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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻113号)』(転載)

二木立

発行日2013年12月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


おしらせ


1. 論文:私が「保険外併用療養拡大」より「法定患者負担拡大」を危惧する理由

(本文は、「深層を読む・真相を解く(28)」『日本医事新報』2013年10月26日号(4670号):129-130頁。注は、「二木学長の医療時評」(118)『文化連情報』2013年12月号(429号):16-19頁)

10月13日に大阪で開かれた社会政策学会第127回大会で、私は「TPPが日本医療に与える影響-『今そこにある危機』と混合診療問題」について報告し、次のように述べました。TPP参加の「『今そこにある危機』は医薬品・医療機器価格規制の撤廃・緩和による医薬品・医療機器価格の上昇であり、それは患者負担の増加と医療保険財政の悪化をもたらし、保険給付範囲の縮小(保険外併用療養費制度の拡大を含む)と診療報酬の抑制につながります。他面、混合診療の全面解禁は短期的にはもちろん、中長期的にも起きないと考えています」(報告全文は『文化連情報』11月号に掲載)。

私の報告に土田武史早稲田大学教授(元中医協会長)がコメントされたのですが、教授は報告に「異論はない」とされた上で、次の質問をされました。「評価療養の対象が増大し滞留した場合、患者の経済格差が医療格差につながり、皆保険の形骸化をもたらすが、その点についてはどう考えているか」。同様の質問は、医療関係者から受けることも多いので、学会での私の回答の概略を紹介します。

評価療養の大幅拡大は困難

私も、土田教授と同じく、「評価療養の対象が増大し滞留」することを危惧しています。しかし、政府が評価療養の対象を大幅に増大させ、長期間滞留させることは経済的にも、政治的に困難だとも判断しています。

経済的理由は、それを行うと新薬や新しい医療機器の市場が拡大せず、政府の医薬品・医療機器産業育成策と矛盾するからです。現実にも、製薬企業は混合診療全面解禁を求めていません。

政治的理由は、現在の医療保険給付範囲の広さと国民の先進医療志向の2つです。まず現在の医療保険では、(1)臓器移植等の最先端かつ高額な医療技術も、(2)乳癌による乳房切除後の人工乳房を用いた乳房再建等の(一昔前なら「アメニティ」領域と見なされた)医療技術も、(3)かつては「予防」と見なされていた禁煙・禁酒薬も、保険適用されています【注1】

次に、国民は先進医療の患者負担増に強く反対しています。日本医療政策機構「2013年日本の医療に関する世論調査」では、患者本人の負担増に関する質問群のうち、「高額な先端医療の費用」(の患者負担増)への反対が一番多く、72%に達していました。

このように現在の医療保険の給付範囲が非常に広いこと、および国民の先進医療志向がきわめて強いことを踏まえると、延命効果が確認された高額な新薬や医療技術を評価療養に長期間「滞留」させておくことは、国民・患者、ジャーナリズムの大きな批判を招くため、政治的にきわめて困難です。

法定患者負担が野放図に拡大する危険

私は、土田教授の危惧される「皆保険の形骸化をもたらす」「今そこにある危機」は、患者負担増という視点でみると、混合診療全面解禁や保険外併用療養費制度の大幅拡大ではなく、法定患者負担の野放図な拡大だと考えています。今後導入が予想される患者負担と年間患者負担総額(概数)は以下の通りです。

これらの患者負担増は(特に低所得)患者の受診抑制をもたらすため、「保険給付費」は、この倍削減されます。それに対して、保険外併用療養費制度の先進医療は2012年度でも146億円にすぎません(患者負担100億円+保険診療分46億円。[2013年1月16日第3回先進医療会議]【注3】)。そのため、仮に先進医療の枠を一気に現在の10倍に増やしたとしても、患者負担増加は「わずか」1000億円にとどまります。

28年前の私の「階層医療化」の懸念の検証

実は私は、1985年に出版した『医療経済学』(医学書院)の第2章(「国民医療費」の構造分析と国際比較)の「医療費の将来展望」(57-61頁)で、次のような懸念を述べました。

「今後は『国民医療費』=『公共医療費』には含まれない2種類の患者負担が急増すると懸念している。その一つは差額病床・付き添い費などの"旧来型"の患者負担であり、もう一つは医療保険の給付対象とはされない『高度先進医療』を受けるための"新型"の患者負担である」。「この[高度先進医療]制度は、財政的見地から『公共医療費』の抑制を貫きたい政府当局と市場拡大のための医療費の増大を求める医療産業との妥協の産物として生まれた」。「『中流幻想』の崩壊と『階層消費時代』の到来を考慮すると、医療サービスの場合も他のサービスと同じく、このような"高級品"に対する一定の需要は十分に存在すると思われる。しかしこのような方向は戦後の医療保障が否定してきた所得格差に基づく医療格差を復活させる、あるいはアメリカ流の富者用と貧者用の医療の『二重構造』(two-class system)を生み出す危険が強い」。

28年前の私のこの懸念と、土田教授の上述した危惧は共通しています。現実にも、その後、1994年の健康保険法改正による特定療養費制度の拡大や、2006年の医療制度改革関連法による「保険外併用療養費制度」の導入等により、日本でも「階層医療」化は徐々に進んでおり、特に低所得患者の受診困難・抑制が生じています。しかし、それは限定的にとどまり、「全面的」階層医療化には至っていません。つまり、私の28年前の懸念は、現時点ではまだ実現していません[注4]

政府はこの間、混合診療の拡大よりも、法定患者負担の拡大と診療報酬の抑制を二本柱とする国庫負担の抑制策で財政問題に対処してきました。この方が、政治問題化しやすい混合診療の拡大・解禁よりも、桁違いに財政効果が大きいからです。

安倍内閣が、衆参両院で圧倒的多数を得たにもかかわらず、社会保障制度改革プログラム法案で、医療への全面的市場原理導入は避け、大枠では従来の法定患者負担増政策を踏襲していることを考えると、「今度は違う」(This time is different)=「今度こそ」階層医療化が一気に進むとは言えないと思います。

【注1】臓器移植等の高額な医療技術の保険適用

臓器移植のうち、腎移植は早くも1978年に保険適用されました。心臓移植は2001年に「高度先進医療」(現・先進医療)の承認を受け、2006年から保険適用となりました。同年に、肝臓移植、心肺同時移植、肺移植、膵臓移植、膵腎同時移植も保険適用となりました。主な臓器移植のうち、現在も保険適用外で「先進医療」であるのは小腸移植だけです。手術ロボット「ダヴィンチ」を用いた手術は2009年に「先進医療」の承認を受け、2012年からそれによる前立腺がん摘出術が医療保険適用になりました。最先端の医療技術ではありませんが、治療期間が長期間にわたる「高額な医療技術」である人工腎臓(年間約500万円)は1967年から保険適用になり、さらに1972年からは公費負担制度の対象になりました。

【注2】入院給食費の全額自己負担化による年間患者負担総額の推計方法

(1)「平成24年度国民医療費」では「入院時食事・生活医療費」は8297億円です。(2)「平成24年社会医療診療行為別調査」表19より、これらのうち96.0%が食事療養費と計算される(残りは「環境療養」)ので、入院時食事療養費は7965億円となります。(3)ただし、これには患者の「標準負担額」も含まれます。「入院時食事療養(Ⅰ)」(1食あたり)640円のうち、「標準負担額」を除いた保険給付は380円(59.4%)です。(4)そのため、7965億円×0.594=4731億円(約5,000億円)となります。「標準負担額」にはいくつかの減額がありますが、それの統計は公表されていないので、正確な推計はできません。

【注3】「先進医療」の医療費と技術数は急増していない

2007~20012年(各年とも7月1日~翌年6月30日)の5年間の「先進医療」の医療費(保険外併用療養費と患者負担の合計)は102億円、173億円、132億円、173億円、146億円で、各年の動揺が大きいのですが、急増はしていません。「先進医療」の技術数は、91件、107件、110件、123件、102件と、ほぼ安定しています。この結果は、過去5年間については、「評価療養の対象が増大し滞留」していないことを示しています。これは、毎年新しい医療技術が「先進医療」に追加される一方で、「有効性、効率性等に鑑み」保険導入される医療技術と「有効性、効率性等が充分に示されていない」ために先進医療から削除される医療技術があるからです。

なお、2012年6月30日時点の「先進医療」102件のうち、10年を超えて「滞留」している医療技術は8件ありますが、いずれも年間実施件数が少なく(7件が0~100件未満)、保険導入の可否のエビデンスが集積されていないためと思います。先進医療の保険導入の可否は、先進医療専門家会議で厳格に評価された上で、中医協総会で決定される仕組みになっているため、現行の保険外併用療養費制度が維持される限り、今後も、政府・厚生労働省が先進医療の対象を恣意的に増大・滞留させることは困難です。

【注4】私の「階層医療化」についてのその後の分析的予測

私は、『医療経済学』(1985年)で、2種類の患者負担増により、将来的に「階層医療化」(所得格差に基づく医療格差)が生じることへの懸念を、やや直感的に述べました。

その9年後の1994年に出版した『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』(勁草書房)の3章「特定療養費制度の『一般制度』化は成功するか?」では、同年の健康保険法等改正で特定療養費制度(現・保険外併用療養費制度)の対象が大幅に拡大されたことを踏まえて、厚生労働省が、今後「3段階で特定療養費制度を『一般』制度化」しようとしていると予測しました。具体的には、第1段階は「医療周辺サービス」の保険外しと特定療養費化、第2段階は看護・介護サービスの特定療養費化、第3段階は医師技術料の特定療養費化です。これらがすべて実施されると、特定療養費制度は「一般」制度化されます。当時はまだ混合診療という表現はほとんど使われていませんでしたが、これは混合診療の全面解禁とほぼ同義です。と同時に、私は「長期的にみても特定療養費制度の全面的『一般』制度化[つまり混合診療の全面解禁]は困難」と予測し、そう判断する3つの理由をあげました。

その7年後の2001年に出版した『21世紀初頭の医療と介護』(勁草書房)の、序章「21世紀初頭の医療・社会保障改革-3つのシナリオとその実現可能性」では、同年成立した小泉純一郎内閣が、混合診療の解禁、株式会社の病院経営の解禁等を含んだ「骨太の方針」を閣議決定したことを踏まえて、今後、新自由主義的医療改革がどの程度進むかを検討し、「新自由主義的改革の全面実施はない」、「医療・介護の全面的公私二階建て化[つまり混合診療の全面解禁]は生じない」と予測しました。その根拠として、「日本の政治経済社会制度全体をアメリカ化」する必要があること、および「医療費は現在よりも増加する可能性が高い」ことの2つをあげました(25-26頁)。

後者の理由については、2004年に出版した『医療改革と病院』(勁草書房)で、「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ(医療の市場化・営利化は、企業にとっては新しい市場の拡大を意味する反面、医療費増加(総医療費と公的医療費の両方)をもたらすため、(公的)医療費抑制という『国是』と矛盾する)」と定式化・概念化しました(21頁)。

[本文は、『日本医事新報』10月26日号(4670号)に掲載したものを同誌編集部の了解を得て転載しました。【注】は今回新たに加えました。]

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2. 貧困研究会第6回研究大会・会場校学長挨拶(2013年11月9日)

貧困研究会第6回研究大会の開催、おめでとうございます。会場校である日本福祉大学を代表して、参加された皆様を心から歓迎します。

日本福祉大学は本年創立60周年を迎えました。この記念すべき年に、福祉の原点であり、しかも日本「福祉」大学の原点とも言える「貧困研究」の研究大会を本学で開催できることを大変うれしく思っています。

私は医療経済・政策学の研究者なのですが、貧困研究に大きな期待と少しの寂しさを感じています。せっかくの機会ですから、この点について少し話させていただきます。

日本では1980年代以降、30年以上も厳しい医療費抑制政策が続けられてきました。この間も国民皆保険制度の「大枠」は維持されましたが、患者の窓口負担が急増し、国民健康保険の保険料も大幅に引き上げられました。その結果、低所得・貧困層の間で医療機関の受診抑制が広がり、事実上の無保険者も生まれています。しかも、安倍内閣が今国会で成立を目指している社会保障制度改革プログラム法に含まれている新たな患者負担増や保険給付範囲の縮小は、この問題をさらに悪化させると危惧しています。それだけに、低所得・貧困層の医療受診抑制の実態を明らかにし、解決の方向を示す貧困研究に大きな期待を持っています。

他面、私は現在の貧困研究の、大変失礼ながら、現実の政策への影響力の弱さに寂しさ・歯がゆさを感じてもいます。具体的には、皆様の研究や地道な実践にもかかわらず、生活保護法改悪が、国民や主な福祉団体の間で反対の声が盛り上がらず、ジャーナリズムも大きく報じないまま、今国会で簡単に成立する見込みなことです。これは、医療保険の改悪に対しては、日本医師会や患者団体等が幅広く反対の声をあげ、ジャーナリズムもその問題点をしばしば取り上げるのと対照的です。

この落差の原因・要因は何なのか?それは複合的だと思いますが、私は、最近、特に次の2つのことが気になっています。1つは、東日本大震災後、日本人の「絆」の強さが、世界的にも注目されましたが、それはあくまで同質集団内に限られ、日本人の多くは低所得・貧困層に対してかなり「冷たい」のではないか?ということです。例えば、『平成24年版厚生労働白書』の「政府による貧困層への援助に関する意識について(国際比較)」(112頁)によると、「政府は貧しい人たちに対する援助を減らすべきだ」との見解に否定的な意見は、日本では4割強にとどまり、アメリカを含めた先進国の中で最低の水準でした。

もう1つ気になっているのは、戦後営々と築きあげられてきた、「権利としての社会保障」学説に基づいた貧困研究と現在の国民意識との間に大きなズレが生じているのではないか?ということです。この点で示唆に富むのは、健康の社会的格差研究で国際的に著名なイチロー・カワチ・ハーバード大学教授の新著『命の格差は止められるか』(小学館101新書,2013,第6章)です。カワチ氏は、行動経済学が実証した「理性は感情に勝てない」という視点に基づいて、健康についての人々の意識や行動を変えるためには、理性に訴えるだけでなく、人々の感情にも訴えかけることが必要だと強調しています。私は、貧困研究でもこのようなアプローチが有用ではないかと考えています。

以上で私の挨拶を終わります。

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3. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算95回.2013年分その8:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカにおける]大規模グループ診療参加医師の割合は2009~2011年にも増加し続けていた
Welch WP, et al: Proportion of physicians in large group practices continued to growth in 2009-11. Health Affairs 32(9):1659-1666,2013.[量的研究]

医療費支払い者や医療の質改善の支持者は医療提供組織のコーディネーションと説明責任が改善することへの期待を強めており、グループ診療の規模拡大はそれに対応したものかもしれない。2009~2011年のメディケアの医療費請求データと医療提供者データを統合し、メディケアに出来高払い方式の医療費請求を行った全医師(2009年541,963人。2011年580,573人)を対象にして、この期間にグループ診療の規模が拡大したか否かを調査した。51人以上の大規模グループ診療に参加している医師の割合は2009年の30.9%から2011年の35.6%に増加していた。(1人開業の医師割合は20.8%から18.6%に低下し、50人以下のグループ診療参加医師の割合も48.2%から45.8%に低下した)。大規模グループ診療参加医師の割合増加は、全ての診療科、および医師の性別、年齢を問わず生じていた。2011年には、40歳未満の医師の48.1%が大規模グループ診療に参加していたが、60歳以上の医師ではこの割合26.0%にとどまっていた。医師がグループ診療に参加する現象は最近始まったわけではないが、今回得られたデータは、グループ診療の規模は先行研究で示されていたよりも大きいことを示唆している。グループ診療の規模拡大が医療費節減や医療の質向上を伴っているか否についてはまだ確定的結論は得られておらず、今後の研究課題である。

二木コメント-私も、アメリカで医師のグループ診療参加が増えていることは知っていましたが、それの大規模化がこれほど進んでいることは初めて知りました。ただし、本論文ではグループ診療参加医師のうち、開業医、勤務医の割合は調査されていません。なお、日本では、厚生労働省も日本医師会も、グループ診療の調査は行っていませんが、矢野研究所『医療モール事業の現状と展望 2012年度版』には、グループ診療と密接に関連する「医療モール」の最新実態が示されています。それによると、2012年には、医療モール(同一の場所に、歯科を含めて2科以上の診療科が存在する施設)が全国に(少なくとも)925あるそうです。

○[オーストラリアにおける]医療費の変動を説明する:リンクされた調査と保健医療の行政データを用いた大規模標本のエビデンス
Ellis RP, et al: Explaining health care expenditure variation: Large-sample evidence using linked survey and health administra t22(9):1093-1110,2013.[量的研究]

医療費の個人間、地域間、供給者間の変動を説明することは、政策担当者にとって非常に価値があるが、予算制の普遍的公的医療制度では、個人レベルのデータがないため困難である。これらのバラツキを説明する手助けになる自己申告の大規模標本に基づく情報もほとんどない。本論文では、45歳以上のオーストリア人267,188人の3年間の医療費の横断データをリンクし、入院、診療所、薬剤別の医療費のパネルデータを作成し、線形回帰分析を行った。その結果、3年間継続した高額医療費は高齢(特に男)、低い健康水準、肥満、喫煙、がん、脳卒中、および心疾患と有意に関連していた。外国生まれ、自宅で英語以外の言語、および低所得の人々の医療費は3年間で変動が大きかった。

二木コメント-膨大な個票データを用いた緻密な研究ですが、結果は月並みです。

○医療的・社会的ケア計画におけるケア・バランス手法:体系的文献レビューから得られた教訓
Tucker S, et al: The balance of care approach to health and social care planning: Lessons from a systematic literature review. Health Services Management Research 26(1):18-28,2013.[文献レビュー]

資源の戦略的配分は、医療的・社会的ケアの意志決定者が直面する最も困難な仕事の1つである。その理由は、多種類の組織が複雑なサービスを様々な対象に提供しているからである。ある地域で地域サービスと施設サービスのミックスを変更した場合の費用と結果を探究する体系的枠組みを示すケア・バランス手法が人気があるのは当然である。しかし、それらについての体系的文献レビューは行われてこなかった。そこで本論文では、過去40年に発表された33論文を対象にして、それを行った。論文の大半(28)はイギリスで発表され、要介護者に対するサービスについて検討していた。本論文では、各論文で各モデルの鍵となる要素(クライエント、資源、状況の評価、費用とアウトカムについての情報)の処理方法を比較し、各モデルの強みと弱みを検討した。費用計算は大半が公的ケア費用に限定され、社会的費用(公的ケア費用プラス私費負担費用、住居費)を含んでいたのは6つにすぎなかった。施設ケアを減らすことにより潜在的には費用を抑制することを見出していた研究は一部に限られていた。

二木コメント-ケア・バランス手法についての初めての体系的文献レビューという触れ込みです。ただし、要介護高齢者の施設ケアと地域ケアとの比較調査の体系的文献レビューは、今までにも多数行われています。また、対象論文の大半がイギリスのものであることも選択の偏りを感じさせますが、イギリスにおける研究の体系的文献レビューとしては有用かもしれません。

○医療制度の政策形成についての体系的文献レビューについての12の神話を論破する
Moat KA, et al: Twelve myths about systematic reviews for health system policymaking rebutted. Journal of Health Services Research and Policy 18(1):44-50,2013. [評論・小文献レビュー]

体系的文献レビューは、医療制度の様々な側面について限られた時間内に意志決定しなければならない政策決定者にとっての重要な情報源であると見なされつつある。しかし不幸なことに、いくつかの誤解・「神話」がそれの利用に立ちはだかっている。それらの主なものは、体系的文献レビューが取り上げるテーマは医療制度の政策形成に適切に関連していない、それらはすぐに見つからない、それらは政策決定者がすぐ利用できるようにはフォーマット化されていないという信念である。本論文では、医療制度研究の成果の最新の統合に基づいて、これら3つを含んだ12のよく見られる神話を論破する。

二木コメント-(主として)イギリスの医療制度の政策形成についての実証研究の簡便な文献レビューとして有用です。ただし、日本ではこのような実証研究はまだまだ不足していると思います。

○経済的圧力の源泉とフランスの公立病院医師の[診断関連群分類に基づいた診療報酬支払いにおける]アップコーディング行動
Georgescu I, et al: Sources of financial pressure and up coding behavior in French public hospitals. Health Policy 110(3-3):156-163,2013.[質的・量的研究]

役割理論と経済的圧力の意図せざる結果についての文献に基づいて、本論文では病院管理者および同僚医師からの医療の意志決定への圧力が、医師がアップコーディングを行いやすくすることについて調査する。アップコーディングとして、情報関連のものと行動関連のものの2つを想定し、これらのデータ操作(アップコーディング)と圧力の源泉とを結びつける仮説を立てた。診断関連分類(T2A)に基づく報酬支払いを受けているフランスの14の公立病院の勤務医578人にインタビュー調査を行った。それにより得られた質的データは、圧力の源泉は医師がデータ操作を行ってしまう適切な予測因子であることを示唆している。さらに、この影響は部分的にはこの圧力が医師の役割についての葛藤(role conflict)をどの程度産むかによって説明できることが分かった。世界中で治療実績に基づいた支払い方式でアップコーディングが起きているとの懸念が生じていることを考慮すると、我々の研究は病院のマネジメント・コントロール・システムがいかにしてこの不適切な行動を強めるかについての理解を深めたと言える。
二木コメント-アップコーディングについて、医師が感じる圧力にまで踏み込んだユニークな実証研究です。フランスは、日本と同じく病院で働く医師(の大半)が被用者であるため、アメリカの研究よりも参考になると思います。

○数字以上[のものがある]?医療経済学における質的研究
Obermann K, et al: More than figures? Qualitative research in health economics. Health Economics 22(3):253-257,2013.[評論]

2011年にjp36カナダのトロント市で開かれた第8回世界医療経済学会学術集会に参加して、大半の発表が量的研究であり、質的研究がほとんどみられないことに驚いた。しかし、これは不幸なことであり、(医療)経済学では量的研究と質的研究とが効果的に統合されることが望ましい。Coast(1999)は、現在の支配的パラダイム(量的研究)の枠内で、質的研究には次の3つの用法があると示唆している:(1)経済モデルが確立される前の探索的研究として用いる。(2)量的研究の前段階として行い、研究デザインの内的妥当性をチェックする。(4)量的研究から得られた矛盾する結果を解釈する手助けとして、事後的に質的研究を行う。Bakerら(2006)は、ミックスト・メソッド(量的研究と質的研究の統合)が標準的量的研究より適していると示唆している。Smithら(2009)は、医療経済学研究者は、経済分析を組織研究に応用するときに質的研究を用いるべきと主張している。

二木コメント-抄訳では省略しましたが、第8回世界医療経済学会学術集会で発表された1232の報告の詳細な分類も行われています。医療経済学における質的研究の現状と役割について鳥瞰するのに便利な論文です。


4.私の好きな名言・警句の紹介(その108)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の在り方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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