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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻151号)』(転載)

二木立

発行日2017年02月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1. 今後の超高齢・少子社会を複眼的に考える-医療・社会保障改革を冷静に見通すための前提
(「二木学長の医療時評(145)」『文化連情報』2017年2月号(467号):8-15頁)

はじめに

本稿では、今後の超高齢・少子社会についての、以下の3つの私の事実認識と「客観的」将来予測を述べます。① 今後人口高齢化が進んでも、社会の扶養負担は増加しない。②日本の労働生産性伸び率は低くないし、今後も、1人当たりGDPが毎年1%成長すれば超高齢・少子社会は維持できる。③日本の医療費(対GDP比)は最近OECD加盟国中第3位になったが、加盟国の高齢化率の違いを補正すると、日本は「高医療費国」とは言えない。これにより、医療・福祉関係者を含めて広く国民に蔓延している将来に対する悲観論が一面的であることを示します。私は、このことは今後の医療・社会保障改革を長期的かつ冷静に見通すための前提・土台になると考えています。最後に、今後の医療・社会保障費の財源確保(主財源は保険料、補助的財源は消費税を含めた公費)についての私見を述べます。

1 目標年の変化:2025年から2035~2040年へ

その前に強調したいことは、厚生労働省の医療・社会保障改革の目標年(ゴール)が、最近、2025年から2035~40年に変化しつつあることです。よく知られているように、民主党政権時代にまとめられ、第2次安倍政権も当初は引きほ継いだ「社会保障・税一体改革」の目標年は2025年でした。
それに対して、厚生労働大臣の私的懇談会は2015年6月にそのものズバリ「保健医療2035年提言書」をまとめました。2016年5月(名目は3月)に発表された「地域包括ケア研究会2015年度報告書」は「2040年に向けた地域包括ケアシステムの展望」を述べました。同年7月に発表された厚生労働省「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部の資料「地域包括ケアの深化・地域共生社会の実現」は「2035年の保健医療システムの構築に向けて」の課題整理をしました。さらに、厚生労働省幹部は、2016年に非公式に「2040年の社会保障のあり方についての意見交換会」を実施し、専門家にヒアリングを行っています。

言うまでもなく、2025年は「団塊の世代」全員が後期高齢者(75歳以上)になる年です。しかし、日本の人口高齢化・少子化はこの後も続き、2035年には団塊ジュニアが65歳に到達し始め、2040年には彼ら全員が65歳以上になり、しかも死亡者数がピークに達すると推計されています。そのため、私は目標年の延長自体は意味があると思います。

ただし、今後20年(以上)先を見越して個々の政策を立案することは不可能であり、現実の医療・社会保障改革は、2035~2040年を展望しつつ、「社会保障・税一体改革」通り、2025年を目標にして着実に積み上げていくのが妥当と思います。

2 今後も社会の扶養負担は増加しない

今後の超高齢・少子社会を考える際に私が第1に、かつもっとも強調したいことは、社会の扶養負担は現在も、2025年も、2040年もほとんど変わらないことです。

社会の扶養負担の指標としては、一般には[65歳以上人口÷20~64歳人口]が用いられ、日本は今後この比率が1対1の「肩車社会」になるとする「高齢社会危機論」が喧伝されています。

その典型は、野田佳彦首相(当時)の2012年1月24日の施政方針演説中の次の言葉です。「多くの現役世代で1人の高齢者を支えていた『胴上げ型』の人口構成は、今や3人で1人を支える『騎馬戦型』となり、いずれ1人が1人を支える『肩車型』に確実に変化していきます。今のままでは、将来の世代は、その負担に耐えられません」。昨年発表された『平成28年版厚生労働白書』も次のように主張しています。「1950年時点では65歳以上の高齢者1人を10人の[20~64歳の]現役世代で支えていたのが、2015年には65歳以上の高齢者1人に対して現役世代2.1人へと急激に減少している。今後も支え手は減少し続け、2050年には1.2人の現役世代が65歳以上の高齢者を支える見込みとなっている」(1)

社会の扶養負担の正しい指標

しかし、現役世代によって扶養される人口には高齢者だけでなく未成年者(20歳未満)も含まれるため、社会の扶養負担の指標は正しくは①[(65歳以上人口+20才未満人口)÷20~64歳人口]または②[全人口÷20~64歳人口)]、より正確には[非就業者数÷就業者数](①の変形)または[(非就業者数+就業者数=全人口)÷就業者数](②の変形)です。意外なことに、過去・現在・将来とも、①は1対1、②は2対1でほとんど変わりません。

このことは、高名な経済学者の伊東光晴氏が1982年に初めて指摘し、1989年に川口弘・川上則道氏が本格的に論じ、最近では権丈善一氏が精力的に強調しています(2-5)

まず伊東光晴氏は、「現に働いている人がその経済生活を見なければならないのは、何も老人だけではない…。子供も当然のこととして入る」と指摘した上で、「19歳以下と65歳以上を合計したものが、全人口に占める割合」は「老人人口が高まった2025年においても、2050年でも、2075年でも、我が国経済が高度成長を開始した当初[1960年]に比べ、ほとんど変化が見られない」と述べ、「人口老齢化現象のみを取り、負担が重くなることのように言うのは、現実を歪曲する誤った視点ゆえである」と批判しました(2)。権丈善一も、「少子高齢化という現象は、高齢者は増えるが、一方で子どもは減る現象である。高齢者のみならず、子どもも扶養人口に加えるとすれば、それを支える人たちの人数は、これまでも、そしてこれからもさほど大きく変わるわけではない。さらには、就業者1人が、何人分のパイを生産しているかを見る『就業者1人当たり人口』は、これまで、およそ2の値、つまり就業者1人で2人分のパイを生産するという状況で安定推移してきた」と指摘しています(5:239-240頁)。「読売新聞」は図1のように、権丈善一氏の主張をベースにして「人口構成の変化と就業者数の推移」を分かりやすく示しています。

それに対して、高齢者1人当たり社会保障費は未成年者に比べてはるかに多いので、今後の超高齢・少子社会では社会保障費負担が急増するとの懸念も出されています。しかし、社会全体が負担するのは社会保障費だけでなく、それを含めた国民の「生活費」全体です。そして、未成年者(正確には20歳以上の学部・大学院生を含む)の生活費には、高齢者にはほとんどない教育費が相当額含まれます。

年齢階級別の「生活費」の公式のデータはありませんが、川口・川上氏は1989年の労作で、さまざまな資料を用いて「世代間での扶養・被扶養の量的関係モデル」を作成し、それを用いて、「人口高齢化の進展と世代間扶養関係の変化の推計」を行い、「2025年モデルからみて、25~64歳世代の扶養負担はほとんどおもくならない」という結果を導出しました(3:4章)。権丈善一氏も2001年に、川口・川上氏の方法に準じて、「年齢階級間の生活費格差と必要成長率」をいくつかの仮定に基づいてシミュレートし、「高齢化が進んだ2025年においてと、それぞれの年齢階級の人たちが2000年と同じ程度の生活水準を享受することは、まったく難しい政策目標ではない」と結論づけています(4:151-156頁)

女性と高齢者の就業率の向上と労働生産性の向上が必要

私も権丈氏らの認識に賛成であり、今後、生産年齢人口が減少しても、①欧米諸国に比べて低い女性の就業率の上昇と、②以前よりは10歳若返っていると言われている高齢者の就業率の上昇、および③ICTやロボットの導入等による労働生産性向上が実現すれば、1人当たりGDPは今後も着実に増加し、日本社会は十分に維持可能であると判断しています。①に関して、OECDは、日本で2030年までに男女の労働参加率の差が100%解消した場合には、2030年までのGDPの平均成長率は全く解消しない場合の1.0%から、1.9%へとほぼ倍化すると推計しています(6)。③に関して、厚生労働省プロジェクトチームが2015年9月に発表した「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現」(通称「新福祉ビジョン」)は、医療・福祉分野でのICTやロボット活用による「生産性向上」を提起しています。私が知る限り、これは経済学的に正しい生産性(効率化)の定義とそれを向上する方法を明示した初めての厚生労働省文書です(7)

そのために、私は毎年の日本福祉大学学位授与式(卒業式)の学長式辞で、卒業生に対して高齢になっても働き続けることを呼びかけています。たとえば、2016年3月19日の2015年度学位授与式で次のように述べました。「第3にお話したい、というよりお願いしたいことは、皆さんが大学を卒業した後も、継続して勉強し、可能な限り長い期間働くことです。ご承知のように、日本は今や世界一の長寿国で、男の平均寿命は81歳、女はなんと87歳に達しています。皆さんの大半は22歳だと思うので、平均すれば、男の卒業生はこれから後59年間、女の卒業生は65年間もの長い人生をすごすことになります(※)。現在、企業の一般的な退職年齢・定年は60歳から65歳ですが、皆さんが高齢者になる頃には、それは少なくとも70歳、もしかしたら75歳になっているかもしれません。その場合、皆さんはこれから50年前後も、働き続けることになります。若い皆さんにとって、これは気が遠くなるような長期間と思います。しかし、日本が今後確実に、人口減少・超少子超高齢社会に突入することを考えると、これから50年前後働き続けることは、皆さん自身の生活を維持するためにも、日本社会を維持するためにも、避けられないことです。そのためには、高齢者だけでなく、女性、障害者を含めたすべての人びとが働きやすい制度・環境を整える必要があります。『ふくしの総合大学』である本学はそのために積極的役割を果たすことをお約束します」。(※ 厳密には、ここでは「平均寿命」ではなく22歳時の「平均余命」を用いるべきです。しかし、0~22歳の死亡率はきわめて低いので、それは[平均寿命-22歳]とほぼ同じです。)

留意すべき2つの点

ただし、以上の議論には、留意すべき点が2つあります。1つは、総人口は今後急速に減少するため、GDP総額を今後大幅に増やすことは困難であり、それの高い数値目標(例えば、安倍政権「ニッポン一億総活躍プラン」が掲げている2025年度「戦後最大の名目GDP600兆円」)は夢物語であることです。私は、権丈氏が提唱する1人当たりGDP1%程度の成長が現実的と思っています(8,9)

もう1つは、女性・高齢者の就業率上昇は地域の「互助」力を低下させ、政府・厚生労働省が「国策」として進めようとしている、自助と互助に過度に依存した地域包括ケアシステムのブレーキになることです(10)。最近のアメリカの実証研究でも、40~64歳の女性の就業率向上はインフォーマルケアを減らすとの結果が得られています(11)

3 日本の労働生産性伸び率は低くない

次に強調したいことは、日本の最近の労働生産性の伸び率は他の高所得国と比べて決して低くないことです。日本ではバブル経済が崩壊した1990年以降が「空白の20年(25年)」と呼ばれていますが、厚生労働省『平成27年版労働経済の分析』(通称『労働経済白書』)65頁)によれば、日本の1995年~2014年の1人当たり実質労働生産性の伸びはユーロ圏を上回っており、アメリカを少し下回るだけです(12) (図2)。直近の2005~2015年に限定すると、アメリカの労働生産性の伸び率も1.0未満に低下し、日本とほぼ同水準になっています(The Economist 2016年10月8日号:23頁)。この点については、2014年に世界的ベストセラーになったピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)も、「1人当たりGDP成長率は1980年以来、あらゆる富裕国でほぼ完全に同じ」と指摘しています(13)

なお、上記『労働経済の分析』は、「ユーロ圏及び米国では実質労働生産性が上昇する局面において、若干のギャップはみられるものの実質賃金も上昇を続けている」のに対して、日本では労働生産性は継続的に上昇しているにもかかわらず「実質賃金の伸びはそれに追いついていない状況がみられ、両者のギャップはユーロ圏及び米国よりも大きい」との注目すべき指摘もしています。

4 日本は高医療費国になったとは言えない

3番目に指摘したいことは、日本の医療費水準(対GDP比)が最近OECD加盟国中第3位になったことを根拠にして、日本が高医療費国・「医療費の高い国」(西澤和彦氏(14))になったとは言えないことです。

OECD"Health Statistics 2016"によると、2015年の医療費水準はアメリカが16.9%で飛び抜けて高く、2位がスイスの11.5%、3位が日本の11.2%、4位がドイツとスウェーデンの11.1%です。しかし、この数値を解釈する際には次の2つのことに留意する必要があります。

高齢者比率による補正が必要

1つは、各国の高齢者比率が違い、日本は26.7%と飛び抜けて高く、OECD加盟国中第1位であることです。言うまでもなく高齢者の1人当たり医療費は非高齢者に比べてかなり高い(日本では約4倍)ため、医療費水準の国際比較を行う際には、この点を補正する必要があります。柿原浩明氏等(京都大学)は、2013年データを用いて、日本・アメリカ・ドイツ・フランス等高所得7か国の高齢化率の違いを補正した「医療費の真の国際比較」を行い、日本の医療費水準は最下位のイギリスの次に低いことを示しています(15)。前田由美子氏も、OECD全加盟国の「65歳以上人口比率と対GDP保健医療支出」との相関図により、日本の対GDP医療支出は、65歳以上人口比率の高さから予想される水準よりも相当低いことを示しています(16)

このような各国の高齢者比率の違いを補正せずに日本が「高医療費国」になったと主張するのは、日本の「粗死亡率」が近年上昇していること(1980年の6.2から2014年の10.1へと24年間で3.9ポイントも上昇)を根拠にして、日本の健康水準が低下していると主張するのと同レベルの無邪気な(naive)誤りです。ちなみに、日本の「年齢調整死亡率」は同じ期間に男女でそれぞれ4.2ポイント、2.6ポイントも低下しています。だからこそ、日本の平均寿命はずっと世界最高水準を維持しているのです。ちなみに、日本国内の医療費の地域差(都道府県・市町村別の1人当たり医療費等)の分析に際しては、必ず、「人口の年齢構成の相違による分を補正」した「年齢構成補正後」医療費が用いられています(17)

日本の長期ケア費用は北欧諸国に次ぐ高水準

もう1つ留意すべきことは、OECDが2011年に医療費の範囲を長期ケアにまで拡大したことに対応して、日本でも特別養護老人ホームや訪問・通所介護等に集計範囲が広がったために、同年以降、日本の医療費水準(対GDP比)が急増したことです。具体的には、2010年の9.5%から2011年の11.1%へと一気に1.6ポイントもジャンプしましたが、その後はほぼ同水準です。

OECDデータをサービス種類別にみると、日本の「長期ケア」費用(対GDP比)は2.1%で8位ですが、主要先進国(G7)では第1位となっています。最近のJ・C・キャンベル氏と池上直己氏等による高所得国7か国の公的長期ケア費用(2012年。購買力平価の米ドル表示)の調査によると、日本の高齢者1人当たり公的長期ケア費用は2832ドルであり、スウェーデンの6399ドルには遠く及ばないものの、オーストラリア(2689ドル)、イングランド(2280ドル)、イタリア(1849ドル)、ドイツ(1803ドル)、アメリカ(1525ドル)を上回り、第2位でした(図3)

以上をまとめると、人口高齢化の影響を補正した日本の実質医療費はまだ低水準であり、しかも最近の医療費水準の急増は長期ケア費用が含まれるようになったためと言えます。

おわりに-今後の医療・社会保障の財源についての私の価値判断

最後に、今後の超高齢・少子社会での医療・社会保障改革とその財源についての私の価値判断を簡単に述べます。私は、現在の医療・社会保障費の厳しい抑制が続けられた場合には、社会的格差がさらに拡大し、国民統合が弱まる危険があると危惧しており、それを予防するためにも、「社会保障の機能強化」が必要だと考えています。

その際、「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年8月)が提起した「負担能力に応じた負担」(応能負担の強化)には大賛成です。ただし、それは税負担(累進制の強化等)と社会保険料(標準報酬月額等の上限引き上げ)にのみ適用されるべきであり、患者・利用者負担は無料または低額の定額・低率の定率負担が望ましいと考えています。なぜなら、患者・利用者負担の拡大は低所得者の医療・介護サービスの受診・利用を選択的に抑制するからです。近年は、「高齢者優遇の是正」を名目にして、高齢者の自己負担増が連続して行われています。それの出発点は、小泉政権時代の2006年に実施された現役並み所得高齢者の自己負担割合の現役世代と同じ3割への引き上げです。しかし、高齢者の医療費は現役世代の4倍であるため、3割負担により高齢者の自己負担額は現役世代を大幅に上回ることになり、不公平・不公正です。

また、日本の社会保障制度の歴史を考えると、社会保障の中心はこれからも社会保険であり、主な財源は保険料、補助的財源が消費税を含む租税であると考えています。私は、2009年に出版した『医療改革と財源選択』以来、このように主張しています(20)。その後明らかになった、日本国民の強い「租税抵抗」(21)、増税の難しさを考えると、現実的には、社会保険料を主とする財源確保しか道はないと判断しています。私がこのように考えるようになったのは、安倍首相による2度にわたる消費税率再引き上げの延期により、「社会保障・税一体改革」の枠組が破壊され、社会保障の機能強化の安定税財源が消失し、日本の財政再建もほとんど不可能になったからです。

私は消費税は「社会保障の機能強化」のための重要財源だと考えてはいますが、租税財源を消費税のみに絞るのは危険であり、租税財源の多様化(所得税の累進制の強化、固定資産税や相続税の強化、法人税率の引き下げの停止や過度の内部留保への課税等)が必要だとも判断しています。この点について、堀勝洋氏が「社会保障費の削減だけを主張し、消費税率の引き上げだけを主張する」シルバー民主主義論者(八代尚宏氏等)を批判して、次のように述べていることに賛同します。「これまでの我が国の税制の歴史を顧みれば、消費税は国民ないし政治の合意を得ることが極めて困難な税である。このことを自覚しないで、消費税増税だけを主張するのならば、財政再建を危うくする」(22)

[本稿は、『日本医事新報』2017年1月14日号掲載の「今後の超高齢・少子社会をどうみるか?-医療・社会保障改革を冷静に見通すための前提」に大幅に加筆したものです。]

文献

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算131回.2016年分その11:9論文)

○中年女性によるインフォーマルケア提供面での社会経済的[状況の]ジェンダー内ギャップ:日本の全国調査から得られたエビデンス
Tokunaga M(徳永睦),Hashimoto H(橋本英樹): The socioeconomic within-gender gap in informal caregiving among middle-aged women: Evidence from a Japanese nationwide survey. Social Science & Medicine 173:48-53,2016.[量的研究]

高齢者に対する介護は主に女性によるインフォーマルケアに依存している。介護負担のジェンダー間ギャップに比べると、女 性の社会経済的状況(SES)によるジェンダー内ギャップは政策的にあまり注目を浴びていない。そこで、日本の公的介護保険制度 の下で、(就労可能年齢の)中年女性を対象に高齢者のインフォーマルケアにおいて主介護者となる確率(likelihood)が SESによって異なるかどうかを、家計所得、女性の婚姻の有無、就労状況、および学歴に焦点を当てて分析した。2010年と 2013年の「国民生活基礎調査」の個票データ(介護を必要とする高齢者と同居している40~60歳の女性2399人)を用いて クロスセクション分析を行った。多重ロジスティック回帰分析を行い、介護を必要とする高齢者の特性と家族構成の違いを調整した上 で、女性が主介護者であるオッズ比をSES別に計算した。

その結果、同居高齢者の介護ニーズが高い場合は、独身で低学歴の女性は主介護者になるオッズ比が高かったが、介護ニーズ が中・ないし低度の場合は、そのような関係は存在しなかった。前者の場合、女性が主介護者であるオッズ比は、就労状況別では、無職 1.00(参照点)、常勤0.36、パート0.46であり、婚姻の有無別では、独身1.00(参照点)、既婚0.41であり、学歴別では、大卒1.00(参照点)、中卒・高卒1.94、短大または専門学校卒1.29であった。以上の結果は、低学歴または独身の女性では、世帯所得などの経済的状況を考慮してなお、介護ニーズが高い高齢者の主介護者になる可能性が高いことを示している。 社会経済的に弱い立場にある女性を介護負担から解放するためには、介護サービスの公的給付にとどまらず、包括的な社会的、経済的 および福祉的政策が求められる。

二木コメント-日本では介護高齢者へのインフォーマルな介護負担が、低学歴・独身・無職の中年女性に偏っていることを定量的に示した貴重な研究で、政策的意味合いも大きいと思います。

○費用抑制と医療連携の作り話
McWilliams JM: Cost containment and the tale of care coordination. NEJM 375(23):2218-2221,2016. [評論]

アメリカの医療政策についての近年の論争では、医療連携がアウトカムを改善するだけでなく費用を引き下げるとの物語が支配的になっている。この概念は魅力的だが、根拠に基づいておらず、複数の疾患を有する患者に対する複数の医療提供者間の連携やマネジメントの改善を目指したプログラムの実証研究では、明確な費用抑制は示されていない。著者が行ったACO(The accountable care organization)の実証研究でも、それにより患者の満足度は有意に改善したが、入院率は減少していなかった。医療連携が費用抑制をもたらさない理由としては、医療連携が医療の過少利用を無くしアクセスを改善するための介入を含んでいることや、医療連携には情報技術・人員の追加的配置等に必要な費用がかかり、それが医療連携による費用抑制効果的を上回ること等があげられる。費用抑制のためには、医療連携よりも、価値の低い医療の除去、価格が安く効率的な医療提供者の活用、医療提供者間の競争促進の方がである。医療連携は費用抑制のためではなく、それがより良い医療であるから進めるべきである。

二木コメント-最後の一文が重要と思います。この論文には、著者(ハーバード大学医学部医療政策部門所属・医師)が行った、ACOの効果の3つの実証研究(いずれも本「ニューズレター」未抄訳)が紹介されており、医療連携の経済評価の研究者必読と思います。

○医療における質に応じた支払いの効果:メタアナリシスとアウトカムのバラツキの探索
Ogundeji YK, et al: The effectiveness of payment for performance in health care: A meta-analysis and exploration of variation in outcomes. Health Policy 120(10):1141-1150,2016.[文献レビュー]

質に応じた支払い(P4P)のインセンティブ方式の導入は、医療制度のパフォーマンスを改善するために世界的に進んでいるが、評価結果には相当違いがあるため、P4P方式の効果のバラツキについての体系的文献レビューを行った。4つのデータベースを用いて、あらゆる国・あらゆる言語のP4P方式の評価文献を探索した。異なる効果尺度を用いているアウトカムは標準化した効果量(標準化した平均の差。SMS)に変換し、研究は正の効果の有無により分類した。サブグループ分析、メタアナリシスとマルチレベル・ロジスティック回帰により、異質性(heterogeneity)を説明する要因を検討した。ランダム効果モデルを用い、感受性分析も行った。

96の研究を同定し、ロジスティック回帰を行った。そのうち37を用いてメタアナリシスとメタ回帰を行った。研究間で観察されたバラツキは真の異質性(I2)で99.9%説明可能だった。P4P方式の効果推計は、ランダム化比較試験で評価された場合は、対照群がない場合(P4P導入前後の比較)より小さくかった。アウトカム(例:禁煙の達成)を用いた効果推計は、プロセス指標(例:禁煙の助言)を用いた場合よりも小さかった。他のデザイン特性や評価方法を調整すると、経済的インセンティブの大きなP4Pで正の効果の得られるオッズ比は3倍も大きかった。経済的インセンティブが個人に支払われる場合のオッズ比は集団に支払われる場合に比べ統計的に有意な差はなかった。厳格ではないデザインを用いて評価した場合の効果は、ランダム化比較試験で評価した場合より24倍も大きかった。

以上より、経済的インセンティブ方式が健康アウトカムに与える効果はおそらく過大に推計されており、その理由は評価デザインの水準が低く、健康アウトカムよりもプロセス指標に焦点を当てた評価が行われているからであると解釈できる。

二木コメント-執筆者によると、本研究はP4Pのデザインと評価方法が医療におけるP4Pの効果に与える影響を定量的に検討した初めての体系的文献レビューであり、P4P研究者必読と思います。それにしても、ランダム化比較試験でない場合、ランダム化比較試験の場合に比べて正の効果が24倍も出やすいとは驚きです。なお、本研究ではP4Pが医療費に与える影響のレビューはされていません。

○入院部門における質に応じた支払い:OECD加盟14か国の34のP4Pプログラムののレビュー
Milstein R, et al: Pay for performance in the inpatient sector: A review of 34 P4P programs in OECD countries. Health Policy 120(10):1125-1140,2016.[文献レビュー]

OECD加盟国では、入院医療の質を改善するために、入院部門における質に応じた支払い(P4P)の導入が進んでいる。本研究では、11カ国語(日本語を含む)で書かれた文献を収録する5つのデータベースの構造化文献探索により得られた、OECD加盟14か国で導入されている34のP4Pプログラムのレビューを行う。これらのP4P制度のデザインと効果についての情報を収集し、これらプログラムの評価によりP4Pの効果についての予備的結論が引き出せるか否かを検討する。各プログラムは、目的、指標の選択、報酬支払いのデザインに関して、きわめて雑多である。P4Pの影響は明確ではなく、一部のプログラムで認められた多少の(modest)効果は、データの公開(public reporting)やデータ記録の認識の高まりの副産物かもしれない。政策決定者はP4Pプログラムを導入する潜在的便益が、特定の国または地域の文脈で生じる潜在的リスクを上回るか否かを決定し、P4Pプログラムがまだ期待には応えていないことを認識しなければならない。

二木コメント-OECD加盟国で導入されている入院部門のP4Pの効果についての貴重な文献レビューです。日本のP4Pは回復期リハビリテーション病棟に導入されたものです。なお、総括表の効果欄に、医療費についての記載はありません。

○[イタリアにおける]時間外に一般医の診療を受けた後救急外来に紹介される患者の予測因子
Scapinello MP, et al: Predictors of emergency department referral in patients using out-of-hours primary care services. Health Policy 120(9):1001-1007,2016.[量的研究]

イタリアのNHSは1978年にイギリスのNHSをモデルにして創設され、一般医が二次医療へのゲイトキーパー機能を果たしている。NHSのプライマリケアの重要な構成要素は時間外診療施設で、全国に2952あり、そこで12000人の医師が働いており、それが病院の救急外来への不適切な受診を抑制していると見なされている。しかし、時間外診療施設から救急外来に紹介されやすい患者の特性についてはほとんど研究されていない。イタリア北東部のある時間外診療施設を2012年10月~2013年3月に受診した5217人の患者の記録の後方視的分析により、この点を検討した。その結果、患者総数の8.7%(454人)のみが救急外来に紹介されていた。多変量解析により、救急外来に紹介される有意な予測因子は、高齢(65歳以上)、ナーシングホーム入居、時間外診療施設の医師による往診であった。感染症を参照点にした救急外来紹介のオッズ比は、心血管疾患18.31、外傷8.75、胃腸疾患7.69であった。

二木コメント-日本ではほとんど知られていない、イタリアNHSの時間外医療施設の診療実態についての貴重な実態調査と思います。

○[一般医による]ゲイトキーピング方式は学歴の異なる患者間の医療受診行動に影響を与えるか?ヨーロッパ13か国の分析
Schulz M: Do gatekeeping schemes influence health care utilization behavior among patients with different educational background? An analysis of 13 European countries. International Journal of Health Services 46(3):448-464,2016.[政策研究・半定量的研究]

一般医によるゲイトキーピング(門番機能)は、医療需要を制御すると共に、学歴の異なる患者間の専門医受診の不平等を減らすために、ヨーロッパで広く導入されている。本研究はこの政策意図が効果的に実現しているか否かを検証する。「ヨーロッパ健康・加齢・退職調査」(SHARE)のデータを用いてヨーロッパ13か国の国際比較を行い、2つの異なる種類のゲイトキーピング-一般医受診の義務化と、一般医の紹介なしに専門医を受診した場合の追加料金支払い-が一般医と専門医受診に与える影響、およびそれが学歴の違いによる医療受診の不平等を緩和できているかを検討した。その結果、追加料金支払いでは、専門医利用を減らせず、しかも学歴の異なる患者間の医療利用の不平等を悪化させることが分かった。この結果は、医療における選択の役割に疑問を呈しており、医療をより効率化し、医療利用における学歴格差を和らげるためにはゲイトキーピング以外の方法が必要であることを示している。

二木コメント-日本と異なり、一般医による何らかの形のゲイトキーピングが実施されている国が多いヨーロッパ特有の「医療の不平等」研究と思います。

○[医療機器における]医療イノベーションと医療制度の持続可能性:医療における技術進歩についての歴史的展望
Lehoux P, et al: Medical innovation and the sustainability of health systems: A historical perspective on technological change in health. Health Services Management Review 29(4):115-123,2016.[歴史研究・概説]

新医療技術はいくつかの国で医療の持続可能性についての課題を提起している。本論文の目的は、二次資料を用いて、今日の医療イノベーション・エコシステム形成に寄与した研究・開発ダイナミックスについての歴史的理解を深めることである。そのために、時代を画した技術進歩を3つの歴史的段階-1950年代、1980年代および2000年代-に沿って記述し、それらをより広い政治的、社会的、文化的、経済的文脈に位置づける。それにより、技術、医師の専門化、疾病の個別化、および大学病院への資源の集中の間での自己強化的ダイナミックスを示す。次に、1950年代以降の医療イノベーションの財政とデザインと商業化の方式が経路依存性を引き起こし、医療制度の持続可能性に困難をもたらしていると主張する。最後に、医療制度の持続可能性を守りうるイノベーション・デザインの必要性を指摘する。

二木コメント-上記要旨では「医療イノベーション」全体を論じているようにみえますが、本文の分析の対象は医療機器(mecial devices)に限定されています。医療機器のイノベーションの歴史とそれが生んでいる課題を広い文脈から概観するのには便利な論文と思います。

○分権化が健康に関連した平等に与える影響:エビデンスの文献レビュー
Sumah AM, et al: The impacts of decentralisation on health-related equity: A systematic review of the evidence. Health Policy 120(10):1183-1192,2016.[文献レビュー]

医療ガバナンスの分権化は過去30年間、世界的に広く実施されてきた。それは多くの国でマネジメント戦略として実施されてきたが、健康上の平等に対する影響はまだ明らかではない。そこで、医療ガバナンスの分権化が、健康、医療、および医療財政に与える影響についての体系的文献レビューを行った。8つのデータベースを用いて、医療制度全体およびガバナンスの分権化と健康に関連した平等との関連を検討した文献を探索した。文献の質は10段階の質等級ツールを用いて評価した。

808文献から最終的に9文献を選択した。これらの文献のほとんどは探索的であり、なんらかの定量的手法を用いて諸変数の関係を分析していた。文献レビューの結果、分権化が平等を増すか、不平等を拡大するかは、文脈に依存することが分かった。健康と医療の不平等に与える分権化の影響は、分権前の社会経済的格差や医療アクセスへの経済的バリアに依存しうる。分権化は地方間の医療財政面での格差を生むこともあるが、これは中央政府による移転支出と内部補助により最小化できる。

二木コメント-テーマは大変魅力的ですが、結果は月並み(mediocre)と思います。

○自由な選択と患者の最良の利益
Bullock EC: Free choice and patient best interests. Health Care Analysis 24(4):374-392,2016.
[理論研究]

医療では、インフォームドコンセント学説は医療者の患者に対する医療義務に優越すると一般的に理解されている。通常の帰結主義の議論では、患者の自由な選択を尊重することが患者の最良の利益を守る最良の方法だと見なされている。というのは、患者は非医療財に関する価値判断や選好についての特別の能力を有しているので、患者は自己の利益を守る意思決定も理想的にできるとされるからである。本論文で、患者が自己の最良の利益に完全には到達できない事例を検討することにより、インフォームドコンセントを医療提供の義務よりも包括的に優先させる2つの帰結主義者の主張を批判する。さらに、インフォームドコンセント学説に基づいて単に選択を示すだけでは、患者の最良の利益に有害である事例を示す。最後に、インフォームドコンセントと医療者の義務の衝突を解決するためのもっと繊細な(nuanced)なアプローチについて考察し、患者にインフォームドコンセントを控える(waive)ことを許容する選択肢についても検討する。ただし、このことは医療者が患者に代わって家父長的に意思決定することを意味せず、医療者が患者と情報を共有し共同で意思決定する(shared decision making)モデルが適切である。

二木コメント-患者の自己決定権と自己決定能力(の制約)との緊張関係を緻密に考察した理論研究です。なお、上田敏先生(私のリハビリテーション医学上の恩師)は、本論文とほぼ同じ視点から、2001年に、「インフォームド・コンセントからインフォームド・コオペレーションへ」の転換を提唱されています(『科学としてのリハビリテーション』(医学書院,2001,170頁)

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3. 私の好きな名言・警句の紹介(その146)-最近知った名言・警句

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