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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻136号)』(転載)

二木立

発行日2015年11月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


訂正とお詫び


1.論文:厚労省プロジェクトチーム「福祉の提供ビジョン」をどう読むか?-医療関係者が注目・参考にすべき3点
(「深層を読む・真相を解く」(48)『日本医事新報』2015年10月17日号(4773号):17-18頁)

厚労省の「新たな福祉サービスのシステム等のあり方検討プロジェクトチーム」は、9月17日、「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現-新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン-」(以下、「ビジョン」)を発表しました。この「ビジョン」は厚労省の公式報告ではなく「叩き台」です。しかも、検討会の構成員(37人)は全員厚労省の現役職員であり、大学の研究者等は含まれません。それだけに、「ビジョン」には同省が考えている今後の福祉改革(短期と中長期の両方)の方向・願望が比較的ストレートに書かれています。

しかも、今後の医療改革を考える上で参考になる点も少なくないので、本連載で紹介・検討することにしました。私が、医療関係者が特に注目・参考にすべきと思うことは以下の3つを提起している点です。

検討会の構成員と「ビジョン」の骨格

ビジョン」をとりまとめた検討会は、「プロジェクトチーム」、「幹事会」、「ワーキンググループ」の3層構成で、最上層のプロジェクトチームの構成員は雇用均等・児童家庭局長、社会・援護局長、老健局長、障害保健福祉部長、政策統括官(社会保障担当)の5人です。「幹事会」と「ワーキンググループ」には健康局のメンバーも入っています。3つの組織とも責任者(主査、主幹事、リーダー)は社会・援護局のメンバーであり、このことは「ビジョン」が同局主導でまとめられたことを示唆しています。

「ビジョン」は以下の5部構成です。1.総論、2.様々なニーズに対応する新しい地域包括支援体制の構築、3.サービスを効果的・効率的に提供するための生産性向上、4.新しい地域包括支援体制を担う人材の育成・確保、5.今後の進め方。これらの中心は、2~4の3つです。

2~4の記述には、長年、福祉関係者が求めてきたものも多数含まれます。特に重要なものは、①先述した①地域包括ケアシステムの対象拡大、②縦割り行政の改善、③地域づくり・まちづくりの重視だと思います。

私が特に注目したことは、「ビジョン」示された福祉改革には、安倍政権が6月に閣議決定した「骨太方針2015」の社会保障改革部分に含まれていた、社会保障への市場原理導入(「社会保障関連分野の産業化」)と、家族を含む「自助を基本」とする社会保障観が含まれていないことです。これは、厚労省の矜持の現れかもしれません。

他面、福祉改革の財源にはまったく触れておらず、「ビジョン」で示された改革が、今後どこまで実現するかは不透明です。また、「ビジョン」には厚労省の2016年度概算要求における福祉分野の新規事業の「理論武装」という面もあると思います。以下、3つの柱に沿って紹介・検討します。

「新しい地域包括支援体制の構築」

第1の柱「様々なニーズに対応する新しい地域包括支援体制の構築」でもっとも注目すべきことは、地域包括ケアシステムの対象拡大で、次のように提起しています。「高齢者に対する地域包括ケアを現役世代に拡げる」。「高齢者、障害者、児童、生活困窮者といった別なく、地域に暮らす住民誰もがその人の状況に合った支援が受けられるという新しい地域包括支援体制を構築していく」。

厳密に言えば、これは地域包括ケアシステムの単純な拡大ではなく、「高齢者に対応する地域包括ケアシステム」(老健局所管)と「生活困窮者に対する自立支援制度」(社会・援護局所管)の2つの現行制度を、「制度ごとではなく地域というフィールド上に、高齢者や生活困窮者以外に拡げる」ことを目指しています。さらに、「新しいシステムを全国に広げていく」ために、「将来的には、法的な位置づけについても、適切に検討すべきである」とまで踏み込んでいます。

第1の柱でもう1つ注目すべきことは「福祉」の拡大であり、「新しい連携のかたちは、福祉分野に止まるのではなく、福祉以外の分野に拡大していかなければならない」として、雇用分野、農業分野、保健医療分野、介護分野、教育、司法、地域振興その他の分野との連携・協働を強調しています。手前味噌ですが、日本福祉大学は、近年の「福祉」の概念や対象の拡大を踏まえて、「福祉」を敢えて平仮名で「ふくし」と表現しており、2014年には「ふくしの総合大学」の商標登録も取得しました。

「生産性向上」について原理的に検討

第2の柱「サービスを効果的・効率的に提供するための生産性向上」は、福祉関係の公式文書として初めて、経済学的に正確な「生産性」(効率化)の定義とそれを向上する方法を明示しました。

まず、「生産性とは、生産資源の投入量と生産活動により生み出される産出量の比率として定義され、投入量に対して産出量の割合が大きいほど効率性が高いことを意味する」と述べ、次に「生産性向上に向けた具体的な取組」として、「①先進的な技術等を用いた効率化」、「②業務の流れの見直し等を通じた効率化」、「③サービスの質(効果)の向上」の3つをあげています。①と②は、経済学におけるイノベーションの2区分、「プロダクト・イノベーション」(製品革新)と「プロセス・イノベーション(工程革新)」に正確に対応しています。①ではロボットとICTの導入・活用が重視されています。

さらに③では「生産性の向上とサービスの質の向上は決して相反するものではない」と強調し、「これからの人口減社会の中で労働力の確保に一定の制約がある状況においては、サービスの質(効果)の向上を目指す前提としても生産性の向上が必要であるとの共通認識が必要である」と述べています。

これらの原理的視点は妥当であり、今後の医療改革を考える上でも参考になります。ただし、第2の柱には、「生産性向上は従業員の賃金上昇につながる」等、現実場慣れした記述も少なくありません。

なお、医療分野では、「ビジョン」よりも28年も早く、1987年に厚生省「国民医療総合対策本部中間報告」が、「医療の効率化」(「良質的で効率的な国民医療」)を提起しました。ただし、それには「効率性」の具体的説明はなく、しかも効率化はほとんど医療費抑制と同義で用いられたため、医療関係者の反発を招きました。しかしその後、30年で、病院経営において「医療の効率化」は定着したと言えます。

福祉専門職が新たに持つべき能力

第3の柱「新しい地域包括支援体制を担う人材の育成・確保」は、まず「基本的な考え方」として、「新しい地域包括支援体制の基盤としての人材の育成・確保」、「新しい地域包括支援体制において求められる人材像」、「求められる人材の育成・確保の方向性」、「中長期的な検討課題」を示し、次に「新しい地域包括支援体制を担う人材の育成・確保のための具体的方策」を6点示しています。

私なりに読み解くと、今後「求められる人材像」のポイントは、①支援のマネジメント、アセスメントとコーディネート能力を持つ、②分野横断的な福祉サービスの知識・技能を有する、および③第2の柱で強調されているICTを駆使できる人材と言えます。今後、福祉系大学では、このような人材の養成が求められることになると思います。

第3の柱では、さらに「分野横断的な資格のあり方」も提起されています。「ビジョン」はこの点について具体的に書いていませんが、私が得た非公開情報では、今後、社会福祉士資格の在り方の検討が急ピッチで進められ、2018年度からの養成カリキュラムの改訂が予定されているそうです。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算116回.2015年分その7:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○機械は「きしむ」:OECD加盟国における医療技術と医療費
Willeme P, et al: Machines that go "ping": Medical technology and health expenditures in OECD countries. Health Economics 24(8):1027-2041,2015.[量的研究]

技術は医療費増加の主因と信じられている。その影響を定量化するうえでの主な困難は、医療技術イノベーションを測定する適切な代理変数を発見することである。本研究の主要な貢献は、承認された医療機器と医薬品の製品数についてのデータを医療技術の代理変数として用いることである。医療機器と医薬品は、技術の性格によりそれぞれ2分した。これらの変数の1人当たり総医療費に対する影響を、18のOECD加盟国の1981-2012年のパネルモデルを用いて推計した結果、医療技術の相当な医療費増加効果を確認した。具体的にはそれにより、18か国(日本を含む)の医療費の歴史的増加の43%が説明可能である。技術の医療費に対する影響は全体的には正(医療費増加)であるが、承認の2つのサブグループの影響は有意に負(医療費減少)である。これらのサブグループは、「漸増的医療イノベーション」を代表していると考えられる。それに対して、正の効果は医薬品や医療機器の根源的イノベーションに関連している。FDAの承認データはアメリカにしか適用されないため、アメリカのみを対象にして時系列分析を行ったところ、その結果は他のOECD加盟国の近似としても使えた。我々が用いたモデルは、肥満の指標(BMI)も含んでおり、肥満が医療費増加に相当寄与していることが確認できた。

二木コメント-医療費増加要因についての最新の定量的国際比較研究です。テーマは非常に魅力的であり、分析も緻密ですが、承認された医療機器と医薬品の製品数のデータを医療技術の代理変数とすることが妥当か否かは、私には判断できません。なお、本論文の表5(1036頁)では、5つの要因(所得、公的費用割合、ライフスタイル(BMI)、年齢構成、技術)別の、各国の1980~2009年の医療費増加寄与率が示されています。それによると、年齢構成の寄与率は18か国平均では13%ですが、日本はその倍の26%(寄与率最大)です。

○なぜ症例数の多い病院のアウトカムは良いのか?症例数・アウトカム関係における中間的要因についての体系的文献レビュー
Mesman R, et al: Why do high-volume hospitals achieve better outcomes? A systematic review about intermediate factors in volume-outcome relationship? Health Policy 119(8):1055-1067,2015.[文献レビュー]

症例数・アウトカム関係におけるプロセス要因と構造要因の役割を評価するために、症例数・アウトカムについての分析枠組みに基づいて、症例数・アウトカム関係における説明要因(変数)を検討している査読付き論文の体系的文献レビューを行った。PubMedを用いて、1756論文をスクリーニングし、最終的に選択基準に合致した27論文を選んだ。これら論文の対象は、心疾患診療(8論文)、癌治療(12論文)、整形外科(2論文)、小児科(5論文)であった。3種類の説明要因カテゴリーが同定された:①エビデンスに基づいた医療プロセスに対するコンプライアンス(11論文)、②専門化のレベル(11論文)、③病院レベルの要因(10論文)。10論文で、プロセスまたは構造の特性が、確立された症例数・アウトカム関係を部分的に説明していた。27論文の質スコア(18点満点)の中央値は8であった。症例数・アウトカム関係についての研究の大半は、それの基礎にあるメカニズムに焦点を当てておらず、プロセス特性と構造特性を分析の説明要因(変数)に加えていなかった。研究方法の質も高くはなく、症例数に基づく医療の集約化という現在の政策を支持するエビデンスがあるとの主張には疑問が残る。二木コメント-「症例数が多い方がアウトカムが良い」ことのエビデンスはかなり蓄積されてきてはいるが、そのメカニズムについてはまだ十分に解明されていないことがよく分かります。

○[アメリカの]メディケア・パートBの[診療]密度と[診療]量の埋め合わせ
Brunt CS: Medicare Part B intensity and volume offset. Health Economics 24(8):1009-1026,2015.[量的研究]

メディケア・パートB(医師診療保険)では、診療料金の調整は、医師と病院は料金引き下げをサービス量の増加で埋め合わせるという仮定の下で行われる。古い研究ではこのような「診療量による埋め合わせ」のエビデンスが得られていたが、最近の研究ではこれの強さと存在そのものについての疑問も提起されている。本研究は、診療量による埋め合わせ仮説の代替仮説、即ち「診療密度の埋め合わせ」手段としての請求・提供するサービスの変更仮説を提起し、実証的に評価する最初の試みである。両方の代替を評価することにより、診療密度代替の強いエビデンスを得たが、診療量代替についてのエビデンスはほとんど~まったく得られなかった。シミュレーション研究によると、各種診療行為(CPTコード)のメディケア料金の10%引き下げの22~59%は、サービス密度の変更によって埋め合わされていた。

二木コメント-医師への出来高払い方式が主流のアメリカでは、伝統的な「供給者(医師)誘発仮説」は、供給者は価格の引き下げをサービス量の増加で埋め合わせるとしてきましたが、現在ではサービス密度の変化による埋め合わせに変わったことをきれいに実証しています。ただし、難解な論文です。おそらく日本でも同じ変化が生じていると思います。

○[アメリカ・カリフォルニア州における]救急車受け入れ不能に伴う循環器系技術へのアクセス減少と1年後死亡率
Shen Y-C, et al: Ambulance diversion associated with reduced access to cardiac technology and increased one-year mortality. Health Affairs 34(8):1273-1280,2015.[量的研究]

「救急車方向転換」(以下、救急車受け入れ不能)は病院の救急部門が混雑して一時的に新しい救急車を受け入れられないときに生じる、重要な制度レベルの医療中断現象であり、治療の遅れに加え、医療の質の低下をもたらす可能性がある。しかし、救急車受け入れ不能が患者のアウトカムに与えるメカニズムを調査した実証研究はほとんどない。そこで救急車受け入れ不能が、医療技術へのアクセス、治療、最終的なアウトカムに影響するか否かを、カリフォルニア州の24の郡の急性心筋梗塞のメディケア患者を対象にして、検討した。その結果、一番近い病院の救急部門が重大な救急車受け入れ不能であった患者は、救急車受け入れに遭遇しなかった患者と比べて、循環器系技術へのアクセスが低下し(例:血管再生術開通術を受ける確率は9.8%低下)、1年後の死亡率は9.8%上昇していた。

二木コメント-アメリカ・カリフォルニア州の救急車受け入れ不能の実態とそれの深刻な患者アウトカムへの影響についての貴重な研究です。救急車受け入れ不能は、特にロサンゼルス郡で深刻で、常時6割の患者が遭遇しているそうです。

○アメリカの病院から急性期後医療施設への転院増加に伴う患者と入院の諸特性
Burke RE, et al: Patient and hospitalization characteristics associated with increased postacute care facility discharges from US hospitals. Medical Care 53(6):492-500,2015.[量的研究]

急性期病院に入院後、急性期後医療施設(PAC施設。スキルドナーシング施設やリハビリテーション施設を含む)に転院する患者数は1996~2010年に50%も増加した。この趨勢の影響をもっとも受けている支払い者と患者の特徴と、PAC施設が急性期病院への入院継続を代替している可能性がある病名を明らかにするために、1996~2010年の全国病院退院調査(全国代表標本)を後方視的に分析した。対象は、同調査に含まれる非連邦立の急性期病院の1996~2010年の退転院患者299万人である。2010年にPACに転院した患者の半数強(50.7%)が80歳以上であり、この年齢層の患者の40%がPAC転院後そこで死亡していた。急性期病院での平均在院日数短縮とPAC施設への転院増加は支払い者と患者の人口学的特性の違いによらず一貫していた。PAC施設は、特に肺炎と大腿骨骨折と敗血症の患者の急性期病院への入院継続の代替になっていた。結論として、PAC施設への転院増加は全ての年齢層と支払い者で生じていたが、特に非常に高齢でリハビリテーションの効果が望めない患者で顕著であった。

二木コメント-要旨には書かれていませんが、本論文は、全国代表標本を用いて、急性期病院からPAC施設への転院だけでなく、自宅への退院のトレンドも分析しています。自宅への退院率は全ての年齢層(18-64歳、65-79歳、80歳以上)で低下し続けていますが、特に80歳以上で顕著です。

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4. 私の好きな名言・警句の紹介(その128)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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