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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻128号)』(転載)

二木立

発行日2015年03月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お願い

毎年、日本福祉大学の大学院入学式で配布している「大学院『「入院』生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書」 2015年度版(ver.17) を作成中です(本「ニューズレター」129号(2015年4月1日)にも転載予定)。2014年版(本「ニューズレター」117号(2014年4月)に転載)に新たに加えることを推薦される新刊書(既刊書の新版も含む)がありましたら、3月7日(土)までに、著者名・書名・出版年と簡単な推薦理由をお知らせいただければ幸いです。現時点で、私が追加を予定しているのは、以下の7冊です(順不同)。


1.論文:「地域包括ケアシステム」の法・行政上の出自と概念拡大の経緯を探る
(「二木学長の医療時評」(129)『文化連情報』2015年3月号(444号):20-28頁)

はじめに

「地域包括ケアシステム」は、当初は介護保険制度改革として提起されましたが、その後、概念が変化・拡大し、現在では2025年に向けた医療・介護制度の一体的改革の代名詞となっています。ただし、この用語の法・行政上の出自と概念の変化・拡大の経緯を包括的に検討した文献はありません。そのためもあり、国が地域包括ケアシステムの準備を着々と進めてきたといった、予定調和的・単線的な理解が広く見られます。

私は、今まで、本「医療時評」等で、地域包括ケアシステムの概念が変化・「進化」していることを強調してきましたが、時系列的な詳しい検証は行ってきませんでした(1-4)。そこで、本稿では、2000~2014年に発表・決定された各種の政府(関連)文書(以下、政府文書)や介護保険法等の法改正、社会保障審議会介護保険部会・医療部会の「議事録」・「資料」、及び医療・介護専門誌に掲載された厚生労働省高官の発言等を網羅的・探索的に検討します。

主な調査結果は、以下の通りです。(1)地域包括ケアシステムの政府文書上の初出は2003年の「2015年の高齢者介護」です。(2)しかし、2004~2008年の5年間は、法・行政的には地域包括ケアシステムの展開はほとんどなく、「空白(停滞)期」と言えます。(3)地域包括ケアシステムは2009・2010年の「地域包括ケア研究会報告書」で復活・「復権」し、2011年に成立した介護保険法第三次改正で、それの理念的規定が導入されました。しかし、地域包括ケアシステムの医療は事実上「在宅医療」に限定されていました。(4)厚生労働省の有力高官は2012年に地域包括ケアシステムにおける病院・医療法人の役割を強調する発言を相次いで行いました。2013年8月に発表された「社会保障制度改革国民会議報告書」も、医療と介護の一体的見直しを強調しました。2013年12月に成立した「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」では、「医療制度」を規定した条項に、地域包括ケアシステムの法的定義が初めて導入されました。これらにより地域包括ケアシステムの医療には病院医療も含まれることが明確となりました。【補足】では、地域包括ケアシステムには「保健・医療系」と「福祉系」の2つの源流があることを指摘します。

2003年の「2015年の高齢者介護」が初出

地域包括ケアシステムの政府文書上の初出は、2003年6月に発表された高齢者介護研究会(厚生労働省老健局長の私的検討会)の報告書「2015年の高齢者介護~高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて」です。それのⅢ.2「生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系」の(4)で「地域包括ケアシステムの確立」が、以下のように提起されました。「要介護高齢者の生活をできる限り継続して支えるためには、個々の高齢者の状況やその変化に応じて、介護サービスを中核に、医療サービスをはじめとする様々な支援が継続的かつ包括的に提供される仕組みが必要である」。このように、地域包括ケアシステムはあくまで介護保険制度改革と位置づけられ、介護サービスが「中核」とされました。

中村秀一老健局長(当時。以下、肩書きはすべて発言時)は、この報告書が発表された直後の対談で、地域包括ケアシステムの重要性を強調すると共に、「地域包括ケアシステムは、それこそ地域の実情にあったいろんなシステムがあっていい」と述べました(5)。香取照幸老健局振興課長も、「地域包括ケア体制の構築」を特集した雑誌の巻頭インタビューで、「地域包括ケアは地域の力を紡いだ到達点」と位置づけるとともに、「介護保険だけで高齢者を支えきることはできない。(中略)地域ネットワーク全体の中で、一人の人を支えていくという視点」が必要だと強調しました(6)。当時、厚生労働省内で地域包括ケアシステムを推進した中村氏と香取氏が共に、全国一律のシステムを否定し、「地域の実情にあったいろんなシステム」、「地域ネットワーク」を強調していたことは注目に値します。なお、香取氏のインタビューには地域包括ケアシステムについての初めての概念図も掲載されました。

2004~2008年は「法・行政的空白(停滞)期」

「2015年の高齢者介護」で提起された諸改革のうち「介護予防・リハビリテーションの充実」や「痴呆性高齢者ケア」等は、社会保障審議会介護保険部会(以下、介護保険部会)での議論と「意見」のとりまとめを経て、2005年6月に成立した介護保険法第一次改正(全面施行は2006年4月)に取り入れられました。

しかし、意外なことに、地域包括ケアシステムについては、第3回介護保険部会(2003年7月)で少し議論された後、2008年2月の第24回部会(2009年の政権交代前の最後の部会)までの5年間まったく議論されませんでした。介護保険法第一次改正に先だって介護保険部会が2004年7月にまとめた「介護保険制度見直しに関する意見」にも地域包括ケアシステムについての記載はなく、当然介護保険法第一次改正にも含まれませんでした(「地域ケア」、「包括的ケア」という表現はありました)。中村局長は、法改正に先立って、介護保険部会「意見」と法改正のポイントについて説明しましたが、それらにも地域包括ケアシステムは含まれませんでした(7,8)

公平のために言えば、介護保険部会「意見」では、「地域包括支援センター(仮称)」の創設が提案され、それは介護保険法第一次改正に盛り込まれました。しかし、それの基本機能は「総合的な相談マネジメント機能」、「介護予防マネジメント」、「包括的・継続的なマネジメント」に限定されました。法改正についての厚生労働省の説明文書「新たなサービス体系の確立」には「地域包括支援センター(地域包括ケアシステム)のイメージ」図が含まれていましたが、それの構成要素に医療は含まれていませんでした。

なお、社会保障審議会医療部会は2005年12月に「医療提供体制に関する意見」をまとめ、それの「在宅医療の推進」の項には「介護保険等の様々な施策との適切な役割分担・連携を図りつつ、[在宅医療が-二木]患者・家族が希望する場合の選択肢となり得る体制を地域において整備する」等、内容的には地域包括ケアシステムに通じる提言が含まれていましたが、この用語は用いられませんでした。

2008年5月には、介護サービス事業者の不正事案を防止し、介護事業運営の適正化を図ることを目的とした介護保険法第二次改正が成立し、同月施行されました。しかし、このときにも地域包括ケアシステムへの言及はありませんでした。

以上から、2004~2008年の5年間は地域包括ケアシステムの「法・行政的空白(停滞)期」と言えます[注]。この時期のうち2004~2006年は小泉内閣が医療・介護費を中心とした、厳しい社会保障費抑制政策を断行した時期です。その象徴が2006年6月の経済財政諮問会議「骨太の方針」(閣議決定)中の、社会保障費の自然増を今後5年間、毎年2200億円抑制する方針であることは言うまでもありませんが、それ以前にも毎年のように同規模の費用抑制が行われました。

そのために、厚生労働省はこの期間、介護保険分野でも、介護保険施設の食費・室料の自己負担化や「新・予防給付」導入による介護給付費抑制、介護療養病床の(突然の)廃止方針、さらには介護保険被保険者の20歳までの拡大(これは実現せず)等の立案に追われました。さらに2007年には最大手の介護事業者コムスンの不祥事が社会問題化し、厚生労働省はそれに対応した改革(2008年の介護保険法第二次改正)に忙殺されました。そのために、厚生労働省は、この間、地域包括ケアシステムの具体化にまでは手が回らなかった可能性があります。

上記「法・行政的空白(停滞)期」は、「平成の大合併」時代でもあり、市町村合併が進行していましたが、行政の広域化により介護保険の業務負担が減ることはありませんでした。そのために、厚生労働省の介護保険実務担当者は、2005年の介護保険法第一次改正により市町村の介護事業負担が増えた上に、さらにその負担を増す地域包括ケアシステムの具体化にはとても踏み出せなかったという事情もありそうです。

2009・2010年の「地域包括ケア研究会報告書」で復活

実は、2008年6月に発表された「社会保障国民会議中間報告」では、「サービス提供体制の構造改革」の項で、「病院機能の効率化と高度化」、「地域における医療機能のネットワーク化」の次に、「地域における医療・介護・福祉の一体的提供(地域包括ケア)の実現」が提案されました。同時に発表された「社会保障国民会議第二分科会(サービス保障(医療・介護・福祉))中間とりまとめ」には、「地域包括ケア」についてのより詳しい記述がありました。ただし、共に地域包括ケアシステムという表現はなく、しかも同年11月の「社会保障国民会議最終報告」は地域包括ケア(システム)について全く触れませんでした。

地域包括ケアシステムが、厚生労働省内で復活・「復権」するのは、「地域包括ケア研究会」(老人保健健康増進等事業。田中滋座長)が2009年5月と2010年5月に「報告書」を発表して以降です。この時期は、2009年9月の民主党政権成立前後であり、福田・麻生自公内閣、鳩山民主党内閣とも、小泉内閣とは逆に、「社会保障の機能強化」を政策の大きな柱としていました。

2009年の「地域包括ケア研究会(2008年度、第1回)報告書」は、地域包括ケアシステムの定義を、以下のように初めて示しました。「ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみならず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常生活圏域)で適切に提供されるような地域での体制」。2003年の「2015年の高齢者介護」が介護サービスを「中核」としていたのと異なり、本報告書は「ニーズに応じた住宅が提供されること」を「基本」とするとともに、「医療や介護」等の諸サービスを同格に位置づけました。しかも、前述した中村局長・香取課長と同じく、「地域包括ケアシステムは、全国一律の画一的なシステムではなく、地域ごとの特性に応じて構築されるべき」と強調しました。

宮島俊彦老健局長は「2009年報告書」の発表直後から、「地域包括ケアを推進する」ことを、さまざまな機会に表明しました(9,10)。「2009年報告書」が発表された2009年5月には、「高齢者の居住の安定確保に関する法律」改正が成立し、同法の所管が国交省と厚労省の共同所管になりました。これを受けて、水津重三老健局高齢者支援課長は、今後の地域包括ケアの実現に向けて、自治体の福祉部局と住宅部局の連携を進めることに期待を寄せました(11)

2010年5月に発表された「地域包括ケア研究会(2009年度、第2回)報告書」は、本文だけで55頁の大作(2009年報告書の28頁の2倍)であり、「2025年の地域包括ケアシステムの姿」とそれの「構築に向けた当面の改革の方向」を精緻に提起し、これ以降、これが地域包括ケアシステムについての「定番文献」となりました。

2011年の介護保険法改正に理念的規定

介護保険部会は、2009年12月の民主党政権成立前後の2年3カ月、まったく開催されていなかったのですが、民主党政権成立後に初めて開催された2010年5月と6月の第25、26回部会(部会長山崎泰彦氏)で、「地域包括ケア研究会報告書」をめぐって活発かつ肯定的な議論が行われました。その結果、2010年11月の介護保険部会「介護保険制度の見直しに関する意見」では、「地域包括ケアシステムの必要性」が初めて提起され、地域包括ケアシステムの定義として、「地域包括ケア研究会報告書」の定義がそのまま引用されました。

この「意見」に基づいて、2011年6月に成立した「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」(2012年4月施行。介護保険法第三次改正)では、第5条第3項に、以下のような、地域包括ケアシステムについての理念的規定が導入されました。「国及び地方公共団体は、被保険者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、保険給付に係る保健医療サービス及び福祉サービスに関する施策、要介護状態等となることの予防又は要介護状態等の軽減若しくは悪化の防止のための施策並びに地域における自立した日常生活の支援のための施策を、医療及び居住に関する施策との有機的な連携を図りつつ包括的に推進するよう努めなければならない」

この規定には、なぜか、「地域包括ケアシステム」という表現は用いられませんでしたが、法改正と同月に出された老健局長通知「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律等の公布について」では、法「改正の趣旨」として、「高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らし続けることができるようにするためには、医療、介護、予防、住まい、生活支援のサービスを切れ目なく提供する『地域包括ケアシステムの構築』が必要である」と明記されました。これ以降、地域包括ケアシステムは、「医療、介護、予防、住まい、生活支援のサービス」の5つの要素から構成されることが確定しました。ただし、「通知」には医療についての具体的記述はありませんでした。

翌2012年2月に野田民主党内閣が閣議決定した「社会保障・税一体改革大綱について」の「医療・介護等(1)」では、「医療サービス提供体制の制度改革」と「地域包括ケアシステムの構築」が同格で位置づけられました。閣議決定に「地域包括ケアシステム」という用語が盛り込まれたのは、これが初めてと思います。

以上の改革を踏まえて、宇都宮啓保険局医療課長は、2012年10月の日本医師会・社会保険指導者講習会で、次のように述べ、地域包括ケアシステムは「国策」であると明言しました(12)。「地域包括ケアシステムについては、昨年の介護保険法改正の趣旨のなかでも触れられた。また、社会保障・税一体改革の中でも、『2025年に地域包括ケアシステムの構築を目指す』ということが言われている。つまりこれは、国としての目標、国策である」。宮島俊彦前老健局長も、「法律上は、2012年をもって、地域包括ケア元年ということになる」と主張しました(13)。なお、「国策」、「元年」は厚生労働省(元)高官による強調表現であり、公式の政府文書では使われていません。

2013年の「国民会議報告書」が医療と介護の一体化を主張

ただし、2009・2010年の「地域包括ケア研究会報告書」は、地域包括ケアシステムの医療として診療所レベルのものを想定し、ターミナル期を含めて「病院等に依存せずに住み慣れた地域での生活を継続する」ことを強調していました。しかも、「施設を一元化して最終的には住宅として位置づけ、必要なサービスを外部からも提供する仕組みとすべき」とも主張しており、これに対して老人福祉施設協議会(老施協)は「特養解体論」と猛反発しました(14)

2013年5月に3年ぶりに発表された「地域包括ケア研究会(2012年度、第3回)報告書」は、地域包括ケアシステムの5つの構成要素の表現を緻密化する(介護・リハビリテーション、医療・看護、保健・予防、福祉・生活支援、住まいと住まい方)と同時に、これら5つの構成要素の基礎に新たに「本人・家族の選択と心構え」を加えました。また、2009・2010年報告書の「特養解体論」的表現は削除し、逆に、介護保険施設は「重度の要介護者を中心に地域の介護サービス提供の重要な役割を担っている」との肯定的位置づけを加えました。他面、医療については依然「在宅医療」のみを想定し、病院の役割については言及しませんでした。

それに対して、2012年に、厚生労働省の有力高官(香取照幸政策統括官、武田俊彦社会保障担当参事官、、鈴木康裕保険局医療課長)は、地域包括ケアシステムでの病院・医療法人の役割を強調する発言を相次いで行いました(15)。特に、香取氏は、2012年6月の日本慢性期医療協会総会の講演で、地域包括ケアシステムの概念に「入院機能を持った病院を組み込むことが必要」、「これまでは有床診のような20床くらいの小規模なサービスを考えていたが、もう少し規模の大きいものを考えないといけない」と明言しました(『日本医事新報』2012年7月7日号:22頁)。

2013年8月に発表された「社会保障制度改革国民会議報告書」も、地域包括ケアシステムと医療との関係を強調しました。同報告書は、「地域包括ケアシステム(の構築)」に15回も言及したのですが、ほとんどの場合、それを「医療機能の分化・連携」と併記し、しかも「医療の見直しと介護の見直しは、文字どおり一体となって行わなければならない」、「地域包括ケアシステムは、介護保険制度の枠内では完結しない」と強調しました。さらに、同報告書は、「地域包括ケアシステムというネットワーク」とのストレートな表現に象徴されるように、「地域包括ケア」を「システム」ではなく、「ネットワーク」と位置づけました。

よく知られているように、「国民会議報告書」は、従来の「治す医療」・「病院完結型医療」から、超高齢社会に見合った「治し・支える医療」・「地域完結型医療」への転換を提唱しました。これは、医療界・医療機関に「地域包括ケアシステム」構築への積極的参加を求めたメッセージとも言えます。

「国民会議報告書」が地域包括ケアシステムにおける医療の役割を強調したことは日本医師会も歓迎しました。2013年8月の第46回介護保険部会は「国民会議報告書」と「地域包括ケアシステムの構築」について集中的に議論したのですが、高杉敬久委員(日本医師会常任理事)は次のように発言しました。「私は介護保険の部会に出て2年目であります。しかし、医療と介護に区別はないはずで、やっと医療が論議されたということにちょっと感動を覚えます。今回の国民会議のまとめにもそのことがふんだんに盛り込まれている。まさにこれからは本当に医療も介護も融合したものにしなければいけない」。

2013年の社会保障改革プログラム法で初めて法的定義

「国民会議報告書」の提言に基づいて、2013年12月5日に成立した「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」(以下、社会保障改革プログラム法)では、地域包括ケアシステムの法的定義が初めて、しかも「医療制度」について規定した第四条4に、以下のように導入されました。「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防(要介護状態若しくは要支援状態となることの予防又は要介護状態若しくは要支援状態の軽減若しくは悪化の防止をいう。次条において同じ。)、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」。「介護保険制度」について規定した第五条2一も、地域包括ケアシステムに触れました。

同法成立直後の2013年12月27日に発表された社会保障審議会医療部会「医療法等の改正に関する意見」は、医療部会の公式文書として初めて「地域包括ケアシステム」に言及しました。しかも、「医療機能の分化・連携」と「地域包括ケアシステムの構築に資する在宅医療の推進」をワンセット・同格で提起しました。

それに続く、2014年4月診療報酬改定では、「急性期後の受入をはじめとした地域包括ケアシステムを支える病棟の充実」をはかるために、新たに「地域包括ケア病棟入院料」が新設されました。診療報酬点数表に「地域包括ケア」を含んだ用語が用いられたのは、これが初めてです。

さらに、2014年5月に発表された「地域包括ケア研究会(2013年度、第4回)報告書」は、従来の報告書の提案を以下の3点で修正しました:(1)急性期医療・病院の役割を初めて明示しました。(2)在宅と医療機関の両方での「看取り」を初めて強調しました。(3)入所施設を「重度者の住まい」と積極的に位置づけました(4)

最後に、2014年6月に成立した「地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律」は、第一条(目的)で、「地域において効率的かつ質の高い医療提供体制を構築するとともに、地域包括ケアシステムを構築する」ことを明記し、第二条で、社会保障改革プログラム法中の地域包括ケアシステムの定義を再掲しました。

2013・2014年の政府文書と法改正等により、地域包括ケアシステムは病院医療を含む医療・介護一体改革の中心的柱になったと言えます。

【注】「法・行政的空白(停滞)期」にも実践と研究は進んだ

私は2004~2008年の5年間を、地域包括ケアシステムの「法・行政的空白(停滞)期」と位置づけましたが、この期間にも全国の多くの地域で、「地域の実情にあった」地域包括ケアシステム・「地域ネットワーク」づくりがなされ、それらを踏まえた地域包括ケアシステムについての論文・レポートも多数発表されました。

CiNii(国立情報研究所の論文データベース)で「地域包括ケアシステム」をキーワードにして検索したところ、1999~2003年の5年間には21論文しかヒットしませんでしたが、2004~2008年の5年間にはその6.2倍の131論文がヒットしました(2015年1月27日検索)。論文のテーマをみると、1999~2003年は、有名な広島県公立みつぎ総合病院の実践レポート等、ほとんどが医療機関を中心とした取り組みについての論文でしたが、2004年以降は、自治体、地域包括支援センター、社会福祉協議会、社会福祉法人、介護保険事業者等、多様な主体の取り組みについての論文が急増していました。

【補足】地域包括ケアシステムには「保健・医療系」と「福祉系」の2つの源流がある

「地域包括ケアシステム」は、広島県公立みつぎ総合病院の山口昇院長が、1970年代から開始した病院を核とした「訪問看護、訪問リハビリ等の在宅ケアによる寝たきりゼロ」作戦と「保健・医療・介護・福祉の連携、統合」の実践を元にして提唱した概念で、同病院のすぐれた実践・実績に着目した厚生労働省がそれを借用したそうです(ただし、山口先生は、当初は「地域包括医療・ケア」と呼んでいたそうです)(16)

そのためもあり、医療関係者の一部には、地域包括ケアシステムは、「保健・医療系」が中心、特に自治体との結びつきが強い自治体病院が中心との理解がみられます。しかし、「保健・医療系」の取り組みには、それ以外に、民間病院主体の「保健・医療・福祉複合体」(複合体)が中心のものもあります。複合体は、単独法人または関連・系列法人とともに、医療施設(病院・診療所)となんらかの保健・福祉施設の両方を開設し、保健・医療・福祉サービスを一体的に提供しているグループで、その大半は私的病院・診療所が中心になっています(この定義からは、公立みつぎ総合病院は公的複合体と言えます)(17)。複合体は1990年前後に初めて登場し、その後急成長を続けています。2000年以降は、地方の大規模民間複合体の中には、他の諸法人と連携しつつ、保健・医療・福祉の枠を超えて、街づくりにまで積極的に取り組み、独自に地域包括ケアシステムを形成する例も現れています(18)

さらに、「保健・医療系」とは別に、「(地域)福祉系」の地域包括ケアシステムの取り組みもみられます。具体的には、社会福祉協議会、特別養護老人ホームを開設している社会福祉法人、あるいはNPO等が主体となった、在宅ねたきり・認知症高齢者に対する「(保健・福祉)ネットワーク推進事業」や「地域ケアシステムづくり」等です。「福祉系」の地域包括ケアの先進的取り組みの事例集(17事例)としては、社会福祉学界重鎮の大橋謙策・白澤政和両氏が編集した『地域包括ケアの実践と展望』が必読です(19)。それの序章「高齢化社会助成事業の目的・変遷と地域包括ケア実践の萌芽」(大橋謙策氏執筆)には、1970年代以降の福祉行政・政策の変化・発展と「福祉系」の地域包括ケア構築の取り組みが分かりやすく整理されています。大橋氏によると、1990年の「社会福祉事業法改正」で、保健・医療・福祉の連携という規定が盛り込まれたこと、および2000年に成立した「社会福祉法」が個人の尊厳を旨として、地域での自立生活を支援することを目的に、保健・医療・福祉の連携を求めたことが、「福祉系」の地域包括ケアの法的基盤になったそうです(ただし、同氏は「保健・医療系」・「福祉系」という用語は用いていません)。

大橋氏は、高齢者福祉研究会が「地域包括ケアシステムの確立」を提唱する1年前の2002年に、それとほぼ同趣旨の「(保健・医療・福祉の連携を進める)トータルケアシステムの創造」を提起していました(20)。しかも、「地域包括ケアシステム」と異なり、「トータルケアシステム」は対象を高齢者に限定していませんでした。

【本稿の本文は、『日本医事新報』2015年2月14日号(4738号)掲載論文「『地域包括ケアシステム』の法・行政上の出自と概念の拡大」に大幅に加筆したものです。「補足」は書き下ろしです。本文中の地域包括ケアシステムの「法・行政的空白(停滞)期」の原因・背景は、当時の事情に精通している複数の厚生労働省関係者から得た非公式情報を参考にして書きました。】

文献

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算109回.2014年分その11:9論文)

<国際比較研究・文献レビュー>

○医療サービスの国際貿易:世界的トレンドと各地方へのインパクト
Lautier M: International trade of health services: Global trends and local impact. Health Policy 118(1):105-113,2014.[国際比較研究]

グローバリゼーションは医療政策決定者にとっての重要な課題であり、これの重要な側面は医療サービス貿易である。伝統的には医療サービス輸出は北(先進国)から南(途上国)へ行われており、患者は逆方向に旅行していた。この状況は変化しつつあり、多くの論文が逆方向の流れが生じていることを論じているが、医療サービス貿易の世界的規模と各国・地方に与える影響については余り注意が払われてこなかった。この貿易は急速に増えているので、実証的データもほとんどない。本論文では、まず、IMF「国際収支統計」の「旅行」の項に含まれる「医療関連旅行費用」データを用いて、1997~2010年の医療サービスの国際貿易の世界的規模と成長率を推計し、その結果を国単位に行われた先行研究の結果と比較する。次に、この貿易の輸出国(患者受け入れ国)における重要な経済的影響を、特に南地中海地方に焦点を当てて示す。以上より、医療需要の特性に対応して異なった政策オプションが必要であるとの結論が得られる。

二木コメント-医療ツーリズム費用についての初めての包括的な国際比較研究です。なお、2010年の世界の医療サービス輸出総額に対する国別シェアは以下の通りです:(1)アメリカ24.4%、(2)チェコ5.2%、(3)イギリス3.9%、(4)トルコ3.1%、(5)ベルギー2.9%、(6)タイ2%、(7)インド1.9%。

○高齢者の国際調査が[医療の]アクセス、協調と患者中心のケア面での弱点を見いだす
Osborn R, et al: International survey of older adults finds shortcomings in access, coordination, and patient-centered care. Health Affairs 33(12):2247-2255,2014.[国際比較研究]

工業化諸国は高齢人口増加による慢性疾患と障害の発生率上昇にどう対処すべきかという共通課題に直面している。2014年に、11か国(オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェイ、スウェーデン、スイス、イギリス、アメリカ)の65歳以上の高齢者15,617人を対象にして、医療や医療ケアの経験についてのコンピューター支援電話調査を行った。その結果、アメリカの高齢者は他国に比べて、不健康であった。アメリカでは、他国に比べて、自己負担が重荷になっている高齢者が多かった。アメリカ、カナダ、スウェーデンでは、他国に比べて、プライマリケアへのアクセスと救急外来を受診しなくて済むことに困難を抱えている高齢者が多かった。フランス以外のすべての国では、高齢者の5人に1人以上が、協調のない医療ケアを受けていると回答していた。アメリカの回答者は、他国に比べて、医師と健康を促進する行動について話し合ったり、自己の日常生活に対応した慢性ケアプランを保持したり、自己の終末期医療計画に関与していた。最後に、対象の半分の国では、慢性疾患患者の五分の一以上が自身が介護者にもなっていた。

二木コメント-11か国の高齢者を対象にした広範な国際インタビュー調査で、質問項目により各国の「お国柄」がよく出ています。この調査でも、アメリカ(の高齢者)が例外的であることがよく分かります。

○すべては平等:公平にとって医療をどう組織しどう医療費を支払うかは重要か?[定量的介入研究の]国際的エビデンスの文献レビュー
Bambra C, et al: All things being equal: Does it matter for equity how you organize and pay for health care? A review of the international evidence. International Journal of Health Services 44(3):457-477,2014.[文献レビュー・国際比較研究]

過去四半世紀、もっとも高所得の国々の医療制度に対しては、広範な-通常は市場志向の-組織・財政改革が行われてきた。これらの制度改革が医療の公平に与えた影響については熱い論争が繰り広げられてきた。医療制度の組織的・財政的改革の効果についての体系的文献レビューから得られたエビデンスを検討することは、この論争に実証的情報を加え、エビデンスの欠落を同定し、政策展開に貢献するであろう。体系的文献レビューの方法論を用いて、高所得国における医療制度の組織的・財政的改革が医療のアクセスや健康水準面での公平に与える影響についての定量的介入研究を9論文同定し、評価した。私保険と自己負担増、医療サービスの市場化・民営化は公平に対して負の影響を与えるか、確定的結論は得られなかった。マナジドケア・プログラムや医療と社会サービスの統合パートナーシップの効果についても確定的結論は得られなかった。資源配分の改革に関連した適切な研究はなかった。以上の体系的文献レビューのエビデンスは、財政的・組織的な医療制度改革の、医療アクセスや健康アウトカム面での公平性に与える効果は否定的またはまだ確定的ではないことを示唆している。

二木コメント-高所得国における医療制度の組織的・財政的改革が医療の公平に与える影響についての定量的介入研究についての貴重な文献レビューと思います。

○質のチェック:[医療の質]にとって医療をどう組織しどう医療費を支払うかは重要か?[定量的介入研究の]国際的エビデンスの文献レビュー
Footman K, et al: Quality check: Does it matter for quality how you organize and pay for health care? A review of the international evidence. International Journal of Health Services 44(3):479-505,2014.[文献レビュー・国際比較研究]

過去四半世紀、高所得の国々の医療制度に対しては、重要な組織・財政改革が行われてきた。これらの改革の医療制度の効果の含意、特に医療の質に対する効果との関連を検討する必要がある。体系的文献レビューの方法を用いて、医療制度の組織的・財政的改革の効果についての量的介入研究を19論文同定し、評価した。医療提供者に対する支払い方法と医療サービス購入者・提供者の分離のエビデンスは確定的ではなかった。それに対して、諸サービスの統合強化は患者にとって多少の効果があった。医療資源配分方法とサービスの直接購入契約について検討した適切な文献はなかった。体系的文献レビューのエビデンスは、医療制度の民営化や市場化は医療の質を改善しないこと、大半の財政的・組織的改革の効果は未確定か否定的であることを示唆している。

二木コメント-前の論文の姉妹論文で、本論文の4人の執筆者のうち2人が前論文の執筆者でもあります。

○ヨーロッパ[の5か国]の病院における急性心筋梗塞と脳卒中患者治療の質、費用、および両者のトレードオフ
Haekkinen U, et al: Quality, cost, and their trade-off in treating AMI and stroke patients in European hospitals. Health Policy 117(1):15-27,2014.[量的研究、国際比較研究]

本研究は、ヨーロッパ5か国(フィンランド、フランス、ドイツ、スペイン、スウェーデン)における主要2疾患(急性心筋梗塞と脳卒中)の入院費用と院内死亡率(これが質の指標。以下、生存退院率と同義)を比較する。病院レベルの費用と生存退院率を比較することにより、これらの国で、費用・質のトレードオフがあるか否か、及び急性心筋梗塞治療の費用または質が良好な病院は脳卒中治療でも同様に良好か否か、を検討する。生存退院率については固定効果プロビット回帰分析を、ログ表示の費用については線形モデルを用いて、病院の質と費用を計算し、国別に、両者の散布図を作成した。急性心筋梗塞、脳卒中とも、患者の生存退院率については病院間、国別の著名な差があった。スウェーデンとフランスの病院の院内死亡率は他の3か国の病院よりも低かった。脳卒中については、フィンランドの病院の院内死亡率が他の4か国の病院よりも低い傾向が見られた。

2疾患の治療の質については、国レベルでも、病院レベルでも相関がなかった。明確な費用・質のトレードオフは確認できなかった。ただし、スウェーデンは例外で、急性心筋梗塞の費用が高い病院ほど医療の質も高かった。

二木コメント-膨大なデータ(5か国合計で急性心筋梗塞患者32,876人、脳卒中患者38,282人)を用いた、詳細な計量経済学的・国際比較研究です。急性心筋梗塞と脳卒中については、国レベルでも、病院レベルでも、医療費と医療の質(院内死亡率)との間に明確なトレードオフがないことがポイントと思います。

<その他>

○大きいことはいつも良いといえるか?[デンマークにおける]大腿骨骨折手術数、術後30日以内死亡率、入院医療の質と在院日数についての全国調査
Kristensen PK, et al: Is bigger always better? A nationwide study of hip fracture unit volume, 30-day mortality, quality of in-hospital care, and length of hospital stay. Medical Care 52(12):1023-1029,2014.[量的研究]

さまざまな外科手術について、患者数の多さは良好な臨床アウトカムとリンクしているとされているが、大腿骨骨折についても同じことが言えるかについてはほとんど知られていない。大腿骨骨折の患者数と術後30日以内死亡率、入院医療の質、骨折後手術までの時間、在院日数との関連を調査した。「デンマーク学際的大腿骨骨折登録」から得られた前方視的データから、大腿骨骨折により2010年3月~2011年11月に入院した65歳以上の患者12,065人を抽出した。病院を年間大腿骨入院患者数により3群に分けた:151人以下、152-350人、351人以上(以下、患者数が多い病院)。データは潜在的交絡要因を標準化して、回帰分析した。その結果、患者数が多い病院は高い30日以内死亡率(調整済みオッズ比:1.37)、長い在院日数(同:1.25)と関連していた。これらの病院の患者は、術後24時間以内の運動訓練、基本的運動機能評価、退院後のリハビリテーションプログラムを受けるオッズ比が低かった。骨折後手術までの時間については、3群間に有意差はなかった。

二木コメント-大腿骨骨折手術について、病院の手術数と各種成績との関連を検討した世界初の大規模調査とのことです。通説とは逆に、大腿骨骨折手術に関しては、手術患者数が「多いことは悪いこと」と言えるとの驚くべき結果です。ただし、デンマークでは手術患者の集約化が進んでいるため、患者数が(相対的に)少数の病院でも、日本的感覚ではかなり多数の手術を行っていること(最も少ない病院でも年間50件以上)も見落とせないと思います。

○ドイツにおける外来サービス利用の地域差
Kopetsch T, et al: Regional variation in the utilization of ambulatory services in Germany. Health Economics 23(12):1481-1492,2014.[量的研究]

ドイツ人の約90%をする医療保険データを用いて、2008年の外来サービス利用の地域差の決定要因を調査した。ドイツでは、一般医、専門医、心理療法士の利用に大きな地域差があった。誤差項の空間的依存度(空間的相関)を考慮した回帰モデルを用いると、地域差の相当部分を、人口構成、健康状態、社会経済的条件の違いにより、説明できた。環境汚染、サービス供給と病院数を説明変数に加えると、これらもサービス利用に有意な影響を与えていたが、利用差のわずかした説明できなかった。全体として、これらの要因により、外来利用数の地域差は、413の郡レベルでは29-40%、16の州レベルでは55-70%説明できた。

二木コメント-たくさんの要因を説明変数に投入すれば、それだけ説明力は高くなるという、ある意味で当たり前の結果です。サービス利用の地域差には、サービス供給の地域差以外の要因の方が大きく影響していることを統計的に示した点では意味があると思います。

○終末期医療費の決定要因:台湾で得られたエビデンス
Chang S, et al: The determinants of health care expenditure toward the end of life: Evidence from Taiwan. Health Economics 23(8):951-961,2014.[量的研究]

本論文では、台湾における終末期患者の医療費と病院の特性との関連を実証的に検討する。台湾の医療には以下の3つの特徴がある:(1)病院の開設者により経済的インセンティブが異なる(公立病院の医師には定額の給与が支払われるが、私立病院の医師は、診療した患者数と病院の利益を反映した支払いがなされる。公立病院にのみ補助金が支給される。公立病院は制度上利益を目的としていない)。(2)患者は自由に受診する医療機関を選べる。(3)医療サービスは単一の公的医療保険により、各サービスごとに定められた予算の枠内での出来高払い方式により支払われる。2005~2007年に死亡した55-99歳の患者11,863人の診療報酬明細書を用いて、死亡前24か月間の3か月ごとの病院医療費を調査した。その結果、私立病院で治療を受けた終末期患者は公立病院で治療を受けた患者に比べて入院医療費が有意に高かったが、入院日数には差がなかった。この結果は、台湾における公私病院における経済的インセンティブの差と整合的である。それにもかかわらず、このような公私の差は病院の認証レベル(医療センター、都市圏病院、地域病院)により異なっていた。

二木コメント-終末期の入院患者の医療費にも、経済的インセンティブが影響していることを実証した興味深い研究と思います。なお、死亡前医療費が急増するのは死亡前3か月だけであり、この結果は、日本を含めた先行研究の結果と一致しています。

○費用対効果についての最新情報:[アメリカにおける]1QALY当たり5万ドルという閾値の奇妙な復元力
Neumann PJ, et al: Updating cost-effectiveness - The curious resilience of the $50,000-per-QALY threshold. NEJM 371(9):796-797,2014.[評論]

過去20年以上も、1QALY当たり5万ドルという閾値が、特定の医療介入の経済評価時に、重要で不可解な役割を果たしてきたが、この数値の初出はアイマイである。1970年代にメディケアが慢性腎不全医療費を給付対象にしたときに、当時の透析医療費の費用対効果比が1QALY当たり5万ドルであったとしばしば説明されるが、これは都市伝説にすぎない。しかもこの閾値が広く使われ出したのは、それから20年後の1990年代中頃である。現在でも研究者はこの数値を引用し続けているが、1QALY当たり10万ドルもよく使われている。一部の経済学者やWHOは、経済理論(社会の価値観や支払い意志)に基づいて、1QALYの閾値は各国の1人当たり年間所得の2~3倍と提唱しているが、これに基づくと、現在のアメリカでは1QALY当たり11~16万ドルが妥当ということになる。1QALY当たり20~30万ドルを提唱している研究者もいる。これらを踏まえると、1QALY当たり5万ドルという閾値は低すぎるし、すべての医療介入についての単一の1QALY当たりの閾値を探求すること自体が非現実的とも言える。結論的に言えば、アメリカでは1QALY当た5万ドルの閾値はせいぜい下限と見なすべきであり、我々はそれに代えて1QALY当たり10~20万ドルを推奨したい。

二木コメント-日本でも一部の研究者は1QALY当たり5万ドルが国際標準であるかのように主張しますが、それは「都市伝説」にすぎないと言えます。

なお、費用効果分析の「5万ドルの閾値」説に実証的根拠がないことを疑問の余地無く明らかにした論文としては、下記をお勧めします。「代理変数による医療の配給-アメリカにおける費用効果分析と閾値を[1QALY当たり]5万ドルとする誤用」(Bridges JFP, et al: Healthcare rationing by proxy - Cost-effectiveness analysis and the misuse of the $50000 threshold in the US. Pharmacoeconomics 28(3):175-184,2010)(本「ニューズレター」68号(2010年4月)で紹介)。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その122)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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