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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻107号)』(転載)

二木立

発行日2013年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1.論文:日本の医療費水準はOECD平均になったのか?

(『日本医事新報』2013年5月11日号(第4646号):14-15頁。「深層を読む・真相を解く(23)」。図はPDFファイル)

日本の医療費水準が欧米諸国より低いことは、医療関係者の常識です。『平成24年版厚生労働白書』(118頁)も「日本の公共と民間を合わせた保健医療支出の対GDP比は、先進諸国の中でも低水準で推移している」と、白書として初めて公式に認めました。

しかし、最近、それを否定する主張が散見されます。南砂氏(読売新聞医療情報部長)は「対GDP医療費も低成長でOECD加盟国の平均値に」なったと主張しました(「読売新聞」2013年1月10日朝刊「展望2013」)。松山幸弘氏(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)も、OECDの「総保健医療支出」(SHA)の定義変更で在宅介護費用を含むことになったことを根拠に、日本は「[医療・介護費の対GDP]割合が高い国の仲間入りをした」として、それが「低いとの指摘[は]誤り」と主張しました(「日本経済新聞」2013年3月20日朝刊「経済教室」)。

今回はOECD Health Data 2012を用いて、この言説の妥当性を検討します。率直に言えばそれらは誤り、控えめに言っても早計です。

日本の医療費の対GDP比はG7の下位

表1は、OECD加盟国平均・G7(主要7か国)の総医療費の対GDP比(20005~2010年)です。上述した南、松山両氏を含めて、日本ではOECD加盟国(現在34か国)平均との比較がなされるのが一般的です。しかし、OECD加盟国の中にはトルコ、メキシコ等の中所得国が相当数含まれ、しかもそのような国の医療費の対GDP比は相当低いことが知られています。私は、それらを含んだOECD加盟国平均よりも、日本と所得水準が近く、しかも人口規模が大きいG7との比較の方が適切だと考えています。そのために、表1では、OECD平均とG7平均の両方を示しました。

実は、厚生労働省のホームページに掲載されている「OECD加盟国の医療費の状況(2010年)」では、OECD平均と日本の総医療費の対GDP比は共に9.5%とされています。ただし、その表の注2にも書かれているように、日本のデータは2009年で、他国とは調査年が異なります。そこで、日本を含むほとんどの国(33か国)のデータが掲載されている2009年でOECD平均を計算すると9.8%となり、日本は0.3%ポイント低くなります。日本のOECD内順位は20位で、これは2005年以降「安定」しています。

総医療費の対GDP比のG7平均は11.6%で、日本はこれに比べ2.1%ポイントも低くなっています。G7内の順位は2005~2008年は日本が最下位です(2005年はイギリスと同率最下位)。2009年は第6位に「上昇」しましたが、これは深刻な経済危機に陥っているイタリアの伸びが鈍化したためです。

OECD平均と日本との差は少しずつ縮まっているので、2010年以降同水準になる可能性はあります。しかし、G7平均との格差は2.0%ポイント以上あるので、それが解消される可能性は当分はないと思います。

ここで、対GDP比のみので国際比較する際の「落とし穴」を指摘します。それは医療費増加の重要な要因である各国の人口高齢化の違いを考慮していないことです。実は厚生労働省のホームページには、「G7諸国における総医療費(対GDP比)と高齢化率の状況(2010年)」も示されています。言うまでもなく高齢化率が一番高いのは日本(23.4%)で、2位はイタリア(20.8%)、3位はドイツ(20.4%)で、残り4か国は20%未満です。人口高齢化の影響を補正すれば、日本の総医療費(対GDP比)はG7の中で確実に最下位に、OECD内でも相当下位になると思います。

日本の1人当たり医療費は依然下位

日本では、医療費水準の国際比較はほとんど対GDP比のみで行われますが、国際的にはそれと合わせて、1人当たり医療費(アメリカドル表示の購買力平価)でも比較するのが一般的です。対GDP比は、各国の経済状況(GDP)の変動の影響を受けて変動しやすいのに対して、1人当たり医療費は比較的安定しているからです。両者は相補的とみなされ、OECD統計でも、厚生労働省のホームページでも、両方が示されています。

表2に示すように、1人当たり医療費でみると、日本の低さはより鮮明になります。2009年時点で日本はOECD平均より8.7%も低く、しかも対GDP比の場合と逆に、OECD平均との格差が漸増しつつあります。G7平均と比べると一貫して3割も低くなっています。この指標で見ると、人口高齢化による影響を補正しなくても、日本の医療費水準がOECD平均より低い状況は今後も続きそうです。

松山氏は「異次元」の数値を比較

最後に、松山氏の主張について簡単に検討します。OECDの「総保健医療支出」の定義が拡大されると、日本のそれの対GDP比が相当上昇することは確実です。2008年では8.46%から9.31%に0.85%ポイント上昇するそうです(満武巨裕「SHA改定が日本の総保健医療支出に及ぼす影響」『医療経済研究機構レター』216号,2013)。ただし、このような上昇は日本だけでなく、ほとんどの加盟国で生じるため、日本の順位は現時点では未定です。しかも、新しい基準によるデータに切り替わるのは2016年度からです。松山氏の主張は、OECD平均としては現在の定義による数値、日本のみは新しい定義による数値という「異次元」の比較をした錯誤と言えます。。

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2.今後の医療機関の機能分化と地域包括ケアシステム

(『JAHMC』(日本医業経営コンサルタント協会機関誌)2013年5月号(24巻5号):2-6頁)


日本の高齢社会到来によって、2025年に向けた地域包括ケアシステムの構築が叫ばれている。厚生労働省が推進するこのシステムを、我々はどう理解し、医業経営コンサルタントとして何ができるのだろうか。日本の医療経済・政策学の第一人者である日本福祉大学の二木立学長に解説していただいた。なお、二木先生は医療・介護政策の研究成果を「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」として2005年から毎月ウェブ上で配信されている。今回の内容については、それの104号に掲載されている「地域包括ケアシステムと医療・医療機関の関係を正確に理解する」に詳しく書かれているので、是非ご一読いただきたい。URL http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/


「医療・介護にかかる長期推計」の正しい見方

――まず、医療機関の機能分化について、厚生労働省から2025年度を目途にした「将来像に向けての医療・介護機能再編の方向性イメージ(2012年6月)」が出ていますが、このとおりに進むのか、地域一般病床についてはどうなのか、先生のお考えを伺いたいと思います。

二木 この点に関して、私は全ての政策と同じように複眼的に見ています。すなわち、プラスの面で見れば、この推計は2025年に厚生労働省が目指す病院再編の方向を知る上で、病院経営者必読でしょう。10年前の小泉政権時代には、厚生労働省は急性期病院、大病院の将来像しか示していませんでしたが、今回最も注目すべきは、高度急性期病院以外の一般医療は、地域に密着した病床で対応することを明記した点にあると思います。10年前には「大病院」に対して「診療所等」という表現で、診療所と一括りにして扱われていた中小病院が、今回は独立したものとして扱われていることは、画期的です。

「地域に密着した病床」が、全日本病院協会などの病院団体が提唱している「地域一般病棟」と同じかどうかについては理解の違いがありますが、亜急性期・回復期リハ病床を増やすこと、長期療養病床に関しては医療保険と介護保険を峻別すること、さらに今回新しく精神科病床削減の方向性を明記していることは注目に値します。ただし、個々の数字については、厚生労働省の担当者自身が「仮のイメージで、確定したものではありません」と公式に発言されています。それなのに、一部の医療機関やコンサルタントの方々がこの数字を絶対化してしまっているのは問題だと思います。

例えば、7対1の看護の病床を24万床から18万床に削減するとしていますが、これから医療の高度化を図ると厚生労働省が言っているわけですし、医療技術の進歩によってさらに高度化するでしょうから、7対1看護病床を6万床も減らすのは困難です。もっと高いレベルの5対1看護ができる可能性があり、それを絞り込むというのであれば分かりますが、既にある7対1看護を大幅に減らすのは乱暴すぎるということをまず申し上げておきます。

もう一つ、一般病床の機能分化は今後確実に進みますが、一気に進むのではなく、穏やかにしか進みません。厚生労働省が、機能分化について社会保障審議会の医療部会に当初提案した時は、急性期病床群を要件化して都道府県による「認定制度」を設けるというものでした。しかしこれは医療団体から猛反発を受け、次に「登録制度」案になりましたが、それも問題だということで、最終的には現在の医療法で規定されている医療機能情報提供制度という既存の制度を活用した「報告制度」に落ち着きました。つまり、厚生労働省が当初目指した規制強化ではなく、各医療機関の自主性が最大限尊重される制度になったと理解すべきでしょう。

地域包括ケアシステムを正確に理解する

――その中で、在宅医療や地域包括ケアシステムというものが出ているわけですが、先生は論文で「地域包括ケアシステムはシステムではなくネットワークであり、特に都市部に関係すること」とされています。

二木 私は地域包括ケアシステムについてはさまざまな誤解があるので、それを正確に理解する必要があると考えています。地域包括ケアシステムは介護保険法からスタートしていますから、その枠内の改革であり、医療機関は別だと誤解している医療関係者がまだいますが、厚生労働省はそれを明確に否定しています。地域包括ケアシステムは医療提供制度改革と一体に行われるのです。

民主党政権が「社会保障・税一体改革大綱」を昨年2月に閣議決定しましたが、そこでの「医療・介護等」改革は、医療サービス提供体制の改革と地域包括ケアシステムの二本柱です。しかも、民主党政権から自公政権への政権交代後も、地域包括ケアシステムと医療提供制度改革についてはほとんど何も変わらないのです。

安倍自公政権は生活保護などでは相当強引な切り下げを行いましたが、地域包括ケアシステムと医療提供制度改革は、政権交代の影響を全く受けていません。理由は単純で、地域包括ケアシステムの検討が始まったのは民主党政権の前の福田・麻生政権時代だからです。しかも、地域包括ケア研究会(座長:田中滋慶応大学大学院教授)の報告書が、民主党政権でもそのまま認められました。

医療提供制度改革に関しても、上述した「医療・介護にかかる長期推計」は、基本的に福田・麻生政権時代に社会保障国民会議がまとめた長期推計を踏襲したものなので、今の安倍政権も変える必要がないのです。もちろん、個々の政策については政権交代で変わる部分はありますが、地域包括ケアシステムと医療提供制度改革の大枠は2回の政権交代を経ても全く変わっていないというのが1つ目のポイントです。

2つ目のポイントは、地域包括ケア「システム」という言葉が誤解を招くことです。システムというと、どうしても官僚主導で上から下りてくるようなイメージがありますが、地域包括ケアシステムの実態はシステムではなく「ネットワーク」で、しかも主たる対象は都市部です。これを突き詰めていくと、それの具体的なあり方は地域によって全く違ってきますし、誰が中心になって担っていくかも、地域によって異なるのです。

この点に関しては、地域包括ケアシステムの責任者である原勝則老健局長が、本年2月に開催された全国厚生労働関係部局長会議において「地域包括ケアシステムは、こうすればよいというものがあるわけではなく、地域のことを最もよく知る市町村が、地域の自主性や特性に基づき作り上げていくことが必要である」と率直におっしゃっています。さらに「医療、介護、予防、住まい、生活支援といったそれぞれの要素が必要なことは、どの地域でも変わらないと思うが、誰が中心となり、どのような連携体制を図るのか、これは地域によって違ってくる」とまで踏み込んで発言されています。一部では地域包括ケアシステムの中心は市町村だ、いや医師会だ、いや老人保健施設だ、いや地域包括ケアセンターだと、様々な主張がされていますが、それらはすべて「我田引水」・誤りで、原局長が明言されたように、全国共通の「中心」はありません。この点について、誤解されている方がまだたくさんいらっしゃるようです。

また、地域包括ケア研究会で座長を務めた田中滋氏は「このシステムで日本中をカバーできるとはもともと考えていない。そもそもこの戦略の主なターゲットは、都市とその近郊である」とストレートにおっしゃっています。

これだけを見ると、農村部に対してとても冷たいように思われるかもしれませんが、決して間違いではありません。これから2025年に向けて後期高齢者がどんどん増えますが、それは首都圏を中心とした大都市部に集中しているのです。もちろん、農村部でも後期高齢者は増えますが、既にある程度高齢化が進んでいますから、実数・比率とも、大きく増加するのは都市部です。2010年から2025年までに、後期高齢者は全国で約5割増えるとされていますが、東京周辺の3県(千葉、神奈川、埼玉)では2倍になります。東京は6割増ですが絶対数の増加が他の道府県を圧倒しています。他面、東京を含めた首都4都県は、人口当たりの病院病床数、老人保健施設や特養も少ないですから、このままでは大変なことが起こるのが明らかです。

加えて今の財政事情を考えると、病床や老健施設などを大幅に増やすことはできないので、地域包括ケアシステムで何とか支えたいというのが、厚生労働省の狙いです。ですから、田中氏がおっしゃっていることは決して間違いではないのです。農村部はどうでもいいと言っているのではなく、農村部に比べてはるかに首都圏(一部大阪圏)が深刻だという厚生労働省の代弁をされているのではないでしょうか。

そして、3つ目のポイントは、地域包括ケアシステムは病院とは関係ないというイメージからの脱却です。この誤ったイメージがまだ残っているのは、厚生労働省にも責任がります。地域包括ケアシステムが2010年に提唱されたときには、それのイメージ図に診療所しか示されていなかったので、病院は関係ないという誤解が生まれてしまったのです。

しかし、2012年6月に香取照幸政策統括官が、「これまでは有床診療所のような20床くらいの小規模なサービスを考えていたが、もう少し規模の大きい入院機能を持った病院を組み込むことが必要になる」と発言しました。これは明らかな方針転換ですが、私は極めて現実的だと思っています。

――それが、公立みつぎ総合病院の山口昇先生が実践されたようなことでしょうか。

二木 地域包括ケアシステムの原点は、間違いなく山口先生が1970年代から始められた病院を核としたシステムです。山口先生は、医療保険以外にもいろいろな財源を集めて、病院の周辺に、老健、特養や、さまざまな在宅サービス機関を作りましたが、中心は入所施設でした。一方、地域包括ケア研究会の報告は、尾道市医師会が行っている病院以外の開業医を中心とするものをイメージとして示しました。ですから、地域包括ケアシステムには、病院を核としたものとそれ以外のものの、二つの系列があります。病院を中心としたものは全国津々浦々にありますが、診療所や地域医師会レベルでの地域包括ケアシステムの事例は、必ずといっていいほど尾道方式です。

厚生労働省も最近は、病院を排除した形で地域包括ケアシステムを構築するのは無理なことを理解して、方向転換したのだと思います。地域包括ケアの隠れた一番の課題は死亡場所の確保ですが、すべてを自宅で看取るのは不可能ですから、これは大変合理的な判断だと思います。

これを突き詰めると、4つ目のポイントになります。地域包括ケアシステムは、保健・医療・福祉複合体への新たな追い風になるのです。武田俊彦厚労省社会保障担当参事官(当時)は「粗悪な高齢者用住宅が作られないよう、医療法人のような医療提供者が街づくりに関与するパターンがあってもいいと、個人的には思っている」と発言されています。

鈴木康裕保健局医療課長(当時)はもっと踏み込んで「有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅のような集住系の施設に入ってもらい、そこに医療や介護サービスを付けて対応するしか方法はないと思っている。(中略)各医療法人が土地や建物、医療・介護サービスなどを提供することで、質や効率性を高めていくことが求められる」と発言されており、これはまさに医療機関に対する複合体化の薦めです。

今後、急増する死亡者を全て病院で看取ることは困難ですが、かといって既存の老人福祉施設や自宅の看取りを大幅に増やすことも困難です。そのため、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームでの看取りを促進したいわけです。ただし、粗悪なものや営利本位のものが急増すると、社会問題になりかねません。介護難民やリハビリ難民でも社会問題になっているのですから、もし「死亡難民」が多数出れば、それらとは桁違いに大きな社会問題になるのは確実です。そのため、多くの医療機関は良心的でサービスの質も担保できるということで、厚生労働省には医療機関を母体とするサービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームをを増やしたいという思惑があるのだと思います。

看取りは自宅でなく在宅に期待

武田氏や鈴木氏の発言で画期的なのは、自宅での看取りを大幅に増やすことはできないことを認めている点です。ここで見落としてならないことは、厚生労働省は「在宅」と「自宅」を使い分けていることですが、この違いを知らない方がまだ少なくありません。「自宅」というのは自分の家という意味で、厚生労働省はそこでの死亡割合を上げることはできないことを認めているのです。一方、「在宅」というのはグループホームや有料老人ホーム、あるいは定義によって特養も含まれます。「自宅ではない在宅」というのは、日本語の語感としては矛盾を感じますが、自宅と在宅は違うということを理解しなければ、話が分からなくなります。

厚生労働省は、我が家、狭い意味での自宅でのケアや看取りを大幅に増やせないことは覚悟しているのです。そこで危機意識を持って、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームといった自宅ではない在宅でのケアや看取りを増やしたいと考えており、このこと自体は決して間違っているとは思いません。安倍自民党は「家族で看ろ」と言っていますが、それよりも厚生労働省の方がよほど現実的だと思います。

――自宅で亡くなりたいと思っても、家族に迷惑が掛かるだろうから、病院や施設でということになりますよね。

二木 日本の国民、特に高齢者は、良い悪いは抜きにして医療依存が強いので、医療のバックアップのないサービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームで大幅に看取るのは困難です。私流に言えば、複合体傘下で、医療のバックアップのある有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅、あるいは独立型施設の場合でも、医療機関と密接な連携、もしくはそれより強い契約関係のあるところでないと、本格的な看取りを行うのは厳しいと考えています。

――厚生労働省は「在宅医療の体制構築に係る指針」等で点数を付けて誘導していて、一万数千件の登録がありますが、実際に在宅で看取った数は非常に少ないというデータが出ています。やはり、政策誘導してもうまくいっていないということでしょうか。

二木 今後、自宅での看取りの実数は増えると思いますが、その割合は増えないでしょう。現在は12%程度ですが、それを大幅に上げるのは無理です。厚生労働省の「死亡場所別、死亡者数の年次推移と将来推計」で、今後も自宅での死亡割合が増えないとしているのは実にリアルだと思います。ただし、医療機関の看取りが今後全く増えないとしている点は、これまでの事実に反し、大問題です。1990年から2010年までの20年間で、病院病床数は5%減りましたが、平均在院日数が短縮することによって、病院での死亡数は逆に6割も増えました。今後も、病床数が同じでも、平均在院日数がさらに短縮することにより、医療機関での死亡者数が増えるのは確実です。ただし、医療機関での死亡割合は漸減すると思います。

――そういう意味では在宅死難民を増やさないために、医療機関や社会福祉協議会に頑張ってもらわなければいけませんね。

二木 今後の死亡急増時大を乗り切るためには、まず、病院、特に現在平均在院日数が著しく長い療養病床が在院日数を短縮して看取りを増やす必要があると思います。それから、厚生労働省の推計では、老人保健施設や特別養護老人ホームは、定員が増えた分しか看取りが増えないとされていますが、過去10年の実績では、介護報酬の誘導によって、特別養護老人ホームでの死亡は定員増の倍増えています。これからも相当増えると思います。サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームでも、今後は、医療のバックアップがあるところでの死亡は相当増えるでしょう。ですから、よく言われている「47万人の死亡難民発生」は充分に予防できると思います。ただし、これは医療機関も社会福祉法人もそれぞれが頑張ればという条件付での話です。逆に言えば、医療機関や社会福祉法人にとって、頑張れば見返りのある市場、分野があるということです。

――医業経営コンサルタントは、そこをサポートしていかなければいけないのでしょうね。

二木 大学病院等の高度急性期病院では高度医療オンリーでいいのですが、地域密着型病院は居住系サービスを直接開設するか、開設しない場合はそれらとしっかり連携するか、公式の契約を結ぶことが必要になります。「何が何でも作れ」と言っているのではなく、大病院以外は今後は福祉や保健と無縁では存在し得ないというのが、一番大切なことです。

――そういったことをわきまえてサポートしていかなければならないということですね。

二木 まずは地域包括ケアについて正確に理解することが不可欠です。厚生労働省は非常に現実的です。「死亡場所別、死亡者数の年次推移と将来推計」では「その他47万人」のみ注目されています。しかし、本当のポイントは在宅ケアを重視しているのに自宅死亡割合は増えないことです。この認識は非常にリアルだと思います。

介護療養病床は廃止されない!?

――最後に、介護療養病床は廃止されるのでしょうか。

二木 自民党が小泉政権時代に強引に介護療養病床の廃止を打ち出したことはご存じのとおりです。その後、民主党政権はそれを5年延命させましたが、自民党の昨年の総選挙公約では、小泉政権時代とは逆に、「介護保険法改正により、2018年まで延長となった介護療養施設のあり方については、同施設の必要性を重視して見直しを行う」と主張しました。このことを踏まえると、介護療養病床は廃止されない可能性が大きいと思います。何度も言いますが、これからの政策の(隠れて)大目的は、死亡場所の確保だからです。現在の介護療養病床と老健や老人ホームでは、看取りの比率が全然違っていて、定員あたりの死亡数は2~5倍になっています。介護療養病床を強引に老健に転換してしまうと、死に場所が半分もしくは4分の1に減ってしまうので、現実的には難しいと思います。そこで、自民党も公約で見直すと言っているわけで、控えめに見ても廃止は再延期、もしくは全面見直しになる可能性が大きいと思います。ただし、今のまま単純に再延期するのは無理でしょう。ターミナルケア等、質の高い看取りを行うことを前提に、つまり何らかの改革を前提に、廃止方針が見直しされる可能性は十分あると思います。

(聞き手 編集部)

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3.インタビュー:【TPP識者の視点4】医療 薬価引き上げ現実味

(「十勝毎日新聞」2013年5月16日)

まず、環太平洋連携協定(TPP)自体について私は反対だ。それは、価格競争で太刀打ちできないアメリカやオーストラリアに、日本農業が壊滅的打撃を受けるからだ。また、医療の営利化が進む危険が強いことも理由だ。一方、一部の医療関係者らが、TPPで国民皆保険の崩壊を懸念していること(私は、これを「地獄のシナリオ」と呼んでいるが)については、大きな疑問を感じている。

医療に与えるTPPの影響は冷静に、複眼的に考えることが必要。日本の医療に関してアメリカの要求内容を、通商代表部(USTR)の報告書などを基に検証すると次の3段階で要求してくると予測できる。

全面解禁には疑問

第1段階は、医薬品・医療機器の公定価格の撤廃・緩和。第2段階は「特区」に限定した混合医療と株式会社による病院経営の解禁であり、第3段階はその2つの全国レベルでの全面解禁だ。

実現可能性を考えると、第1段階が最も高い「今そこにある危機」だ。日本では新薬が承認されるとほぼ自動的に保険に収載されるため、巨大製薬企業にとっては「世界で最良の市場」と言えるからだ。

第2段階は長期的に否定できないが可能性は低く、第3段階は非常に低いと判断している。第3段階は法改正が必要だが、国民の大多数が国民皆保険制度を支持している中では政治的に法改正は不可能だ。さらに、混合診療の全面解禁は総医療費の高騰を招き、抑制したい政府方針にも矛盾する。

所得格差が広がる

仮に第1段階が実現したら新薬の薬価が引き上げられ、患者負担が増加する。すると低所得患者は服用を断念せざるを得なくなる可能性があり、そのような事態は所得水準の低い地方ほど起きやすいだろう。

アメリカでは所得水準で受けられる医療が変わることが公平だが、日本では貧富の別なく医療を受けられることが公平と考えられている。その中で、TPP参加を想定するとアメリカは医療にも市場原理導入を要求してくるだろう。

それは、国民皆保険の空洞化を招きかねない。私たちが本当に守らなければならないのは、「いつでも、どこでも、誰でも適切な医療を受けられる」という意味での国民皆保険であることを忘れてはいけない。 (井上朋一)

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4.インタビュー:「ふくし」の精神、知識を

(「読売新聞」2013年5月6日朝刊(中部版)、「未来を拓く大学(27) 日本福祉大学 二木立学長)」

日本初の4年制社会福祉学部を発足して以来、「福祉の大学」として知られる日本福祉大学(愛知県美浜町)。2015年には看護学部を新設し、「ふくしの総合大学」を目指す。二木立(にき・りゅう)学長(65)は「『いのち』『くらし』『いきがい』を3つの柱に、学生に総合的な『ふくし』の精神と知識を身につけさせたい」と語る。
(聞き手・編集委員 荒川盛也)

*人間らしく

--「ふくしの総合大学」とは。

漢字の「福祉」には、生活保護や障害者支援といった「特定の人のためのもの」というイメージがある。このような社会福祉は本学の原点だが、現在は、それも含んだ広い意味で、「人間らしく幸せに生きるため」のあらゆる活動を包含する言葉として、平仮名で「ふくし」と表現している。

--その内容は。

「いのち」(健康や医療)、「くらし」(漢字の福祉や経済)、「いきがい」(教育や発達)を3つの柱にしている。学部、学科を問わず、4年間の在学中に総合的な「ふくし」の精神と知識を身につけられるような教育を行いたいと考えている。

*現場と連携

--2015年には東海キャンパスを開設し、看護学部の設置を準備している。

「ふくし」のうち、特に「いのち」の領域をさらに拡充、強化するのが目的だ。半田キャンパスの健康科学部リハビリテーション学科で理学療法士と作業療法士を養成しているが、看護学部の設置で、「くらし」との連携も強めたい。

--社会福祉士の現役合格者数が24年連続全国一だ。

社会福祉学部の定員が全国一多いためでもあるが、合格率を高めることが至上目的ではなく、総合的な「ふくし力」を身につける教育に重点を置いている。社会福祉士の実習で重視しているのは、福祉の現場と連携して学生を育てることだ。

*多面的な実習

--そのためにどのような取り組みをしているか。

2006年度から、全国の大規模社会福祉法人と人材養成に関する覚書を交わして実習のネットワーク化を進めてきた。今年度からそうした社会福祉法人で、「総合支援型実習」を始めた。障害者福祉、高齢者介護、保育といった特定施設での実習ではなく、複数の種類の施設を持つ法人単位で多面的な実習が可能になった。

*安定成長産業

--少子高齢化社会で大学の役割、あり方をどのように考えるか。

一般的に言えば、少子社会は、大学の教育・研究への「逆風」であり、一部で大学は「構造不況業種」とさえ見なされている。しかし、今後の超高齢社会化により、医療・福祉ニーズは大幅に増加するため、医療・福祉は数少ない「安定成長産業」と言える。今後、教育改革をさらに進め、これら分野で活躍する専門職を輩出すれば、本学の未来は明るいと考えている。

--今年、創立60周年を迎える。今後の展望は。

東海キャンパスの開設とともに、既存の美浜、半田、名古屋キャンパスの整備を進めている。その際、ハードウェアだけでなく、ソフトウェア(教育の方法と中身)の改革、改善が不可欠であると考え、教職員に一層の奮起をお願いしている。

日本福祉大学 1953年、中部社会事業短期大学として開学。57年、日本で最初の4年制社会福祉学部を発足、日本福祉大学に改称した。美浜、半田、名古屋キャンパスで6学部8学科、大学院に計約5600人が学ぶ。通信制学生は7000人。卒業生は7万人。

二木立(にき・りゅう)学長(65) 1947年、福岡県生まれ。72年東京医科歯科大学医学部卒業。代々木病院リハビリテーション科長を経て、85年日本福祉大学教授。その後、社会福祉学部長、大学院委員長、副学長・常任理事。今年4月から現職。日本学術会議連携会員。医学博士、社会福祉学博士。趣味は読書、映画鑑賞。

「乱読」自説深めて 【学生へ一言】

学生時代、特に最初の2年間は、専門分野にとらわれず、様々な本の「乱読」を勧めたい。どんな意見、思想を持っても構わないが、自己と異なる意見についても十分学んだ上で、自説を深めてもらいたい。併せて、新聞をできるだけ朝夕刊セットで定期購読し、毎日読んでほしい。新聞は、幅広い知識と情報を得る最良の媒体だ。インターネットだけでは、断片的な意見、情報しか得られない。


6.エッセー:名古屋に移り住み27年-住みやすい街です

(『同窓会会報(東京医科歯科大学お茶の水会医科同窓会)』第258号:38-39頁,2013年5月20日)

私は東京医科歯科大学を1972年(昭和47年)に卒業した20回生です。東京・代々木病院に13年勤務した後、1985年に愛知県の日本福祉大学教授に就任しました。その2年後の1987年に名古屋市に転居しました。日本福祉大学には28年勤務し、本年3月定年退職しましたが、4月学長に就任しました。私の研究歴と学長就任の経緯・抱負は、本会報257号で詳しく報告したので、今回は、名古屋に移り住んでから27年間に感じたことを書かせていただきます。一言で言えば、名古屋は非常に住みやすい街です。なお、名古屋で絶大な人気を誇る河村市長は名古屋弁が売り物で、「非常に」を意味する「どりゃー」を連発しますが、市長以外に公式の場でこう発言されるのを聞いたことはありません。

「我々は家を買わなければならない!」

私は1985年に日本福祉大学に赴任してすぐ教職員組合に加入したのですが、その直後に開かれた春闘に向けての組合大会に出たときに、ある組合員が見出しの発言をして、「カルチャーショック」を受けました。というのは、東京では、土地が異常に高く、相対的に高給与である勤務医でさえ、自力で家(一軒家)を買うことなど不可能だったからです。当時は東京でバブル経済が始まったばかりのため、同じ「都会」と言っても、東京と名古屋では土地代に10倍近い格差がありました。ちなみに、私は赴任2年目の後半に、名古屋市内に土地を購入し一軒家を新築したのですが、当時の地代は坪70万円という、東京的感覚では信じられない安さでした。職場でその驚きを率直に話したところ、同僚の教職員から「お医者さんはお金持ちですね」と白い目で見られたものです。

土地代の比較は極端すぎるかもしれませが、一般の諸物価も、名古屋は概して東京に比べ、かなり安いと言えます。私が一番ありがたいと思っているのは、名古屋市・愛知県は喫茶店が非常に多く(人口当たり全国第3位)、しかもそれが朝早くから開いており、価格が安く、モーニングサービスも充実していることです。私は1987年に名古屋に転居するまで2年間、単身赴任をして、朝食はいつも大学近くの喫茶店で食べたのですが、すべてモーニングサービスですませました。名古屋の喫茶店でもう一つありがたいことは、新聞各紙を揃えている喫茶店が多いことです。私は、幅広い知識と情報を得るために、新聞を毎日6紙読んでいるのですが、自宅で講読しているのは3紙で、残り3紙は大学の教員控え室または自宅近くの行きつけの喫茶店で読んでいます。東京で新聞各紙を揃えている喫茶店は、「ルノアール」等、ごく限られていたので、これは大助かりです。

「大いなる田舎」は過去のもの、「閉鎖的街」は誤解

私が日本福祉大学に赴任した当時、名古屋には「大いなる田舎」、よそ者が入り込めない「閉鎖的街」といったマイナスイメージがつきまとっていました。事実、私が名古屋に転居した当時、駅前を除いては、夜8時をすぎるとほとんどの店が閉まり、暗い夜道を歩きながら大変なところに来たものだと寂しくなりました。ただし、その後、徐々にコンビニなどが増えたこともあり、いつのまにか街の「暗さ」はなくなりました。逆に、2008年のリーマンショック直前まで、名古屋・愛知は日本で一番元気な街と謳われ、さまざまな雑誌で名古屋特集が組まれました。また、名古屋テレビ塔(東京タワーより4年早い1954年に開業)、全国有数の規模を誇る東山動植物園、徳川美術館、そして言わずと知れた名古屋城等、文化施設も豊富であり、この面でも住みやすい街です。文化面で私にとってありがたいことは、映画館の上映作品数が多く(一説によると東京に次ぐ)、しかも「中日新聞」と「朝日新聞」に毎日、ほとんどの映画館の「映画広告案内」が載ることです。ちなみに、私は以前は、毎年、映画館で映画を50本観ていましたが、「管理職人生」が続くようになってからは30本前後に減っています。

他方、「閉鎖的街」というイメージは、少なくとも私の住んでいる瑞穂区白竜町に関しては、最初から正しくありませんでした。ここには「下町」的雰囲気が残っており、近所付き合いも盛んで、家人が家にいる時は鍵をかけないのが普通でした。転居直後に、子どもの同級生が何人も、どかどかと家に入り込んできて、驚きました。ただし昨年、私が居た時間帯に「こそ泥」に入られてしまい、以来、いつも鍵をかけざるをえなくなりました。

年に一度の同窓会

愛知県に在住する東京医科歯科大学医学部卒業生は約30人で、毎年4月の土曜日夜に、かつては市一番の繁華街だった栄地区にある名古屋観光ホテルの中華料理店で同窓会を行っています。参加者は十数名です。私が初めて参加したのは1989年ですが、以来ずっと、野垣敬さん(21回生)が「永年幹事」をされています。彼は、このホテルの近くで「野垣クリニック」を開業しており、この店の常連だそうです。ちなみに、「野垣一族」は、名古屋では有名な肛門外科の老舗グループで、いたるところで広告をみます。

同窓会の常連の一人は、私と同期で、しかも共に柔道部に所属していた米田實さんです。彼は主将、私はマネージャーでした。米田さんが理事長を務める「米田病院」は愛知県有数の整形外科専門病院、彼が学長の米田柔整専門学校は愛知県で最初に創設された名門柔道整復師養成校で、私の学部ゼミの教え子もお世話になりました。私は、日本福祉大学の柔道部顧問を務めているため、毎年春と秋に開かれる東海学生柔道大会で、米田さんとお会いすることもあります。ただし、米田さんの学校は強豪校、日本福祉大学は弱小校で、しかもここ数年は部員が減少し、試合に出られなくなっています。

日本福祉大学は創立60周年

最後に、日本福祉大学の紹介・宣伝を少しさせていただきます。日本福祉大学は1953年に創立され、今年で創立60周年を迎えます。設立当初は短期大学でしたが、1957年に4年制大学となり、日本で最初の社会福祉学部を開設しました。当初は名古屋の都心(昭和区滝川町)にありましたが、創立30周年の1983年に現在の知多半島南部の美浜町に全面移転しました。その後、1995年に半田市に情報社会科学部(2008年に健康科学部に改組)を、2003年に名古屋キャンパス(大学院)を開設しました。さらに2015年には東海キャンパスを開設し、新たに看護学部(定員100人)を設置するとともに、現在、美浜キャンパスにある経済学部と国際福祉開発学部を移転する予定です。

私の4年間の学長任期中の最大の課題は、2015年に向けて新キャンパスの開設と既存キャンパスの整備を同時並行的に進め、日本福祉大学を「ふくしの総合大学」としてさらに発展させることです。この「ふくし」には狭義の(社会)福祉だけでなく、看護・リハビリテーション等も含みます。皆様のご支援とご鞭撻をよろしくお願いします。


7. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算89回.2013年分その2:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

今号で紹介した5論文は、結果的にすべてHealth Affairs掲載論文になりました。この雑誌はアメリカでもっとも良く読まれている医療雑誌(現在は月刊)で、しかも毎号特集が組まれます。編集方針として読みやすさを優先しているようで、高度・難解な学術論文はほとんど掲載されませんが、それだけに医療政策についての最新の研究動向を手軽に知ることができ便利です。当初は、アメリカについての論文がほとんどでしたが、最近は、ヨーロッパ等、他国についての論文も頻繁に掲載されるようになっています。英語の「医療雑誌」を1冊だけ定期購読される場合は、本誌をお薦めします。私自身も、個人で定期購読しているのは本誌とThe Economistだけで、それ以外の英語雑誌約30誌はすべて日本福祉大学図書館でチェックしています。

○ヨーロッパの強力なプライマリケア・システムは国民の健康水準の高さだけでなく、高医療費とも関連している
Kringos DS, et al: Europe's strong primary care systems are linked to better population health but also to higher spending. Health Affairs 32(4):686-694,2013.[国際比較研究・量的研究]

強力なプライマリケア・システムはしばしば、良質の医療を提供する医療制度の基盤と見なされるが、この見解を支持するエビデンスは限られている。そこで、2009-2010年のEUプロジェクト「ヨーロッパのプライマリケア活動モニター」で収集された31か国(EU加盟の27国+スイス、トルコ、ノルウェイ、アイスランド)のプライマリケアのデータの相関分析と回帰分析を行った。各国のプライマリケアは、構造、アクセスの良さ、継続性、協働、包括性の5側面を、3段階で点数化した(1点:弱い~3点:強力)。

その結果、強力なプライマリケアは、国民の健康水準(主要疾患による余命の短縮、健康の自己評価等)の高さ、不必要な入院率の低さ、社会経済的不平等(教育レベル等)の低さと関連していた。総医療費(2009年の1人当たり医療費。米ドル表示の購買力平価)はより強力なプライマリケア構造を有する国で高かった。この理由は、強力なプライマリケア構造の維持には多額の費用がかかること、しかもそれがサービス提供の分権化等を促進するためだと思われた。他面、包括的なプライマリケアは低い医療費増加率(2000~2009年)と関連していた。

二木コメント-プライマリケアを5側面に分けて、それぞれの側面と医療費等との関連を分析的に検討した興味深い論文です。日本では、プライマリケアの推進により医療費を削減できるとの言説がみられますが、それはエビデンスに基づいていないことがよく分かります。「強力なプライマリケア構造の維持には多額の費用がかかる」ことは、日本では見落とされている重要な論点と思います。執筆者(4人)は全員オランダの大学・研究所所属です。

○[高所得]11か国の調査データの分析により医療制度のパフォーマンスについての[個人的]「満足度」はさまざまなことを意味していることが分かった
Papanicolas I, et al: An analysis of survey data from eleven countries finds that 'satisfaction' with health system performance means many things. Health Affairs 32(4):734-742,2013[国際比較研究・量的研究]

医療制度に対する個人的満足度の測定は医療の国内的・国際的パフォーマンス評価でますます重要な役割を果たすようになっている。2010年Commonwealth基金国際医療政策調査から得られたデータを用いて、11の高所得国(北米2か国、ヨーロッパ7か国、豪州2か国)における医療制度パフォーマンスの個人的評価の決定要因を分析した。大半の国では、医療制度についての総合的満足度と、医療価格の手ごろさ(affordability)と医療の効果についての評価、およびかかりつけ医の評価との間に明確な関連があった。診察・診断を受けるための待機日数は不満足と関連しているとの、ある程度のエビデンスがあった。ただし、回答者のこれらの要素についての評価の差により、各国間の総合的満足度のバラツキを説明することはほとんどできなかった。以上から、患者「満足度」は、異なる医療制度を持つそれぞれの国で、なにか異なったものを体現していると結論できる。さらに、今回の調査結果は、医療制度についての総合的満足度を改善する上でのいくつかの鍵は医療制度の外に存在しているかもしれないこと、具体的には国ごとの国民の期待の仕方の違いや、国ごとの政治的ディベイト、メディアの報道の仕方、文化等の要因の違いに関連していることを示している。

二木コメント-従来の欧米での医療満足度調査の盲点をついた重要な「問題提起」と思います。執筆者(3人)は全員イギリスの大学所属です。ただし、調査結果はごく部分的にしか報告されていません。なお、塚原康博『医師と患者の情報コミュニケーション-患者満足度の実証分析』(薬事日報社)の第5章「患者満足度の国際比較」と日本医師会総合総合政策研究機構(江口成美氏)「第4回日本の医療に関する意識調査」(2012年4月)は、医療・患者満足度と医療以外の要因(生活満足度等)との関連も調査しています。

○医療施設建設とサービス・マネジメントについてのヨーロッパの公私パートナーシップの結果は明暗まちまちである
Barlow J, et al: Europe sees mixed results from public-private partnerships for building and managing health care facilities and services. Heath Affairs 32(1):146-154,2013.[評論]

国家予算緊縮に部分的に助長されて、ヨーロッパ各国政府は、私的部門をパートナーとして、公立病院やそれ以外の保健医療施設の建設・運営、サービス提供の費用を賄おうとしている。このような公私パートナーシップにより、政府は初期資本費用の負担を回避すると共に、私的部門の効率を利用することを望んでいる一方、私的部門のパートナーは高い投資収益率を目指している。ヨーロッパ9か国の公私パートナーシップの実績を分析したところ、現時点では、結果は明暗まちまちであった。公私パートナーシップのいくつかの初期モデル--例えば私企業が病院を建設し、その後も施設の維持を請け負う「設備特化モデル」("accommodation-only" model)--により、当初期待されたような、より低額の費用での効率の向上が得られていないことはほぼ間違いない。本論文で示す新しい諸モデルは効率向上の可能性があるが、開始・マネジメントするのが管理面でより困難である。それにもかかわらず、新しいインフラのための公的資金が不足しているため、ヨーロッパ各国政府にとっての公私パートナーシップの魅力は今後も増加するであろう。

二木コメント-ヨーロッパ各国で21世紀初頭に実施された、医療部門の公私パートナーシップの実態と実績を鳥瞰するのには、便利な論文と思います。執筆者(3人)は全員ロンドンの大学所属です。

○[アメリカの]職場におけるウェルネスの誘因:不健康な労働者への費用移転による費用削減
Horwitz JR, et al: Wellness incentives in the workplace: Cost savings through cost shifting to unhealthy workers. Heath Affairs 32(3):468-476,2013.[文献レビュー]

オバマ政権の医療改革法は職場のウェルネスプログラムを奨励しており、その主な手法は労働者が健康に関連した行動変容を行ったり、測定可能な健康アウトカムを改善することに報酬を与えることである。不健康な労働者がそのようなプログラムで支援されるのではなく、逆に不利な扱いを受ける危険があることを認識して、同法は健康に関する差別を禁止している。職場のウェルネスプログラムについてのランダム化比較試験の結果をレビューし、このような法の趣旨が機能しているか検討した。その結果、肥満や喫煙等の健康リスクを持つ労働者は、それ以外の労働者に比べて医療費が多かった。このような労働者は、医療費を抑制するという財政的視点からはウェルネス・プログラムの好ましい対象ではないかもしれない。このような労働者を差別することなく、ウェルネス・プログラムが労働者の健康改善により費用を容易に節減できているとの証拠はほとんど得られなかった。逆に、雇用主にとっての費用節減は費用移転(コストシフティング)から生まれていること、具体的には低い社会経済的階層に属し多くの健康リスクを持っているもっとも弱い労働者がより多く負担することにより、それ以外の労働者に事実上補助金を支払っていること、により生じていることを示唆している。

二木コメント-視点はなかなか鋭いのですが、文献レビューの方法・結果の記述は粗雑とも感じました。

○[アメリカの]ある病院システムの医療保険とリンクしたウェルネス・プログラムは入院を減らしたが総費用は減らせなかった
Gowrisankaran G, et al: A hospital system's wellness program linked to health plan enrollment cut hospitalizations but not overall costs. Health Affairs 32(3):477-485,2013.[事例調査・量的研究]

多くの政策決定者は、人々が自己の健康をきちんと管理したら、健康状態は改善し、医療費も減ると信じている。本研究では、ミズリー州セント・ルイス市に本拠を置く1病院システム(BJC Heath Care)が2005年に導入した、正規労働者への最高水準の医療保険提供とウェルネス・プログラムへの義務的参加を組み合わせた独自プログラムの効果を検討した。本プログラム導入後、ウェルネス・プログラムが対象とした疾患(糖尿病、虚血性心疾患等6疾患)による入院は、対照群(同市に所在する大企業の医療保険加入者)に比べて41%も少なくなった。しかし、他の疾患による入院は有意には減らなかった。それでも総入院医療費は減ったが、それ以外の医療費は同程度増加した。本プログラムで入院は少し減らせたが、雇用主にとっての費用節減は短期間では生まれなかった。この結果は、オバマ政権の医療改革法が導入したウェルネス・プログラムが短期間で医療費を大幅に減らすことはできないことを示唆している。

二木コメント-病院システム提供のプログラムだけあり、実に詳細な事例調査です。このウェルネス・プログラムは日本の生活習慣病対策に類似しています。それだけに、それが対象とする疾患の「入院医療費」は減らせるが、総医療費は減らせないとの結果は重要と思います。


8. 私の好きな名言・警句の紹介(その102)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<2人の名医のすがすがしい言葉>

<その他>

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