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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻64号)』(転載)

二木立

発行日2009年12月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

1.講演:12月19日に日本赤十字看護大学・広尾ホールで開催される、故川上武先生を偲び、先生の教えに学ぶ会「日本医療の変革の道-川上武の偉業に学ぶ」(午後2時~5時)の第1部「リレー講演会」で、「川上武先生の医療政策・医療史研究の軌跡と現代的意義」について講演します。他の演者は、川嶋みどり氏、加藤哲郎氏、朝日健二氏、清水茂彦文氏、増子忠道氏です(講演順。私がトップバッターで50分の講演予定)。会費は2000円(第1部のみ。第2部の立食会食の「語る会」は別に6000円)。問い合わせ先は、医療法人財団健和会・看護介護政策研究所(事務責任者:宮崎和加子。電話:090-9395-0509,ファックス:03-5284-3707、e-mail:wakako-miyazaki@totokyogikai.jp)。

2.インタビュー:『日経ヘルスケア』12月号(12月8日発行)にインタビュー「(新政権の医療・介護政策 私はこう見る)中医協委員の差し替えはプロセスに大きな問題がある」が掲載されます。全文は「ニューズレター」65号(2009年1月1日配信予定)に転載しますが、早めに読まれたい方は雑誌をご覧下さい。。


1.インタビュー:病床の機能分化で医療の質が向上 医療費抑制による「医療崩壊」も

(『日経ヘルスケア』2009年11月8日号(第241号):36頁)

過去20年間における医療提供体制の最大の変化は、病院病床の機能分化が急速に進み、一般病床の平均在院日数が大幅に短縮したことだ。厚生省は、国民医療総合対策本部の中間報告で一般病院と慢性期病院の機能分化と長期入院の是正を初めて提起して以来、度重なる診療報酬改定と医療法改正で、それを誘導してきた。これにより、病床の機能分化が進むとともに、急性期医療と慢性期医療の質が着実に向上したことは評価できる。

一方で、医療費抑制が並行して行われた結果、急性期病院の医療機能を強化するために不可欠な医師と看護職員の増員が立ち遅れたことも見逃せない。その結果、彼らの過重労働が生じ、救急医療や産科・小児科医療を中心とした医療危機・医療崩壊が引き起こされたといえる。このように、厚労省の過去20年の政策は、功罪両面を併せ持っているといえるだろう。

病院の機能分化がほぼ厚生省の思惑通りに進んだ半面、同じ時期に試みた病床の大幅削減はそのたびに挫折した。1980年代後半の老人保健施設創設時には病院病床の相当部分をそれに転換しようとし、2000年の第4次医療法改正の際には一般病床の相当部分を療養病床に転換しようとした。2006年の医療制度改革関連法では療養病床の大幅な削減を狙った。そのたびに、一部のジャーナリズムによって一般病床の大幅な削減説が叫ばれ、民間病院の不安は高まったが、いずれも実現する事はなかった。

また、小泉政権が3回の診療報酬改定すべてでマイナス改定を強行し、病院の利益率は急減したが、一部で喧伝された「病院大倒産時代」は到来せず、逆に民間病院の病床シェアは着実に上昇した。このことは、日本の民間病院の活力の表れと言えるだろう。

[この20年間の医療提供制度改革で見落としてならないことは、小泉政権が、厚生労働省の伝統的な政策に反して、医療分野への市場原理導入を執拗にめざしたことだ。その結果、株式会社の病院経営が部分的に解禁されたが、厚生労働省と医師会・病院団体が激しく抵抗した結果、厳しい条件が付けられ、現在に至るまで株式会社立病院の新設は生じていない。-字数の制約のため削除した部分を復元]

現場で起きた動きで特記すべきことは、民間病院を擁する医療法人などが保健・福祉分野にも進出して、「保健・医療・福祉複合体」化する動きが生じたこと。これは2000年の介護保険制度創設前後に加速し、民間病院の経営を下支えした。もしこの動きがなかったら、民間病院の倒産や閉鎖はもっと増えていたかもしれない。(談)

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2.書評:私はこう読んだ ポーター・他『医療戦略の本質ー価値を向上させる競争』(日経BP社,2009)強制的な医療保険システムの提唱に驚き

(「日経メディカルオンライン」2009.11.19.『日経メディカル』12月号にも掲載予定)

ポーター教授(ハーバード・ビジネス・スクール)は企業の競争戦略論の泰斗・世界的権威で、日本の経営学者・経営者にも絶大な影響力がある。日本での人気のほどは、2001年に、一橋大学大学院国際企業戦略研究科がなんと「ポーター賞」を創設したことでも分かる。私自身も、『保健・医療・福祉複合体』(医学書院,1998)で、複合体の経済的効果を検討した際に、教授の名著『新訂競争の戦略』(ダイヤモンド社,1982)中の「垂直統合の戦略的分析」を大いに参考にさせていただいた。

本書は、このようなアメリカを代表する正統派経営学者と新進の経営学者が、アメリカ医療の抱える問題点と過去のさまざまな改革努力の失敗を包括的に検討した上で、「患者にとっての医療の価値を向上させる」新しいタイプの競争を全面的に導入することが、「医療を真に改革する唯一の方法」であると主張し、そのための詳細な青写真を描いた大著である。ポーター教授は、『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌2004年6月号(日本語版は同年9月号)に発表した論文「ヘルスケアにおける競争の再定義」で、医療改革の「骨格」を示した。本書では、その後に行った膨大な調査と文献研究に基づいて、その「肉付け」がなされている。

私が本書を読んでもっとも共感したのは、第3章「改革はなぜ失敗したのか」である。この章では、過去20年間に行われたさまざまな改革努力がすべて失敗したと断罪されている。日本では、かつて、マネジドケアが医療保険への競争原理の導入あるいは保険者機能の強化として肯定的に紹介され、「本質は医療費資金のリスクマネジメント」(西田在賢『医療・福祉の経営学』薬事日報社,2001)と美化・普遍化(?)した方もいた。しかし、その実態は不毛なゼロサム競争=ミクロ的な「コストの押しつけ合い」にすぎず、しかもマクロ的な医療費抑制にも失敗したと厳しく批判されている。さらに、本書では、最近、アメリカでマネジドケアに代わって流行しつつある「消費者主導の医療」(提唱者はヘルツリンガー教授。ポーター教授の同僚・ライバル)やP4P(医療の質に基づく支払い)に対しても、「失敗に終わることは目に見えている」と、きわめて厳しい評価をしており、興味深い。

私が本書を読んでいちばん驚いたことは、医療分野への市場原理導入を強調するポーター教授が、第8章「医療政策と医療の価値を向上させる競争-政府の取るべき戦略」で、「真の医療改革を起こすには、すべての人が医療保険でカバーされるようなシステムに移行しなくてはならない」と断言し、「強制的な医療保険システムの成立」を主張していることである。ただしこの皆保険は、日本やヨーロッパ諸国のような公的制度ではなく、政府が低所得者には補助金を出して、国民全員が民間保険を購入できるようにするものである。また、「保険の適用範囲内の医療サービス」については「医療提供者の請求額と保険者からの償還額との差額を患者に請求することはすべて廃止すべき」とされているが、適用範囲外の医療サービスとの併用(日本流に言えば、混合診療)は許容されている。なお、公平のために言えば、市場原理に基づく民間医療保険主体の国民皆保険(「医療保険加入の義務化」)を最初に提唱したのは上述したヘルツリンガー教授である(『医療サービス市場の勝者』シュプリンガー・フェアラーク東京,2000,原著1997)。

他面、本書には、医療の実態と医療サービス研究・医療経済学の研究成果を踏まえていない無邪気な記述も少なくない。例えば、本書の改革の前提条件は、「すべての病態に対するリスク調整後のアウトカムの評価法」が存在することだが、この分野の研究はまだ始まったばかりで、評価法が確立している病態はごく限られる。また、本書では、「医療における価値(value)とは、費用1ドル当たりの健康上のアウトカム」であることが強調されているが、これは決して新しい概念ではなく費用効果分析で伝統的に用いられている。

本書では、経済学では峻別されている「効率(費用対効果)」と「費用削減」がしばしば混同して用いられていることも気になる。私も、リスク調整後のアウトカムの評価法が確立している病態では、「診療実績に基づいた適切な競争によって、効率が大幅に向上し、医療の質も大きく改善する」可能性はあると思うが、それが低コストにつながる保証はない。ましてや、他の産業の経験を医療にもそのまま適用して、「良質な医療ほどコストが低い」、「イノベーションによる医療のコスト削減」と主張するのは単純すぎる。

本書を読んで一番気になったのは、「競争」のみが強調され、医療の「地域性」やそれに基づく医療機関の「連携」に言及していないことである。前者が「過剰な地元主義」と批判され、医療機関が「地方・国全体で競争する」ことが「原則」とされているのも、他の産業の経験の医療への機械的適用と言える。本書で、医療提供システム改革の柱として提唱されている病態ごとの「医療提供のバリューチェーン」は、一見日本の4疾患5事業の医療連携に類似しているが、同一グループの「統合型診療ユニットモデル」であり、まったく異なる。

最後に、本書の訳文は全体としてはこなれていて、非常に読みやすい(「マネイジド・ケア」という訳語には違和感を感じるが)。なお、原著で100頁近くを占める注・文献欄・索引が本書ではカットされているが、百科事典的性格も持つ大著であることを考えると、せめて索引は付けて欲しかった。

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3.書評:松岡健一『医学とエンゲルス-社会医学の立場から』大月書店,2009(『日本の科学者』2009年12月号(通巻503号): 54頁)

昨年の世界同時不況後、マルクスの再評価が急速に進み、多数の著作が出版されるようになっている。しかし、彼の盟友エンゲルスは「忘れられた思想家」にとどまっているのではないか?これは、青年期に、エンゲルスの著作を愛読した私の率直な疑問・不満だ。それを吹き払い、エンゲルス・ルネサンスを予感させる大著が本書である。

著者の松岡健一氏は、学生時代に科学的社会主義の洗礼を受けた後、40年余、岡山県の民医連病院で地域医療や公害医療に邁進してきた「社会医学」の視点を持った臨床医である。本書は、多忙な院長業務から解放されてから10年余、エンゲルス(とマルクス)の著作を読みこんで、それが現代の医学・医療問題、社会医学の研究と実践に与える示唆を多面的に考察した労作である。

全体は、以下の三部構成である。I『イギリスにおける労働者階級の状態』から学ぶ。IIマルクス・エンゲルスと医師・医学者の出会い。III『自然の弁証法』、『反デューリング論』から学ぶ。これらは内容的には独立しており、どこからでも読めるようになっている。

本書の白眉はIであり、量的にも半分を占める。若きエンゲルス(24歳!)が、「著者自身の観察および確実な文献」により克明に明らかにした、19世紀前半の『イギリスにおける労働者階級の状態』の内容を、労働者の健康状態と住居に焦点を当てて詳細にまとめた上で、日本の戦前期資本主義の労働者の状態と比較すると共に、この著作の現代的意義を多面的に検討している。「初版への序文」の冒頭で高らかにうたわれている「労働者階級の状態は、現代のあらゆる社会運動の実際の土台であり、出発点である」は、現代にもそのまま通じると言える(本書28-29頁)。

IIでは、マルクス・エンゲルス全集に登場する医師・医学者256人を抽出し、9種類に分類した上で、マルクス・エンゲルスのクーグルマン、ウィルヒョウ等の評価を紹介している。最後に、マルクスの闘病生活を詳細に検討した上で、マルクスの健康観・疾病観を3点にまとめている。この部分は医師である著者の独壇場である。

IIIでは、『自然の弁証法』と『反デューリング論』中の、エンゲルスのダーウィン進化論評価と生命の起源説等を紹介しているが、残念ながら、「読書ノート」の域を出ない。

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4.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算50回.2009年分その7:8論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○医薬[分業]改革:韓日比較の含意
(Jeong HS: Pharmaceutical reforms: Implications through comparisons of Korea and Japan. Health Policy 93(2-3):165-171, 2009)[比較医療政策研究]

韓国と日本で実施された医薬分業のプロセスと結果を政治経済的視点から比較する。韓国では2000年に「強制分業」が行われた結果、抗生物質を含む処方箋のうち、医師診療所が直接調剤したものの割合は2000年の55.7%から2008年の29.6%へと半減し、1処方箋当たり薬剤数は同じ期間に5.9剤から4.2剤に減少した。日本は1956年の通称「医薬分業法」により「任意分業」を選択した。1970年代以降、診療報酬改定で分業が促進され、分業率は1974年の1%から2007年には57.2%に増加したが、今なお医薬品の半分近くは医療機関が調剤している。日本に比べて韓国で医薬分業が短期間に急速に進んだ要因は以下の3つである。第1に、韓国では大統領の政治的リーダーシップが官僚集団の態度を劇的に変えた。第2に、両国とも医師は医薬分業に反対したが、韓国では日本に比べて、薬剤師の政治的力が強かった。第3に、韓国では進歩的市民団体の政策に対する介入が、この改革を達成するうえで決定的役割を果たした。

二木コメント-日本の医療政策に精通した延世大学の丁炯先教授による、医薬分業の詳細な日韓比較です。ただし、医薬分業が総医療費に与えた影響については触れていません。両国とも医薬分業の目的の1つは医療費(薬剤費・総医療費)の抑制でしたが、両国ともその「成果」は得られていないと思います。なお、丁炯先教授は、下記の文献で、韓国における強制医薬分業が公私医療費に与えた影響を詳細に検討しています:「医療改革と財政の公私ミックス:韓国の事例」(Hyoung-Sun Jeong: Health care reform and change in public-private mix of financing: a Korean case. Health Policy 74(2):133-145,2005.本「ニューズレター」19号(2006年3月)で紹介)。また、丁炯先教授の同僚の李奎植教授は、『日本福祉大学COE推進委員会News Letter』第6号(2006年)所収の講演録「韓国の医療改革の評価」で、医薬分業が「当初の目的」を達成できなかったと批判しています。

○医薬分業をしている医師としていない医師の診療を比較した文献の体系的レビュー
(Lim D, et al: A systematic review of the literature comparing the practices of dispensing and non-dispensing doctors. Health Policy 92(1):1-9,2009.[体系的文献レビュー]

一部の医師は医薬品の処方と調剤・販売の二重の役割を果たしており、このような医師は医薬品の調剤・販売をしていない医師(医薬分業をしている医師)よりも医薬品の処方が多くなる可能性がある。そこで医薬分業をしている医師としていない医師の診療を比較した文献の体系的レビューを行った。Medline等6つのデータベースを用いて、1970-2008年に発表された英文の比較研究論文(量的研究)を検索し、21論文を同定した。調査が行われた国は、アメリカ(6論文)、イギリス(5論文)、ジンバブエ(5論文)、韓国(3論文)、台湾・オーストラリア(各1論文)であった。その結果、医薬分業をしていない医師はしている医師に比べて、患者1人当たり年間処方医薬品数・医薬品費用が多い(高い)反面、ジェネリック薬の処方割合は低かった。さらに医薬分業をしていない医師は、医学的には適切と言えない抗生物質の処方割合が高いことが示唆された。医薬分業をしない主な理由は、患者の利便性と医薬品購入のアクセスの良さであった。二木コメント-このテーマについての初めての体系的文献レビューだそうですが、英語論文のみが対象とされているため、日本の研究は残念ながら含まれていません。

○[ドイツにおける]脳卒中リハビリテーションの質に基づく支払い-2001~2008年実施のパイロット・プロジェクトの結果
(Gerdes N, Funke UN, Schuewer U, et al: Ergebnisorientierte Verguetung der Rehabilitation nach Schlaganfall - Entwicklungsschritte eines Modellprojekts 2001-2008. Rehabilitation 48:190-201,2009)[量的研究]

ドイツで、2001~2008年に、リハビリテーションセンターに対して質に基づく支払い(P4P)を導入するためのパイロット・プロジェクトが試行された。本プロジェクトは、リハビリテーションセンターに患者のアウトカムを最大限に高める財政的誘因を与える一方、医療保険がセンターに支払う医療費総額は増やさないことを目的とした。そのために、「公正な質競争」が導入され、アウトカムが平均よりも高いセンターに対する支払いの上乗せは、アウトカムが平均より低いセンターに対する支払いの減額により相殺した。全国の13センターが参加し、脳卒中患者を対象にして、2種類の多施設調査を行った(症例数は1058人、700人)。プロジェクトは3段階で実施し、第1段階では信頼性・妥当性のある新しいアウトカム評価尺度(SINGER)を開発した。第2段階では、センター間のアウトカムのバラツキの84%以上を説明可能な回帰分析モデルを開発し、これによりセンター間のケースミックスの相違を調整でき、公正な競争が可能になった。第3段階では、各センターがいつでもSINGERを入力でき、しかもセンター間のアウトカムを比較できるインターネット利用プログラムを開発した。このプログラムには医療保険もアクセスして、データが適切に入力されているかを点検できる。これにより、脳卒中リハビリテーションの質に基づく支払いの実用的モデルが完成した。

二木コメント-池田俊也氏(国際医療福祉大学)から教えていただいたドイツ語論文の、英文要旨のほぼ全訳です。脳卒中リハビリテーションの質に基づく支払いが「勘と度胸だけ」で導入された日本と異なり、ドイツでは厳密なモデル事業が行われていることが分かります。なお、園田茂氏(藤田保健衛生大学)によると、本研究で用いられているSINGERは日本のリハビリテーション病院でも広く用いられているFIMと酷似しており、このレベルの作業なら日本の全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会の持つデータでも十分再現できるそうです(9月8日私信)。

○イングランドにおける質に基づく支払い(P4P)のプライマリケアの質に対する効果
(Campbell SM, et al: Effects of pay for performance on the quality of primary care in England. New England Journal of Medicine 361(4):368-378,2009)[量的研究]

イギリスのNHSで、2004年にプライマリケアに導入された質に基づく支払い(P4P)の効果を検討した。家庭医診療を代表する42施設を対象にして、分割時系列分析により、P4P導入前の1998・2003年と導入後の2005・2007年の3疾患(喘息、糖尿病、冠動脈性心疾患)の臨床の質指数(カルテから抽出)と患者の認識(アンケート調査)の変化を比較した。P4Pの導入前後(2003対2005年)で、喘息と糖尿病の臨床の質指数は改善したが、2005年対2007年では3疾患とも改善率が鈍化した。喘息と糖尿病では、報酬に関連しない臨床の質指数は悪化していた。患者の認識のうち、医療へのアクセスと医師・患者関係については変化がなく、医療の継続性についてはP4P導入直後に低下していた。

二木コメント-P4Pの客観的効果(臨床の質改善)は認められるが一時的であり、主観的効果(患者の認識の改善)は認められないという、意外な結果です。医療費の変化については触れていませんが、臨床の質の目標を達成した場合には医師への報酬が増額されるため、確実に増加するはずです。

○[アメリカにおける]医療における質に基づく支払い(P4P):根拠[が得られていないにもからず支持される]アイロニーと価値判断についての政治学
(Tanenbaum SJ: Pay for performance in medicine: Evidentiary irony and the politics of value. Journal of Health Politics, Policy and Law. 34(5):717-746,2009)[総説]

アメリカのメディケアでは、質に基づく支払い(P4P)の重要性が増している。P4P政策は民主・共和両党の有力政治家をはじめ、専門家、財界、消費者団体の支持を得ているし、医療提供者も条件付きで支持している。P4Pの医療の質向上・医療費削減効果を示す根拠は乏しいにもかかわらず、それは根拠に基づいていると主張されている。そこで本論文では、まずメディケアP4Pの歴史とそれに対する広範な支持についてレビューし、次にそれの効果の根拠について評価する。さらに、メディケアP4Pのが政治的に人気がある理由を検討し、価値判断についての政治学の重要性を指摘する。具体的には、メディケアの政策立案者は、P4Pにより、以下の3つが可能になる。(1)対処困難な医療費・質問題をより対応が容易な価値判断の問題へと変える、(2)医療提供者との支払い交渉で有利な立場に立てる、(3)P4Pの思想的多義性を利用して稀な(しかし浅い)合意に達することができる。

二木コメント-日本のP4Pの議論では欠落している、貴重な政治学的研究です。ただし、かなり難解なようです。

○特集:医療技術評価の歴史
(History of HTA. International Journal of Technology Assessment in Health Care 25(Supplement):1-288,2009)[歴史研究・比較医療政策研究]

医療技術評価(HTA)の定義と包括的歴史、および世界35の国・地域・機関のHTAの歴史と現状について論じた合計44論文を含む、300頁近い大特集です。David Bantaをはじめ、国際的に著名なHTA研究者が執筆しています。日本のレポートは久繁哲徳氏が執筆しています(「日本の医療技術評価の歴史」210-218頁)。BantaとJonssonの巻頭論文「HTAの歴史:序論」とBantaの第2論文「技術評価とは何か」で、HTAの40年余の歴史を鳥瞰できます。それにより、アメリカ議会技術評価局(OTA.1972年設立、1995年廃止)が、HTAの黎明期にいかに大きな歴史的役割を果たしたかを再確認できました。

○ヨーロッパ[4か国]における医療危機の導入と利用可能性のバランス
(Schreyoegg, J et al: Balancing adoption and affordability of medical devices in Europe. Health Policy 92(2-3):218-224,2009)[比較医療政策研究]

医療費増加により各国政府は医療機器市場に対する介入を強めたが、規制の実態・影響についてはほとんど知られていない。本研究では、新しい医療機器に対するアクセスの改善と市場メカニズムへの介入による医療費抑制との間の適正なバランスを見いだすことを目的として、医療機器費用が特に多いドイツ、フランス、イタリア、イギリスの4か国の医療器規制策を比較検討した。その結果、参照価格(医療保険からの償還価格の上限設定)がバランスを達成するのに有用であることを見いだした。その理由は、それが医療費を効果的に抑制できる反面、新しい医療機器の導入に対する障壁には必ずしもならないからである。さらに、新しい医療機器の便益はしばしば予測困難であるため、技術進歩の導入を奨励する政策手段は慎重に用いるべきことも見いだした。
二木コメント-参照価格の評価が甘い気がしますが、医療機器の導入・規制についての貴重な国際比較研究と思います。

○[アメリカにおける]脱施設化[公立精神床の削減]は自殺を増やすか?
(Yoon J, et al: Does deinstitutionalization increase suicide? Health Services Research 44(4):1385-1405,2009)[量的研究]

本研究の目的は以下の3つである。(1)アメリカにおける公立精神病床の削減は自殺率を高めたか?(2)公立精神病床の私立精神病床による代替は自殺の増加を防げるか?(3)地域の精神保健サービス資源の水準は公立精神病床削減と自殺率の関係を弱めることができるか?これらについて検討するために、アメリカの1982~1998年の、州レベルの自殺率の変動と精神病床数、地域の精神保健サービス費用との関係を検討した。精神病床は公立、非営利、営利に3区分した。その結果、公立精神病床の削減により自殺率が上昇していた。非営利・営利の精神病床増加が公立精神病床の減少を代替しうるとの証拠はまったく得られなかった。しかし、地域精神保健サービス費用が多いと、公立精神病床削減による自殺率上昇を緩和していた。これらの結果に基づいて、著者は、2008年に予定されている公立精神病床の更なる削減はほとんど全州で自殺率の上昇を招くと警告している。

二木コメント-受け皿のない脱施設化が重大な結果を招くことを実証した貴重な論文と思います。ただし、精神病院の大半が公立病院であったアメリカと、大半が民間病院である日本との単純な比較には慎重であるべきです。なお、本論文中の文献レビュー(1387頁)によると、スウェーデン、デンマーク、ノルウェイでも精神病床削減による自殺率上昇が確認されているそうです。


5.私の好きな名言・警句の紹介(その60)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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