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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻79号)』(転載)

二木立

発行日2011年02月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


拙新著『民主党政権の医療政策』をベースにした講演・報告のお知らせ

1.医療経済研究機構での講演

2.名古屋医事法研究会での報告


1.論文:厚労省「医療費等の将来見通し」で注目すべき3つのこと

(「二木教授の医療時評(その85)」『文化連情報』2012年月2月号(395号):14-17頁)

厚生労働省は昨年10月25日の高齢者医療制度改革会議に、「医療費等の将来見通し及び財政影響試算」(以下、「医療費等の将来見通し」と略)を提出しました。それによると、今後診療報酬の引き上げがなされなかった場合でも、国民医療費は2010年度の37.5兆円から15年後の2025年度には52.3兆円(39.5%増)になると推計されています。この数値は、最近の国民医療費の趨勢を機械的に2025年まで外挿したものであり、あくまでも参考値と理解すべきです。

しかし、この推計には、注目すべきことが3つあります。第1は、医療制度改革改革関連法(2006年)で目指されていた医療費「適正化効果」がないことを事実上認めたことです。第2は、診療報酬改定の影響を除いた「医療費の伸び率」が3%台であるとの従来の公式見解を見直し、今後15年間の伸び率を年平均2.2%に下方修正したことです。第3は、人口高齢化による医療費増加が今後は低下することを公式に認めたことです。以下、順に説明します。

医療制度改革関連法の医療費抑制効果を否定

もっとも注目すべきことは、小泉政権が2006年に成立させた医療制度改革関連法で目指されていた医療費「適正化[抑制-二木]効果」がないことを事実上認めたことです。厚生労働省は、同法成立前後には、同法に基づく平均在院日数の短縮及び生活習慣病対策により、2025年度には医療給付費(国民医療費から患者負担を除いたもの)が約6兆円抑制できると説明していました。しかし、「医療費等の将来見通し」では、わざわざ「こうした適正化効果を織り込んでいない」と注記されました。

実は、2008年10月に発表された社会保障国民会議のサービス分科会で発表された「医療・介護費用のシミュレーション」中の2025年度の国民医療費推計(現状投影シナリオ)にも、この適正化効果は含まれていませんでしたが、今回のような注記は付けられていませんでした。そのため当時私は、この点について、「医療制度改革関連法の医療費抑制効果を厚生労働省がコッソリ取り下げたためか、単なる計算間違いのためか、あるいは私の数字の読み違いなのかは不明」と評しました(1:115頁)。その後、私の数字の読み違いでないことは確認できましたが、「医療費等の将来見通し」により、厚生労働省が医療制度改革関連法による医療費抑制効果を、早くも2008年には事実上否定・棚上げしていたことを確認できました。

私は、これはきわめて妥当な判断だと思います。なぜなら、平均在院日数短縮(その中心は療養病床の再編・削減)と生活習慣病対策により医療給付費を6兆円も抑制するという目標は、小泉政権当時、経済財政諮問会議が提起した医療費抑制の数値目標(「伸び率管理」)に対抗するために、厚生労働省が苦し紛れに提起したほとんど根拠のない、いわば「腰ダメの数字」だったからです。当時財務省から厚生労働省に出向していて、医療費適正化計画の数値目標の設定を担当していた村上正泰氏(現・山形大学教授)は、それが「『なんらかの指標が必要という』小泉総理の言葉を受けて、仕方なく『えいやっ』と設定しただけの代物」だったと証言しています(2:172頁)[]。

医療費の伸び率を2.2%に下方修正

2番目に注目すべきことは、診療報酬改定の影響を除いた毎年の「医療費の伸び率」が3%台であるとの従来の厚生労働省の公式見解を見直し、今後15年間の医療費の年平均伸び率を2.2%に下方修正したことです。

厚生労働省は、小泉政権以降医療費の伸びが大幅に低下してからも、つい最近まで、診療報酬改定がなくても医療費は毎年3~4%増加するとの前提で医療費抑制政策を進めてきました。それに対して、日本医師会は2008年から、これが過大推計であることを根拠に基づいて示し、「厚生労働省は医療費の伸びについての見解を下方修正すべきである」と主張してきました(3)。しかし、厚生労働省はつい最近までそれを無視していました。例えば、「医療費等の将来見通し」が発表されるわずか2か月前の昨年8月25日の中医協に「平成21年度[2009年度]医療費の動向」を提出したときも、同年度の医療費「伸び率は3.5%で、伸び率は概ね従来と同水準(3%台)」と述べました。

今回の下方修正は、「根拠に基づく」医療費推計を行うという点で評価できます。年平均増加率を2.2%とするか3%台とするかは一見些細な違いに見えますが、15年間では大きな違いになります。具体的には15年間の国民医療費の累積増加率は、年平均増加率を2.2%とした場合は38%であるのに対して、3.5%とした場合は68%にも達するのです。

「医療費等の将来見通し」には「参考試算」として、「経済成長(年3%)および診療報酬改定(年1%)を前提とした場合」も示されており、その場合は今後15年間の国民医療費の平均伸び率は3.4%、2025年度の国民医療費は48.5兆円とされています。ただし、今後15年間、(名目)経済成長が毎年3%も続くとの仮定は夢物語であり、2年に一度の診療報酬改定のたびに2%の引き上げが続くとの仮定も残念ながら実現可能性は低いと思います。ちなみに、菅政権が昨年6月に閣議決定した「新成長戦略」でさえ、2020年度までの経済成長の年平均の目標は「名目3%、実質2%を上回る」です。

ただし、私はこれも過大推計であると思います。日本がすでに成熟社会化していること、今後は労働力人口が減少し続けること、およびデフレ経済が今後も持続する可能性が高いことを総合的に考慮すると、今後の経済成長は名目ゼロかわずかのプラス、実質でも1~2%というのが、常識的な見方であると思います。それに比べると、(名目)医療費の年平均伸び率2.2%は相当高い数字です。そのために私は、「医療費等の将来見通し」により、医療は「永遠の安定成長産業」であることが再確認されたと判断しています。

人口高齢化による医療費の伸び率は今後低下

第3に注目すべきことは、人口高齢化(正確には人口構成の変化)による医療費増加の年平均伸び率が、2005~2009年度の1.6%から2010~2025年度には1.3%に低下することが明記されたことです。

実はこのことは、医療経済学研究者の間では、早くから知られていました。私が知る限り、これを最初に数値化したのは『平成7年版[1995年版]厚生白書』(356頁)の「国民医療費の将来推計」で、人口の高齢化による医療費の年平均伸び率は、1993~2000年度1.6%→2000~2010年度1.2%→2010~2025年度0.7%と連続的に低下するとしていました。私も同年に出版した『日本の医療費』で1970~2025年の55年間の人口高齢化による医療費の年平均伸び率を10年刻みで計算し、このことを再確認しました(4:13-16頁)。

しかし、この事実は医療関係者を含めてほとんど知られておらず、現在でも、今後、人口高齢化により医療費が高騰するとの誤解が蔓延しています。「医療費等の将来見通し」により、そのような誤解が払拭されることを期待します。

なお、『厚生白書平成7年度版』の2010~2025年度の人口高齢化による医療費の年平均伸び率0.7%という推計は、「医療費等の将来見通し」の数値(1.3%)よりかなり低くなっています。これの理由は、両者が用いている2つの「日本の将来推計人口」(社会保障・人口問題研究所)の予測値が違うためだと思います。『厚生白書平成7年度版』が用いたのはおそらく「平成4年[1992年]9月推計」で、それによると2025年の65歳以上人口割合は25.8%とされていました。それに対して、「医療費等の将来見通し」が用いたのは、それから14年後の「平成18年[2006年]12月推計」と思われ、2025年の65歳以上人口割合は30.5%とされ、1992年推計より4.7%ポイントも上昇しています。

なお、私は、上記『日本の医療費』で、人口高齢化は1990年代以降は「医療費増加の重要な要因となっているが、主因ではない」と述べました(4:15頁)。しかし、「医療費等の将来見通し」の予測通り2010~2025年度の国民医療費の年平均伸び率が2.2%にとどまった場合には、人口高齢化による医療費増加の寄与率は59%になり、人口高齢化が医療費増加の主因になります(log1.013÷log1.022。増加寄与率の計算法は(5)参照)。それに対して、上述した「参考試算」のように、医療費の年平均伸び率が3.4%の場合には、人口高齢化による医療費増加の寄与率は39%にとどまります。私は、今後の医療費増加を検討する場合には、人口高齢化と医療技術進歩の両方の影響を総合的に考慮する必要があると考えており、これを本年の研究課題の1つにしています。 

[注]経済財政諮問会議はなぜ厚生労働省の「ズサンな試算にだまされた」のか?

私は、昨年4月、医療政策の内情に詳しいある医療経済学研究者から、次のような質問を受けました。「厚生労働省は生活習慣病対策(メタボ対策)による医療費削減効果の試算を、2005年3月18日の社会保障の在り方に関する懇談会に出しましたが、あまりのズサンさに委員から疑問の声が相次いだと報道されました。それにもかかわらず、経済財政諮問会議のエコノミストたちは、なぜ厚生労働省のズサンな試算にコロリとだまされたのでしょうか?」。それに対して、私は、以下のように回答しました。

<理由は3つあると思います。第1は、彼ら(権力を握った経済学者)が医療と医療政策の実態を知らない上に、医療経済学の蓄積をキチンと学ばず、「予防は治療に勝る」(予防活動で医療費を抑制できる)という通説をナイーブに信じていたからです。それに対して、医療経済学者は、私だけでなく、西村周三氏も、池上直己氏も、最初からメタボ対策による医療費抑制に疑問を表明しました(6)。

第2は、当時メタボ対策を推進した辻哲夫厚生労働審議官(その後、事務次官)が、本気で、それにより医療費を抑制できると信じ込んでいたからです。彼の信念(信仰)表明は、『社会保険旬報』2006年1月1日号の新春鼎談にも載っています(7)。辻氏は、2009年9月に中国・北京で開かれた(日中韓)第5回社会保障国際会議の報告「日本の超高齢化と医療政策」でもそのことを主張し、私と論争になりました。ただし、彼も私の批判を受けて、「医療費抑制が期待されるが、検証されてはいない。医療費抑制は結果であり、順番を間違えてはいけない」と弁解しました。なお、メタボ対策は医学的知識のない事務官主導でまとめられ、医系技官はそれを冷ややかにみていました(というより、蚊帳の外)。

第3は、「公衆衛生学者の中には、主観的願望または政治的思惑から、生活習慣病対策による医療費抑制を主張している方も少数(多数?)いたからです。その代表格が、辻一郎氏で、彼は当時、生活習慣病対策により医療費が抑制できることを当然の前提として、「喫煙の有無や肥満度に応じて[公的]保険料を設定する」ことなどを主張しました(8:120,127頁)。>

上記第2の理由については、村上正泰氏も次のように、証言しています。「経済財政諮問会議の対応などをめぐって私も幾度となく厚生労働審議官室での打ち合わせに参加したが、そのたびに辻氏が健康づくりや在宅医療の推進による医療費適正化の重要性について熱く語っていたのをよく覚えている。その様子は、厚生労働省内部でも一部から『辻説法』と評されていた。/しかし、生活習慣病対策の推進や平均在院日数の短縮による医療費削減効果は必ずしも明らかではない」(2:170-171頁)。

文献

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2.近著『民主党政権の医療政策』(勁草書房,2011年2月10日発行,2400円+税)のはしがきと目次

はしがき

「政権交代後の民主党の医療政策を振り返り、どのような点を評価されていますか」。これは、2010年末のある医療雑誌のインタビューで、記者の方から冒頭に受けた質問です。それに対して私は、大要、次のように答えました。

私は政権交代そのものの歴史的意義は高く評価しているし、他分野の政策には評価すべき点も少しはありますが、民主党政権が実施した医療政策で評価すべき点はまったく思いつきません。一般には、10年ぶりの診療報酬プラス改定(2010年4月)が政権交代の成果と喧伝されていますが、次の2つの理由から疑問があります。第1は、自由民主党も2009年総選挙マニフェストで2010年診療報酬のプラス改定を約束していたからです。第2は、診療報酬の「全体改定率」はわずか0.19%にとどまり、しかも薬価の「隠れ引き下げ」を加えると、実質ゼロ改定と言えるからです。

民主党関係者は、小泉政権の置きみやげである社会保障費自然増の2200億円抑制方針の廃止を成果としてあげますが、この方針は福田・麻生政権時代から、事実上棚上げ・放棄されていました。

逆に、民主党政権の医療政策で、マイナスの評価をすべきことが2つあります。第1は、手続き民主主義を無視した乱暴な「政治主導」です。特に、政権交代直後の、少数の幹部と「ブレーン医師」主導の厚生労働省医系技官と日本医師会叩きは目に余りました。ただし、これは政権発足後半年間でほぼ終息したと言えます。

第2のマイナス評価は、小泉政権時代に政治的・政策的に決着した混合診療原則解禁論等が蒸し返されたことです。しかし、最終的には、2010年6月18日の閣議決定で「保険外併用療養の範囲拡大」はごく限定的にとどまり、細川厚生労働大臣も、混合診療全面解禁は「適切でない」と明言しました(2010年10月21日参議院厚生労働委員会)。

前置きが長くなりましたが、本書には、私がこのような厳しい判断をするに至った、民主党政権成立後1年余の医療政策をリアルタイムで分析・検証した20論文を収録しています(2論文は統合)。分析が短期的視点に偏らないよう、いくつかの論文では、民主党(政権)の医療政策を戦後の医療政策全体の中で位置づけて分析しています。

第1章「政権交代と民主党の医療政策」は、本書全体の序章かつ総括の章で、2009年9月の政権交代後1年間の民主党(政権)の医療政策を包括的・概括的に検討します。まず日本の政権交代が、他の先進国の政権交代とは異質であることを指摘します。次に、民主党の2009年総選挙マニフェスト中の医療政策を振り返り、自民党の医療政策との違いは意外に小さかったこと、および民主党の医療政策は底が浅いことを指摘します。第3に、短命に終わった鳩山政権の医療政策を検証し、公約違反と「政治主導」による混乱と総括します。第4に、菅政権が2010年6月に閣議決定した「新成長戦略」中の医療政策を複眼的に検討し、「総論」には積極的な側面もあるが、「各論」に含まれている医療改革の大半(混合診療の拡大、医療ツーリズム、健康関連サービス)が、医療分野への市場原理導入の呼び水になる危険が大きいことを指摘します。最後に、民主党政権の今後の医療政策を簡単に予測し、個々の医療政策は不確定要素が多く流動的だが、医療(保険・提供)制度の「抜本改革」はなく、「部分改革」が続くことを強調します。合わせて、政権交代の先進国でも、政権交代で医療制度・政策の根幹は変わらないことが「経験則」であることを指摘します。

第2章「民主党政権の医療政策の逐次的検証」には、2009年8月の総選挙での民主党の地滑り的大勝による政権交代から、2010年7月の参議院議員選挙での民主党大敗による「ねじれ国会」の再現に至る激動の1年間の民主党政権の医療政策と政策論争を、「ライブ」で逐次的に検討した6論文を収録します。第3章「民主党政権下の混合診療原則解禁論争」には、政権交代後、民主党政権の内外でゾンビのように復活した、さまざまな混合診療原則解禁論を批判的に検討した6論文を収録します。第4章「政権交代と今後のリハビリテーション医療」では、前政権と民主党政権の医療・介護政策には連続性があることを示した上で、今後のリハビリテーション医療が、(相対的には)「安心と希望」に満ちていることを示します。第5章「自公政権末期の医療改革提案批判」には、民主党政権成立直前の麻生自公連立政権時代にまとめられた財政制度等審議会「建議」中の医療改革提案を批判した2論文を収録します。それらの改革提案は決して「過去のもの」ではなく、民主党政権下でも部分的に復活しているからです。第6章「医療費抑制政策の検証と改革提言、川上武氏の業績」には、医療費抑制政策の歴史を鳥瞰し私の医療改革案を示した2論文と、日本の医療史・医療政策研究の先駆者である故川上武先生の業績の現代的意義を検証した論文を収録します。

2009年7月の参議院議員選挙による民主党の大敗後続いている同党の激しい内紛により、民主党政権の医療政策は麻痺状態と言えます。菅政権の早期退陣や民主党政権の崩壊を予測する気の早い方もいます。「政界は一寸先は闇」ですから、「政局」がどう動くかは分かりませんが、医療「政策」については、確実なことが2つあります。

第1は、今後も、医療費が着実に増加し、医療が「永遠の安定成長産業」であることです。第2は、今後も日本の医療制度の根幹(国民皆保険制度と民間非営利医療機関主体の医療提供制度)が維持されることです。と同時に、「公平で効率的で良質な医療」を実現するためには、医療者の自己改革が不可欠です。本書がその一助になることを願っています。

2011年1月

二木 立

目次 


3.談話:民主党政権の医療政策 医療の優先順位が低く財源論もなし

(『日経メディカル』2011年1月号(518号):64頁)

■ここまでの民主党政権の医療政策に評価すべき点はない。

■2010年度診療報酬改定は、実質ゼロ改定。

■混合診療の解禁論議を蒸し返すなど、もっての外だ。

民主党は、政権交代を果たした2009年8月の総選挙の公約の1つとして、医療費や医師養成数の大幅増加を掲げていた。1980年代以降、医療費や医師数は政策的に抑制されており、民主党政権には、従来の政策を大転換することが期待された。現時点で、「社会保障費削減方針の撤廃」や10年度診療報酬改定における「10年ぶりのプラス改定」を政権交代の成果と評価する声があるが、果たしてそうだろうか。

というのも、自民党の小泉政権が掲げた社会保障費を毎年2200億円削減する方針は、その後の福田政権、麻生政権で事実上放棄されていた。自由民主党は、09年の総選挙の公約にも診療報酬のプラス改定を挙げており、社会保障費削減方針の撤廃は民主党政権の成果とはいえない。

昨年の改定が、救急や急性期医療の立て直しにある程度の効果があったことは認めるが、改定率は+0.19%(700億円)。後発品のある先発品の薬価の追加引き下げ分(約600億円)を考慮すると、実際の改定率は+0.03%(約100億円)となり国庫支出の増加はごくわずか。実質的にはゼロ改定だ。

医療政策の優先順位が、民主党政権内で高かったならば、診療報酬全体を底上げした上で、さらに救急や急性期医療に医療費を重点配分することも可能だったはず。しかし、医療・介護は子供手当てなどに比べて優先順位が低く、民主党政権がこれまでに打ち出した医療政策で評価すべき点は全く思い付かない。

そもそも私が以前から指摘しているように、民主党は当初から医療費増のための財源について長期的な見通しを示してこなかった。本来であれば、事業仕分けなどによる無駄排除や埋蔵金活用だけでは社会保障の財源が確保できないことが明確になったところで、消費税を含む租税や保険料を引き上げる必要性を、国民に訴えるべきだったのではないだろうか。特に医療費を確保するためには保険料を上げる努力をする必要がある。

マイナス評価すべき点も多々あった。行政刷新会議の下に設けられた内閣府の規制・制度改革に関する分科会が「保険外併用療養の範囲拡大」を求めるなど、混合診療を原則解禁する議論が蒸し返されたことだ。結局、議論はトーンダウンしたが、これは、小泉政権が保険外併用療養として先進医療などを認めたことなどで、既に決着ずみだ。

昨年7月の参院選に大敗後は、すべての政策が前に進んでいない。後期高齢者医療制度の代わりに厚生労働省の「高齢者医療制度改革会議」が検討している新たな高齢者医療制度は、高齢者の負担増などが盛り込まれたことで民主党内からも反対意見が出ており、改革は見送られる可能性が高いだろう。 (談)


5.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算62回.2010年分その10:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○医療旅行が[アメリカの]医療サービスの輸出入に与える影響
(Johnson TJ, et al: Impact of medical travel on imports and exports of medical services. Health Policy 98(2-3):171-177,2010)[量的研究]

医療旅行とは、個人が自国外で医療を受けるための旅行であり、その目的は他国の方が医療アクセスがよいか、医療の質が高いか、費用が安いからである。本研究では、アメリカ政府の公式貿易統計や医療施設調査等を用いて、アメリカにおけるこのような医療の輸出入の実態(人数と金額。2007年)の上限と下限を調査した。推計結果には大きな幅があり、医療を受けるためにアメリカに入国した外国人(インバウンド。貿易統計上は輸出)は43,000人~203,000人、他国で医療を受けるために出国したアメリカ人(アウトバウンド。貿易統計上は輸入)は50,000人~121,000人であった。医療旅行は、人数では入超になっていたが、金額では4億ドル~10億ドルの出超になっていた。その理由は、アメリカで治療を受けた外国人の1人当たり費用が、他国で治療を受けたアメリカ人より7倍も高いためであった。

二木コメント-アメリカの医療旅行(医療ツーリズム)についての初めての本格的実態調査で、日本で医療ツーリズムを検討する際の必読文献と思います。医療ツーリズムの世界一の輸出国であるアメリカでさえ、外国からの受け入れ患者が最大でも20万人にとどまっていることを考えると、日本への医療ツーリズムの潜在需要が2020年には43万人に達するとの推計(日本政策投資銀行「進む医療の国際化-医療ツーリズムの動向」2010年)がいかに浮世離れしているかが分かります。

○[日本の]歯科医師数増加が彼らの地理的分布に与える影響は医師とは異なる
(Toyokawa S(豊川智之), Kobayashi Y(小林廉毅): Increasing supply of dentists induces their geographic diffusion in contrast with physicians in Japan. Social Science & Medicine 71(11):2014-2019,2010)[量的研究]

医療専門職の地理的分布は彼らの行動特性と彼らが就業する医療制度の特性を反映する。スピルオーバー仮説では、彼らの過剰供給により地理的分布の偏りが減少するとされている。日本では歯科医師が過剰であるため、この仮説を検証するには適している。そこで、「人口動態統計」と「医師・歯科医師・薬剤師調査」等を用いて、1980~2000年の20年間の歯科医師(医療機関での就業者)の地理的分布の変遷を調査し、それを医師と比較した。2000年の市町村(歯科大学・病院が存在する市町村を除く)を対象にして歯科医師の地理的分布のジニ係数を算出した。

歯科医師数は20年間に71%増加しており、市町村間のジニ係数は歯科医師数増加に対応して、1980年0.270、1990年0.213、2000年0.197に漸減していた。同じ期間に医師数も60%増加したが、ジニ係数はほとんど変化していなかった(0.33前後)。市町村別の歯科医師数には、人口10万人当たり約100人という上限(天上)が存在したが、医師にはそれは存在しなかった。以上の結果は、医療専門職の地域的飽和により彼らの地理的分布の偏りが減少するという他国の経験が、日本の歯科医師でもある程度当てはまることを示している。

二木コメント-歯科医師と医師とでは、就業者の増加が地理的分布の偏りに与える影響がまったく異なることをキレイに示した好論文と思います。ただし、歯科医師の地理的分布の偏りは2000年でも医師よりもはるかに大きいことも見落としてはならないと思います。

○ドイツの糖尿病管理プログラムは医療の質を改善し医療費[の伸び率]を抑制する
(Stock S, et al: German diabetes management programs improve quality of care and curb costs. Health Affairs 29(12):2197-2205,2010)[量的研究]

本論文は、ドイツの公的医療保険において2002年に糖尿病患者等4疾病を対象にして導入された、任意の二次予防(疾病の信仰予防)重視型疾病管理プログラムのうち、糖尿病管理プログラムの結果を報告する。アメリカの「古典的」疾病管理が保険者等の第三者主導であるのと異なり、ドイツのプログラムはプライマリケアを基盤としており、プライマリケア医が実施し、患者の治療ゴール遵守と自己管理を促進するために医師と患者の人間的関係を重視する。

実施後4年間で、プログラムに参加した患者(19,882人)の総死亡率、薬剤費・入院費費用、および4年間の総医療費増加は、いずれも、疾病の重症度が同様だがプログラムには参加しなかった公的保険加入患者(対照群)に比べて、有意に低かった。例えば、プログラム参加群の4年間の総医療費増加は1人当たり1444米ドルであり、対照群の1890ドルより447米ドル(23.6%)も少なかった。この主因は入院費用の節減であった。ただし、これはプログラム費用(1人当たり238米ドル。プライマリケアへの追加的支払い等)を含まない数字であり、それを含めると両群の総医療費の差は209ドル(11.1%)に縮小した。この結果は、ドイツの疾病管理プログラムが慢性疾患医療改善の有効な戦略であることを示唆している。

二木コメント-日本では、アメリカの疾病管理プログラムが注目を集めていますが、日本と同種の公的医療保険制度を有するドイツの疾病管理プログラムの方が参考になると思います。ただし、本研究はランダム化試験ではないため、プログラムの効果はかなり割り引いて解釈すべきと思います。また、本論文の要旨と表と本文の「結果」の項にプログラム費用が明示されていないのは、不適切と思います(「考察」の項にチラリと書かれているだけ)。

○[高所得]11か国において、医療保険の設計は、所得階層別の医療アクセスと[自己負担]費用にどのように影響しているか
(Schoen C, at al: How health insurance design affects access to care and costs, by income, in eleven countries. Health Affairs 29(12):2323-2334,2010)[国際比較調査]

2010年に、オースラリア、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェイ、スウェーデン、スイス、アメリカ、イギリスの高所得11か国の成人を対象にして、医療保険に関する費用負担・意識調査を行った。これらの国の医療保険(保障)の公私分担と自己負担方式は大きく異なり、それに伴い医療アクセスと自己負担、住民が抱える困難も大きく異なっていた。アメリカでは、保険加入者でさえ、自己負担額が高額になりやすく、保険給付を求めるペーパーワークに多くの時間を割いており、しかも保険給付が拒否されることもあった。ドイツも、同様のペーパーワークにアメリカと同様の時間を割いていたが、自己負担はほとんどなかった。スイスでは自己負担額は多かったが、医療アクセスや医療費支払いについて心配している成人はほとんどいなかった。所得レベル(平均以上、以下の2群)別に、医療アクセスや自己負担についての不安を調べたところ、アメリカでは所得レベルにより大きな格差がみられた。

二木コメント-11か国の医療保険の自己負担方式・額の最新情報が掲載されており、便利です。報告者は、要旨の最後で「アメリカの成人にとって、包括的医療改革はこれらの問題を改善するだろう」述べていますが、それは希望的観測と思います。

○特集:経路依存[説]を超えて-医療制度改革を説明する
(Special issue: Beyond path dependency: Explaining health care system change. Journal of Health Politics, Policy and Law 35(4):449-688,2000)[理論研究・国際比較研究]

2008年12月にドイツ・ブレーメン市で開催された「先進諸国(industrialized world)で生じつつある医療制度の大改革を検証し、説明する」ための学際的国際カンファランスで発表された論文を中心に11論文が掲載されています(コメント論文も含む)。テーマは、経路依存説(各国の制度的慣性を重視する)の当否、医療制度改革における危機や政府の役割、ある国で開発されたアイデアの他国への普及(例:アメリカのDRGのヨーロッパ各国への普及、オランダモデルがドイツの医療改革に与えた影響)等、多岐にわたっています。本特集の編者(Sparer MS)による同名の冒頭論文を読むだけでも、医療制度改革についての最新の諸理論と論争を鳥瞰できます。理論好きの方にはお薦めです。

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6.私の好きな名言・警句の紹介(その74)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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