『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻98号)』(転載)
二木立
発行日2012年09月01日
出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。
目次
- 1.論文:「日本再生戦略」は「新成長戦略」とどう違うのか?(「深層を読む・真相を解く(15)」『日本医事新報』2012年8月18日号(4608号):30-31頁)
- 2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算81回.2012年分その6:6論文)
- 3.私の好きな名言・警句の紹介(その93)-最近知った名言・警句
お知らせ
1.論文「私はなぜ『医療は永遠の安定成長産業』と考えているのか?」(「深層を読む・真相を解く」(16))を『日本医事新報』2012年9月8日号に掲載します。私は8月10日に成立した「社会保障制度改革推進法」により、小泉内閣時代の厳しい社会保障・医療費抑制政策が復活する危険があると危惧していますが、それにもかかわらず、医療は長期的には「永遠の安定成長産業」であるとも判断しています。本論文では、まず私が「医療は永遠の安定成長産業」と判断するようになった経過と理由を簡単に紹介し、次に私が現在もその判断を変えない根拠を説明します。本論文は、「ニューズレター」99号(2012年10月1日配信)」に転載しますが、早く読みたい方は『日本医事新報』掲載論文をお読み下さい。
2.第8回日中韓社会保障国際論壇(国際学術会議)が、9月7・8日、千葉県のアパホテル&リゾート東京ベイ幕張(JR京葉線海浜幕張駅下車徒歩5分)で開かれます。日中韓3カ国の社会保障研究者が、社会保障全般、雇用、年金、医療、高齢者ケア、国際比較、公的扶助、災害支援等について報告・討論します(同時通訳付き。参加費1万円)。私も、「日本における医療・社会保障費抑制政策への先祖帰り?『社会保障制度改革推進法』の批判的検討」を報告します(9月8日午後)。参加希望者は、金成垣実行委員長(東京経済大学准教授。e-mail:wonn45@hotmail.com)にメールで直接お申し込み下さい。
3.講演「今後の医療・社会保障制度改革の行方-社会保障制度改革推進法、医療・介護提供制度改革、そしてTPP」を、9月29日(土)午後2時半~4時、名古屋市医師会館6階講堂で行います(名古屋市医師会学術講演会。〒461-0002 名古屋市東区葵1-4-38。電話:052-937-7801、Fax:052-937-6323)。対象は名古屋市医師会会員ですが、会員以外でも聴講できるそうです。聴講を希望される方は、当日直接会場にお出で下さい(事前申し込みは不要です)。
1.論文:「日本再生戦略」は「新成長戦略」とどう違うのか?
(「深層を読む・真相を解く(15)」『日本医事新報』2012年8月18日号(4608号):30-31頁)
野田佳彦内閣は、7月31日「日本再生戦略~フロンティアを拓き、『共創の国』へ~」を閣議決定しました。これは、菅直人前内閣が2年前に閣議決定した「新成長戦略」(2010年6月)を、東日本大震災と福島第一原発事故後の「新たな状況に対応し」、「再編・強化」したものとされています。そのため、大枠は「新成長戦略」を踏襲しており「改革工程表」で示されている数値目標の多くも同じです。
医療・介護・福祉が(言葉の上では)重要産業として重視されているのも同じです。「新成長戦略」では、健康は環境・エネルギーとともに「強みを活かす成長分野」と位置づけられていました。「日本再生戦略」でも、「ライフ(健康)」は、「グリーン(エネルギー・環境)、「農林漁業(6次産業化)」と並んで、「国内外で今後需要が見込まれる…3分野」に位置づけられています。ただし、「新成長戦略」の「健康大国戦略」という大時代的な表現は「ライフ成長戦略」に変更されました。「ライフ成長戦略」分野の「2020年までに実現すべき成果目標」も、後述する1つを除いて同じです。
しかし、「日本再生戦略」には「新成長戦略」との違いも少なくありません。以下、総論的事項と各論的事項に分けて簡単に検討します。
「強い社会保障」が消失、社会保障も「聖域」とせず
総論的事項で一番大きな変化は、「新成長戦略」の第1章で高らかに謳われていた、「『強い経済』『強い財政』『強い社会保障』の一体的実現」という表現が完全に消失したことです。「新成長戦略」は、「行き過ぎた市場原理主義に基づい、供給サイドに偏った生産性重視の経済政策」を批判し、社会保障を中心とした「需要面からの成長戦略」を「基本的考え方」としていましたが、「日本再生戦略」ではそれも消失しています。
それどころか、「日本再生戦略」には、「社会保障の充実」、「社会保障の機能強化」という表現さえありません。「社会保障の機能強化」という表現は、福田・麻生自公内閣が初めて用い、民主党の3代の内閣もこれまで踏襲していた定番表現で、野田内閣が本年2月に閣議決定した「社会保障・税一体改革大綱」では8回も用いられていました。
逆に、「日本再生戦略」では、「予算編成との関係」の項で、「社会保障分野を含め、聖域を設けずに歳出全般を見直す」という、「聖域なき構造改革」を掲げた小泉内閣時代の社会保障費抑制を彷彿とさせる表現が復活しました。しかも、この表現は「日本再生戦略」の原案(7月11日決定)にはなく、「負担の増大」=社会保障費の抑制を前面に掲げた民自公「社会保障制度改革推進法案」との整合性をとるために急遽挿入されたと思われます。民主党の前原誠司政調会長は、7月30日、財務省に対して「社会保障費や義務的経費も含めて削れるものがないか洗い直してほしい」と指示したそうです(「日本経済新聞」7月31日朝刊)。
医薬品・医療機器と医療の海外展開が前面に
「新成長戦略」では「ライフ・イノベーション」の中心が「医療・介護・健康関連サービス」(対人サービス)とされていました。それに代わって「日本再生戦略」では、「革新的医薬品・医療機器の創出」が前面に出されています。さらに医療機器と関連して、「ロボット技術等を活用し、多様な医療機器、福祉機器を開発」することが新たに強調され、介護ロボット等については、「必要に応じて公的給付への適用の検討等を行う」と踏み込んで表現されました。
このような重点変更に対応して、「新成長戦略」にあった「医療・介護・健康関連産業を日本の成長牽引産業」と位置づける過大評価も消失しました。実は、この軌道修正は、菅内閣の「社会保障・税一体改革成案」(2011年7月閣議報告)から行われており、私は妥当だと思います。ただし、「革新的医薬品・医療機器の創出」による経済波及効果(2020年)は、「新成長戦略」、「日本再生戦略」とも1.7兆円とごく控えめです。
「日本再生戦略」の「ライフ成長戦略」では、「新成長戦略」で「ライフイノベーションにおける国家戦略プロジェクト」とされた、「国際医療交流(外国患者の受入れ」がほとんど消失しています(正確には、「観光立国戦略」の項で、「医療と連携した観光」とチラリと書かれているだけです)。
私はこれも妥当と思いますが、それに代わり、「医療サービスと医療機器が一体となった海外展開や医療・介護システムをパッケージとした海外展開」(いわゆる「病院輸出」)が前面に出されました。しかも2020年までの「改革日程表」に、「海外市場での医療機器・サービス等ヘルスケア関連産業の獲得市場規模約20兆円」が加えられました。
しかし、これは、上述したように、「革新的医薬品・医療機器の創出」による経済波及効果が1.7兆円とされているのと比べて、極端な過大推計、ほとんど夢物語です。(「病院輸出」の非現実性については、本連載(6)「医療ツーリズムの新種『病院輸出』は成功するか?」(本誌4560号,2011)参照)。
なお、「新成長戦略」、「日本再生戦略」とも、医療・介護の2020年までの市場規模78兆円、健康関連サービス産業の市場規模25兆円とされていますが、それの財源構成(公的費用の割合等)は示されていません。
混合診療を密輸入、「機関特区」も要注意
私がもう1つ注目しているのは、混合診療拡大につながりかねない表現が、以下のように新たに加えられたことです。「公的保険で対応できない分野についても、民間活力を生かし、その創意工夫において、多様なニーズに対応したサービスを創出・提供することにより、きめ細かなサービスを実現し、医療・介護サービスを利用しつつ、地域で豊かな生活を送ることができる社会を実現する」。これは一見当たり前の表現に見えますが、「新成長戦略」では、「公的保険サービスを補完」するのは「介護保険外サービス」に限定されていたことと比べて、大きな変化です。
さらに、「先端医療等を推進する突破口」として、「先端医療開発特区(スーパー特区)に加えて、「行政区域単位の特区とは異なる機関特区」について「法的措置も視野に入れた検討を進める」こととされました。両特区は、今後の運用のされ方によっては、混合診療全面解禁をはじめとした医療分野への市場原理導入の実験場になる危険があります。
2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算81回.2012年分その6:6論文)
※「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。
○病院医療への支払い:ヨーロッパ5カ国における[診断群分類を用いた]活動基準の支払い実施の経験
(O'Reilly J, et al: Paying for hospital care: The experience with implementing activity-based funding in five European countries. Health Economics, Policy and Law 7(1):73-101,2012)[文献レビュー・国際比較研究]
1983年にアメリカのメディケア入院医療費支払いにDRG/PPS方式が導入されたのに続いて、現在ではヨーロッパでも、診断群分類を用いた活動基準の支払いは病院医療費の支払いでもっとも一般的な方式になっている。ヨーロッパの5カ国(イギリス、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド)を対象にして、活動基準の支払い導入の動機およびそれの実施の影響を評価するための実証的根拠についての文献レビューを行った(用いた文献は13)。5カ国は、支払い方式そのものについての違いはあるものの、1990年代~2000年代に活動基準の支払いに移行する際に、いくつかの共通した目標を持っていた。それらは、効率の向上、医療の質の改善と透明性の向上である。活動基準の支払いの導入・展開の方式には5カ国間で相当の違いがあった。例えば、フィンランドとアイルランドでは、それは主に病院の年間予算を決めるために用いられているが、他の3カ国で導入されたモデルは、米国方式に類似している。活動基準の支払いの影響の評価は、厳密な実証的評価が不足しているため、困難である。しかし現在得られた情報は、活動基準の支払いの導入は、ほとんどの国で活動(医療サービス量)の増加、平均在院日数の短縮、および/または病院医療費の増加率の低下と関連していることを示唆している[要旨にはこう書かれているが、表5および本文では、活動基準の支払い導入前後の費用と医療の質の変化についてのデータは13の報告の大半で欠落しており、1つの報告では費用が増加するとされている。別の3つの報告では医療の質は変化していないとされている]。
二木コメント-「活動基準」(activity-based)は会計・経営学用語ですが、本論文では、診断群分類を用いた予測サービス量に基づいた支払いという意味で使われています。日本では断片的にしか知られていないヨーロッパ諸国の診断群分類を用いた支払いの横断的比較が行われており、それなりに便利な論文です。ただし、要旨の最後に、本文の結果とはまったく違う(ほとんど逆の)ことが書かれているのはいただけません。このようなことはたまにあり、それだけに、本文をまったく読まずに、要旨に書かれていること(多くの場合は「効果」あり)を鵜呑みにするのは危険です。
○医療における質に基づく支払い(P4P):[アメリカ以外の国で実施されている]プログラムの国際的概観
(Eijkenaar F: Pay for performance in health care: An international overview of initiatives. Medical Care Research and Review 69(3):251-276,2012)[文献レビュー・国際比較研究]
質に基づく支払い(P4P)は医療のパフォーマンス改善の人気のある手法となっている。P4Pに関する論文の大半はアメリカに焦点をあてており、アメリカ以外の国で実施されているP4Pの特性についての研究は少ない。そこで、アメリカ以外の国で行われているP4Pプログラム(以下、プログラム)を対象として、プログラム・デザインの適切性に焦点を当てた文献レビューを行った。英語・オランダ語・ドイツ語で書かれた文献を幅広く検索した結果、9カ国(イギリス、イスラエル、オーストラリア、ドイツ、台湾、ニュージーランド、カナダ、オランダ、アルゼンチン)で実施されている13プログラムを同定した。これらのうち7プログラムは1国の一部地域で実施されていた。これらのプログラムには多く類似点があったが、重要な点で異なっおり、この点はアメリカで実施されている典型的プログラムと比較すると顕著であった。インセンティブを強めつつ不適切な行動のインセンティブを最少化する明らかな可能性があった。観察されたプログラム間の違いの一部は各プログラムが実施された文脈の違いによるが、プログラム・デザインはしばしば恣意的に選択されているようにも思われる。医療購入者に特定のデザイン選択がもたらす影響や望ましくない行動を軽減するための効果的戦略についての知識が不足していることが、適切なプログラムをデザインする上での障害となっている。
二木コメント-アメリカ以外の国で実施されているP4Pの初めての国際比較研究だそうで、日本のP4Pの研究者および行政担当者必読と思います。ただし、比較はプログラム・デザインの適切性に限定されており、P4Pの医療の質や医療費に与える影響の比較は行われていません。執筆者はオランダ・エラスムス大学所属で、この大学はオランダにおける医療技術評価・医療サービス研究のメッカです。
○[台湾における]糖尿病医療に対する質に基づく支払いプログラムの縦断的調査-自然実験に基づく根拠
(Cheng S-H, et al: A longitudinal examination of a pay-for-performance Program for diabetes care - Evidence from a natural experiment. Medical Care 50(2): 109-116,2012)[量的研究]
質に基づく支払い(以下、P4P)プログラムの影響についてはたくさんの研究があるが、それの医療費に対する長期的影響はほとんど知られていない。本研究では、台湾の国民皆保険制度に2001年から導入されている、糖尿病に対するP4Pプログラムが医療利用と医療費に与える影響を4年間にわたって追跡した。このプログラムでは、糖尿病専門医が自由意思で参加し、その医師が患者を募集する。参加医師には外来診療においてケースマネジメント報酬等が追加的に支払われる。介入群は2005年にP4Pプログラムに参加した18歳以上の2型糖尿病患者20,934人で、そのうち9,694年がその後4年間継続的に参加した。対照群は、P4Pプログラムに参加した医師が診療している糖尿病患者のうち、このプログラムに参加していない患者から、プロペンシティ(傾向)・スコア・マッチングにより選択した。一般化推定方程式により差の差推定法モデルを構築し、P4Pプログラムの効果を検証した。その結果、介入群は、対照群に比べて、プログラムに参加後、糖尿病に特異的な検査を有意に多く受けていた。4年間で両群の差は徐々に縮小したが、4年時でも有意な差があった。糖尿病関連の外来受診は介入群では1年目のみ有意に多かったが、糖尿病関連の入院は1~4年目とも有意に少なかった。総医療費(糖尿病非関連分も含む)は、介入群では1年目は対照群に比べて有意に高かった。しかし、介入群のうちP4Pプログラムに4年間継続的に参加した患者では、2年目以降対照群よりも低くなった。ただし、介入群全体では、総医療費は4年間とも対照群よりも高かった。
二木コメント-最後の1文は、要旨には書かれておらず、本文の表4から追加しました。
著者は、P4Pプログラムは費用効果的であると結論づけていますが、本論文で得られた医療費抑制効果は「選択バイアス」(重症化した患者はこのプログラムから脱落しやすい)による見かけのものである可能性が大きいと思います。
○[アメリカにおける]プレミア[病院の質インセンティブ・モデル事業の]質に基づく支払いが患者のアウトカムに与える長期的影響(Jha AK, et al: The long-term effect of Premier pay for performance on patients outcomes. The New England Journal of Medicine 366(17):1606-1615,2012)[量的研究]
質に基づく支払い(以下P4P)は医療改善の中心的な戦略になっている。メディケア・メディケイド・サービスセンターがプレミア社と共同で実施した「プレミア病院の質インセンティブ・モデル事業」では、医療プロセスが改善することが確認されているが、患者アウトカムについては十分に検討されていない。同事業から得られた6年間のデータを用いて、この点を調査した。同事業に参加した252病院を介入群、医療の質公開事業(プレミア・プログラム)のみに参加している3363病院を対照群として、急性心筋梗塞、うっ血性心不全、肺炎、冠動脈バイパス術(CABG)実施患者(合計約600万人)の、2003~2009年の入院後30日以内死亡率(以下、死亡率)の両群の変化を比較した。上記4疾患の合成死亡率は、調査開始時には同水準であり、調査開始後の四半期ごとの死亡率低下も同水準であった。調査終了時の死亡率も同水準であった。P4Pの対象は急性心筋梗塞とCABGに限られていたが、これらの死亡率も両群で変わらなかった。調査開始時に成績が不良だった病院に対象を限定しても、両群で、調査開始時の死亡率は同水準であり、改善率、調査終了時の死亡率も同水準であった。本事業は最大規模の入院患者を対象とするP4Pプログラムであるが、死亡率が低下するとのエビデンスは得られなかった。
二木コメント-P4Pは心筋梗塞等4疾患で入院した患者のアウトカム(入院後30日以内死亡率)改善にはまったく効果がなかったという衝撃的研究です。本論文では、医療費は調査されていませんが、P4P参加病院の報酬はそれ以外の病院よりも高く設定されるので、総医療費も確実に増加したと思います。本論文の著者4人は全員ハーバード大学公衆衛生大学院所属ですが、別の大学の3人の研究者は、本論文でも最後にチラリと触れられている成績が不良な病院に対するP4Pによる質改善インセンティブもまったく効果がなかったことを詳細に実証しています(Ryan, AM, et al: Medicare's flagship test of pay-for-performance did not spur more rapid quality improvement among low-performing hospitals. Health Affairs 31(4):797-805,2012)。なお、「プレミア病院の質インセンティブ・モデル事業」により、医療プロセスは改善することを示した論文は、本「ニューズレター」83号(2011年6月)で紹介しました:「[アメリカにおける]入院医療への質に基づく支払いの効果:質改善の教訓」(Werner RM, et al: The effect of pay-for-performance in hospitals: Lessons for quality improvement. Health Affairs 30(4):690-698,2011)。
○[アメリカの]メディケア医療連携モデル事業のうち、ハイリスク患者の入院を減らしたプログラムの6つの特性
(Brown RS, et al: Six features of Medicare coordinated care demonstration programs that cut hospital admissions of high-risk patients. Health Affairs 31(6):1156-1166,2012)[量的・質的研究]
メディケア医療費の増加率の抑制をめざしている政策担当者は、適切にも、複数疾患を有する患者に焦点を当てるようになっている。これら患者の医療改善と入院ニーズ抑制を同時に達成しようとして、たくさんの医療連携(care coordination)・疾病マネジメントプログラムが試みられたが、成功したものはほとんどない。「メディケア医療連携モデル事業」の結果も全体としては先行研究と同じだったが、それに含まれた11サブ事業のうち4サブ事業では、近い将来の入院リスクが高い患者の入院を8~33%減らすことができていた。これらのサブ事業に焦点を当てて結果を再検討したところ、ケアコーディネーターが行った以下の6つのアプローチが、上記4サブ事業のち最低3つのサブ事業に含まれていることが分かった。(1)患者への電話かけに加えて対面指導も行う、(2)医師とそれ以外のサービス提供者とのミーティングを設定する、(3)ケア・コーディネーターが医師とのコミュニケーション・ハブの役割を果たす、(4)患者に根拠に基づいた教育を行う、(5)強力な薬剤マネジメントを行う、(6)ケア・コーディネーターが患者入院後も適切で包括的な役割を果たす。ケアマネジメント費用も含むと、プログラムは費用中立的だったが、4プログラムともメディケア医療費の純減にはつながらなかった。以上の結果は、これらの6つのアプローチが、さまざまな施策に統合されれば、入院を減らし、患者の生活を改善しうることを示唆している。ただし、これらのアプローチは、医療連携(ケアマネジメント)の報酬が低く設定され、しかも事業者が費用効果的な介入方法を発見できた場合にのみ、メディケア費用を純減できるであろう。
二木コメント-調査対象全体で効果がなかった場合に、特定のサブグループに対象を限定して、効果の再評価をを行うことは薬効判定では少なくありませんが、医療サービス提供のモデル事業では珍しいと思います。しかし、薬効判定の場合以上に、恣意的な気がします。著者が一番強調したいのは最後の1文だと思いますが、これはきわめて「強い仮定」(英語で言えば、"Large IF")です。
○共同責任:今日の医療の新しい視点?(Co-responsibility: A new horizon for today's health care? Health Care Analysis 20(2):139-151,2012)[理論研究]
本研究では、今日の医療の鍵概念である責任に含まれる多様な意味を検討する。個人責任が、社会の構成原理であることは明らかであり、きわめて重要ではあるが、多くの人々は個人責任で生活しようとしてたくさんの困難に直面している。本論文では、今日の医療を巡る論争に見られる、自由対パターナリズム、個人責任対社会の責任といった二分法的思考から離れて、責任概念の分析を行い、自己責任を負う個人が、常にそれの実現を妨げられていることを明らかにし、「共同責任」という概念を提出する。
二木コメント-フーコーやハイデガー等の哲学者の諸説に依拠したなんとも難解な論文ですが、自己責任(自助)偏重の風潮への解毒剤としては意味があると思います。
3.私の好きな名言・警句の紹介(その93)-最近知った名言・警句
<研究と研究者のあり方>
- 湯浅誠(社会活動家、反貧困ネットワーク事務局長。7月から大阪で新しい団体「AIBO」を立ち上げた)「『気づいた人が責任者』という言葉がある。私も責任者の一人だ」(『ヒーローを待っていても世界は変わらない』朝日新聞出版,2012,190頁)。二木コメント-この本の第1章「民主主義とヒーロー待望論」と第2章「『橋下現象』の読み方」は、「橋下現象」についての実に鋭い複眼的評価・批判であり、御一読をお薦めします。
- 原田正純氏(元熊本学園大学社会福祉学部教授、世界的な水俣病研究者。2012年6月11日、急性骨髄性白血病のため急逝、77歳)「見てしまった責任」(「毎日新聞」2012年7月21日朝刊「悼む」。原田氏は、半世紀にわたって、水俣病の診療や研究にとどまらず、証人として法廷に立ち、多数の著作で救済を世に訴え続けてきた。水俣病にかかわり続ける理由を、こう表現した)。
- 足立淳子(「毎日新聞」記者)「現場に学ぶ。弱者に寄り沿う。社会に警鐘を鳴らし続ける。[原田正純さんの]その姿勢はジャーナリストにとってお手本だった」(「毎日新聞」2012年7月21日朝刊、「悼む」)。
- ジョージ・A・アカロフ、レイチェル・E・クラントン(共に、アメリカの著名な経済学者)「実のところ、かなり多くの科学では、仮説の変更こそが重要な洞察となる。ひとたび仮説が変更されてしまえば、結果は明白だ」(山形浩生・守岡桜訳『アイデンティティ経済学』東洋経済新報社,2011,169頁)。二木コメント-本書の第9章「アイデンティティ経済学と経済学の方法論」は、ミルトン・フリードマンの『実証的経済学の方法と展開』(1953年)以来の(新古典派)経済学の研究方法論(モデルまたは理論を選択して、データを用いて統計的検定を行い、合わなければ棄却する)の問題点を簡潔に指摘しており、読みごたえがあります。上記の2文はこの章の最後の段落の冒頭に書かれていました。なお、「仮説の修正」と「研究課題・問いの設定」についての私の好きな名言・警句は、本「ニューズレター」9号(2005年5月)でまとめて紹介しました。そこでは、「社会科学研究における仮説の意味・設定法・育て方」について参考になる4冊の本も紹介しました
- 本村凌二(歴史学者、東大名誉教授)「20世紀の哲学者を一人だけあげなさい、と問われたら、多くの識者はM・ハイデガーと答えるのではないだろうか。そのハイデガーが『あなたは誰の本を一番お読みになりますか』と尋ねられたとき、すかさず『マルティン・ハイデガー』と答えたそうだ。/誰であれ自分が考えて書き記したことでも年月を経れば筋道が曖昧になる。だから、自分自身の考えにも復習は欠かせないと思っていた」(「毎日新聞」2012年7月1日朝刊、J・スタイナー『師弟のまじわり』の書評の冒頭。ただし、この逸話はこの本には出てこない)。二木コメント-実は、私も一番読むのは、私の書いたものです。ただし、それには本・論文に限らず、「読書ノート」や友人・知人に出した研究関連の手紙・メールも含みます。新しく論文を書くときは、そのテーマに関連したものを下線を引いたりコメントを書きながら読み返し、自分の認識の変化の有無を確認しています(読書ノートと研究関連の手紙の書き方と整理のノウハウは、『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2007,149-155頁)。なお、『師弟の交わり』は、(人間としての)ハイデガーにはきわめて批判的であり、師フッサールに対する「裏切り」の描写には鬼気すがるものがあります(114-124頁)
- ジョージ・スタイナー(ジュネーブ大学比較文学教授・文芸批評家)「単純化を恐れずに言うならば、師弟関係は3つのシナリオあるいは類型に大別することが可能だろう。まず、師匠は弟子をつぶすことがある。それも精神的ばかりでなく、ときとして身体的にも破壊してしまう。(中略)次に、その反対に、弟子が師匠の足をすくい、生徒が先生を裏切り、徒弟が親方を破滅させることがありうる。(中略)第三の類型は相互信頼の上に成り立つ関係である。(中略)ここでは、相互に感化しあう関係が成立し、師匠は弟子を教える過程において、同時に自らも学ぶのである」(高田康成訳『師弟のまじわり』岩波書店,2011,4頁)。二木コメント-同書では、第2の類型の典型として、フッサールに対するハイデガーの「裏切り」をあげています。私自身は、故川上武先生と上田敏先生というすばらしい師匠に出会い、「第3の類型」に近い関係を築けたと感謝しています(詳しくは、『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006,第4章)。第1の類型を読んで、次の言葉を思い出しました。ただし、意味はだいぶ違います。
- 小島信夫(作家・評論家)「さて大ゲサにいうと、師匠というものは、弟子から奪うものである。それはたえず世界を構築し、意味の足がためのためにいそしんでいるからである。多くの弟子たちはその憂目にあっているが、…」(『私の作家評伝I』新潮選書,1972,29頁。夏目漱石の「永遠の弟子/森田草平」を評した言葉)。
- ダン・ガードナー(カナダのジャーナリスト)「では、将来が予測不能なら、わたしたちの立てる計画や予測は意味のないものになるのだろうか?/そんなことはない。暗闇の中でも、かなりうまく将来への道を探り当てることができるような考え方や意思決定の方法というものがあるし、それらは学んで身につけることができる。完璧にはほど遠いだろうが、前向きな結果が得られるはずだ」、「[将来予測について平均点以上の結果を出した専門家は]テンプレート[あらかじめ決められた型版・鋳型]は持たずに、いろいろなところから情報やアイデアを収集してまとめ上げようとする。常に自己批判をして、自分が信じているものが本当に正しいか問いかけている。もし間違っていたことを示されたら、その間違いを過小評価したり、見てみないふりをしたりしない。ただ間違っていたことを受け入れ、自分の考え方を修正しようとする。/こういう専門家は、世界を複雑で不確実なものとして見ることに違和感を覚えないので、そもそも将来を予測する能力というものに、疑念を抱く傾向がある」(川添節子訳『専門家の予測はサルにも劣る』飛鳥新社,2012,36,49-50頁)。二木コメント-私も、(主観的には)同じスタンスから、「医療政策の短期的(数年)かつ定性的予測のみを行い」、「長期的・定量的予測は学問的に不可能であり、趣味的になってしまう」と考えています(『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006,第2章「医療政策の将来予測の視点と方法」,27頁)。
- 川島正次郎(自民党の大物政治家・故人。池田・佐藤両政権で自民党副総裁を務めた。「政界は一寸先は闇」の名言で有名)「一寸先も読めないような奴は政治家ではない。少なくとも6か月先まで読めなければ政治家ではない。一方、6か月より先のことまで予言できるというのは、これまたインチキだし、ありえない」(渡邉恒雄『反ポピュリズム論』新潮新書,2012,13-14頁。本人が上記名言の「真意」をこう説明してくれたと紹介)。二木コメント-私もこの名言はよく引用します(例:『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006,27頁。本「ニューズレター」55号(2009年3月)、71号(2010年6月))。しかし、その「真意」を知ったのは初めてで、妙に納得しました。ただし、渡邉氏はそれに続けて、「その『6か月以内』の政局が[現在は-二木]まったく読めないのだ。私も政治記者を60年やってきたけれども、これほど先が見えない時代ははじめてである」と慨嘆しており、私も同感です。
- 大瀧雅之(東京大学教授。専門はマクロ経済論、景気循環論)「現実の経済に関心が薄い経済学者は大変な数に上ります。近代経済学にとって、マルクス経済学は基本的に批判勢力として意味がありました。今は、緊張関係が無くなり近代経済学者の多くは現実の経済問題への関心を失っています。現実とは全く遊離した論文を書いて英語の雑誌に掲載することをよしとする人がたくさんいます。大体そういう人は行き詰まります。一定の年齢が過ぎると御用学者になるというのがパターンです」(「しんぶん赤旗」2012年7月31日「『構造改革』路線が日本を腐食させた」)。
- 。
<その他>
- 大橋雄二(福島市で59年続くパン製造会社社長を、2003年に創業者の父親から引き継いだ。血友病のため、24歳で左足を切断し、電動車椅子を利用。55歳)「人生でやりたいことだけできる人はわずか。だったら『やらなければならないこと』を『やりたいことにすればいい』」(「毎日新聞」2012年7月18日朝刊、「障害持つ経営者が参集 [7月]21日、宇都宮で『サミット』」。社長就任は望んだ道ではなかったが、こう思い直し、童話作家の夢を封印し、経営の立場で新たな夢を求め、試行錯誤の末、日本古来の食材を使う「地ぱん」を発案した)。二木コメント-この名言は、私が大好きな次の名言に通じると思いました。
- 「よかった探し」(フジテレビで1986年に放映された人気アニメ「愛少女ポリアンナ物語」(「世界の名作劇場」)のキーワード。主人公の少女が亡くなった牧師のお父さんから教わった言葉。本「ニューズレター」56号(2009年4月)で紹介)。二木コメント-私は、2003年4月に社会福祉学部長に就任したとき、そのストレスの多さに驚き、大学の管理業務を前向きに「気合い」を入れて行うために、それまで収集していた名言カードから、22の名言を精選して「大学の管理業務を前向きに行うための私家版『名言集』」を作りました。そのトップにあげたのが、この簡潔な名言です。
- 大橋雄二「私は多くの人に『明るい』とか『楽天的』とか、『何がそんなに楽しいのか』とか言われるが、主義として、泣くとき以外、すべて笑い飛ばすことにしている。涙で全てが浄化され、悲しみも新たな次元に消化される。だからこそ、それ以外のさまざまな出来事には、笑いの調味料を加えたい」(渥美京子『笑う門には福島来たる=大橋雄二 いのち 共生 放射能=』燦葉出版社,2011,90頁)。