『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻180号)』(転載)
二木立
発行日2019年07月01日
出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。
目次
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1. 論文:「地域包括ケア研究会2018年度報告書」を複眼的に読む
(「二木教授の医療時評」(170)『文化連情報』2019年7月号(496号):16-22頁) - 2. 論文:2010年以降の病院チェーン・複合体の文献レビュー(連載 医療提供体制の変貌 病院チェーンと保健・医療・福祉複合体を中心に 第2回。『病院』2019年6月号(78巻6号):430-435頁)
- 3. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算160回:2019年分その4:5論文)
- 4. 私の好きな名言・警句の紹介(その175)-最近知った名言・警句
お知らせ
論文「『骨太方針2019』の社会保障改革方針をどう読むか?」を 『日本医事新報』2019年7月6日号に掲載します。同論文は、本「ニューズレター」181号(2019年8月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。
1. 論文:「地域包括ケア研究会2018年度報告書」を複眼的に読む
(「二木教授の医療時評」(170)『文化連情報』2019年7月号(496号):16-22頁)
はじめに-2年ぶり・7回目の報告書
地域包括ケア研究会(座長:田中滋埼玉県立大学理事長)は、2019年5月、2年ぶりに報告書「2040年:多元的社会における地域包括ケアシステム-『参加』と『協働』でつくる包摂的な社会-」(以下、「(本)報告書」または「2018年度報告書」)を公表しました(報告書の表紙には「2019年3月」と書かれていますが、実際に公表されたのは5月)。これは、厚生労働省老人保健健康増進等事業の一環として2008年に設立された地域包括ケア研究会の7回目の報告書です。
地域包括ケア研究会は厚生労働省の正規の委員会・検討会でも、老健局長の私的懇談会でもありませんが、毎回の研究会には老健局の担当者も参加しており、今までに発表された一連の報告書は地域包括ケアシステムの理念・概念整理と政策形成の「進化」に重要な役割を果たしてきました。
そこで、本稿では、本報告書の概要と新しさ・ポイントを、今までの報告書と比べながら、複眼的に検討します。なお、直近3回(2016年度、2015年度、2013年度)の報告書は別に詳しく検討しているので、お読み下さい(1-3)。私は、それらの報告書は概ね肯定的に評価しましたが、本報告書の提案のうち、小規模多機能型居宅介護の(私からみると)美化と「地域デザイン」に対しては、率直な疑問も書きます。
本報告書の構成とキーワード
本報告書は、以下の5部構成、36頁です。1.2040年の多元的な社会、2.多元化する社会における「尊厳の保持」、3.生活全体を支えるためのサービスと地域デザイン、4.2040年に向けて再整理・再定義すべきもの、5.行政・保険者の役割の再定義(以下、便宜上、第1章~第5章と呼称)。「研究会メンバー」は座長を含めて11人で、8人が留任、3人が新任で、後者には社会福祉分野の論客である栃本一三郎氏(上智大学教授)が含まれています。
本報告書は「次期介護保険事業計画期間を念頭に制度改正のあるべき姿を直接提案するものではない」として、「2040年の社会の姿を念頭に、これからおよそ20年の間に、私たちの社会が準備しなければならない取組を中長期的な視点から提案」しています(1頁)。そのためもあり、本報告書は、今までの報告書に比べ、全体として、記述の抽象度が高く、分かりにくいと思います。しかし、特に第3章と第5章には、地域包括ケアシステムの当初の目標年である2025年を目指して、早急に導入の可否を検討すべき改革提案も含まれています。
本報告書のキーワードで、今回初めて(本格的に)用いられているのは、「小規模多機能型居宅介護」と「地域デザイン」の2つで、それぞれ20回以上使われています。これらは上述した改革提案の核にもなっています。以下、第3章と第5章を中心に検討します。
第2章で「尊厳の保持」を再強調
本報告書の第1章は「2040年の多元的な社会」を簡潔かつ多面的にスケッチしています。そこで指摘されている「高齢者を平均像で語れない時代」、「家族介護を期待しない・できない時代」、「住まいと地域の多様化」等は、いずれも妥当と思いますが、特に新味はない気がしました。
第2章で「『尊厳の保持』は、地域包括ケアシステムの出発点」であることを、前回(2016年度)報告書に続いて強調していることは、非常に重要と思います(9頁)。というのは、最近の厚生労働省の介護保険制度改革や地域包括ケアシステムの説明では、「自立支援」のみが強調され、「尊厳の保持」にほとんど触れられてないからです。
私自身は第2章の「『生活者へのエンパワーメント』に向けて」の項で、「本人の意思の尊重」、及び本人と家族の関係について、以下のように踏み込んで述べていることに大いに共感しました。「『本人の意思の尊重』とは、家族の要望や意思に配慮しないということではない。ここでの問題は、本人を優先するのか、家族、あるいは本人を支援する親戚や知人を優先するのかといった二者択一の問題ではなく、家族もまた 悩みを抱えるひとりの個人であることを前提に、それぞれの人生に対する個人の意思を尊重できる状況をどのように 折り合いをつけ実現するかという点である。そのためには、介護の問題のみならず、地域生活上の課題を抱える住民に対して、本人を含む『家族』や『世帯』を最小単位として支援するのではなく、『本人』と『家族のメンバー』それぞれに対して支援を行うという発想に基づいて、社会の制度や支援の仕組みを再検討することが重要であろう」(11頁)。
「小規模多機能型居宅介護を地域づくりの拠点と考える」
第3章では、「生活全体を支える地域の仕組み」をつくるために、「2040年に向けては、…『包括報酬型』在宅サービスの機能と役割をさらに拡充する」ことを提唱しています(15頁)。「『包括報酬型』在宅サービス」は本報告書の造語で、「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」、「小規模多機能型居宅介護」、「看護小規模多機能型居宅介護」の総称で、「柔軟な対応ができ、多様な心身状態に対応できるサービス群」と評価しています。
本報告書は、特に小規模多機能型居宅介護(同一事業者が「通所」[デイサービス]を中心に、「訪問」[ホームヘルプ]・「泊まり」[ショートステイ]を一体的に提供する)が「地域との親和性が高い」と高く評価し、それを「地域づくりの拠点と考える」ことを提唱しています(17頁)。
さらに報告書は小規模多機能型居宅介護を中心とする「包括報酬型」在宅サービスへの「事業者の参入を促進するための方策」として、「サービス提供事業者の経営の安定性を確保する」ために、「一定のサービス基盤を維持していることに対する包括報酬の支払い(ここでは仮に「地域包括報酬」と呼ぶ)を検討していくことも必要」と述べています(18頁)。
次の第4章の「ケアマネジメントの業務改善」の項の最後では、「今後、地域包括ケアシステムが『生活全体を支える仕組み』に向かっていく中で、介護支援専門員の機能が変化しないのであれば、定期巡回・随時対応型訪問介護看護の計画作成責任者やサービス担当責任者、あるいは小規模多機能型居宅介護の介護支援専門員が現在のケアマネジメント機能の大半を担うことも考えられるだろう」と踏み込んで述べています(27頁)。
小規模多機能型居宅介護偏重への疑問
前回(2016年度)報告書も、「5.2040年に向けた事業者の姿」で、「各サービスの強みを活かした一体的提供の実現が必要」として、小規模多機能型居宅介護等、3種類の「地域密着型サービス」が「一体的な提供体制を支える中核的サービス形態」と位置づけていました(24頁。このサービスへの言及はこの1個所のみ)。
私自身も、今後、包括報酬型の「地域密着型サービス」を普及させることに賛成です。しかし、本報告書のように、他の(居宅・施設)サービスの意義について全く言及せず、小規模多機能型居宅介護を「一点突破的」に強調するのはあまりにバランスを欠いています。私が感じた疑問は以下の4つです。
第1の疑問は、小規模多機能型居宅介護は2006年の導入後着実に増加しつつありますが、2017年度の費用総額は2398億円にとどまり、居宅サービスと地域密着サービス合計(5兆9234億円)の4.1%、介護保険費用総額(9兆633億円)の2.5%にすぎないことです(厚生労働省「平成29年度介護給付等実態調査の概況」)。他の居宅サービスや施設サービスの役割や改革課題に全く触れず、このように普及がまだごく限られている小規模多機能型居宅介護を「地域づくりの拠点と考える」のは、私には「希望的観測(wishful thinking)」に思えます。報告書は小規模多機能型居宅介護が「『通い』という物理的な拠点施設を 持つため、地域住民との交流に適したデザイン」と述べています(17頁)。しかし、このような機能は、小規模多機能型居宅介護の専売特許ではなく、地域密着型の入所施設や、居宅サービスや病院・診療所を含めた各種施設を複合的に展開している「保健・医療・福祉複合体」の多くも果たしています。
第2の疑問は、報告書が「包括報酬型のサービスは、出来高払い型のサービスとは異なり、サービス提供の量やタイミングの点で、柔軟性が高く、利用者の日々の状態変化に合わせやすい特徴をもっている」(13頁)と包括報酬型のプラス面のみを指摘し、それのマイナス面、およびそれを防ぐ方策に全く触れていないことです。医療分野の診療報酬支払い方式についての長い経験・論争では、出来高払い型と包括報酬型にはそれぞれ長所と欠点があること、包括報酬型には「粗診粗療」の危険があることが確認されています。「包括報酬型のサービスが(中略)サービス提供の量やタイミングの点で、柔軟性が高く、利用者の日々の状態変化に合わせやすい特徴をもっている」のは、余裕のある十分な職員配置をしている事業所についてのみ言えることであり、(一部の?)職員不足に悩む小規模多機能型居宅介護では、利用者の希望より事業者・職員の都合を優先した時間帯のサービス提供が問題になっていると思います。
第3の疑問は、報告書が事業者の「安定的な経営を実現する」ことのみを強調し、利用者の権利保障やサービスの質保証の方策に触れていないことです(18頁)。第4章の(3)の「住まい多様化に対応したデータ把握」の項では、「多様な住まいでの在宅生活」では「適切なサービス提供が行われているかを保険者が注意深くモニターすることが必要である」(24頁)と指摘していますが、このことは小規模多機能型居宅介護でも強調すべきだったと思います(24頁)。
第4の疑問は、今後介護支援専門員の機能が変化しない場合、「小規模多機能型居宅介護支援専門員が現在のケアマネジメント機能の大半を担う」根拠が示されていないことです。私も、介護支援専門員が今後「生活全体を支えるマネジメント」を行うべきと思いますが、それができるか否かは、介護支援専門員の職場がどこであるかとは関わりが無く、小規模多機能型介護支援専門員のみがその機能を果たせるかのような記述は「贔屓の引き倒し」です。
なお、私は本報告書で初めて提起されている「地域報酬報酬」は、事業者がごく少ない「離島や中山間地の集落」での「適用」は十分考えられると思いますが、それを全国的に実施することには反対です。なぜなら、それは特定の事業者の「地域独占」を公認することになり、本報告書も認めている「介護保険制度が創設された際、制度の原理が『措置』から『契約』に転換」し、「本人の意思や自己決定の尊重」が重視されたことに反し、事実上の「措置」の復活に繋がるからです(10頁)。
注目すべき「地域包括ケアに関わる専門職の育成」
第4章では「2040年に向けて再整理・再定義すべきもの」として、以下の5つが示されています。(1)2040年に向けて増大する「生活支援」ニーズ、(2)医療ニーズがあっても在宅継続できる体制、(3)住まいの多様化とサービスのあり方、(4)地域包括ケアに関わる専門職の育成、(5)2040年のケアマネジメント。
私は、(4)で次の3点が強調されていることに注目・共感しました(25-26頁。①~③は私が便宜上付けました)。
①今後、「地域との関わりをもった専門職人材を育成していくことが不可欠である。また、IPW(多職種連携)やIPE(多職種連携教育)についても、単なる専門職間での連携にとどまらず、地域住民や家族、本人を交えた地域全体の中に、多職種連携を位置付けることが重要である」。
②「医療・看護人材の育成に地域の視点を」。
③「介護人材の中でも、とりわけ専門職としての高度人材を育成していくためには、(中略)仮に時間や財源が必要だとしても、中長期的な投資として、高等教育機関において介護・福祉職としての理論構築を進め、新たな指導者群を養成するといった努力をこの段階から積み上げておくべき」。
①と③は、福祉・介護系の高等教育機関と研究者に課せられた重要な課題と思います。②の「地域の視点」は、福祉・介護系人材の育成でも不可欠です。
「『施設』と『在宅』という分類は意味を失っている」?
それに対して、第4章の(3)「施設の住まい化と多様化」での、「『施設』と『在宅』という分類は意味を失っている」との指摘は、説明不足・真意不明と感じました(24頁)。私も、報告書が指摘するように、「一般の居宅から介護医療院までの『住まい』の連続体の中に、多種多様な住まいが存在している状況である」と思います。
しかし、上記指摘が、2009年度(第1回)と2010年度(第2回)の報告書でなされた、介護サービスをすべて「外部化」・「外付け」化して、入所施設の役割を事実上否定した主張の復活なのか否か判断できません。特に2010年度報告書は「施設を一元化して最終的には住宅として位置づけ、必要なサービスを外部からも提供する仕組みとすべき」(42頁)と提起し、全国老人福祉施設協議会から「特養解体論」との激しい批判を浴びました。もしこの主張の復活だとすると、2013年度報告書が、この主張を事実上撤回し、入所施設を「重度者向けの住まい」と積極的に位置づけたことと矛盾します(1)。
「地域デザイン」は多義的
第5章「行政・保険者の役割の再定義」では、次の5点が提起されています。(1)多元的な社会における保険者の機能のあり方、(2)行政の今後の方向性、(3)地域包括支援センターの役割、(4)国において検討すべき制度面での縦割りの脱却、(5)行政・保険者に対する支援。
第5章全体でもっとも強調されていることは、今後介護保険の保険者(市町村)が「地域デザイン機能」を持つことです。これは本報告書で初めて用いられた用語ですが、極めて多義的に用いられており、私にはよく理解できませんでした。
例えば、第1章の「参加・協働による地域デザイン」の項では「地域ごとに住民が望む地域の姿を描き、そのための仕組みづくりやサービスづくりに参加し協働して地域づくりを進めること」と広く定義し、「先進自治体の取組を単にコピーしたり、各自治体が全国統一の手法をトップダウンで実施するといった手法では、その地域にあった仕組みを作ることはできない」と戒めています(11-12頁)。地域包括ケアの実態が「システム」ではなく「ネットワーク」であることを考えるとこれは当然です。
しかし、第5章の「保険者の機能の再整理」の項では、(介護保険保険者の)「地域デザイン機能」には「介護保険制度の運用に関わる『保険マネジメント』」と、「地域づくりや多職種連携のための仕組みや取組を担う『地域マネジメント』」という「2種類のマネジメントの対象分野が含まれている」とごく限定的に説明されています(29頁)。そして報告書は、保険者が「本来業務である[と研究会がみなす-二木]地域マネジメントに注力できる体制づくり」を提唱しています(33頁)。
しかし、「保険マネジメント」は介護保険の保険者(自治体)の従来業務ですし、「地域マネジメント」は、2015・2016年度の報告書で詳細に論じられているので、改めて「地域デザイン」という新語を用いる意味が理解できませんでした(2,3)。従来の報告書では「地域マネジメント」は自治体主導で行うこととされていたのに対して、今回は、自治体だけでなく、住民の積極的「参加と協働」を強調するために、「地域デザイン」という新語を用いたのかもしれません。しかし、私はそれよりも「地域マネジメント」概念を拡張した方が分かりやすいと感じました。言うまでもありませんが、私はこのような拡張された「地域マネジメント」を進めることに大賛成です。
おわりに-高齢者や介護保険行政の枠組みに囚われている
以上、2018年度報告書を複眼的に検討してきました。私は、本報告書を読みながら、今までの報告書に比べて、記述が高齢者・介護保険行政の枠組みに囚われているとの印象を持ちました。
公平のために言えば、第5章の(3)では(対象を高齢者に限定しない)「全世代・全対象者対応型の地域包括支援センターへ」の転換がチラリと書かれていますし、私もそれに賛成です(32頁)。また、第3章では、「(介護保険の)『包括報酬型』サービスと、保険外サービスと組み合わせる混合介護によって在宅を支えるあり方も、今後広がっていくだろう」と展望しています(16頁)。私は「混合介護」の拡大には反対ですが、「客観的」将来予測として、それが大都市部で徐々に広がっていくとは思っています。
しかし、報告書全体のトーンは、第5章を中心に、高齢者に対象を限定した介護保険行政の枠組みに囚われていると感じました。この点は、前回(2016年度)報告書が、以下のように高らかに述べていたのと対照的で、一抹の寂しさを感じました。「本報告書では、2040年に向けた地域のより幅広い課題に対応すべく、また地域共生社会の実現にも資するものとして、その対象範囲を介護保険行政に限定せず、地域を支える多様な関係者の参加や連携を推進するものとして位置付けた」(1頁)。「地域包括ケアシステムは、本来的に高齢者や介護保険に限定されたものではなく、障害者福祉、子育て、健康増進、生涯教育、公共交通、都市計画、住宅政策など行政が関わる広範囲なテーマを含む『地域づくり』である」(35頁)。
【補足】田中滋氏の『医の希望』寄稿論文は一読に値
地域包括ケア研究会座長の田中滋氏が『医の希望』(本年4月に名古屋市で開かれた第30回日本医学会総会記念出版物)に寄稿した「多世代共生社会に地域包括ケアシステムを役立てる」は、地域包括ケアシステムの概念「進化」のプロセスを簡潔に解説しており、ご一読をお勧めします(4)。
私は特に地域包括ケア研究会2015年度報告書が「新たな植木鉢図」を示した3つの理由を簡潔に説明しているのが大変勉強になり、かつ大いに反省させられました(168-169頁)。実は、私は文献(2)で、植木鉢図の進化で「最も重要な点は、植木鉢の土台である『本人・家族の選択と心構え』が『本人の選択が優先される』ことを明確にするために、『本人の選択と本人・家族の心構え』に変わったことです」と書きました。
これは、田中氏の書かれている「3つ目の変化」ですが、私は当時、田中氏の書かれている第1の変化(「団塊の世代の責任を前より一層強調」)と第2の変化(「社会福祉機能の専門性と重要さを強調するために、…医療介護だけではなく、…福祉、コミュニティーづくりにおいてソーシャルワーク専門職の果たす役割は大きい」ことを強調)の意義を正しく理解できませんでした。そのために、それらについては「従来の『生活支援・福祉サービス』が『介護予防・生活支援』に、『保健・予防』が『保健・福祉』に変わりました」と平板に書いてしまいました。
田中氏の論文で一番嬉しかったのは「社会福祉機能への期待」の項です(171-173頁)。田中氏が「まちづくりを展開するうえで、…これまでの地域包括ケアシステム論の中では社会福祉機能の位置づけが足りないとわかってきました」と率直に認めた上で、「社会福祉技法の修練を積んだ社会福祉士などが機能を発揮すべき」、「ソーシャルワーク、コミュニティワークの力を持つ職種が入ってこないと地域包括ケアシステムは完結しない」と強調されていることに、我が意を得たりと思いました。
それに続けて、「社会福祉の仕事を二段階にわけ」、「対人援助技術レベルの仕事」に加えて、「困難を抱える理由の半分は地域経済の問題、社会生活の問題」であり、それらの問題に「地域でどう解決していくかという問題設定する見方」をあげていることに、大いに共感しました。
文献
- (1)二木立「2014年[2013年度]『地域包括ケア研究会報告書』をどう読むか?」『日本医事新報』2014年6月14日号(4703号):15-16頁(二木立『地域包括ケアと地域医療連携』勁草書房,2015,35-39頁)。
- (2)二木立「『地域包括ケア研究会2015年度報告書』を複眼的に読む」『文化連情報』2016年7月号(460号):18-23頁(二木立『地域包括ケアと福祉改革』勁草書房,2017,25-32頁)。
- (3)二木立「『地域包括ケア研究会2016年度報告書』をどう読むか?」『文化連情報』2017年8月号(473号):10-16頁(二木立『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』勁草j書房,2019,40-47頁)。
- (4)田中滋「多世代共生社会に地域包括ケアシステムを役立てる」。齋藤英彦編『医の希望』岩波新書,2019,155-178頁。
2. 論文:2010年以降の病院チェーン・複合体の文献レビュー
(連載 医療提供体制の変貌 病院チェーンと保健・医療・福祉複合体を中心に 第2回。『病院』2019年6月号(78巻6号):430-435頁)
『病院』連載:医療提供体制の変貌-病院チェーンと保健・医療・福祉複合体を中心に
はじめに
今回は、病院チェーンと「保健・医療・福祉複合体」(以下、複合体)についての私以外の文献で、2010年以降に発表されたものを検討します。
そのために、①今まで収集した日本語文献を読み直すと共に、②CiNii(国立情報研究所)を用いて、「複合体」等をキーワードにした文献検索を行い、③『病院』、『日経ヘルスケア』等代表的な病院経営誌の過去10年分のバックナンバーをチェックしました。2010年以降の文献に限定するのは、2012年に2010年前後までに発表された文献レビューを行っているからです(1)。連載第1回で述べたように、複合体の網羅的な全国調査は私の『保健・医療・福祉複合体』(1998年。データは1996年まで)以降、20年間行われていません。病院チェーンの全国調査は、医療法人に限定しても私が1994年に発表した論文(データは1991年まで)以降、30年近く行われていません(2)。
しかし、この間にも病院チェーンや複合体(以下、両者を総称する場合は病院グループ)の名簿や調査報告はいくつか発行されているし、本誌や『日経ヘルスケア』等の病院経営誌は、病院グループの新しい動きを特集したり、代表的な法人・経営者のレポートを時々掲載したりしています。今回はそれらのうち、病院グループの最新動向が分かるものや、本連載3回以降、各種全国調査等を行う上でのヒント・課題が得られたものを紹介します。本稿で紹介する文献以外にも、先進的な病院グループの単発の事例報告(研究者や雑誌編集者、または病院グループ理事長等が執筆したもの)は多数あります。しかし、今回は紙数の制約上、それらについてはごく一部しか紹介できないことをお断りします。また、文献は医療法人等の私的病院グループについてのものに限定します。
矢野経済研究所『病院グループの将来展望』シリーズ
病院グループの全国調査でもっとも包括的なものは、矢野経済研究所が2002年版以降、数年おきに出版している『病院グループの将来展望(旧称・病院グループ徹底分析)』です(3)。最新の2017年版(事実上の第6版)では、「病院3施設以上を有する」「国公立病院以外の病院グループ」399法人の決算書等に基づく詳細な分析を行っています(病院グループの定義は各年版によって多少異なります)。
この調査のもっとも優れているところは、他の類似調査・名簿と異なり、病院または法人単位ではなく、グループ単位(母体法人と関連・系列法人を合わせたもの)で調査していることであり、しかもそのグループに含まれる病院開設法人(医療法人等)だけでなく、社会福祉法人、一般社団法人等も含んでいることです。つまり、本調査は実質的には病院チェーンと複合体の全国調査とも言えます。ただし、本調査の対象は「病院3施設以上を有する」比較的大規模な病院グループに限定されているため、日本で病院チェーンの大半(8割以上)を占める2病院のみを開設する病院グループや1病院のみを開設している複合体の実態は分かりません。
各年版とも、各種指標に基づく決算比較ランキング(上位100法人)と矢野経済研究所が注目した病院グループの詳細な「事例研究」が付けられています。さらに、2011・2015・2017年版には調査した全グループの「個票」も付けられています。
2017年版で事例研究の対象になっているのは以下の8グループです:上尾中央医科グループ(グループ本部所在:埼玉県。以下、同じ)、IMSグループ(東京都)、永生会グループ(東京都)、亀田グループ(千葉県)、北九州病院グループ(福岡県)、キャピタルメディカ(民事再生法適用病院などの病院の運営をサポートする新しい形の病院グループ)、武田病院グループ(京都府)、徳洲会グループ(大阪府)。2015年版で「事例研究」されている病院グループは次の11グループです(*は2017年度も取り上げられているグループ):葵会(徳島県)、上尾中央医科グループ(*)、IMSグループ(*)、カマチグループ(福岡県)、亀田グループ(*)、北九州病院グループ(*)、セコム提携病院グループ(本部はない)、武田病院グループ(*)、徳洲会グループ(*)、戸田中央医科グループ(埼玉県)、南東北病院グループ(福島県)。
幸い、矢野経済研究所のご厚意で2017年版の各病院グループの「個票」データ・ファイルを提供して頂いたので、本連載では、その再分析を行う予定です。
それ以外の病院名簿
私は1990年代に病院チェーンの全国調査を行った時、主に日本医療法人協会が数年おきに発表していた『全医療法人名簿』の各年版を用いました(当時用いた最新版は平成3年版。データは1991年)。残念ながらこの名簿は平成15年版(『全国医療法人名簿』。データは2002年)で発行を終了しています。矢野経済研究所も何回か『全国病院開設法人・団体名鑑』を発表しており、これには医療法人以外の病院開設法人も含まれていますが、これの最新版は2012年版(データは2011年)です。本連載では、これら両名簿等を用いて独自のデータベースを作成し、2病院以上を開設している病院チェーン全体の1991~2012年(できればそれ以降)の推移を明らかにします。
病院団体名簿でユニークなのは日本精神科病院協会が毎年発行している『日本精神科病院協会会員名簿』で、最新版は平成30年度版(データは2018年)です。この名簿には「参考資料」として、精神科関連の各種診療報酬届出病院だけでなく、訪問看護ステーション、障害者総合支援法に定める施設を開設している病院、介護保険法に定める施設を開設している病院等の一覧表も付けられています。本連載では、それらを用いて、精神科病院のチェーン化と複合体化の長期推移を検討します。
なお、私が2012年に発表した論文では、日本病院会「中小病院の事業化戦略に関する調査報告」(2010年)と日本リハビリテーション病院・施設協会「会員施設実態調査」(2010年)を用いて、両団体の会員病院の複合体化の一端を紹介しました(回答率はそれぞれ33.1%、33.0%)(1)。ただし。残念ながら両団体は、その後同種調査を実施していません。
全国の医療法人開設病院の経営分析
全国の医療法人開設病院の経営実態を計数的に詳細に検討した研究は2つあります。1つは、藤森敏雄氏(明治安田生命生活福祉研究所)が『Medical QOL』に2006年から2019年まで14年間、ほぼ毎号連載している「公開データからみた病院医療法人の経営実態」です(4)。本研究は病院または老人保健施設を所有する医療法人の登記簿を収集し、そのデータを多面的に分析して、医療法人の経営戦略を検討しています。法人のタイプは、①一般病床中心、②療養・老健中心、③精神病床中心、④その他に分けられています。連載の前半分のエッセンスは『全国調査からみた医療法人の経営戦略』にまとめられています(5)。掲載された表の中には、「病院数及び老人保健施数の組み合わせ別の法人数」等も含まれています(最新データは2015年度.文献4)の2018年7月号)。幸い藤森氏から元データの一部をご提供頂いたので、本連載ではそのデータを再分析し、病院チェーンと老人保健施設を開設している複合体の全国数値を計算したいと思っています。ただし、本研究は計数的分析に徹しており、個別の法人・病院名は示されていません。また、分析は医療法人単位であり、グループ単位の分析や社会福祉法人を含めた分析は行っていません。
もう1つの研究は荒井耕氏(一橋大学大学院)の「医療法人の事業報告書等を活用した『医療経済実態調査』把握の有用性」で、医療法人が各都道府県に毎期提出している財務諸表を含む事業報告書等を用いて、病院を経営する全国の全医療法人4192法人の、都道府県別の詳細な損益実態を明らかにしています(6)。病院経営の多角化についての検討では、法人を①病院のみ経営、②病院と診療所を経営、③病院と老人保健施設を経営、④病院と診療所と老人保健施設を経営の4類型に分類し、採算性は①が一番悪く、③・④(私流に言えば複合体)が一番良く、②がその中間という結果を得ています。ただし、この研究も、藤森氏の研究と同じく、計数的分析に徹して、個別の法人・病院名は示さず、分析も医療法人単位で、グループ単位の分析や社会福祉法人を含めた分析は行っていません。
現在は、個々の医療法人と社会福祉法人の両方の財務諸表データが公開されていますが、私が調べた範囲では、両者を含んだ複合体の経営分析は、集合的にも個別グループ単位でも行われていません。残念ながら、私自身の能力不足のため、本連載でもこれは行えません。
病院のM&Aに関するレポート
21世紀に入ってからの病院経営の新しい動きは、病院チェーン、複合体ともM&A(合併・買収。事業の承継・継承・移譲・統合)による規模拡大や多角化(以下、規模拡大)が急速に進んでいることです。私が1990年代に病院チェーンと複合体の全国調査をした時には、規模拡大はほとんど新規病院・施設の開設により行われ、M&Aによる規模拡大はごく一部で水面下で行われているだけでした。そのために、2001年に発表した「保健・医療・福祉複合体とIDS[integrated delivery systems-二木]の日米比較」では、アメリカでは非営利病院を含めてM&Aが活発に行われていることに注目する一方、「この点は、日本の病院チェーンや複合体が、主として病院・施設の新設により拡大しているのとは大きく異なっている(ただし、最近は日本でも病院・施設のM&Aが水面下で進行している」と書きました(7)。しかし、21世紀に入って事態は大きく変わりました。
病院のM&Aについては、『日経ヘルスケア』が2011年以降、3回特集を組み、それぞれの時点での最新の動きを概括すると共に、積極的にM&Aを展開している病院グループの事例報告を行っています:①「M&Aで攻勢強める病院チェーン」(20011年)、②「病院M&A最前線」(2012年)、③「地域包括ケア時代の病院チェーンの経営戦略」(2019年)(8-10)。①は北海道の5グループの病院M&Aの動きを概括的に報じた後、啓仁会(埼玉県)、友紘会(大阪府)、白鳳会(兵庫県)、新仁会(大阪府)の4グループの事例報告をしました
②は地方の医療法人等が関東で病院M&Aを積極的に行っている動きを概括的に報じた後、葵会(広島県)、白鳳会グループ、カマチグループ(福岡県)、上尾中央医科グループ(埼玉県)の事例報告をしました。③は「主な病院チェーン[11グループ]の事業展開状況と中小病院の対応策」の2軸マトリックス(地方←→大都市、急性期←→在宅)を示した上で、カマチグループ、古賀病院グループ(福岡県)の事例報告をしています。現時点で、M&Aによる拡大をもっと積極的に行っているのはカマチグループと白鳳会グループの2つです。両者は病院チェーンという面では「新興グループ」ですが、21世紀に入ってM&Aにより急拡大を続けています。
『病院』も2013年7月号で「病院の経営統合」を特集しています。この特集では、古城資久白鳳会グループ理事長が自グループのM&Aについて詳細に事例報告しています(11)。古城氏はこれ以降、ほぼ毎年のように自グループのM&Aの詳細を「ライブ」で報告しています。最新のものは2018年7月の日本医療経営学会第13回医療ファイナンス研究部会での報告です(12)。
現時点で最も詳細な病院のM&Aの研究は、少し古いですが、「近年行われた病院の合併・再編等に係る調査研究報告書」(2012年)です(13)。それの第3章には13グループの詳細な「ケーススタティ」が含まれています。これには公立病院間の経営統合3事例も含まれますが、医療法人の8事例はすべて「統合後存続した法人」が複合体で、それにも白鳳会グループが含まれています。
ごく最新の文献では、大阪府の複合体・病院チェーンである美杉会グループの佐藤眞杉理事長が自伝で、自グループのM&A(病院、老人保健施設、ケアハウスの継承)による規模拡大について詳細に報告しています(14)。同グループの病院は、長らく1982年開設の佐藤病院だけでしたが、2006年以降M&Aを積極的に行っています。
現時点では病院M&Aの全体像を示した調査は発表されていません。それだけに、本連載では、何らかの方法で、それに接近したいと思っています。
大規模病院グループの首都圏等への進出
私は先述した2012年発表論文で、「複合体の最近の注目すべき動き」の第2に、「地方都市を本拠地とする大規模複合体の首都圏・大都市部への進出」をあげました(第1は後述する「地域の中核的複合体による地域振興、地域活性化の取り組み」、第3は「巨大民間病院チェーン(グループ)がすべて複合体化していること」)(1)。
この点についての最初の雑誌特集は『日経ヘルスケア』2010年7月号の「首都圏に進出した地方法人の狙いと"戦果"」です(15)。この特集は「地方都市を拠点とする医療法人や社会福祉法人が、首都圏に病院や介護施設を開設する動きが活発している」として、南東北病院グループ(福島県)、医療法人カメリア(長崎県)、社会福祉法人こうほうえん(鳥取県)、美馬グループ(徳島県)の4グループの事例報告をしています。
ただし、この時点では首都圏の進出は人材確保と経営の両面で必ずしも順調とは言えないとも報じていました。これらのうち、全国的にも有名な社会福祉法人こうほうえんの「東京への進出」直後の苦闘については、同法人の廣江研理事長の自伝的性格が強い『変わる勇気、変える勇気』で率直に語られています(16)。
同様の雑誌特集はその後行われていないと思いますが、「病院M&Aに関するレポート」で紹介したグループは、白鳳会グループやカマチグループをはじめ多くが、M&Aにより首都圏進出を果たしています。
社会福祉法人の首都圏進出の最新の全体像は「週刊福祉新聞」2019年1月14日号が報じています(17)。同紙は、福祉医療機構のWAMnet2017年度現況報告書等を基に、全国で施設を経営する18,080社会福祉法人を独自調査し、2018年3月末までに155法人が首都圏に進出し、468施設を経営していることを明らかにしています。施設の内訳は高齢173、障害42、保育232、その他21です。この調査では法人名は示されていませんが、私は少なくとも高齢者施設の相当部分は複合体傘下の社会福祉法人施設と推察します。例えば、「最初に進出したのは、静岡の法人で、1986年に神奈川県に有料老人ホーム、92年に特別養護老人ホームを開設した」と書かれていますが、これは全国最大規模の複合体である聖隷福祉事業団です。
本連載では、何らかの方法で、病院チェーンや複合体の首都圏・大阪圏への進出の全体像も明らかにしたいと思っています。
複合体による地域活性化の取り組み
私が2012年発表論文で、「複合体の最近の注目すべき動き」の第1にあげた「地域の中核的複合体による地域振興、地域活性化の取り組み」は、今や病院関係者だけでなく、厚生労働省関係者の常識にもなっているし、これなしでは地域包括ケアの推進・実現は不可能になっているとも言えます。
『病院』も2015年7月号で「地域創生に病院は貢献するか」を、2016年7月号で「地域づくりの核としての病院」を、2018年3月号で「地域とともに進化する中小病院」を特集しています。松田晋哉氏の『病院』長期連載「ケースレポート 地域医療構想と民間病院」の多くも、複合体による地域活性化の先進事例を詳細に検討しています:志村大宮病院(茨城県)、寺岡記念病院(広島県)、恵寿総合病院(石川県)、高橋病院(北海道)(18-21)等。
その結果、現在では、特に非都市部・農村部の先進的複合体の経営者は異口同音に複合体化が地域社会・経済の活性化に貢献することを強調するようになっています。
この点についてもっとも積極的に情報発信し、しかも医療分野の枠を超えて注目されているのは志村大宮病院グループ(「志村フロイデグループ」。鈴木邦彦理事長)だと思います。例えば、新たなマーケティング・イノベーションを提唱した『医療マーケティングの革新』では、同グループは「地域共創型の医療経営」と紹介されています(22)。同グループの最新の事例報告・検討は、『病院』2018年3月号の鈴木邦彦理事長の論文と、日医総研ワーキングペーパー「医療による地域活性化:仮説構築に向けたケーススタディ」です(「まちづくりを担う病院(志村フロイデグループ)」と紹介)(23,24)。
病院の地域活性化は定性的・理念的に語られることが多いのですが、同グループが「医療がつくる雇用と家庭」の指標として、同グループの中核である医療法人博仁会の直近5年間(2012~2016年度)の1,000人当たり出生数は20人前後を継続し、茨城県や全国の数値8人前後を大きく上回っていることを示しているのは注目に値すると思います(24)。
なお、日医総研ワーキングペーパーは冒頭、「医療を中核産業とする地方創生というイメージは一般世間にはほぼ存在しない」、「医療が地域活性化の中核を担っているケースが話題になっていないのがおおよその現状である」(p3,5)と書いていますが、これは上述した病院グループの活動や『病院』特集を見落としています。
歴史的に言えば、病院が地域活性化で大きな役割を果たすことは、故川上武氏が、佐久総合病院(長野県)の詳細な事例研究を通して発見し、氏は1988年にそれを「メディコポリス構想」と理論化しました(25,26)。川上氏のこの問題提起を受けて、遠藤宏一氏・平野隆之氏は(佐久総合病院が所在する旧)「臼田町行財政と地域資源としての医療・ネットワーク」及び「佐久総合病院における地域医療と地域作りの展望」について検討し、同町の「経済活動に占める医療部門の大きなウエイト」を「初めて計数的に確認」しました(27)。私の知る限り、同様の定量的研究はその後行われていません。
本連載では、都市部を含めて、全国の地域密着型の複合体の活動を、既存調査・レポートと私自身の複合体の訪問調査を統合して類型化し、可能ならその成功要因を検討したいと思います。ただし、その際、印南一路氏が指摘する「成功例の共通要因サーチの致命的欠陥」に陥らないように注意します(28)。他面、残念ながら、本連載では、私の能力不足のため、複合体の地域社会活性化効果の計数的検討は行えません。
「地域包括ケア研究会報告書」も複合体化を推奨
最後に、地域包括ケア(システム)の理念・概念整理と政策形成の進化に重要な役割を果たしてきた「地域包括ケア研究会」が2015年度報告書と2016年度報告書で、地域包括ケアを進める上での複合体の役割を積極的に位置づけていることを紹介します。
2015年度報告書は、「地域におけるサービス供給が特定の事業者に偏ることを避けようとする傾向」に疑問を投げかけ、次のように複合体の役割を、厚生労働省関係の文書として初めて、積極的に認めました:「単一の法人等が複合的にサービスを提供する場合には、単一の法人等が複合的にサービス提供を担うあり方が、より効果的で合理的である場合も想定される」、「単一の事業所が一定の地域を担当する方が、運営が効率的であり、また地域に密着したサービス展開が可能になるため、望ましい結果に繋がるケースもある」。ただし、この時点では、複合的なサービス提供は、「人口減少が進み、地域支援の確保が困難な地方の市町村」の「介護サービス」に限定され、それを担う法人も「社会福祉法人等」とされていました(29)。
それに対して、2016年度報告書は、「社会福祉法人や医療法人」を同格で位置づけ、地域の限定も行わず、「各サービスの強みを活かした一体的提供の実現が必要」と強調し、それを実現するための「サービス事業者の法人としての選択肢」として、次の4つを提起しました:①現状維持、②法人規模の拡大、③他事業・法人との連携、④経営統合。これらのうち、②と④はサービス事業者への複合体化の勧めと読めます(30)。
文献
- 1)二木立:日本の保健・医療・福祉複合体の最新動向と「地域包括ケアシステム」.文化連情報 2012年3月号(408号):28-35[二木立:TPPと医療の産業化.pp165-177,勁草書房,2012.医療経済・政策学の探究.pp371-384,勁草書房,2018に再録]
- 2)二木立:(医療提供体制の変貌1)私の病院チェーンと複合体研究の回顧.病院 78(4):281-287,2019.
- 3)矢野経済研究所:病院グループの将来展望.矢野経済研究所,各年版(2002,2005,2007,2011,2015,2017年版.2011年版以前は「病院グループ徹底分析」)。
- 4)藤森敏雄:(連載)公開データからみた病院医療法人の経営実態、Medical QOL 2006年5月号~2019年4月号(以後「休載」).
- 5)藤森敏雄:全国調査からみた医療法人の経営戦略.創成社,2013.
- 6)荒井耕:医療法人の事業報告書等を活用した「医療経済実態」把握の有用性-既存の公的類似調査の適切な補完.一橋大学商学研究科WP146修正/追加,2017年10月7日版(ウェブ上に公開).
- 7)二木立:保健・医療・福祉複合体とIDSの日米比較研究-「東は東、西は西」の再確認.社会保険旬報 No.2062:6-11,2063:18-25,2000[二木立:21世紀初頭の医療と介護.pp253-294,勁草書房,2001.医療経済・政策学の探究.pp343-371,勁草書房,2018に再録]
- 8)吉良伸一郎:(特集)M&Aで攻勢強める病院チェーン.日経ヘルスケア 2011年11月号:20-34.
- 9)井上俊明・江本哲朗:(特集)病院M&A最前線.日経ヘルスケア 2012年9月号:20-34.
- 10)加納亜子:(特集)地域包括ケア時代の病院チェーンの経営戦略-カマチグループ、古賀病院グループの方針とは.日経ヘルスケア 2019年4月号:45-53.
- 11)古城資久:病院経営統合・グループ化の意義と理念.病院 72(7):542-545,2013.
- 12)(無署名)第13回医療ファイナンス研究部会白鳳会グループのM&A戦略(前編・後編).H&F 2018年9月号:28-29,10月号:26-27.
- 13)近年行われた病院の合併・再編等に係る調査研究報告書(平成23年度厚生労働省医政局委託 医療施設経営安定化推進事業).アイテック,2012.(企画検討会委員:伊関友伸、大坪修、高木安雄、名倉栄一、藤原研司。ウェブ上に要旨公開)
- 14)佐藤眞杉:自伝による美杉会グループの歩み.pp197-202,日本医療企画,2019.
- 15)吉良伸一郎:(特集)首都圏に進出した地方法人の狙いと"戦果".日経ヘルスケア2010年6月号:45-55.
- 16)井上邦彦:変わる勇気、変える勇気 こうほうえんのサービス改革.pp230-241,生産性出版,2018.
- 17)井口拓治:(クローズアップ)社福法人の首都圏進出.週刊福祉新聞 2019年1月14日号(1面)
- 18)松田晋哉:(ケースレポート第3回)志村大宮病院-地域リハビリテーションのネットワーク構築を通したまちづくりへの積極的参画と地域共生型CCRCの提案.病院 75(3):211-218,2016.
- 19)松田晋哉:(ケースレポート第4回)寺岡記念病院-コモンズ創設の試みとスローメディシンの実践.病院 75(4):295-300,2016.
- 20)松田晋哉:(ケースレポート第7回)恵寿総合病院-施設品質から地域品質へ:変化の先頭に立つ経営.病院 75(7):536-543,2016.
- 21)松田晋哉:(ケースレポート第9回)高橋病院-地域包括ケアを支える医療介護統合の拠点機能を目指して.75(9):708-713,2016.
- 22)磯田友里子:地域協創型の医療経営-志村大宮病院.恩蔵直人・岩下仁編:医療マーケティングの革新.pp196-225,有斐閣,2018.
- 23)鈴木邦彦:かかりつけ医、医師会と連携して生活を支える病院を目指す.病院 77(3):202-209,2018.
- 24)坂口一樹・森宏一郎:医療による地域活性化:仮説構築に向けたケーススタディ.日本医師会総合政策研究機構ワーキングペーパーNo.411,pp.11-23,2018.
- 25)川上武・小坂冨子:農村医学からメディコ・ポリス構想へ.勁草書房,1988.
- 26)伊澤敏:佐久総合病院の地域づくり-メディコポリス構想.病院 74(7):486-490,2015.
- 27)宮本憲一・遠藤宏一編:地域経営と内発的発展-農村と都市の共生を求めて.pp90-115(遠藤宏一執筆),181-204(平野隆之執筆),農文協,1998.
- 28)印南一路:成功例の共通要因サーチの致命的欠陥.Monthly IHEP(医療経済研究機構) 2014年7月号(232号):24-28.
- 29)二木立:「地域包括ケア研究会2015年度報告書」を複眼的に読む.文化連情報 2016年7月号(460号):18-23.[地域包括ケアと福祉改革.pp25-32,勁草書房,2017]
- 30)二木立:「地域包括ケア研究会2016年度報告書」をどう読むか? 文化連情報 2017年8月号(473号):10-16.[地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク.pp40-47,勁草書房,2019]
3. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算160回)(2019年分その4:5論文)
※「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。
○[ベルギーとフランスにおける]医師の追加料金:維持可能な制度か?
Calcoen P,et al: Supplementary physicians' fees: A sustainable system? Health Economics, Policy and Law 14(1):40-60,2019[政策研究]
ベルギーとフランスでは、医師は強制的基礎医療保険制度が設定している料金に加えて追加(上乗せ)料金を請求でき、それは「追加的医療保険」(共済組合等)でカバーされる。両国では、この制度に対しては、追加的医療保険の財政的維持可能性についての懸念および患者にとっての追加的価値の欠如から、圧力が強まっている。追加料金の費用の伸びは総医療費の伸びを大幅に上回っており、それに伴い追加的医療保険の保険料も急騰している。しかし、追加料金を抑制するための施策は効果をあげていない。特定の医師(専門医等)では、追加料金は総所得の三分の一を占めている。しかし、追加料金がもたらす追加的価値は患者には明確ではない。追加料金を払うことで、それを払わない患者の診療を拒否する医師の診療へのアクセスと満足を買えるのかもしれない。患者が判断する医療の質が、患者の追加料金支払い意思では重要な役割を果たす。しかし現時点では、追加料金を徴収する医師が、それを徴収しない医師より、良質の医療を提供しているというエビデンスはない。追加料金と客観的に証明できる医療の質とをリンクさせること、及び最高水準の医療へのアクセスを追加料金の支払能力・意思がある患者のみに限定することは、多くの国では社会的に受け入れられそうもない。結論として、医師の追加料金は維持できない。
二木コメント-ベルギーとフランスにおける医師の追加料金の最新の実態とそれの抑制策の詳細を知ることができる貴重な論文です。医師の追加料金は日本流に言えば「混合診療」にあたりますが、それが総医療費を増加させることが疑問の余地なく示されています。なお、執筆者(2人)はオランダのエラスムス・ロッテルダム大学医療政策・マネジメント学部所属の研究者です。
○フランスでのプライマリケアチームの普及は農村部での一般医の吸引と保持を改善したか?
Chevillard G, et al: Has the diffusion of primary care teams in France improved attraction and retention of general practitioners in rural areas? Health Policy 123(5):508-515,2018[政策研究・量的研究]
フランスを含め多くの国は、医療資源、特に一般医(GP)の地理的不均衡という、古くて持続する問題に直面している。この状況は特に、医療資源の乏しい地域でのプライマリケアへのアクセス低下を招いている。フランスは2000年代初頭に、いくつかの政策を導入し、多専門職グループ診療(「プライマリケアチーム」。以下、PCT)を導入し、医療資源不足地域でのGPの吸引と保持を図るのを支援する経済的インセンティブや他のインセンティブを提供している。PCTは2008年にはフランス全体で8しかなかったが、2008年には800近くに急増し、それらの半数は国や自治体から経済的支援を受けている。PCTの平均的規模はGP2.2人、看護師2.6人である(他の職種の数値は示されず)。
本研究の目的はPCT導入が農村部のGP密度(人口10万人当たりGP数)に与える影響を測定することである。この目的のために、PCTが存在する農村部とそれがない農村部のGP密度の推移を、PCT導入前(2004-2008年)と導入後(2008-2012年)で比較した。その結果、PCTは主に医療資源の乏しい地域に存在することが確認され、それがGPの吸引と保持に貢献していることが示唆された。
二木コメント-フランスでの政策実験の貴重で緻密な研究報告です。ただし、医療資源不足地域のGP密度はPCT導入後上昇に転じたわけではなく、減少スピードが鈍化しただけです。
○[アメリカの]病院の供給費用:医療サービス研究の重要な要素
Abdulsalam Y, et al: Hospital supply expenses: An important ingredient in health services research. Medical Care Research and Review 76(2):240-252,2019[量的研究]
本論文の目的は病院の供給費用に光を当てることである。この費用は病院費用のうち人件費に次いで額が多く、しかも人件費と比べて費用対効果を改善する余地が大きい。しかし、この費用カテゴリーは、ごく限られた研究でしか厳密な検討が行われておらず、医療サービス刊行物でこれに焦点が当てられるのも稀である。今までに発表された10論文の推計をレビューした後、アメリカ病院協会が収集した3500以上の病院の費用データを独自に分析した。その結果、供給費用は平均では総病院費用の15%を占めることを見いだした。ただし、この割合はケースミックス指数の高い病院(手術が非常に多い病院)では30-40%に達していた。
二木コメント-アメリカの病院の供給費用(建築費用+α)についての最新の研究です。病院種類別のデータも示されているので、日米比較も可能です。
○病院間競争は効率を改善するか?イングランドでの患者選択[を増やす]改革の効果
Longo F, et al: Does hospital competition improve efficiency? The effect of the patient choice reform in England. Health Economics 28(5):618-640,2019[量的研究]
2006年のイングランドNHSにおける患者の病院選択の制限緩和を用いて、病院間競争が効率指標に与える効果を調査した。効率指標には、資源マネジメント指数(病床当たり入院数、病床利用率、日帰り入院割合、非緊急手術のキャンセル数等)と費用(参照費用指数、清掃サービス費用、洗濯・リネン費用等)の11変数を含んだ。病院トラストの2002/2003年度~2010/2011年度のデータを用いて、疑似的差の差法による見かけ上無関係な回帰分析(seemingly unrelated regressions)と無条件分位点回帰分析を行った。
その結果は、病院間競争が効率に対して、プラス、マイナス両面の影響がある(mixed effects)ことを示唆している。同等の1ライバル病院の出現で、病床当たり入院数は1.1%、医師1人当たり入院数は0.9%、日帰り入院は0.38%増えたが、非緊急手術のキャンセル数は2.5%増加した。
二木コメント-膨大なデータを用いた緻密な計量経済学的分析ですが、結果は凡庸です。お疲れ様!
○生産性増加指数は最良のパフォーマンスの病院を同定するか?イングランドNHSで得られたエビデンス
Aragon MJA, et al: Can productivity growth measures identify best performing hospitals? Evidence from the English National Health Service. Health Economics 28(3):364-372,2019[量的研究]
全世界の医療制度は財政資源の限界に直面しており、イングランドも例外ではない。イングランドの医療制度が財政的資源の枠内で運営する能力は、部分的には継続的に生産性を上昇させることにかかっている。これを達成するための1つの手段は、最も効率的なプロセスを同定し、それを制度全体に普及することである。NHS全体の生産性を測定するために開発したのと同じ手法を用いて、151病院が達成した年間生産性上昇を、過去5年間の財政年度について調査した。その際、常に平均を上回る生産性上昇を達成する病院があるか否かに注目した。そのような病院は他病院に対してグッド・プラクティスの例となり、制度全体のパフォーマンスを改善する手段になりうるからである。
その結果、一部の病院の全期間での生産性上昇は平均を上回っていた。しかし、これらの病院が隣接する年度間で一貫してパフォーマンスが高いとのエビデンスはほとんどまたはまったくなかった。最もパフォーマンスの良い病院ですらパフォーマンスが悪い年度があったし、その逆もあった。以上から、医療制度全体の生産性上昇を測定する方法として広く受け入れられている手法は個々の病院レベルでのパフォーマンスの良さの同定には適していないと結論づけられる。
二木コメント-医療制度全体の効率性指標は個々の病院レベルでの効率性指標と同じではないとの知見は重要と思います。
4. 私の好きな名言・警句の紹介(その174)-最近知った名言・警句
<研究と研究者の役割>
- 渋沢栄一(日本資本主義の父と謳われる明治時代の実業家。晩年は社会公共事業の育成発展にも努めた。1840年生-1931年没)「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いものと始終論じておる」、「論語と算盤という懸け離れたものを一致せしめることが、今日の緊要の務めと自分は考えている」、「武士的精神の必要であることは無論であるが、しかし、武士的精神のみに偏して商才というものがなければ、経済の上から自滅を招くようになる」(『論語と算盤』角川ソフィア文庫,21,22,23頁)。二木コメント-論語・武士道精神と算盤・商才という一見「懸け離れたもの」を、「しかし」で結んで、「一致」させることを強調しているのは、マーシャル(イギリスの有名な経済学者)が"cool heads"と"warm hearts"を"and"ではなく敢えて"but"で繋いだ思いと共通していると感じました(「冷静な頭脳を持ち、しかし温かい心をも兼ね備えた」権丈善一氏訳)。私は、いつも研究の3つのスタンスの第1に、「医療改革の志を保ちつつ、リアリズムとヒューマニズムとの複眼的視点から研究を行う」をあげており、その時に「リアリズムとヒューマニズムとの間には緊張関係があり、両者のバランスをどうとるか、いつも腐心しています」と述べ、権丈善一氏に教えて頂いた、マーシャルの格言の真意を紹介しています(『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006,104頁)。ウェーバーの次の言葉も同じ真意と思います。
- マックス・ウェーバー(ドイツの社会学者)「燃える情熱と冷静な判断力の二つを、どうしたら一つの魂の中でしっかりと結びつけることができるか、これこそが問題である」(脇圭平訳『職業としての政治』岩波文庫,1980,78頁。本「ニューズレター」105号(2013年4月)で紹介)。
- 岩井克人(経済学者、国際基督教大学特別招聘教授。1947年生)「経済学を追求することによって、逆に経済学のアプローチでは何ができないかが分かってきました。経済学帝国主義によって、経済学が他の領域にとんどん攻め込んでいくほど、実は植民地だと思われたところにそれぞれ固有の領域が必ずあることが分かってきた。つまり、経済学をやるということは、究極的には、経済学の限界を知って、経済学ではない分野の固有性を理解することではないか。それが私自身、経済学を勉強して逆に得たものです」(京都大学経済研究所付属先端政策分析研究センター編『資本主義と倫理-分断社会を超えて』東洋経済,2019,170-179頁)。二木コメント-これを読んで、ロビンソンの次の名言を思い出しました。
- ジョーン・ロビンソン (イギリスの経済学者、ケインズの高弟。1983年死去)「経済学を学ぶ目的は、いかに経済学者にだまされないようにするかを習得するためである」(都留重人・伊東光晴訳『マルクス主義経済学の再検討』紀伊国屋書店,1959,37-38頁。本「ニューズレター」5号(2005年2月)で紹介)。
- ハンス・ロスリング(スウェーデンの医師、公衆衛生学者。カロリンスカ研究所国際保健教授。1948年生)「ファクトフルネストは……いろいろなもの(人も、国も、宗教も、文化も)が変わらないように見えるのは、変化がゆっくりと少しずつ起きているからだと気づくこと。そして、小さなゆっくりした変化が積み重なれば大きな変化になると覚えておくこと。/宿命本能を抑えるには、ゆっくりとした変化でも、変わっているということを意識するといい」(『ファクトフルネス 10の思いこみを乗り超え、データを基に世界を正しく見る習慣』日経BP社,2019,236頁)。二木コメント-私は、21世紀に入ってから、医療制度の「抜本改革ではなく当事者の地道な改善の積み重ね・部分改革」を主張しているので、大いに共感しました(『21世紀初頭の医療と介護-幻想の「抜本改革」を超えて』勁草書房,2001,37頁)。本書が提起している10の「ファクトフルネスの大まかなルール」は、医療政策の分析や医療改革の検討時にも重要と思います(324頁)。上記主張は、「宿命本能を抑える」ための心構えです。
- ハンス・ロスリング「数字だけがすべてではない 私は数字が好きだが、数字にとりつかれているわけではない。データは超がつくほど大好物だけど、それだけを頼りにしているわけでもない。数字の裏にある現実、たとえば人々の生活を見せてくれるデータなら喜んで受け入れるというだけだ。仮説を検証するためにデータは必要だが、仮説をどこからひらめくかというと、人と話したり、話を聞いたり、観察したりすることからだ。世界を理解するのに数字は欠かせないけれど、数字いじりだけで引き出された結論は疑ってかかった方がよい」、「数字がなければ、世界は理解できない。でも、数字だけでは世界は分からない」(上掲書,247,248頁)。
- 吉見俊哉(東京大学大学院情報学環教授。専攻は、社会学・文化研究・メディア研究)「『失敗は成功のもと』という諺には、半面の事実がある。人は失敗を繰り返すまいと思うから、成功からよりも失敗から学ぶ。だから、未来への希望を見つけるには、成功物語よりも失敗物語のほうがずっと有益である。とりわけ時代の機軸が大きく変化している時代には。/この諺が語らないもう半面は、失敗が個人に由来するというよりも、社会の構造的な必然性のなかで起きがちなことだ」(『平成時代』岩波新書,2019,249-250頁)。二木コメント-著者は「本書を、テレビの甘ったるい平成回顧番組のようなものには決してしたくない」、「そうなれば、それこそ希望がなくなってしまう」という思いから、「平成時代」を「失敗の博物館」として描いたそうです(249頁)。ただし、読んでいて、著者も認めるように、「まるで救いがない」、「あまりに暗い」と感じました。この文章の前半を読んで、古田選手の次の名言を思い出しました。
- 古田敦也捕手(プロ野球で通算2000本安打を達成。「失敗談を書いた本」の効用を説く)「成功した話しを読んでも、つらい時や迷ったときにどうするかの感覚は、養われないと思うんです」(「朝日新聞」2005年4月25日朝刊。本「ニューズレター」9号(2005年5月)で紹介)。
- 本間希樹(水沢VLBI(超長基線電波干渉計)観測所長。ブラックホールの直接撮影プロジェクト日本代表。「ポジティブ」を自認)「研究は、10回に9回は失敗する。それを『だめなところが分かった』と捉え、とにかく前に進む」(「毎日新聞」2019年5月6日朝刊、「ひと」)。
- 中村明(国語学者、早稲田大学名誉教授。エッセー集『ユーモアの極意』(岩波書店)を出版、83歳)「レベルの高い表現ほど、単に言葉を操っているだけではなく、言葉のどこかにその人の感じ方、生き方が反映されているものです」、「[言葉の表現を磨くこつは]自分と対話することです。この対象を語るのは『美しい』といった形容詞で考え、もっと正確に伝わる言葉はないか探してみる。そして、相手の立場になって考えることです。どんな人に向かって書き、語るのか考え、言葉を使い分ける。でもそれは、人間として普段、誰もがやっていることですね」(「読売新聞」2019年3月19日朝刊、「ユーモア 漱石、井伏から学ぶ」)。二木コメント-この姿勢は「評論」を書く際にも重要と思います。
- 加藤一二三(将棋棋士、敬虔なカトリック信者。2017年6月に引退し、2019年で79歳になったが、今もテレビ出演や講演、将棋の指導に多忙な日々を送る。『幸福の一手』(毎日新聞出版)を出版)「言葉には人の内面が表れる。人の悪口を言わないこと、美しくない言葉は使わないことが大切」(「毎日新聞」2019年2月17日朝刊)。
- 荻本欽一(コメディアン、1941年生まれ)「僕が好きなのは、気持ちのいい言葉です。反対に僕が嫌いなのは、怒る言葉、自分が得をしようとする言葉、がっつく言葉。相手を責めたり貶めたりする言葉は論外だね。言葉はとても大事です」(『人生後半戦、これでいいの』ポプラ新書,2019,170頁)。
二木コメント-私もこれら3人のスタンスは「書き言葉」では守っているつもりですが、今後は「話し言葉」でも守る必要があると感じました。
<その他>
- 高橋大輔(フィギュアスケーター。2014年に現役引退を表明したが、32歳になった2018年、現役復帰を発表)「スケートの舞台には年配の渋い役も必要だから、引退は70歳くらい?/まだまだ先です」、「今回の現役復帰は、『これから一生現役』という気持ちでの復帰で、一生引退するつもりはないです(笑)。人様に見せられるパフォーマンスができなくなるまでやろう、という意味です(中略)。いずれ連盟登録選手ではなくなっても、気持ちは引退しません。滑れなくなる時が引退だと思っていて、だから一生現役です」(『AERA』2019年4月29日-5月6日号:9,40頁)。二木コメント-この発言は、本「ニューズレター」177号(2019年4月)号で紹介した、イチロー選手の「難しいけど言葉にすることが目標に近づくこと」と言う意味での「最低50歳までは現役」発言に通じ、大いに共感しました。
- 小島慶子(エッセイスト)「最近、なるほどと思った話があります。『「自分がされて嫌なことを他人にしてはいけない」という言い方はよくない』というのです。(中略)自分がされて嫌なことを他人にしないのは当然だけど、世の中には自分には思いもよらないことで傷ついたり不快感を覚えたりする人もいるだと意識することの方が大事なのだという話は、だからストンとおなかに落ちました」(『AERA』2019年3月18日号:69頁)。二木コメント-私も、今までこのように「意識する」ことが欠けていた、鈍感だったと反省しました。なお、「鈍感」の英語表現はinsensitiveが一般的ですが、最近日本人のLGBTに対する"donkan"を"thick-headed"と英訳している記事を見つけました(The Economist 2019年3月16日号:26-27頁(The unkindest cut))。