのインタビューが活字になる頃には決着がついているはずなので、触れるのは止めましょう。はっきりしていることは1つだけです。産科、小児科、救急については相当引き上げ、その財源は診療所の再診料の引き下げで捻出する。DPCについても、2008年で大きく転換するのは無理です。DPCの本格的な転換は2010年です。これはっきりしています。

画期的な中小病院の役割の明記

― この本のなかで、中小病院の役割の問題がはっきり打ち出されたと書かれておられますね。

二木 それを打ち出したのは、厚生労働省が4月に発表した「医療政策の経緯、現状及び今後の課題について」で、この本の第3章第4節で詳しく検討しています。厚生労働省は、この文書で中小病院と有床診療所の役割を積極的に評価しています。今まで中小病院の役割はあいまいでしたが、この文書では「軽度の急性期への対応」、「ある程度の急性期の医療に対応できる」と明記されており、これは画期的です。

なぜなら、最近は、急性期医療は拠点病院しかできないみたいなイメージがありましたから。しかし、医療経済学的に言うと、急性期医療を拠点病院だけでやると、それほど濃厚な治療を要しない患者まですべてそこに入院して、医療費が不必要に増えてしまうのです。地域に密着した病院で、それほど重症ではない急性期医療をやるのは、医療経済学的にみて、極めて合理的です。お年寄りにとっても、遠くの大病院に入るよりも近くの中小病院に入る方が、住み慣れた地域から切り離されないですみます。ですから、無駄な医療費の増加を予防するという点でも、地域密着型の医療という点でも、中小病院が「ある程度の急性期の医療」を担うことには積極的意味があるのです。ですから、この流れは今後促進されると思います。

話しは変わりますが、小泉政権が絶頂期の2001年に閣議決定した「骨太の方針」では、日本の医療政策で初めて医療分野への市場原理導入が政府決定されました。混合診療の解禁、株式会社の病院経営の解禁、保険者と医療機関の個別契約の解禁の3つです。当時、小泉政権は8割の支持率でしたから、大半の医療関係者は、それに反対しつつも、今度こそ「抜本改革」が通るだろうと思っていました。しかし私だけは、客観的将来予測として、新自由主義的医療改革の全面実施はないと断言したのです。なぜ、そう断言したかというと、医療経済学の知識に基づいて、医療分野に市場原理を導入すると、医療費が増えてしまい、医療費抑制という国是に矛盾してしまうからです。

今度の中小病院の問題もそれと同じです。急性期医療をすべて拠点病院に集約すると医療費が無駄に増えてしまうためあり得ないということは、私は2000年から指摘しています(『介護保険と医療保険改革』勁草書房、118頁)。ですから医療政策を検討する上では、経済学的な視点と知識が大事です。

地域医療計画策定に発言を

―中小病院の役割の位置づけとも関連しますが、厚生連病院は農山村部の医療を受け持っています。高齢化率が高くなっている過疎地の医療が地域医療計画でどのように位置付けられるのか、そこにも関心があるのですが。地域医療計画の中で、しっかり位置付けられるのでしょうか。

二木 都道府県レベルで地域医療計画を策定する際に、積極的に発言すべきです。医療制度改革関連法による改革の特徴は、一言でいくと規制強化ですが、それには従来と比べた新しさがあります。今までは国の規制強化一本槍でしたが、今回の法改正では都道府県の規制強化も新たに加わりました。しかし、都道府県の規制強化で面白いのは、都道府県が独断ではできず、医療計画は医療団体・医療関係者と共同でつくることです。今まで国1本で規制していたときには、地方の医療団体・医療機関にはなかなか発言する機会がなかったのですが、都道府県レベルになったら、発言の機会がかなりあるのです。あとは、都道府県と医療団体・医療関係者の力関係の問題です。

― なるほど。

二木 ですから、農山村医療を担っている自治体病院や厚生連の病院が積極的に声を上げるのが一番手っ取り早いと思います。

メタボ対策で医療費の抑制はできない

― それから、4疾病5事業で、目標到達しない場合に、都道府県別の診療報酬にするというのはあり得るのですか。

二木 その前に、厚生労働省が予定しているやり方でメタボリック症候群の対策を行うと、医療費は短期的には逆に増えてしまう、長期的にも大きな医療費抑制効果は期待できないことについてお話しします。まず、メタボリック症候群の診断基準はでたらめで、国際的にも顰蹙ものです。しかもこの基準に基づけば、患者さんが非常に増えてしまい、短期的な医療費は確実に増えます。

では、長期的にはどうか。私が海外の文献を調べたら参考になるものが2つありました。ひとつはフィンランドで行われた糖尿病患者対策、もうひとつはドイツで行われた高血圧患者対策の、それぞれ費用効果分析(シミュレーション)です。その結果、手厚い予防・健康管理事業を行うと医療費そのものは減るけれども、その事業には莫大な費用がかかり、それが医療費削減を相殺してしまい、総費用は抑制できないのです。なお、これら2論文の抄訳は、「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」36号39号に掲載していますので、ご覧下さい。

― なるほど。

二木 もう1つ、これは前から言っていますけれど、健康増進すると長生きします。長生きすると、短期の時間を限った医療費は下がったとしても、余命の延長により、累積医療費は長期的には増えるのです。

― そういうことですね。

二木 次に御質問の都道府県別診療報酬ですが、メタボリック症候健診の受診率を高め、保健指導を行っても、長期的に医療費が減ることはまだ確認されていません。逆に増える可能性も十分にあります。ペナルティーを発動するためには、多数の都道府県や保険者が目標を達成して、少数の都道府県や保険者だけが達成できないことが必要ですが、どの都道府県や保険者も目標を達成できなかったら、ペナルティーは発動できないでしょう。

この本を読んで「医療を良くする」声をあげて

― なるほど。時間が来ましたので、あと最後に『文化連情報』の読者にアピールしていただければと思いますが。

二木 ぜひ、この本を読んで下さい。元気が出る本です。知は力ですから、これを読むことによって、希望が見えます。流れが変わる条件ができた、潮目が変わったのだから、特にさきほど言いましたように都道府県のレベルでかなり変わる可能性が出てきたのですから、ぜひ読者の地元で、医療を良くする声をあげてください。この本がそんな医療改革の一助になることを願っています。

― では、それを結びにして。今回はありがとうございました。

(聞き手=文化連専務・武藤喜久雄/10月29日)

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3.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その10):10冊

書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○『カナダにおける保健医療サービスの再構築-新しい根拠と新しい方向』(Beach CM, et al: Health Services Restructuring in Canada - New Evidence and New Directions. Institute for Research on Public Policy, 2006, 378 pages)[研究書(医療政策)]

カナダ・ケベック州最高裁判所は、2005年6月に、私的医療保険の利用を禁止しているケベック州の医療保障制度はケベック州憲章に違反するという判決を下しました。さらに、アルバータ州当局は、公的医療保障制度の財源不足を補填するために、私的医療保険を活用する医療改革案を発表しました。これらを契機として、カナダでは医療制度の再構築の論争が活発に行われるようになりました。本書は、2005年11月にクイーンズ大学で開かれた、書名と同じカンファランスの記録で、その目的は論争をイデオロギー偏重のものから実証分析に基づいたものにシフトすることだそうです。全体は次の4部構成です。第1部医療改革、第2部医薬品、第3章医療提供の諸問題、第4部公衆衛生。

私にとって興味深かったのは第1部中の「アルバータ州における公的医療保険の存在下の私的医療保険需要[の推計]」(Emery JCH, Gerrits K)です。本報告では、オーストラリア型の公私混合医療システムに転換した場合、州民の28.5%が私的医療保険を購入するが、それによる医療費財源の拡大は最大でも10%にすぎないと推計され、この結果に基づいて報告者は急増しつつある公的医療費の財源不足を私的医療保険で補填するのは困難だと主張しています。この結果は、日本でも混合診療を全面解禁した場合、国民医療費が12.6%増加するという鈴木玲子氏の推計結果と類似しています(八代尚宏・他編『新市場創造への総合戦略』日本経済新聞社,2004,288頁)。

○『医療へのアクセス、公正へのアクセス-カナダにおける民間医療保険についての法的論争』( Flood CM, et al (Ed.): Access to Care, Access to Justice: The Legal Debate Over Private Health Insurance in Canada. University of Toronto Press, 2005, 611 pages)[研究書(医療政策)]

上述したカナダ・ケベック州最高裁判所の2005年6月判決(通称Chaoulli最高裁判決。Chaoulliは原告医師名)直後に、この判決の意味を、主として法的側面から包括的に検討した600頁を超える大作で、立場の異なる36人が執筆しています。

私にとって興味深かったのは、この判決は私的医療保険利用の禁止を違憲としたにすぎないにもかかわらず、メディアや私的医療保険の拡大をめざす人々が、判決の意味を政治的に拡大解釈したことです(Russell)。これは、混合診療禁止を違法としたとされる11月7日の東京地裁判決後の日本のメディアの報道や規制改革会議の動きとソックリです。

○『保健医療、技術と社会-社会学的評論』(Webster A: Health, Technology and Society - A Sociological Critique. Palgrave, 2007, 212 pages)[研究書的概説書]

新医療技術(画期的医療技術)とそれが社会に与える影響を、最新の研究と国際的事例を用いて、社会学の視点と方法により、包括的に検討しています。以下の7章構成です。

第1章「画期的医療技術の理解」、第2章「生物医学上の革新のダイナミックス」、第3章「企業化医療、市場と規制」、第4章「身体、アイデンティティと健康の意味」、第5章「新医療技術のマネジメントと統治」、第6章「病者の役割への異議申し立て」、第7章「結論:新しい技術、新しい社会的関係?」。ただし、新技術と医療費との関係は検討していません。

○『[高齢者の]在宅ケアの管理・統治-国際比較』(Burau V, et al: Governing Home Care - A Cross-National Comparison. Edward Elgar, 2007, 224 pages)[研究書(国際比較)]

文化的枠組みが異なる9か国を対象として、高齢者の在宅ケア(自宅で受けるケア。定義は2頁)の管理・統治(govenance)の国際比較を行ったユニークで野心的な研究です。文化的枠組みは、共同体主義(ドイツ、オランダ、日本、エストニア、イタリア)、平等主義(スウェーデン、ニュージーランド、イギリス)、個人主義(アメリカ)の3つに分けられています。全8章で、テーマ(章)ごとに、9か国を横断的に比較し、社会的ケアと公共政策との統合をめざしています。著者の3人は、デンマーク、ドイツ、アメリカの大学の研究者です。

○『ヨーロッパの介護労働(ケアワーク)-最近の理解と今後の方向』(Cameron C, Moss P: Care Work in Europe - Current Understandings and Future Directions. Routledge, 2007, 170 pages)[研究書(国際比較)]

ヨーロッパの6か国(デンマーク、ハンガリー、オランダ、スペイン、スウェーデン、イギリス)を対象とした、ケアワークの政策、供給と実践、およびケアワークの概念と理解についての国際比較研究で、EC(欧州共同体)委員会の資金援助で行われた研究です。この研究の主目的は「第一線ワーカー」の良質な雇用の開発であり、同様な課題を抱える日本にとっても参考になりそうです。著者の2人はともにロンドン大学教育研究所の2人の研究者です。

○『比較医療政策 第2版』(Blank RH, Burau V: Comparative Health Policy Second Edition. Palgrave, 2007, 284 pages)[入門的教科書]

本「ニューズレター」14号(2005年10月1日配信)で紹介した2004年初版本の統計表や参考文献等を最新のものに更新したそうです。オーストラリア、ドイツ、日本、ニュージーランド、オランダ、シンガポール、スウェーデン、イギリス、アメリカの9か国を対象として、6つの分野(topics)ごとに、各国比較と9カ国の分類・序列付けを行うという分析枠組みは、初版と同じです(詳しくは、上掲「ニューズレター」参照)。

○『保健医療についての定性的・定量的根拠の合成-方法論の手引き』(Pope C, et al: Synthesizing Qualitative and Quantitative Health Evidence - A Guide to Methods. Open University Press, 2007,210 pages)[中級教科書]

毎年公表され保健医療サービスの効果についての膨大な定性的・定量的「根拠」を適切に合成し、医療政策やマネジメントにおける意志決定に役立てるようにするための包括的な手引き書で、主たる読者としては研究者を想定しています。次の3部(8章)構成です。第1部根拠のレビュー・プロセス、第2部根拠の合成方法、第3部根拠合成の産物(products)。著者の3人はいずれもイギリスの研究者で、そのためか、プラクティカルな記述に徹しています。

○『危機に立つ[アメリカ]医療-消費者主導[医療]運動批判』(Jost TS: Health Care at Rist - A Critique of the Consumer-Driven Movement. Duke University Press, 2007, 265 pages)[研究書]

アメリカ医療が直面している深刻な諸問題を解決する最新の処方箋として注目を集めている「消費者主導医療」(CDHC)を包括的かつ批判的に検討した初めての研究書で、文献も豊富です(文献欄は27頁!)。CDHCのアイデアは簡単で、医療貯蓄口座と高額医療のみを償還する民間医療保険を組み合わせて、消費者に医療費の消費・貯蓄の権限と責任を与えれば、消費者は真に必要な医療のみを利用することになるというものです。それに対して著者は、このアイデアは医療、医療制度、経済および人間本性を単純化しすぎていると批判するとともに、CDHCが依拠している歴史的・理論的前提や実証研究を再検討しています。

全11章で構成されており、日本の読者には特に次の2章が有用と思います。第6章「CDHCの起源-アメリカ医療経済学小史」、第8章「それは機能するのか?CDHC支持・批判の根拠」。

○『セカンド・オピニオン[もう1つの改革案]-アメリカ医療の救出』(Relman AS: A Second Opinion - Rescuing America's Health Care. Public Affairs, 207, 205 pages)[概説書]

アメリカ医学界のオピニオンリーダーで、New England Journal of Medicine誌元編集長のレールマン医師の最新著作で、過剰な営利化(commercialization)により機能不全に陥っているアメリカ医療を立て直すために、「営利を超えて患者に奉仕する普遍的給付を実現する改革案」を提案しています。書名の「セカンド・オピニオン」は、経済学者等の社会科学者から提起された従来の多くの改革案と異なる、医師の立場から提案した「もう1つの改革案」という意味だそうです。

全8章です。第4章「消費者主導の医療(Consumer-driven health care. CDHC)」(93-110頁)では、アメリカでHMOやマネジドケアに代わって流行しつつある「CDHC」について検討し、それが「基本的に不公正で非現実的であり、上手く機能しそうにない」ことを示しており、一読に値します。

○『アメリカの医療制度入門 第6版』(Jonas S, et al: An Introduction to the U.S. Health Care System Sixth Edition. Springer Publishing Company, 2007, 308 pages)[初級教科書]

アメリカの公衆衛生学の泰斗故ミルトン・レーマー(Milton Roemer)教授が1982年に初版を出版して以来、版を重ねてきた定評ある入門書の最新版です(Jonasが引き継いだのは第3版から)。全9章で、アメリカの医療制度の基礎から最新の医療改革の動きまで、コンパクトに紹介しています。私も、旧版を何度か大学院の外書購読のテキストとして用いました。

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4.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算29回.2007年分その7:8論文)

訂正:「通算」回数が誤っていたので直しました(34号は本来「通算24回」なのに23回と誤記し、以後39号まで誤記が続いていました)。

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○人口高齢化と医療費-「人の注意をそらすもの」学派?(Werblow A, et al: Population ageing and health care expenditure: A school of "red herrings"? Health Economics 16(10):1109-1126,2007)[量的研究]

本研究では、人口高齢化が医療費増加の主因との議論は「人の注意をそらすもの」であり、人口高齢化は医療費に大きな影響を与えないとする学派(「人の注意をそらすもの」学派)の主張の妥当性について再検証した。医療費を7要素に分解し、医療需要のtwo-part modelを作成し、スイスの1疾病金庫の1999年の医療費請求データセット(約91,000人分)を用いて、上記主張の妥当性を検証した。医療費の7要素とは、診療所外来医療費、ナーシングホーム費用、在宅ケア費、入院医療費、病院の外来医療費、処方薬費、その他である。医療保険加入者は1999年時点を起点とした2004年までの死亡までの期間で、12月以内、25~36月、49-59月、60月以上(生存者)に4分して、それぞれの医療費を推計した。

その結果、死亡までの期間の長短(proximity to dealth)が調整された場合には、(1)人口高齢化は医療費のどの要素にもまったく影響しないか、ごく弱い影響しかないこと、および(2)人口高齢化と医療費との関係は長期ケアの利用者と非利用者とで異なることが明らかになった。長期ケアを利用せずに死亡した者では、加齢と共に入院医療費以外の6つの医療費は低下したが、生存者では、死亡までの期間の長短を調整した場合、加齢は外来医療と入院医療に弱い影響を与えていた。長期ケアを利用した生存者では、長期ケア費は加齢と共に著名に増加したが、それ以外の医療費は逆に減少した。以上の結果から、「人の注意をそらすもの」学派の主張は、おそらく長期ケア費を除いては、妥当であると言える。ただし、長期ケア費については、死亡までの期間の長短にかかわらず、加齢が影響する可能性がある。

二木コメント-人口高齢化と医療費との関係についての最新の実証研究です。長期ケア費(多くの国の医療費統計ではこれはごく一部しか含まれない)を除けば、人口高齢化により医療費は増加しないという医療経済学の常識が再確認されたと言えます。

なお、死亡者と生存者を区別して医療費を推計する意味については、「余命と医療費:[スイスの]死亡前医療費を用いたドイツのための新しい推計」(Breyer F, et al: Life expectancy and health care expenditures: A new calculation for Germany using the costs of dying. Health Policy 75(2):178-185,2006)の抄訳と私のコメントを参照してください(本「ニューズレター」20号、2006年4月1日)。

○人々はどこで死んでいるか-アメリカ人の死に場所に影響する要因を理解するためのマルチレベル・アプローチ(Gruneir A, et al: Where people die - A multilevel approach to understanding influences on site of dealth in America. Medical Care Research and Review 64(4):351-378,2007.[文献レビューと量的研究(重回帰分析)]

各種世論調査によるとアメリカ人は自宅死亡を選好するとされているが、末期疾患による大部分の死は病院で生じている。死亡場所に影響する要因についてよりよく理解するために、体系的文献レビュー(多変量解析を用いた29文献を検討)と州・郡の死亡診断書(約140万枚)を用いたマルチレベル分析(階層化回帰分析)を行った。それにより、自宅死亡の機会はアメリカ人のうち次の特定グループに偏在していることが分かった:白人患者、医療資源やソーシャルサポートにアクセスしやすい患者、ガンで亡くなる患者。マルチレベル分析により、マイノリティの比率が高く、住民の教育レベルの低い地域ほど、病院での死亡確率が高いこと、およびナーシングホーム定員の密度が高く、メディケイドのナーシングホーム支払い単価が高い地域ほど、ナーシングホームでの死亡確率が高いことが明らかになった。これらの結果により、社会的・構造的特性が死亡場所にも重大な影響を与えることが再確認された。最後に著者は、本研究により、個人的特性が死亡場所決定の最大の要因ではあるが、地域環境(the local environment)も重要な役割を果たすことが明らかになったと結論づけている。

二木コメント-この結論は日本の最近の在宅ターミナルケア強化論の盲点であり、日本での追試が待たれます。なお、私の同僚の近藤克則教授グループの研究でも同様の調査結果が出ているそうですが、まだ論文化はしていないそうです。

○メディケアの死亡者の患者特性と終末期[死亡前1年間]の医療利用[との関連]-1989年と1999年の比較(Sydney M, et al: Patient characteristics and end-of-life health care utilization among Medicare beneficiaries in 1989 and 1999. Medical Care 45(10):926-930,2007)[量的研究]

アメリカで1989年と1999年に行われた「全国長期ケア調査」の対象者(メディケア加入者)中調査後1年以内に死亡した約16,000人を対象にして、居所・慢性障害と終末期(死亡前1年間)のメディケア利用との関連を検討した。対象者は調査時に、在宅で障害なし群(以下障害なし群)、在宅で慢性障害あり群(以下障害あり群)、施設入所群(以下施設群)の3群に分けた。調査後1年以内の死亡率は、障害なし群で2%(1989年)、2.9%、障害あり群でそれぞれ8%、11%、施設群でそれぞれ17%、27%であった。3群とも、1989年と1989年の死亡前1年間の入院率は高く(障害なし群:76%と73%)、死亡前1年間のナーシングホーム利用率は1999年に倍増していた(障害なし群:9%から20%へ)。死亡場所については、3群ともホスピスが急増していた(障害なし群:4%から22%へ)。しかし病院死の減少は障害なし群でのみ生じていた(53%から40%へ)。1999年調査では施設群の死亡前1年間の入院率が有意に低かった(51%。障害なし群は73%、障害あり群は77%)。1999年の死亡前1年間の平均メディケア医療費は障害なし群34,980ドル、障害あり群29,340ドル、施設群14,090ドルで、施設群がきわめて低かった(ただし、施設群で大きな割合を占めるメディケイド費用は調査されていない)。

以上の結果は、1989~1999年の10年間にホスピス利用が急増したにもかかわらず、死亡前1年間の病院とナーシングホーム利用は減少していないことを示している。本研究では従来調査対象からほとんど除外されていた施設入所者を加えることにより、施設入所が医療利用と強い関連があることも明らかにできた。

二木コメント-ホスピスを整備しても、死亡前1年間の入院・ナーシングホーム入所率は減らせないとの調査結果は、今後、日本でのターミナルケアの在り方を考える上で示唆的と思います。

○脳・脊髄損傷前後の破産リスク-氷山の一角の一瞥(Hollingworth W, et al: The risk of bankruptcy before and after brain or spinal cord injury - A glimpse of the iceberg's tip. Medical Care 45(8):702-711,2007)[量的研究]

アメリカでは外傷や疾病が破産の原因になると言われているが、それの前後での破産率の変化を調査した研究はない。そこで、ワシントン州西部の成人住民で、1999~2002年に脳・脊髄外傷により入院した全生存患者6345人を対象にして、多変量コックス比例ハザード回帰分析により、1991~2004年の5年間の破産率を後方視的に推計した。損傷後5年間の破産率は3.5%であった。民間医療保険加入者の破産率はメディケイド受給者より高かった。破産率と障害重症度とは必ずしも関連せず、重度者の破産率は軽度の者より低かった。破産率は若年者、薬物反応が陽性の者、血中アルコール濃度の高い者で高かった。損傷前と比べると、破産は33%増加していた。破産増加率はメディケイド受給者でもっとも高かった。

二木コメント-なんともアメリカ的な研究です。ただし、日本でも近年国民皆保険制度が周辺から綻び始めていることを考えると、他人事とは言えません。

○成果支払い導入後のイングランドのプライマリケアの質[の変化](Campbell S, et al: Quality of primary care in England with the introduction of pay for performance. New England Journal of Medicine 357(2):181-190,2007)[量的研究]

イギリスのNHSは2004年に家庭医に対して新しい成果支払い(特定のサービスを提供した場合報酬を加算する)契約を導入し、その後それの対象となるサービスの実施率は大幅に向上した。ただしこの傾向は以前から続いているため、それが成果支払いにより生じたとは即断できない。そこで、イングランドのプライマリケア医の代表標本を用いて、3つの慢性疾患(喘息、冠動脈性心疾患、2型糖尿病)のマネジメントの質が成果支払い導入前後(1998~2003年対2005)でどのように変化したかを調査した。医療マネジメントの質は、心疾患15、喘息12、糖尿病21の診療指標の実施率により評価した。その結果、3疾患とも、2003年以前から生じていた質の改善傾向が2005年にも継続していた。喘息と糖尿病については、2003~2003年の改善率はそれ以前より有意に高くなっていた。この結果は、成果支払い導入により、喘息と糖尿病のマネジメントの質の改善が加速されたことを示唆している。

二木コメント- アメリカの成果支払い方式が保険者間でバラバラなのと異なり、イギリスNHSの成果支払いは全国共通のため、日本の参考になると思います。イギリスNHSの成果支払いで重要なことは、(1)特定のサービスを実施した場合報酬を加算しており、それを実施しないことによる減算(ペナルティ)はないこと、および(2)成果の指標として医療の「プロセス」を用い、「アウトカム(治療効果・改善度)」は用いていないことだと思います。なお、本論文には書かれていませんが、(1)のために、成果支払い導入により総医療費が増加しているのは確実です。

○選択が[イギリスのNHS病院の入院]待ち期間に与える影響の実証的研究(Siciliani L, et al: An empirical analysis of the impact of choice on waiting times. Health Economics 16(8):763-779,2009)[量的研究]

イギリスの医療政策立案者は、患者の選択を増し病院間の競争を誘発することにより入院待ち期間を減らせると主張している。そこでイングランドの120のNHS病院の1999-2001年のデータを用いた重回帰分析により、この主張の妥当性を検証した。選択(あるいは競争)の程度を示す尺度として、(1)各病院の診療圏に存在する病院数、(2)同じく診療圏の人口により標準化した病院数、(3)Herfindahl指数の逆数(効果的な競争者数)を用いた。モデルには、入院待ち期間に与えると予想されるいくつかの調整変数を含んだ:医師数・若手医師数・看護師数・その他の人員、急性期病床数、緊急入院率、日帰り手術率、平均在院日数、ケースミックス指標、死亡率と再入院率。その結果、全体的には、患者の選択が増すほど、入院待ち期間は短くなっていたが、その程度は大きくはなかった。例えば、同じ診療圏に1病院が増えても、入院待ち期間はほんの数日(待ち期間の1~2%)しか減らなかった。と同時に、選択の程度が非常に高い場合(1診療圏に11病院以上ある場合等)には、逆に入院待ち期間が延長する傾向も見られた。

二木コメント-この結果は、国営医療のイギリスでさえ、患者の選択の過度の増加は過剰需要を産むことを示唆しています。

○医療技術評価の優先順位の設定:最近実際に用いられている方法の体系的レビュー(Noorani HZ, et al: Priority setting for health technology assessments: A systematic review of current practical approaches. International Journal of Technology Assessment in Health Care 23(3):310-315,2007)[国際調査研究]

世界各国の医療技術評価機関が医療技術評価(HTA)の優先順位定のために実際に用いているさまざまな方法を、各種データベースの検索(1996年分以降)と各機関代表者への問い合わせにより、収集・比較した。最終的に10か国(カナダ、デンマーク、イングランド、ハンガリー、イスラエル、スコットランド、スペイン、スウェーデン、オランダ、アメリカ)の11機関が用いている方法を入手でき、それらには実際に用いられている12の優先順位設定の枠組みが含まれていた。11機関の年間予算には大きな格差があり、最多はイギリスのNCCHTA(国立医療技術評価コーディネーションセンター)の2160万米ドル(約24億円)であったが、100万ドル未満も5機関あった。優勢順位の設定基準は59あったが、それらは次の11に分類できた(代替的、予算への影響、臨床への影響、提案された技術の論争的な性格、疾病負荷、経済的影響、倫理的・法的・心理社会的含意、根拠、利益、レビューのタイミング、利用率の変動)。医療技術評価機関によって、政策基準の分類、評価、重み付けは異なっていた。この結果は、医療技術評価機関により優先順位設定の方法には大きな違いがあることを示している。また、優先順位設定に当たって、量的順位付けの諸手法や費用便益分析はほとんど用いられていないことも明らかになった。

二木コメント-医療技術評価の先進国でも、医療技術評価の優先順位の設定法はまだ発展途上なことがよく分かります。

○アメリカにおける1980~2000年の冠動脈疾患死亡減少の説明(Ford ES, et al: Explainng the decrease in U.S. deaths from coronary disease, 1980-2000. New England Journal of Medicine 356(23):2388-2398,2007)[量的研究]

アメリカでは過去20年間に冠動脈疾患死亡率はほぼ半減した。本研究では、IMPACT死亡率モデル(ヨーロッパ、ニュージーランド、中国の研究ですでに妥当性が証明されている統計モデル)を用いて、25~84歳の1980~2000年の冠動脈疾患死亡の減少に対する、内科的・外科的治療とリスクファクターの変化の寄与率を計算した。その結果、治療の寄与率は約47%であり、その内訳は心筋梗塞後の二次的予防または血管再開通11%、心筋梗塞と狭心症の初期治療10%、その他の治療12%であった。リスクファクターの変化の寄与率は44%であり、その内訳は総コレステロール値の低下24%、収縮期血圧の低下20%、喫煙率の低下12%、身体的不活動の低下5%であった。ただし、これらのリスクファクターの改善のかなりの部分は、BMI指数の上昇や糖尿病罹患率の上昇により相殺されていた(両者による死亡率上昇の寄与率はそれぞれ8%、12%)。

二木コメント-私はIMPACT法の詳細は知りませんが、なかなか魅力的な手法のようです。興味深いことに、医学的治療とリスクファクター改善の心疾患死亡率減少寄与率は国により相当違います。例えば、フィンランド(1972~1992年)では治療の寄与率は24%にすぎず、リスクファクター改善の寄与率が76%を占めています(図2)。そのために、本研究やフィンランド等の調査結果をそのまま日本に当てはめることはできず、日本での追試が必要と思います。

次号予告:41号(2008年1月1日号)では、医療経営についての注目すべき実証研究約10本をまとめて紹介します。


5.私の好きな名言・警句の紹介(その36)-最近知った名言・警句等

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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