総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻73号)』(転載)

二木立

発行日2010年08月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

前号の「ニューズレター」(72号。2010年7月1日配信)で別ファイルとして送れなかった、座談会「徹底討論 『医療の産業化』のあり方を問う-医療を通じた成長 混合診療拡大の是非」(『週刊東洋経済』2010年6月12日号(第6266号):82-87頁)のPDFファイルは、上記いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に掲載されています


1.論文:「保険外併用療養の範囲拡大」はごく限定的にとどまる-6月18日閣議決定の正しい読み方

(「二木立教授の医療時評(その79)」『文化連情報』2010年月8月号(389号):16-20頁。圧縮版を「日経メディカルオンライン」「私の視点」2010年7月20日に先行掲載

6月8日に成立した菅直人内閣は、6月18日に「規制・制度改革に係る対処方針」を閣議決定しました。その「ライフイノベーション分野」の「規制改革事項」のトップは「保険外併用療養の範囲拡大」であり、「現在の先進医療制度よりも手続きが柔軟かつ迅速な新たな仕組みを検討し、結論を得る」とされました。これは、6月15日に内閣府行政刷新会議の規制・制度改革に関する分科会が発表した「規制・制度改革に関する分科会第一次報告書」の内容をそのまま追認したものです。

菅内閣は同じ6月18日に「新成長戦略~『元気な日本』復活のシナリオ~」も閣議決定し、「経済成長に特に貢献度が高いと考えられる21の施策」を「国家戦略プロジェクト」に選定しましたが、「ライフ・イノベーションにおける国家戦略プロジェクト」のトップに「医療の実用化促進のための医療機関の選定制度等」があげられ、「患者保護、最新医療の知見保持の観点で選定した医療機関において、先進医療の評価・確認手続きを簡素化する」等、上記「対処方針」よりも一歩踏み込んだ記載がなされました。

これを受けて、「日本経済新聞」は6月17~19日の3日連続、2回の社説および大林尚編集委員の署名記事で、「混合診療を拡充」、「混合診療拡大 踏み込む」等と大きく報じました。

他の全国紙の報道は同紙に比べるとはるかに抑制的でしたが、有力なブロック紙である「中日新聞」は、6月16日朝刊の1面トップで、「未承認薬使用可能に 政府方針」「全国200医療機関 患者に迅速提供」と大々的に報じ、7月6日朝刊では「『混合診療解禁』の掛け声が高まってきた」で始まる大きな解説記事(野村由美子記者)を掲載しました。ただし、「中日新聞」の両記事は、現在「混合診療は原則禁止されている」と書くだけで、保険外併用療養制度により混合診療がすでに部分解禁されていることには一言も触れていませんでした。

そのため、これらの記事を読んだ医療団体や患者・市民団体の方々からは、「今後混合診療が急速に拡大するのでは?」、「今回の閣議決定は混合診療全面解禁の前触れでは?」との不安が出されています。しかし、閣議決定をていねいに読むと、それは杞憂であり、今後も、「保険外併用療養の範囲拡大」はごく限定的にとどまることが分かります。以下、私がこう判断する3つの理由を書きます。最後に、「保険適用の迅速化」が含まれない今回の閣議決定は、民主党が昨年8月に発表した総選挙公約に違反することを指摘します。

「混合診療」という用語が完全に消失

私が、今後も、「保険外併用療養の範囲拡大」はごく限定的にとどまると判断する第一の理由は、上述した2つの閣議決定では「混合診療」という用語が完全に消失しており、これは「混合診療原則解禁」が事実上否定されたことを意味するからです。

実は、規制・制度改革に関する分科会の第1回会議(3月29日)で示されたライフイノベーションWGの「検討テーマ」では「保険外併用療養(いわゆる「混合診療」)の原則解禁」と記載されていましたし、ライフイノベーションWGの第1回会議(4月5日)、第2回会議(4月14日)、第3回会議(4月21日)でも、松井道夫、阿曽沼元博、土屋了介の3委員等が、混合診療原則・全面解禁論(以下、原則解禁論)を正面から主張していました(「議事概要」より。以下、同じ)。

ところが、第4回会議(4月29日)では、事務局が、突然、「保険外併用療養の範囲拡大」に名称を改めることを提案しました。この理由の説明はまったく示されませんでしたが、委員からも特に異論はなく、了承されました。上述したように、「対処方針」では「現在の先進医療制度よりも手続きが柔軟かつ迅速な新たな仕組みを検討」することとされていますが、これは評価療養制度に代わる「新たな仕組み」ではなく、同制度の枠内での「新たな仕組みを検討する」こと、つまり混合診療原則解禁の否定を意味するのです。

実は、この前触れか、第3回会議では、混合診療原則解禁論の急先鋒である松井道夫委員が、「ある意味妥協して、これまでの無条件の全面解禁とは言っていないのです」と発言し、明らかにトーンダウンしていました。

拡大対象は限定的で現行制度でも対処可能

第2の理由は、「対処方針」に示されている、「保険外併用療養の範囲拡大」の対象として「具体的」に例示されているは、以下の3種類の医療・療法の「一部」にすぎず、ごくごく限定的だからです。①再生医療等を含めた先進的な医療、②我が国では未承認又は適応外の医薬品を用いるものの海外では標準的治療として認められている療法、③他に代替治療の存在しない重篤な患者に対する治験中又は臨床研究中の療法。

しかし、これらの3つの医療・療法はいずれも、現行の保険外併用療養制度の下でも、「先進医療」、特にその一部である「高度医療」(2008年4月制度化)の適用を「柔軟かつ迅速」に行えば、十分に対処できます。具体的には、「高度医療」の対象となる医療技術は、「(1)薬事法上の承認又は認証を受けていない医薬品・医療機器の使用を伴う医療技術、(2)薬事法上の承認又は認証を受けている医薬品・医療機器の承認内容に含まれない目的での使用(いわゆる適応外使用)」とされています(厚生労働省「高度医療評価制度の概要」)。

それどころか、(2)の適応外の医薬品の使用に関しては、わざわざ「先進医療」の対象としなくても、いわゆる「55年通知」を使うことで、直接保険給付の対象とすることも可能です。「55年通知」とは、昭和55年に保険局長が支払基金理事長あてに出した通知であり、有効性・安全性が確認された医薬品について、医師が薬理作用に基づいて処方した場合も適正に審査する(=柔軟に保険請求を認める)ことを示しています。この点については、6月23日の中央社会保険医療協議会(中医協)で、医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議における検討状況が報告されたときに、嘉山正孝委員が「55年通知を使えば適応外薬のドラッグ・ラグは一気に解決する」と述べ、安達秀樹委員もそれに賛意を示したそうです(『週刊社会保障』No.2586:22頁)。
しかも「55年通知」は単なる古証文ではなく、厚生労働省(保険局医療課長)は、2007年9月21日に社会保険診療報酬支払基金に対して、この通知に基づいて、医薬品の適応外使用事例47例を妥当適正なものであると認める新たな通知を出しています。

「事後チェック行政へ」の転換が否定された

第3の理由は、ライフイノベーションWGが執拗に求め、4月30日の第2回規制・制度改革に関する分科会資料の「ライフイノベーションWG 検討の視点」に含まれていた「事前規制から事後チェック行政へ」の転換という表現が、両閣議決定には含まれず、「事前規制」の大原則が維持されたからです。具体的には、上記3つの医療・療法の「一部について、一定の施設要件を満たす医療機関において実施する場合には、その安全性・有効性の評価を厚生労働省の外部の機関において行うこと等について検討する」とされました。

「安全性・有効性の評価を厚生労働省の外部の機関において行う」ことをライフイノベーションWGの成果と評価する方もいますが、現行の「先進医療」の安全性・有効性についても、実際の評価は大学等の外部臨床有識者で構成される「先進医療専門家会議」が行い、厚生労働省がその結果をほとんど追認していることを考えると、大きな変化とは言えません。

行政刷新会議の巻き返しは困難

以上から、私は、今回の閣議決定によっても、「保険外併用療養の範囲拡大」はごく限定的にとどまると判断しています。私は本「医療時評(その78)」「行政刷新会議WGが投じた混合診療解禁論の変化球」(本誌2010年6月号)で、行政刷新会議の規制・制度改革に関する分科会が4月30日に明らかにした、ライフイノベーションWGの「保険外併用療養の範囲拡大」方針を、混合診療原則解禁の「変化球」と位置づけました。しかし、その後、厚生労働省(と民主党医系議員)の水面下の粘り強い努力、および民主党政権にかなりの影響力があると思われる原中勝征日本医師会会長の明確な反対表明により、それはよい意味で「骨抜き」にされたと言えます。

もちろん、今後、「対処方針」具体化の検討過程で、(1)保険外併用療養の対象、(2)「一定の施設要件を満たす医療機関」の基準、(3)安全性・有効性の評価基準、(4)厚生労働省の外部の評価機関のあり方について、行政刷新会議と厚生労働省との間で熾烈な、しかし不毛で消耗な議論が続くことは確実です。すでに、行政刷新会議は、特に(1)~(3)について大幅な規制緩和を求めていると報じられています。

しかし、私は以下の3つの政治的理由から、行政刷新会議の「巻き返し」は困難で、失敗に終わると予測しています。第1は、「対処方針」具体化の責任官庁が厚生労働省とされたことです。第2は、当時野党だった民主党も含め、全会一致で成立した特定C型肝炎ウイルス感染被害者救済特別措置法(通称:薬害C型肝炎感染被害者救済法。2008年1月16日公布)が、「[政府は]今回の事件の反省を踏まえ、命の尊さを再認識し、医薬品による健康被害の再発防止に最善かつ最大の努力をしなければならない」(法前文)と規定しているため、安全性・有効性の評価基準を大幅に緩めることは困難だからです。第3の理由は、薬害エイズ事件で勇名をはせた菅直人首相が、医系議員や薬害C型肝炎原告団だった市民派議員等が強く反対している安全性・有効性の評価基準の規制緩和を「政治決断」するとは考えられないからです。

以上3つは、7月11日の参議院議員選挙の前に考えた理由ですが、選挙結果により第4の決定的理由が加わりました。それはもちろん、同選挙で民主党が大敗し、参議院での単独過半数を達成できなかったからです。

そして、このように「保険外併用療養の範囲拡大」がごく限定的にとどまる限り、それによる市場の拡大もごく限定的にとどまります。これは私の独断ではなく、ライフイノベーションWGの第1回会議(4月5日)で、混合診療原則解禁の急先鋒である松井道夫委員も、「[混合診療解禁を-二木]高度医療といったものにもし限定するとなると、多分対象は数十億とか、その程度のマージナルな部分の改革にしかならない」と、率直に認めています。「保険外併用療養の範囲拡大」を「先進医療」に限定したにもかかわらず、それを「経済成長に特に貢献度が高い施策」と位置づけた「新成長戦略」は自己矛盾に陥っていると言えます。

「保険適用の迅速化」がないのは公約違反

以上、2つの閣議決定を「所与の事実」とした上で、私の事実認識と「客観的」将来予測を述べてきました。最後に、今回の閣議決定は、民主党の昨年の総選挙公約に違反することを指摘します。

当時民主党は、「民主党政策集INDEX2009医療政策<詳細版>」で、次のように公約しました。「新しい医療技術、医薬品の保険適用の迅速化-製造・輸入の承認や保険適用の判断基準を明確にして、審議や結果をオープンにし、その効果や安全性が確立されたものについて、速やかに保険適用します」。そのため、今回の閣議決定で「保険外併用療養の範囲拡大」、「先進医療の評価・確認手続きの簡素化」のみを決め、「新しい医療技術、医薬品の保険適用の迅速化」に触れていないのは、公約違反と言えるのです。

今後、「保険外併用療養の範囲拡大」のみが先行し、「保険適用の迅速化」が行われない場合は、経済力のない患者は、高額の先進医療(分子標的薬等の最新の抗がん剤には、薬剤費総額が数百万円に達するものもある)の恩恵を受けられない状態が続き、患者の所得水準により受けられる医療が変わる「階層消費」が生じることになります。

私は、このような深刻な事態を招きかねない「保険外併用療養の範囲拡大」方針は、貧富の差なく平等で高水準な医療を受けられるという国民皆保険制度の崇高な理念に背くだけでなく、「社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供される」とした小泉政権時代の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針」(2003年3月)にも反すると考えます。

小泉政権時代の経済政策を「行き過ぎた市場原理」と厳しく批判し、「強い社会保障」を標榜する菅直人首相(6月11日の所信表明演説)が、医療政策(の一部)については、医療崩壊を誘発した小泉首相よりもさらに「行き過ぎた市場原理」的改革を行おうとすることには強い疑問を感じます。

なお、公平に言えば、本来「評価療養」(先進医療)は「将来的な保険導入のための評価を行う」とされているため、もし「先進医療の評価・確認手続きの簡素化」が適正に行われた場合には、結果的に保険導入のスピードが速まることも期待できます。私自身も、小泉政権時代の2004年12月に混合診療部分解禁の政治決着がなされたときに、そのように「複眼的に評価」したことがあります(『医療改革-危機から希望へ』勁草書房、2007、50頁)。しかし、民主党政権成立後、民主党が総選挙で公約した医療政策が、医療費の大幅増加をはじめ、次々に反古にされている現実を踏まえ、本稿では敢えて厳しい評価をしました。

[本稿の圧縮版を、「日経メディカルオンライン」(http://medical.nikkeibp.co.jp/)「私の視点」2010年7月20日に掲載しました。]

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2.談話:参院選後の医療政策の見通し

(『日本医事新報』No.4500(2010年7月24日):10頁)

医療政策の大半は自公政権との連続性が強い

参議院選挙で民主党が大敗し、1年ぶりに「ねじれ国会」が復活した結果、個別の医療政策の予測は従来以上に困難になった。しかし、確実に言えることが少なくとも3つある。

第1は、参院選の結果にかかわらず、医療(保険・提供)制度の「抜本改革」は今後もなく「部分改革」が続くことである。本誌4480号時評欄の拙論「日本の政権交代と民主党の医療政策」[本「ニューズレター」68号(2010年4月)に転載]で示したように、政権交代でも医療政策の根幹が変わらないことは、主要先進国の「経験則」である。民主党は昨年9月の政権発足当初は「政治主導」で強引に医療改革を進めようとしたが、現実の医療政策の大半は自公政権時代との連続性が強い。

第2は、今後、民主党政権は、政権発足後10か月間のような乱暴な国会運営(強行採決の乱発等)ができなくなり、与野党の合意形成を目指すようになることである。その直接の理由はもちろん、与党が参院で少数派になっただけでなく、衆院でも三分の二の議席を持っていないためである。しかし、それだけでなく、この間、民主党政権にある程度の「学習効果」が生じていることも見落とせない。

実は、私は、今回の参院選で民主党が敗北しても、民主党と「みんなの党」(小泉構造改革の継承=「小さな政府」を主張)との連立政権ができれば、混合診療の拡大(「保険外併用療養の範囲拡大」)等、医療分野への市場原理導入がかえって進む可能性があると危惧していた。しかし、両党を合わせても参議院の過半数には達しないため、その可能性は少なくとも当面なくなった。

医療団体は保険料引上げを正面から訴えよ

第3は、公的医療費総枠拡大の主財源が社会保険料であることが今後ますます明確になることである。参院選前は、消費税率引上げが医療費増加の財源になると期待している医療関係者が少なくなかった。それに対して私は、以前から、消費税率が引き上げられても、医療費に回される部分はほとんどないと指摘していたが、民主党の敗北により、消費税率の引上げそのものが少なくとも今後3年間凍結されることがほぼ確定した。

医師会・医療団体は、2012年に診療報酬の大幅引き上げを実現するために、社会保険料の引き上げ(もちろん低所得者には十分配慮して)を正面から訴えるべきであろう。

ただし、それに対する国民の納得を得るためには、「医療者の自己改革と医療の透明化」が不可欠である。

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3.スピーチ:「隅一」にならず、これからも研究業績を積み重ねてください

(2010年7月8日 山田壮志郎君の社会政策学会学会賞(奨励賞)受賞記念祝賀会へのメッセージ)

[山田壮志郎君(2010年度から日本福祉大学社会福祉学部准教授)は、『ホームレス支援における就労と福祉』で2008年度に日本福祉大学で学位(社会福祉学)を取得し(最後の1年のみ私が指導教員)、それを2009年度に書籍(明石書店)として出版して、本年6月19日に開かれた第120回社会政策学会で第16回社会政策学会賞(奨励賞)を受賞しました(学会基準で公式の受賞年は2009年)。日本福祉大学教員で同賞を受賞したのは、私(第5回:1998年。対象は『保健・医療・福祉複合体』)、近藤克則教授(第12回:2005年。対象は『健康格差社会』)に続いて3人目で、大学別受賞者数は日本福祉大学が最多と思います。]

第16回社会政策学会学会賞(奨励賞)の受賞、しかも歴代受賞者中最年少での受賞、おめでとうございます。この受賞を励みにして、これからも「隅一」にならず、研究業績を積み重ねることを期待します。

「隅一」とは、もともとは野球用語で、1回にどちらかのチームが1点を取った後、その後は9回まで両チームとも点がとれず、結局その1点で終わる試合を指します。この用語を研究者にも転用して、若いときに研究書を1冊出しただけで、その後は研究書をまったく出版しない研究者のことを「隅一」と呼ぶと、日本社会福祉学会の古川孝順理事長から最近お聞きしました。なお、この場合、教科書や啓蒙書は数えないそうです。

私の経験でも、立派な博士論文を書き上げて、それを出版したものの、それ以降はまったく研究書の出版をしない研究者が少なくありません。特に、社会福祉学領域は、社会福祉士国家試験があるためもあり、分担執筆の教科書のニーズが非常に多く、それの執筆と出版でお茶を濁すことが可能なため、「隅一」研究者が特に多い気がします。

山田君には、この悪弊に染まらずに、今から次の研究書の出版を展望して、理論・実証研究をコツコツ進めることを期待します。もちろん、大学教員として、教育と校務(次期学部委員?)をシッカリこなしながら。


4. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算56回.2010年分その4:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算54回.2010年分その2:6論文

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカの]1987~2006年のメディケア医療費増加中の慢性疾患の寄与率
(Thorpe KE, et al: Chronic conditions account for rise in Medicare spending from 1987 to 2006. Health Affairs 29(4):718-724,2010)[量的研究]

1987、1997、2006年のメディケア加入者・医療費調査を用いて、医療費ベースで上位10疾患の受療、医療費増加、治療を受ける場所の変化を調査した。上位10疾患全体の医療費の総医療費増加(インフレ調整済み。以下同じ)に対する寄与率は1987~1997年47%、1997~2006年51%で安定していた。心疾患受療者数の総受療者数に対する割合は、3時点とも四分の一でほとんど一定だったが、心疾患医療費の総医療費増加寄与率は1987~1997年の14%から1997~2006年の0.25%へと激減していた。逆に、糖尿病、関節炎、高脂血症、腎疾患、高血圧、精神疾患の6(慢性)疾患の合計医療費の1997~2006年の総医療費増加寄与率は約三分の一に急増していた。心疾患治療が主として入院で行われるのに対して、これら疾患の治療は外来と在宅で行われていた。

二木コメント-日本でも追試する価値があると思います。ただし、日本では、アメリカと異なり総医療費に対する入院外医療費の割合がもともと高かったので、アメリカで生じたような入院医療費の割合の急減は生じていません。

○[アメリカにおける]医療化の費用の推計
(Conrad P, et al: Estimating the costs of medicalization. Social Science and Medicine 70(12):1943-1947,2010)[量的研究]

医療化(メディカリゼーション)は非医療的問題が医療的問題(通常は疾患または異常)と定義されて、治療されるプロセスであり、アメリカではこれが医療費増加の主因との懸念も生まれている。本研究では、医療化されている状態(conditions)として、不安障害、行動障害、美容整形、勃起障害、不妊症、男性型脱毛症、閉経、正常妊娠・分娩、通常の悲哀(normal sadness)、肥満、睡眠障害、薬物嗜癖の12を選び、既存の官民の各種統計を用いて、それらの直接医療費を推計した。その結果、それは2005年で771億ドルであり、総医療費に対する割合は3.9%であった。12の状態のうち、もっとも高額なのは正常妊娠・分娩の183億ドル、第2位は睡眠障害の177億ドル、第3位は美容整形の124億ドルであった。この結果に基づいて、著者は、医療化が医療費増加の主因とは言いがたいことを認めた上で、医療化の費用は、心疾患医療費(567億ドル)やがん医療費(399億ドル)、公衆衛生費用(総医療費の3%)より多いことにも注意を喚起している。

二木コメント-なかなかバランスの取れた論文と思います。アメリカで、医療化が医療費増加の主因との主張があることは初めて知りました。

○[アメリカにおける]重症疾患後の長期急性期医療病院の利用
(Kahn JM, et al: Long-term acute care hospital utilization after critical illness. Journal of the American Medical Association 303(22):2253-2259,2010)[量的研究]

アメリカでは、「長期急性期医療病院」(平均在院日数が25日以上の急性期病院)は、一般の急性期病院のICUに入院して救命されたが、その後も濃厚な急性期医療を必要とする患者の新しい受け皿として注目されている。メディケアの全国統計を用いて、長期急性期医療病院とそれを利用する65歳以上高齢者の1997~2006年の変化を調査した。

長期急性期医療病院は1997年の192病院から2006年の408病院へ急増していた(年平均増加率8.8%)。ICU退院患者総数でみると、長期急性期医療病院への転院割合は、同じ期間に0.7%から2.5%に微増だったが、ICU退院時も人工呼吸器を付けていた患者に限定すると、長期急性期医療病院への転院割合は3.3%から8.7%に急増していた。長期急性期医療病院の総医療費も、4億800万ドルから13億2500万ドルに急増していた。長期急性期医療病院の平均在院日数は1997~2000年は24日、2004~2006年は25日だった。2004~2006年の転帰を見ると、自宅27.4%、スキルドナーシングホームまたはリハビリテーション病院34.9%、急性期病院14.2%、死亡23.0%であった。長期急性期医療病院入院後1年間の累積死亡率は1997~2000年50.7%、2004~2006年52.2%であり、微増していた。

二木コメント-「長期急性期医療」の中身は、アメリカと日本ではまったく違うことが分かります。アメリカの長期急性期医療病院の入院患者は、日本の「亜急性期病棟」入院患者より重度だが、在院日数ははるかに短いようです。

○[アメリカ国民の]無保険者についての[態度の]党派的分断
(Oakman TS, Blendon RJ, et al: A partisan divide on the uninsured. Health Affairs 29(4):706-711,2010)[量的研究]

医療改革についての議会での党派的分断は、アメリカ国民の間で無保険者に対する態度が分裂していることの反映かもしれない。専門家の間では、無保険者が抱える困難についての合意があるが、アメリカ国民の間では無保険者が必要な医療を受けているか、あるいは無保険者にも普遍的保険を適用するための立法が必要であるかについての合意は存在しない。過去3回の全国世論調査(1999~2009年)でも、この点についての国民意識の分裂はほとんど変わっていなかった。民主党支持者では、無保険者が医療を受けるのに困難を抱えていると認識している者が、共和党支持者に比べてはるかに多かった(2009年:70%対51%)。世代別にみると、高齢者ではこのような認識は少なかった(同51%)。このように認識している国民に限定しても、共和党支持者の医療改革への支持は民主党支持者に比べて少なかった。この結果に基づいて、著者は、仮に政治的障害が克服されて医療改革立法が成立しても、無保険者をカバーするために必要な財政支出に対する今後の政治的支持は不確実であると結論づけている。

二木コメント-「国民皆保険の維持(堅持)」についての国民的合意がある日本との根本的違いを感じます。70%対51%という党派間分断は意外に小さいようにも思えますが、各種世論調査によると、医療保険改革法が成立した後もこの分断は継続しており、著者の「予言」が現実化しているようです。

○「死の質:世界[40か国の]終末期ケアのランク付け-エコノミスト・インテリジェンス・ユニット報告書」
(The quality of death: Ranking end-of-life care accross the world - A report from the Economist Intelligence Unit,2010,36 pages. 要旨はThe Economist July 17th:54, 2010)[国際比較研究]

QOLの評価が広範に行われているのと異なり、「死の質」の評価や国際比較はほとんど行われていない。本研究では、「死の質指数」を作成し、それを用いて世界40か国(OECD加盟30か国と主な新興国等)のランク付けを試みた。「死の質指数」(10点満点)は、既存の統計(平均寿命、医療費のGDPに対する割合等)とホスピスの利用のしやすさに対する国民意識、終末期の扱いについての国家としての公式の政策・法律の有無(有しているのは7か国のみ)等の指標を統合して作成した。第1位はイギリスで、これはイギリスの医師が患者の予後について誠実に話すこと、末期患者が十分な鎮痛剤を与えられること、およびホスピス運動が広く普及しているためであった。同様の理由から、第2位はオーストラリア、第3位はニュージーランドとなった。一般の健康指標では上位にランクされるデンマークやフィンランドの順位は高くなかった(それぞれ22位、28位)。アメリカは9位、日本は23位であった。ブラジル、中国、インド、ロシアはいずれも最下位グループ(35位以下)だった。

二木コメント-以上は本報告書の第1章「死の質指数」の要約であり、第2~4章では、終末期ケアの文化的問題、経済、政策課題が検討されています。一般に医療・健康のランク付けは常に危うさを伴いますし、「死の質指数」にもイギリス的価値観が色濃く反映していると思います。しかし、世界初の試みであり、終末期ケアの研究者必読と思います。インターネット上に全文が公開されています。なお、エコノミスト・インテリジェンス・ユニットは「エコノミスト」誌の姉妹組織で、本研究はLien財団(シンガポールの実業家Lien氏が1980年に設立)の委嘱により行われました。

○追加的QALY1年に対する支払い意志(WTP)についての国際調査:費用対効果の閾値はいくらか?
(Shiroiwa T(白岩健), et al: International survey on willingness-to-pay (WTP) for one additional QALY gained: What is the thereshold of cost effectiveness? Health Economics 19(4):422-437,2010)[量的研究・国際比較研究]

費用対効果の閾値[追加的QOLY(質を調整した生存年)1年の経済的価値]は、イギリスでは2~3万ポンド、アメリカでは5~10万ドルと言われているが、明確な科学的根拠に裏付けられているわけではない。そこで、日本、韓国、台湾、オーストラリア、イギリス、アメリカの国民を対象にして、インターネット調査(二段階二肢選択法)により、追加的QALY1年に対する支払い意志を測定し、漸増的費用対効果比の閾値を求めた。対象はランダムに選択し、最終的に約5500人が回答した。その結果、支払い意志の閾値は、日本500万円、韓国6800万ウオン、台湾2100万台湾元、イギリス2万3000ポンド、オーストラリア6万4000豪ドル、アメリカ6万2000ドルであった。アウトカムの年間割引率は日本6.8%、韓国3.7%、台湾1.6%、イギリス2.8%、オーストラリア1.9%、アメリカ3.2%であった。

二木コメント-日本(東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学教室(津谷喜一郎教授))が中心になった、費用効果(効用)分析の貴重な基礎的研究と思います。著者等が考察で指摘しているように、得られた結果は、日本の割引率が6.8%と極端に高いことを除けば、従来用いられていた数値とほぼ一致します。

○フランスの医療制度:自由主義的普遍主義
(Steffen M:The French health care system: Liberal universalism. Journal of Health Politics, Policy and Law 35(3):353-387,2010)[概説]

フランスの医療制度に過去四半世紀に導入された諸改革を分析する。フランスの歴史に根ざした「公私のコンビネーション」(特に私的開業医と公立病院との)により、フランスの医療制度の以下の中核的特徴を説明できる:普遍的アクセス、自由な選択、良質な医療、規制の弱さ。このような二重構造により相矛盾する改革戦略や結果が生じている。国は病院部門に影響力を行使できるが、外来医療の規制には常に失敗してきた。本論文では、フランスの医療制度の特色と歴史、財政とアクセスの変化、外来医療部門のマネジメントとガバナンス、公立病院について説明する。最後に、「フランスモデル」が抱えるジレンマ(普遍主義と自由主義を同時追求する矛盾した政策目標。国の直接介入とその限界等)について述べる。

二木コメント-フランスの医療についての最新かつ大変バランスのとれた概説論文です。著者はフランスのCNR-グルノーブル大学所属です。

なお、最近、日本では、フランスの「民間保険」の比重が高いことに注目し、日本でも新たな医療費財源を確保するために民間保険を普及させることを主張している研究者や組織が散見されますが、それは誤解です。フランスでは国民の93%が「補足的保険」に加入していますが、それの三分の二は「非営利の共済組合」であり、しかも給付は公的保険の自己負担分の補填に限られ、公的保険がカバーしない医療サービスは対象としません(本論文361-362頁)。しかも2000年に導入された「普遍的医療給付のための全国制度(CMU。国、公的保険、補足的医療保険組織が共同出資)」により、共済組合に加入できない低所得者も、同等の医療サービスを無料で受けられるようになり、2006年にはCMUの加入者は500万人に達しています(同367-368頁)。この点は、ジャン=クロード バルビエ他著『フランスの社会保障システム』ナカニシヤ書店,2006,88-89頁)にも書かれています。


5.私の好きな名言・警句の紹介(その67)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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