総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻187号)』(転載)

二木立

発行日2020年02月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

論文「地域共生社会推進検討会『最終とりまとめ』をどう読むか?」を『日本医事新報』2020年2月1日号に掲載します。本論文は、本「ニューズレター」188号(2020年3月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。


1. 論文:「全世代型社会保障検討会議中間報告」を複眼的に読む-「社会保障制度改革国民会議報告書」との異同を中心に

(「二木教授の医療時評(176)」『文化連情報』2020年2月号(503号):20-25頁)

はじめに

政府の「全世代型社会保障検討会議」(議長・安倍晋三首相)は昨年12月19日「中間報告」を公表しました。検討会議は、今後、「与党の意見を更にしっかり聞きつつ、検討を深め」、本年夏に最終報告をとりまとめる予定です。

本稿では、「中間報告」のスタンス・内容を「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年8月。以下、「国民会議報告書」)との異同を中心に、検討します(1)。安倍内閣は、過去7年間、「国民会議報告書」を踏まえた社会保障制度改革を行ってきたハズですが、「中間報告」ではそれへの言及はまったくありません。

併せて、「中間報告」の2日前(12月17日)に取りまとめられた自由民主党政務調査会人生100年時代戦略本部の「人生100年時代戦略本部取りまとめ~人生100年時代の全世代型社会保障改革の実現~」(以下、自民党文書)との異同についても簡単に触れます。「中間報告」はこの文書を「踏まえ」作成されたからです。

安倍晋三首相は第1回の全世代型社会保障検討会議(昨年9月20日)で、「一億総活躍社会を掲げる安倍内閣にとって、全世代型社会保障への改革は、最大のチャレンジ」、「人生100年時代を見据えながら、(中略)社会保障全般に渡る持続可能な改革を更に検討していきたい」と発言しました。しかし、結論的には、「中間報告」で示されたのは短期的改革に限られ、「人生100年時代を見据え」たとは言えず、特に医療分野は2種類の患者負担増以外、ほとんど新味がありません。

「社会保障の機能強化」と「必要な財源確保」が消失

「中間報告」は第1章「基本的考え方」、第2章「各分野の具体的方向性」(年金、労働、医療、予防・介護)、第3章「来年夏の最終報告に向けた検討の進め方」の3章構成・13頁で、46頁もあった「国民会議報告書」の3割弱の薄さです。以下、紙数の制約のため、第1章と第2章の医療、予防・介護(改革)に絞って検討します。

「中間報告」の第1章「基本的考え方」の最大の特徴は、「国民会議報告書」のキーワードであった「社会保障の機能強化」という表現が消失していることです。そのためもあり、今後の人口高齢化で着実に増加する社会保障給付費の財源確保のための具体的方策はもちろん、方向性さえ示されていません。厳密に言えば、4頁の冒頭に唐突に「必要な財源確保を図ることを通じて」と書かれていますが、これの具体的説明はありません。

この点は、2018年5月に内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省が合同で経済財政諮問会議に提出した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素案)」が、社会保障給付費の対GDP比が2018年度の21.5%から2040年度の23.8~24.0%へと約2.5%ポイント上昇すると推計していたことと不整合です。
この理由としては、安倍首相が昨年7月の参議院議員選挙時に、消費税率の10%を超える引き上げについて「今後10年間くらいは必要ない」と繰り返し明言し、社会保障拡充に不可欠な負担増の議論を封印したことがあげられます。後述するように、第2章では2種類の患者負担増が提起されていますが、それで社会保障費の増大を賄うのは不可能です。

「基本的考え方」についてもう1つ言えば、「全世代型社会保障」の意味も、「国民会議報告書」と「中間報告」では異なっています。「国民会議報告書」は「全世代型(の)社会保障」をキーワードとし、以下のように強調しました。「全世代型の社会保障への転換は、世代間の財源の取り合いをするのではなく、それぞれに必要な財源を確保することによって達成を図っていく必要がある」(9頁)。しかし「中間報告」には「必要な財源を確保する」という視点はなく、「現役世代の負担上昇を抑え」るために、高齢者等の負担増を行うという「コスト・シフティング」に終始しています。

今後も「就業者数を維持できる」

他面、第1章には評価できる表現もあります。それは、「少子高齢化の克服」で、「年齢にかかわらず、学び、働くことができる環境を整備すれば、生産年齢人口が減少する中でも、就業者数を維持できる」と書いていることです(1頁)。これは、従来、政府・厚生労働省文書が繰り返してきた「高齢社会危機論」(高齢者を支える生産年齢人口が減少することを過度に強調)の事実上の否定と言えます。『平成29年版厚生労働白書』は「高齢者1人を支える現役世代の人数は大きく減少しているが、労働参加が進んだ場合、非就業者1人に対する就業者の人数は増加する可能性」を指摘していました(20-21頁)。「中間報告」のこの記載はそれの追認と言えます。

手前ミソですが、これにより、権丈善一氏や私が以前から指摘してきた「社会の扶養負担」(非就業者数÷就業者数)は今後も上昇しないという事実が政府の「お墨付き」を得たとも言えます(2,3,4)。ただし、厳密に言えば、『平成29年版厚生労働白書』と異なり「中間報告」は、就業者数の増加にしか触れておらず、記述が一面的です。

「医療と介護の一体的改革」が消失し、予防偏重

次に第2章の医療、予防・介護の改革で一番特徴的なことは、「国民会議報告書」の「医療・介護分野の改革」が打ち出した「医療と介護の一体的な改革」が消えて、医療と介護が分離され、「医療」、「予防・介護」となり、しかも「介護」の大半が「介護予防」であることです。この点は、自民党文書が「国民会議報告書」と同様に、「医療・介護の提供体制改革」と明記しているだけに、理解に苦しみます。

このような医療と介護の分離・切断の背景には、予防と介護予防について保険者や自治体へのインセンティブを付与・強化すれば、医療費や介護費を抑制できるとの「エビデンスに基づく」ことのない期待・幻想があると思います。経済産業省の諸文書と異なり、「中間報告」にはこのことは明示されてはいません。しかし、西村康稔内閣特命担当大臣(元・通産官僚)は「中間報告」についての記者会見で、「大臣は、健康で長生きする人が増えると医療費は削減できるというふうにお考えですか」との質問に「私はそう思っております」と回答しました(12月19日「記者会見要旨」4頁)。

次に述べるように、「医療」については「中間報告」の内容はほとんど自民党文書と同じですが、「予防」については1点大きな違いがあります。それは自民党文書に次のように書かれていた、「健康づくり」を進める上での積極的な留意点が「中間報告」にはないことです。「なお、健康でない者を差別することはあってはならず、安心して治療を受けられる環境を維持・強化することは当然であり、また、健康的な活動を強制することにならないよう留意が必要である」(9頁)。上記記者会見では、この留意点が削除された理由についても質問が出されましたが、西村大臣は明確には答えませんでした。

「医療」全体は自民党文書のコピペ!

「中間報告」の「医療」は、「医療提供体制の改革」と「公的保険制度の在り方」の二本立ですが、驚いたことに、その記述の大半が自民党文書とほとんど同じです。特に「医療提供体制の改革」の最初の18行は、冒頭のごく一部の表記を除いて、完全なコピー&ペイストです(「中間報告」9頁、自民党文書6頁)。「医療」全体(見出しを除き92行)でも、ほんの数行を除いて同じです。

私は長年、政府・厚生労働省関連の文書を読んできましたが、これほどの「手抜き」は初めてです。これでは検討会議の「構成員」に「有識者」(9人。うち6人が大学教員・研究者)が加わっている意味がありません。「朝日新聞」12月20日朝刊が、検討会の「実質的な議論は関係者や与党で進み、『会議は形骸化している』」と報じた通りと思います。

新味のない「医療提供体制の改革」

「医療」の前半の「医療提供体制の改革」は既存の改革の羅列で、新味はほとんどありません。このことは、医療提供体制の改革は従来通り、地域医療構想と地域包括ケアが二本柱であることを示唆しています。

私が注目したのは、「国民会議報告書」と同じく、「かかりつけ医」の役割が強調されるだけでなく、新たに「地域密着型の中小病院・診療所の在り方も踏まえ、外来機能の明確化とかかりつけ医機能の強化を図ることが不可欠」と書かれたことです(10頁)。私自身は「地域密着型の中小病院」という表現を常用していますが、政府・厚生労働省(関連)の公式文書でこの表現が用いられたのは初めてと思います。この表現は第2回検討会議(11月8日)の有識者ヒアリングで横倉義武日医会長が用い、それが「中間報告」に採用されたのだと考えられます。

なお、今では信じられないことですが、厚生労働省は21世紀前後の医療制度改革文書では、診療所と中小病院の役割・機能の違いを無視して、両者を大病院と対比して、「診療所等」と一括して扱っていました(例:厚生労働省「医療制度改革試案」2001年)(5)

2種類の患者負担増を明記

「医療」の後半の「公的保険制度の在り方」では以下の2種類の患者負担増を「2022年度初までに」実施することを明記しています。①「現役並み所得の方を除く75歳以上の後期高齢者」(単身世帯では年収383万円未満)のうち「一定所得以上の方」(「現役並み所得の方」を「高所得者」と呼ぶ厚生労働省の呼称に合わせると「中所得者」)の医療費の窓口負担割合を2割とする。②「他の医療機関からの文書による紹介がない患者が大病院を外来受診した場合」の患者負担額を増額すると共に、「対象病院を病床数200床以上の一般病院に拡大する」(10-11頁)。この費用は現在は選定療養で病院の収入になっていますが、今後は、「増額分については公的医療保険の負担を軽減するよう改める」とされています。この2つの負担増については一般紙も大きく報道しました。

なお、①について自民党文書は「窓口負担割合を引き上げる」と抽象的に書いていましたが、「中間報告」では安倍首相の強い指示により「2割」と明記されたと報じられています。

実は「国民会議報告書」も、70~74歳の高齢患者の2割負担化と紹介状のない患者の大病院の外来受診時の定額負担導入を提案し、その後実施されました。今回の改革提案はその拡張版とも言えます。

ただし、両者には重要な違いもあります。それは、「国民会議報告書」が「能力に応じた負担」として、保険料と窓口自己負担の両面で、高所得者の保険料負担増と低所得者の窓口負担減(または据え置き)をワンセットで提案したのに対して、「中間報告」は同じく「負担能力に応じた負担」を主張しながら、中所得者の窓口負担増のみを提案し、高所得者の保険料負担増にはまったく触れていないことです。

中所得高齢者の2割負担化に反対する2つの理由

私は、以下の2つの理由から中所得の後期高齢者の窓口負担の2割化(およびすでに実施されている高所得者の3割負担)には反対です。

第1の理由は、私も「応能負担原則」には大賛成ですが、それは保険料や租税負担に適用されるのであり、サービスを受ける際は所得の多寡によらず平等に給付を受けるのが「社会保険の原則」と考えているからです。この点については、社会保障法研究の重鎮である堀勝洋氏も、「社会保険においては、『能力に応じて負担し、ニーズ(必要)に応じて給付する』という原則に従うのが望ましい」と明快に説明されています(6)

堀氏によると、「保険料は能力に、給付は必要に応ずる方向に進むべきである」と最初に提案した公式文書は、社会保障制度審議会の1962年の「社会保障制度の総合調整に関する基本方策についての答申および社会保障制度の推進に関する勧告」だそうです(この文書はウェブ上に全文公開されています)。

そして厚生労働省もこの原則を1990年代までは遵守していました。例えば、介護保険制度創設の際の老人保健福祉審議会の最終報告「高齢者介護保険制度の創設について」(1996年4月)には、以下のように書かれました。「高齢者介護に関する現行の利用者負担は、福祉(措置)制度と医療保険制度との間でも、また、在宅と施設の間でも不合理な格差が生じているので、この格差を是正するため、介護保険制度においては、受益に応じた負担として統一的なルールを設定することが適当である。利用者負担の設定に当たっては、受益に応じた公平な負担という観点から、定率1割負担とすることが考えられる」。

なお、私は今後は、保険料や租税の賦課対象に金融資産も含める必要があると考えています。個人金融資産の約3分の2は高齢者に集中しており、これにより保険料・租税収入が相当増えることが期待できます。

第2の理由は、後期高齢者(75歳以上)の1人当たり年間医療費は92.15万円で、65歳未満の18.70万円の4.92倍であり、仮に2割負担を導入すると年間自己負担額は18.4万円となり、3割負担の65歳未満の自己負担額5.6万円の実に3.3倍となるからです(「平成29年度国民医療費」。高額療養費制度は考慮しない粗い計算)。これはとても「公平な負担」とは言えません。

「中間報告」もこのことには気づいているようで、窓口2割負担化の際、「長期にわたり頻繁に受診が必要な患者の高齢者の生活等に与える影響を見極め適切な配慮について、検討を行う」と書いています(10頁)。この配慮がなされれば、2割負担は中所得者の一部に限定されると思います。しかし、その場合、患者負担増による社会保障給費の節減「効果」はごく限定的になります。

「公的医療保険制度の在り方」で見落としてならないことは、見出しに「大きなリスクをしっかり支えられる」という枕詞が付いていることです。これは、「中間報告」で今後「検討を進め」るとされている「外来受診時定額負担」だけでなく、将来的な「保険免責制」(一定未満の医療費の全額自己負担化・保険外し)導入の布石と思います。

なお、保険の役割を「大きなリスクをしっかり支え」ることに限定して、小さなリスクは自己負担とする主張の「元祖」は吉川洋氏で、小泉純一郎内閣時代以降、精力的に主張しています。吉川氏はこれを保険の原理と主張していますが、私が2011年に調べたところ、保険学(論)の主要な研究書や教科書にそのような説明はなく、「小損害不担保」は保険の「原理」ではなく「保険金支払いの諸工夫」とされていました(7)

おわりに-またも「質の高い」医療が消失

以上、「中間報告」の「基本的考え方」と医療、予防・介護分野の改革方針の問題点を指摘してきました。

最後に、第3章「来年夏の最終報告に向けた検討の進め方」の問題点を指摘します。それは、最後の段落の地域医療構想・医療提供体制改革の説明から「質の高い」が抜け、「持続可能かつ効率的な医療提供体制に向けた……」と書かれていることです。「医療時評(175)」では、厚生労働省医政局が昨年9月27日に発表した「地域医療構想の実現に向けて」で、「地域医療構想の目的」から「質の高い」医療が削除され、「地域ごとに効率的で不足のない医療提供体制を構築する」とされたことを指摘・批判しました(8)。医政局文書よりも格の高い「中間報告」でも「質の高い」が抜けたことは重大です。

ただし、第2章の「医療」(9頁)には、「質の向上と効率改善を図り、地域で必要な医療を確保する」との伝統的表現も書かれています。「最終報告」ではこの表現が文書全体で用いられるよう、医師会・医療団体は求める必要があると思います。

文献

▲目次へもどる

2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算167回)(2019年分その11:10論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

<医師関連(6論文)>

○[スウェーデンにおける]外科医の臨床意思決定における決定疲れの影響
Persson E, et al: The effect of decision fatigue on surgeons' clinical decision making. Health Economics 28(10):1194-1203,2019[量的研究]

意思決定を繰り返すことによる枯渇効果(depleting effect)はしばしば、「決定疲れ」と呼ばれる。決定疲れが医療の意思決定にどのように影響するかを理解することは、医療における効率と公正の両方を達成する上で重要である。本研究では、診察時間帯への患者の割り付け(予約)が患者レベルでのランダム化と見なせる自然実験を用いて、整形外科医の手術の意思決定における決定疲れの潜在役割を調査した。

その結果、整形外科医の勤務時間の終わり頃に整形外科医の診察を受けた患者の手術予約は、勤務時間の最初に診察を受けた患者より、33%ポイント低かった。さらにパネルデータを用い、医師の手術決定を被説明変数、患者の診察予約順を主な説明変数とする、固定効果ロジットモデル推計を行った。その結果、医師の診察時間内で、予約患者が1人増えるごとに、手術決定のオッズ比は10.5%低下すると推計された(オッズ比=0.895,p<0.001;95%信頼区間[0.842,0.951])。外科医の意思決定におけるこのパターンは決定疲れと合致している。医療では医師の長時間労働は一般的だが、決定疲れの影響は相当大きく、患者のアウトカムに重大な影響がある可能性がある。

二木コメント-「決定疲れ(決断疲れ、判断疲れ)」とは、心理学と意思決定の分野で用いられている概念で、「意思決定を長時間繰り返した後に個人の決定の質が低下する現象」だそうです(Wikipedia)。スウェーデンに比べ、医師の勤務時間がはるかに長い日本では、この問題はより深刻であると推察できます。

○フランスの開業医の所得のジェンダー格差:家族構成の役割
Mikol F, et al: Gender differences in the incomes of self-employed French physicians: The role of family structure. Health Policy 123(7):666-674,2019[量的研究]

大半の成熟国では、女性医師の平均所得は男性医師よりもずっと低い状態が続いている。本論文はフランスの開業医におけるジェンダー格差のうちどれくらいが、女性医師の家族責任、専門診療科の選択、および患者への(公定料金を上回る)超過料金請求の機会に帰するかを分析する。この問いは、患者の今後の医療アクセスに影響する可能性があるので、規制側での懸念が強まっている。フランスの開業医の2005,2008,2011年の診療活動、勤労所得(earnings.以下、所得)、家族構造についての情報を統合した包括的な業務データベースを用いた。2011年のデータベースの分析では、人口学的・専門的特性を標準化しても、女性医師の所得は男性医師より低く、それは家族構成の影響を受けていた。幼い子どもがいると、女性医師の所得は低く、この傾向は特に一般医で著名だった。2005年以降のパネルデータを用ると、女性医師では子どもを持つことによる「ケア効果」が所得格差を拡大すること、およびこの効果も一般医で大きいことを示せた。患者に超過料金を請求することを許可された女性医師が、出産後、以前の所得を維持するために、その権利を行使する戦略をとっていることはなかった。

二木コメント-フランスの開業医の所得の男女格差についての緻密な計量分析です。なお、フランスの医師はセクター1(公定料金のみ請求)とセクター2(公定料金を上回る超過料金を請求可能)のいずれかに登録します。全医師では、一般医の90%はセクター1を選択していますが、専門医の41%はセクター2を選択しています。それに対して、20006-2011年に開業した(若手)医師では、専門医の59%セクター2を選択しています(一般医では2%。以上、本論文667頁)。

○[アメリカにおける]田舎[出身]の医学生の減少:地理的多様性のギャップの拡大が地方の医師労働力を脅かす
Shipman SA, et al: The decline in rural medical students: A growing gap in geographic diversity threatens the rural physician workforce. Health Affairs 38(12):2011-2018,2019[量的研究]

田舎で育つことは、将来医師になった後、田舎で診療する強い予測要因である。アメリカでは2010年にも全人口の2割が田舎に住んでおり、しかも田舎居住人口は過去数十年変わっていない。しかし、本研究は過去15年間(2002~2017年)に田舎出身の医学部への入学希望者数(applicants)と入学許可を受けた人数(matriculants)とも実数で減少し、2017年には、医学部入学者のうち田舎出身者の割合は5%を割ったことを示す。田舎出身者は、大都市圏に隣接する人口2,500~19,900人の郡または大都市圏に隣接していない人口2,500人未満の郡で生まれたか高校を卒業した者とした。その上、人種的・エスニック的少数派(URM)である田舎出身者の割合は0.5%にも満たない。URM、非URMの医学生とも、田舎出身者は減少し続けている。もし田舎出身の医学部入学者の割合がアメリカ人口中の田舎居住者の割合と同じだったとしたら、彼らの人数は現在の4倍化していたであろう。現在のところ、田舎出身の学生の価値を理解する医学部側の努力は不十分であり、田舎出身の医学生の減少を食い止められていない。政策担当者やその他の利害関係者は、この趨勢が田舎での医療アクセス・リスクを増していることを認識し、田舎から医学部へのパイプラインを強化すべきである。

二木コメント-アメリカでは田舎居住人口は安定しているにもかかわらず、田舎出身の医学生の実数・割合が過去15年間減少し続けていることを全国データで明らかにした貴重な研究です。

○[アメリカで]田舎の病院が閉鎖すると、医師労働力も消える
Germack HD,et al: When rural hospitals close, the physician workforce goes. Health Affairs 38(12):2086-2094,2019[量的研究]

田舎の病院の閉鎖率は過去10年間増加し続けている。病院閉鎖はほぼ確実に住民の入院医療アクセスを制限すると同時に、地方の医療システムにおける医師供給にも関連しうる。1976-2016年の医療圏医療資源ファイルのデータを用いて、田舎(全1541郡)の病院閉鎖と専門診療科別の医師供給との関連を検討した。具体的には、病院閉鎖が1つでも生じた郡とそれがなかった郡を差の差法とイベントスタディで比較した。

調査期間に病院閉鎖が1つでも生じた郡は309、それがなかった郡は1232あった。病院閉鎖前に一般外科医は最大年平均8.3%減少しており、これが病院閉鎖の引き金になった可能性があった。病院閉鎖後、医師総数は年平均9.2%減少した。診療科別に減少率を見ると、プライマリケア医では8.3%、産婦人科医では4.8%であった。医師数の減少は病院閉鎖の翌年から生じていたが、統計的に有意な減少は閉鎖4年目に始まり、6年目以降も続いていた。以上から、病院閉鎖とそれに先行するまたはそれが引きおこす医師数減少は田舎の住民の医療アクセスの減少につながりうると言える。今後の政策は病院閉鎖の予防が第1選択だが、病院閉鎖が生じた合は、病院に依存しないでも医師を支えられる医療提供モデルの開発に焦点を当てるべきである。

二木コメント-本研究では、アメリカにおける病院と医師(基本的には開業医。病院勤務医は例外)との相互依存の強さが明らかにされています。アメリカは、日本に比べて病院閉鎖率がはるかに高いため、影響はより深刻と思います。なお、英文要旨の結果の記述はやや分かりにくかったので、本文の記述で補足しました。

○プライマリケアの費用を増やすだけで医療費は節減されるか?
Song Z, et al: Will increasing primary care spending alone save money? JAMA 322(14):1349-1350,2019[評論]

プライマリケアは医療の本質的要素で、良質の医療、患者の満足、死亡率の低下を含むアウトカムと関連している。プライマリケアは低い医療費とリンクしているとの観察研究もある。そのため近年は、州や連邦の政策担当者はプライマリ費用を増やし、国民の健康増進と医療費の伸びの抑制の両方を達成しようと考え始めており、それには超党派の議員の支持もある。

しかし、現時点では、プライマリケアの費用増により総医療費を節減できるとの因果関係を示すエビデンスはほとんどない。総医療費がサービスの価格と量の積であることを踏まえると、それを減らすためには価格と量のいずれか、または両方を減らす必要があるが、プライマリケアだけでそれを実現するのは困難である。逆に一部の研究は、プライマリケア強化はサービス利用を増やす可能性も示している。ケア・コーディネーション、予防サービス、遠隔医療にはすべて金がかかり、その費用増を相殺するほど、急性期の入院医療等の利用が減ることはまだ示されていない。2017年に発表された退役軍人庁病院で実施されたプライマリケア強化のランダム化比較試験でも費用の節減は生じなかった。

医療費抑制の圧力を考えると、プライマリケア強化によりそれを達成しようとする意図はわかるが、それのエビデンスは欠如している。医療費抑制のためには、プライマリケアへの投資は他の医療提供制度改革と一体で行う必要がある。それらは、医師と病院への支払い方法の改革、価格抑制のための競争または規制、価値に基づく保険のデザイン(予防医療の自己負担の引き下げ)等である。

二木コメント-プライマリケアを強化するだけで総医療費の伸び率を抑制できるとのナイーブな期待・幻想を論理的かつ実証的に否定した好評論です。2頁弱なので、サラリと読むことをお勧めします。

○[アメリカでの]価値に基づく[医療サービス]購入と医師のプロフェショナリズム
Casalino LP, et al: Value-based purchasing and physician professionalism. JAMA 322(17):1647-1648,201[評論]

アメリカの医療政策担当者の間では、医療費支払いは価値に基づく購入(VBP)を目指すべきとの広い合意があるが、そのプログラムが医師のプロフェショナリズムに与える影響についての合意はあまりない。VBPが成功するためには、以下の3つの経済的条件が必要である:①医師のプロフェショナリズムを支える、②医師グループと病院グループが系統的に医療を改善するために投資するように経済的報酬を与える、③これが実現するように個々のプログラムをデザインする。

1963年にアローは、医師と患者の間には情報の非対称性があるため、医師が自己利益よりも患者の福祉を優先するという意味でのプロフェッショナリズムが本質的に重要だ(essential)と論じた。しかし、このような医師の行動の多くは既存のVBPプログラムでは測定できない。医師のプロフェッショナリズムは内発的動機付け(intrinsic motivation)に基づいており、もしVBPプログラムが医師のプロフェショナリズムを弱めたなら、VBPプログラムが測定する領域のパフォーマンスは改善しても、測定しない領域のパフォーマンスを悪化させたり、測定される領域のスコアを低下させる可能性のある患者を避けるインセンティブを医師に与えるという、予期せぬ負の結果が生じる危険がある。この点は、イギリスNHSのプライマリケアに対する質に応じた評価(P4P)プログラムでも確認されている(Campbell SM, et al: NEJM 361(4):368-378,2009)。行動経済学研究も個人に対する経済的インセンティブは内発的動機を弱めること、および内発的動機が重要な場合には、それよりも非経済的インセンティブの方が効果が大きいことを示唆している。

VBPの目標は医師にもっとハードに働くインセンティブを与えることではない。ほとんどの医師はすでにハードに働いており、このことを認識しないVBPプログラムは、医師の抵抗を招いて、プロフェショナリズムを弱め、失敗する可能性がある。

二木コメント- 医師のプロフェッショナリズムを考慮しないVBPの危険性を包括的かつ極めて明快・論理的に指摘しています。最後の段落は特に重要と思います。これも2頁弱の短い評論なので、サラリと読むことをお勧めします。本文で引用されているアロー論文は医療経済学の古典の1つで、日本語訳もあります(田畑康人訳「不確実性と医療の厚生経済学」『国際社会保障研究』27:51-77,1984)。同じく、Campbell等の論文は、本「ニューズレター」64号(2009年12月)に抄訳を載せています(「イングランドにおける質に基づく支払い(P4P)のプライマリケアの質に対する効果」)。

<その他(4論文)>

○高所得国における医療費と社会[サービス]費用との関係:アメリカの位置は?
Papanicolas I, et al: The relationship between health spending and social spending in high-income countries: How does the US compare?[量的研究・国際比較研究]

アメリカは医療費を使いすぎているという幅広い合意がある。医療費が多い理由の一つは社会サービス投資が低水準であるためとの説明がなされることがある。そこで、高所得国の医療費と社会サービス費との関連を検証した。その結果、アメリカの2015年の社会サービス費の対GDP比はOECD加盟国平均より少し低いことを見いだした(それぞれ16.1%、17.0%)。ただし、社会サービス費に教育費を加えると、アメリカの比率はOECD平均を上回っていた(それぞれ19.7%、17.7%)。社会サービス費(教育費も含む。以下同じ)の多い国は、医療費も多い傾向が認められた(r=0.54.p<0.00)。貧困率と失業率、および65歳以上人口割合を調整しても、この関連は大きくは変わらなかった。さらに、時系列変化(1980~2015年)をみても、両者の間には正の相関があった(r=0.35.p<0.03)。つまり、社会サービス費の増加率が高い国は、医療費の増加率も高かった。

二木コメント-(国レベルの)医療費と社会サービス費は代替関係にはなく、補完関係にあることを簡潔に示した「佳作論文」と思います。社会サービス費に教育費を含めて比較したことに新しさがあります。

○[アメリカの州レベルの]公衆衛生費、課税と経済成長
Atems B: Public health expenditures, taxation, and growth. Health Economics 28()):1146-1150,2019[量的研究]

人的資本が経済成長に与える影響の研究はたくさんあるが、それらの大半は教育による人的資本の増大に焦点を当てており、健康と経済成長との関係についての研究は少ない。本研究ノートは、公衆衛生費(公衆衛生費の1人当たり実質州民所得(GSP)に対する割合)と経済成長(1人当たり実質GSPの伸び率))との関係を、ダイナミック・パネルデータモデルと1963-2013年のアメリカの州レベルのデータを用いて実証的に検討する。その結果、公衆衛生費と経済成長の正の関連を見いだし、この関係は公衆衛生費増に必要な課税と州政府の予算制約を調整しても維持されていた。この結果は、内発的経済成長理論とも整合的である。

二木コメント-「研究ノート」ですが、分析枠組みはしっかりしており、結果も興味深いと思います。

○医薬品に対する[患者の自己負担]支払いの影響:体系的文献レビュー
Kolasa K, et al: The effects of payments for pharmaceuticals: A systematic literature review. Health Economics, Policy and Law 14(3):337-354,2019[文献レビュー]

世界では医薬品に対する患者の自己負担(out-of-pocket payments)に様々な種類があるため、それらの正負の影響についての「問い」が生まれる。体系的文献レビューにより、医薬品の費用共同負担(cost sharing)と医療サービス利用、医療費、及び健康アウトカムとの関連を評価した。Cochrane Library、PubMed、Embaseを用い、[薬、医薬品、費用共同負担、自己負担、定額負担(co-payments)]×[影響、健康アウトカム、医療費、利用]をキーワードにして文献検索し、最終的に18論文を選んだ。

15論文が後ろ向き研究、3論文が前向き研究で、前者には日本の研究も1つ含まれていた。11論文が定額負担(copay)のみ、5論文が定率負担(co-insurance)のみ、2論文が両方について検討していた。1論文は、両方式に加え、所得に応じた控除免責額(deductible)についても検討していた。11論文が医薬品費用共同負担と医療利用パターンとの関係について報告し、そのうち9論文が統計的に有意な直接的関係を見い出していた。10論文が共同負担と医療費の関連を検討し、7論文が統計的に有意な関係を見い出していた(本文の表4)。7論文が医薬品共同負担と健康アウトカムとのリンクを検討し、5論文が統計的に有意な負の関係を報告していた(同表5)。以上から、医薬品の費用共同負担、健康アウトカム、医療サービス利用との間に関連があるとのある程度のエビデンスが得られたと言える。医薬品自己負担の最適な方式をデザインすることが、医薬品の過剰消費を予防しつつ、過度な自己負担が患者の重荷になるリスクを和らげるために求められている。

二木コメント-医薬品の様々な自己負担方式と医療サービス利用、医療費と健康アウトカムとの関連についての最新かつ丁寧な体系的・記述的文献レビューで、この分野の研究者必読と思います。ただし、「要旨」の結果の記載は簡単すぎて分かりにくいので、本文の「結果]欄の記載で補足しました。

○複雑なニーズを持った高齢者のためのヨーロッパ[7か国]の14の統合ケア拠点の改善計画の探究
Stoop A, et al: Exploring improvement plans of fourteen European integrated care sites for older people with chronic complex needs. Health Policy 123(12):1135-1154,2019[国際比較研究]

医療と社会サービスの統合ケアプログラムが、居宅高齢者にケアを提供するために、各国で実施されつつある。しかし、統合ケアをさらに改善するための知識は限られている。統合ケアで何が機能し、それを改善した場合どんなアウトカムが生じるのかについて理解を深めるため、ヨーロッパ7か国(オーストリア、エストニア、ドイツ、ノルウェイ、スペイン、オランダ、イギリス)から14の統合ケア拠点を選び、現在の方式を改善するための計画をデザインし、実施し、評価した。本論文では、各拠点が統合ケアの視点からどのように機能しているか、それらが抱えている困難、および各拠点の改善計画を示す。

14拠点の分析枠組みとして、「拡張慢性疾患ケアモデル(Expanded Chronic Care Model)の7つの構成要素を用いた。各拠点はヨーロッパ中に存在し、基本的特性と実際のやり方では異なっていたが、統合ケアを提供する上での困難には共通点が多かった。現在のケア提供の方式と改善計画は、拡張慢性疾患ケアモデルの以下の3つの構成要素に焦点が当てられていた:提供システムのデザイン、意思決定支援、セルフ・マネジメント。以下の2つの構成要素はあまり用いられていなかった:健全な公共政策の策定とコミュニティの能力開発(building community capacity)。以上の知見は、幅広い予防努力、ポピュレーションアプローチの健康増進、およびコミュニティ構成員の参加は限られていることを示唆している。拡張慢性疾患ケアモデルの視点からは、統合ケアのアウトカムを改善するための機会は、改善計画の視野が狭いため、ごく限られていると思われる。

二木コメント-要旨はやや抽象的ですが、本文では14拠点の活動が同一の枠組みで紹介されており、「地域包括ケア」の国際比較研究者必読と思います。ただし、各拠点の費用やアウトカムについては報告されていません。


3. 私の好きな名言・警句の紹介(その181)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし