総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻68号)』(転載)

二木立

発行日2010年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

論文「政権交代と今後のリハビリテーション医療」『地域リハビリテーション』4月号(三輪書店。4月15日発行)に掲載します。これは、3月6日の日本リハビリテーション病院・施設協会「平成21年度リハビリテーション研修会-診療報酬改定とこれからのリハ医療戦略」での講演「民主党政権の医療政策と今後のリハビリテーション医療」の後半部分に加筆したものです。本「ニューズレター」69号(5月1日配信)にも転載予定ですが、早めに読みたい方は、『地域リハビリテーション』掲載論文をお読み下さい。

お願い

「大学院『入院』生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2010年度版)」に含まれていないお薦めの図書がありましたら、お知らせ下さい。その際、推薦理由を簡単にお書きいただければ幸いです。掲載図書の新版・改訂版等が出ている場合も、お知らせ下さい。ご教示いただいた図書の現物をチェックした上で、適宜、2010年度の大学院講義・演習で紹介したり、上記図書リストの2011年度版に加えます。


1.論文:日本の政権交代と民主党の医療政策

-英米との異同にも触れながら
(『日本医事新報』No.4480(2010年3月6日):105-109頁「時論」。『文化連情報』2010年4月号(385号):16-20頁「二木教授の医療時評(その75)に転載)

国民と医療関係者の大きな期待を背負って昨年9月16日に鳩山由紀夫首相率いる民主党と社民党・国民新党の連立政権(以下、民主党政権)が成立して、早くも5か月が経過しました。本稿では、政権交代後5か月間の民主党政権の医療政策を包括的に検討します。 まず、2009年の政権交代の意味を考えます。その際、政権交代先進国であるイギリスとアメリカの政権交代との異同にも簡単に触れます。次に民主党の2009年総選挙マニフェスト中の医療政策を振り返り、三番目に民主党政権成立後5か月間の医療政策を検証します。最後に民主党政権の今後の医療政策を簡単に予測し、「医療費政策」には不確定要素が多いが、医療(保険・提供)制度の「抜本改革」はないことを強調します。

1.2009年の政権交代の意味-英米の政権交代とは異質

まず2009年9月の政権交代の意味・位置づけについて、簡単に私見を述べます。言うまでもなく、今回の政権交代は、第二次大戦後初めての本格的な政権交代です。そのためもあり、民主党政権が成立した直後は、「明治維新以来140年ぶりの真の維新」、「戦後改革以来60年ぶりの大改革」、あるいは「擬似革命」等の高揚した評価が少なくありませんでした。鳩山首相自身も、昨年10月26日の所信表明演説で、「無血の平成維新」、「国民への大政奉還」と宣言しました。

しかし、政権発足後5か月間の動きをみる限り、これは過大評価です。逆に、中曽根康弘元首相は、政権発足直後から、「保守政党から保守政党への政権交代」、政権の「衣替え」と断言していました(1)。私はこの評価に全面的に賛成するわけではありませんが、この側面が強いと思います。

なぜなら、イギリスやアメリカでは、二大政党(それぞれ労働党対保守党、民主党対共和党)の理念・路線と政策に大きな違いがあるのと異なり、日本の民主党と自民党の理念・路線と政策の違いは小さいからです。そのためもあり、両党とも新自由主義派から福祉国家派までの「寄り合い所帯」です。さらに、最近毎日のように新聞・テレビの報道をにぎわしている鳩山首相と小沢幹事長の政治資金スキャンダルで明らかなように、両政党は「政治とカネ」の面でも同根と言えます。

なお、民主党議員の分類にはいくつか議論がありますが、私は、渡辺治氏(一橋大学教授)の次の「3つの構成部分論」がもっとも的を射ていると思います(2)。それは、(1)構造改革漸進路線を追求しようとしている「頭部」(鳩山、岡田、菅、仙谷等)、(2)自民党に代わって民主党による利益誘導型政治を追求している「胴体」(小沢派)、(3)個々の政策では福祉の政治を前進させようと奮闘している「手足」(中堅議員グループ)からなるというものです。

民主党政権は、自公政権との違いとして、「脱官僚」・「政治主導」を強調しており、それに期待している医療関係者も少なくありません。しかし、これは民主党の専売特許ではなく、自民党の小泉純一郎政権が先鞭をつけています。しかも小泉政権が、歴代の自民党政権と比べてもはるかに厳しい医療費抑制政策を「政治主導」で強行し、それが現在の医療荒廃・医療危機を招いたことを忘れてはなりません。

私は、民主党政権に求められているのは、抽象的な「政治主導」ではなく、「国民の生活第一」の視点から、医療・社会保障を拡充し、しかも手続き民主主義を遵守する「政治主導」だと考えています。

2.民主党の総選挙マニフェストの医療政策-実は自民党との差は小さかった

次に、民主党の2009年総選挙マニフェストの医療政策を検討します(3)。私は、民主党がマニフェストで、総医療費と医師数の大幅増加の数値目標(共にOECD平均までの引き上げ)を示したことは画期的だったと高く評価しています。これはイギリスのブレア労働党政権が2000年に開始した総医療費・医師数大幅増加政策の数値目標とまったく同じです。ただし、その財源は具体的には示されず、他の政策と同じく、予算の無駄の削減と埋蔵金頼みでした。実は、同じ自民党・公明党連立政権でも、福田・麻生政権は、小泉政権時代の「小さな政府」から「社会保障の機能強化」へ路線転換しており、総選挙マニフェストでも2010年診療報酬の「プラス改定」を公約していました。

医療保険制度改革については、民主党は高齢者医療制度廃止と医療保険制度の一元的運用を公約しており、この点は自民党と一見大きく異なりました。しかし、他の当時の野党(日本共産党や社民党等)と異なり、老人保健法の復活は盛り込んでいませんでした。医療提供制度改革については、療養病床削減計画「凍結」以外は、自公政権の政策の多くを踏襲していました。しかも、自民党も総選挙マニフェストで「療養病床再編成については、適切に措置する」としており、違いは大きくありませんでした。このように、総選挙マニフェストでみる限り、民主党と自民党との医療政策の差は意外に小さかったと言えます。

ここで見落としてならないことは、民主党の医療政策は、他の政策と同じく、2007年に大転換したことです。民主党は1998年の結党時から小泉政権時代までは「構造改革」の徹底を主張していましたが、2007年参議院議員選挙から「国民の生活が第一」(反構造改革)に急転換しました。医療政策についても、2006年までは、医療費の伸びの抑制と病床数の大幅削減を主張していました。しかもこのような路線の大転換は、「政策より選挙」を持論とする小沢一郎代表(当時)の鶴の一声で行われ、党内論議はほとんどなされませんでした。そのためもあり、2007年に大転換した民主党の医療政策は、底が浅いと言わざるを得ません(4)。ちなみに、民主党関係者の中には、「自由民主党から自由がなくなったのが民主党」と自嘲する方が少なくありません。

3.民主党政権成立後5か月間の医療政策-公約違反と「政治主導」による混乱

第3に、民主党政権成立後5か月間の医療政策を検証します。厳しく言えば、それは公約違反と「政治主導」による混乱とまとめられます。

まず、総選挙マニフェストに掲げられていた「高齢者医療制度廃止」は政権発足直後(10月)に早々と先送りが決定され、4年後に新制度に移行するとされました。医療保険の一元的運用は完全に棚上げされています。

医療費の大幅引き上げも断念され、本年4月からの医療費全体の引き上げは、わずか0.19%にとどまりました。現政権の4年間の任期中、診療報酬改定は今回を含めて2回しかないことを考えると、これにより現政権の任期中に総医療費をOECD平均にまで引き上げることは事実上不可能になりました。しかも、後述するように、0.19%という数字は「偽装」です。

民主党関係者は、医療費の大幅引き上げを断念した主因として税収の大幅落ち込みをあげていますが、私はそれよりも、鳩山政権内での医療政策の優先順位が低いことの方が大きいと思います。なぜなら、2010年度予算総額と厚生労働省予算案は、2009年度当初予算に比べて、それぞれ2.5兆円、2.4兆円も増加し、国債発行額に至っては11兆円も増加しており、もし政権内で医療政策の優先順位が高かったなら、財源は十分に捻出できたからです。

2010年診療報酬改定報道の3つの盲点

ここで、視点を変えて、医療関係者にはあまり知られていない2010年診療報酬改定報道の3つの盲点を指摘します(5)。第1に、医療費「全体」は0.19%引き上げ、「10年ぶりの引き上げ」という報道は虚構であり、薬価の「隠れ切り下げ」(後発品のある先発品の追加引き下げ)を加えると、医療費全体の引き上げは実質0%、厳密には0.03%です。この点は当初一部の専門誌しか報道しなかったのですが、「毎日新聞」は1月31日朝刊の1面トップで「診療報酬増を『偽装』」と大きく報じました。

第2に、公平にみて、プラス改定は政権交代の成果とは必ずしも言えません。なぜなら、先に述べたように、福田・麻生政権は、「社会保障の機能強化」に路線転換し、総選挙マニフェストでも2010年診療報酬の「プラス改定」を公約しただけでなく、2009年度の第一次補正予算(いわゆる15兆円補正)で、医療費を大幅に増やした実績があるからからです。

第3に、医科・歯科の引き上げ率は同率というこれまでの慣例を破り、医科・歯科診療所の引き上げ率に7倍もの格差(0.31%対2.09%)を導入したのは露骨な利益誘導です。このような極端な格差が、日本歯科医師連盟が総選挙後、自民党支持を撤回し民主党に急接近した見返りであることについては、「読売新聞」1月28日朝刊「日歯連の急転向 目算狂う」でも、実名入りで生々しく報道されています。

「新成長戦略」は麻生政権の「未来開拓戦略」と酷似

民主党政権は、自民党やマスコミ・研究者からの成長戦略がないとの批判に答えるためか、昨年12月30日に、「新成長戦略(基本方針)」を閣議決定しました。この「新成長戦略」では、「医療・介護・健康関連産業を成長牽引産業へ」するとされており、その限りでは評価できます。

ただし、これは、麻生政権が昨年4月に決定した「未来開拓戦略」と、以下の3点で酷似しており、民主党政権独自の成長戦略とは言えません。(1)「新成長戦略」は「環境・健康・観光」の三本柱とされていますが、「未来開拓戦略」も「低炭素革命・健康長寿・魅力発揮(観光等)」の三本柱でした。(3)「新成長戦略」は2020年までに医療・介護・健康関連サービスで新市場約45兆円、新規雇用280万人を創出することを目標にしていますが、これは「未来開拓戦略」の2025年までに医療・介護サービスで新市場約49兆円、新規雇用285万人を創出するという目標とソックリです。(3)両戦略は、施策を実現するための財源が不明確であるという点でも、瓜二つです。ちなみに、菅直人副総理は「新成長戦略」発表の記者会見で、主財源として、またもや無駄の排除をあげたと報じられています。

民主党政権もこのことは自覚しているようで、「新成長戦略」の冒頭で、旧政権の10本を優に越える成長戦略の「失敗の本質」は「政治のリーダーシップ、実行力の欠如」だと断じ、民主党政権は「目標に向かって政策を推し進めることのできる政治的リーダーシップ」を発揮すると主張しています。しかし、政権発足後5か月間の実績(特に昨年12月の予算編成の迷走)をみる限り、鳩山首相にリーダーシップがあるとはとても言えません。2月7日に発表された「朝日新聞」、「読売新聞」、「毎日新聞」の世論調査は、いずれも内閣支持率の急落を報じましたが、いずれの調査でも内閣不支持の理由として飛び抜けて高かったのが「実行力の欠如」(「朝日」48%)、「首相に指導力がない」(「読売」38%)、「指導力に期待できない」(「毎日」37%)でした。

民主党政権の医療改革手法の危うさ

民主党政権の5か月間の医療政策の検証の最後に、医療改革手法の危うさを指摘します(6)。なお、私は、医療改革の価値判断を行う際、改革の内容の適否と改革の手続きの適否を峻別」し、後者については「手続き民主主義」(due process)を重視し、「大事なのは内容(だけ)」、「目的のためには手段を選ばず」という立場はとりません。

先述したように民主党政権は「政治主導」を掲げていますが、医療政策での政治主導の実態は、厚労省(医系技官)と日本医師会叩きを主目的とした特定の「お友達グループ」主導と言えます。そのことが、最初に明らかになったのは、昨年10月の中医協委員の選任時に、日本医師会推薦委員3人全員を排除したことであり、これは社会保険医療協議会法違反と言えます。なぜなら、同法第3条では「医師、歯科医師及び薬剤師を代表する委員」については、「地域医療の担い手の立場を適切に代表し得ると認められる者の意見に、それぞれ配慮するものとする」と規程されているため、医師を「代表し得る」組織として、全医師の三分の二が加入している日本医師会を排除することはできないからです。これ以降、民主党は医療団体に対して民主党支持を求める政治圧力を強めています。

医療改革手法の危うさが次に明らかになったのは、昨年11月に行われた2010年度予算編成のための「事業仕分け」で、民主党の総選挙マニフェスト(公約)に反して、診療報酬の引き上げが否定されました。私は、「事業仕分け」は、(1)「仕分け人」(正確には、評価者)に新自由主義派が多数含まれている、(2)財務省主導、(3)「劇場型政治」の3点で、小泉政権の「構造改革」手法とソックリだと思います。

先述したように、民主党が総選挙マニフェストで掲げた医療政策の「中身」(医療費・医師数の増加、医療制度の部分改革)は、福田・麻生政権の医療政策と共通点が多いのですが、医療政策の「手法」に関しては、小泉政権との類似点が多いと言えます。

4.民主党政権の今後の医療政策-流動的で不確定だが「抜本改革」はない

最後に、民主党政権の今後の医療政策を簡単に予測します。私は、「政治とカネ」の問題で民主党政権の支持率が急落し、民主党内にも動揺が生まれていることを考慮すると、現在の鳩山政権の行方自体が流動的であり、「政界は一寸先は闇」という、故川島正次郎自民党副総裁の金言がそのまま当てはまると思います。

医療政策のうち、「医療費政策」については、現状のままでは、民主党政権が2006年以前の(公的)医療費抑制政策に再転換する危険が大きいと危惧しています。具体的には、小泉政権時代にさえ否定された混合診療(全面)解禁論が再浮上する可能性があります。これは杞憂ではなく、1月12日に発足した行政刷新会議医療・介護分野分科会では、「混合診療の在り方の見直し」の検討が始まっています。しかも、混合診療解禁論は経済官庁・大企業出身の民主党議員や民主党のブレーン医師に根強いことも見落とせません。

他面、民主党が、国民負担増(社会保険料、消費税等の引き上げ)を正面から打ち出し、それを安定財源として医療費増加政策に本格的に転換する可能性もないわけではないと思っています。この点では、昨年11月に発足した「適切な医療費を考える議員連盟」(会長桜井充参議院議員、事務局長梅村聡参議院議員議員)や市民派議員の奮闘に期待したいと思います。民主党は自民党に比べはるかに若い政党であり、中堅・若手議員の中には、医療関係者の事実に基づいた要望に対して、真剣に耳を傾ける方が少なくありません。また、現在は危うい民主党政権の医療改革手法にも徐々に「学習効果」が出て、軌道修正される可能性もあります。

このように、民主党政権の医療政策のうち、「医療費政策」は流動的で不確定ですが、確実なことが1つあります。それは、医療(保険・提供)制度の「抜本改革」は今後もなく、「部分改革」が続くことです。私は、どんな政権も、日本の医療制度の2つの柱(国民皆保険制度と非営利医療機関主体の医療提供制度)を維持した部分改革したできないと考えています。

政権交代でも医療制度の根幹は変わらない

そして、政権交代でも医療制度・政策の根幹が変わらないことは、イギリス・アメリカをはじめ、主要先進国の1980年代以降の医療改革の「経験則」です。例えば、世界に先駆けて新自由主義的改革を推進したイギリスのサッチャー保守党政権(1979~1990年)はNHS(国民保健サービス)の民営化を水面下で試みましたが、国民の反対が強く断念しました。逆に、ブレア労働党政権は、先述したように医療費・医師数の大幅増加政策を推進しましたが、保守党政権が実施した医療制度改革(手法)の相当部分を踏襲しました。

アメリカの歴代の共和党政権(レーガン政権、父ブッシュ政権、子ブッシュ政権)も、高齢者・低所得者対象の公的医療保障制度(メディケア・メディケイド)は維持しましたし、子ブッシュ政権は薬剤費を支給対象に加えるメディケアの拡大を行いました。逆に、民主党のクリントン政権は国民皆保険制度の実現に失敗しましたし、それに学んだ現オバマ政権は、国民皆保険制度の実現(=抜本改革)は当面めざさず、民間医療保険の適用拡大(=部分改革)での政策的妥協をめざしています。

それだけに、医療関係者は、民主党政権下で医療制度の抜本改革・「維新」が可能との幻想を捨て、同政権の医療政策に対して「希望を持ちすぎず、絶望しすぎず」、制度の部分改革と自己改革を積み重ねていく必要があると思います。

[本稿は、2月11日に開催された日本医療政策機構「医療政策サミット2010」の「特別ゲスト対談:政権交代と医療改革-英米の医療保険改革」での報告に加筆したものです]

文献

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2.大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書

(2010年度版、Ver.12)(別ファイル:大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2010年度版,ver.12)(PDF))

 1999年度以来、入学式後の大学院合同オリエンテーションの「おみやげ」として配布しているものの最新版で、2009年度版に9冊追加すると共に、4冊新版へ更新し、9冊削除しました(合計200冊。追加・更新分の書名の後に●印)。今回追加・更新した13冊とコメントは以下の通りです(掲載順。ゴチックは私のお薦め本)。

【追加した9冊】

【新版への更新4冊】

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算53回.2010年分その1:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○ドイツと日本の公的介護保険の教訓
(Campbell JC, Ikegami N(池上直己), et al: Lessons from public long-term care insurance in Germany and Japan. Health Affairs 29(1):87-95,2010)[比較研究]

アメリカ議会は、障害者の長期サービス費用負担を軽減する任意保険プログラムを中核とする、地域生活援助サービス・支援(CLASS)法案を検討している。ドイツと日本は、家族介護者を支援し、利用者が必要とされるサービスを柔軟に利用できる普遍的社会保険プログラム(介護保険制度)をすでに有している。本論文では、両国の介護保険制度の目的、受給プロセス、サービスの範囲と規模、および持続可能性を比較し、それらのアメリカへの適用可能性を検討する。
公式統計だけでなく非公式資料も加味して、3か国の2005年の65歳以上の高齢者1人当たり公的長期ケア費用(購買力平価表示の米ドル。ドイツと日本は介護保険給付費以外の公的費用も含む)を比較したところ、アメリカはまだ介護保険がないにもかかわらず、1605ドルで、ドイツ(1185ドル。うち290ドルは現金給付)より35.4%も高く、日本(1751ドル)より8.3%低いだけだった。アメリカの高齢者の1人当たり施設ケア費用(1094ド)は、ドイツ(654ドル)だけでなく、日本(1061ドル)よりも高かった。それに対して、アメリカでは公的長期ケアを受けている高齢者の割合は4.5%で、日本の13.5%、ドイツの10.5%よりはるかに少なかった。
二木コメント-3か国の高齢者1人当たり公的長期ケア費用を包括的かつ厳密に推計・比較した初めての研究です。日本の費用が介護保険の先輩であるドイツより5割近く(47.8%)も高いことは驚きです。ただ、アメリカでの公的介護保険制度導入論議の促進を目指して書かれたためか、日本の介護保険制度はやや「バラ色」に描かれている気がします。

○[私的]医療保険-診断は明確だが、治療法は不確実
(Health insurance - Clear diagnosis, uncertain remedy. The Economist February 20th:54-56,2010)[評論]

各国政府は医療へのアクセスの拡大と医療効率化のために私的医療保険(以下、私的保険)を重視しつつある。しかし、彼らは私的保険に期待しすぎているのではないか?
私的保険の現在の役割は国によって異なり、以下の3種類に分けられる。(1)アメリカ、オランダ、ドイツでは私的保険は公的保険の対象外の国民をカバーしている。(2)オーストラリア、イギリス、アイルランド、ニュージーランドでは、私的保険と公的医療制度の給付範囲は重複しており、私的保険はよりよいサービスか入院待ちの短縮を提供している。(3)多くの国、特にフランスでは、私的保険は公的保険の患者自己負担を補足(肩代わり)している。それに加え、各国政府は公的医療制度を悩ませている3つの問題(アクセスの悪さ、費用の高騰、イノベーションの欠如)を解決するために私的保険の普及を促進しようとしている。

まずアクセスについてみると、私的保険は、「良いとこ盗り」をする可能性があり、それを禁止するための規制が必要となる。次に費用についてみると、私的保険は患者自己負担の肩代わり等により、医療の過剰利用を誘発し、結果的に公的医療費も総医療費も増加することがOECDの調査研究で確認されている。私的保険がカバーする医療費の割合が高い国(アメリカ、フランス、ドイツ、スイス)は1人当たり医療費が非常に高い国でもある。第3に私的保険がイノベーションを促進するとの主張の根拠も薄弱である。

それにもかかわらず、私的保険の擁護者は存在し、特にアメリカでは国民が医療サービスを他の消費財・サービスと同様に見なしており、他国の国民より要求水準が高いため、私的保険の存在意義があるとされている。しかしそれにより提供されている高水準のサービスが健康の増進をもたらしているかは不明である。
二木コメント-The Economistらしい、バランス感覚あるレポートです。全3頁の短かいものですが、日本でも最近一部の論者が主張している私的医療保険拡大論が幻想に過ぎないことを簡潔に示しています。なお、本レポートで引用されているOECDレポートは、 "Private Health Insurance in OECD Countries" (2004)だと思います(OECDのホームページから全文ダウンロード可能。詳しくは、本「ニューズレター」14号(2005年10月)参照)。

○[アメリカにおける]1入院当たり包括払い導入前後のリハビリテーション専門病院のパフォーマンス[の変化]
(Thompson JM, et al: Performance of freestanding inpatient rehabilitation hospitals before and after the rehabilitation prospective payment system. Health Care Management Review 35(1):36-45,2010)[量的研究]

アメリカのメディケアの入院医療では、1983年に急性期病院に対して診断群別1入院当たり包括払い方式が導入されたのに続いて、2002年にはリハビリテーション施設(病棟・病院)に対してもケースミックスグループ別1入院当たり包括払い(以下PPS)が導入された。その対象は2006年現在、病院のリハビリテーション病棟約1000、リハビリテーション専門病院217であり、これら施設は収入のほとんどをメディケアに依存している。リハビリテーション専門病院のうち、PPS導入前後、各2年間の医療・経営データが得られた140病院を対象にして、営利・非営利別に、パフォーマンスの変化を検討した。

その結果、営利病院(96病院。PPS導入前平均69床)では、在院日数は17.95日から15.47日へと2.48日減少したが、病床利用率は77%から76%へと微減にとどまり、患者1人当たり常勤換算職員数(以下、職員数)は3.38人から3.61人に0.23人増加した。入院患者1人当たり収入は13,043ドルから12,917ドルに減少したが、退院患者数は1116人から1285人に増加し、営業利益率は8.30%から16.70%に倍増した。非営利病院(44病院。PPS導入前平均73床)の数値もほぼ同じ動きを示した。非営利病院の職員数はPPS導入前は5.34人で非営利病院に比べてはるかに多く、そのために営業利益率は-7.20%の赤字であったが、PPS導入後はそれぞれ5.65人、-0.60%となり、ほぼ収支均衡した。以上の結果は、リハビリテーション専門病院の経営者は、営利・非営利とも、PPS導入に伴う財政的インセンティブに適応したことを示唆している。

二木コメント-リハビリテーション医療へのPPS導入後初めての全国調査だそうです。日本のリハビリテーション専門病院に比べ、平均在院日数が極めて短く、職員数が桁違いに多いこと、および営利病院の多さ、非営利病院に比べた職員数の相対的少なさ、および利益率の非常な高さに驚かされます。

○[アメリカの]ナーシングホームケアにおける量[入所者数]とアウトカムの関係:長期入所者の機能[ADL]低下の検討
(Li Y, et al: The volume-outcome relationship in nursing home care : An examination of functional decline among long-term care residents. Medical Care 48(1):52-57,2010)[量的研究]

病院医療では患者数と臨床的アウトカム改善の間に関係があることを示した膨大な実証研究がある。本研究では、2004年と2005年の全米のナーシングホーム9336の長期入所者605,443人のMinimum Data Setファイルを用いて、ナーシングホームの長期入所者数と機能(ADL)低下との間にも同様な関係があるか否かを検討した。アウトカム指標としては4つの基礎的ADLの連続四半期間の変化を用い、random-effects ロジスティック回帰分析を行った。ナーシングホームは入所者数により、4段階に分けた(最少は30-51人、最多は101人以上)。

その結果、入所者数が多いナーシングホームほど、他要因を調整しない機能低下率は低い傾向がみられた。入所者の諸特性を調整後は、入所者数が多いホーム(101人以上)の入所者数が少ないホーム(30-51人)に対する機能低下のオッズ比は0.82であり、入所者数が多いホームほど機能低下率が低いことが再確認された。
二木コメント-ナーシングホームを対象にして入所者数とアウトカムとの関係を定量的に検討した初めての研究だそうです。日本では小規模施設が推奨される傾向がありますが、少なくともADLの維持に関しては大規模施設の方が優れているという結果です。ただし本調査では、アウトカムとして入所者の心理面やQOLは評価されていません。

○[オランダの薬剤処方]ガイドラインは均一な診療をもたらすか?
(de Jong JD, et al: Do guidelines create uniformity in medical practice? Social Science and Medicine 70(2):209-216,2010)[量的研究]

診療のバラツキは政策的関心を呼んでおり、診療ガイドラインを開発する理由の一つになっている。ガイドラインが均一な診療をもたらす、あるいは診療のバラツキを減らすという仮説を検証するため、オランダ一般医会が家庭医のために1989年以降作成した薬剤処方のボランタリー・ガイドラインの影響を、1987年と2001年に実施された2回の「全国一般診療調査」のデータを用いて検討した。なお、オランダの公的医療保険では、家庭医が「門番」機能を果たしている。第1回調査の対象は一般診療所103、一般医106人(33.5万人の住民を担当)、第2回調査の対象はそれぞれ104、195人(同39.0万人)である。全病名を、ガイドラインが作成されている病名と作成されていない病名の二群に分けた。診療のバラツキの指標としてHerfindahl-Hirschman指数(HHI。数値が低いほどバラツキが大)を用い、両群のバラツキの変化をマルチレベル分析で検討した。

その結果、1987年調査に比べて2001年調査では、薬剤処方のバラツキは全体的に増えていたが、ガイドラインが導入された病名群の方がバラツキの増加は少なかった。ガイドラインの効果は単独開業している医師の方が大きかった。ただし、ガイドラインがバラツキそのものを減らす効果は認められなかった。

二木コメント-この結果は、医学・医療技術の進歩により診療は複雑化するため、診療のバラツキが大きくなることは避けられず、ガイドラインによりバラツキそのものを減らすことはできないことを示していると思います。

○代理変数による医療の配給-アメリカにおける費用効果分析と閾値を[1QALY当たり]5万ドルとする誤用
(Bridges JFP, et al: Healthcare rationing by proxy - Cost-effectiveness analysis and the misuse of the $50000 threshold in the US. Pharmacoeconomics 28(3):175-184,2010)[評論・文献研究]

近年、アメリカでは、医療分野での費用効果分析が広く行われるようになっているが、費用対効果判定の基準・閾値としてよく用いられている1QALY(質調整生存年)当たり5万ドルを21世紀にも用いると、費用効果分析の妥当性は危機にさらされる。この閾値の初出はKaplan・Bush論文(1982年)で標準的な血液透析の閾値を5万ドルとしたこととされているが、同論文はその計算根拠を示していないし、それ以外にも5万ドルの計算根拠を示した論文はない。国際的にはイギリスのNICEが新技術の採用時に同様の閾値を用いているが、その理論的・実証的根拠はない。今や5万ドルという固定的閾値は廃棄すべきであり、費用効果分析の結果を解釈する際に何らかの閾値を用いる際には、支払い者、対象人口、場合によっては個々の技術ごとに異なる閾値を用いるべきである。

二木コメント-詳細な文献研究により、日本でも紹介・引用されることが多い、費用効果分析の「5万ドルの閾値」説に実証的根拠がないことを疑問の余地無く明らかにした論争的論文です。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その62)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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